悪徳蔓延るサイバーパンク世界、トーキョー。
その一角のビルの地下で繰り広げられる忍者とサイボーグの殺し合い。
最後の一瞬まで、ギリギリの殺意が交錯する。

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互いにビジネス。


忍者を殺す話

 天を擦る摩天楼の建ち並ぶ街、トーキョー。月の頃は更なり、煌びやかな電光が輝くそこは、人々の欲望を写し際限のない沼のような闇をその足元に隠している。

 光あれば闇あり。闇の中にこそ、光にとっての不都合は葬られる。この街の暗闘は、そこに隠された真実を互いに暴き合うことを主眼に置いた高度な情報戦を呈していた。

 

「現在落下中。情報にあった高度まで間もなく到着する」

 

 そしてここにも1人、敷かれた警戒網を突破し、ある企業の本丸を暴きに来た者がいた。彼は顔を覆うマスクの下で、口元に設置されたマスクに囁くように話し掛ける。

 何某かの返答を受け取ったのか、納得するように頷くと縦穴を垂れ下がるワイヤーを徐ろに掴む。彼のグローブと擦れ合い激しく音を立てながら、彼の落下速度を減じめた。

 

「到着だ。大したセキュリティだったが、我々には無力よ」

 

 小さく嘲笑する。事実、彼は地上の防備を突破しこのエレベーターシャフトを一息に飛び降りることで常人を想定したセキュリティを軽々と乗り越えた。勿論彼の隠密能力の賜物ではあるが、何より恐ろしいのは彼らが共通して振るうとある技術である。

 ワイヤーを伝いエレベーターシャフトの最下部に足を着ける。目の前に見える重々しい扉、即ちエレベーターの入り口に対面すると彼の姿が半透明に薄れた。そのままふわりと跳び上がると、なんと彼は扉をスルリとすり抜けた。

 

 これぞ彼ら忍者が扱う驚愕の技術。壁抜けの術である。

 人間の存在する次元の位相からズレることで、汎ゆる壁が彼らにかかれば無いものと同じになる。これが為に忍者はこの街の暗闘に於いて、大きな存在感をもつのだ。

 

「室温はやや寒いな。データバンクか、はたまた生体資料か。何にせよ、依頼通りに盗むだけだが」

 

 顔はメンボに隠され見えないが、その表情には緩みが浮かんでいるのがはっきりと分かる。これを傲慢と呼ぶか、末恐ろしい余裕と呼ぶか、いささか物議を醸す所であるが、この忍者にとっては現状は理想的、備えが全く功を奏した形である。

 事前情報に従い地下を進み、最後の扉をもすり抜けた先に、依頼に指定されたノートパソコンほどの幅のカプセルを見つけた。

 

「うむ、割り振りナンバーにも相違なし。これが目的のものか」

 

 そう頷く忍者は、途端、何かを察知したかのようにその場を飛び退いた。

 

 キュイン。

 

 刹那に駆け抜けた閃光が、カプセルを安置していた台の壁面に黒い跡を付ける。どこかの壁面から、ギアが回る音がする。忍者がそちらを見ると、無機質な壁の一面が開き、レンズが顔を覗かせていた。

 

「何ぃ! 光銃とは、上よりも凶悪な兵装だと! まるで正気ではない!」

 

 台についた焦げ目は光銃兵器の特徴である。多少の被害は無視できるロビーや接客用のフロアでならばともかく、重要なデータや物資を保存する重要エリアに設置するにはオーバースペックな代物である。

 

「おう、そうだなぁ。融通の効かないAI制御なら、とても置いとけねぇよ」

 

 それは通路の奥から現れた。

 ボディビルダーかのような逆三角形のシルエット。全身が重金属の輝きに覆われたそれは、見た目とは裏腹に、モーター音こそ目立つが動きは静かである。高度なソフトウェアによりサポートされた戦闘用サイボーグである。

 

「有人か! 厄介な」

 

 只の人間であれば、当然その戦闘能力はAIに劣る。AI制御であれば、アルゴリズムに隙を見出し出し抜くこともそう難しいことでではない。しかし、企業に最終防衛ラインとして採用される人間は確実にAIに劣る凡百である筈がない。任務達成の、大きな障害となることを忍者は直感した。

 

「しかし、閉所で出せる出力はたかが知れていよう。目的のものは既に我が掌中にある。我ら忍者の身のこなしに着いてこられるか!?」

 

 忍者はカプセルを抱えたまま、左右にフェイントをいれる。サイボーグの動きから搭載されているカメラの位置を読み取り、隙を探る。

 

 先に動き出したのはサイボーグであった。通路の奥から現れてから歩みを止めないまま、徐ろに膝パーツを曲げ、全身を沈める。直後、弾丸もかくやという速度で、全身金属が駆け出した。

 しかし、その先に忍者はいなかった。身のこなしを自慢に思うのも当然だと知らしめるように、忍者は華麗にサイボーグの直上を舞っていたのだ。

 

 2者がすれ違う。サイボーグは止まれず忍者は出口の側に立っている。忍者は僅かに落胆した。サイボーグの失態はあまりに初歩的なミスであった。

 故に、忍者はここが敵の本拠地であることを一瞬忘れた。

 

「ぐぉ、がっ? がぁ…」

 

 確かに一度躱した筈のサイボーグが再び出口の側からラリアットを忍者に喰らわせたのである。咄嗟にカプセルを庇いながらも、サイボーグの膂力はまさしく人外の物。忍者はトラックに跳ね飛ばされたように床を跳ね転がった。

 

「これは、まさか、ワープ。だが、こんな高級品、いくらなんでもデタラメだろう!」

 

「いや、戦闘用じゃねぇよ。倉庫のシステムさ。俺がちょいと利用しているだけでな」

 

 サイボーグは先ほどのように迂闊な突進はせず、慎重に歩み寄る。その体からプラズマがパチパチと迸っている。見るとメタリックな輝きは赤熱しているように見える。先程のワープは、察するに無制限に使えるものではないのだろう。

 

「しかし、油断しすぎじゃないか? こんなのが忍者だなんて、質も落ちたのかね?」

 

 サイボーグは忍者の体を掴み、持ち上げる。熱が伝わったのか、忍者はうめき声を上げている。

 しかし、忘れてはならないのは忍者の振るう恐るべき技術。

 

「あ? 消えた?」

 

 壁抜けの術。サイボーグの手の中からすり抜け、背中で華麗な受け身をとった忍者はサイボーグの股下をくぐり抜け、一目散に逃げ出した。

 

「あー、厄介な。上級(ハイクラス)忍者だったか。まるっきり雑魚って訳じゃねぇと。あれで侵入(はい)って来たんだな」

 

 走る。常人の限界は100メートルで10秒弱といったところか、それに対して上級(ハイクラス)忍者であれば8秒は硬い。しかも単なる追いかけっこにはならない。忍者は懐から巻物のようなものを取り出し廊下に広げる。途端に煙が立ち上がる。

 

「洒落臭ぇ! 小細工程度で止まるか!」

 

 機械の力を受け、忍者以上のスピードのまま煙幕に突入する。足元に強力な粘着を察知したが、地面を掴む特殊合金の爪とモーター駆動のパワーで引きちぎり無理やり駆け抜ける。

 煙が邪魔になる前に駆け抜ける。単純だが追いかけるには最も合理的な選択だ。所詮は時間稼ぎ目的の悪足掻きである、筈だった。

 

 廊下は長い一本道、とまではいかないながらも、遮蔽物のない空間である。しかし、煙の先に忍者の姿はなかった。この区画を知り尽くしているサイボーグの目を盗み脇道に逃れている筈もない。忍者本人ならばまだしも、脇道の存在を丸ごと搭載しているセンサーから隠す細工をできるだけの余裕は与えないための突貫である。

 

 サイボーグの思考に間隙が生まれる。一瞬辿り着きかけた正解が脳内で定まるよりも早く、忍者の奇襲が成立する。

 足を緩めたサイボーグの背後、煙の中から短刀が現れる。霧中でのすれ違い、壁抜けを用いれば容易い。ヘッドとボディのつなぎ目、顎から突き上げるように刃が踊りかかる。

 

「ぬぅっ」

 

 交錯の刹那、サイボーグの掌が掴みかからんと迫る。尋常の関節では成し得ない、後ろ手での掴み。サイボーグであればできない道理など無い。一瞬の逡巡の後に、次第を把握したがためにできた動きだ。

 

 しかし、腕は空を切る。突然生えたように刃がサイボーグの目から飛び出た。繰り返し、三度目の壁抜けの術。刹那の回避と深い一撃を両立させる、師範格の(マスター)忍者が振るう絶技である。

 いくらサイボーグといえども脳を貫かれれば絶命は必至。ここに死合は決着した、かに思われた。

 

「抜かったな」

 

 空を切った右腕が、ぐりんと反転し忍者の頭を掴む。

 

「剣筋がぶれたな。お前がマスターであれば、俺の脳を貫いたであろうが、運がよかった」

 

 まるで万力に挟まれているかのように忍者の頭蓋が軋みを上げる。足を無様に暴れさせるその姿は、今度こそ決着を示していた。

 

「詰みだ。潔く死ね」

 

「お、断りだっ」

 

 ガチン、と指が鳴る。荷重の掛け先を失った指が勢い余って音を立てた。不完全な精神においても完璧な受け身で距離をとる。

 ズドン。サイボーグの左手から僅かに煙が立ち上る(隠し銃)。脚に一発、立ち上がろうとした忍者の出鼻を完全に挫いた。

 

「同じ手が、通じる訳ねぇだろがよ」

 

 サイボーグの足が忍者の脚を踏みつける。痛めつけるためではなく機動力を奪うため、人間の骨が百数十キログラムの蹴りに耐えられる筈もない。

 

すり抜ける技術(壁抜けの術)はよ、地面もすり抜けるんだろ。そんな這いつくばってたら使えねぇんじゃないか?」

 

 忍者は応えない。青色吐息で蹲っている。懐を探る様子もなく、苦痛に呻いている。

 

「できれば生け捕りにしろって言われてんだ。潔く死んでいればそれでも良かったんだが、自殺もしないんだろ?」

 

 忍者の動きが徐々に鈍くなっていく。体が縮むように丸み、奥の歯がカチカチと鳴る。

 どこかへ空気が流れていく。澄んだ空気に埃が浮かんでいるのが見える。サイボーグは無感情に忍者を見つめる。

 廊下の温度が下がっていっている。忍者の意識はいつの間にか途切れていた。室温は実に-20℃にまで落ちていた。このまま保存するには心許ないが、運搬するには十分すぎるほどに冷えていた。

 

 サイボーグは腰の収納からコードを取り出すと、忍者のメンボをまくり、首元のモジュールタブに突き刺す。忍者に共通して作用する精神自死システムの起動コードが発動した。これでこの忍者は二度と元の状態では目を覚ますことはない。

 

「精神が死ねばほとんど死んだようなものだと思うが、一応生きている判定らしい。色々便利に使われるって聞くぜ。まったく、薄ら寒いな」

 

 サイボーグは皮肉に笑う。彼には-20℃の寒さも、まるで堪えていないようだ。

 サイボーグは忍者の体と盗まれかけたカプセルを担ぎ上げると、自身の待機室へと立ち去った。




忍者のその後
そもそも任務事態が罠。体を収奪される結末に。
死んだ精神の代替として、コンピュータに接続し疑似人格が注入され、実験体兼脳内情報抽出元にされている。壁抜けの術の解析にも使われているが、そちらあまり上手く行っていないようだ。
いずれは体だけを使って何かしらの防衛設備にされるだろう。

サイボーグのその後
契約満了後、一人で出歩いているところを師範格忍者に制圧される。拷問の後、普通に殺される。悪人ではないが因果応報の理である。

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