──この物語はクロウディという姓を持つ者たちから始まる。
彼ら彼女らはブラック家やゴーント家がそうであったように古い純血の旧家であり。
1930年にカンタンケラス・ノットが匿名で出版したとされる『純血一族一覧』まで存続していたのならば、間違いなく「聖28一族」は「聖29一族」となっていたであろう。
代々法学を修め、魔法省に自らの子弟を送りこみ、門閥として優秀な人材を輩出し、一見して明瞭に見える法文の解釈を巧みに操り、時には歪めて、魔法界における法学の大家として報文と法文を書き上げ、それを生業として、その最盛期には魔法省の花形としてその名を広く知らしめる魔法法執行部の重要な官職のことごとくを独占した。
その当然の帰結として魔法法執行部に公然と権勢を振るい、そしてその法文と報文をもってして歴代の魔法大臣達の裏に影響力を保ち続けた。
かつて純血の名家達が魔法大臣職を交代制で代わる代わる務めていた時代に一度だけ魔法大臣を出したこともあるが、クロウディは自ら歴史に残る権力者になるよりはそれらを支え、時に操り、自らの権勢の維持に利用するのを好むのだ。
それでも、盛者必衰の理から逃れることは難しいものでクロウディ家もいつしかも没落していきハリーポッター本編開始時、すなわちには1980年代には跡形もなく断絶してしまった、それはなぜか?
──他の純血の家に権力闘争で負けて権勢を失ってしまったのか?。
──いやそうではない、その晩年まで彼らは権勢を保ち続けたし、使い切れない富を携えたまま滅びっていった、それに卑しく野蛮なマグル共と違って由緒ある純血達は他の純血の家を断絶させるほど追い込むことは少ない、考えてみれば当たり前のことでウィーズリーやポッター家をいれても、彼らの言う穢れのなき純血の家系はせいぜい三十やそこらなので、いちいち利害が対立した程度で御家断絶にまで追い込んでいたらただでさえ狭い婚姻先の選択肢がますます狭まっていきやがて自らの首を締めることに繋がる。
──ではかくも高貴なる血統を誇ったクロウディはなぜ途絶えてしまったのだろうか?
その答えはまさにその血統にあった、ゴーント家はともかくとしても、ほとんどの純血の旧家というのは、……不都合な真実ではあるが「家系図の剪定」を行って自らの純粋性を主張しているに過ぎない。
つまり程度の大小こそあれ、彼らはマグルの血が混じった祖先を持ちその人物を家系図から削除して仮初の純血を装っているだけで、それに派閥や思想によらずに相手が純血とされる家柄ならば、例え利権巡って対立した家とも平然と婚姻する、まさに純血にとって昨日の敵は今日の家族なのである。
にも関わらずクロウディはそれをしなかった、自身の血にマグルの血が混ざるのを良しとはせず、それでいて純血の名家との婚姻には消極的だった、それは彼らの生業である法学に関係のあることで三権分立の成っていない魔法界において魔法法執行部に影響力を持つことは、それすなわちウィゼンガモットに影響力を持つことにほかならない、つまり魔法界においてクロウディの名はウィンゼンガモットの法務委員会において魔法法の立法者であり、それを執行する魔法省の魔法法執行部の行政者であり、それを裁くウィンゼンガモットの大法廷における判事としての司法者でもあった。
婚姻してしまえばおのずと利害関係を共にしてしまい、その家の関係者を裁く時の判決に迷いが生じる、その強大な権力ゆえに安易な婚姻は許されなかったのである。
そしてその血統は高貴なる血脈なのに、魔法界において隔絶した、孤立した血統として、自らの分家や極稀に利害関係のない遠い異国の純血を取り入れるのみだった。
いつからだっただろうか、近親婚を繰り返し遺伝的多様性を失ったのが悪かったのか、はたまたグリーングラスがそうであったようにその血にかけられた呪いだったのか、いずれにせよクロウディ家に生まれる子供は皆、病弱で病的なまでの青白い肌と色素が抜け落ちた白い体毛と陽の光に弱い特徴を持って生まれるようになった。
口さがない者はよく噂したもので、それは吸血鬼と交わった証かアズカバン送りにした罪人たちの呪いだとか、クロウディ家はその立場上よく嫌われていた為、噂の殆どは根も葉もない悪評だったがそれでもクロウディの姓が差別の対象とならず最期まで畏怖の対象となったは、やはりその権力と権威の為せる業だったのか。
しかし悲しきかな、代々そんな状況が続き今やその権力も権威たるクロウディの血も陰りはじめ、ゆっくりと、けれども確実に削り取られていった。
────その家系図の末路、その血の特徴を色濃く残した女がいた、絹のような髪に、木綿のような肌、白緑の瞳を持つ盲者、コーネリア・クロウディは滅びゆく彼女の生家をそのまま投影したかのように儚げな美しさのある女性だった。
そしてもう一人、これまた純血の名門として知られたシャフィク家の長男でスリザリン寮に組分けされて1870年のホグワーツを首席で卒業した男。
元々シャフィクはその名前からもわかる通り中東系の家系で魔法法機密保持法以前、第三回十字軍で獅子心王に仕えて活躍した魔法戦士に惚れて彼を追い、その愛ゆえにアラビアの砂被る熱された砂漠から遥かなるブリタニアの凍てつく大地に流れ着いた魔女を祖とする一族、いつしか英国魔法界に根付いたその一族に生まれた男、ロバート・シャフィクは眉目秀麗にして先祖代々の滑らかな陶器のような褐色の肌を携えた社交界の薔薇であった。
というのもこの男は英国の魔法省で出世街道を歩みその家柄と端正な顔立ちのために、引く手あまたでありながら女遊びの激しい性格ゆえに縁談を断り続けていた、さぞや純血子女達には恨まれたことだっただろう。
実家の意向を無視して愛人をとっかえひっかえ取り替えてトラブルを度々起こしてはまた性懲りもなくそれを繰り返す、もういい加減、シャフィク家も彼に呆れ返った頃にその出会いが訪れた。
ある社交界のパーティーでのことだった、その日は久々にコーネリア・クロウディが社交界に復帰していた、体が弱く魔法省への宮仕えも許されない彼女にとってそれはかなり珍しいことだった、一方でロバート・シャフィクもそのパーティーに参加していた、というより彼は社交界に入り浸っている常連だったので参加していないパーティーを探すほうが難しかったが。
ともかくそのパーティー会場でロバート・シャフィクはコーネリア・クロウディに恥も外聞もなく、その場で求婚した。
それは純血としてはしたない、ありえないことで、もっと言うならこの二人は初対面だった、要は一目惚れだったのだ。
何に惚れたのだろうか、その富だったのか、その家柄だったのか、権力だったのか、あるいはその儚げな美しさだったのか。
たしかにクロウディ家は富を蓄えた由緒ある名家だったがそれでもそれに比する家柄の者との縁談がなかったわけではない、そして彼女の代には流石のクロウディ家もその権力を手放していたし、それに、たしかにコーネリアは美しい女性だった。だが無愛想で悲観的であまりおしゃべりが楽しいタイプではなく、はっきり言って彼女よりも華やかな女性などいくらでもいたはずだ、いったいぜんたい何が彼の琴線に触れたのかは本人しかわからないが、ともかく彼は一目惚れしたのだ、……恋に理由はいらぬものなのだろうか?。
一方のコーネリアは自らの代で長く続いたクロウディ家の歴史を終わらせるつもりだった、彼女は熱烈な純血主義者で遺伝的多様性を求めて自らの唯一の心の拠り所、名誉あるクロウディ家の家系図を汚らしいマグルの血で穢すのは耐え難い事だった、かと言って純血と婚姻を結ぼうとした場合、その血の病、その血の呪い、それらがゆえに彼女は純血の婚姻市場では疎まれていた、それに棒切れのような身体では子供を生むのは難しいだろうと見られていたし仮に産めたとしても母体は無傷では済まないだろうと、純血にとって子供が産めない女にどれぐらいの価値があるだろうか?。
コーネリアは自らの体を恨んでいた、この世で最も尊き血統の一つに生まれるという栄誉に預かっておきながら、その権威に泥を塗るかのごとく病弱で子供一つ産み得ない自分の体の不甲斐なきを、たとえそれがその尊き血によってもたらされた病いだったとしても。
だから彼女はその血とともに自らも滅びるつもりだった、それがせめてもの贖罪であり名誉であったのだ、なんという高潔さ、なんたる滑稽さであろうか、その矜持が故に彼女は最初は断った、きっとそんな事をしてしまってはシャフィク家まで呪いが広がってしまうかもしれない、それに私は子供を産めない身体なのだと。
彼の祖先がそうであったようにロバートは諦めなかった。
家督の継承を弟に譲り、自らの姓を変えて、婿入してクロウディ家に骨を埋める覚悟で何回も求婚した末に、先に折れたのはコーネリア・クロウディの方であった、彼女はその時条件をつけた、彼女は子供を産みたかったのだ、もしかしたらシャフィクの血を頼ったらクロウディはその血の病いを振り切って再び陽の光の下を歩けるようになるかもしれない。
ロバートは正直な話、彼女に無理をして欲しくなかったがそれでもその希望を無下にもできずにそれを受け入れた。
彼の実家もどこの馬の骨とも知れない女に嵌められて、ご落胤を掲げられるよりはマシだとしてそれを渋々認めた、それにクロウディ家は滅びかけの家だ、もしかしたら血縁を作ることでそのレガシーを得れるかも知れない。
かくしてしばらくの幸せな結婚生活の後、二人の間には子供ができたが残念ながらコーネリアは長くは生きられ無かった。
しかし生まれた赤子は父親由来の褐色の肌を持っていた、それは間違えなくクロウディの呪いから逃れた証だった、そういう意味ではやはりその死には希望があり意味があったのだ。
男児でなかった事もそれに比べたら些細な障害だった、だが一つ致命的な問題があった、彼女は夜泣き一つしない従順な幼児だったが魔法力の兆候が現れなかったのだ。
通常この時代の純血の家に生まれた子供は魔法力が発現してから初めて家の外にその存在を知らされ、もし11歳の時、つまりホグワーツからの入学を許可する手紙が届かなかった時はスクイブとして、他ならぬ自らの肉親にせめて家の恥とならぬよう密かに処分される。
そうして純血達は震えながら祈るのだ、あの子の眠りが安らかであるように、もう二度と忌み子が生まれぬように、どうか私達を恨み、呪わないでくださいと。
──皮肉な話だろう、子々孫々まで、純粋で純血であって魔法が使えてほしいという親の祈りが、やがて軛となり、その血を蝕み、いつか子孫たちを苦しめるのだというのだから。
ロバート・シャフィク−クロウディはもし娘がスクイブだったらそうするつもりだった、彼もまた純血主義的な気風の中で育ったのだからそれは当たり前の事ではあった。
それでもいざその時になると彼はためらってしまった、育った娘を処分することはできなかった、それをするには彼女は、あまりにも亡きコーネリアの面影を残していた。
外見こそ父親譲りの端正で中性的な凛とした顔立ちで滑らかな褐色の肌をしていたが、流れるような白髪と白緑色の瞳と何よりもふとした時に見せるきめ細かな所作にこそ母親の影があった、彼にとってその影は眩しすぎたのだ。
─だから11歳の誕生日、手紙が届かなかった日の夜に自らの娘を屋敷の大書庫に閉じ込め、従僕として屋敷しもべ妖精を一匹与え、今は亡き母と同じ名前、コーネリア・クロウディと名付けた。…結局の所、彼はついぞ娘を愛さなかった、周囲からの再婚の勧めも断り、ただ妻への愛と彼女への忠誠を守り続けた、それは彼の生来のスリザリン的な身内への愛があったからなし得たのだろう。
──ともかくそうしてこの物語は始まった。