インフレおぜう様   作:エゴイヒト

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過去編その3。
スカーレット公死亡後の話。


宇宙もってくれよ! 1771^104倍界王拳だァ───ッ!!!!

 

「―――紫」

「ひゃん!?」

 

 大太鼓を叩くようなバリトンボイスが、紫の鼓膜を揺らす。

 彼女の背後には、長身の男性が立っていた。

 紫を含め、今でこそ大妖怪と呼ばれる者達がまだ幼く弱い頃から目を掛け、庇護し、教え、導いてきた存在。多くの妖怪から"父"と崇められるほど古参の妖怪であり、神格の側面も併せ持つ神獣。

 その種族は天狗。それも、日本に伝わる有象無象の天狗の方ではない。その由来となった原初の天狗。すなわち大陸における天狗、流星の化身である。

 名を、兆星という。

 

「島国でお前が管理の一部を担っているという幻想郷は、その後どうだ。無謀にも月に戦争を仕掛けたと聞いているが」

「若気の至りですわ。妖怪達のガス抜きにしても、相手は選ぶべきでした」

 

 紫は恥ずかしそうに頬を染める。

 

「……そうか、お前も立派な頭領になったか」

「私など、まだまだですわ」

「いいや……これで私も安心できるというもの」

 

 紫は僅かに眉を顰めて、唇を尖らせた。

 昔から兆星は、まるで天から全てを見ているように、人一倍高い視座を持っていた。

 一人で完結して、独りで解決する。

 言葉の裏の真意を訊ねたところで、いつもはぐらかされるだけだった。

 

「此度、私は女媧様から吸血鬼レミリア・スカーレット討伐の命を受けた。耳聡い紫のことだ、経緯は知っているだろうが……」

「数日前に月の都の尖兵がレミリア・スカーレットの命を狙って、スカーレット家を襲撃したのが発端でしょう? 結局、令嬢の殺害には失敗。当主は仕留めたものの、帰還はならなかったと聞いておりますわ」

「うむ。だがその意図までは知るまい?」

 

 月の民は、何故彼女を襲撃したのか。神々は、何故月の民らと共同戦線を張るのか。

 

「月の民はレミリア・スカーレットが遠からん未来、地上を征服し、そしていずれは月にも侵略すると考えているようだ」

「不可解ですわね。何故、そのようなことが分かったのでしょう。たかが吸血鬼一匹をそこまで恐れることはありませんわ?」

 

 確かに吸血鬼は優れた種族だ。

 力では鬼に、速さでは天狗に負けるが、知能が高く魔力出力に長け、総合力では勝る。

 単体ではなく種族としてみれば、最強の種族の一角に名を挙げるほどだ。

 だが、徒党を組んだところで神々や紫以上のクラスの大妖怪を全員倒すなど無謀で、まして月の民に勝てる筈がない。

 

「断片的だが未来を予知する絡繰り仕掛けでもあるのだろうさ。奴らの持つ技術力は時に地上の神々の力さえ凌ぐ。有り得んことではない」

「……ええ、そうですわね」

 

 紫もかつて、痛いほど思い知らされた口だ。

 

「ですが、地上の神々は何故協力を? 月の民の言葉を理由もなく信用したとは思えません」

「無論、この私の進言だ」

 

 凶兆を告げる程度の能力。兆星が持つ、天狗本来の権能。

 その権能で、月の民が見た未来と同じように、良くない未来を察知したらしい。

 

「しかし地上の征服と月への侵略……果たして彼女にその気があるのでしょうか?」

「奴自身にその気が無くとも、プライドの高い吸血鬼達のことだ。レミリア・スカーレットを担ぎ上げて覇を唱えさせるだろう。それが自らに破滅を齎す愚行と知らずにな」

 

 妖怪が世界に覇を唱えることを、神々は許さない。人の世あっての妖、人の世あっての神なのだから。

 ならば衝突は避けられない。いずれ、神仏妖怪人間全てを巻き込んだ世界大戦が起こる。

 だが兆星が見据える破滅は、そこにはない。そう複雑ではない、もっと単純なものだった。

 

「正直、私は怖いですわ。月の尖兵さえ返り討ちにしたという吸血鬼を敵に回すのが」

 

 第一次月面戦争で紫は月の民の強さを知っている。そんな相手に喧嘩を売るなど正気ではない。

 何とかして和平を結ぶべきだ。相手は吸血鬼。最悪、忠誠を示して軍門に下ることを選べば、命は助かるかもしれない。

 

「すまない紫。これしかなかったのだ。大いなる凶兆を回避するためには、今の内に吸血鬼共に……皆に、奴の脅威を正しく理解してもらわねばならぬ」

 

 例えそれに如何なる犠牲を払ってでもな、と溢した兆星の顔は憂いを帯びていた。

 話を切り上げた兆星は、集団の頭上に飛びあがって注意を集める。

 

「聞け、我が声に応えし同胞よ! これから私はお前達を死地へと送る。今が引き返す最後の機会だ」

 

 今宵ここに集うはいずれも名だたる大妖怪。小国の人間共など一晩で殺し尽くせる魑魅魍魎。そんな彼らが臆することなどありえない。

 

「捨て駒だろうが何だろうがついていくぜ! あんたのためならな!」

「我ら天狗一同、御身のために死ねるなら本望であります!」

 

 そう言ってにやりと笑って見せる彼らに、兆星は頷く。

 ただ一人、紫はぴくりと肩を揺らした。死地へと送る。彼女は正に、その役目を担うことになる。

 

「……その勇気と忠誠に感謝を! だが敵の首領、レミリア・スカーレット相手にお前達が敵うとは思っていない。奴は私が相手をする。配下の吸血鬼共はいずれもお前達に勝るとも劣らない強敵だ。お前達にはその露払いとなってもらいたい!」

「おおおおお!!」

 

 自分達が父と仰ぐ兆星の戦いについていけるなど、これ以上の喜びはない。たとえそれが、神格達から下された命令の手伝いであったとしても。

 通常、人を脅かす邪悪な存在である妖怪は、人間を守護するタイプの神格とは相容れない。だが半神半妖、神獣である兆星は神々の配下でありながら妖怪を導き守り、育ててきた。その信頼関係は、国さえ跨いで築き上げられていた。

 

 決行は夜。通常であれば吸血鬼達が活発化する時間ゆえ避けるべき時間ではあるが、紅い霧が世界を覆う今、もはや関係ない。

 妖怪達は紫のスキマを通って西洋へと一息に進軍した。八雲紫は補給と行軍の要であり、前線に出るわけにはいかない。このまま日本に留まり、撤退の合図を待つことになる。

 

 

 


 

 

 

 同日、兆星率いる東洋妖怪連合軍は、スカーレット領に足を踏み入れることに成功した。

 彼らは森の中へと転移すると斥候を放ち、周囲の安全確保と索敵を行った。

 

「報告します。西方に吸血鬼と見られる妖怪に占拠された街を捕捉しました」

 

 吸血鬼が人目も憚らず一か所に集まるのは珍しい。彼らも行軍の準備を進めていたのだろう、と兆星は推測する。

 

「予想よりも動きが早いな。吸血鬼達が担ぎあげているだけではない……レミリア・スカーレット自らが声を掛け、彼らを率いているに違いない」

 

 とはいえ恐らく、まだ情報収集の段階だ。レミリア・スカーレットの敵は月の民。月の民の拠点と戦力、そして配下の吸血鬼達を率いて月へ攻め込むための術を探しているのだろう。

 当然、生半可な方法では不可能だ。まして吸血鬼達では戦力にならない。レミリア・スカーレットもその内気付いて、単身月へ乗り込む筈だ。

 そして必ず、情報収集の過程で月の民と地上の神々の協定にも気づく。それを口実に、吸血鬼達を地上の侵略に差し向けるだろう。いや、命令などされずとも、一旦レミリア・スカーレットという旗印を得た彼らはそうする。例えレミリア・スカーレットが侵略に興味を失っても、暴走は止まらない。

 

「お前達、攻め入るぞ。吸血鬼達はここで一網打尽にする」

 

 そうなる前に叩くのが、兆星の使命だ。

 

 

「大所帯で、我が領に何の用かしら?」

「レミリア・スカーレット……!」 

 

 しかし、突入するよりも前に、吸血鬼の少女に捕捉されてしまう。待ち伏せていたかのように、彼女は上空から降って来た。

 一目で分かった。地に倒れ伏したくなるような、見る者を威圧するその妖力。件のレミリア・スカーレットで間違いない。

 

「兆星様! まさか、情報を察知されていたのでは!?」

 

 背後の妖怪達に動揺が広がる。だが一瞬で移動した彼らの動きを、東の果てで集結する妖怪達の情報を、手に入れられる筈がない。同様に内通者という可能性も考えにくいだろう。

 

「さてね。そういう運命だったんじゃない? お前達、このあたりじゃ見ない風体ね。東洋の妖怪?」

 

 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

 月の民同様に神々はレミリア・スカーレットを恐れ、その排除を強く望んでいる。しかし兆星は、それが凶兆を回避する絶対条件ではないと踏んでいた。

 命令はレミリア一党の排除だが、兆星の最優先目標は配下の吸血鬼の排除だ。故にここでレミリアと遭遇してしまったのは痛い。だが、想定していなかったわけではない。

 

「手筈通り、私がレミリア・スカーレットを惹きつける! お前達は配下の吸血鬼を殲滅せよ!」

「「おおおおお!」」

 

 兆星とレミリアが睨み合う中、妖怪達は勢い勇んで吸血鬼の根城へと向かう。

 意外にも、レミリアはそれを見逃した。配下に信頼を置いているということだろうか。

 あるいは、彼らがどうなろうと構わないのかもしれない。

 

「敵、ということでいいのね? 何故私を……いえ、私達を狙うのかしら」

「……確かに、君には知る権利があるな」

 

 時間稼ぎになるのであれば、兆星はあらゆる手を惜しまない。説得の可能性が少しでもあるのなら、尚更だ。

 

「全ては月の民と、地上の神々の謀。君の力を恐れるが故、その命を狙っているのだ」

「……では何故、お父様は死んだの?」

「君の父、スカーレット公の死は……必要ではなかった。少なくとも、私はそう認識している」

 

 レミリアは眉を顰めた。

 捉えようによっては、娘達を庇った父の死が無意味だったとも取れる発言だ。しかしレミリアは兆星が言葉に含みを持たせていることに気付いて、不快感ではなく疑問を抱いた。

 

「どういうこと?」

「吸血鬼達の間で、君を担ぎ上げようとする動きがあることは調べがついている。スカーレット公が君を庇おうとしていたことも。君に、侵略の意志があるとは限らない。特に公が健在であれば、その未来を回避できる可能性はより高かった」

 

 月の民や神々の目的を達する上で、必要のない死だった。もっと言うなら、死ぬべきではなかったとすら言える。

 だが、現実にはスカーレット公は死んだ。

 

「世界を巻き込む大戦が起これば、滅びは避けられない。結果がどうあれ、双方得られる物は少ないだろう。そこで、どうだ」

 

 兆星は空を舞い、レミリアと正面から向き合う。

 

「君と、吸血鬼達の未来永劫に渡る侵略放棄の確約。それで、私が神々を説得してみせよう」

 

 吸血鬼、ひいては悪魔は、契約を破ることができない。その性質を利用すれば、彼らを納得させることもできるかもしれない。人と妖、そして神々。この世の生きとし生ける者全ての善き未来を願う彼にとって、平和的に解決できるのであれば、それが最善だった。

 

「それで納得しろと? 怒りを収め、ただ降伏しろと言うの?」

「……遅きに失することは、理解している」

 

 無理のある提案であることは自覚していた。たとえスカーレット公の死がなくとも、吸血鬼達にとって余りにも不利な条件だ。だがこうでもなければ、月の民や神々は納得しないだろう。プライドが高いのは、吸血鬼達だけではない。寧ろ、自らを絶対的な上位者と疑わない神々の方が、よっぽど傲慢かもしれない。

 そんな提案を軽々と口にできる自分もどうかしているな、と兆星は内心自嘲した。

 

 と、そこで街の方が騒がしくなる。向こうで戦闘が始まったかと思ったが、何やら様子がおかしい。

 一人の天狗が、こちらへ慌てて飛んでくる。

 

「兆星様! 街にいたのは吸血鬼ではありません! 悪魔です!」

 

 街はもぬけの空。吸血鬼も人間も退去した後だったのだ。彼らを待ち受けていたのは、レミリア・スカーレットが召喚した悪魔だった。

 それも、並みの悪魔ではない。一柱一柱が大妖怪に匹敵する。しかも悪魔が悪魔を呼び出し続けており、妖怪達は数で押されていた。

 

「こうなることを読んでいたのか……?」

「吸血鬼達では使い物にならないと判断したまでよ」

 

 月の民が恐れているのは、レミリアだけだ。レミリアとて月の民の実力を正確に把握できているわけではないだろうが、誰が相手であれ、自身の足手纏いになることくらいは分かる。であるなら、初めから吸血鬼達に声を掛けていなかったか、あるいは彼らを門前払いしたか。とにかく、レミリアと吸血鬼達の間に繋がりはなかったのだ。

 だが、それでも兆星がすべきことは何も変わらない。

 レミリア・スカーレットの公認を得られずとも、一度彼女が月の民へ攻撃を仕掛ければ、愚かな吸血鬼達は増長して、人妖を征服しようとするだろう。月の民はレミリア本人を恐れているが、直接凶兆の未来を視たわけではない地上の神々はまだそこまで実感がなく、寧ろ吸血鬼達の方を警戒している。

 

「どうしても、怒りを収める気はないか」

「戯け、交渉にすらなっていないわ」

 

 もはや、衝突は避けられない。

 分かっていたことだ。彼女自身を説得できないのであれば、兆星が予測する凶事は避けられない。 

 時には、戦うことそのものに意味があることも、ある。

 

「破滅の未来を回避するためだ……」

 

 地上の神々の本格参戦。激昂するレミリア・スカーレット。

 そして、世界の滅亡。

 僅かに垣間見たその断片的な未来を避けるためなら、自らの命を賭してでも、彼女の脅威を神々に知らしめなければならない。

 兆星は、目を瞑った。

 

「許せ」

 

 それは、誰に対しての言葉だったのか。

 

 次の瞬間、空から無数の何かが降り注いだ。

 

「これは、兆星様の!?」

 

 街で悪魔と戦っていた妖怪達は、風を切る特有の轟音を聞いて、兆星とレミリア、両者の開戦を悟った。

 飛来したのは―――隕石だった。千余の隕石が、全てレミリアへと殺到する。

 衝突。

 瞬間、凄まじい衝撃波が巻き起こった。まともに立っていられず妖怪達は地に伏して、建物や岩、木にしがみついた。それでも幾人かは吹き飛ばされてしまった。

 

 やがて、衝撃が去った後。

 

「お、おおおお!」

「命中したぞ!」

「しかも全部だ!」

 

 効力ありと見て色めき立つ妖怪達。彼らは兆星の勝利を信じて疑わない。

 しかし。

 

「馬鹿な……全部、だと」

「ありえない……」

 

 聡明な者達は気づいた。

 そう、普通に考えればおかしいのだ。

 これだけ大きな隕石が衝突して、その場に浮かんでいられるわけがない。

 一つ喰らえば彼方へ吹き飛び、残りは大地へ衝突する筈なのだ。

 つまり、レミリアはびくともしなかった。全て受けきったのだ。

 

 レミリアを隠していた土煙が晴れる。

 

「よくもこんな、猿の糞より下衆な土くれを、私に投げつけてくれたわね」

「君なら避けることもできよう」

「この私に、お前如きの攻撃を避けろと?」

 

 紅い閃光が、レミリアの指先から迸る。

 

「お返しよ。お前達の故郷、灰燼に帰してやろう」

「!? 不味い、お前達逃げ―――」

 

 兆星は、寸前になって突如現れた凶兆を察知する。彼はレミリアの後方へと咄嗟に避けた。彼女の前方にいては逃げ場はないと悟ったからだ。

 普段より察知は遅かったものの、脅威の規模を見極める彼の力は正確だった。

 その光、直径にして1kmは下らない。

 放たれた魔力光線は、重力に逆らって真っすぐ飛ぶことは無かった。しかし完全に重力に屈するでもなく、地中にトンネルを掘るように沈みこむわけでもない。長距離弾道ミサイルのように大気圏外を経由して遥か彼方まで届かせるのではなく、球体表面に紐を括りつけるように、見えない導火線を火が伝うように、光線は道中の地表を舐めるように這う。結果、光線は大地を抉り、黒海を抜け、西洋から東洋まで大陸を横断する。

 その轟音は地球を駆け抜け、その光帯は月からも見えた。直撃せずとも近くに居た人間や妖怪達は衝撃波で消し飛んで死に、遠くにいた者も音で気絶した。魔力光線故に熱量があまり無いことだけが救いだった。あれば地球は一瞬にして灼熱地獄と化していただろう。

 

 光線が去った後、悲鳴など聞こえなかった。聞こえる距離にいる者は全員消滅した。

 ただ二人、レミリアと兆星を除いて。

 

「まずは一撃。私の前に立ちはだかった罪。それと侮辱への落とし前はつけてもらったわ」

 

 あの威力、城や家屋が焼けるなどというだけでは済むまい。地盤ごと消し去った今、文明の跡が残っているかどうか。

 

「お、おおお……」

 

 兆星はわなわなと震える。自らを慕う妖怪達の死、そして。

 西洋に渡ってもなお感じていた、自らが仕える女媧神の神力が、ぱたりと途絶えた。

 有体物に宿るタイプの神格は、依り代が破壊されれば消滅する。これは、分祀とはまた別の話だ。神社が壊された程度で神は死なないが、国家の守護神であれば亡国とともに神も滅んでしまう。土地が滅びれば、土着神も、また。

 それは信仰の消滅というよりは、アイデンティティの消滅に等しい。

 女媧は大陸に宿る創造神である。大地が多少削られた程度で消滅するとも思えないが、しかし。

 自らが仕える神に訪れた凶事くらい、兆星には分かる。それが彼の権能なのだから。

 

「やはりお前は、今ッ! ここで殺しておかねばならぬッ!」

 

 もはやレミリア・スカーレットが世界を脅かす存在になることは、自らの権能を用いずとも明らかだ。

 人類の技術の進歩によって、神々や妖怪達はその力を徐々に減じてきている。

 だが、目の前にいるこいつがその例にあてはまるとは思えない。

 まして永き時を生きる吸血鬼は―――妖怪弱体化の時流があるとはいえ―――通常、歳を重ねるほど強くなる。

 今しかないのだ。

 齢14に過ぎない今こそが、この悪魔を討滅する好機。

 

「オオオオオオッ!」

 

 人が体系的な文字を持たなかった原始時代。信仰とすら呼べない、天空から降る星々へ畏れを抱いた時、彼は生まれた。妖怪としても神としても最古参の一角でありながら、人間達に凶兆としての役割を見出され、決して他の神々と並び立つことはなかった。しかし、彼はそれで満足であった。人妖神霊問わず警告を与え、皆がより善い未来を選び取るための一助になることは、兆星にとっての存在意義であり、誇りであったからだ。

 だからこそ、ここは退けない。

 兆星は己の姿を流星と化して、レミリアへと突貫した。

 

「そうこなくてはね。やはり肉弾戦の方が好ましいわ」

 

 衝突と共に、人の身であれば気を失うことは避けられないほどの爆音が響き渡る。一度に留まらず、二人は幾度も衝突を繰り返す。

 レミリアは躱すことはせずとも、迎え撃つことはする。兆星が流星と化していても、受けたダメージはそのまま肉体へとフィードバックする。交錯の度、兆星の体には傷が増えていった。

 紅い光と碧い光が尾を引いて、二重螺旋を描きながら上昇していく。

 

「宇宙に誘いこめば力を出せないと思ったのかしら? 私を太陽光線如きに焼かれる有象無象共と同じだとでも!?」

 

 成層圏を超え、このまま宇宙へと飛び出していく狙いを悟ったレミリアは、的外れだと嘲笑う。

 宇宙線だろうが酸素が無かろうが関係ない。彼女はもはや通常の生物、通常の吸血鬼の枠組みには収まらない。弱点は、弱点にならないのだ。

 当然、兆星の狙いはそこには無かった。不意を突くように、隕石がレミリアに直撃する。

 だが今更こんな投石をしたところで効果はない。

 

「くどいっ!」

 

 視界を奪われたレミリアは、鬱陶しそうに隕石を砕いて退けた。

 その向こう側に、レミリアは眼前へと迫るそれを見た。

 

 直径100m、秒速2km。

 地表近くで生み出せる隕石は、周囲への影響を考えれば精々その程度が限界だ。だが大気圏外でなら、その制約はない。遠慮も要らない。

 熱圏ギリギリからの中間圏への再突入。

 直径10km、秒速20km。

 一説では恐竜絶滅の要因とも考えられているチクシュルーブ衝突体。それに匹敵する隕石と化した兆星が、レミリアを襲う。

 

 その時、地上の人々は聞いた。

 まさに天狗の由来となったとされる、天の咆哮を。

 

 

 

 

 

 

 地上から音が去った時。

 少女の腕が、兆星の胸元を貫いていた。

 

「完全に不意を突いたと思ったのだが……」

 

 兆星が吐いた血が、地球へと落ちていく。

 決死の特攻。その直撃の瞬間に、レミリアは一瞬で霧となって兆星の攻撃を透過していた。

 

「避けないのではなかったのか?」

「やはり同じ攻撃を何度も喰らってやるのは癪だわ。特にお前の品の無い攻撃は服も汚れるし」

 

 同じ。

 これと、先ほどまでの攻撃は、レミリアにとって些細な差も無かった。

 

「ああ……そうか」

 

 兆星はここに至って、全てを理解した。

 何故、彼我の力量差を正確に感じとれなかったのか。

 何故、凶事を告げる権能が肝心な所で機能していなかったのか。

 いや。待ち伏せされていた時から、既に気付いていたのかもしれない。

 彼女も自身と同じく未来を見通す力を持っているか、あるいはもっと―――

 

「前哨戦の相手としては悪くなかったわ。一軍の将にしては弱すぎたけれど」

「ふ……」

 

 兆星は恥じも悔いもない、という顔で笑う。そんな彼を、レミリアは呆れた顔で見下した。

 

「……」

「そう言えば、地上の神々がどうとか言っていたわね。そいつらはどこにいる?」

「……」

「答えないのなら、仕方ないわ。このままお前と共に、お前の故郷にも完全なるトドメを刺す」

 

 指先に、紅い光が収束していく。

 生き残りさえ殺し尽くす光線は、しかし今度は発射されることはなかった。

 

「……逝ったか」

 

 凶事を知らせる流星は、既に事切れていた。

 物言わぬ骸を、少女は投げ棄てる。

 

 流星が、堕ちる。

 

「―――あ」

 

 天に煌めくその光を、地上から眺めている者がいた。

 そして、最後の命の灯を輝かせながら、流星は塵となって消えた。

 

「嘘、そんな、兆星……さま……」

 

 それが意味するところを理解していなければ、涙など流れる筈がない。

 頭は呆然として理解を拒んでいるというのに、涙が溢れて止まらなかった。

 

 死んだ。

 弱小妖怪だった頃に助けられ、父のように慕った兆星も。

 兆星に恩ある者は皆家族と、兄姉のように面倒を見てくれた先輩妖怪達も。

 皆死んだ。

 己が、死地へと送ったのだ。

 

「ぃゃ、ぁ……嫌ぁぁぁぁあ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 





女媧
種族:神
能力:土から万物を創造する程度の能力
危険度:不明
人間友好度:高
主な活動場所:中国全土
 拙作のオリキャラ。本話で消滅。
 中国神話や道教において人間を創造した女神。大陸の神々を指揮していた。
 土地や国家に根付くタイプの神であるとはいえ天地修復神話などがあるため、本来であれば大陸が消滅しようと不滅の存在である。しかしおぜう様の星の心臓を貫く必殺『ハートブレイク』により、霊魂や存在の核を潰されて消滅した。
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