メイナスの力による支配の呪縛からの解放は見事としか言いようがなかった。当然ガド本人には傷一つ無く、緑のフェイスも長時間の激しい戦闘でなければ問題なく使用し続けられる程度の損傷で済んでいる。この場では適切な処置が出来ない以上ガドは短い時間しかフェイスから降りられない。ただ助けるだけでなく生命維持の点でも一安心である。シュルクの治療などをしている間に水を飲むこともでき、ガドの容体そのものはひとまず落ち着いていた。
緑のフェイスに寄りかかる形で座り込んだまま、彼はエギルの支配下にあった時の状態を話し出す。
エギルの根底にある本来の願いは巨神への復讐を果たすことではなく、世界や種族を問わぬ悲しみの連鎖を断ち切ることだった。たとえそこへ至る手段と道のりの中で両世界の人々が多くの血を流そうとも、痛みを乗り越えた先に新しい世界が訪れるはずだと信じて戦っていた。
しかし長い戦いの中でエギル自身の心も酷く擦り減り続けた。心優しき彼が見るのも躊躇っていた血はいつしか見るのが当たり前のものとなってしまった。足は血だまりに沈んで、抜け出そうとする意志さえ薄れて溶けていく。自身の両手にこびりついた赤黒い叫びも拭えなくなった。
悲しみを断ち切りたいという願いは今も変わらないのかもしれないが、目的は今や単なる復讐へと変貌を遂げた。巨神への恨みを巨神界の生命を狩ることで晴らそうと、新たな悲しみを己が生み出しているのにも最早気付けないところまで彼は沈んでいた。
「俺のことは構うな。行くんだカルナ。二度と俺達のような人間を生み出しちゃいけない」
カルナの手を強く握りしめた左手にガドの意志が詰め込まれていた。ガドもカルナとの再会を喜びたい気持ちを抑えて背を押している。時が進めば進むほどにまた人間が機神兵に喰われ、フェイスの部品として
「——うん。すぐに戻ってくるからね」
カルナはもう中途半端な依存を振り払っていた。傍にいて無事でいるかを確認するよりも、愛する人の想いを受け取って戦うことが本人の願いだと理解できるようになっていた。
『シュルク、今から渡す内容をガドに伝えてくれ。責任感の強い人は自己犠牲に走りやすいから先に手を打っておく。絶対に彼も生かして帰るぞ』
『任せて』
二人の会話が途切れたタイミングでガドの前に膝を突いてシュルクが口を開いた。
「ガドさん、もう少し休んで動けるようになったらもう一度緑のフェイスに乗ってほしいんです」
「何を……させるつもりだ?」
「絶対に人を傷つけることはさせません。貴方にも、カルナにも誓って」
「安心してガド、シュルクはとっても優しい子よ。シュルクも何かあるのね?」
「うん。——フェイスに乗ってマシーナの隠れ里まで伝言を届けてほしいんです」
フェイスは前述の通り問題なく使用が可能だ。飛行機能も備えているから長距離の移動にはうってつけの乗り物にもなる。加えてガドの生命維持の点でも早めに乗せたい。
「落ちた機神の左腕の掌に里があります。そこに住む機神界人の皆さんと少数のホムス達へ万が一に備えてほしいと伝えてくれませんか」
機神は本来の操者であるメイナス以外では多大な負担こそかかるものの誰にでも動かせてしまう造りになっている。モナドの枷が外されただけに限らずフェイスも次々に無力化や解放が成され、唯一侵攻に積極的協力の姿勢を見せていたサリゴもいなくなってしまった。強力な兵器であるフェイスも意味をほとんど失い、自身の思想と行動に賛同してくれる者をもなくしたエギルはかなり追い込まれているはずだ。
故に最終手段としてエギルが強引に機神を動かし、目覚めていない巨神をその上にいる生命ごと滅ぼす可能性は大いにある。実際エイルの記憶では無理矢理機神を目覚めさせる手段を取ってしまっているので余計にだ。
機神が動き出した際に被害を受けるのは巨神界だけとは限らない。隠れ里は落ちた腕の中、つまり機神のすぐ足元に位置している。機神の動かし方によっては脚部で踏み潰されてしまうことも考えられる。別に忠告などなくとも彼らの技術力があれば防衛の体制は整っているかもしれないが懸念事項は減らしておいた方がいい。
「それに貴方自身の身体のこともあります。少しでも早く隠れ里のリナーダさんに、フェイスから離れても活動できる処置をしてもらってほしいんです」
「そうね。私としてはそっちも大事。——ガド、約束して。絶対に自分の身を犠牲にしないって」
微笑みから一転、カルナの表情が至極真剣なものへと変わる。
「私も約束するわ。絶対に生きて帰ってくる。守りたいからって犠牲になるなんて許さないから。二人でコロニー6に帰るの」
カルナの言葉にガドは目を丸くしていた。自分が起こそうとする行動を見透かされていたからだろうか。
「カルナにそんなこと言われるなんてな。——強くなったな」
「あら、女性に強いなんて禁句よ。それに私は強くなんてないわ。でも……そうね、もしそう見えるなら、それはみんなのおかげ」
そこへ背後から大股で近寄ってくる人影があった。見ずとも空気だけで分かる。ラインだ。
「俺らがカルナを護るから安心しろよ。カルナがあんたのところに帰るまで絶対に死なせない」
ふと思った。今のラインはカルナに対して何かしら特別な感情を抱いているのだろうか。仮に薄らでも自覚を始めていたとしても、現時点ではガドが生きているのだから行動を起こすことはない。
あくまでも自分ではない誰かにとっての唯一であり、大事な仲間の一人であるから護って当たり前と言いたかったのか。それとも叶わぬ恋だと理解していても好きな人を護ることくらいはしたい意志表明であったのか。どちらにせよその想いはラインしか知りようもなく、他人からは不可侵でなければならない。
「そうか——頼むよ。俺もその頼み、引き受けよう」
たとえどちらであってもカルナを護ると約束してくれたことに変わりはない。今のカルナには力強い仲間がいることを理解してガドは頷き、ゆっくりと立ち上がった。表情のどこにも苦しげなものはない。生きる者、戦う者として迷いのない顔をしていた。
「俺はすぐに発つ。カルナも……頼むぞ」
「勿論よ。隠れ里の人には私達の名前を出せば大丈夫。——愛してるわ、ガド」
「俺も愛してる。カルナ」
単純かつ最大限の愛の言葉を告げてガドは緑のフェイスに乗り込み機神の外へと飛び出していった。ちらりと覗き見たカルナの顔は晴れやかだった。愛する人を一点の曇りなく信じている瞳で、彼の背が青に溶けるまで見守り続けていた。
転送装置の先は緩やかな上り坂だった。坂の先には下からでも見える巨大な像が佇んでいる。態々説明せずともそれが何なのかは理解できる。この坂はメイナス神殿回廊と呼ばれているのだ。あれは機神界人にとって肉体としての実体を持たないメイナスの姿を知る為の偶像であり、大切な心の拠り所だ。
「ついにここまで来たか。モナドの後継者よ」
回廊を抜けた先、機神界で何より神聖な場で二つの世界の面々は向かい合っていた。友好的な笑みの一つもなく、片や怒りと憎しみと使命感を胸の内に宿し、片や悲しみと祈りを握りしめて。兄と現実の狭間に立つヴァネアの顔は、今まで彼女が見せた表情の中で何よりも悲しげだった。
黄金のフェイス——ヤルダバオトを降りた彼と相対するのは初めてではあったが、その雰囲気と声で名乗らずとも分かった。彼が機神界盟主エギルだ。
「サリゴは破れたか」
「……それだけ?」
シュルクの語気がにわかに強まる。二人がどのような関係性であったかは分からない。しかし少なくとも目的を同じとした仲間ではなかったのか。そうならば彼女が命を落としたことへの反応としてあまりに冷淡ではないか。
「奴の運はそこまでであったに過ぎぬ。貴様達の排除に失敗した。それ以上でもそれ以下でもない」
「貴方の仲間じゃないのか! そんな言い方は——!」
「打ち倒したならば見たであろう。奴の身体は数千年前の時点で深く傷つき、命など
——貴様は私に弔いをさせる為にここまで来たのか?」
「ち、がう……。違う、けど……」
「貴様が本懐を見失っていようとも私は手は抜かぬぞ。同胞であろうと巨神界の者であろうと、障害を排除することに変わりはない」
彼はフェイスから降りた今の状態でもモナド使いに後れをとることはあり得ないとせせら笑った。腰を落として構えを取るエギルの姿を見て、シュルクもようやく本来の目的に目を向けた。
エギルは既に臨戦態勢であるが我々はただ戦う為に来たのではないと言葉をもって応える。対するエギルは臆したならばモナドを差し出して膝を突けと返す。当然これもシュルクは拒む。
我々は戦う為でも全てを諦めて彼に下る為に来たのでもない。ただ止めたくて、そして知りたくてエギルに会いにやってきた。
ここに立つ皆は帝都で機神界と機神界人に降りかかった災厄という名の侵略を見た。エギルが巨神を憎み、戦う気持ちそのものは分かったと思いたい。友好的に接していた彼らを一方的に蹂躙した事実から目を逸らそうとは思わないし、厚かましく許しを請うつもりもない。
「だけど……! 何故機神兵に巨神界に生きる者達を襲わせるんだ! 巨神の生んだ始祖達の子孫である僕らに全く罪が無いとは言わない。それでも機神界に害を加えるつもりもなく、ただ平和に生きる人達を殺すのは納得できない!」
シュルクの問いかけにエギルは鼻で笑った。その反応はシュルクの頭に血を上らせるには十分すぎる。
「何がおかしい! 僕達だってこの世界に生きる命だ! ハイエンターやノポンとそうしてきたように機神界人とだって手を取り合えるはず! 実際隠れ里ではもうそうなっているんだ! 叶わない夢物語なんかじゃない!」
「小僧。兵糧攻めという戦術くらいは知っているだろう」
「——勿論。それが何——」
「私はそれを実行しているに過ぎない」
「どういう、意味だ——」
兵糧攻めとは食料補給線を断ち、籠城する敵を食料不足に陥らせることで打ち負かす攻め方である。
「私は巨神界に生きる者に恨みも憎しみも持ってはいない」
エギルの行いはそれだと言う。巨神界の命を機神兵に刈り取らせその数を減らしていく。特にこの一年ではただ殺すにとどまらず、機神兵に喰わせる形で遺体をまるごと回収している。
「ただ同胞の命を奪った怨敵巨神の打倒の為、その力を削いでいるだけのこと。——もう分かるだろう、モナドの後継者よ」
彼の打ち倒したい敵は巨神だ。兵糧攻めとはその巨神に対しての戦術である。つまり今まで機神兵に奪われてきた人間の命とは。
「僕らが……、っ……巨神のエサだって言うのか……!」
そうであってほしくないと祈りながらも、これしか考えられない最悪の答えをシュルクの喉が吐き出した。苦しんで搾り出されたが為に酷くきめの荒い答えはシュルクだけでなく、まるで紙やすりのように皆の心の表面を削る。
ホムス、ハイエンター、ノポン、機神界人、知的生命体ではない他のモンスターや植物。この世界で生きる全ての生命は皆例外無く万物の根源元素エーテルが基となっている。そのエーテルとは巨神にとって力であり糧でもある。
「巨神界での人の弔い方は私も知っている。亡骸は水に流すのだろう? 実に理に適った方法ではないか。燃やしては灰となり風で飛ばされて巨神から離れていく。微量と言えどエーテルの量が減ってしまう。
巨神から生まれた
これは機械——即ち無機物である機神には適用されない。有機体で構成される機神だからこその仕組みなのだ。巨神はただ存在するだけでも骸となり還った生命のエーテルを糧とせねばならない。休眠状態である今でさえエーテルは必要になる。再び巨神が目覚めるともなればより大量の生命が必要となるのは明らかだ。
「そんな……!」
「ふざけるな! 俺達がただの食いモンだって言うのか!」
フィオルンの悲痛な声とラインの憤りの叫びにもエギルは顔色一つ変えない。そう生み出したのは巨神である、餌であることに対して怒りをぶつけられる筋合いなどないと事実を並べるだけだ。
「巨人族が滅んだ理由を考えたことはなかったか?」
「どうして今巨人族が出てくるんだ……!」
「巨神界中に大層な遺跡が多く残されているにもかかわらず現代に奴らは現存しない。決して程度の低くない文明を築き上げ、何よりあの巨体を持つ種族が消えるなど人の手はおろか自然でも易々とは成し得ない。不自然な絶滅の仕方だとは考え至らなかったか?
……単純なことよ。神が介入したのだ。奴らは巨神界の生命の中でも一等強き生命力を有していた。かつての目覚めの際にほとんどの巨人族が糧として大地に還らされたからだ。——生きたままな」
但し全ての巨人族が還ったのではない。還元から運良く逃れた巨人族も存在していた。その数は当時の総数の一割程度だと言われている。僅かに生き残った彼らは機神が巨神に大きな傷を負わせた機を逃すことなく、古代ハイエンターと協力して監獄島へのザンザの封印に成功した。
その後も生き延びはしたものの種としては着実に絶滅への一途を辿っていた。機神との戦いで荒れ果てた世界において、巨大な身体を持つ彼らは生命を維持するエネルギーを摂取するだけでも多大な苦労を強いられた。だから彼らは選んだ。身体そのものを縮めてでも必要エネルギーを減らし、姿かたちが変われども子孫を残す道を。その残された巨人族の子孫、その末裔こそが今のホムスだ。
「時を経てホムスは数を増やし、エーテルの総量はかつての巨人族をも上回りつつある。故に私は機神兵に貴様らを喰わせ回収させた。目覚めが近い巨神の力を削ぐのは当然の戦術ではないか!」
「たとえ僕らが巨神のエサだとしても……貴方が巨神に奪われた機神界の命を悲しむように、僕達だって機神兵に殺された人達のことを思って苦しむし悲しむんだ! それは貴方と何も変わらない!」
「思い上がるな! 私と貴様らが同じ目線で立っているとでもほざくか。——笑止! 貴様らは打倒すべき敵でさえない! 私の敵に喰われる小虫に等しい存在に過ぎぬ! 手を取り合えるなどと考えることさえ愚かしい!!」
「違う!! 同じだ! 貴方も、僕らも同じ人間なんだ!!」
同じ人間。シュルクの言葉を聞いて大仰にエギルは溜め息を吐いた。
「何故お前は私に問答を挑む。私は同胞の仇を討つ為に己の全てを賭けてきた。それが今更お前の訴え一つで変わるとでも? ——お前はどうなのだ?」
ぐ、とシュルクの両手が強く結ばれる。
もう分かっていた。比喩でも何でもなく時間も身体も命さえも懸け、賭けてきたエギルは言葉ではどうやったって止められない。ならば力を示すしかない。彼を上回る覚悟と力で侵攻を叩き潰して悲しみの連鎖を断ち切るしかない。
「とっくに、決まってる。だから今日まで戦い抜いてきたんだ」
「ならば私を討つが良い」
「……機神界人の命も巨神界に生きる全ての命もみんな同じなんだ。貴方にそれを分からせてみせる。だから貴方も最初から全力で——あの黄金の機神兵で来てください」
「言ったはずだが。生身であろうとお前ごときに後れをとるつもりはないと」
「なら僕一人でも貴方が全力を出すに相応しいと認めさせる。——みんな、下がってて」
微かに上がった忠告の声も今だけは聞こえない振りをした。
これは決闘なのだ。シュルクがエギルを止めるだけの力を有していると示す。理想論を語る口先だけでなく実現させる武力もあると分からせる。願いを結実させる何にも挫かれぬ意思を突きつけ、認めさせることで勝利となる決闘。
引き抜いたモナドの刃が瞬時に輝度を増していく。刀身を肩の高さまでゆっくりと持ち上げ、地と並行にして切っ先をエギルへ向ける。エギルも応じるように腰を落とし一撃に備える姿勢を見せた。
『……また頭揺れて気持ち悪くなるけど我慢してほしい』
『無論だ。狙うのは?』
『左肩。機神界人の心臓の正確な位置は分からないけど、僕らと基本的な姿が同じなら胸の中央より少し左にあるはずだ。肩なら貫いてもエギルの命は奪わないと思う』
『了解した。万が一の補正は任せろ』
モナドのエーテルラインが急速に巡りだす。モナドアーツの文字が続けざまに四種顕れ、対応する力の全てがシュルクの身に付与された。
右足を大きく引き力を籠めれば
何かを貫いた感覚、急激な加速で揺らされた頭と内臓が訴えてくる吐き気、一拍遅れて背後で巻き起こった爆風。
「ぐ、っ……。
刃は——見事にエギルの左肩を貫いた。
身体に"
つまり先ほど紫との戦いで空中を瞬時に移動した方法の地上版だ。
正直エギルに動きを見極められることなく一撃を喰らわせる自信があった。しかしそこは種族の違いだろうか。迫り来る刃を避ける為にエギルは右へ移動する素振りを見せていた。彼にはシュルクの動きが認識出来ていたことに他ならない。
但し視認し、完全な回避に至るまでに与えられた時間は少なすぎた。おかげで最初の目標は達成されている。
「貴様……! 使用出来ているだけではない……。複数の効果を重ね掛けなど、アポクリファ下でなくとも、易々とは……!」
「分かるはずだ。……貴方になら!」
肩部を貫かれたままエギルはシュルクの後方を一瞥した。手段が異なっていても根底にある想いはシュルクもエギルも変わらない。ホムス、ハイエンター、ノポン——巨神界の人間達がシュルクの後ろにいる。
「同胞を護ろうとする意志の力とでも言うのか。——お前も同じか? ヴァネア!! 巨神界の者に与し、自らの生存の権利すら捨てて!!」
そして今では機神界人も同じ護るべき存在の一つだ。
「——そうよ。それが私達の運命なら喜んで受け入れるわ。それは里の者も同じ……!」
「生き残った僅かな同胞ですら私を裏切ったか。ハ、ハハ……面白い……!」
「違うわ! 里の者達も私も……戦いを止めたかっただけ!」
侵攻の事実も、恐怖も痛みは消えない。それでも機神界人は復讐など望まなかった。昔も今も平穏で安らかな日々を送りたかっただけ。そこにエギルの場所も確かにあったのだ。彼らは誰一人爪弾きになどせず全ての同胞と共に生きていたかった。
「世迷言を——」
同じ問答は数千年前から数え切れぬほど繰り返されている。ミゴールが話していたではないか。止めようとした同胞までもエギルは手にかけてここまで歩んできた。同胞も、家族でさえもエギルを止められない。
「巨神滅せずして我らに平穏は訪れん!」
「っあ——!」
不意に視界が暗くなる。伸ばされたエギルの右手がシュルクの顔面を
シュルクの右手はモナドを離せない。左手一本では碌に抵抗も出来ない。無抵抗のまま軽々と身が浮かび上がり、掴まれた頭部と強引に持ち上げられた負担を受ける首の痛みに耐えかねてあえかな呻きが漏れる。
無抵抗なモナドの後継者への嘲り、実力者への称賛、強者としての誇り全て孕んだ笑いを上げて、エギルは自由な左手でモナドの刃を力任せに引き抜いた。
「私の心臓を貫こうと動いたのだろうが——この刃、あと一歩届かなかったようだな」
「違——うあ、っ!!」
殺すつもりは最初からなかった。否定の言葉を言い切ることなくシュルクの身が宙に舞う。受け身も取れず硬い地面に叩きつけられた背中の鈍い痛みに泣く暇もない。背後からの轟音に意識の全てが持っていかれる。
現れたのは黄金の機神兵ヤルダバオトだ。エギルの搭乗機である始原にして最強の機神兵がこうして姿を見せたということは——。
「先の小虫呼ばわり、詫びるとしよう。貴様は私の全力を向けるに相応しい相手だと証明した。望み通り、全力で叩き潰してやろう。シュルクよ!!」
決闘はシュルクの勝利に終わった。そして息つく間もなく次なる戦いの火蓋が、切られた。