異空間。無限城。その場にかつて江戸末期に風柱をしていたとされる男がため息をつきながら一人佇んでいた。
「はあ・・・ここに呼ばれたということは、また上弦が一人殺されたのか」
不意に琵琶の音が鳴り響く。その男、上弦の肆はその方向に視線を移す。そこには鳴女と呼ばれる比較的新参者の鬼が琵琶を弾き語っていた。
「琵琶女。無惨様はいらっしゃらないのか」
「まだ御見えではありません」
「なら黒死牟殿と妓夫太郎殿はどこに? まさかあの二人に限って鬼狩り共にやられたということはないだろうな」
「あらあら~? ちょっと待って下さらない? 風太郎さん。私の心配はして下さらないの?」
すると風太郎と呼ばれた上弦の肆の背後から、音もなく何者かの手が伸びる。気が付けば上品な女の鬼が背後から歩み寄り肩を組んでいた。
「私は皆さんの身を心より案じ心配していたのよ? 何せ大切な同僚ですもの。だぁれも欠けて欲しくないのよ私は」
「腕をどかせ」
「あら? 何か言ったかしら?」
その瞬間、凄まじい暴風が吹き荒れる。上弦の肆が抜刀したことによる血鬼術であった。しかし、背後から肩を組んでいた女鬼は悠々と間合いの外へと退避していた。
「うふふ。中々の居合斬りね。前よりも少しは腕を上げたんじゃないかしら? 風太郎さん」
「人間時代の名で俺を呼ぶな。今は八風だ。殺すぞ」
「気に入らないのなら入れ替わりの血戦を申し込んで下さらない? 私の方が後輩なんですから遠慮しなくいいんですよ? 貴方が負けた時は美味しく頂きますけれど」
一触即発の空気になると同時に琵琶の音が鳴る。するとその場には上弦の参、肆、伍、陸が一斉に集っていた。
「頭を垂れて蹲え。平伏せよ」
続けざまに命令が下される。その瞬間、上弦鬼達は一斉に膝から折れて命じられるまま床に手をつき頭を下げる。絶対的な主従関係のせいで抵抗することもできない。
声の主は鬼の始祖、鬼舞辻無惨だった。
無惨は背を向けて何やら調剤の真似事をしていた。机の上にはあらゆる機材が置き並べられている。
「黒死牟」
無惨がそう呼びかける。すると横から一人の侍鬼が現れる。異形の頭部と甲殻類を彷彿とさせる突起が特徴的な姿だった。
「貴様は言ったな? 柱の鬼狩り共で上弦を再編すればかつて以上の強固な十二鬼月を生み出せると」
「・・・・・・」
無言を貫く黒死牟に無惨は指を差す。その瞬間、黒死牟は膝を着き吐血する。全身に静脈のような筋が浮き出る。
「私が問いたいのは一つのみ。『
すると無惨は平伏する上弦鬼達に向き直る。彼等は微動だにせず冷や汗を流す。
「ここ五十年余り、上弦の壱と弐の顔ぶれは変わらない。鬼狩りの柱達を最も多く葬って来たのは黒死牟と妓夫太郎の二人だ。しかし他の上弦はどうか? 何度入れ替わった?」
その瞬間、上弦の陸である元霞柱は胸中で弱弱しく嘆いた。「そんなことを俺達に言われても・・・」と。当然無惨は配下の心の声などお見通しである。
「そんなことを俺達に言われても? 何だ? 言ってみろ」
上弦の陸は肩をびくつかせる。しかし後悔しても後の祭りである。
「何がまずい? 言ってみろ」
結果、上弦の陸はあっさり無惨に殺された。異形と化した腕に絡めとられあっさり潰され吸収された。他の上弦達の冷や汗は一層噴き出す。
「私よりも鬼狩りの岩柱と氷柱の方が怖いか?」
その問いに肩をびくつかせたのは上弦の伍である元鳴柱の男であった。彼は必死に弁明する。
「・・・いいえ!」
「お前はいつも鬼狩りの岩柱と氷柱に遭遇した場合逃亡しようと思っているな」
「め、滅相もない!! 私は貴方様の為に命を懸けて戦います!!」
無惨はその弁明を聞いても眉一つ動かさない。
「お前は私の言う事を否定するのか?」
そうしてあっさり上弦の伍は潰され吸収された。残すは二名のみになった。
「もはや十二鬼月は黒死牟と妓夫太郎のみで良いと思っている。他の上弦は解体する。最期に何か言い残すことはあるか?」
今わの際を悟り、上弦の肆である八風こと元風柱は大急ぎで自身の有用性を説く。
「私はまだお役に立てます!! 他の上弦とは違い江戸末期より多くの柱を討ち取ってきました!! 後輩共の尻ぬぐいは私がするのでどうか今一度ご再考を!!」
「お前は何か思い違いをしているようだな。八風」
その瞬間、元風柱は吐血する。無惨が指をかざしたからだ。
「たかが柱。それを始末したから何だと言うのか。鬼が人間に勝つのは当然のことだろう。私の望みは鬼殺隊の殲滅。一人残らず叩き殺して二度と私の視界に入らさせないこと。複雑なことではないはずだ。それなのに未だ叶わぬ・・・どういうことなんだ?」
いや・・・それ言ったら上弦の壱も弐も同じなんじゃ・・・ごふっ!!!
「お前は得意げに柱を殺してきたと語るが、鬼殺隊で真に上弦と戦えるのは岩柱と氷柱の二名のみだ。何故そいつらを始末しようとしない。わざわざ黒死牟の提案を聞き入れて真っ先にお前を鬼にしたと言うのに・・・八風・・・八風・・・八風!!!」
既に元風柱の男は血だまりの池の中心で息絶えていた。無惨は異形の腕でその遺体を吸収する。残る一人は上弦の参のみとなった。
「最期に何か言い残すことは?」
最後の一人。上弦の参である元花柱の鬼、阿片はクスリと笑った。
「そうですね・・・」
阿片は自身が今わの際であることを悟っていた。にも関わらず彼女はウットリと嬉しそうに笑みを溢していた。
「今はただ、無惨様に感謝を。私は他の人がみっともなく醜態を晒す様を見るのが大好きなので、最期に良いものが見れて幸せでした。風太郎さんなんて傑作でしたね。彼って無惨様に気に掛けて貰えてるって勘違いしてて、ずっと自分だけは特別だって思ってたんですよ? それなのにあっさり処分されることになっちゃって。最期はどんな気持ちだったのか。想像するだけで私笑っちゃいそうです。本当に良いものが見れました。さあさ、私を殺して下さいませ無惨様。貴方様は私にとって理想の主君でした。産屋敷は私の本性を終ぞ理解してくれなかった。でも貴方様は私に本性を偽らなくて良いと肯定して下さった。鬼殺隊で善人を演じて息苦しく過ごしてた私を貴方様は解放して下さったのです。おかげで良い人生でした。さあ、一思いに私を救って下さいませ。美味しく食べて下さいませ」
すると無惨は異形の腕の爪を元花柱の阿片に突き刺す。周囲に漏れる程の注入音が生々しく鳴り響く。
「かはっ・・・!!」
「気に入った。私の血をふんだんに分けてやろう。お前なら先程殺した上弦達の血全てを注いでも壊れず受け止められるだけの器があるはずだ」
「がっ・・・ごふっ・・・ふふっ・・・アハハ! こんな幸せなことがあっていいのかしら! まさか無惨様に気に入って貰えるなんて!」
「私の血に順応しろ。引き続き柱共は殺せ。岩柱と氷柱を殺せばもっと血を分けてやる」
その一言を皮切りに琵琶の音が鳴り響く。突如床が襖へと変わり、上弦の参、阿片は外へと放り出された。
「黒死牟。お前はもう上弦を増やそうなど考えるな。産屋敷を見つけて殺せ。良いな?」
「御意・・・」
「妓夫太郎。堕姫。お前たちは引き続き客に青い彼岸花を探させろ。良いな?」
「はい。無惨様」
「無惨様!! 私、必ずや無惨様の宿願のお役に立って見せます!!」
「・・・次会うまでに見つけろ」
再び琵琶の音が鳴る。その場から無惨の姿が消えた。周囲が静寂に包まれる。
「災難でしたね。黒死牟さん。しっかし他の上弦共は随分と呆気なかったなぁあ」
妓夫太郎が不意に呟く。黒死牟は静かに所感を語る。
「やはり・・・今わの際で命乞いをする柱など・・・何人鬼にしたところで程度が知れるか・・・どいつもこいつも私達に届かぬ有象無象・・・軟弱千万」
「でも一人だけ処分されませんでしたね。阿片の奴意外と期待されてんのかなぁあ」
「奴は・・・少々・・・気が狂っている・・・私は・・・苦手だ」
「私は気に入ってるわ! あの人元鬼狩りの割には美人だし! そもそも強くて綺麗な鬼は性格なんて関係ないのよ! ね! お兄ちゃん!」
「まあ性格は何にせよ、阿片の奴は童磨さんの戦い方に影響を受けてますんで。実力だけは本物だと思うんだけどなぁあ」
「実力は・・・確かに申し分ない・・・だが性格まで・・・童磨に似る必要はなかった・・・寧ろ悪化した」
そうして上弦の壱と弐は軽い情報交換をしたのちに解散した。再び無限城に静寂が満ちる。
一方こちらは柱合会議。枯山水の庭に柱が横並びに跪いて産屋敷輝哉に頭を垂れているところだった。すぐに新任の風柱が主君へと挨拶をする。
「お館様に置かれましてもご壮健で何よりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます」
「ありがとう。実弥」
「らしくねぇよ実弥。すっかり丸くなりやがって。お前だけはこっち側だと思ってたんだがな。失望したぜ」
「アアッ!? 白峰!! 今なんつったコラッ!!」
すると上背六尺を優に超す真っ白の羽織を着こなす長身の男が、突如跪くのをやめて不遜な態度を取る。その瞬間、隣の男が数珠を鳴らして威圧する。
「白峰。いい加減にしろ。私と同じ最古参の柱でありながら未だに口の利き方がわからぬのか」
白峰は同期の悲鳴嶼に諫められるものの鼻で笑う。悲鳴嶼は数珠に罅を入れて青筋を浮かべる。一触即発の空気である。
「行冥。何度も言わせんなよ。俺はお前らと違って産屋敷に恩義も忠誠も誓った覚えはねぇ。寧ろその逆だ」
すると白峰は当主の輝哉に視線を移し侮蔑を込めて吐き捨てるように言った。
「輝哉。何度でも言うぜ。鬼舞辻無惨を殺した後、次はお前らの番だ。俺の爺さんにした仕打ちを償わせてやる。頸を洗って待っていろ」
「うん。勿論承知しているよ凍士郎。いつも上弦から皆を守ってくれてありがとう。鬼の居ない世界さえ訪れれば、この頸喜んで君に差し出すよ」
輝哉がそう答え頭を下げる。その瞬間、他の柱達は堪え切れないとばかりに白峰に怒鳴り斬りかかる。もはや柱合会議の伝統の一つになりつつあった。
挨拶の後、氷柱が主君に不敬を働き、岩柱がそれを叱責し、そして柱の何人かが激高し氷柱に斬りかかる。しかし並みの柱達では歯が立たないので、最後は必ず岩柱が氷柱に有効打を与えて仲裁に入る。
そのせいで毎度枯山水の庭の補修に産屋敷家の私財が投じられることになる。そうして氷柱を拘束したのちに漸く柱合会議が始まる。最早お家芸だった。
一枚岩ではない鬼殺隊と、上弦解体後の鬼陣営。果たして最後に笑ったのはどちらなのか。その結末は狛治外伝の手記に明記されている。
続く
上弦の肆、元風柱の風太郎は第一部最終話で狛治さんに模擬戦挑んで一撃でやられてた奴です。柱が鬼になるのがイメージできないって意見もあったので、あんな感じの柱が鬼になったんだなって思って貰えると幸いです。若干獪岳っぽいかも。
それと白峰は狛治さんとペア組んで玉壺と戦ってた凍三郎君の孫になります(第一部登場済み)。彼はお爺ちゃんっ子なので拗らせてます。柱の中では彼がぶっちぎりでヘイト稼いでるので相対的に鮭大根さんが皆と仲良いです。良かったね義勇。実弥におはぎ上げても怒られないね。
以上で序章は終えて次回から本編入ろうと思います。ただ、他にも投稿してる作品があるので投稿頻度は遅いかも。あっちが完結するまでは月一以内の投稿を目指す予定です。一応どちらも完結させるつもりなので気長に読んでくれると有難いです。それではまた次回。