鬼滅のΓ(ガンマ) ー焔と正義ー   作:蓮日ルチア

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「ドラゴンボール超スーパーヒーロー」×「鬼滅の刃」のクロスオーバー小説です。
煉獄さんと出会った1号が柱合会議にかけられるお話。

※下記、独自設定が含まれます。苦手な方はブラウザバックを推奨します。※
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・煉獄杏寿郎生存IFになります(猗窩座を討伐した世界線)
・上記設定での無限列車編~遊郭編の間の出来事です
・原作にはないオリジナル設定の鬼が登場します
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※pixivにも投稿しています。読みやすい方でどうぞ。
https://www.pixiv.net/novel/series/14251525


第三話 炎柱・煉獄杏寿郎[前編]

 闇夜が、再び山を包んでいた。

 夜明けの邂逅から幾時――負傷者の引き渡しと周辺の安全確認を終えた一行は、山中の仮設拠点で足を止めていた。焚き火の橙色が静かに揺れ、張り詰めていた気配をほんの少しだけ和らげている。

 煉獄は腕を組んだまま、炭治郎たちの報告に耳を傾けていた。その視線は真っ直ぐで、言葉の一つひとつを確かめるように受け取っている。

「――なるほど。鬼は既に離脱していた、ということだな」

「はい」

 炭治郎はしっかりと頷いた。

「俺たちが着いた時には、鬼はこの場を離れていました。現場には戦った跡と、怪我をした人たちが残っていて……この人が守ってくれていたと聞いています」

 そう言って、隣に立つ1号へと視線を向ける。

「匂いからしても、かなり激しく戦っていたはずです。鬼の気配も、まだ強く残っていました」

 言葉には確信があった。

 自分が見ていない部分を補うのではなく、感じ取った事実だけを丁寧に積み上げている。

「うぅ……思い出しただけで震えてきた……絶対ヤバいやつですよ、あれ……」

 善逸が肩を抱きながら身を縮める。焚き火の明かりに照らされた顔は、ひどく青ざめていた。

「へっ! 逃げたんなら次で仕留めりゃいいだけだろ! 俺が八つ裂きにしてやらぁ」

 伊之助は腕を組み、自信たっぷりに叫ぶ。短絡的ではあるが、迷いのない言葉だった。

 煉獄は三者三様の反応を受け止め、おもむろに頷く。

「よくわかった。状況は把握した」

 そして、その視線が静かに移る。

 無表情で佇む赤いマントの男――ガンマ1号へ。

「では、詳細はキミから聞こう」

 促され、1号は一歩前へ出た。流れるような動作は、まるで計算された軌道をなぞるかのように正確だ。

「対象との交戦時間は約三分四十秒。近接戦闘において有効打は複数回確認」

 淡々とした声音で、事実が並べられていく。

「しかし、首部破壊に至らず、殲滅は不可能と判断。対象は高い再生能力を有しています」

 簡潔で無駄のない報告。

 戦闘の経緯は、それだけで十分に理解できる。

 だが――そこには感情の色がない。

 何を感じ、何を思って戦ったのか。そうした要素は一切語られず、ただ結果だけが提示されている。

 焚き火の薪が弾け、小さな火の粉が夜空へと散った。

 煉獄は目を細める。

(判断は的確だ。理にかなっている)

 ここまでの情報だけで、戦闘能力の高さは疑いようがない。

(だが……)

 どこか違和感を覚える。

 戦っている主体の輪郭が、曖昧だ。

 命令に従う兵でもなく、己の信念を掲げる剣士でもない。

 そのどちらにも当てはまらないまま、ただ「最適な行動」を選び続けているように見える。

 煉獄の視線が、自然と1号の左腕に向いた。

 巻きつけられた青い布。擦り切れ、色褪せ、それでも外されることなくそこにあるもの。

(……何かを抱えているな)

 確かな重みを感じ取る。

 その時――

「でも、この人がいなかったら、助かっていなかったです」

 静かに、それでいてはっきりとした声が差し込まれた。

 炭治郎だった。

 一歩前に踏み出すと、真っ直ぐに煉獄を見上げる。

「俺たちが来た時には、もう守ってくれていました。逃げ遅れていた人たちを……ちゃんと」

 言葉を選びながらも、その芯は揺れない。

「ガンマさんは鬼じゃないです。人でもないかもしれない。でも……」

 一瞬の間。

「人を守るために戦っている人です」

 きっぱりと言い切った。

 場の空気がわずかに変わる。

 善逸はおずおずと頷き、伊之助はそっぽを向きながらも否定はしない。

 1号は何も言わない。ただ、その言葉を受け取るように静かに立っている。

 煉獄はしばし沈黙し――やがて、力強く頷いた。

「うむ」

 短い肯定。しかしそこには、真摯な思いが宿っていた。

 そして、さらに言葉を続けようとした、その瞬間。

 ふと、風の流れが変わる。

 夜気の中に、微かな甘い香りが混じった。

 誰かがそこに現れた。

 

 

 柔らかな足音が、夜気を乱すことなく近づいてくる。

「――随分と興味深いお話をされているようですね」

 穏やかな声だった。だが、その一言だけで、この場にいる全員の意識が一斉にそちらへ向く。

 木立の陰から姿を現したのは、華奢な体躯の女性だった。

 煉獄と同じく羽織を纏っているが、柄は異なっていた。翅脈(しみゃく)を思わせる意匠が、淡い色彩と共にゆらりとはためく。蝶をかたどった大振りの髪飾りが、柔らかな黒髪の上で羽を休めるように留まっていた。

 口元には静かな微笑を浮かべている。

 しかし、その瞳は笑みとは裏腹に、どこまでも冷静だった。

「しのぶさん」

 炭治郎が小さく名を呼ぶ。やや緊張の混じった声だった。その隣で、善逸が一瞬頬を緩め、慌てて表情を引き締める。

 しのぶと呼ばれた女性は軽く会釈し、視線をゆっくりと1号へ向ける。

「初めまして。お話は少しだけ聞こえていましたよ」

 歩み寄る足取りは軽い。しかし、その距離の詰め方には一切の隙がなかった。

 観察されている――。

 1号は即座にそう判断する。視線の動き、呼吸、筋肉のわずかな緊張。その全てが、対象の構造と危険性を測るために最適化されている。

「私は鬼殺隊・蟲柱の胡蝶しのぶと申します」

 折り目正しく名乗ると、静かに1号を見据えた。

「あなたが例の“人でも鬼でもない存在”、というわけですね」

 言葉は柔らかい。だが、その内容は鋭く核心を突いていた。

 一拍の無音の後、1号は答えた。

「わたしは、ガンマ1号。人造人間です」

 簡潔な応答。そこに余分な感情はない。

 しのぶは目を細めた。

「人造……機械(からくり)ということでしょうか。なるほど、だからその身体なのですね」

 言いながら、彼女の視線が1号の手、肩、そして首元へと滑る。

「血の巡りも感じませんし、毒も……おそらく効かないのでしょうね」

 さらりとした口調で告げられた内容は、物騒そのものだった。

 善逸がびくりと肩を震わせる。

「ど、毒って……! さらっと怖いこと言わないでくださいよぉ~~!」

 しのぶはクスリと笑った。

「安心してください。今すぐどうこうするつもりはありませんから」

 その“今すぐ”という言葉に、少しの含みがあることを、誰もが感じ取っていた。

 だが同時に、その判断が理性的であることもまた明白だった。

 しのぶは一歩、距離を取る。

「ですが――これは放置していい案件ではありませんね」

 声音が少しばかり変わる。任務としての判断を下す、それだけの変化。

「鬼ではない。しかし、人とも異なる。戦闘能力も高いとなると……お館様の判断を仰ぐべきです」

 その結論に、煉獄が即座に頷いた。

「うむ、同感だ」

 力強く、迷いのない肯定だった。

「彼は脅威ではない。少なくとも、現時点ではな。しかし同時に、我々の理解の外にある存在でもある」

 煉獄の瞳が、真っ直ぐに1号を捉えた。

「であれば、なおさら正面から向き合うべきだろう」

 その言葉に試すような色はない。ただ純粋に、「どう扱うべきか」を見越した判断だった。

 しのぶもまた、静かに頷く。

「本部へ同行していただきます。よろしいですね?」

 問いかけではあるが、選択肢は実質的に提示されていない。

 1号は数秒、沈黙した。

 思考は高速で巡る。

 鬼という存在の性質。討伐方法。現在の自身のエネルギー状況。そして、この組織――鬼殺隊の戦力。

 総合的に判断する。

 ここで拒否する合理性は、低い。

「問題ありません」

 短い返答だった。

「わたしの目的は、鬼の排除です。そのために必要な措置であれば、従います」

 炭治郎は、緊張と安堵が入り混じったような顔で、小さく息を吐いた。

 しのぶは再び笑みを浮かべる。

「助かります。話が早くて何よりです」

 だがその裏で、彼女の観察は続いている。

 従順。だが盲目的ではない。合理的判断の上での受諾。

 ――興味深い。

 一方、1号の内部では別の感覚が生じていた。

 評価される側。判断を委ねられる側。

 かつての任務体系とは、幾らか異なる位置づけ。

 命令を受けること自体に不満はない。だが、これはそれとは違う。

 測られている。選別されている。

 その感覚が、微細なノイズのように思考の底に残る。

 しかし――

 迷いは不要。1号は思考のひずみを排除する。

 優先順位は明確だ。鬼の討伐。

 それが最優先事項だった。

「では、決まりだな!」

 煉獄の声が場を引き締めた。

「夜が明け次第、鬼殺隊本部へ向かう! それまではここで休息を取るとしよう!」

 その宣言に誰も異を唱えない。

 静かな山中に、再び夜の気配が戻ってくる。

 だがその内側では、確実に次の局面へ向けた歯車が動き始めていた。

 1号はふと視線を落とす。

 左腕に巻かれた青い布。

 その感触は、確かな現実としてそこにあった。

(……2号)

 呼びかけは、声にはならない。

 だがその存在だけが、彼の選択を静かに支えていた。

 

 

 山中の静寂とは対照的に、その場には一触即発の空気が満ちていた。

 広く開けた屋敷の一角。整えられた白砂の庭に、円を描くように人影が並ぶ。

 鬼殺隊【きさつたい】――人食い鬼を滅殺することを目的とした、政府非公認の民間組織。所属する隊士は数百名に及ぶ。

 中でも最高位に立つ9名の精鋭が、〈柱〉と呼ばれる最強の剣士たちだ。

 その一人ひとりが、ただ立っているだけで場の重みを変える圧を放っている。

 中央に立たされた1号は、その全ての視線を一身に受けていた。

 敵意、警戒、興味、無関心。

 感情の方向性は様々だが、共通しているのは――測られている、という事実だった。

「妙な匂いはしない。少なくとも鬼ではないだろう」

 低く、抑揚の少ない声が落ちる。

 発したのは、水柱・冨岡義勇だった。その視線は鋭いが、敵意は見えない。ただ事実のみを見極めようとしている。

「それだけで信用できるかよ」

 間を置かず、吐き捨てるような声が重なる。

 風柱・不死川実弥。逆立った白髪を揺らし、苛立ちを隠そうともしない視線が1号を射抜いていた。

「南無阿弥陀仏……」

 静かな読経のような声が響く。

「この者、鬼とは異なる。しかし……深い業の影を感じる」

 数珠を握りしめ、目を閉じたまま呟いたのは岩柱・悲鳴嶼行冥。

「でも……本当に不思議な感じがします」

 戸惑いと好奇を滲ませた声。

 恋柱・甘露寺蜜璃が、身を乗り出すようにして1号をうっとりと見つめていた。

「規律を乱す存在は排除すべきだ。今すぐ、この場で」

 冷ややかな断定。

 蛇柱・伊黒小芭内の視線は厳しく、情の介在を一切許さない。

「派手さはねェが……まあ、面白ェな」

 ニヤリと口端を上げる。

 音柱・宇髄天元が腕を組み、値踏みするように観察していた。

「……どうでもいいけど、珍しいね」

 関心の薄い声がぽつりと落ちる。

 霞柱・時透無一郎は、ただ視線だけを前に向け、ぼうっとした様子で呟いた。

 そして――

 その場の空気を一直線に貫くように立つ男。

 炎柱・煉獄杏寿郎。

 その存在が、この場に一本の軸を通していた。

「まあまあ皆さん、落ち着いてください」

 柔らかな声が場をなだめた。

 蟲柱・胡蝶しのぶ。その微笑は穏やかだが、観察の精度は他と変わらない。

「少なくとも“鬼ではない”という点については、私も同意見です。構造からして明らかに異なりますから。ねえ、炭治郎くん?」

 同意を求められ、隣に立つ炭治郎は力強く頷いた。

「はい。俺もそう感じました。この人は……鬼じゃありません」

 迷いのない声音だった。

 本来であれば、この場に柱以外の隊士が立つことは許されない。

 だが今回は例外だった。

 目の前の存在と最初に接触し、その戦闘を間接的に確認している者として――竈門炭治郎は、証言者としてただ一人同席を許可されていた。しかし……。

「だから何だ」

 不死川の声が、それを断ち切る。

「鬼じゃねェから安全だって保証にはならねェだろうが」

 視線がさらに鋭さを増す。

「何者だ、テメェ」

 問いは単純。だが、その内に含まれる圧は重い。

 1号は、昨夜しのぶと対峙した時と同じ回答を発した。

「わたしは、ガンマ1号。人造人間です」

 至極簡潔だった。

 途端、場の空気が微かに揺れた。

「人造……?」

 蜜璃は小さく呟き、小首を傾げる。理解が追いつかない、という反応だった。

 伊黒がすぐさま冷ややかに返す。

「聞いたこともない分類だな。信用に値する情報とは思えん」

 その言葉を受けても、1号の表情は変わらない。ただ事実を積み重ねる。

「わたしの構造は、生体由来のものではありません。血液循環、細胞分裂による再生機構を有していない」

 淡々とした説明だった。

「先ほど交戦した対象――“鬼”と呼称される存在は、高速再生能力を持っていました。それとは明確に異なります」

 柱たちの視線が鋭く変化する。

 情報を受け取り、評価し、再構築する様子が伺えた。

「……確かに、違うね。あれとは」

 無一郎が小さく呟いた。

 しかし不死川は鼻で笑う。

「見た目が違うだけで納得しろってのかよ」

 さらに一歩、踏み込む。

「で――なんで戦ってる」

 問いは核心を突く。

「鬼を殺す理由だ」

 その言葉に、場がしんと静まり返った。

 1号は応答を選択する。迷いなく……とはいかなかった。

 一瞬だけ、思考が停滞する。

 〈理由〉。

 任務ではない。命令でもない。

 ならば――

「わたしは、人を守るために造られました」

 選ばれた言葉は、それだった。簡潔で揺らぎのない響き。

 だがそこにあるのは、使命の提示のみである。感情の説明は存在しない。ただ“機能”としての答え。

 その不在が、かえってその場にいる全員の印象に強く残った。

 しのぶの視線がわずかに細まり、蜜璃が小さく息を呑む。

 煉獄は、何も言わずにその言葉を受け止めていた。そして。

 不死川の口元が、ギリ、と歪む。

 それは、納得ではない。

 むしろその逆だった。

 

 

 静寂が軋む音がした。

 最初に動いたのは、やはり不死川だった。

「――で?」

 低く、苛立ちを含んだ声が落ちる。拳を握りしめたまま、鋭い視線が1号を射抜いた。

「結局、てめぇは何なんだ。人でもねぇ、鬼でもねぇ……そんな得体の知れねぇもんを、信用しろってのか?」

 空気が一気に張り詰める。

 柱たちの視線が同時に集まる。試すように、見極めるように。

 1号は微動だにしない。ただ、その視線を正面から受け止める。

「わたしは――」

 答えかけた、その瞬間だった。

 踏み込む音と風が裂ける音が同時に響く。

 次の瞬間、不死川の姿が目の前にあった。

 拳が振り抜かれ、躊躇のない一撃が1号に迫る。

 だが1号は動かなかった。回避も防御もせず、わずかに重心を落とすのみ。

「きゃっ!」

 蜜璃が思わず声を上げた直後。

 衝撃が1号の胸部に叩き込まれる。金属特有の鈍い音が響いた。

 それでも、身体は一歩も退かない。そして――反撃もしない。

 ただ受け止める。静かに、波のように。

 不死川の眉がぴくりと動き、その瞳が1号を睨みつけた。

「……チッ」

 舌打ちが落ちる。

「やっぱりな。普通じゃねぇ」

 だがその声音には、単なる敵意だけではない色が混じっていた。

 確かめたのだ。〈どう出るか〉を。

 1号はゆっくりと口を開く。

「攻撃の意図は、確認行為と判断します」

 声紋は変わらない。ひたすらに冷静で、揺らぎがない。

「わたしは、あなた方と敵対する意思はありません」

「口でならなんとでも言えるだろうが」

 伊黒が鋭く言い放つ。蛇のように光る両の目が、絡みつくように1号へと向けられた。

「だが今の対応……反撃しなかった点については、一応評価してやる」

 短く吐き捨てるように言い、視線を外す。

 緊迫した状況に、少しの変化が訪れたように見えた。

 その時だった。

「――もうよいだろう」

 よく通る声が場を制した。

 猛火のような存在感を伴い、一歩前へ出る。

 煉獄杏寿郎だった。

 真っ直ぐに1号を見据える。

「俺は彼の戦いを直接見てはいない。だが……」

 言葉を区切り、柱を順に見渡すと、

「竈門少年たちの報告と、村人たちの感謝の言葉。それで十分だ」

 力強く言い切る。

「人を守るために動いた者の在り方は、誤魔化せるものではない」

 その一言で、柱たちの目つきが変わるのがわかった。

 沈黙。短く、しかし重い間が落ちる。

「……あの……」

 おずおずと、遠慮がちに声が差し込まれる。

 甘露寺蜜璃だった。

「私は、その……悪い方には見えませんでした」

 頬を紅潮させながらも、素直に感じた言葉を紡ぐ。

「人を守るために戦っているのでしたら、きっと大丈夫だと思います……」

 その言葉は柔らかいが、確かな意思を持っていた。

「不死川の一撃に耐えるとは……なかなかやるじゃねぇか。雑魚じゃねぇのは確かだな」

 宇髄が顎に手を当て、愉快そうにニヤリと笑う。

 悲鳴嶼は静かに数珠を鳴らした。

「……哀しみの気配はある。だが、それは鬼のものではない」

 それぞれの言葉が、少しずつ流れを変えていく。

 完全な同意ではない。だが、否定一色でもない。

 揺れている。

 その中心に、1号は立っていた。

 柱たちの視線が集まる。

 試されている――その事実だけは、明確だった。

 そこに動揺はない。提示された状況を受け入れ、次の判断を待つだけだ。それが今取るべき最適行動であると、彼は把握していた。

 会議は、未だ結論に至っていない。

 だが確かに――場の均衡は変わり始めていた。

 

 

 寸時、静かな揺らぎの後。

 屋敷の奥から、ゆるやかな足音が近づいてきた。

 〈彼〉が来る。

 そう認識した瞬間、柱たちの動きが揃った。

 先ほどまで円を描いていた布陣が、すっと解かれる。

 無駄のない動きで、それぞれが所定の位置へ下がり、横一列に並ぶ。まるで最初からそうであったかのように。

 1号を除く全員が深く頭を垂れると、一人の男が姿を現した。

 顔の上半分の皮膚が、焼けただれたように変色している。しかし、その凄惨な容貌とは裏腹に、どこまでも柔和な微笑みを湛えていた。

 両脇には介添えの童が立ち、目が見えないらしい彼の手をしっかりと支えている。

「よく来たね。わたしの可愛い剣士(こども)たち」

 彼こそが鬼殺隊当主――名を、産屋敷耀哉といった。前方を向いたまま、静かに語りかける。

「そして……初めまして。キミが、報告にあった“異なる存在”だね」

 声音は柔らかく、どこまでも落ち着いていた。安らぐような、それでいてどこか高揚感を覚えるような、不思議な声だった。

 だが、その一言には、全てを見通すような深さがあった。

 1号は視線を上げ、産屋敷の眼差しを正面から受け止めた。

 彼もまた、測っている――そう認識するのに時間はかからなかった。

「キミのことは、皆から聞いているよ」

 産屋敷は続ける。

「人ではなく、鬼でもない。それでも、人を守るために戦った……と」

 ゆっくりと息を吐く。

「この世には、形の違うものがいくつも存在する。けれど……」

 その瞳が静かに細められ、

「心の在り方は、必ずしも形に依らない」

 言葉が水滴のように落ちた。

「私は、そう考えている」

 その一言は、断定でも命令でもない。だが、長である者としての確かな“判断”として、全員の頭上に響いた。

 柱たちの間に、わずかな沈黙が流れる。

 やがて――

「結論を伝えよう」

 産屋敷が穏やかに告げた。

「ガンマ1号。君を、鬼殺隊の戦力として――条件付きで受け入れる」

 空気の流れが、微かに変わるのがわかった。

 完全な許容ではない。だが、明確な拒絶でもない。

「条件は三つ」

 産屋敷は指を折ることなく、言葉だけで示す。

「単独行動の禁止。常に隊士、あるいは柱と行動を共にすること」

「柱の監督下に置かれること」

「任務への同行を通じて、適性を判断すること」

 簡潔で明瞭な条件提示だった。

 1号は即座に処理する。

 制約の内容。行動範囲の制限。戦力運用の枠組み。いずれも合理的と考えられた。

 目的である「鬼の討伐」に対して、支障はない。

「了解しました」

 短く応答する。迷いはない。

 だが――

(管理下に置かれる)

 その事実だけが、内部に小さな引っかかりを残す。

 定義としては理解できる。運用としても、理にかなっているのは違いなかった。

 それでもなお、言語化しきれない違和が、澱のように内部に残る。

 しかし、現時点での優先順位は明確だった。

(目的の遂行が最優先)

 結論はそれ以上でもそれ以下でもない。

「では――」

 産屋敷が、ゆるりと視線を巡らせる。

「彼の監督を担う柱は、誰に任せるべきだろうか」

 問いが投げられる。すると、次の瞬間。

「俺が預かろう」

 迷いのない声が、すぐに応じた。

 煉獄杏寿郎だった。

 一歩前へ出る。堂々とした立ち姿だった。

「責任を持って、彼を導く」

 力強く言い切る。その言葉に、迷いはなかった。

「ふふ……頼もしいですね」

 柔らかな声が重なる。

 しのぶが、口元に微笑を浮かべながら1号を見つめていた。

「私も協力させていただきますね。何かあれば、蝶屋敷にも来てください」

 とても興味深い存在ですから。視線の奥には、そんな言葉が宿っているように見えた。

 一連のやり取りを見守っていた炭治郎は、ほうっと息を吐いた。張り詰めていた肩の力が、幾分か抜ける。

 試練はこれからだ。だが確実に、一歩は進んだ。

 1号は、静かにその場に立っていた。

 新たに定義された立場。課された条件。

 そして――共に戦うことになる者たち。

 全てを受け入れた上で、ただ一つ。変わらないものがある。

(わたしは、ヒーローだ)

 その定義だけは揺らがない。

 たとえ、この場所でどう扱われようとも。

 その内側にあるものだけは、変わることはなかった。

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