鬼を滅し、弱者を救う   作:妖刀・酌揺

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鬼滅の刃の映画とカグラバチがおもろすぎるので初投稿です



1話 転生

 

 山中に存在する寺院・仙沓寺にて2人の男が刀を手に向き合っている。

 両者同じ居合の構えを取り、同時に踏み込む。

 勝負は一瞬だった。

 赤い鮮血を迸らせ地に伏せたのは、目尻に隈取のような模様のある男。肩口から腹まで斬り裂かれた彼の余命は幾ばくも無いだろう。

 倒れた男の視界が揺れる。もはや立ち上がるどころか、手足を動かすことさえ儘ならない。

 息を吸うだけで激痛が走り、逆流した血液で食道が灼けるように熱い。

 もはや死は免れまいと悟り、静かに目を閉じようとした瞬間、揺れる視界の中に炎に揺らめく黒刀が映った。

 ――まさか。

 

 「1人で…背負うのか…」

 

 数秒前まで感じていた傷口の痛みは、もうほとんど感じない。

 何やら声が聞こえるが、もはや何を言っているのか理解するのも億劫だ。

 ―再び、体に痛みが走る。

 優しい慈悲の炎に包まれる様を幻視しながら、静かに目を閉じた。

 

ーーー

 

 隈取の男…漆羽洋児が目を覚ました時、真っ先に視界に入ったのは、知らない天井。次いで、蝶の髪飾りを付けた花の香りが漂う美少女だった。

 看病をしてくれていたのか、手には濡れた手拭いを持っている。

 桜のような色をした美しい瞳と目が合う。彼女は漆羽と目が合うと、嬉しそうにニッコリと笑った。

 

 「良かった、目が覚めたんですね」

 

 漆羽は花が咲いたような優しい微笑みに一瞬目を奪われるも、すぐに我に返る。

 まずは現状を把握するため体を起こそうとするが、全く体が動かない。そのうえ全身がハチャメチャに痛い。

 

 「いっ!」

 

 「まだ安静になさってくださいね。目立った外傷はありませんでしたが、全身の神経が酷く痛んでいましたから」

 

 「…承知」

 

 動こうとすると激痛が走るので、とりあえず言われた通りに安静にすることにした。

 小さく息を吐いて全身の力を抜いたところで、ある重大な事実に気が付く。

 

 ――命滅契約が切れている。

 

 命滅契約とは、かつての戦争を終結に導いた6振りの妖刀に施された制約のことである。

 効果は単純。命滅契約を一度結べば、契約者以外の人間は契約者が命を落とすまで妖刀を一切扱うことが出来ないというものだ。

 漆羽はかつて『妖刀・酌揺』の契約者として戦場を駆けた。戦争終結後も18年間、妖刀契約者として生きていた。

 そんな彼の命滅契約が切れたという事は即ち、彼は一度明確に死亡したという事になる。

 

 (なるほど…18年間命滅契約で変化し固着していた神経が元に戻ろうとしているのか。だが、これは……)

 

 漆羽は自らの異変に気付く。命滅契約が切れた場合、本来ならば戻るはずの妖術が消滅しているためだ。

 いや、普通は命滅契約が切れる=死のため、"本来ならば"という言い方は可笑しいが。

 何はともあれ、妖術が消えたことに変わりはない。しかし玄力は存在する。どういうことだ?と頭を捻ったが、それは今考えても答えは出ないし、玄力さえあれば漆羽には剣術という戦う術が残っているため、一旦置いておく。

 次に考えるべきは2つ。

 一度死んだのに何故生き返ったのか、そしてここはどこなのか。

 まずは黄泉返りだが…これに関しては大体予想はついている。そのため、主に考えるべきは後者だ。

 目だけをなんとか動かして室内を見回してみるが、全く見覚えのない部屋だ。

 神奈備の施設かとも思ったが、それにしては簡素すぎるし、目の前の美少女は神奈備の職員にしては若すぎる。

 というか、もしここが神奈備の施設なら漆羽が目を覚ました時点で何かと騒ぎになるはずだ。

 神奈備の施設ではないとすると、もしや民間人に拾われたのだろうか?だが、漆羽が死んだ場所である仙沓寺は山奥であり、近隣に他の建造物は一切存在していない。

 漆羽はぐるぐると頭を回転させ様々な可能性を探るが、どれもしっくりこない。このままでは埒が明かないので、目の前に座る美少女から色々と聞き出すことにした。

 

 「あ~っと…ここは?」

 

 「あ、すみません。説明がまだでしたね。ここは蝶屋敷といって…簡単に言えば病院のような処です。貴方は昨晩、森で倒れていたんですよ」

 

 「蝶屋敷……」

 

 蝶屋敷という言葉は聞いたことも見たこともない。

 漆羽の記憶が正しければ、少なくとも仙沓寺の周辺ではないだろうし、神奈備の施設にもそんな名は無かったはず。

 

 「そして私は、この蝶屋敷の主を務めています、胡蝶カナエと申します。何かあれば気軽にお申し付けください」

 

 「胡蝶サンね。これはご丁寧にどうも。俺は漆羽洋児、お好きに呼んでくれ」

 

 「では…漆羽さん。目覚めて早々に申し訳ないのですが、いくつかお聞きしてもよろしいですか?」

 

 「どんとこい」

 

 カナエの問診が始まった。持病の有無、記憶喪失等はないか、体の具合はどんな感じか等、様々なことを漆羽へ向けて問いかける。

 特筆すべき点として、漆羽が年齢を聞かれ答えた際、カナエが「噓!?全然見えない!」と素で驚愕していたことくらいだろうか。

 

 「貴方は何故森の中に倒れていたんですか?何か覚えていることはありますか?」

 

 続くカナエの質問に漆羽は「う~ん…」と唸りながら思案する。

 漆羽が覚えているのは仙沓寺で斬られたところまで。何故森の中に倒れていたのかは全くもって不明であった。

 ひとまず、覚えていることを離すべきかと考え、静かに口を開く。

 

 「仙沓寺ってとこにいたんだが…そこで斬られたとこまでは覚えてる。そっから何で森に倒れてたのかはわからない」

 

 「斬られた…?刀で?一体何が……」

 

 「まァ…簡単に言えば意見の対立って感じだな。お互いに刃を向けて…俺が負けた」

 

 「ですが、体に外傷は特にありませんでしたが…」

 

 「それは俺も意味不明だ。こう、バッサリいかれたんだが…」

 

 こうは言っているが、傷が治った原因は大体分かっている。

 意識を失う直前に見たあの焔。間違いなく、下手人が持つ黒刀の能力によるものだ。

 ――雀。万物を癒す慈悲の炎。かつての戦場で何百人もの命を助け、そして今回も…。

 とはいえ、それを説明すると話がややこしくなりそうなので、漆羽は一旦黙っておくことにする。

 

 「なるほど……ちなみに斬られた相手というのは人間でしょうか?何か怪しい部分はありませんでしたか?例えば…牙が生えていたりとか」

 

 カナエの質問の意図が分からず、漆羽は顔を顰める。

 何故、相手が人間か聞いてくるのか?斬る、なんて動作は人間以外にあり得ないだろう。

 牙?なんだそりゃ。吸血鬼でもいるってのか?と口に出しそうになるがぐっと堪えた。

 

 「そりゃあ、人間だろ。昔からの顔なじみで…尊敬する人だ。というか、妙な言い方だな。人間以外に刀やらの武器を扱える存在がいるとは思えないが」

 

 少なくとも漆羽は見たことが無い。猿やらに芸を仕込めば振るうまではいけるかもしれないが、そんなものに漆羽は負けはしない。

かつての戦場においても、刀を握っていたのは人間だけであった。

 

 ――いや、殲滅だ。

 

 ふと、頭の中に冷たい声が響く。

 そういえば、刀を握ったバケモンが1人いたな、と漆羽は苦笑いした。

 いや、アレも一応人間ではあるのだが……アレがいつの間にか内に孕んでいたモノ…衝動は、人間が持つにはあまりにも邪悪過ぎた。

 

 「…いえ、存在します」

 

 「なんだって?」

 

 カナエの声で思考の海から引き揚げられた。そして、その言葉の意味を理解し目を見開く。

 

 「鬼、と呼ばれる欲望のままに人を喰らう哀しき生き物が、私たちの世界には存在しているのです。俄かには信じられないかもしれませんが、事実です」

 

 漆羽は最初、おいおいマジで言ってんのか?と懐疑的な目を向けていたが、カナエの瞳を見てその考えはすぐに霧散した。

 カナエの瞳、そして表情は真剣そのもので、まるで噓をついているようには見えなかった。

 そこから、カナエは鬼について説明を始める。

 曰く、鬼とは人を喰らう化物である。

 曰く、鬼は人を喰えば喰うほど強くなり、強い鬼は超常的な能力を扱うようになる。

 曰く、鬼はどんな外傷を受けても再生する。再生させずに殺すには日光を当てるか、日輪刀という特殊な刀で首を斬らねばならない。

 

 俄かには信じられなかった。全てが初耳だらけで混乱が増すばかりだ。

 もしや神奈備総出のドッキリか?とも考えたが、奴らはそこまで暇じゃない。もしそうだとしたら後で全員ぶん殴ることになるだろう。

 

 「先程の質問は、漆羽さんを傷つけた相手が鬼であるかを確認するためのものでした。もし鬼だったのであれば、我々はそれを斃さねばなりません。それが我々、鬼殺隊の使命です」

 

 初めて耳にする組織名に、漆羽は目を丸くすることしかできなかった。

 

ーーー

 

 鬼殺隊。

 遥か昔から続く政府非公認の組織。

 目的は一つ、悪しき鬼を滅し民を守る。

 そしてこの蝶屋敷は、その鬼殺隊の診療所らしい。

 

 漆羽がここに来て既に2日が経つ。昨日あたりから神経の痛みも治まってきて、腕や首辺りは自由に動かせるようになっていた。

 あと1日もしないうちに全身を動かせるようになるだろう。

 が、腕が動くようになったことで手持ち無沙汰になってしまった。端的に言うと暇だった。

 

 「悪い、アオイチャン。暇すぎてしょうがないんだが、新聞とか本とか読んでもいいか?」

 

 何か暇潰しの道具を貰おうと、漆羽は看病のため部屋を訪れていた二つ結びの少女、神崎アオイに声をかける。

 彼女も鬼殺隊の隊士のようだが、何らかの事情があるのかこの蝶屋敷で後方支援に回っているらしい。

 アオイはいつも通りのキリっとした表情のまま答えた。

 

 「分かりました。適当に読み物を見繕ってきますね」

 

 「助かるよ」

 

 数分後、両手に新聞や本を抱えたアオイが部屋に戻ってきた。

 ベッドの傍らに置かれた机に持ってきた書物を重ねる。

 やはり病院というべきか、何やら医術関係の難しい本が多いようだった。

 

 「とりあえず、ここ数日分の新聞と…適当な本を持って来たので、お好きにお読みください」

 

 「助かるよ」

 

 漆羽はとりあえず新聞を手に取った。仙沓寺で自分が倒れて以降の動向を少しでも知りたかったからだ。

 まあ、大した情報は無いだろうが……。

 

 「んん?」

 

 新聞を開くと思わず変な声が出た。それは漆羽が知っている新聞とは随分違う代物だった。

 なんというか……こう、古臭い。それはもうあまりにも古臭かった。

 新聞に記載されている日付を見ると、なんと発行日は明治だという。明治って1900~くらいだよな?と漆羽は苦笑いし、未だ室内に留まっていたアオイに声をかける。

 

 「アオイチャン、この新聞古すぎじゃねえ?」

 

 「え?それは今朝の新聞ですが…」

 

 「え?」

 

 「え?」

 

 「…ほんとに?」

 

 「?はい」

 

 「……はああああああああああああああああああああ!?」

 

 空は快晴、風はそよぐ春の朝。

 鬼殺隊の診療所・蝶屋敷にて、三十路成人男性の悲痛な叫びが観測された。

 

 あまりの大声に、何かあったのかとカナエがダッシュで来てくれたのが大変申し訳なかった。

 

ーーー

 

 タイムスリップ、または異世界ないしはパラレルワールドに来てしまったのか?と漆羽が思い至ったのは、悲痛な叫びで喉を痛めてから半日ほど過ぎた頃だった。

 外は夜の帳が落ちかけており、沈みゆく太陽が室内をオレンジ色に染め上げている。

 そして漸く頭の中が落ち着いてきた。ベッドの上にいても暇なだけなので、現状を整理する。

 まず、今は明治時代らしい。医療設備やらが何か古臭いように感じていたが、まさか本当に過去だとは漆羽は夢にも思っていなかった。

 ただ過去に来ただけならまあいい(よくない)。ただ、疑問なのが鬼と呼ばれるモノの存在だ。

 少なくとも、漆羽がかつて生きていた世界にそんなモノは存在しないし、文献等でも見たことが無い。鬼殺隊なる組織も同様だ。

 鬼、と呼ばれて思いつくのはせいぜい桃太郎くらいのものだった。だが、この世界には本当に鬼が存在するらしい。

 それを加味すると、ここは異世界なのではないか、という有り得ない仮説が現実味を帯びてくる。

 

 「やっぱ異世界転生ってやつか?これ」

 

 漆羽はベッドの上で独り言ちる。乾いた笑いが口の端から漏れた。

 有り得ない――と言い切れないのは、死ぬ直前に見た景色が原因だろう。

 『雀』。『妖刀・飛宗』の能力の一つ。

 以前は傷を癒すという能力で蘇生は不可能だったが、18年の歳月を経て何らかの変化や進化が起きたのか。或いは、暴走か。

 蘇生だけでなく…転生。しかも異世界に。あまりに荒唐無稽な推察だが、妖刀というのは底が知れない。本領を超えた"何か"が起こっても不思議じゃない。

 

 「……」

 

 かつての世界のことを思い返す。

 残してきたものも、やり残したことも多い。

 尊敬する人の仇、復讐に燃える少年、かつての戦友、そして…1人で全て背負おうとする師。

 まだ、すべきことは多くあった。共に罪を背負おうと思っていた。

 だが、あの人は…それを赦してはくれなかった。

 罪、そして過去から遠ざけるため。

 もうそんなものに縛られないように。

 彼は…英雄としての漆羽を斬った。

 ――遠ざけるにしても異世界は遠すぎだろ加減しろよ、とは思うが。

 

 「…これからどうするか」

 

 戻りたい、とは思うが戻り方など見当もつかない。

 とはいえ、この世界で何をすべきかも……分からない。

 

 「……散歩でもしようか」

 

 気分転換に散歩でもすることにした漆羽は、ベッドからゆっくりと立ち上がる。

 神経の変形も既に終わったようで、若干力は抜けるが問題なく歩くことが出来た。

 部屋から出ると、左右に伸びる廊下。どちらに行くか…一瞬の逡巡の後、左に曲がる。

 

 「あ」

 

 「あら~、もう動いて大丈夫なんですか?」

 

 漆羽が左に体を向けたその先にいたのは、胡蝶カナエだった。普段と変わらぬゆったりとした口調で声をかけてくる。

 

 「ああ…もうだいぶ良くなった。ありがとう」

 

 「いえいえ、お礼なんていいんです。当然のことをしたまでなので。…どちらへ?御手洗ですか?」

 

 「いや…少し散歩しようかなって」

 

 「あら、いいですね~。あ、良ければお屋敷を案内しましょうか?」

 

 「じゃあ…よろしく頼んだ」

 

 散歩しようにも道が一切分からないのは漆羽としても不安だったので、カナエの提案は渡りに船だった。

 カナエとともに蝶屋敷を歩く。節々でカナエが「ここは診察室」「ここがお風呂よ」などと説明してくれるので、漆羽は蝶屋敷の間取りを頭にインプットしていく。

 特に風呂場は覚えておかねばならない。蝶屋敷は基本的に女所帯。間違えて女湯に入ったとなれば切腹は免れないだろう。

 そして屋内を大体見終わり、次いで庭へ。庭は花が多く咲き緑豊かで、まさしく蝶屋敷の名に恥じぬ美しさだった。

 そんな庭の一画、漆羽はとある場所で足を止めた。

 

 「ここは…」

 

 漆羽の目に映るのは、庭の片隅に立てられた畳表。細長く丸められたそれは、恐らく試し切り用の物だろう。 

 

 「ここは剣士の試し切り場ですね。治療後とか、ここで機能回復がてら試し切りをするんです」

 

 「なるほど」

 

 漆羽の脳裏にかつての記憶が浮かぶ。

 国獄温泉では、自分が不甲斐ないせいで、共に戦うことを赦されず、友人達に生かされた。

 ――彼らは囮となり、殺された。

 仙沓寺では、自分の実力が足りないせいで、師を止めることが出来なかった。

 ――あの人に全てを背負わせてしまった。

 

 「……」

 

 悔しい。不甲斐ない。自分に腹が立つ。この体たらくで、何が英雄だ。

 唇を強く噛み、両の拳を血が滲むほどに握りしめる。

 思わず、左手が腰に伸びる。しかし、刀を佩いていないため、左手は空を切った。

 その様子を見ていたカナエは、微笑みながら問う。

 

 「もしかして漆羽さん、剣術を?」

 

 「ああ。…少し、試し切りをしてもいいか?」

 

 「ええ、もちろん。今、刀をお持ちしますね~」

 

 カナエはぱたぱたと小走りで去っていき、ほんの数分で戻ってきた。

 その手には日本刀が握られており、それを漆羽に手渡す。

 

 「はい、どうぞ。手になじまなければ仰ってくださいね」

 

 「いや……大丈夫だ」

 

 刀を持ち、畳表にゆっくりと近づく。

 何千、何万と繰り返してきた居合の構えを取り、静かに目を閉じた。

 力を鞘の中に溜める。玄力を通じて刀と一つになる。

 音をも置き去りにする最速の剣。

 

 ――居合白禊流。

 

 金打の音が響いた。

 気付けば漆羽の目に前にある畳表は、恐ろしい程綺麗に切り裂かれていた。

 

ーーー

 

 「…凄い」

 

 胡蝶カナエは漆羽の剣技に思わず息を呑んだ。

 最初は変な構えだと思っていた。普通の居合術とは納刀している刃の向きが逆…手首側に刃が向いていたからだ。

 あのまま抜刀しても、敵に刃を当てることは叶わない。所謂、峰打ちになってしまう。

 しかし、金打の音が響いたとき、畳表は綺麗に真っ二つに切り裂かれていた。

 漆羽の刃はあまりにも速い。鬼殺隊で最も強く位の高い称号、"柱"を冠するカナエでさえも、目で追うのがやっと。

 それも、離れた立ち位置故に辛うじて見えているだけであって、目の前にすれば全く見えなかっただろう。

 異質な構えから生み出される、全てを置き去りにする最速の居合。

 どれほどの鍛錬を積み重ねればいいのか、カナエには想像もつかなかった。

 

 「やっぱ鈍ってるな、クソ」

 

 「!?」(これで鈍ってるの?嘘でしょ?)

 

 漆羽の独り言にカナエは思わず声を出しそうになるが、何とか堪える。

 今の速度で鈍っているというのなら、全盛期は一体どれほどの……。

 そう考えるカナエの背筋に汗が伝う。ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 「…ふう」

 

 しばらく試し切りを続け、漆羽はゆったりとした動作で刀を収める。周囲には、刻まれて無残な姿になった畳表が散らばっていた。

 

 「悪い、散らかしちまった」

 

 「……い、いえいえ、大丈夫ですよ」」

 

 考え事をしていたカナエは漆羽の言葉に対して反応が遅れるが、何とか我に返り言葉を返す。

 漆羽は散らばった畳表を集め、一箇所にまとめていた。

 

 「これはどうする?」

 

 刀と畳表を指して言う。

 

 「あ、私が片付けておきますので、漆羽さんは先に戻って構いませんよ。そろそろ夕餉の時間ですし」

 

 「わかった。屋敷の案内ありがとう」

 

 漆羽が自室へと向けて歩いていくのを見届けたカナエは小さく息を吐くと、漆羽が置いた刀を手に取り、残る畳表の前に立つ。

 鞘から抜き放ち、集中を高めていく。コオオ…という、花の呼吸特有の呼吸音が静寂に響く。

 

 「壱の型、飛び椿」

 

 横薙ぎの一閃。

 美しい剣筋は、畳表を何の抵抗もなく切り伏せた。

 ゴトン、という音を立て地に落ちる畳表。それを手に取り、切断面に目を向ける。直線の綺麗な切断面だった。

 先程漆羽が切った畳表の残骸を拾い、自らが切ったものと見比べる。

 …明らかに、誰の目から見ても、漆羽の切断面の方が美しい。水平線のように寸分の狂いもなく、恐いくらいに一直線だった。

 そんな時、背後から聞き慣れた声が聞こえた。

 

 「姉さん、ここにいたのね……もうすぐ夕餉の時間よ」

 

 「…」

 

 「姉さん?」

 

 「え?あ、ごめんなさい、ぼーっとしてたわ」

 

 カナエはハッとした表情を見せ、すぐにいつも通りの口調で返事を返した。

 しのぶはそんな姉の様子を若干不思議に思いつつ、特に気に留めることは無かった。

 ふと、しのぶの視線がカナエの持つ刀に向く。

 

 「姉さん、試し切りしてたの?」

 

 「…え、ええ。これ片づけたら行くわね」

 

 カナエは足元に散らばっている畳表を指さして言う。しのぶは「そう、わかった」と言い、一足先に厨へと向かっていった。 

 

 「……すごいなぁ」

 

 一人取り残されたカナエ。

 その後も数分間、漆羽が斬った畳表の破片を静かに見つめていた。

 

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