鬼を滅し、弱者を救う 作:妖刀・酌揺
鬼殺隊の任務は主に2つに分かれる。鬼の調査、そして討伐だ。
人が行方不明になった、殺人事件が起きた、そういった情報を基に鬼殺隊の剣士が各地に派遣され、もし本当に鬼がいれば討伐する。鬼が強大であり隊士が犠牲になりでもすれば、さらに上位の剣士が派遣される。
「ここか」
鬼殺隊に入った漆羽が初の任務として調査を命じられたのは、街道沿いにある小さな町。
都市間を結ぶ道中にある町という事で、連日旅人や商人が行き交っている小さいながらも賑やかな町だ。
しかしこの町では、知らず知らずのうちに人が消えているという。
曰く、宿に泊まっていた旅人が翌朝には忽然と姿を消していた。
曰く、夜道で商いを行っていた商人が商品を置いたまま消えてしまった。
曰く、立小便をしようと路地裏に入った男が二度と戻ってこなかった。
その他にも不自然に人が消えるという事件が最近になって何件も発生しているという。
︎︎
「まずは聞き込みでも、って思ってたんだが…」
賑わっていると聞いていた町の大通りは、未だ夕暮れ時なのにも関わらず人っ子一人いない。初めは既に全員消えたのか?とも思ったが、家屋からは人の気配がする。恐らく、人が消えるという事象から身を守るため、家に籠っているのだろう。
「…仕方ない。とりあえず夜まで時間を潰そうか」
人が消えた、という現象は全て日没後に起こっているとのこと。まず間違いなく鬼の仕業だ。日が出ている間、鬼は大きな行動は起こさない。夜になってからが本番だ。
夜まであと数刻とはいえ、何もせずに待ち惚けるのは時間が勿体無いため、漆羽は町の地形を把握するために散歩を始めた。まずは大通りから始まり、適当な路地裏へと足を踏み入れる。
路地裏は日陰が多い。日が出ている間も襲われる可能性があるため、漆羽は常に警戒を怠らずに歩みを進める。しかし路地裏を歩き始めて十数分が経っても何も起こらず、ただ平和な散歩の時間が過ぎていった。
「…日没か」
大通りへと戻ってきた漆羽は、西の空へと沈んでいく夕日を見て目を細める。夕日は徐々に地平線へと姿を消していき…そして、没した。
周囲が静けさと暗闇に包まれる。カチャリと、漆羽が触れる刀が音を立てた。
その瞬間、漆羽の視線の先にある民家から1人の女が外に出てきた。漆羽は声をかけようとするが、何やら様子がおかしい。ユラユラと左右に揺れながら歩く女の顔色は酷く真っ青で、まるで死体のようだった。
女の瞳が漆羽を捉えた。すると女は涙を流し、涎を垂らし、言葉にならない声を上げる。
「た、たたたすけけけてけけててててけかかけけけけけけけけッ!」
「どうした!大丈夫か!…!?」
女が流す涙の色が変わった。先程まで透明だった涙は、みるみるうちに真っ黒に染まる。それを皮切りに鼻や口、耳から大量の黒い液体が滝のように溢れ出る。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!」
黒い液体を吹き出しながら一際大きな叫び声を上げ、女は地面へと倒れ伏した。女が倒れた衝撃により、吹き出た液体で出来た水溜まりがびちゃりと音を立てる。女はビクン、と数度身体を震わせたが、それを最後に動かなくなった。
「あぁ…今日はいい夜だとおもったんだがねぇ…」
黒い水面が揺れ、ボコボコと音を立てて沸き立つ。どこからともなく、嗄れた声が響いた。
「目障りな鬼狩りめ…」
蠢く水面から別の女が姿を現した。黒い着物を身につけた赤黒い髪をした女だ。長い髪によって顔は隠れており、表情は伺えない。しかし、纏う気配は圧倒的に異様で、血の香りも濃い。そしてその声には、今まで漆羽が狩ってきた鬼とは比べものにならない程の邪悪を孕んでいる。
「態々死にに来るとは殊勝だねぇ…」
女…否、鬼はニタリと笑みを浮かべ、語尾が上がる特徴的な抑揚で続ける。
「この町はいい餌場だったんだがねぇ…鬼狩りが来たならば別の餌場を探さなきゃならん…この手間賃は貴様の命を以て支払ってもらおうかねぇ…」
人の命を何とも思っていない台詞。漆羽は思わず顔を顰める。
「ならばこちらも要求がある」
漆羽は刀を構え、対面する鬼に向かって言葉を吐く。鬼はくつくつと笑いながら、嘲るように言った。
「要求?なんだね?まァ、聞くだけ聞いてやってもいいがねぇ?」
「お前が今まで殺してきた無垢な命の精算だ。…その汚れきった命を以て支払ってもらおうか」
「くっ、くくく…バカな餓鬼め…私が誰だか分かってない様だねぇ」
漆羽の言葉を聞いた鬼は口元に手を当て、笑いが堪えられないといった様子を見せる。鬼は一頻り笑った後、自らの顔を隠していた髪を掻き上げ、その顔を顕にした。
火傷で爛れたような皮膚に、赤黒い瞳。そして、その左目には文字が刻まれている。
【下弐】
漆羽はその数字を目にし、目を見開いた。その刻まれた数字が意味する事を、彼は知っていた。
「くくく、その表情、やっと自分の立場が分かったみたいだねぇ?」
「十二鬼月…鬼の中で最も強い12体の鬼…だっけか?」
十二鬼月。鬼舞辻無惨直属の配下であり、鬼の中で最も強い12体の鬼。
十二鬼月は上弦と下弦に別れており、その実力は他の鬼とは一線を画す。一般の隊士では全く相手にならない程に。特に上弦の鬼の力は凄まじく、直近100年以上は1体も討伐できていない。鬼殺隊の最高戦力である柱でさえ何人も葬られている。
漆羽がカナエに教わっていた知識を掘り返しながら告げると、それを聞いた鬼は再び笑い声を上げた。
「ひっ、ひひひ!分かってるみたいだねぇ!どうだね?命乞いでもしてみるかね?ひひひっ!」
「バカ言え」
漆羽が地面を踏み締めて凄まじい速度で鬼へと迫る。あっという間に間合いへと到達した漆羽は、言葉を放ちながら鬼の首に向けて刃を振るった。
「命乞いをするのはお前の方だ」
「なっ…速ッ!?」
神速の斬撃が鬼の首を落とす。驚愕に染った表情のまま、鬼の頭は宙を舞い地面へと落下した。
漆羽は刀を鞘へ収め、そのまま踵を返そうとする…が、その瞬間、斬り飛ばした首と泣き別れた胴体が、コールタールのようにドロドロとした黒い液体へと変化し、崩れた。そして、その液体は少しづつ増殖し、地面に大きな水溜まりを作っていく。
「…なんだ?」
鬼は首を斬ると塵となって消滅する。それは最終選別で漆羽自信が確認済みだ。しかし、この鬼は首を斬っても塵となっていない。
「まさか…!」
漆羽は反射的にその場から飛び上がり、近場の民家の屋根へと退避する。視線の先では、黒い水溜まりの中心が何やら蠢いていた。
水面が揺れ、噴き上がり、少しづつ人の形を作っていく。数秒後、水溜まりの中心には、先程首を切ったはずの鬼がニヤニヤとした表情で再び現れていた。
「ひひっ、ひひひっ!そんな攻撃じゃ死なないねぇ?ひひっ、無駄だよねぇ!」
「…どうなってる?なんで死なない?」
漆羽は訝しげに声を上げる。その様子を見た鬼は気分を良くしたのか、一際大きな笑い声を上げ、ご機嫌に語り出す。
「ひひっ、ひひ!言ったよねぇ!?そんな攻撃じゃ死なないよねぇ!?いやしかし、凄まじい速さだねぇ?もしやお前、柱かねぇ?ひひっ、柱を殺せば、あの方にもっと血を分けていただけるかもしれないねぇ…!」
ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべる鬼を睨みつけ、漆羽は再び刀を構えた。
「ひひっ!焦ってるねぇ?首を斬っても死なないなんて、初めてだろうねぇ?ひひ、さっきはよくもやってくれたねぇ……じゃあ、次はこっちの番だよねぇ!」
鬼が両手を掲げると、周囲の水溜まりに波が生まれ、ボコボコと沸き立つ。
─血鬼術・黒血棘刃
沸き立つ水面から棘の刃が多数発生し、形を変えつつ四方から漆羽に向けて襲いかかる。漆羽は刀を構え、迫り来る刃を迎え撃った。
「花の呼吸・白。伍ノ型、徒の芍薬」
居合白禊流の抜刀とともに放たれる超速の9連撃。その斬撃は迫る刃を全て粉々に砕いた。キラキラと月明かりに反射する黒い刃の欠片は、屋根に落ちるとすぐさま液体へと変化する。そしてその液体から再び棘の刃が発生し、漆羽の命を狙う。
「弍ノ型、御影梅」
花の呼吸の型を用いてそれらの刃を全て砕き、漆羽は屋根を蹴って場所を変える。大通りを挟んだ対面の屋根に着地し、小さく息を吐いた。
しかし一息つく間もなく、屋根を飛び移った漆羽に向けて追撃とばかりに再び無数の刃が迫る。漆羽は斬撃で刃を迎撃しつつ、鬼の能力について思案する。
(液体の流動性に加えて鉄に近い硬さを持つ刃か…しかも遠隔での操作もできると。厄介だが、刀で対処できる以上は大した問題じゃないな。問題は…アイツが首を斬っても死ななかったことだ。本体が別にいるのか、それとも弱点を他の部位に隠しているのか…?)
どちらにせよ面倒なことに変わりは無いが、特に面倒なのは前者…本体が別にいる場合だ。
これほど強力かつ多彩な攻撃を繰り出している以上、本体はそう遠くない場所にいるはずだが、探し出すのはかなり面倒だ。気配を探ろうにも、目の前にいる鬼の気配が強すぎて上手くいかない。
とはいえ後者である可能性も依然として残っているため、漆羽は行動方針を決めた。
「とりあえず、可能性の1つは潰しておこう」
屋根を強く蹴り、迫る刃を砕きながら鬼へと接近する。あまりのスピードに、漆羽の被る笠が彼の頭を離れ宙を舞う。
笠がヒラヒラと宙に浮かぶ中、ばしゃっ、という大きな音を立て、漆羽は鬼の目の前の水面へと着地した。
「ひひひっ!態々近づいてくるとはねぇ!!自殺願望でもあるのかねぇ!」
「ねえよ!そんなもん!」
漆羽が抜刀し、鬼を斬り刻もうと刃を振るう…直前に地面、そして鬼の本体から無数の刃が発生し、漆羽の体を貫いた。
穴だらけになった漆羽を視界に捉え、鬼は高らかに笑う。
「ひひひひひひはははははは!柱と言えどもこの程度かねぇ!!馬鹿だねぇ!無謀だねぇ!逃げればよかったのにねぇ!!!まあ逃がさないけどねぇ!!ひひひひっ……!?」
鬼の眼前で、無数の棘刃に貫かれていた漆羽の姿が花弁となり、消えた。鬼が驚愕に目を見開いた瞬間、背後から静かな声が響き、鬼の首が迅速の刃で斬り飛ばされた。
「花の呼吸・白。参ノ型、残英鏡花」
「なっ!?なぜ生きている!?確かに串刺しにしたはずだよねぇ!?ふざけ」
漆羽は再び抜刀し、空中を舞う首を細切れにして言葉を遮る。そのまま残る胴体へ向け、斬撃の雨を放った。
次々に細かくなっていく胴体。しかし鬼は未だに生きているのか、地面や胴体から刃が発生し、漆羽へと襲いかかる。が、それすらも全て斬り、砕き、絶え間なく斬撃を浴びせ続ける。
「調子に乗るんじゃないよねぇ!」
─血鬼術・黒血鋭蛇
漆羽の四方八方の地面から、複数の大きな蛇が姿を現した。生み出された大量の蛇は、鋭い牙で漆羽を噛み砕かんとする。これまでの刃よりも更に不規則な動きで漆羽へと向かうが、それでも尚、彼には届かない。
─花の呼吸・白
「漆ノ型、桜舞い」
最速の居合から放たれる、自らの周囲を斬り払う斬撃。舞うように放たれる3連撃は風圧を伴って蛇の顎を斬り裂き、蛇が斬られたことにより飛散した液体もはじき飛ばした。
幾度となく血鬼術による攻撃を放つ鬼。しかし、その全ては漆羽に届かず、ただひたすらに体を刻まれる。
漆羽によって放たれた斬撃の数が100を超えた頃、最早原型を留めていない胴体から小さな球体が飛び出した。
その瞬間、鬼の気配が変わった。水面が大きく揺れ、一瞬血鬼術による攻撃が止んだ。明らかに焦っている様子が伝わってくる。
この様子を見た漆羽は、確信を持って言葉を吐く。
「それが急所だな!」
飛び出した球体…眼球には【下弐】の2文字が刻まれていた。漆羽はそれに向けて刃を振るおうとしたが、最後の足掻きとばかりに今までで以上に苛烈で鋭い攻撃が漆羽を襲う。地面、空中を舞う水滴、全てから刃が生まれ、漆羽を貫いた。
…が、貫かれた漆羽の姿が再び消え、その場には花弁だけが残される。
─参ノ型、残英鏡花。
「な、なっ、なんなんだお前はァ!なんで死なないィ!?ふざけるんじゃないよォ!死ねェ!死ね死ね死ね死ねェ!」
いつの間にか水面に生み出されていた口から放たれる鬼の怒号。声からは特徴的な口調が無くなっており、計り知れない怒り、焦燥、そして死を前にした絶望が感じ取れる。
鬼の声と同時に水面全体が大きく揺らぎ、全体が沸騰しているかのように噴出し始める。間違いなく、今までで一番の大技が繰り出されるだろう。
しかし、次なる攻撃が繰り出されることはなかった。"キン"…と、金打の音が夜闇に響く。
「あっ…」
既に宙に浮かぶ眼球を両断されていた。呆気にとられたような声が漆羽の耳に届く。
周囲の地面を覆い尽くしていた黒い水、そして水中に浮かぶ水滴が崩壊を始める。少しずつ、蒸発するように水…そして急所たる眼球が消えていく。それを認めた漆羽が刀を腰に戻している最中、悲しみに染まる少女の声を聞いた。
『…おと……う、さ…』
「慈悲は無い。罪は地獄でしっかり償うといい」
漆羽はそう言い残し、静かに息を吐く。そしてその場で思い返すのは、今戦った十二鬼月たる鬼のこと。
(今の鬼は下弦ノ弐…つまり全ての鬼の中で鬼舞辻を除いて8番目に強いってことか…。成程、これは確かに、普通の隊士じゃ相手にならないな)
この強さに比肩、もしくは凌駕する鬼が未だ11体も存在するという事実に、漆羽は思わず眉間に皺を寄せた。
更にいえば、上弦の鬼は強さの格が違うらしい。100年以上も討伐できていないという事実がその強さを裏付けている。カナエ曰く、上弦の鬼は柱3人でようやく互角とのこと。そのレベルの敵を相手にすれば漆羽ですら敵うか分からない。
鬼を全て滅するためには十二鬼月を全て倒し、更に元凶たる鬼舞辻無惨を倒さねばならない。前途多難だな、と漆羽は大きなため息をついた。
「…まあ、今考えても仕方ないか」
漆羽は落ちていた笠を拾った後、鬼によって犠牲になった女の元へと向かう。
女は涙を流し、絶望の表情で事切れていた。
「……クソ」
漆羽は胸を痛め、小さく悪態を吐く。救えなかった、その事実が漆羽の心を苛む。
漆羽も理解している。全ての人間を守ることなどできはしないと。それはかつての戦場で痛いほど学んだ。だが、目の前で失われる命に慣れることは、最後まで出来なかった。
漆羽は女の顔に笠を被せ、静かに目を瞑り手を合わせる。
十数秒後、鎹烏が漆羽の肩に止まった。周囲が民家だから配慮しているのか、普段よりも数段小さな声で告げる。
「カア、次ハ南東、南東へ向カエ」
「…承知」
失った命は戻らない。
全ての命を救うことは出来ない。
ならばせめて、できるだけ多くの命を救えるように。
─悪を滅し、弱者を救う。
漆羽は再び信念を確固たるものとし、次の目的地へ向けて夜闇へと駆け出した。
ーーー
時は経ち、あと一刻も経たずに夜も空けるという頃。鎹烏が発した大きな声が響く。
「カアアア!胡蝶カナエ!上弦ノ弐ト遭遇!援護ォ!援護ニ向カエェ!!」
報告を聞いた漆羽の背中に冷や汗が伝った。
大正コソコソ噂話
参ノ型・残英鏡花は、敵の攻撃を紙一重かつ、特殊な足運びで回避することで、その場に残像が残ったように錯覚させる技だよ。
漆羽のそれは玄力によってより鮮明に残像が残るよ
訂正報告。
陸ノ型は渦桃がありましたので、残英鏡花は参ノ型に訂正致しました。
忘れている箇所があればご指摘願います。