鬼を滅し、弱者を救う   作:妖刀・酌揺

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後輩が盲腸で入院することになり仕事の量が爆増したので初投稿です


8話 花と

 

「ああ、腹が減ってきた……今日はどんな餌がやってくるか…くはっ、楽しみで楽しみで涎が出そうだ…」

 

 とある森の中。頭部から1対の角を生やした異形の男が静かに呟く。

 彼の名は忌沙羅……鬼である。忌沙羅は鬼となってから日も浅く、鬼血術も殆ど使えない雑魚鬼であった。飢えを満たすため、そして人を食らい強くなるため、この森を根城にし、通ろうとする旅人や迷い込んだ人間を餌として捕食していた。

 今日もいつも通り樹上に身を隠し、森に入ってくる愚かな人間を今か今かと待ちわびていた。日が没してから暫くして、漸く1人目の餌が姿を現した。妙な笠を被った男だった。見たところ、中々鍛えていて栄養価が高そうだ。

 忌沙羅は涎が垂れそうになるのを我慢しながら、奇襲のタイミングを伺う。あと3歩で奇襲の間合いだ。

 あと2歩…あと1歩……0歩…!

 

 男が間合いに入った瞬間、忌沙羅は樹上から勢いよく飛び降り、獲物の首を目掛けて自らの鋭い鉤爪を振るう。男はこちらに気づく様子すらなく暢気に歩いている。貰った……!と忌沙羅の口角が上がる。

 ―闇夜に鮮血が舞った。

 

 「……あぇ?」

 

 変な声だ、と忌沙羅は最初思ったが、その声が自らの口から発せられたものだと気づいたのは一瞬後のことだった。そして次に、右腕に痛み…焼けるような激しい感覚を知覚する。

 忌沙羅の右腕は、肘から先が消えていた。血飛沫の隙間から、自らの右腕が宙を舞う様を見た。

 気づけば、笠男がこちらを向いていた。笠の影から、殺意に彩られた瞳が見える。

 ―死の未来が、鮮明に浮かんだ。 

 

 「……っ!!」

 

 反射的に忌沙羅は走り出した。ただ、走る、走る、走る。

 あの死を纏った存在から逃れるため、恥も外聞も思考すらもかなぐり捨てて、ひたすらに走る。

 恐怖の叫びを上げ、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに汚しながらも走る。

 

 「い、嫌だァ!し、ししし死にたくないいい!」

 

 「私欲のために人を殺しておいて、随分と都合がいいな」

 

 「ひっ!?」

 

 忌沙羅の耳元で声が響いた。驚きのあまり忌沙羅は思わず足を止めてしまう。

 そっと横を見ると――そこには、死が立っていた。

 

 「……!」

 

 忌沙羅は恐怖のあまり無言で息を呑む。背筋が凍り、指の一本たりとも動かせない。

 男が無言で刀に手をかけた。それを見た忌沙羅は、凍える体に鞭を打って大慌てで声を上げた。

 

 「ま、まま、っ待ってくれっ!俺はほとんど人を食ってないんだ!必要最低限なんだっ!生きるために仕方がなく食ってるだけなんっ」

 

 「……」

 

 忌沙羅の言葉は途中で途切れた。宙を舞う頭部は、絶望の表情で染まっている。

 どさっ、という音と共に忌沙羅の頭が地面に落ちた。塵となり消えていくそれに目をやり、男―漆羽は静かに告げる。

 

 「お前らの言い訳は聞き飽きた。……先に、地獄で待ってろ」

 

 鞘に納めた刀を持ち、その場を後にしようとした瞬間、べん…と、琵琶の音が闇夜に木霊した。

 

 「……ほう……貴様が……童磨を……追い詰めた…鬼狩りか……」

 

 漆羽の背後から声が響く。

 刀に手を添え、ゆっくりと振り向くと…そこには、且つてないほどに濃い血の匂いを纏った人型が立っていた。

 和装と腰に佩いた刀は、まるで戦国の武士を思わせる。しかし、顔面にある6つの目とそこに刻まれた数字が、目の前の存在が武士でも…ましてや人間でもないことを示していた。

 

 "上弦ノ壱"

 

 鬼舞辻を除く、全ての鬼の頂点に位置する存在。

 それが、漆羽の前に姿を現した。

 

 「……なんと……これほどの剣士が……この時代に……存在しているとは……練り上げられた……素晴らしい剣気だ……」

 

 上弦ノ壱は、何やら嬉しそうな様子で腰の刀に手をかけた。

 漆羽は一瞬たりとも気を抜かず、居合の構えを取る。

 

 「……これほどの相手……こちらも初めから抜かねば……無作法であろう……」

 

 ―月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵ノ宮

 

 居合。横薙ぎの一閃が漆羽を襲う。

 刃が漆羽の首へと向かう中、殺意を以て漆羽が刃を抜刀した。

 防御のためではない。―眼前の悪の命を奪うために。

 

 ―居合白禊流。

 

 「……!」

 

 上弦ノ壱は眼を見開き、攻撃を中止して大きく後ろへと飛ぶ。数秒の滞空の後ふわりと着地して、自らの首を撫ぜた。首に触れた指に付着した血を一瞥する。薄皮一枚ではあるが、確かに首に刃が届いていた。

 

 「チッ……浅いか」

 

 漆羽が舌打ちと共に刀を構え直す。上弦ノ壱は指に付いた血を払い落とし、対面する漆羽に視線を向けた。

 

 「刀で斬られ……血を流したのは……幾年ぶりか……凄まじい……速度だ……この目を以てしても……反応が遅れる程とは……」

 

 上弦ノ壱が再び刀を構える。抜き放った刀身には、ギョロギョロとした無数の目玉が存在していた。

 

 「気色悪い刀だな」

 

 「……見た目など……些細な問題に過ぎぬ……重要なのは……敵を斬り……屠れるかどうか……その……一点のみ……」

 

 上弦ノ壱が再び踏み込み刃を振るう。漆羽も抜刀し、それを迎撃した。

 

 ―月の呼吸 五ノ型 月魄災禍

 

 ―花の呼吸・白 伍ノ型 徒の芍薬

 

 互いに技を繰り出し、凄まじい打ち合いが繰り広げられる。長い打ち合いの最中、漆羽は苦笑いを浮かべた。

 

 (コイツの剣技、周囲に小さな斬撃が浮かんでやがる!厄介だな…!)

 

 上弦ノ壱の斬撃の周囲には、月を象った不定形の小さな刃が浮かんでいる。間合いを読んでギリギリで回避をすればその刃に斬り裂かれてしまうため、それを見切るために必要以上に集中力と体力を持っていかれてしまう…が、漆羽はそれすらも的確に捌き、隙を縫って反撃を行う。相対する敵の素晴らしい技量に、上弦ノ壱は高揚を抑えきれずにいた。

 

 「……素晴らしい……ここまで……私と打ち合えるとは……ここで……殺すには……惜しい……」

 

 「誰が死ぬって?」

 

 「……!」

 

 振るわれた神速の居合が上弦ノ壱の胴体を斜めに斬り裂いた。深く刻まれた斬撃は胴体を切断するまでは至らぬものの、人間であれば致命であろう。

 上弦ノ壱は咄嗟に後退し、体勢を立て直そうとする。しかし、漆羽がその隙を見逃すはずがない。

 

 「その頸、貰うぞッ!」

 

 間合いを詰め、頸を刈り取らんとする漆羽。だが、その刃が上弦ノ壱に届くことはなかった。

 

 「……ッ!?」

 

 一歩踏み出した漆羽を、間合いの外だというのに無数の斬撃が襲う。思わぬ反撃を漆羽は何とか捌こうとするも、全てを防ぐことはできず、左肩と脇腹に傷を負ってしまった。幸い深い傷ではなく、呼吸と玄力で止血さえすれば動くのに支障はないだろう。

 血が滴る傷口を手で押さえながら漆羽は後退し、正面を見やる。そこには、先ほどとは比べ物にならないほど長く、そして無数に枝分かれした異形の刀を持つ鬼が立っていた。

 

 「……その剣技……真に素晴らしい……剣速は……私をも凌ぐか……しかし……間合いに入れなければ……殺すのに造作もない……」

 

 上弦ノ壱は大きく振りかぶり、巨大な刀を振るう。先程よりも威力・速度ともに増大した攻撃が、圧倒的な長さを誇る間合いで漆羽に襲い掛かった。

 

 「クソッ!」

 

 ―花の呼吸・白 弐ノ型 御影梅

 

 漆羽の間合いの外から一方的に迫る斬撃。その1つ1つが命を奪う致命の一撃であり、一瞬たりとも気を抜けない。

 

 ―花の呼吸・白 漆ノ型 桜舞い

 

 攻撃を弾き、受け流し、躱しながら、間合いの内側へと侵入を試みるも、あまりの攻撃の密度に一歩前に進むことすら儘ならない。

 反撃すら出来ず、ジワジワと削られていく。そして、遂に上弦の刃が漆羽に届いた。

 

 「がッ…!」

 

 絶え間ない攻撃を捌ききれず、胸から腹にかけてを大きく斬り裂かれてしまう。口から血を吐き、思わず地面に膝を着いた。

 玄力での強化もあり致命傷には至っていないが……深手であることに違いはない。そして、深手を負ったからといって攻撃が止むなどということはない。

 

 「……さらばだ……素晴らしき剣士よ……」

 

 膝を着く漆羽に致死の斬撃が迫る。

 自らの死を幻視した漆羽は―。

 

 「……!」

 

 上弦ノ壱の背筋に悪寒が走る。

 もはや死の直前となった目前の剣士……その目が先程とは比べ物にならないほどに鋭く、そしてドス黒い殺気を見せる。…それは、最強の鬼が恐怖を覚えるほどだった。

 瞬間、漆羽の姿が消え、気が付いた時には鬼の両腕は切り落とされていた。

 

 「なに…!?」

 

上弦ノ壱の背後から、静かな声が響く。

 

 「戦いから退いて20年…すっかり刃は錆びちまってたらしいが…アンタのおかげで思い出したよ」

 

 ―かつてその神童は、死の間近―…実戦の中でひたすら腕を磨いた。

 彼にとって、剣とは生きる術。死を間近に見たこの死地は…かつての本能を再び目覚めさせていく。

 

 「……漸く、準備万端だ」

 

 僅か16歳で居合白禊流を習得した"戦才"、漆羽洋児。

 幾度もの死線と窮地を超え、地獄と呼ばれた戦争を駆けた英雄が…遂に、目を覚ました。

 

ーーー

 

 「なんだ……今の……速さは……」

 

 腕をあっという間に再生させた上弦ノ壱は、眉間に皺を寄せて問いかける。

 

 「見えなかったか?その無駄に多い目でも?」

 

 漆羽は問いかけを軽く受け流し、再び踏み込む。勢いのまま抜刀し、命を刈り取るべく刃を振るう。

 

 「……二度は……ない……」

 

 しかし、上弦ノ壱は速度が上がった漆羽の斬撃に即座に対応し、刃を合わせた。再度、凄まじい打ち合いが繰り広げられる。神経を擦り減らす極限の戦いの中、漆羽の本能は更に湧き上がっていく。

 

 「……何なのだ……貴様は……なぜ……速度が上がる……痣は……出ていないだろう……!」

 

 「痣?……何のことか分からないが、やっと思い出したんだよ。鈍っていた感覚を……命を焦がすようなギリギリの死闘ってやつを…!」

 

 互角の戦い。互いの刃がぶつかり、その音が夜の森に大きく轟く。

 決定的な一打の無い激しい膠着状態が続く中、上弦ノ壱が小さな声で呟いた。 

 

 「……致し方……あるまい……」

 

 「なんだと?」

 

 「……鳴女……」

 

 ―べん。

 琵琶の音が、辺りに鳴り響いた。漆羽の背に冷汗が伝う。

 漆羽は力強く地面を蹴り、上弦ノ壱から大きく距離を取った。

 

 「……冗談きついな」

 

 上弦ノ壱の傍らに、もう1つの人影が現れた。

 全身に線のような紋様のある、鮮やかな桃髪の男。その瞳には、例に漏れず数字が刻まれている。

 

 「…貴様と共闘とは虫唾が走る」

 

 「……あのお方の……ご意向だ……逆らうこと……罷りならぬ……」

 

 「………ああ、分かっている」

 

 "上弦ノ参"

 

 絶望的な状況に、漆羽は自らの顔が歪むのを抑えられなかった。

 

 「……私が……合わせよう……好きに……動くといい……」

 

 「元からそのつもり…だッ!」

 

 上弦ノ参が力強く地面を踏み込み、一気に肉薄。

 自らの頭部目掛けて繰り出された右の拳を間一髪で避けつつ、漆羽は刃を抜く。

 

 「……!」

 

 瞬く間に右腕が斬り落とされ、上弦ノ参は眼を見開く。しかし動揺はなく、すぐさま左足で強烈な蹴りを見舞った。

 

 「速いッ!素晴らしい剣技だッ!」

 

 「……ッ!」

 

 刀で防御したものの、勢いを殺しきれずに大きく吹き飛ばされる。何とか空中で体勢を立て直し着地したが、そこに雨のような無数の斬撃が降り注いだ。

 

 ―月の呼吸 玖ノ型 降り月・連面

 

 ―花の呼吸・白 参ノ型 残英鏡花

 

 技を駆使し、降り注ぐ刃を回避する。しかし、回避した先には別の攻撃が待ち受ける。

 

 ―破壊殺・乱式

 

 鍛え上げられた拳によって繰り出される乱打。それを刀で弾き返し、その勢いのまま居合で首を狙おうとするも、背後から横薙ぎの斬撃が襲い来る。

 

 ―月の呼吸 捌ノ型 月龍輪尾

 

 漆羽は大きく飛び上がり、刃を躱し間合いから外れたが……退避した先には既に上弦ノ参が拳を構えて待ち構えていた。

 

 「終わりだ!」

 

 ―破壊殺・砕式 万葉閃柳

 

 岩すらも粉々に粉砕する一撃。刀での防御が間に合わず、やむを得ず玄力を集中させた左腕で防御する。

 

 「がっ!」

 

 殴り飛ばされた漆羽は、木を1本、2本と突き破っていき、3本目の木に叩きつけられて止まった。背中を強打し、肺の空気が一気に口から放出される。

 

 「いってえな…クソ…!」

 

 普通は有り得ない方向へと曲がり、皮膚が破れ血塗れになった左腕に目をやりながら吐き捨てる。しかし、悪態を吐いている暇はない。右手で刀を力強く掴む。

 

 「今ので腕が吹き飛んでいないとは、見上げた耐久力だな」

 

 「……腕は残っているが……最早使い物になるまい……これで……あの居合は封じた……今度こそ……息の根を……止める……」

 

 「ああ。トドメといこう」

 

 最早、絶望的という言葉すら生温い状況だった。

 左腕は使えず、体力も尽きかけている。生き残るのは不可能といってもいいだろう。

 だが、それでも……漆羽の目は、未だ死んでいない。

 

 「お前らは……ここで、殺す」

 

 「……戯言を……」

 

 ゆらりと立ち上がりながら吐き捨てた言葉。それを上弦ノ壱が一蹴し、異形の刀を握る手に力を込めた瞬間、漆羽が納刀したまま、鞘を口に咥えたのが見えた。

 

 「まさか…!」

 

 上弦ノ参が目を見開くが、既に漆羽の攻撃態勢は整っている。

 血を吐きながらも、口に咥えた鞘から刃を抜き放つ。

 

 ―居合白禊流。

 

 「ッ!」

 

 放たれた神速の刃は、上弦ノ参の急所へと向かう。上弦ノ参は反応が遅れ、その首の半ばまで刃が到達した…が、そこで刃は止まった。上弦ノ壱が漆羽の刃を自らの刀で止め、寸でのところで同胞の命を守っていた。

 上弦ノ壱は漆羽を勢い良く蹴り飛ばす。バキバキという肋骨が折れる音を鳴らしながら、漆羽は勢いよく地面に転がった。

 

 「……最後の最後に……油断するとは……何という……体たらく……」

 

 「…チッ」

 

 上弦ノ参はその言葉にバツが悪そうに舌打ちを返し、地面に転がり立つことができないでいる漆羽に目を向けた。

 

 「がっ…はっ…!」

 

 漆羽は立ち上がろうとするも、体が動かない。上弦ノ壱との剣戟で体を限界まで酷使し、肩を斬られ、胸と腹を斬られ、左腕を砕かれ、肋骨を折られ、口から血を吐く。その姿は最早、死に体といっても過言では無い。

 

 「もう諦めろ。お前はここで死ぬ」

 

 「……早く……始末しろ……あの方が……お怒りになる前に……」

 

 「分かっている」

 

 上弦ノ参が拳を強く握り、構える。

 

 「…お前の強さに敬意を表する。せめて苦しまないように葬ってやろう」

 

 「……ッ!」

 

 漆羽は刀を振るおうとするも、もう体が動かない。迫りくる拳を直視しながら、漆羽は自らの死を見た。

 上弦ノ参が漆羽の頭蓋を砕く寸前……轟音と共に、暴風が吹き荒ぶ。

 

 ―風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ

 

 地面を抉りながら進む斬撃は、上弦ノ参の腕を荒々しく斬り刻んだ。突如として現れた乱入者に、漆羽も鬼達も驚きを隠せない。

 飛来した暴風は地面に倒れた漆羽を抱えて大きく飛び、鬼達の間合いから外れた場所へと力強く着地した。

 

 「随分とボロボロじゃねェか、漆羽さんよォ。約束、忘れたわけじゃねェよなァ!?」

 

 白髪の男は、漆羽を抱えたまま荒々しい口調で続ける。

 

 「帰ったら稽古すんだろォが…!こんなとこでくたばってんじゃねェぞォ!」

 

 「…そうだったな。悪い、助かった……実弥」

 

 風柱・不死川実弥。

 漆羽の言葉を聞き、彼はニヤリと口角を上げる。

 

 「一個貸しだぜェ」

 

 「それはまあ……デカすぎて返すのが大変そうだ」




大正コソコソ噂話
雑魚鬼が漆羽と対峙しているのを視界共有でたまたま見かけた無惨様が、ここぞとばかりに上弦を派遣したよ。

※これは前話と同じ日に書き溜めた分です。次回以降は結構遅れると思われます
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