【耳飾りの剣士】継国縁壱 作:日の呼吸
お久しぶりです。
思えば縁壱さん初戦闘なんですね。逆に何で今まで碌に戦っていないのか(戦慄)
あと縁壱さんの強さ加減が分からん……だってこの人の全力分からないんだもん……
粛々と、されど猛々しく奏でる炎は紅蓮に燃ゆる剣戟。
忽ち、幾千幾万の獣共を一掃し、あなたの花を取り戻そう。
その偉業が人類が滅びるその日まで謳われ続けるように。
故に記そう。綴ろう。残そう。最も新しく、最も偉大な英雄の話を。
灰燼が舞う。
家々が唸り、軋み、無情にもがらんと焼け落ちていく。もうもうと黒煙を上げ、黒夜でもくっきりと見える程に濃い煙がオラリオ中を覆い隠す。
群衆は何事ぞと野次馬根性剥き出しで蝿の如く集る。
しかし、彼らと同じく此の場所に続々と集う血濡れた白衣の野蛮人たちを見て察してしまったのだ。
───嗚呼、これは
かの歓楽街の妖魔なる“美”の神は、愚かにも最上たる“美”の神の逆鱗に触れてしまったのだ、と。
蛮勇旺盛に駆け出した群衆たちの足はすぐに鳴りを潜め、踵を返し家に閉じ籠る。
なにせ、眷属を使っての抗争とはいえ神々の争いに巻き込まれてしまえば碌な末路を辿らないことは火を見るよりも明らかだったから。
神々の代理戦争────その中心地から放たれた号笛は空間を揺らし、遂に彼の耳に届く。
黒竜を却けし者、継国縁壱。
現代最高の英雄がオラリオに顕現した。
「大事ないか、春姫」
「…………………………ふぇ?」
しかし、その場にいた誰もが目の前の光景を信じられずにいた。
いつ、どうして、どうやって、どこから…………凡そ状況を把握する為に必要な最低限の情報すらも吹っ飛ばされて来襲したのだから無理もないが。
しかし、目の前で目を丸くしながら見上げる狐の少女はいち早く状況を認識出来たようで。
「よ、よよよよよよ縁壱様!?ち、ちちちち近しゅうございますぅぅうう!?」
「ムッ、すまない」
娼婦をやっている癖して異性の鎖骨を見るだけで目を回して気絶するような初心な少女には、目と鼻の先に異性の───それも焦がれに焦がれた人の顔があることはとても耐えられるものではなかったのだろう。顔を赤らめ、アワアワと手で顔を覆う。
「よ、縁壱さん……ッ!!」
「………ベルか。大きくなったな」
「ッはい、はいッ!!ベル・クラネル……で、す……」
対して白髪の少年は困惑はあれど、久方ぶりに憧憬の主に出会えたこと、何より自身を覚えていてくれたことに歓喜の渦を巻く。
が、同時に緊張の糸も解れ、これまでの疲労が祟ったのか、そのまま静かに瞼を閉ざした。
「………よく此処まで持ち堪えた。しばし休め。…………さて」
「ギエッ……!?」
様々な感情が蠢く戦火の中、縁壱は旧知なる者たちとの再会の挨拶を交わした後、改めて目の前にいる怪物───フリュネを見遣る。
その赫眼に自身の姿が映った瞬間、フリュネに幾年ぶりかの緊張が奔る。
あの【剣姫】と対峙してもなお、負けはすれど臆することは一度もなかった【男殺し】が、先ほどまで思うがままに蹂躙していた怪物が、たった一人の男を前に臓腑を震わしている。
それは眼前の脅威を理解している故か、それとも過去に植え付けられた
「フリュネ、この子から手を引け。下を見ろ。街は燃え、お前たちの【ファミリア】は総攻撃を受けている。【フレイヤ・ファミリア】だ。
「あ゛ぁ?街が燃えてるぅ……?それに【フレイヤ・ファミリア】、だとぉ……?」
身に覚えの無い言葉と状況に首を傾げた後、汚臭の混じった火の粉に気づいたことでようやく下の現状を理解するに至る。
戦争だ。侵攻だ、侵略だ、侵害だ。此方が機を伺っていた時、彼方もまた同じように此方の機会を伺っていたのだと、ようやく理解に至る。
されど、おそらく考え得る限り最悪な状況で侵攻を許した事実に、フリュネは内心舌を打つ。元々春姫の妖術ありきの作戦。その大前提のために生贄になるはずだった春姫は白兎の乱入を許し邪魔された挙句、とうとう英雄の胸元に入り込んでしまった。
そうだ、元はと言えば全てあの英雄気取りのクソガキのせいだ。視界の端で暢気に快眠している
「ゲ、ゲゲゲッ、ソイツはアタイらの
「その時が来たら私が全ての責任を負って【ファミリア】を抜ける。今はただ、この子を守れるのならそれで良い」
片肩を強く抱きしめられたことにより春姫の心音が一段と上がる。異常なほどに息が弾み、その頬は燃え盛る焔よりも緋い。こんな状況なのに自分は何をやっているんだと自己嫌悪に苛まされながらも、心底喜悦を味わっている自分がいることに困惑する。
「…………チッ、分かったよ。確かに悠長にことを構えている暇はなさそうだしねぇ。此処はテメェの顔を立てて手を引いてやるよぉ」
「かたじけない」
縁壱は深々と頭を下げる。その背中に偽りのない感謝の念がこれでもかと載せられていた。
彼は基本的に対話を重んじる。それはひとえに争いを好まない性格であることと、人の善性をこれでもかと信じ込んでいるからだ。悪く言えばお人好しであり、ひどく楽観的であり、人の可能性を盲信していると言ってもいい。
────しかし、少なくともフリュネに善性などといった良心は欠片たりとも残されていなかった。
縁壱が頭を下げたその瞬間、フリュネは大戦斧を彼の首元へと振り翳す。“呼吸”を使い、極限にまで高めたステイタスによる理不尽で狡猾な一撃。
フリュネにとっては凡そラッキーなどでは片付けられないほどの絶好の機会。完全に死角からの不意打ちが決まり、また自身の全パワーをこの斧に乗せている。フリュネの頭蓋には首を落とされた縁壱の姿がありありと浮かんでいた。
無慈悲にも、冷酷に、容赦なく。大気を揺らしながらその首斬り落とさんと振り落とされる斧刃は、遂に彼の首を捉え─────
────斧が二分した。
それは何も刃が欠けたという意味ではない。斧腹から斧頭を伝い、その罅はそのまま柄腹、握りの部分にまで達し、遂に真っ二つに別れた。
本来このようなことは決して有り得ない。【イシュタル・ファミリア】の最高戦力であるフリュネ・ジャミール専用の武器に罅が入り、ましてや別たれるなど。
故に困惑する。故に疑問が胸中を満たす。故に恐怖する。臓腑が冷え、玉のような汗が濁流のように流れ落ちる。
「フリュネ」
背後から声がする。恐る恐る顔を動かせば、其処には刀を下斜めに構える縁壱の姿が。
その灼眼に憎しみも、怒りも、戸惑いもなく、今あった現象をただ事実であると受け入れた、無我の境地に達した人間そのもの。
明確な、死が見えた。
「参る」
────瞬間、過ぎるのは過去の残穢。
一歩目、まだ視える────過去、まだ少年だった彼が木刀を構えながら向かってくる姿が視えた。
二歩目、縁壱の躰が揺れ動く────あの時も業々と轟く猛火の音が聞こえた。
三歩目、フリュネの視界から縁壱の姿が消える────その過程がどれもあの日視た光景と何ら変わらない。
音速を軽く超えた速度は人の眼球で捉えることは叶わず、大脳は理解することを放棄する。
つまり、勝負の決着が着く前に、彼女の本能は既に敗北を悟っていた。
「ギェァァァああああああ!?!?」
不快な奇声を発しながら倒れ込むのは既に剣を振り翳された後だった。
音速をも超えた速度を以て、剣を振るう姿すらも見せず、ただ此処にあるのは絶叫と共に倒れる巨躰と鍔を鳴らす残響のみ。
「ただの峰打ちだ。しばし寝ていろ」
「縁壱様!」
春姫は駆け込むように縁壱の元へ向かい、胸元に顔を埋める勢いで強く抱きしめた。
常ならば、このような大胆な行動は間違っても取りはしないが、今回ばかりは羞恥も外聞も気にせずに衝動に駆られた形なのだろう。
縁壱も小さく抱きしめ返し、心なしかほんの少し顔にあった険が解れたように思う。
「すまない、春姫。私は……」
「いいのです、もういいのです。だって、縁壱様は約束を守って下さったではありませんか」
首から吊り下げた笛を取り出し、儚くも上品に笑う春姫。
その姿を見てようやく胸を撫で下ろした縁壱は、ひとまず春姫とベルを連れて落ち着ける場所へと移動しようと思案する────が。
背後に在る強大な存在がそれを良しとしなかった。
「久しいな、縁壱」
岩石のような大男が音もなくこの空中庭園の上階に躍り出ていた。
その巨躰は千年樹のように不動で、その手は無骨で荒っぽく、これら全てが朴訥な彼の心象を表しているようだった。
武人であり、戦士であり、
「オッタル、か」
【猛者】オッタルが巍然と聳え立つ。
「お前の姿が見えたとき、俺の出番はないと思っていた。お前が戦場にいる限り敗北はあり得ないからな」
「買い被りすぎだ。私は一騎当千の如き戦神ではない」
「過ぎた謙遜は嫌味になる………が、お前のことだ、本心なのだろう。だからこそ───」
オッタルは側で斃れ伏すフリュネを一瞥するも、もはや興味のないモノとしてすぐさま視界の外へ弾き出す。
そして、次にその獰猛な瞳が捉えるのは────
「────俺の
装飾も何もない、純粋な性能のみを追随した逸品───【覇黒の剣】を振り回す。それだけで辺りの火の粉は空中庭園から散っていき、爆煙も消し飛んだ。
オッタルにとって継国縁壱という存在は、未知であり、宿敵であり、そして超えるべき唯一の壁であった。
十数年前、かつて神代最強と謳われた英雄たちがオラリオに健在していた頃、オッタルは彼らに何度も勝負を挑み、何度も辛酸を舐めさせられ、何度もこの巨躰を地に臥せてきた。死にかけたことも両手の指では数えきれないほどだ。
しかし、何度屈辱の泥を浴びようと、その度にその泥を喰らい、泥水を啜り、地べたを這いずりながら遥か先にいる背中を追って進んできた───謂わば、敗者の歴史があった。
いつしか自身を凌ぐ
しかし、だからこそ知りたいのだ。自身の位置を、
「…………」
「…………」
静寂。しかし、張り詰めんばかりの修羅が二人の間に宿り、それが今────喰い破る。
先に動いたのはオッタルだった。
オッタルが縁壱に向かって弾け飛ぶ。数多ものモンスターたちを屠った膂力から放たれた剣は真っ直ぐに、しかし一寸のズレもなく、縁壱の頭部へと向かっていく。
【男殺し】など比較にもならない。どんな巨大なモンスターですら決して及ばない。頂点とも言える力を、ただ力任せに振るった。
しかし、それでもなお。
「鍔、で……っ!?」
縁壱は抜刀することなく、鍔を以て迎え撃つ。
力の奔流を完全に読み切り、鍔に傷一つ付けることなく受け切った。
これは何も偶然ではない。何処にどう当てれば必要最低限の技で力を相殺できるか、そのタイミング、構え、いなし方……業の極地を結集させた御業であった。
「春姫、どうやら此処が最も安全な場所になりそうだ」
「ふぇ?」
「すまないが、少し下に
脇腹に抱えていた春姫を優しく下ろした後、躊躇いなく空中庭園から飛び降りる。オッタルも彼の意図を汲み、追随するように飛び降りた。
「縁壱ィィィィィ!!!」
追撃に次ぐ追撃。猛追に凌ぐ猛追。急降下していく中、二人の英傑の流麗な剣戟が火花を散らす。
どれもが致死。どれもが必死。一撃一撃が破壊兵器となる猛撃を縁壱は全て捌き切り、地上へと降り立つ。
「ぬぅんッッ!!」
縁壱が着地すると同時に、その塊鉄の剣を上から叩き込んだ。地面は半円形に窪み、血と灰燼の混ざった砂嵐が吹き荒れる。
凡そ人が引き起こせる現象ではない。しかし、彼ら二人にとって特別に反応を示すほどでもなかった。
「……上手く避けたか」
無論、縁壱は傷一つどころか埃一つ被っていない。その事実にオッタルは柄をより強く握り締めた。
「腕を上げたな、オッタル」
「ならば演技でも焦燥に駆られてみてはどうだ。お前の能面を塗りたくったような無表情からは何も感じない」
「……すまない。直そうとは思っているものの上手くできん」
「……そうか」
オッタルは心の底から同情した。何故なら自身も彼と似た境遇で日々苦労しているからだ。
「ならばその気にさせるまでだ」
縁壱は目の前にいる猪の怪物の纏う空気が一変するのを肌で感じ取る。
同時に鼓膜を揺らす勇ましくも
「岩の呼吸 参ノ型 岩躯の膚」
無数の暴力の鉄槌が霰のように降り注ぐ。
それはまさに破壊という概念そのもの。地面を削り、空間を歪ませ、周囲にあった家々を炎ごと消失させる。オッタルの通った場所は更地となり、まるで最初から何もなかったかのような不気味さすらも漂わせる。
「岩の呼吸 肆ノ型 流紋岩・速征」
先の襲撃の範囲をさらに拡大させた斬撃が周囲を切り刻む。
前方、後方、右方、左方。オッタルを中心に約360度半径100メートルにあった全てのモノが塵芥と化した。
岩の呼吸。
その最大の特徴は岩のような硬い防御と、荒々しい攻撃。五大流派の中で最もバランスの取れた呼吸。しかし、前提として圧倒的な筋力が求められるために使い手が少ない点が短所として挙げられるが、まさにオッタルに相応しい呼吸といえよう。
オッタルも半ば心の何処かで期待を寄せる。
あるいは傷をつけてはいないか。あるいは刀を折ることも叶ったのではないか。あるいは、あるいは、あるいは。
無数に浮かび上がる希望を胸に、灰燼が晴れたその場所を見て────絶句した。
────なんてヤツだッ。
縁壱は普段と変わらない様相で立っていた。
まるで昼の野原を散歩する老人の如く、戦意も欠片もない状態で。
無論、その躰に傷はなく、それどころか絹の一筋すらも断ち切ることが叶わなかった。
さらに縁壱の手元を見る。そこには完全に抜き身となった赫刀が妖光を纏って此方を覗いていた。
彼の口元から火が噴き出る。
オッタルはこの技能を知っている。故に集中力を極限まで高めた。
「日ノ呼吸 壱ノ型 円舞」
視認不可能、絶対不可避の一撃がオッタルを襲う。
技は至ってシンプル。ただ円を描くように剣を振り下ろしただけ。しかし、単調であるが故に斬ることのみに特化された技。縁壱が振るうことでさらなる絶技と化した円舞は、容易く猪の首を────
「ぬゥん────!!!」
────防いだ。
本能。
しかし。
────次はやられる。
今のはまさに土壇場で覚醒した火事場の馬鹿力だと自認しているオッタルは、今防いだ事実を必然ではなく奇跡と捉え、次はないだろうと気を引き締める。
刀身に触れるだけで全体力と全神経を使う。そんな一撃を何度も受け切れると思い上がれるほど、彼は自惚れてもいなかった。
ならばどうするか。決まっている。
────向かうまでだ。
「ゥうんッ!!!」
今宵何度目かのぶつかり合い。
────世界が、割れる。
世界はひしゃげ、空間は罅割れ、音が死んだ。
今は女神も、他者もいない。二人だけの世界、剥き出しの闘争心だけが焼け野原の戦場に在った。
しかし、同時に感じるのは違和感だった。
オッタルは先ほどの剣戟を経て自身の技の練度が上がっていることに気づく。
戦いの最中で成長することは冒険者にとってよくある現象である。しかし、オッタルほどの強者になればその成長も微細。一喜一憂で急激な成長は得られない。
だが、縁壱との戦闘で格段に成長していることをオッタルは実感していた。まるで、
「…………まさか」
此処で理解に至る。故に察する。
───この男は、この戦闘を通じて
「……まったく、やられたな。いつからだ?」
「最初の鍔迫り合いで僅かに剣先の乱れを感じた。鍛錬を怠っていたわけではないのだろうが、実戦で使用する機会も減っていたのだろう。お前ほどの男であれば、僅かに鈍くなった型でも他者を容易に蹂躙できるのは道理であったと理解している」
確かに、自身が剣を振るえば並のモンスターたちはすぐに塵芥と化す。
試しに呼吸による連撃をしても、すぐに消え失せてしまうので、本当にこの型で正しかったのか疑心を抱いてしまった時もあった。
幾ら上級冒険者といえど、分からないものは分からない。見失うものは見失う。見失った道を正すには、また新たに道標に頼る他なくなる。
そして、その道を再び縁壱が正してくれた。
薄寒さすら感じる御業。力が技に覆い潰された事実。
「ククッ、クククッ……!!」
だが、猪は笑う。笑ってみせる。
彼は他者を圧倒する強さを求めると同時に敗北もまた求めていた。自身の歴史は敗北を積み重ねてきたからこそ出来上がったモノだと理解していたから。そして、敗北が自身を強くしてくれるという確信があったから。
「感謝する、縁壱。やはりお前は俺をさらなる高みへ押し上げる最高の
今はまだ一撃を防ぐことで精一杯であるが、いつかこの男を喰らい、さらなる高みへ登れると信じ───
「さぁ、もっと
「いや、此処までだ」
「……なに?」
突然の断りにオッタルの気勢が削がれる。何かと思い縁壱が顔を向ける方向へと視線を辿らせれば、とある地点から天空を貫かんとする光の柱が昇っていた。同時に日も地平線から顔を覗かせる。日輪が、縁壱を照らした。
「………なるほど。確かに終いか」
さらに周囲を見渡す。
先ほどまで燃え盛っていた街はなく、凡そ半数近くの家々が無惨な藻屑と化していた。
つまり、たった一夜、たった数刻の衝突で歓楽街の半分はただの更地へと化したのだ。
「聞きたいことがある。お前たちの目的は何だ?」
縁壱は疑問をオッタルへと投げかける。
縁壱としては、オラリオに帰って来たら歓楽街が燃えていて、それが【フレイヤ・ファミリア】が主犯である可能性が高いとなれば、その団長である彼に聞くのは道理であった。
「全ては女神の御意志だ」
「……そうか」
特に感情を込めず漏れ出た相槌は中空に消え失せ、踵を返して【イシュタル・ファミリア】───否、元【イシュタル・ファミリア】の本拠地へと足を進める縁壱の後ろ姿を見て、オッタルはその背中に言葉を投げかける。
「縁壱。オラリオへの帰還、歓迎する」
「よ、縁壱殿!もう少しゆっくりしていっても……!」
「そ、そうですよ!もっとお話したいです!」
「縁壱さん!」
「行かないでください縁壱さ〜〜〜ん!!!」
────少しして。
【ヘスティア・ファミリア】の本拠地である『竈火の館』正門前。そこには四人の男女が縁壱の袖を引っ張って全力で引き留めている姿があった。
「いや、これ以上厄介になるのも忍びない。仮眠を取らせてくれただけで十分だ」
「しかし……!」
「それに、春姫のみならず、ベル、桜花、千草、そして命。お前たちの姿も見れた。これ以上何も望まない」
縁壱は今もなお食い下がろうとするヤマト・命の頭を優しく撫でる。
彼らは互いに旧知の仲である。それこそ、かつてタケミカヅチが開いていた孤児院時からの付き合いで、その思い出は今も彼らの中に強く根付いていた。
「いや〜……いまだに信じられねぇよ。天下に轟く大英雄様が命たちと昔馴染みで、うちの団長とも親しい関係だったなんてよ」
「すごいコネクションですね……サインもらおうか悩みます………というか神様は何をしているんですか?」
「ベルくんを助けてくれたのは本当に感謝してるんだけど、あのロキの子ってだけで全てがマイナスになりそうな自分が憎いんだよ〜……!」
「本当に何してるんですか……」
「しかし、これまで見てきた男の中でも別格に極上だねぇ」
各々自由に反応を示すものの────
「おい、あれって……!」
「継国縁壱!?【耳飾りの剣士】だよな!?」
「マジか、本物初めて見た」
「本当に耳飾りしてる……!」
「カッコいい……!!」
「想像以上にイケメンだなぁ」
「【ヘスティア・ファミリア】とどういう関係なんだ?」
「もしや
「いや、あり得ねぇって……………あり得ないよな?」
「話しかけに行きたい……けど」
「うん、なんか話しかけられないよね……」
「ね、ねぇ、サインしてもらおうよ!」
「サインって何処にだよ?」
「もちろん【日輪譚】にでしょ!」
早朝でもない時間帯に目立つ場所の前で話していれば当然注目を集める。もうそろそろ本気で旅立たねばと、縁壱は最後に彼女へと声を掛けた。
「春姫」
「縁壱様……」
黄金に輝く狐耳は垂れ下がり、明らかに元気のない春姫に対し僅かに困り顔をした後、彼女と目線を合わせた。
「此処には命たちがいる。ベルがいる。神タケミカヅチにも会おうと思えばいつでも会える。何をそこまで気に病む必要があるのだ?」
その言葉が決定打だった。
春姫は意を決して、胸の奥底にあった願いを口にした。
「────私を、私も旅のお供として連れて行っては下さいませんか!!」
辺りは静寂に包まれる。春姫にとってその静寂は鋭利な棘のように感じられた。
「……すまない。お前を連れていくことはできない」
「ッ」
「この旅路は贖罪なのだ。黒竜を仕留め損なった私なりのな。お前は私の罪とは関係ない」
『だが』と縁壱は言葉を紡ぎ、その金色の髪に優しく手の平を置いた。
「もし、数年後、お前がまだ私と共に旅がしたいと言うのなら。その時は連れて行こう」
「……分かりました。約束、ですからね?」
「あぁ、約束だ」
再び約束が交わる。
何とも不確かな約束。しかし、きっとその約束は果たされるのだろう。いつか、遠くない未来で。
「ベル、春姫たちを頼んだぞ」
「はい!!お気をつけて!!」
斯して、英雄は再び歩き出す。
狐の少女は懐から木笛を取り出し、彼のこれからの旅路に幸あれと、そっと祈りを込めるのであった─────
「─────まぁ、このまま行かせるわけないんだけどね」
「…………」
別れを告げて数歩目のところで包囲される。
全員が笑顔だ。恐ろしいまでに笑顔だ。こめかみに血管が浮かび上がるほどに素晴らしい笑顔だった。
「やぁ、久しいね、縁壱。
「………………すまない」
「謝罪は
斯して、英雄は大路渡しに合う罪人の如く、周囲に囲まれながら
その時の【剣姫】の剣幕は、あのベルすらも怯え泣くほどだったという。
【オッタル】
・所属:【フレイヤ・ファミリア】
・Lv:Lv.8
・呼吸:岩の呼吸
オラリオ最強の冒険者(※継国縁壱を除いて)。
強さを求めるオッタルと違い、強さを求めない縁壱との相性はまさに水と油であり、若かりし頃は誰よりも天賦の才を持ちながら強さを追い求めない縁壱に対して苛立ちと灼けるほどの嫉妬心を抱いていたが、それすらも喰らって成長の糧とした。今はライバル兼宿敵として純粋な尊敬の念を抱いており、縁壱を超えるために日々研鑽している。兄上とは違って立派やね。
【極東組】
【タケミカヅチ・ファミリア】の面々。幼い頃、春姫の屋敷に侵入し、その時たまたま居た縁壱と出会してから交流が始まる。男性陣の場合は主に兄として尊敬の念を抱いているが、女性陣の場合は純粋に兄として慕っているのか、それとも一人の男性として慕っているのか……タケミカヅチのみぞ知る。
なお、呼吸の練度だけで言うなら上級冒険者にも劣らない(縁壱効果)。
【ロキ・ファミリア】
縁壱が所属するファミリア。縁壱出現の噂を聞いて団員総出ですっ飛んで来た(ラキア前線の面々以外)。
みんな笑顔だったが、特に【勇者】と【九魔姫】、【剣姫】の笑顔は凄まじく、見ているだけで肝が冷えるほどだったらしい。
なお、【ロキ・ファミリア】のみならず厄介恋煩いこと才禍の怪物さんもウォーミングアップを開始したので、どう足掻いても逃れられない模様。
というわけで、ひとまず頭の中で考えていた結末には持っていけました。
続くかは分かりません。思いついたら続くかもです。では!