マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

1 / 73
隊伍が進み
娘達も去っていった
そして我らにも、出発の時が!
-戦争の後の午後6時の挿入歌 "立ち上がれ厳しき戦いに"より抜粋-


プロローグ 反撃の始まり
キエフ奪還作戦


1979年12月、それは反撃の月である。

 

BETAに奪われた土地を奪還する為にソ連軍大本営(Ставка)はニコラエフ、ジトーミル、カウナスまでの奪還作戦を発動。

 

ソ連軍沿バルト前線、白ロシア前線、第1ウクライナ前線、第2ウクライナ前線による縦深攻撃が開始された。

 

既に戦場では数十発以上の戦術及び戦略核が投入され、前線の兵士達は放射能防護装備を身につけ、前進を続けている。

 

作戦は現地点では順調、少なくとも第4軍の参謀達は入ってくる情報を元にそう認識していた。

 

本作戦は主に4つの作戦に分けられる。

 

まずはハリコフからキエフ方面を目指してBETA相手に正面突破を行う第1ウクライナ前線。

 

そしてその援護としてマウリポリ、セヴァストポリから上陸して横合いを突く第2ウクライナ前線。

 

ミンスクからブレストを目指す白ロシア前線、最後にリガからカウナスを目指す沿バルト前線。

 

この同時作戦は1944年のバグラチオン作戦を彷彿とさせるものであり、作戦計画から準備に丸1年の月日を要した。

 

大本営や参謀本部の将校達は何人かが過労で倒れ、確実に寿命が数ヶ月は縮んだ者もいる。

 

それでも全ては祖国の為、人類の為、家族の為であり、全線将兵からクレムリンのブレジネフに至るまで士気は旺盛であった。

 

今回の作戦にはバルト海、黒海にアメリカ海軍が参入しソ連海軍と共に支援を行う予定である。

 

またアメリカ軍は軌道上からの爆撃支援も実行する予定であり、これには単なる善意からのものではなくアメリカなりに試したい戦略があった。

 

「23師団、BETA群と会敵、数凡そ4,500。現在これを殲滅中」

 

「75師団、会敵したBETA群を殲滅。このまま23師団の援護に向かうとのこと」

 

「第3親衛戦車軍より入電、前線部隊がゴゴレヴォに到達したとのこと」

 

司令部の通信兵達が次々と戦況報告を司令部の頭脳に伝える。

 

第4軍達の参謀は開戦時の5年前と顔ぶれがほぼ全員変化した。

 

元々キエフ軍管区にいた奴もいれば、東欧から命からがら脱出してきた奴もいる。

 

境遇も生まれも違うが、彼らは皆1つの目的に向かって邁進していた。

 

BETAとの戦争に勝つというたった1つの目的にだ。

 

「ミルゴロドの陥落もこのままでは近いでしょう。いっそ我が軍もホロール方面まで進撃しますか?」

 

参謀長ウラジーミル・ソコロフ*1少将は司令官にそう提案した。

 

ソコロフは本来少将に適した年齢ではない。

 

それでも参謀長兼副司令官をやっているのはソ連地上軍としても余裕がないからだ。

 

撤退に成功したとはいえ地上軍の損害は甚大なものであった。

 

「参謀長の提案通りホロール方面まで295師団を展開して前線を押し上げろ。117ロケット旅団は援護の為前進せよ」

 

軍司令、ドミトリー・ヤゾフ*2大将の指示は的確であった。

 

第295自動車化狙撃兵”ヘルソン”レーニン・赤旗・スヴォーロフ勲章師団隷下の戦車部隊が配備された戦術機と共に前進する。

 

同師団にはT-72B139輌、T-62MV15輌が配備されており、新型の戦術機たるMiG-21”バラライカ”とMiG-23”チェブラーシュカ”が3個連隊が前線を食い荒らし、師団戦車隊が戦果を拡張して押し上げる。

 

よく訓練された戦闘団はBETA相手に優位性を維持し続けていた。

 

それでもBETAの物量とは恐ろしいものだ。

 

1個群を撃滅してもすぐ倍の数が投入されてしまう。

 

無論それを押し返すだけの火力も持ち合わせている。

 

後方に位置する第117ロケット砲兵旅団からの援護砲撃が開始された。

 

BM-21”グラード”1個大隊18輌の一斉砲撃がBETA群の動きを止める。

 

足が止まったところを戦術機部隊が殴り込み、群列を切り刻んだ。

 

その間に戦車隊が戦線を押し込み、僅かな間に部隊はホロールからクレメンチュク方面まで辿り着りついた。

 

BTRから飛び出した歩兵達は市街地を奪還し、市庁舎に奪還の証としてソ連国旗を掲げた。

 

この報告は速やかに連隊長から師団長を介して、司令部の軍司令部に報告された。

 

「はいこちら軍司令部」

 

司令部の通信士官であるヴァレリー・モスチェンコ中尉は受話器を手に取った。

 

中尉は元々白ロシアのミンスクに住むただの大学生だった。

 

されどBETAとの戦争が始まり、祖国が危機にあると知ると友人達と共に軍に志願した。

 

大学生ということで士官に任官出来、中尉は運が良かったのか司令部付きの通信士官となった。

 

タバコの火を消し、ペンに持ち替えると報告書を紙に軽く纏めてポケットにしまった。

 

「了解、直ちに司令官へ報告する」

 

席を立って制帽を被り、軍司令官の下へ急ぐ。

 

この時軍司令官のヤゾフはタバコを吸いながらソコロフ少将や参謀達の話を聞いて状況を確認していた。

 

彼はいつになく険しい顔で机の灰皿には山盛りの吸い殻がそのままにされている。

 

「第3親衛戦車軍はミルゴロドの掃討戦に移行。右翼の第34軍はロムヌイから9キロ地点まで前進し、なお戦闘中のことです」

 

「作戦全体の状況は」

 

「第2ウクライナ前線はクリミア半島への上陸に成功。セヴァストポリの8割を奪還しクラスノペレコフスクを奪還。本土との遮断に成功しました」

 

「同志大将!」

 

声を上げ、モスチェンコ中尉は敬礼した。

 

ヤゾフは煙を含んだ息を吐き、顔を上げた。

 

ヤゾフは56歳、中尉よりも22歳も年上でモスチェンコ中尉からすれば父と同じくらいの年齢であった。

 

「第295師団より入電、自動車化狙撃兵連隊がクレメンチュクに突入。激戦の末同市街の奪還に成功とのことです!」

 

参謀達から感嘆の声が上がった。

 

ついにあの忌々しいBETAどもをドニエプル川に叩き落としてやったのだ。

 

ヤゾフも安堵したような表情でモスチェンコ中尉に命令を伝えた。

 

「師団長のファルフィロフ少将に軍司令からの命令だ。師団は市街地より前進して応急防御陣地を構築。命令があるまで待機せよ」

 

「了解!」

 

ヤゾフの命を受けてモスチェンコ中尉は敬礼して命令を伝えに戻った。

 

その間にヤゾフはタバコの火を消して席を立った。

 

「参謀長、少し来い。誰かステクリャル少将を呼んできてくれ。我々はテントの裏にいるから」

 

「はい!」

 

ヤゾフはソコロフ少将と共に司令部のテントを出て外の人目の付かないところまで向かった。

 

軍司令部はノヴォショロフカ周辺に設置されており、前線からはかなりの距離がある。

 

周辺には予備の地上部隊と指揮本部隊が待機しており、2人の顔を見る度に将兵は一旦立ち止まって敬礼した。

 

「この調子なら我が軍は今夜中にドニエプル川を渡河出来る、が心配なのは向こう岸のBETAだ」

 

第4軍の使命は戦線を食い破る第3親衛戦車軍の側面援護である。

 

ひたすら前進する第3親衛戦車軍の側面をカバーしてキエフまでの道のりを援護することが彼らに課された使命であり、そのためには敵を押し上げる為にクレメンチュクからドニエプル川を超えて部隊を反対側に送り込む必要があった。

 

本来クレメンチュクにはドニエプル川の反対側を繋ぐ橋があったのだが撤退戦の際に爆破した為今はなかった。

 

「夜間強襲による橋頭堡の確保が望ましいと思われますが、偵察を送らないことにはなんとも……ですが通常の偵察分隊ではBETA相手だと限界が……」

 

「そこで1つ私に策がある」

 

「同志ヤゾフ!」

 

肩に青い線の入った肩章をつけた少将がヤゾフに敬礼し、2人も敬礼を返す。

 

名はボリス・ステクリャル*3、ソ連国家保安委員会、KGBの少将である。

 

シティクラといった方がある一部の人間は聞き馴染みのある名前かもしれない。

 

彼はウクライナ出身のチェキストであり、キエフ撤退戦の際にヤゾフが率いる第11親衛軍に命を救われた。

 

今では戦時特例として少将に昇進し、第4軍のKGB派遣将校部長を務めていた。

 

「何か問題でもありましたか?」

 

「同志少将に1つ頼みたいことがある。防空軍の偵察戦術機を飛ばすよう君からもハリコフの司令部に要請を出してくれ」

 

ソ連防空軍、空軍とはまた独立した対空専門の軍種であり当然そこには戦術機もあった。

 

特に防空軍に配属されているMiG-25の偵察機タイプ、MiG-25Rはこういった場合の偵察に役に立つ。

 

しかし地上軍と防空軍では所属が違う上に今回の大規模攻勢作戦においてはどうしても優先順位の概念が出てくる。

 

ヤゾフが命じたからと言ってその他の地点でも同じように偵察機を欲していては優先順位の観点から後回しにされる可能性があった。

 

そこで重要なのがKGB将校の一声である。

 

「分かりました、同志は恩人ですから。祖国ウクライナの為にもやれることはなんでもやりますよ」

 

ステクリャル少将は屈託のない笑顔でヤゾフの要望を受け入れ、敬礼を返した。

 

「任せたぞ。参謀長、直ちに295師団に命じて渡河作戦の準備を始めろ。偵察状況によっては今夜中にやるぞ、97工兵大隊にも移動を命じろ」

 

「了解!」

 

ヤゾフはある程度の命令を出して司令部へ戻った。

 

この作戦、まだ始まったばかりだがヤゾフには既に勝利が見え始めていた。

 

 

 

 

-ソ連領 モスクワ州 首都モスクワ クレムリン 赤軍大本営-

大本営はアンドレイ・グレチコ*4ソ連邦元帥を最高司令官代理として派遣し、クレムリンの大本営では国防大臣ドミトリー・ウスチノフ*5ソ連邦元帥と参謀総長ニコライ・オガルコフ*6ソ連邦元帥が全軍の調整を行っている。

 

ウスチノフ元帥はソ連軍需の父であり、オガルコフ元帥は”軍事における革命(RMA)”で情報通信によるデータリンクの概念を提唱した優れた戦略家であった。

 

「同志ウスチノフ、前線部隊の状況はどうなっているかね」

 

レオニード・ブレジネフ*7という名前を知っているだろうか。

 

ソ連共産党第一書記であり、本来なら彼の時代は”()()()()()”と呼ばれた。

 

平時においてブレジネフは良き指導者だったとはいえず、時代の名の通りソビエトが静かに消えていく要因を作った人となるはずであった。

 

しかしBETAの襲来がブレジネフを変えた。

 

彼は元々大祖国戦争を生き抜いた叩き上げの政治将校であった。

 

前線将兵からの人気は高く、最高司令官代理のグレチコ*8ソ連邦元帥とはその頃からの付き合いだった。

 

彼の胸に宿る革命的闘争心がBETAの襲来という世界の異常事態において再び蘇ったのだ。

 

ブレジネフはBETA大戦勃発以降軍服を常に着用するようになったが、無駄に勲章をつけなくなった。

 

動きやすい野戦服を好み、略綬も必要最低限のもので済ませ、サム・ブラウンベルトを肩から下げていた。

 

その姿はまるで大祖国戦争当時の政治将校ブレジネフそのものであった。

 

彼の目はまるで炎を宿したかのように輝いており、そのエネルギッシュな姿は常に疲れ果てたクレムリンの党官僚達に元気を与え続けた。

 

既に作戦が始まって1週間近くが経とうとしていた。

 

「沿バルト、白ロシア前線は作戦目標を達成。第2ウクライナ前線はドンバス地域を制圧し、ニコラエフを制圧。第1ウクライナ前線ですが……」

 

「現在第1ウクライナ前線はキエフ手前でBETA集団と戦闘状況に陥っていると報告を受けています」

 

ウスチノフ元帥とオガルコフ元帥の報告は端的かつ、状況を明確に表していた。

 

少なくとも沿バルト前線はBETAをカウナスから37キロ先まで押し出し、白ロシア前線は白ロシア地域からBETAを追放し勝利した。

 

そして残るは本来の最優先目標である第1ウクライナ前線担当のキエフ周辺の奪還であった。

 

「米軍の支援はどうだ?」

 

ブレジネフは尋ねた。

 

「第6艦隊及び第2、第4艦隊の派遣部隊が沿岸域まで接近し支援砲撃を敢行。我がバルト海艦隊、黒海艦隊と共に沿岸部BETA集団を駆逐しました」

 

少なくともこの大本営にいるソ連の閣僚達は米軍の力を借りることは恥だとは思っていなかった。

 

何より重要なのは勝利だ、BETAというなんのイデオロギーもない相手に敗北し、人類の歴史を踏み荒らされてしまっては社会主義の理想も何もなくなる。

 

かつて英国首相のチャーチルが言ったのと同じだ。

 

もしBETAが地獄へ侵攻するのなら、彼らは悪魔とも手を組むだろう。

 

「それでアメリカ側の見返りはなんと?」

 

「アメリカ側としては次のインド方面反攻作戦にて核弾頭搭載型の潜水艦を借りたいと」

 

外務大臣アンドレイ・グロムイコ*9、ミスターニェットは今や諸外国にダーと言われる為の根回しの人として知られていた。

 

彼は大祖国戦争の頃からずっとアメリカとの外交に携わってきた。

 

それは首相アレクセイ・コスイギン*10も同じである。

 

2人はこの人類の危機に関して米ソという最強の二国間関係を維持し続けてきた。

 

少なくとも大祖国戦争でもここまで親密な米ソ関係は見たことがないと評されるほどだ。

 

「……海軍としては太平洋艦隊の戦力を割くのは苦しいですが、既に第45潜水艦師団の派遣準備を進めています」

 

ソ連邦海軍元帥セルゲイ・ゴルシコフ*11は党書記にそう報告した。

 

今日までBETA相手に戦い続けられるソ連海軍を作り上げたのはこのゴルシコフ元帥の努力によるところが大きい。

 

今やソ連海軍は米海軍の力も借りて戦前の10倍近い戦力を有していた。

 

「潜水艦と核弾頭でウクライナの半分が取り返せるのだ、安いものだろう。水兵の同志達には苦労をかけるだろうがな」

 

「お構いなく、我らの職務ですから」

 

アメリカ海軍は艦隊の派遣と軌道爆撃の支援と引き換えにソ連の核を要求した。

 

ソ連は未だに数万発を有する核を保有し続けている。

 

シベリア方面へのBETA襲来時、そして東欧からの撤退時に核弾頭を可能な限り叩き込んだのにも関わらずだ。

 

ソ連にはまだ核弾頭の余裕があり、その点においてはアメリカを超えていた。

 

「作戦成功は時間の問題でしょう。問題はリヴォフ・ハイヴの攻略ですが……」

 

オガルコフ元帥は口を籠らせた。

 

リヴォフ陥落から既に4年の月日が過ぎ、BETAはここにハイヴを建設してしまった。

 

今回ウクライナ全土の解放ではなくキエフ方面からニコラエフに限定したのはこのリヴォフ・ハイヴの問題があった。

 

ここまで陥落させようとするとリヴォフ・ハイヴ攻略の為に必要な戦力は確保出来なかった。

 

「少なくともあと半年は耐えなくてはなりません。物資及び兵力回復を行うには最低でも半年は必要です」

 

ウスチノフ元帥はこうした軍需のプロフェッショナルであり、いつであればハイヴ攻略に取り掛かれるか簡単に計算出来た。

 

少なくとも経験と能力から彼の計算を疑う者は誰もいなかったし、覚悟もしていた。

 

それでもクレムリンの閣僚が集まる一室には重い空気が流れていた。

 

「まあ、まずは眼前の勝利を目指しましょう。前線の同志達は今も懸命に戦っています。我々は今出来ることを確実に積み上げましょう」

 

ウスチノフ元帥の一言は多少なりとも大本営の面々の顔を明るくさせた。

 

元帥がキングメーカーと呼ばれる理由はこういう所にある。

 

彼の顔は何処でも立つし、少なくとも個人的理由でウスチノフ元帥を嫌う人間は少なかった。

 

「次の議題ですが奪還したウクライナ地域の復興委員会第一書記についてです」

 

ウスチノフ元帥が議題を変えた。

 

奪還したウクライナの復興を担う重要な人事の議題である。

 

真っ先に手を挙げたのは意外にもブレジネフ本人であった。

 

「私は同志ミハイル・ゴルバチョフ中央委員会書記を復興委員会第一書記に推薦する」

 

 

 

 

 

攻勢は終局に差し掛かっていた。

 

第一梯団たる第3親衛戦車軍、第4軍、第34軍、は役割を果たした。

 

ハリコフからキエフまでの突破口を切り開き、残りは第二梯団の仕事となった。

 

第二梯団たる第1親衛軍、第24軍、第60軍が戦果を拡張する。

 

この第二梯団の仕事は戦果の拡張、要は穴を開けた箇所を両手で広げるようなものだ。

 

これによりBETAは取りこぼされることなく殲滅され、BETAはドニエプル川全域から叩き出された。

 

この間に第1ウクライナ前線の各軍は決して軽度では済まされない大損害を受けたが、それらも全て想定の範囲内だった。

 

むしろ想定よりも”()()”と考える将軍だって少なくはない。

 

ヤゾフもそのうちの1人であり、彼は第4軍が全滅しても第3親衛戦車軍の側面援護を行うつもりでいた。

 

だが第4軍は損害を受けたとはいえ未だ戦闘能力を維持したままキエフへ向けて進み続けている。

 

既にキエフでは市街地戦が勃発している。

 

真っ先にキエフへ突入したのは第1親衛軍であった。

 

司令官はイヴァン・アレクサンドロヴィチ・ゲラシモフ*12上級大将、ウクライナ出身者で大祖国戦争従軍経験者である。

 

ちなみに第90親衛戦車師団に属するヴァレリー・ゲラシモフ*13少佐とは別人だ。

 

ゲラシモフ上級大将は戦果を拡張しつつキエフへと部隊を突入させ、市街地掃討戦を開始した。

 

第1親衛軍は3日のうちにキエフ東部は奪還したものの、天然の要害たるドニエプル川に阻まれ追撃が困難になっていた。

 

その間に第4軍はチェルカーシィに司令部を移し、損害が最も軽微な第60F.I.トルブーヒンソ連邦元帥名称自動車化狙撃兵師団をキエフ方面へ展開させた。

 

師団長ヴィクトル・ドゥビィーニン*14少将はかつて自然公園があった地域を前進し、キエフ南部から攻撃を仕掛けた。

 

第60軍が展開した1個師団と共にキエフ内へ突入し、BETAの注意を引き付ける。

 

この間に第1親衛軍は渡河作戦の準備を行い、ドニエプル川近くには戦術機や渡河部隊が集結し、その後方には十分な砲兵、ロケット砲兵部隊が配備された。

 

第1親衛軍が渡河の準備を進めている中、第60自動車化狙撃兵師団は極めて苦しい状況に立たされていた。

 

キエフにいるBETA群に数の上で押され、キエフから叩き出されそうになっていた。

 

ドニエプル川を越えようとしたBETAが2個師団の攻勢に気づいて方向転換し集団で襲ってきた。

 

川の奥にいる生命体より近場の生命体の方が食いやすいと判断したのだろう。

 

その結果同師団は何十倍かに近い敵の攻撃を受けることとなった。

 

救援要請を受けてヤゾフはまず第117ロケット砲兵旅団と第370自動車化狙撃兵”ポメラニア”赤旗・スヴォーロフ及びクトゥーゾフ勲章連隊を基幹に戦闘団を編成し増援として送り込んだ。

 

しかしそれでも数的劣勢は覆せず、ジリ貧の状態が続いた。

 

師団司令部と軍司令部の連絡は常に増援を求める声でいっぱいだった。

 

『同志大将!このままでは保ちません!後退の許可を!』

 

「ダメだ、現状の地点を失えばキエフから叩き出される。親衛軍が渡河作戦を開始するまで踏ん張れ」

 

『我が師団配備の戦術機はもう使い果たしました!今の遅滞戦闘では持って後2日です!せめて増援を!』

 

「……捻出する、必要数を言ってくれ」

 

ヤゾフは地図上に展開された部隊の戦力状況を恨めしそうに見ながらドゥビィーニン少将に尋ねた。

 

第4軍とてもうこれ以上の余力はない。

 

第370自動車化狙撃兵連隊の特別戦闘団もかなり無理ある捻出によって送り込めた部隊であったし、これ以上は前線の防衛線が突破される恐れがあった。

 

それでもここで第60自動車化狙撃兵師団を失うわけにはいかない。

 

『1個自動車化大隊とせめて戦術機を1個中隊!無理なら1個小隊でも構いません!とにかく遊撃戦力を!』

 

「大隊と戦術機だな?少し待て」

 

ヤゾフは受話器を遠ざけながら部下の参謀、ヴァレンニコフ大佐に尋ねた。

 

「出せる大隊はあるか」

 

「75師団のならなんとか1つ……しかし戦術機の方は予備戦力の1個中隊だけですね……」

 

「虎の子の1個か……」

 

ヤゾフは悩んだ。

 

参謀達に顔を合わせても皆反応はそれぞれだった。

 

まずソコロフ少将ら投入派とヴァレンニコフ大佐ら温存派の2つである。

 

少なくともヤゾフはどちらの気持ちもよく分かっていた。

 

ここで投入を渋れば第60自動車化狙撃兵師団は完全にキエフから追い出されるだろう。

 

追い出したBETAの残敵はドニエプル川を渡り、第1親衛軍の下へ向かう。

 

そうなれば渡河作戦は御破算であり、最後の最後でしくじる可能性が出てくる。

 

この最悪の事態だけはなんとしても避けたかった。

 

されどヴァレンニコフ大佐はもしBETAの別の主力が第4軍の主力担当戦線に襲来した場合のことを考えていた。

 

リヴォフ・ハイヴの周辺は米軍の爆撃で無力化されているとはいえ東欧から増援が来るかもしれない。

 

そうなった場合戦術機1個中隊の遊撃戦力は貴重であり、戦場の火消し役としてなくてはならない存在となる。

 

それをキエフ方面へ送ればいざという時防衛線が破られる。

 

ヤゾフはBETAの物量の凄まじさを知っている。

 

今の第4軍の戦力で1万を超えるBETAと連続で防衛戦闘を行うのは必ず突破されると確固たる確信があった。

 

どちらを取っても不安は残る、がヤゾフは第4軍より全体のことに重きを置いて決断した。

 

「1個大隊と戦術機1個中隊をそちらに送る。指揮権は君にある同志ドゥビィーニン、せめて3日は保たせろ」

 

『はっはい!勿論です同志!』

 

「すまんがもう暫く耐えろ、私からの命令は以上だ」

 

そう言ってヤゾフは受話器を一旦置いて別の部隊へ掛け直した。

 

「私だ、待機中の全戦術機を武装させてキエフ方面の第60師団へ急行させろ。そうだ全部だ、直ちに出撃しろ!」

 

僅かながら声を荒げ、ヤゾフは戦術機部隊に命令を出した。

 

直ちに別の部下が出撃可能な大隊にも連絡を取る。

 

ヤゾフは再び俯き、地図を眺め、自ら戦術機部隊をキエフ方面へ押し出した。

 

参謀達はヤゾフの決断に黙って従った。

 

そこへモスチェンコ中尉が報告へやってくる。

 

「第1親衛軍司令部より入電、同軍は明後日渡河作戦を決行するとのことです!」

 

「60師団にも伝えてやれ。軍司令の言葉付きで後1日耐えろとな」

 

「了解!」

 

中尉は持ち場に戻り、話を聞いていた参謀が攻勢日付をメモに書き記した。

 

「後1日なら恐らく戦術機と共に現状の地点を維持出来ます」

 

ソコロフ少将はそう念押しした。

 

ヤゾフも頷きつつ半分自分に言い聞かせるように呟いた。

 

「ヴィクトル・ペトローヴィチならやってくれるだろう、最悪全滅しても1個師団で1個軍を守れるのだ。勝利はもう間も無くだ」

 

少将は大きく頷いた。

 

ヤゾフはそれ以降ずっと黙りこくって地図を見つめた。

 

参謀が考えることが仕事なら指揮官とは決断すること自体が仕事である。

 

例えどんなに情報や手札が乏しくとも、どれだけの前提条件がありどうしても最良の選択が出来ないとしても必ず決断を下さねばならない。

 

そして決断を下すごとに部下は戦地で命を落とす。

 

指揮官とは辛い仕事なのだ。

 

この職務をやり遂げ、より正しく素早く出来る者が優秀な指揮官となる。

 

例え間違っていたとしても決断は下さねばならない。

 

迷って死ぬより間違って行動して死んだ方が少しマシであった。

 

 

 

 

結論から言うとヤゾフの判断は正解であった。

 

戦術機中隊と自動車化狙撃兵大体の増強を受けた第60自動車化狙撃兵師団は現行の陣地を維持し、最後の力を振り絞って3キロほど前進した。

 

これにBETAは喰らいついたが、所詮は目先の肉にかぶりつくだけの哀れな存在ということを示すだけであった。

 

ドニエプル川の反対側からピオンやムスタ、グラートやウラガーンの一斉砲撃が開始される。

 

砲撃によって移動中のBETA群は悉く殲滅され、その間に渡河部隊が作戦を開始した。

 

結局のところ戦場の趨勢を決めるのはいつだって砲火力だ。

 

渡河部隊は先行した戦術機部隊が橋頭堡を確保し、その後方から渡河能力のあるBTRやシュノーケルをつけた戦車部隊が上陸して前進を開始した。

 

砲撃によって弱ったBETAを戦術機部隊や戦車隊が蹴散らし、BTRから飛び出した歩兵が頑強な市街陣地を構築することによって縦深を確保する。

 

その間に工兵隊がせっせと機材を広げて橋の構築を開始した。

 

この流れはソ連軍の演習でもワルシャワ条約機構軍の演習でも散々行ってきた基礎的な渡河作戦の形である。

 

先行した渡河部隊が縦深を稼ぐことにより工兵隊は安心して橋の構築に専念出来るのだ。

 

BETA相手にここまで基礎の形に沿った渡河作戦が出来たのは第1親衛軍の優秀さと第295自動車化狙撃兵師団の奮戦による所が大きい。

 

兵士達が命を賭けて稼いだ時間が確実な勝利へと結びついたのだ。

 

第1親衛軍はキエフの中央市街地を確保し南下した部隊は60自動車化狙撃兵師団の将兵と合流した。

 

師団の将兵はBETAの代わりに来る戦術機と戦車隊の部隊に歓喜の声を上げ、親衛軍の随伴歩兵と熱い抱擁を交わした。

 

同じ頃、キエフの北部方面でも動きがあった。

 

第34軍と第24軍が手薄になったキエフ北部から突入に成功し、凄まじい勢いで南下を続けていた。

 

東部から第1親衛軍が突進し、南部では第4軍と第60軍の派遣部隊が奮戦し、そして北部からは第34軍、第24軍がBETAに追い込みをかける。

 

渡河作戦成功から僅か3日後、キエフは奪還された。

 

BETAはキエフより50キロ以上西に追放された。

 

市街地には屍となったBETAと破壊された建物の瓦礫が散乱している。

 

化け物どもの屍を乗り越えてキエフの官庁街にはソ連の国旗とウクライナ・ソビエトの旗が掲げられた。

 

作戦に参加した将兵の中には親衛軍司令のゲラシモフ上級大将同様にウクライナ出身者もいたし、泣く泣くキエフから逃げざるを得なかったキエフ出身者もいた。

 

彼らはようやく帰ってきたのだ。

 

故郷に、自分たちが生まれ育った場所に。

 

兵士達は歓喜の声と感涙を挙げ、作戦の勝利を祝った。

 

BETA到来より6年、ようやく反撃に成功したのだ。

 

これは人類の快挙であった。

 

ハリコフからキエフまで、人類は約480キロ以上の土地を取り返した。

 

ブレストでもカウナスでも歓喜の声が上がっている。

 

だが上がるのは歓喜の声だけではなかった。

 

 

 

 

 

-ソ連領 ウクライナSSR 首都キエフ-

戦闘が終わり、ヤゾフは他の軍司令官達と共にキエフに訪れた。

 

奪還されたキエフは正に死の都市というのが相応しい有様であった。

 

建物という建物は黒く煤汚れて破壊され、あちこちに破壊された車両や戦術機、BETAの亡骸が転がっている。

 

かつて一度でもキエフを訪れたことがある人間ならこの光景を見て絶望せずにはいられない。

 

美しいルーシ発祥の地はBETAによって蹂躙され、目も当てられぬ姿となった。

 

「これがキエフか……」

 

ヤゾフは苦々しい表情でそう呟いた。

 

彼の瞳に映るキエフの姿はかつてのレニングラードと重なって見えた。

 

あの時のことをお思い出し、ヤゾフは足を摩った。

 

古傷が傷むというのだろうか、今でも時折ヤゾフの足は大祖国戦争の記憶を引き摺っていた。

 

「もはやかつての面影はありません……私が最後にキエフにいた時はこんな姿では……」

 

ステクリャル少将も俯き、キエフの有様を悲しんでいた。

 

チェキストも人間である、故郷が破壊されれば当然思うところはあった。

 

「我々が大祖国戦争で取り返し、守ると誓ったものがこうも無惨に……」

 

「それが戦争だ、アメリカと戦う時だってきっとキエフはこうなっている。だが……」

 

ヤゾフは破壊された道から見えるキエフの土を掴み取った。

 

これは戦争だ、都市が破壊され人々が死に、祖国が焼かれようと残酷だが戦争の理である。

 

世の中には楽して勝てる戦争も誰も死なない戦争もない。

 

レニングラードの激戦でまだ二十歳にも満たないヤゾフはそう学んだ。

 

だが、だからと言ってそれを許容するつもりはない。

 

眼には目を、血には血を以て償わせなければならない。

 

ヤゾフは手に取ったキエフの土を握り締めた。

 

これだけのことを祖国へやってくれたのだ、その報いは受けてもらわなければならない。

 

かつてベルリンのファシストどもがそうなったように、BETAもそうなる必要がある。

 

奴らはこの地上から消え去らなくてはならないのだ。

 

「その分の報いは受けさせてやる。奴らをこの地上から駆逐し、1匹残らず殲滅する。我々の戦争は、この新たな大祖国戦争は始まったばかりだ少将。勝利を得るまで、連中が最後に籠る都市にソビエトの旗が靡くまで戦うぞ」

 

「はい…!」

 

ヤゾフもステクリャル少将も同じ思いであった。

 

これは第二次大祖国戦争である。

 

ドミトリー・ヤゾフはBETAに対する復讐を誓った。

 

1980年、ここから人類の反撃が始まる。

 

ウクライナの大地で、分断されたドイツの都市で、失われた東欧で、紅衛兵達が護る大陸で、米軍のいるインドで、そして死に損なった侍のいる極東で、人類はBETAに対して反撃する。

 

これは懲罰だ、ソビエトの熊が、アメリカの若鷲が、女王の加護を授かった獅子が、中華の龍が、フランスの雄鶏が、ドイツの国鷲が、半島の千里馬と虎が、極東の雉が逆にBETAに喰らいつく。

 

人類はまだ、滅んでなどいなかった。

 

 

 

つづくかも

*1
Владимир Сергеевич Соколов

*2
Дмитрий Тимофеевич Язов

*3
Борис Ефимович Стекляр

*4
Андре́й Анто́нович Гре́чко

*5
Дмитрий Фёдорович Устинов

*6
Николай Васильевич Огарков

*7
Леонид Ильич Брежнев

*8
史実では1976年に死亡

*9
Андрей Андреевич Громыко

*10
Алексей Николаевич Косыгин

*11
Сергей Георгиевич Горшков

*12
Иван Александрович Герасимов

*13
日本ではワレリーの名前で有名 ゲルァァァシィモフ!

*14
Виктор Петрович Дубынин

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。