マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
-1945年5月2日 ソヴィエト連邦首席アナウンサー ユーリー・レヴィタン-
時間は少し前に遡る、フレツロフ大佐が超戦術機級に追い回され、別の場所ではルヴィロヴァ大尉らが改戦術機級と死闘を繰り広げている頃だ。
先んじて足止めを務めていたオルゼルスキー少佐、シュペーギン少佐はようやく改騎兵型単体との戦闘に持ち込んだ。
残りの騎兵型はマリロフ大尉とミルシェフ上級中尉が仕留め、他の戦術機級はシュペーギン少佐が僚機と共に撃破した。
それでようやく多対一となった改騎兵型であるがそれでも暫くはMiG-29相手に粘った。
レーザー兵器と長刀と触手による中・近距離攻撃、特にこれを周囲にばら撒かれると厄介だ。
現にこれらの攻撃の合わせ技で損傷機が更に増え、2個飛行隊の戦闘可能戦力は半減した。
終いには飛行隊長のシュペーギン機も右足と左腕を切断された、それでも改騎兵型の片足と背面の左手を持っていったのだから大したものだ。
オルゼルスキー少佐の機体も度重なる戦闘で左腕が切断されていた、すれ違い様の斬撃を受けて長頭の刃をもろに受けたのが原因だ。
それでも反撃として右手を片方もぎ取った、今や戦闘可能な腕は前後1本ずつである。
今、オルゼルスキー少佐のMiG-29と改戦術機級はお互いに正面を向き合い、長刀を構えて動くのを待った。
周りのMiG-29は損傷機の支援に回している為戦闘に参加することは期待出来ない、やるとしたらオルゼルスキー少佐しかいなかった。
改騎兵型だって万全な状態ではない、既に左前足を失い、前の右腕は丸々存在していない。
しかも度重なるMiG-29の波状攻撃の影響で装甲の一部は破損し、僅かに体液も漏れ出ている。
こんな状況でどちらが先に仕掛けるか、答えは予想外の方向から現れた。
後方から急速にMiG-29が新たにもう1機接近した、125mm対物砲を持つその機体は遠方から125mm弾を発射して左肩の小型シールドの連結部を破壊した。
その後右腕からKh-29空対地ミサイルが発射され、シールドを失った改騎兵型の左腕に突き刺さり、一気に2本の左腕を吹っ飛ばす。
この気に乗じてアフターバーナーを吹かせて瞬間的に加速し改騎兵型の側まで迫ったオルゼルスキー少佐のMiG-29が改騎兵型の首を刎ね、損傷部に兵装担架に取り付けられた突撃砲の120mm弾を叩き込んで致命傷を与える。
胴体が大きく吹き飛び、残った背面の右腕は長刀を大地に突き立てて崩れ落ちた。
彼らはようやく9体の戦術機級と2体の騎兵型、1体の改騎兵型を打ち倒したのだ。
「ハァ……ハァ……仕留めた……」
流石のオルゼルスキー少佐もこの戦いには相当体力を使った、額の汗を拭って水分を摂るためにちゃんと水を飲んだ。
『こちら参謀長メデツィーニン、残存機は全て指定した補給所に向い、整備と補給を行え。私は第1飛行隊と本部編隊の支援に向かう』
「メデツィーニン?なんでこんなところにいるんだ?」
『説明は後だ、とにかく急げ!』
「了解、各機飛べない損傷機を担いで指定されたポイントまで向かう。後はメデツィーニン中佐に任せろ」
『了解…!』
長刀は持ち帰れないと判断したオルゼルスキー少佐は刃をその場に突き刺し、残った右手で僚機と共にシュペーギン少佐のMiG-29を担いだ。
「シュペーギン、跳躍ユニットの方は動くか?」
『やられたのは手足なので問題ありません』
「3機で合わせて飛ぶぞ」
オルゼルスキー少佐の提案で3機のMiG-29はタイミングを合わせて跳躍ユニットを飛ばして後方まで引き下がった。
後続には他の戦術機も続き、第2、第3飛行隊は一時的にではあるが前線補給所まで後退した。
第1飛行隊とメデツィーニン中佐らが戻ってきたのはそれから20分もしない時間帯であった。
補給所に戻ると整備トラックの周りには第306独立親衛戦闘航空連隊所属の無線通信大隊と技術支援大隊の面々が集まっていた。
「損傷機は最低限の応急措置を施せ!今は1機でも多くの機体を使えるようにするんだ!」
アパナシェフ少佐の指示でデルーギン中佐やブリツェンスキー中佐の機体を優先して修理し、五体満足の機体に多くの人員を回した。
即座に損傷機の状態を確認して中から衛士を出し、怪我をしているのなら同じ場所に設置されている野戦病院へ連れていった。
シュペーギン少佐や頭を打ったルヴィロヴァ大尉も念の為野戦病院に連れて行った、もしかしたら本人が気づいていないだけで重傷の可能性だってある。
「中佐……残念です……折角お供出来ると思ったのに……」
野戦病院に運ばれる前、ルヴィロヴァ大尉は悲しげに側にいたメデツィーニン中佐に呟いた。
「大丈夫、今までよくやってくれた。ゆっくり休め」
そういうとメデツィーニン中佐は大尉の額に軽くキスをして彼女に手を振り、他の部隊長らが集まっている場所へ向かった。
彼らは機体の整備を待ちつつ黒パンに肉を挟んだ即席サンドイッチを食し、早急に胃に食い物を流し込んだ。
こんな状況でも腹は減る、特に戦い終わった後は。
「状況は」
「今すぐ稼働出来る機体はどれだけ多く見積もっても13か14そこら、1個飛行隊が組織出来るか程度だ」
「俺の機体も左腕を落とされた、直すのには相当時間が掛かるだろう。それにシュペーギンも怪我して暫くは戦えない」
「少なくとも私とブリツェンスキー中佐は今すぐに出れる。メデツィーニンも合わせればこれで3機1個飛行編隊だが」
「オルゼルスキーともう1人欲しい、フレツロフと合わせて2個編隊になる」
第306独立親衛戦闘航空連隊の任務は最奥の新種である超戦術機級を撃破すること、その点ではまだ任務は終わっていない。
これから連隊長であるフレツロフ大佐を助けに行かなければ、軍として連隊として戦友として汚点を残すことになる。
「だが機体はどうする?俺のは腕を直すのに時間が掛かるぞ」
「私が予備機をもう2機持ってきた、今すぐに動かせるからそっちに乗ってくれ。出来れば余ってる1機も動かしたい」
「なるほど、用意周到だな。で、もう1人のパイロットはどうする?」
オルゼルスキー少佐は尋ねた、機体は揃ったがまだ衛士が1人分足りていないのだ。
「頼りになるシュペーギン少佐と僚機だったルヴィロヴァ大尉は揃って野戦病院だし……他の編隊長も休ませないと」
それに並の衛士では生きて帰れる保証がない、ここはそれなりに腕の立つ奴を連れて行きたかった。
そこでメデツィーニン中佐があることを閃いた。
「そういえばマリロフ大尉は昔連隊結成以前にフレツロフのウィングメイトだったよな?」
オルゼルスキー少佐が小さく頷いて話を始めた。
「ああ、奴とフレツロフと俺で編隊を組んでた。あれはまだ余裕がありそうだったし連れて行こう」
「決まりだな、オルゼルスキーはマリロフ大尉を連れて予備機のMiG-29へ、残り3機の整備と補給が終わったら直ちに出撃だ」
その場にいた全員が大きく頷き、それぞれの持ち場に向かった。
その頃当のマリロフ大尉は僚機のミルシェフ上級中尉ともう1人の上級中尉と共に同じように飯を食っていた。
ヘッドギアを地面に置き、フライトジャケットのチャックを下ろして座りやすい岩に座っている。
「大変な戦いだったが無事生き残ったな!」
「いやぁ全くですよ。お陰で3機とも機体が半分オシャカですが」
マリロフ大尉らは3機で騎兵型を仕留めたがその際の戦闘で損傷し、稼働機を喪失していた。
「だが騎兵型と戦術機級を持っていったんだ、十分だろう。オルゼルスキー少佐…?」
3人が呑気に話をしていると彼らの上官であるオルゼルスキー少佐がやってきた。
すぐにマリロフ大尉の首根っこを掴んで彼を引きずっていく。
「大尉、出撃だ。連隊長を助けに行くぞ」
「ですが私の機体は損傷してますよ?」
「予備機が来た、これに乗れ」
「シュペーギン少佐やルヴィロヴァ大尉はどうしたんですか?」
「病院だ、もうお前しかいない」
「はあ……」
マリロフ大尉の戦争は本人は終わったと思っていたのだがまだ終わっていなかった。
やがて準備が終わると皆がMiG-29に乗り込み、機体の状況と運んでいく武装について検討を始めた。
強敵は排除した、だがこの戦いはまだ終わった訳ではないのだ。
最後の敵を打ち倒し、砦の上に我らの世界はある。
40年ぶりの勝利まで後僅かであった。
超戦術機級は明かしたくなかった第二形態に移行した、本来この姿は緊急時に用いるもので攻撃能力と機動力は桁違いに上がっているがその分エネルギーの消費が激しい。
しかもエネルギー貯蔵タンクを兼ねていた第一形態の装甲を失ってしまった為、余計にエネルギーの減りが早い。
本来なら重頭脳級やエネルギー炉のエネルギーを供給しながらハイヴ防衛を行うコンセプトであったがそれら全ては戦いが始まる前に破綻していた。
それでもフレツロフ大佐と一戦交えるくらいは出来る、常時展開する予定のラザフォード場を部分展開に移行し、その分の余剰エネルギーを火力に回せば引き続き高い威力の攻撃も連続して繰り出せる。
己の全てを賭けて眼前の人間を葬る、大使命を語りながらも大使命をかなぐり捨てて個人としての戦いにベルリン・ハイヴは持ち込んだ。
先手を取ったのはベルリン・ハイヴであった、レーザーブレードで周囲を薙ぎ払い、背中の羽から専用の浮遊砲台を射出してフレツロフ大佐のMiG-29を追い立てる。
フレツロフ大佐は突撃砲で浮遊砲台を攻撃したが何発かが弾かれた、材質は超戦術機級と全く同じもののようだ。
「突撃砲が効かねえ!」
”回避に専念しろ、援護する”
再びモースク1が飛ばしてきたM-21が突撃砲とKh-66空対地ミサイルでフレツロフ機を支援した、ミサイルは腕部に展開されたラザフォード場によって迎撃され、反撃としてレーザー弾幕が叩き込まれる。
あまりに広範囲の攻撃にモースク1の操縦技術を持ってしてもM-21側が持たず、脚部と跳躍ユニットにレーザー弾を喰らって墜落した。
他のM-21も浮遊砲台を迎撃していたが近接戦モードに移行した浮遊砲台に串刺しにされた挙句、至近距離でレーザーを喰らって爆散した。
「あんなことも出来るのかよ!」
突撃モードの浮遊砲台はレーザーを発射しながらそれなりの速度で接近し、MiG-29に激突しようとしてくる。
辛うじてモースク1の予測が効いているがまだデータが少ないのかかなりの確率で予測が間違っていた。
フレツロフ大佐は地面をホバリングしながら超戦術機級と浮遊砲台の追撃を回避しながら、他のM-21やQF-4と共闘した。
どちらか片方が相手の背後を取り、Kh-29空対地ミサイルかAGM-65マーヴェリックを発射して超戦術機級の本体に叩き込んだ。
超戦術機級のラザフォード場発生装置は主に両腕に集中している為、胴の中央には僅かだが隙間があった。
そこへプレデターのヘルファイアとQF-4のマーヴェリックが叩き込まれ、恐らくこの時初めて超戦術機級に攻撃が命中した。
だが数発のミサイルでは超戦術機級の装甲に煤がついた程度であり、お返しと言わんばかりにレーザーブレードを真上から振り下ろしてプレデターとQF-4を撃破した。
純粋な装甲の頑丈さも通常の戦術機級より強度が増しており、ラザフォード場なしでも通常兵器が殆ど通じない。
頑丈で知られる突撃級や要塞級が懐かしくなってくる、あれはなんだかんだ152mm弾を撃ち込めば確実に撃破出来た。
まだ試してはいないが超戦術機級はとても152mm弾を叩き込んだとしても傷が付くとは思えない。
超戦術機級は背中の両羽から度々レーザーを照射してMiG-29を追い回し、一気に距離を詰めると高出力のレーザーブレードで串刺しにしようとする。
刺突が外れれば即座に腕を振り上げて斬撃を加え、レーザーブレードの威力と衝撃で吹き飛んだ岩壁による範囲攻撃を加えた。
回避しながら反撃の120mm弾と125mm弾を叩き込み、再び胸部に一撃入れた。
先ほどQF-4が攻撃に成功した地点と同じ場所に攻撃を命中させられたが装甲に僅かな日々が入った程度で致命打でもなんでもなかった。
本当に頑丈すぎて苛立ちを覚えるほど超戦術機級は防御にも秀でていた。
即座に後方へ下り、MiG-29を追撃せんと重レーザーを発射する超戦術機級から身を隠す。
重レーザーの車線から逃れたフレツロフ大佐であったが間髪入れずに浮遊砲台によるレーザー射撃が周辺に叩き込まれ、また逃げ道を失った。
左腕の重レーザー射撃が終わると今度は超戦術機級が浮き上がって広間の天井の中心に立ち、全方位をカバーするように発射口を向けた。
「っ!モースク!!今すぐ上空からレーザーを発射された場合の攻撃予測を提示!それに合わせて全部避ける!!」
”了解、無人機も盾にしろ”
フレツロフ大佐は次に何がくるかよく分かっていたしモースク1も命令通りに予測を提示しつつMiG-29を守るプランを策定した。
超戦術機級は広間の直上から浮遊砲台8門、両手2門、両翼合計6門から一斉にレーザー弾幕射撃を地表に浴びせかけた。
文字通り全方位をカバーしている一斉射撃は地表に即死級レーザーの雨霰を降らせ、甚大な被害を与えた。
何機もの無人機がフレツロフ大佐の盾となって爆散し、MiG-29自体も手持ちの突撃砲と125mm対物砲、兵装担架の突撃砲に被弾して放棄せざるを得なくなった。
爆発する武器を盾にしながら時間を稼ぎ、攻撃が終わるのを待ってひたすら回避に専念する。
エネルギーの限界と冷却タイムを考慮して超戦術機級は24秒ほどで一斉射撃を停止した。
各砲塔から白い湯気が現れ、一時エネルギーチャージと冷却が必要になったのか浮遊砲台も両翼に戻った。
暫く攻撃は来なかったが同時にすぐには反撃出来ない、今持っているのはレーザー射撃を受けて刃がへし折れた長刀だけだ。
「クソッ!」
連れてきた無人機群は全てMiG-29を守って全滅した、まだ使えるM-21が持ってきた突撃砲などを拾ってフレツロフ大佐は再び戦闘を続ける。
残っていた120mm弾を全て撃ち込み急いで次弾を装填すると超戦術機級が再び反撃に転じてきたのでまた回避に専念した。
冷却は終わり再び腕部のレーザー発射口から何発かのレーザーを放って追いかけてくる。
まだ完全回復していないのかレーザーブレードも以前より細く、短かったがどの道当たれば即死だ。
フレツロフ大佐のMiG-29に当てようとしたレーザーブレードの一撃が壁に突き刺さり、超戦術機級はそのまま壁を削って斬撃をMiG-29に当てようとした。
無論そうなる前に距離を取って後方から120mm弾とKh-29空対地ミサイルを発射し、超戦術機級に一撃を加えた。
もう少しエネルギーチャージに時間が掛かるらしく超戦術機級は羽から浮遊砲台を出さずにいた。
その分腕と両翼のレーザー兵器は威力を取り戻している為これも厄介なのだが、範囲攻撃と追撃をしてくる浮遊砲台がないだけかなりマシだ。
だが2門あった突撃砲も125mm対物砲も失ったので超戦術機級に対しても中々反撃の手が出せずにいた。
「チッ!火力が足りない!」
今フレツロフ大佐の手元にある武器はS-8ロケット砲2門と刃の折れた長刀、M-21の残骸から拾った突撃砲1門にkh-29空対地ミサイルが数本である。
有効打を与えられるのがkh-29と拾った突撃砲の120mmというのが心許ない、せめて突撃砲もう1門と125mmか152mm無反動砲が欲しい。
今もKh-29空対地ミサイルを2発撃ち込んで超戦術機級の左足に命中させたが、やはり致命打にはなっていない。
やはりもう一度超戦術機級に大火力を叩き込まなければ、核の広間に誘き出すのは二度も通じないだろう、外壁をレーザーブレードで焼かれるのがオチだ。
となると残りは平野に引き摺り出して砲撃を叩き込むしかない、今の地点は丁度第三階層と第二階層の中間地点、この広間を抜けて上へ行くには今しかない。
再び放たれた重レーザーを回避すると隙を見てフレツロフ大佐は広間の通路から離脱を開始した。
当然フレツロフ大佐を意地でも殺したい超戦術機級はフレツロフ大佐の後を追って追撃に出た。
大出力のレーザーを数発撃って足止めを図り、接近してはレーザーブレードで斬りつける。
斬撃を回避しながらアフターバーナーを全開にして速力を上げ、超戦術機級から距離を稼いだ。
無論超戦術機級も浮遊用ラザフォード場の出力を引き上げ、瞬発的な加速度でMiG-29に追いつく。
だが地上に引き寄せるというフレツロフ大佐の目的は達成した、ここは第二階層の広間、何度か斬り合って注意を引いたところで上階に運べばもう少しで地表である。
尤もそれまでMiG-29の弾薬が持つかどうかの不安が残るが。
既に連戦でKh-29も相当使ったし、何より手頃な重火器であった125mm対物砲を失ったので超戦術機級に通じる武装がそれほど多くない。
さてどうしたものか、そんなフレツロフ大佐の病を吹き飛ばすように早速超戦術機級が仕掛けてきた。
リチャージに終了した浮遊砲台が射出され、レーザーを発射しながらフレツロフ大佐を追い回してきた。
レーザー射撃を回避しながらフレツロフ大佐は反撃の手を考える、彼も長く超戦術機級と戦っているからか疲労が蓄積し、思考にも乱れが生じてきた。
「せめてあいつらがいれば……!」
戦友達のことを思い出しながらフレツロフ大佐はひたすらレーザー射撃の雨を耐えた。
援護射撃を浮遊砲台に任せて超戦術機級は再び近接戦闘に移る、どうしても自らの手で仕留めたという感触が欲しいようだ。
合理性を欠いた判断だがそれだけフレツロフ大佐に執着しているということなのだろう、本人は全く嬉しくなかったが。
こうも長く戦っていると集中力に翳りが生じ、呼吸も荒くなり、冷や汗がべったりついて気持ち悪い。
体力も相当削られているし、ずっと心と身体に負荷が掛かっている状態だった。
1秒でも多く戦うほどフレツロフ大佐は疲労に蝕まれていく、限界なところをなんとか踏ん張って戦っていた。
特に一方的にレーザーで攻撃されるというのが心理的にも大きな圧迫だった。
このままではここで負ける、フレツロフ大佐が内心悟ったその時にようやく助け舟が訪れた。
それも一番良知っているハリコフ軍学校時代からの戦友達がきた。
1発の57mm弾が1基の浮遊砲台を撃墜し、フレツロフ大佐の目の前で爆散した。
”ようやく助けが来たようだ”
「っ!」
『同志連隊長殿!遅れて悪かった!』
別方向の通路から一斉にKh-29空対地ミサイルが発射され、超戦術機級は攻撃をやめてラザフォード場を展開して防御態勢に移った。
ミサイルを全て展開したラザフォード場で防ぎながら一旦引き下がり、レーザー弾を放って入ってくるMiG-29を牽制する。
『第1飛行隊長デルーギン中佐!』
『第2飛行隊長オルゼルスキー少佐』
『連隊政治部長ブリツェンスキー中佐!』
『第2飛行隊所属マリロフ大尉…!』
『そして連隊参謀長メデツィーニン中佐が連隊長フレツロフ大佐の救援に駆けつけた!』
そう言ってメデツィーニン中佐のMiG-29から125mm対物砲が、オルゼルスキー少佐の機体からは長刀が、マリロフ大尉からは突撃砲が、デルーギン中佐からは57mm二連突撃機関砲が渡された。
渡された装備を兵装担架と腕に装着するとフレツロフ大佐は57mm機関砲で浮遊砲台を迎撃し、二連装による弾幕射撃で2基撃墜した。
これで超戦術機級の浮遊砲台は5基となり、相当戦いが楽になる。
何よりメデツィーニン中佐らが来てくれたことが一番嬉しい、これで勝った、フレツロフ大佐はそう確信した。
「では各機、敵に注意を引き付けつつあの化け物を地上まで引き摺り出す!!第306独立親衛戦闘航空連隊、行くぞ!」
集まってきた5機のMiG-29から『了解!』という勇ましい返答が聞こえ、彼らは戦いの場に躍り出た。
ようやくフレツロフ大佐は1人で戦うことから解放された。
戦いで疲弊したフレツロフ大佐の代わりにオルゼルスキー少佐とデルーギン中佐が前衛を務め、ブリツェンスキー中佐とマリロフ大尉が後方から支援した。
メデツィーニン中佐はフレツロフ大佐と共に手持ちの57mm二連突撃機関砲で浮遊砲台の注意を引く、ZSU-57-2と同じ57mmなら超戦術機級の浮遊砲台でも撃破出来るようだ。
当然浮遊砲台も撃破されまいと激しく動きながらレーザーを浴びせてくる、だが彼らのMiG-29にはモースク1の攻撃予測システムが搭載されていた。
モースク1からすれば第二形態になったところで攻撃パターンに多少の変化は見られず、徐々にこちらにも適応してきた。
当然それを見越してベルリン・ハイヴも搦手を繰り出そうとするが、フレツロフ大佐もメデツィーニン中佐も数年間BETAと戦い続けてきた軍人である。
その分経験を積み、ベルリン・ハイヴの4年程度の学習では追いつかない技量を手にしていた。
しかも本体である超戦術機級はオルゼルスキー少佐とデルーギン中佐がよく抑えている、彼らも搭載されていたモースク1の攻撃予測システムを上手く使っていた。
突撃砲や機関砲で嫌がらせをしつつ、両手と両翼のレーザーを2人が引き寄せ、無駄撃ちを連発させてエネルギー切れを誘発する。
そして攻撃を担当するのはブリツェンスキー中佐とマリロフ大尉である、2人は攻撃も回避しつつ超戦術機級に向けて152mm無反動砲を叩き込んだ。
放たれた砲弾は全て展開したラザフォード場を前にして消失した、だが搦手のように接近したデルーギン中佐の機体からKh-29空対地ミサイルと125mm対物砲が直射された。
胴体に2つ、弾痕として煤の跡が残ったがこれでも装甲は破れていない。
怒った超戦術機級はレーザーブレードの出力を最大にしてほぼ広間全体を巻き込む形で周辺を焼き切った。
「各機回避に専念しろ!掠っただけでも即死だ!」
『了解!』
この間にも浮遊砲台によるレーザー弾は降り注ぐが8門から5門にまで減少し、しかも6機で負担を軽減している為明らかに火力の壁は薄くなっている。
未だ凄まじい防御力と大火力を発揮する超戦術機級であるが1人で戦っている時より遥かに楽だ。
体力と意識を回復させつつ、フレツロフ大佐はまず浮遊砲台の迎撃に注力した。
デルーギン中佐が持ってきた57mmのお陰で浮遊砲台にもかなりの圧力を与えられる、今度もメデツィーニン中佐と共同で2基撃墜した。
残り3基の浮遊砲台は移動とレーザー射撃にエネルギーを使い、一旦母機に戻った。
両翼の羽にセットされ、その分の仕返しと言わんばかりに6門のレーザー発射口から再び重光線級クラスのレーザーを発射した。
「浮遊砲台を撃退した!全機で攻めかかれ!」
フレツロフ大佐は57mmの弾幕射撃で超戦術機級に圧力をかけつつ、確実に仕留められる125mm対物砲を放った。
砲弾を左腕のラザフォード場で弾きながら右腕から機関砲レベルの短発射レーザーを撃ち続けた。
この短いレーザーも戦術機が触れれば一撃で破損、最悪撃墜されてしまう強力な代物である。
MiG-29が距離を取ると超戦術機級は飛び上がって上空から6門のレーザー発射口と両腕から重レーザーを放って6機を追い詰めた。
重レーザーを回避し終えると即座に地表近くまで降りてレーザーブレードを出現させ、斬撃を繰り出してくる。
その間も6機は攻撃を続け、再び正面に152mm無反動砲弾を叩き込んだ。
同じ箇所に今度はメデツィーニン中佐が左手のKh-29空対地ミサイルを2発叩き込み、ようやく撃破の糸口を掴んだ。
装甲には僅かにだがヒビが入り、動く度にそのヒビは広がっているように見えた。
『効いてる!!倒せない敵じゃないぞ!』
「このまま上階にまで引き摺り出す!!囮は俺とメデツィーニンがやるから残りは後ろから援護しろ!」
『了解!』
今この中で敵から一番恨みを買っているのはフレツロフ大佐とメデツィーニン中佐だ、この2人が超戦術機級を陽動することが一番大人しい選択である。
2機のMiG-29から牽制として突撃砲の120mm弾が放たれ、それが超戦術機級のラザフォード場に阻まれたのを見ると2機は急いで大広間から離脱した。
超戦術機級がフレツロフ大差を逃す訳もなく、急いで同じ通路からフレツロフ大佐を追いかけ、その後から4機のMiG-29が追撃した。
無論超戦術機級もバカではないから自分が上階へ引き寄せられていることは知っている、故に次の大広間で確実に決着をつけようと決めていた。
そんなことは通知らず、フレツロフ大佐は発射される極太のレーザーを回避しながらひたすら通路と広間を移動する。
フレツロフ大佐が進む通路は事前に指定されたもので司令部よりこの道を使えとお達しが来ていた。
「せめて後最後まで…!!」
強まる攻撃を受けながらフレツロフ大佐は先まで進んだ、超戦術機級が通路を埋め尽くするレベルの重レーザーを照射しなかったのに助けられた。
『フレツロフ!今だ!』
「後列機は減速!」
メデツィーニン中佐の合図で2機のMiG-29は広間に入るなり跳躍ユニットを逆噴射し、機体に緊急ブレーキをかけた。
無論レーザーで狙い撃ちされぬよう即座に左右に分かれて超戦術機級の射線から外れた。
後方にいたデルーギン中佐らは可能な限り超戦術機級から距離を取った、というより超戦術機級に”
レーザーブレードを抜いて意気揚々と突入しようとする超戦術機級に衝撃が走った、突如背後に謎の爆発が発生し無理やり入り口から広間に叩き落とされたのだ。
爆発の熱と衝撃は途中でラザフォード場の出力を上げた為なんともなかったが、広間に蹴り出された。
この爆発で通路の壁が崩落し後続部隊は奥地へ進めなくなった、後は全てフレツロフ大佐とメデツィーニン中佐に託されたわけだ。
『任せたぞ!戦友!』
レーザーブレードをしまって即座に両翼からレーザーを照射し、壁沿いを伝って移動する2機のMiG-29に打撃を加える。
ゴリゴリと岩壁が削れ、周囲に崩れ落ちた岩石が落下した。
更に両腕のレーザーブレードで演舞を舞うかのようにフレツロフ大佐とメデツィーニン中佐のMiG-29を追撃し、ブレードからレーザーを切り離して文字通り斬撃も飛ばした。
距離を取られれば残り3基の浮遊砲台を用いてレーザーを周辺に照射し、2機を追い立てる。
本体に注意しながら2機のMiG-29は57mm機関砲を放って弾幕を形成し、丁度同じタイミングでもう2基撃墜した。
最後の1基もレーザーを発射される前にフレツロフ大佐が長刀で切断し、本体の超戦術機級に125mm弾を叩き込む。
正面にラザフォード場を展開して125mm弾を弾き、同じタイミングで攻勢に出たメデツィーニン中佐のKh-29も左手のラザフォード場で消し飛ばす。
そのまま超戦術機級は8門のレーザー発射口から高出力レーザーを回転しながら発射して全方位に火力をばら撒いた。
MiG-29は姿勢を低くして頭を下げながら高速で移動し、レーザーを可能な限り回避する。
ある程度レーザー照射を終えると周囲に一旦静けさが戻ってきた。
「メデツィーニン…!まだ行けるか?」
『当たり前だ、私とお前の翼が戻ったんだ!高々一介のBETA如きに私とお前の翼が負けるはずもない!』
本来彼らは同じ編隊の仲間であり、頼れるウィングメイトであり、衛士として良き理解者であった。
負傷によって絶たれた翼でもこの瞬間だけは決戦に映る煌めきによって再び蘇った。
今までハイヴに潜ってきて碌な目にあった試しがなかったが、今だけは気分が高揚していた。
”これがお前達のあるべき姿か。連隊長と参謀長としてではなく、対等な友人としてのウィングメイト。良きものを見た”
背中を預けて戦うという重み、自らの命を預けることに何も疑いがない信頼、僅かに残るBETAの記憶には一切ないものをモースク1はこの場で、この大戦で何度も見ていた。
完璧ではない生命、個が溢れる生命、それを1つの軍として扱うようにした近代軍のシステム、そこに生まれる兵の友情と信頼、最初から単一の主人がコントロールし、つまらぬ1つの使命だけに拘るBETAでは辿り着けない領域。
やはりヴィクトル・フレツロフという男を見続けてきたのは正しかった、素晴らしいものを見た。
ではそんな彼らにデータと巨大機械の塊である私が何をすればいいか、美しい物語のような勝利と伝説の舞台を作ってやることだろう。
この時超戦術機級は2機に逃げられないよう、出口の通路を塞いで戦っていた。
ここから絶対に動かぬという不退転の構えであり、超戦術機級はここで決戦を行うつもりだった。
そういう訳にはいかない、故にモースク1は手を打った。
”フレツロフ、爆発が起きたら即座に広間から退避しろ”
「爆発?どういうことだ?」
”あの新種をどかす”
大雑把な説明と共に早速モースク1の策が始まった、全速力で捨て身の特攻をかけるM-21が戦術機級の長刀を持って背後から超戦術機級に吶喊した。
意識を2機に向けていた超戦術機級はその存在に気づくのが遅れ、既に長刀の先端が削れながらもラザフォード場を越えて背中に突き刺さった。
装甲の間に刃が刺さり左脇の非装甲部分から刃が突き抜けている。
広間に突如したM-21は搭載してきた500kg爆弾を一斉に起爆し、超戦術機級と心中した。
突然のダメージと爆発の影響で通路から吹き飛ばされてしまい、塞いでいた穴が空いた。
「っ!」
タイミングを逃さずにフレツロフ大佐とメデツィーニン中佐は全速力で通路から離脱し、そのまま地上を目指して駆け出した。
しまった、逃したと超戦術機級は長刀が突き刺さったまま2機を追いかけた、刺さったのは同じBETAの武器だから体内で再分解して己の肉として統合出来る、傷自体はそんなに大したダメージではない。
一番問題なのはあの2機を地上へ逃してしまったということだ、今更あの2機を諦めるわけにはいかない、だが地上に出たら何が起こるかは当然知っている。
ここが己の最期かと超戦術機級は悟りを覚えた。
フレツロフ大佐とメデツィーニン中佐のMiG-29は1分ほど上昇した後に久方ぶりの地上へ戻ってきた。
そのまま空中に留まる事もなく即座に二方向へ分散し、その場から離れる。
後からやってきた超戦術機級は可能な限り出力をラザフォード場展開に回し、備えを怠らなかった。
その備えに応えるかのようにベルリン・ハイヴを取り囲む全ての方向から落雷のような轟音が聞こえた。
結局人類が一番恐ろしいものは火力であった、火力の前に無数のBETAが斃れた。
その火力を超戦術機級は1体で受け止めようとしている、それもベルリンを取り囲む東側9個軍、西側9個軍団規模の砲兵火力を。
超戦術機級は火力の雨に溺れた。
155mm榴弾砲、152mm榴弾砲、BM-21、BM-27、BM-30、MLRS、そこからクラスター弾、破砕性弾頭、榴弾、あらゆるものが超戦術機級の頭上に降り注いだ。
超戦術機級はこれらの砲撃を防ぐ為にラザフォード場を上空に展開し、放たれる砲弾を全て受け止めた。
このベルリン・ハイヴを取り囲む東西あらゆる国家のあらゆる砲弾が超戦術機級を襲った、10秒20秒と耐えられたラザフォード場にも限界が生じてくる。
絶え間ない負荷で発生装置は徐々に破損し、ラザフォード場を展開するエネルギーも徐々になくなってきた。
30秒、35秒と耐えられた超戦術機級であったが40秒を越えた時点でラザフォード場に穴が空き始めていた。
穴から砲弾や破片が入り、装甲に傷をつけていく。
45秒、46秒、47秒、48秒、展開していたはずのラザフォード場が完全に消失した。
パッと弾けたラザフォード場が最後に降り注ぐ砲弾を僅かに消してくれたがそのコンマ何秒かごに降り注いだ砲弾は全て本体の装甲で受け止めることとなった。
11秒間、9個軍9個軍団分の東西が力を結集した砲火力をひたすら浴び続けた。
無敵を誇った装甲も次々と崩れ、肉体にダメージが入る。
体を動かそうにもこれだけ広範囲に砲撃が降り注いでいると動きようがなかった。
ベルリン・ハイヴにとって生涯で一番長い11秒であり、最悪の11秒であった。
全ての砲撃が超戦術機級に降り注ぎ終えると周囲に静けさが取り戻され、冬の灰色い空の下に息絶え絶えとなった超戦術機級が立っていた。
両肩の装甲は破損し、肩からは破片による体液の流出が発生、胸部や頭部の装甲も破損し、両翼はもぎ取られて完全に破壊された。
最早そこにハイヴ内で無敵を誇った超戦術機級の第二形態らしい姿は残されていなかった。
白く輝く装甲は砕けるか黒に染まり、天使というよりは死にかけの浮浪者のようであった。
それでもなお超戦術機級は生きていた、装甲を犠牲としながらもまだ動きはする。
超戦術機級は体に突き刺さったBETA用の長刀を引き抜き、右手に持って構えた、これが今の最後の武器である。
砲撃の第二陣は来なかった、だが待機はしていた。
何せ砲撃の代わりに戦いを終わらせる英雄の片翼が待ち構えていたのだから。
”あのBETAはまだ生きている、お前が全て終わらせろ”
フレツロフ大佐は無言で長刀を構え、静かに超戦術機級にターゲットロックを行った。
斬り合いなどするつもりはない、確実な死を、確実な勝利をもぎ取る。
最初に動き出したのはフレツロフ大佐のMiG-29であった、まずKh-29空対地ミサイルを全て発射し、その後跳躍ユニットで加速をつけて超戦術機級に接近した。
放たれた空対地ミサイルは3発、フレツロフ機の残弾を全て撃ち切った。
Kh-29はうち1発が右腕に直撃してそのまま長刀ごと地面に叩き落とし、残り2発は左肩と右脇腹に命中した。
最早装甲が存在しない超戦術機級に空対地ミサイルが直撃すればその被害は言わなくても想像がつく。
左肩ごと腕が吹き飛び、右脇腹は爆発と共に吹き飛んで半円状に抉れた。
そこへ長刀を構えたMiG-29が突っ込んでくる、所謂詰み、王手というやつだ。
長刀の先端は超戦術機級の顔に突き刺さり、そのまま突き上げと共に首がゆっくり引き千切れた。
インストールした重頭脳級の意識が現世から遠のいて行く、プチプチという音と共にまるで初めて訪れる眠気と共にこの世から離れた。
最期にベルリン・ハイヴが思ったことは大使命の達成でも同胞への思いでもなく、ただ純粋に、この人間と人類という種族に戦争で勝ちたかった、ただそれだけであった。
歪んだ執着はMiG-29の一振りと共に断ち切られ、その首は長刀に突き刺さったまま高らかに掲げられた。
「人間の……勝ちだッ……!!」
1985年2月2日、かつてスターリングラード攻防戦があった日に、地球最後のBETAであったベルリン・ハイヴは討ち取られ、死んだ。
ベルリン・ハイヴは陥落した、これが何を意味するか、それは決まっている。
地球上からBETAが消失し、絶滅した。
BETA大戦という三度目の世界大戦はかくして再びベルリンでその幕を下ろしたのである。
忘れえぬこの春の日
勝利! 勝利!
歓喜の民は街路に溢れる
勝利! 勝利!
我らは皆 戦火と硝煙をくぐり抜けた
斃れし者に栄光を、そして生き残りに栄光を
勝利! 勝利!
我らは固く信じていた、勝利を!
-”勝利”より抜粋-