マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
すべて烏合の勢なるぞ
烏合の勢にあらずとも
味方に正しき道理あり
-”敵は幾万”より抜粋-
韓国陸軍の攻勢が始まった。
まずK1戦車を主力とする戦車部隊がBETAの側面に攻撃を開始した。
F-4ESとKF-5Eが機動援護に入り、随伴車両部隊が続いた。
特にK263 20mm自走バルカン砲は戦車や戦術機に取り付こうとする戦車級の掃討に役に立った。
要塞級から展開された光線級にはソ連軍や人類側の基本戦術と同じ陽動と次弾撃破で対応した。
しかも要塞級から光線級が出る前に徹底してK55 155mm自走榴弾砲で制圧されている為、出撃前に母体ごと破壊されるケースも多かった。
側面強襲は成功し、BETAの隊列は大きく乱された。
再構築する間も無くBETAは新しい獲物だと言わんばかりに第126機械化歩兵師団に食いついた。
突撃級を先頭にという基本セオリーも忘れ、要撃級や戦車級が師団に群がる。
師団は後退しながら応戦し、機械化歩兵大隊が構築した陣地体におびき寄せた。
既に周辺に工兵隊が地雷を撒き、簡易だが歩兵陣地が完成している。
突撃するBETAはまず地雷で吹き飛ばされ、次に待ち構えていたKM900やKAFV40/50と対BETA火器を持った歩兵による集中攻撃を受けた。
装甲を持つ突撃級がいればどうにかなっただろうが、要撃級や戦車級の軟い身体じゃどうしようもなかった。
中でも頑丈な要塞級はそもそも足が遅く、前線部隊が滅多撃ちにされている頃には救援として間に合わないケースも多々あった。
その上で師団野砲部隊が全力を持って火力支援を行っている為中々BETAの被害も大きかった。
しかも驚くべきことにイ・テシンがニューデリーの国連軍司令部と掛け合って無理矢理にアメリカ陸軍のMLRSを2両ばかり借りてきた為、第126機械化歩兵師団と第48旅団と戦うBETAには時折遠距離からクラスター弾が降り注いだ。
その頃には前線に混じる光線級も粗方排除され、クラスター弾を迎撃する術はなかった。
空から降り注ぐ鉄の雨にBETAの肉体が引き裂かれ、辺りには死骸が転がっていた。
それでも一般のBETAには死ぬかもしれないという恐怖はない。
故に仲間が何百体破壊されようとも突撃し、突破能力を二方向に分散させてしまった。
徐々に第126機械化歩兵師団が担当する戦域にもBETAが増えていく。
陸上の部隊がBETAを抑えている間に、上空をF-4ESがナパーム弾と227kg爆弾を叩き込んで面制圧で黙らせる。
焼かれて動きが止まるBETAの大群をKF-5Eが蹴散らす。
師団が粘り強く抵抗すれば抵抗するほど、BETAは師団の方へ引き寄せられていった。
前線から数キロの地点まで視察に来ていたイ・テシンは双眼鏡で戦況を確認し、前線の状況を正確に把握する。
「司令官、あれを!」
カン・ドンチャン大佐が上空を指差す。
F-16、アメリカ空軍の最新鋭戦術機だ。
F-16は前線に急行し、韓国兵達が押さえ込んでいるBETAの大群に殴り込みをかけた。
「補給を終えて戻ってきたのか、では一部部隊を下げてアメリカ軍に任せろ」
「了解!」
「司令官!ニューデリーの国連軍司令部からです!」
K111指揮車両で司令部と連絡を取っていたソン・ウヨン少佐が大声で司令官を呼び出した。
イ・テシンは急いで走り、指揮車両の通信機を手に取って応答に出た。
「韓国陸軍イ・テシン少将です」
イ・テシンは慣れぬ英語を用いて司令部に伝えた。
ソン・ウヨン少佐がその間に通信をスピーカーにして他の者にも聞けるようにした。
『イ少将か、司令官のウィッカムだ。今そちらに航空隊の先発を送った。後で臨時編成の地上部隊が到着するはずだから指揮を頼む。国連軍の主力は後もう少しで現場に着く、そうしたら我々で左側面から強襲をかけるからイ少将は後藤准将と共にもう暫く耐えてくれ』
電話主はジョン・A・ウィッカムJr.大将、アメリカ第8軍司令官兼国連インド派遣軍司令官である。
ウィッカム大将はインドールの国連軍司令部から急いでニューデリーの方へ飛び立ち、現場で国連軍の出立を急がせた。
イ・テシンはこの目でF-16の編隊を見た、増援が来ることは間違い無いだろうと確信していた。
「ありがとうございます野戦司令官!」
『いやいいんだ、また後で会おう』
そう言ってウィッカム大将は通信を切った。
これで勝利は確定した、後はどれだけ持たせられるかである。
BETAは凡そ2万4,000体、戦闘時間の経過からして恐らく半分も殲滅出来ていないであろう。
少なくとも後3時間はこの勢いのまま攻勢が続くだろう。
無論耐える方法はあるがそれは我が身を削りながら、殴られ続けるようなものだ。
「カン大佐、ソン少佐、司令部へ戻るぞ。全体の報告を聞きたい」
「了解!」
イ・テシンらはK111指揮車両に乗り込んで、その場から離れた。
道中何両かのKM900やM113とすれ違った。
少将はすれ違う部下の1人1人に武運と無事を祈った。
恐らく彼らの何割かは死ぬだろう、それでも生きて守れと言わずにはいられない。
イ・テシンとはそういう男であった。
BETAが第126機械化歩兵師団に食らいつけば当然第48旅団にかかる負担は軽減される。
徐々にBETAの攻勢能力が減少し、旅団にも余裕が出てきた。
インド方面に再出現したこのBETAの群れは所詮何も知らない頭脳級を失った、後数日で死ぬだけの哀れな存在である。
しかも元々いた頭脳級は現状地球に存在するどの頭脳級よりも戦争に関しては無知であった。
精々爆撃には光線属種で対処し、突撃級を先頭に問題をどうにかせよという知識しかない。
その為頭脳級が生きていても国連軍はBETAの大群をどうにかしてしまうだろう。
そもそもこの場合、BETAは真っ直ぐ旅団の方面を目指して部隊を集中するべきであった。
例え右横から側面攻撃を受けたとしても部隊を再編成して師団を抑えつつ、あくまで攻撃の主方向は旅団へとするべきである。
ここで両方に対処しようと突撃能力が第48旅団と第126機械化歩兵師団の2つに別れてしまったのが問題だ。
結果的に第48旅団は余裕を取り戻し、温存していた韓国陸軍第25戦車大隊を中心とした機甲戦闘団による反撃を決断した。
「旅団長!機甲戦闘団の準備整いました、いつでも出撃出来ます」
先任参謀水木允彦中佐が敬礼し、後藤准将に報告した。
水木中佐の側には第126機械化歩兵師団から連絡要員としてやってきた韓国陸軍の参謀達が控えていた。
「うむ、では命令!第25戦車大隊機甲戦闘団は第114戦術機飛行隊と共にバダーナ方面から突撃を敢行せよ」
後藤准将の命令を受けて待機していたK1戦車隊と随伴の日韓混成部隊が出撃を開始する。
本当なら出撃を見送ってやりたかった後藤准将であるが、まだ他にやることがあった。
作戦室に戻り、前線の状況を確認する。
「各大隊、BETAの主力攻勢を弾き返しましたが依然散発的な戦闘が続いています」
「国連軍の主力部隊は」
「向かってきています、このペースで行くと後2時間半以内には最先頭の部隊がジンド市内に到着するかと」
恐らく主力が到着するのはそれより後、5時間後くらいだろう。
それまで耐えれば我々の勝ち、後藤准将は拳を思いっきり掌に叩きつけた。
「よし!国連軍が来るまで前線のBETAは全て我が旅団の防御陣地でぶっ潰す!水木」
「はい」
「直ちに市内防衛に残しておいた1個中隊を前線に派遣しろ。市街地と司令部は全部憲兵隊に任せるんだ」
「よろしいんでありますか、憲兵隊だけでは重戦力が来た時ちょっと心許ないですが」
水木中佐の提言に後藤准将はガハハと笑い、理由を述べた。
「心配するな、バズーカや大砲が必要な要撃級や突撃級がこんな所に入ってくる時は旅団などとっくに壊滅しとる。今必要なのは水際で敵を押さえ込む兵力だよ。直ちに捻出して送り出せ」
後藤准将の目は座っていた。
もし旅団の防衛線が破られるようなことになれば彼自ら拳銃を持って戦いに行くだろうし、負けを見るのは嫌だと司令部で腹を切ってしまうだろう。
であれば先任参謀としてやることは決まっていた。
「了解!そん時はお供します」
不敵な笑みを浮かべ、直ちに市内にいる部隊に電話を掛けた。
「先任参謀だ、ああ、うん。直ちに全員を乗せて正面大隊の加勢に加わるんだ。どう使うかは大隊長の命令に従え。うん、ああ心配するな、憲兵隊がまだ残ってる、うん、じゃあ武運を祈るぞ」
命令を出して受話器を置き、再び後藤准将の側に戻った。
准将は地図を見下ろし、腕を組んで戦況を睨みつけている。
「さあ頼むぞ、戦車隊。虎の子の機甲戦力なんだ……上手くやってくれよ…!」
後藤准将は祈るように出撃した第25戦車大隊の戦果を期待した。
臨時編成故、恐らく連携はそこまで上手くいかないかもしれないがそれでも今頼れるのはこれしかない。
機甲戦闘団は出撃から数十分後、前線に到達し戦闘隊形に移った。
K1戦車で構成された第25戦車大隊を中心に機甲戦闘団の突撃が開始される。
K1戦車隊は戦車砲で要撃級や要塞級の足を吹き飛ばし、その後後続の随伴部隊がトドメを刺した。
援護の為に厄介な突撃級の残敵や遠方の要塞級は日本空軍のF-4EJ改が光線級に警戒しながらAIM-7F スパローを放って始末していく。
そのままK1戦車隊に随伴し、突撃砲や肩につけた106mm無反動砲で取りこぼした要撃級を抹殺していく。
その後にはK263が続き、戦車級や闘士級を蹴散らす。
更に先行したF-4EJ改がM117 340kg爆弾を叩き込んでBETAの隊列に穴を開け、機甲突破を容易なものにした。
そこへ損害の穴が埋められる前にK1戦車隊が果敢に挑んでいく。
K1戦車が突破を図り、突破された戦線を三四式G型と戦術機や随伴部隊が拡張していく。
機甲戦闘団の連携は後藤准将が思っていたよりも上手く行った。
更に第25戦車大隊長が定期的に後方の野砲団長に連絡を取り、目につく要塞級や事前に確認された光線級を先に潰した。
機甲突破が確実に成功した頃にはアメリカ陸軍の自走砲部隊も加わり、M109 155mm自走榴弾砲がK55と共に前線を支援した。
無論助けに入るのは砲兵部隊だけではない。
補給を終えたアメリカ空軍の戦術機部隊が再度前線に戻り、日本軍の前線も助けた。
F-16とF-15、そしてイギリスの王立空軍所属ジャギュア GR.1Aの編隊が加わった。
その頃には第126機械化歩兵師団も再度攻勢を開始し、二正面から戦線を押し上げた。
こうした状況においてもBETAは戦術を変更せず、戦闘を継続した。
今のBETAには指揮官もいなければ考える力もない、後はエネルギー切れで死ぬか砲火力を受けて死ぬかの二択であった。
つまり最初から負けているようなものなのだ。
第48旅団、第126機械化歩兵師団は共に補給の為に攻勢を切り上げ、戦果を確定した。
再び迫るBETAは歩兵の陣地によって阻まれ、各戦線は膠着状態に陥った。
固定陣地で突破を防ぎつつ、対BETA火器を持ったATGM班や火炎放射器を背負った戦闘工兵隊が三三式装甲車に乗って、移動しながらBETAを狩っていく。*1
特に火炎放射器による広範囲攻撃は闘士級を焼いて寄せ付けないのに便利であった。*2
こうして第48旅団は時間を稼いだ。
この場合BETAにとって時間は敵、人類にとっては味方である。
膠着状態で時間を稼げばすぐに味方の主力部隊が到着する。
国連軍の主力はすぐ側まで迫っていた。
丁度、イ・テシンが二度目の前線視察から戻って作戦室で報告を受けている頃であった。
作戦室に電話が舞い込んできた。
最初に電話に出たのはコ・スンファン大佐、その頃他の参謀達はイ・テシンと共に詳細な作戦を考えていた。
現状BETAを抑え込めてはいるが、かといって一気に押し込んだり包囲殲滅する力はない。
第126機械化歩兵師団はある意味手詰まりであった。
それは第48旅団も同様である。
基本的に師団司令部が何かしなくても旅団司令部や大隊本部の指揮官達が判断し、各部隊の将兵が実行する為そこまで命ずることもなくなっていた。
「前線部隊からの報告ではBETAの襲来回数が減ったと報告を受けています」
「日本軍の方面へ行ってしまったのでしょうか」
パク・ギテ准将はイ・テシンに尋ねた。
「いや、旅団においてきたユン中佐達の報告ではそんなこと言われていない。恐らく大分減ったんだろう、第48旅団に合わせて行った攻勢が大分上手く行った」
両部隊での押し上げは、単に進軍したというだけでなく道中のBETAもかなり撃破した。
特に前衛を務めていた突撃級の損害は大きく、BETA側の突破能力はかなり落ち込んでいる。
そうなった状態で無理に突っ込んでくるので戦術機や砲火力に蹴散らされ、陣地帯に襲来する前に壊滅するケースも多かった。
「戦車隊の補給と再編が終わり次第、もう一度攻勢をかけて追い込めばかなり余裕が出るはず……」
「司令官!国連軍が到着しました!!」
受話器を手に持ったままコ・スンファン大佐が喜びを込めて報告した。
イ・テシンを始め、周りにいた参謀達は全員振り向いた。
「現在英軍とインド軍が市内で補給を受けており、準備が整い次第、日本軍に合流するとのことです」
「アメリカ軍は?」
イ・テシンは尋ねた。
「現在、第25歩兵師団を中心とした部隊が左側面から交戦を開始したそうです」
「よし!これで左右両方から挟み込める…!」
カン・ドンチャン大佐は勝機を確信し、イ・テシンはすかさず次の命令を出した。
「戦車隊の補給再編が終わり次第、すぐに攻勢をかける。アメリカ軍の25師団と共同して左右からBETAを押し込んで叩き潰す。ここが我々の師団の正念場だ」
「はい…!」
ここが正念場、イ・テシンの発言は正しかった。
アメリカ軍第25歩兵師団は左側面からBETAに攻撃を加え、他の国連軍部隊と共にBETAの包囲を開始した。
それに合わせて緊急で補給と再編を終えた第126機械化歩兵師団の戦車部隊が突撃を始めた。
師団戦車部隊は前回よりも損耗している為同じだけの戦果を、とは行かなかったが今このタイミングで攻勢に出ることが重要であった。
日本軍が抑えている間に、米韓軍が圧力をかけ、包囲網を形成した。
更に定期的にニューデリーから戦術機が援護に到来し、機動力でBETAを翻弄する。
第48旅団にも英・印軍が合流し、防衛線が増強された。
特に英陸軍のチャレンジャー1戦車の強固な装甲とその機甲突破力は戦線を押し上げて疲れ切った日本軍に余裕を与えるには十分であった。
国連軍の主力部隊はきた、後はどうなるかもう分かるだろう。
各所でBETAが殲滅され日本軍が最初に会敵した時から丁度27時間後、BETAの主力は国連軍によって包囲殲滅された。
2万4,000体いた降下ユニットの生き残りは、ジンドの前面数十キロにその哀れな亡骸を晒した。
日韓連合軍の綿密な連携によりニューデリーへの進撃を阻止し、その後国連軍による包囲殲滅戦でBETAは1匹も生きて戦場から逃れることはなかった。
手本のような初動対応と対処は世界に広く報じられた。
戦闘終結が宣言されたのは丁度12月12日、韓国では軍私設会ハナフェが参謀総長を拉致し、軍の実権を握った日であった。
後にこの戦いは12月12日BETA遭遇戦と呼ばれ、現場で活躍した後藤准将とイ・テシンは即座の対応を認められ賞賛されることになる。
本来後一歩で敗北するはずの日に、イ・テシンは1年遅れで勝利を掴んだ。
-韓国領 首都ソウル特別市 鍾路区 青瓦台 大統領府-
12月12日の勝利、少なくとも世界は好意的に報じた。
アメリカは彼らの勝利を”アジアの青龍が異星人を破る”、”国連軍の対応力発揮される”などと持て囃した。
ソ連は特に関係がなかった為、プラウダの1枠に”インド方面で戦闘 国連軍が勝利”と記載される程度である。
問題は当事国家である。
特にこれは日韓で受け取り方が大きく変わった。
まずは日本帝国側の反応である。
新聞やマスメディアはこの勝利を大々的に取り上げ、日本軍が世界で活躍していることと今回の大勝利をとにかく強調して報道した。
今の世論は前線での厳しい戦いや辛い真実よりも痛快な勝利を望んでいた。
結局新聞がいくら売れるか、視聴率がどれだけ取れるかの勝負であるから数年前とは打って変わって第48旅団の勝利を大々的に取り上げた。
現地の特派員がまだBETAが生きているかもしれない可能性をかなぐり捨てでも取材に向かい、アポイントを取って後藤准将との取材を各社が取り付ける。
新聞やニュース番組に後藤准将や井高大佐が移り、時の人として年末の報道を盛り上げた。
無論これを冷笑的に見る人もいたが、大多数の人間は勝利を喜んで朝食を食べて会社に行き、息子や親族が兄弟が軍役中の家庭は武運と無事を祈った。
少なくとも日本のメディアはちゃんと把握されて報道が許可されている分の犠牲者数は報道した。
それが義務であり、建前だとしても必要な真実を報道する姿勢だからだ。
その上で”
無論政府の側もそのような国民の流れは好ましいものであり、特に手は入れないでも一部の政治家からは囃し立てるような発言が上がった。
政府の意向としてはBETAの脅威と国際社会の流行から鑑みても派兵は続けたいと考えており、勝利で国民が多少なりとも派兵に賛同してくれるならそれに越したことはない。
現状派兵は続けるべきというのが与野党の共通認識であり、派兵の規模や業務内容の規模などに各党で主張の差異はあれど今回の勝利は全ての党にとって有り難かった。
精々文句を言うとしたら治安維持法で再び刑務所に放り込まれるか国外逃亡した社会主義系の人々だろうし、BETAの脅威を亡命先で目にした以上下手したら保守系の政党より過激なことを言うかもしれない。
軍部は特別会見ということで統合参謀会議議長の高品大将が状況と戦果を報道陣の前で発表した。
会見は淡々としていたが国防省でも統合参謀会議でも第3師団司令部でも今回の勝利に安堵し、大喜びしていた。
何せ日本軍がBETAと直接戦闘してここまで勝ったケースは初めてだからだ。
今まで日本軍がBETAと直戦闘する場合は大抵撤退戦や防衛戦であり、常にジリ貧の戦いな上に目立った勝利は得られなかった。
それに比べて今回は日本軍が直接戦ってBETAを2万体以上殲滅出来たのだから大勝利と言っても過言ではない。
ある陸軍の少将は「奉天戦以来の陸軍が胸張って誇れる勝利」と意気揚々と話していた。
既に後藤准将の昇進が決まり、式典の準備が始められていた。
政府機関で一番反応が薄かったのは斯衛軍だろう。
日本軍が手にした戦場でのデータには興味があったが、結局斯衛軍が戦った訳でもないし派遣組の斑鳩らは既に中東戦線に移っていた為、関わりが薄く、喜ぶことも派兵を反対することもなかった。
これが日本帝国の受け止め方であり、全体的に勝利に湧いていた。
問題は韓国、特に大統領チョン・ドファンはこの勝利を受けて反応に困った。
彼はイ・テシンの勝利が報告された12月12日、国内にいるハナフェの仲間と軍事革命1周年を祝ってソウルで宴会を開いていた。
受けた報告は当然翌日には速報としてニュースになり、イ・テシンと第126機械化歩兵師団の勝利は国民に知れ渡った。
国民の間にイ・テシンという生真面目で部下思いの”
「ドファン、そう悩むな。軍人の勝利は大統領の勝利だと思えばいい」
チョン・ドファン大将の代わりに国軍保安司令官に就任したノ・テウ陸軍中将は困った顔を浮かべたチョン・ドファンを宥めた。
2人は大統領執務室のソファーで雑談混じりに対応を話し合っている。
2人は陸軍士官学校11期の同期であり、友人であった。
ノ・テウ中将の発言とは対照的にチョン・ドファンの表情は暗いままだ。
「それは分かっている、だが相手はあのイ・テシンだ。奴が有名になって真面目な軍人らしい政治不関与を口にしたらどうなる?後々困るのは我々だ」
韓国軍がBETAに勝ったことは良かった、少なくとも負けるよりはずっとマシだ。
問題は勝利の立役者がハナフェの軍人ではなくよりにもよってあのイ・テシンということである。
かつて一度だけ、イ・テシンは軍事論文で『これ以上軍人は政治に関与するべきではない』と自論を述べた。
あの時は全方位から”
「かと言って英雄は讃えなければ、大統領とはそういうものだろう」
「分かっているとも……まあ、まずはチャの兄貴に会わせるか。本国へ戻すのはその後でいいだろう」
チョン・ドファンはため息をついた。
大統領になったのはいいがいきなりこれでは先が思いやられる。
思えばチェ・ギュハを蹴落とす時も相当苦労した。
ようやく大統領になったと思ったらBETAとの戦いにイ・テシンの勝利。
もし師団長がチャン・セドン辺りだったらどれほど良かったことか。
奴であれば抱き合って勝利を喜び、腕をブンブン振って「我が弟セドン!」と心の底から喜べただろうに。
まあ去年、首都圏に奴がいるよりはマシだろうと腹を括った。
「いざ奴を蹴落とす時はお前の力が必要だ、頼んだぞ保安司令官ノ中将」
「分かってる、いざという時は任せてくれ。いざという時は来ないといいがな」
2人は微笑を浮かべ、チョン・ドファンはソファーから立ち上がった。
1980年12月、間も無く次の年になろうとする年の瀬。
世界はBETAの襲来によって大きく歪んだ。
本来通り生まれる政権も決して本来の歴史通り上手くはいかない。
大統領に就任してたった1ヶ月でそれを痛感していた。
そしてチョン・ドファンはまだ知らない。
このドタバタが最低でも後5年は続くことを。
1981年、人類は再び躍進する。
その火蓋はまずヨーロッパ西部戦線で始まった。
つづくかも