マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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友よ、友よ、
備えを怠るな
友よ、友よ、
隊伍を固く組め
晴れわたる広野に満ちる
子供たちの微笑みのため
労働者の自由のため、労働者の自由のため、
我らは戦に備える
-”連合軍の歌”より抜粋-


1981-西方にて
1981年


-ソ連領 ウクライナSSR リヴォフ州 ウラジーミル市周辺-

BETAという存在に業務の休みはない。

 

通常の掘削作業に”()()”の対処、ハイヴの建設に休日という概念は存在しない。

 

解放されるのは死してからであり、それまで頭脳級から闘士級に至るまで休みは存在し得ない。

 

その為1981年になってもなおウクライナと旧ポーランド国境にはBETAが押し寄せてくる。

 

前線を担当する第4軍は第23親衛自動車化狙撃兵師団が中心となって防衛戦を展開し、後方では第136ロケット砲兵旅団と前線司令部命令で援護に来た第998砲兵師団が援護後砲撃を行っている。

 

現れたBETAは凡そ4,800体程度で師団が幾つかあり、砲火力がしっかりしているこの状況では特段問題はなかった。

 

「撃て!」

 

まずD-30 122mm榴弾砲が陽動の砲弾を放ち、次に本命の2S3アカーツィヤ 152mm自走榴弾砲と2S5ギアツィント 152mm自走カノン砲が砲弾を放った。

 

それに合わせて第136ロケット砲兵旅団のBM-21 グラートとBM-27ウラガーンがロケット砲弾を撃つ。

 

顔を顰めたくなるような飛翔音と共に砲弾とロケット砲弾はBETAの陣地へ直撃した。

 

こちらのBETAはリヴォフ・ハイヴとは違い、砲弾にも種類があることを知らない。

 

飛翔してくるものは全て撃ち落とせと光線属種は命令を受けている。

 

故に脅威の選定が出来ず、初弾を撃ち落とした後に本命の実弾を喰らって吹き飛んだ。

 

『観測班から司令部へ、BETAの組織的行動が停止。効果は大、効果は大』

 

MiG-25Rの偵察情報を受け、砲兵司令部は沸いた。

 

BETAの主力部隊は今の一撃で大分吹き飛び、攻勢能力を失った。

 

「全弾命中、1発も対空照射で迎撃されることがなかったのは幸いでした」

 

「ああ、師団を離れる前にいいものを見れた。連中の学習能力には個体差があり、リヴォフ・ハイヴの消失と同時に頭のいい連中はほぼ吹き飛んだと見るべきだろう」

 

ミハールキン少将の読みは当たっていた。

 

リヴォフ・ハイヴのBETAは殆どがエネルギー切れで死に絶え、全滅した。

 

要は地球上で最も戦闘に特化したBETAが全滅したのだ、誰かに情報を伝える間もなく。

 

故にBETAは再び陽動か本命かの見分けが付かなくなった。

 

ちなみにこれを最初に暴いたミハールキン少将は数日前中将の昇進が内定した。

 

昇進したことにより異動が決定し、師団指揮はプロトニコフ大佐が少将に昇進して引き継ぐことになった。

 

自走砲部隊は直ちに陣地転換し、あり得ないとは思うが反撃を回避する。

 

その間に第23親衛自動車化狙撃兵師団は戦車隊を中心に追撃を敢行し、4,800体いたBETAは全滅した。

 

こうした戦闘は攻勢のない数ヶ月のうちに度々発生している。

 

それでもBETAの攻勢能力は変わらなかった。

 

「第23親衛自動車化狙撃兵師団、攻勢を開始」

 

「師団長より砲撃要請です」

 

「直ちに砲撃支援、敵後方へ向け榴弾砲一斉射」

 

ミハールキン少将の命令を受けて陣地転換を終えたアカーツィヤの砲撃準備が始まった。

 

車内で装填手が砲弾を装填し、射手が狙いを定める。

 

ミハールキン少将の命令は直ちに師団隷下の砲兵部隊に伝わり、タイミングを合わせて砲撃の演奏が始まった。

 

煙と爆炎が劇場を作り、発射と着弾の轟音が音を奏でた。

 

殆どの光線級を失ったBETA部隊は砲撃になす術なく破壊される。

 

砲撃によって開けられた穴の上を戦車隊とBTRが通過するのはそう遠い先の話ではなかった。

 

「参謀長、師団のBETA追撃はどのくらい掛かるか」

 

ミハールキン少将が尋ねた。

 

「この調子ですと今日1日は追撃と掃討戦に費やされるでしょう」

 

「では突撃援護の砲兵隊のみ残して残りは全て待機し補給に移行せよ」

 

「了解」

 

師団参謀達は師団長の命令と入ってくる情報の精査に奔走し、徐々に慌ただしくなり始めた。

 

そんな中、1人その様子を眺めているだけの中佐がいた。

 

前線司令部から来たアニシモフ中佐だ。

 

「これである程度情報は得られただろう、なあ中佐」

 

「はい、イヴァシュキン閣下も喜ばれるでしょう」

 

アニシモフ中佐はGRUの情報参謀であり、ある調査の為に第988砲兵師団に随行していた。

 

彼の側には前線司令部でも見慣れぬ2人の少佐が付き添っている。

 

要はこの2人が参謀本部から密命を受けた派遣要員だ。

 

「ああ、中佐はヤゾフ閣下にも宜しく頼むぞ」

 

「勿論です」

 

アニシモフ中佐は敬礼し、司令部を後にした。

 

少将は目で見送りながら意識は戦場の方へ向けた。

 

すると3人を最後まで見送っていたプロトニコフ大佐が1つ尋ねた。

 

「GRUの将校どもが一体何のようだったのでしょうか」

 

「さあ、BETAの生体研究には奴らも一枚噛んでいる。何か知りたいことでもあったのだろう」

 

ミハールキン少将は特に深入りしようとは思わなかった。

 

砲兵には砲兵の仕事があるようにGRUにはGRUの仕事がある。

 

ミハールキン少将としては自分達の死後の邪魔をしない限りは特に気にはしなかった。

 

ただ1つ、確実に言えることがある。

 

「まあBETAの情報など碌なものはないだろうがな」

 

人を食らう生き物の情報が愉快であるはずがない。

 

それだけは確かであった。

 

 

 

 

BETAの研究は今軍事に関する研究と並んで世界中の学問が白熱している分野であった。

 

地球上に初めて訪れた異星人を理解する為、或いは効率的に排除する為に様々な分野の研究者達が様々な角度から分析した。

 

少なくともアメリカにおいてはBETA研究の為、対BETA戦の為と名を打ってあれば大抵の場合無条件に予算が降りた。

 

そのお陰で現在BETAの生態系が少しずつ分かるようになってきた。

 

まずBETAはハイヴを失えばエネルギー切れで死滅すること、基本的にはハイヴが一般的なBETAに指示を出していること、BETAは繁殖ではない方法で増殖していること、されどBETAの体組織は炭素で構築されていること。

 

人を食らうのはエネルギー補給の為ではないしハイヴからは地球の資源を採掘して打ち上げていることまでは分かっている。

 

そこへ新たな研究成果が発表された。

 

この研究を発表したのハーバード大のエドワード・オズボーン・ウィルソンという生物学の博士である。

 

元々アリ学の研究者であり、後に分子生物学へ転向した後社会生物学を唱えた。

 

現状人類側でBETAの生態系に最も詳しい人間は彼をおいて他にいない。

 

BETAという生き物の生態系を分析し、それに対する鋭い考察は人類の反撃にも大いに役立った。

 

それにウィルソン博士は地球の生物多様性を守る為にBETAは根絶されるべきだという主張を続けており、環境保護の界隈の中でもきっての対BETA戦強行論者であった。

 

そんなウィルソン博士はBETAに対して新たな研究成果を出した。

 

内容はBETAの生態系に関する項目である。

 

今までBETAは個々の知能はそこまで高くはなく、指揮統制や学習はハイヴが担当しているのではないかと目論んでいた。

 

実際核攻撃で吹っ飛ばした降下ユニット内にはそれらしい個体が確認された。

 

そして今回、リヴォフ・ハイヴを制圧し調査を進めたことにより、より正確な情報が手に入った。

 

BETAがハイヴ内に潜む頭脳級によって一括指揮が取られており、教育や情報の分析も頭脳級が行っている。

 

しかしこれは本来”()()()()()”指揮型BETAが実行するべき業務であり、頭脳級自体にはそれほど高度な学習と指揮能力はなかった。

 

そして何より重要な成果はBETAは現状各ハイヴ同士で連携が取れていないのではないかという内容であった。

 

辛うじて残っていたリヴォフ・ハイヴの頭脳級の残骸を調べた結果得られた研究成果であり、これは直様国連を通じて各国に知れ渡った。

 

尤もソ連国内には一般に発表されるよりも早くからその研究内容を知っていた集団がいる。

 

ソ連国家保安委員会、通称KGBである。

 

KGBの主たる職務は今や対BETAの情報収集と分析であったが同時に結束する国連を”()()”することも職務であった。

 

人類は10年前に比べて結束したとはいえ、腹の底ではやはり別々の利害を考えている。

 

故にいつかソ連に”()()()()()()()()()”、そういった発想はどうしても抜け切れなかった。

 

実際アメリカの諜報も各国家群に向けられているし、米ソ互いに諜報の手を緩めたわけではない。

 

「例の研究成果、世界に出たようですな」

 

全ソ連商工会議所の所長を務めるエフゲニー・ピトヴラノフ退役中将はKGB議長のユーリ・アンドロポフにふと呟いた。

 

アンドロポフの周りには数人のKGBの将軍がいた。

 

このピトヴラノフも元はKGBの中将でジェルジンスキー名称KGB高等学校の校長を務めていた。

 

「ああ、知っているとも。研究成果に反応があるのはお偉方が中心だろう。それも良い方向にだ」

 

「ええ、連中が大したことないと知って世界中の親BETA派連中も消えてくれるといいですがね」

 

KGB第5総局、フィリップ・ボブコフ大将はため息混じりにそう吐き捨てた。

 

第5総局は主に国内における反ソ活動の取り締まりを担当しており、近年では主に僅かに出現する親BETA派の国民を取り締まっていた。

 

人間という生き物は幾人もいればそのうちの僅かな人々はおかしい思想に被れるものである。

 

平時であればおかしい人で済むが、有事の際はそうは言ってられない。

 

BETAの襲来で世界が壊滅的な状況になる中湧き上がってきた親BETA派の人々はそういう類であった。

 

尤もそうした人々は世界から見たら圧倒的少数派であるし、当然世界の主流派にはなり得なかった。

 

ソ連の場合はKGB第5総局が徹底して弾圧し、ありとあらゆる収容所に放り込んだ。

 

いつも通り、あまりに慣れ親しんだ手法だ。

 

一方のアメリカ、アメリカの困ったところはこの手の極端な勢力が現れた瞬間それの真反対に同じような極端な勢力が現れることだ。

 

主が創りし生命は我らだけ!”という言葉をモットーにBETAを生命体扱いせず殲滅してしまおうという勢力がこうした親BETA派の勢力を”()()に”攻撃するケースが多々見受けられた。

 

要は冷戦時代の反共主義の熱がそのままBETAに移っただけなのだ。

 

「まあ最悪の場合、”()()()使()”をすればいいさ」

 

アンドロポフは冷たく履き捨てた。

 

実力行使、一般的な言葉であるが彼らのいう実力行使はちと違う。

 

その実力は血を流す銃と剣であり、行使される相手は国内だけには留まらない。

 

「その時は頼んだぞ、ラザレンコ中将」

 

「……はい……」

 

アレクサンドル・ラザレンコ中将、元空挺軍出身者で現在は内務省の精鋭部隊を含めたKGB特殊作戦局の局長を務めている。

 

それ以前はkGB特殊部隊の1つ、”ヴィンペル”の指揮官であった。

 

元々古巣が違うのでKGBにはそれほど馴染めていないが職務はそれほど空挺軍の情報部長を務めていた頃と変わらない。

 

尤も戦う相手はせめてBETAであって欲しかったとは思っていたが。

 

「近年では私の耳にもよからぬ話が流れてきます。”西()()()()”には気をつけた方が良いかと」

 

「ドゥーシンによく言っておこう」

 

「いえ、ドゥーシンよりもクリュチコフに」

 

ピトヴラノフの発言にアンドロポフは顔を顰めた。

 

ウラジーミル・クリュチコフ大将、KGB第1総局のトップであり、一方のニコライ・ドゥーシン大将は軍の監視を担当する第3総局の長である。

 

最初アンドロポフは西側に置いていかれた在独ソ連軍のことを言っているのかと思っていた。

 

だが実際はそうではなかった。

 

ピトヴラノフはアンドロポフに近づき、耳打ちする。

 

「……なるほど、確かにそれはクリュチコフの管轄だ。専門の人員を増やすとしよう」

 

「そうした方が賢明かと」

 

僅かでも荒波が立てば彼らのところにその旨は入ってくる。

 

壁に耳あり障子に目ありと日本では言うらしいが、壁にKGBありドアノブにGRUありと言う方がソ連と社会主義国家は正しいだろう。

 

少なくとも壁とドアに誰かが潜んでいることは確実であった。

 

 

 

-ソ連領 ラトヴィアSSR ダウガフピルス市 第39軍司令部-

沿バルト前線、1979年12月の攻勢以降防衛に徹していた。

 

ソ連軍大本営の方針としてはウクライナ全土を奪還した後にそれ以降の攻勢を続ける予定だった。

 

その為ゴヴォロフ上級大将率いる沿バルト前線は迫り来るBETAの大群による侵攻を防いでいた。

 

そんな沿バルト前線に次の攻勢作戦の命令が下されたのはゴヴォロフ上級大将がダウガフピルスの第39軍司令部へ視察に出向いていた頃であった。

 

元々第39軍はウランバートルの駐留軍であったが、別部隊と交代の上にバルト戦線へ引き抜かれ大祖国戦争同様に沿バルト前線に投入された。

 

司令官はマトヴェイ・ブルラコフ中将、2ヶ月前に前任のアナトリー・フォーミン中将と交代した。

 

ゴヴォロフ上級大将は司令部やダウガフピルス内の駐屯部隊の視察を終え、司令部でブルラコフ中将と共に歓談していた。

 

第39軍司令部はダウガフピルス市の市庁舎街を拝借し、指揮所に変更した。

 

前面にはダウガヴァ川が流れており、一部の平地には戦術機運用の為の簡易飛行場が設置された。

 

市街地には一般のダウガフピルス市民も多くいたが、特に数が多かったのはやはり軍人である。

 

各所に軍用車両が手配され、市内を走る路面電車のダウガフピルス市電は軍の鉄道大隊が管轄を受け持つこととなった。

 

その為兵員輸送の為にソ連軍将兵が優先して使用するよう通達が出されていた為VTM-5には市民よりソ連兵が乗っている光景の方が多く見られた。

 

そんなソ連兵達は冬のラトヴィアである為、将兵はウシャンカに厚手のロングコートを着ている。

 

警備の兵達は寒さで頬を赤らめ、疲れた表情で任務についていた。

 

市街地は1年ほど前最前線だった都市にしてはとても綺麗に残っていた。

 

トラムの線路はそのままだし、街並みも綺麗に残っている。

 

あちこちに点在する大聖堂や教会も無事であるし、パーヴェル・ドゥブロヴィンの名を冠したドゥブロヴィン公園では静かに燃え続ける大祖国戦争戦勝記念碑も健在だ。

 

とは言ってもダウガフピルスは一時期ダウガヴァ川の手前までBETAの大群がやってきていた。

 

市内の守備隊は通常戦力だけでなく、博物館にいるT-34やIS-2まで引っ張り出して戦線に投入し、BETAをダウガヴァ川の手前で追い返した。

 

もとより歴史ある街だが、この都市には再び新たな歴史が刻まれた。

 

ダウガフピルス市は英雄都市としてレーニン勲章が授与され、勝利記念碑には新たにBETAに対する勝利も刻まれた。

 

元より記念碑に刻まれていた1944年の隣には新たに1978年の年が刻まれた。

 

「はあ、寒いな…」

 

司令部の警備兵がふと呟いた。

 

ソ連人とはいえ流石に冬の1月の寒さにはだいぶ堪える。

 

「終わったら飲もう、もう耐えられない」

 

「うん、流石に今日はキツイよ」

 

そう言ってると2人の目の前に1台のUAZ-649がトラムの信号も無視してかっ飛ばしてやってきた。

 

後一歩でそのUAZはトラムと衝突するところであったが辛うじて衝突は回避された。

 

そのまま謝ることもなくUAZは司令部前に急ブレーキを掛けて車を止めた。

 

「なんだぁ!?」

 

「おい危ないだろ!!運転童貞かァ!!」

 

「ええい!どけい!邪魔だ!」

 

UAZ-649から2人の少佐が書類を持って飛び出してくる。

 

少佐達はそのまま警備兵を押し退け司令部へ入った。

 

2人はすぐにエントランスにいる将校に尋ねた。

 

「同志ゴヴォロフはどちらにいる!?」

 

「軍司令の執務室にいらっしゃいますが……」

 

「行くぞ!」

 

顔を見合わせ案内させる為に近くにいた上級中尉を1人だけ拉致して執務室まで向かった。

 

2人の少佐は執務室のドアを3回叩き、「緊急のようであります!」と叫んで入った。

 

執務室に入るなり少佐達は軍司令のブルラコフ中将と前線司令ゴヴォロフ上級大将、参謀長セルゲイ・スティチンスキー大将に手渡した。

 

3人は書類に記載された命令内容を見ると顔を見合わせた。

 

「……ついに来ましたか」

 

まず口を開いたのはブルラコフ中将であった。

 

彼の声音は期待に満ち溢れていた。

 

「……直ちにリガの司令部に戻るぞ参謀長。忙しくなる」

 

ゴヴォロフ上級大将は書類を座っていたソファーの前の机に置いた。

 

書類にはデカデカとソ連軍大本営名義で”ポーランド方面における攻勢について”と記されていた。

 

この段階ではあくまで草案であり、これから1ヶ月で作戦を詰めていくことになる。

 

だが既に兵員と物資についてはいつでも攻勢可能な余裕があった。

 

「モスクワのスタフカからの命令書です。我が沿バルト、白ロシア、第1ウクライナは参謀本部と共に共同してポーランド解放作戦の計画を立案せよと」

 

「オガルコフ元帥はなんと?」

 

スティチンスキー大将は尋ねた。

 

「10日後に司令官や参謀長、一部参謀を集めて会議を開きたいと」

 

「場所は?」

 

「モスクワを予定しています」

 

リガからモスクワまで、陸路なら随分遠いが空路ならそうでもない。

 

恐らくポルタヴァやミンスクも似たようなものだろう。

 

「輸送機を1機抑えておけ。10日後には参謀本部に着いているようにしたい」

 

「了解」

 

ゴヴォロフ上級大将は立ち上がって執務室の窓辺からダウガフピルスの様子を見た。

 

「暫くはここともリガともお別れだな。本当に忙しくなる」

 

「ええ、ですがこれで司令官もお父上と同じ階級に一歩近づきますよ」

 

スティチンスキー大将は冗談混じりにそう呟いた。

 

ゴヴォロフ上級大将は苦笑し「そう簡単なものではないよ」と返す。

 

されどヤゾフが一足早くソ連邦元帥に昇進したことにより、ゴヴォロフ上級大将としても希望が湧いていた。

 

「まあカリーニングラードは我々の前線が単独で取り返したんだ、次も我々も意地を見せるだけだ」

 

そうゴヴォロフ上級大将は息巻いた。

 

実際彼がソ連邦元帥に昇進するのもそう遠い未来の話ではなかった。

 

 

 

 

-EU領域 ドイツ連邦共和国領 ノルトライン=ヴェストファーレン州 ドルトムント市 アメリカ軍第5軍団司令部-

ソ連軍の攻勢計画に合わせて欧州戦線の西部、NATO軍が主力として管轄する地域でも同時に攻勢計画の立案が始まった。

 

本来のドクトリンであれば欧州西部戦線はこれ以上BETAを西進させない事が主任務である。

 

それにソ連軍と違って主力を世界に展開するアメリカ軍は欧州で攻勢を行うだけの体力がなかった。

 

だが状況は変わった。

 

インド戦線の勝利によって兵力に余裕が出た上に、BETA側にはBETA同士の連携が取れていないことが判明した。

 

であれば同時に戦線を押し上げてBETAの包囲網を押し上げるのが勝利に繋がるとアメリカは判断し、作戦の認可をレーガンはホワイトハウスで出した。

 

直ちに命令書がNATO軍司令部に通達され、その後欧州軍隷下の第5軍団、第7軍団にも通達された。

 

欧州軍は日々戦術機や戦車、追加の師団が展開され、師団長の挨拶と展開の調整が行われている。

 

それはドルトムントの第5軍団司令部も同様だ。

 

司令部は毎日のように忙しなく上級部隊との打ち合わせと作戦立案が行われていた。

 

「増援の第12機甲師団は後1週間中に配置につきます。これで残りは第40、第42歩兵師団の到着を待つだけです」

 

第5軍団幕僚のウィリアム・S・ウォレス中佐は同じ幕僚のポール・E・ファンク大佐、ジョン・W・ヘンドリックス大佐と共にシュワルツコフへ報告を行った。

 

3人はシュワルツコフ中将と同じ迷彩を着ており、他の幕僚達も戦闘服を着て仕事をしていた。

 

丁度昼時だったシュワルツコフ中将はペトレイアス少佐と共にブリトーを食べながら報告を聞いていた。

 

机にはブリトーと共に買ったコーヒーが置かれている。

 

「後は統参本部と欧州軍司令部で上手く作戦が決まると実行に移せるのですがね」

 

ファンク大佐は焦ったげに呟いた。

 

「まあその辺はパウエルが上手くやってくれるだろう、後はソ連軍との調整だろうが……」

 

「正直、今の在独ソ連軍に我々と息を合わせて攻勢出来るかは心配です」

 

ヘンドリックス大佐は包み隠さず暴露した。

 

彼の言うことは別にソ連軍を過小評価している訳ではなかった。

 

事実在独ソ連軍は疲弊していた、BETAが襲来した1973年からずっと祖国から切り離され同盟国の東ドイツを守り続けてきた。

 

在独ソ連軍司令官のエフゲニー・イヴァノフスキーソ連邦元帥を始め、第1親衛戦車軍司令のボリス・スネトコフ大将、第2親衛戦車軍司令ミハイル・ソローキン大将、第8親衛軍司令イヴァン・ヴォルホンスキー大将、第20親衛軍司令ウラジーミル・シヴェーノク大将、第16航空軍司令アレクセイ・カートリチ航空大将ら司令官は残留を決意。

 

唯一変わった第3打撃軍司令も前任のレオニード・クズネツォフ中将はBETAとの戦闘で負傷した為交代しただけで本人は死ぬまで戦うつもりだった。

 

司令官達はほぼ確実にこの地に骨を埋めるつもりで戦い、将兵も半ば覚悟して戦闘に臨んだ。

 

今や在独ソ連軍の将兵が祖国に帰る方法は3つしかない。

 

BETAとの戦闘で重傷を負うか、戦死して魂のままモスクワの無名戦士の墓に向かうか、戦争に勝って帰国するかである。

 

それでも在独ソ連軍の士気はNATO軍が考えていたほど落ちはしなかった。

 

未だに祖国が抵抗を続けていることと海路ではあるが補給が続いていること、何より大祖国戦争以来の祖国危機において半ば覚悟を決めてしまった将兵が多いのが要因だろう。

 

こうなってしまったらどの国の人間であろうと強い。

 

在独ソ連軍は消耗しながらも現在の戦線を維持し続けていた。

 

勿論NATO軍からしてもその姿は賞賛に値するものだが、同時に今回の攻勢に耐えられるのかと言う不安があった。

 

かつてソ連の第一梯団としてNATO軍と正面からぶつかるはずだった軍集団は7年と少しでかなり力を落とした。

 

それに加えて在独ソ連軍と共に戦う東ドイツの国家人民軍、ポーランドなど一部ワルシャワ条約機構軍がその不安に拍車をかけた。

 

お荷物、と言うほどではないが装備や政情の面では心配が尽きない。

 

現状臨時のWTO軍野戦司令と言うことでイヴァノフスキー元帥が統一指揮を取っているが、入ってくる不穏な噂を考慮すればどの程度手綱を握れているかは疑問があった。

 

「その点は信じるしかあるまい、ソ連軍だって増援と補給を急がせている。意地は見せてくれるだろう」

 

まさかソ連軍を擁護するとは、内心シュワルツコフ中将は自嘲した。

 

未だにソ連軍は心の何処かで敵だという意識がある、それは戦後になっても拭えないだろう。

 

自らの軍歴の半分以上をソビエトと社会主義国家と戦う為に費やしてきたのだ、ほぼ癖となったこの思考を消すのは難しい。

 

されど今は共に戦わねばならない、これ以上人類があのBETAに負けないようにする為には。

 

それにこれは部下の不安を和らげる為にやっているのだと言い訳をつけた。

 

指揮官とは時に演技をしなければいけない仕事である、第7軍団司令のパットン4世もそう言っていた。

 

「それに、だ。我々とて同盟国と共にドルトムント、カッセル、ビーレフェルトまでどう突っ込むか考えねばならん」

 

食べ終わったブリトーの包み紙を丸め、指揮棒に持ち替えると攻勢終了地点の市街地を指し示した。

 

「戦闘中遭遇するBETA、増援に来るBETAは想定だと1個軍は下りませんからね…」

 

「何せベルリン・ハイヴに近いですし、すぐに増援がきます」

 

「ああ、それらを跳ね除けて攻勢せねばならん」

 

シュワルツコフ中将は地図を睨みつけた。

 

TRADOC(アメリカ陸軍訓練教義コマンド)の連中が考えてくれた新しいドクトリンがどれほど役に立つのかだがな」

 

スペース・エアランドバトル、TRADOC司令官ドン・A・スターリー大将が発表したソレは、まだこの世界ではテストの段階にあった。

 

しかもBETAが航空戦力をほぼ無力化したことにより、元のドクトリンより更に難易度が上がっている。

 

「実行の為の連絡要員は確か明後日到着するのだな?」

 

「はい、空軍と宇宙軍から3名ずつ、延べ6名です」

 

ペトレイアス少佐はすぐに正確な情報を述べた。

 

「空軍の連中が来たら何度か演習をやろう。図上と実戦両方だ」

 

「了解、すぐ調整します」

 

ペトレイアス少佐が調整の為に一旦作戦室を抜けた。

 

1人抜けた作戦室でシュワルツコフ中将は腕を組み、考え続けた。

 

どうやったら勝てるのかを幕僚と共に考え、最適な判断を下し続ける、それが指揮官の仕事である。

 

嵐のノーマンはその為の準備を怠るような人間ではなかった。

 

 

 

 

-ドイツ民主共和国領 ロストク県 ヴィスマル市 在独ソ連軍司令部-

在独ソ連軍、それはソ連軍の最精鋭でありBETA大戦悲劇の象徴である。

 

ソビエトと社会主義国家の最前線に立ち西側からの脅威を抑止し守る盾であり、いの一番に西側へ突入する社会主義国家の矛であった。

 

西側諸国にとってはまず一番の脅威であり、在独ソ連軍が隷下とする軍は第1親衛戦車軍に第8親衛軍といった大祖国戦争で名を馳せた部隊である。

 

そんな在独ソ連軍は現在、祖国から遠く離れた僅かな東ドイツの地で防衛線を築き、BETAと戦っていた。

 

本来であれば在東欧の部隊と共に東へ後退し、1979年12月の攻勢で先鋒を務めるはずだったのだが、BETAの降下ユニットが相次いで東欧諸国に落下したことと、BETAの侵攻の速さによって東ドイツ共々BETAを挟んだ西側に取り残されてしまった。

 

重装備を持った野戦軍を幾つも有する在独ソ連軍を陸路なしで本国に返すのはこの危機的状況下では不可能な話であり、むしろそれよりも残存する東ドイツの防衛に回した方がまだ有意義な使い道が出来た。

 

BETA侵攻後に誕生したソ連軍大本営は在独ソ連軍に対し、発行された命令書には最後にこう記されていた。

 

ベルリンの地で、また会おう

 

いつか、いつか反撃が成功し再びベルリンで抱き合って再会を喜べる日を願って、スタフカは在独ソ連軍の30万将兵を東ドイツの地へ残した。

 

その後在独ソ連軍司令官イヴァノフスキー上級大将はソ連邦元帥へ昇進し、今日まで防衛戦を続けてきた。

 

やがてBETAを打ち倒して故郷へ帰る為、東ドイツから祖国へと先に返した家族達に再会する為、在独ソ連軍33万8,000人の将兵は戦い続けていた。

 

そして、その時が来た。

 

ついに在独ソ連軍から反撃を行う時が来たのだ。

 

詳細な説明の為、ヴィスマルの在独ソ連軍司令部には各軍の司令官たちが集められていた。

 

皆、帰還の余裕があったにも関わらず「部下を置いていけない」と言う理由で1973年のあの日から残り続けている将軍達だ。

 

「ソ連軍大本営から新たな命令が来た。諸君も薄々勘づいていることだろうから全て話そう」

 

司令官イヴァノフスキー元帥は執務室のデスクの前に佇む6名の将軍達に向かってそう宣言した。

 

第1親衛戦車軍スネトコフ大将、第2親衛戦車軍ソローキン大将、第3打撃軍ミハイル・ソツコフ大将、第8親衛軍ヴォルホンスキー大将、第20親衛軍シヴェノーク大将、そして第16航空軍カートリチ大将。

 

イヴァノフスキー元帥の隣には参謀長ウラジーミル・ヤクーシン大将が静かに佇んでいた。

 

彼と司令部の参謀は既に作戦内容を知っていた。

 

「在独ソ連軍はNATO軍と共同し、可能な限りの戦力を持ってハーノファーまで前進せよ。されど同軍の最優先任務は東ドイツの防衛である為、まず前線の維持を優先されたし……だそうだ」

 

皆振り向くことさえせず、ついに来た任務に期待と覚悟を持って承諾した。

 

ようやく本国へ面目が立つ日が来た、ようやく将兵を祖国へ帰らせる道が見えてきた、ようやく勝ち筋が見えてきた、ようやく死場所が見えてきた。

 

イヴァノフスキー元帥は1人1人の気持ちがわかっていた為何か言葉をかけることはしなかった。

 

ただ一言だけ、彼はこう述べた。

 

「皆、我々の義務を果たすぞ」

 

将軍達は敬礼した、その敬礼にイヴァノフスキー元帥は立ち上がり、参謀長と共に敬礼を返した。

 

彼は内心で部下にいる33万8,000人の将兵に言葉を送った。

 

すまんが、みんなの命を使う。

 

この戦いで決して少なくはない将兵が死ぬことは確実であった。

 

されどやらなければ、在独ソ連軍が存在する意味がない、人民を守る人民の軍ではなくなってしまう。

 

ようやくソ連人民と東ドイツ人民に、世界に面目が立つ日が来た。

 

「今後作戦はより綿密なものになる為、諸君と諸君の参謀達には世話になる。ではこれにて解散、各自部隊を研鑽せよ」

 

その一言と共に司令官達はイヴァノフスキー元帥の執務室を後にした。

 

最後に出たシヴェノーク大将が静かにドアを閉め、参謀長以外誰もいなくなったところでイヴァノフスキー元帥は窓からヴィスマルの街並みを眺めた。

 

かつては窓から外を見ればそこにはツォッセンの街並みが広がっていた、しかしそれはも失われた。

 

だが取り返す手立ては出来た、後は我が子に近しい30万将兵を死地に送れば奪還は近づく。

 

そこでふとイヴァノフスキー元帥はヤクーシン大将に尋ねた。

 

「同志参謀長よ」

 

「はい」

 

悲しい声音でイヴァノフスキー元帥は口を開いた。

 

「我らと30万の同志、みんなで死んだらベルリンまで辿り着けるかな」

 

そのあまりに悲しい質問にヤクーシン大将はこう答えた。

 

「辿り着けるでしょう、我々は在独ソ連軍、ワルシャワ条約機構の先鋒です。ですが今はその時ではありません」

 

最後の言葉にはイヴァノフスキー元帥も頷いた。

 

「待ちましょう、本国の同志達が東欧を超えてやってくるその時を…!」

 

 

つづく




深夜更新ですがこちらはまだ9時なので何の問題もありません(?)
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