マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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兵士が街を歩く、なじみのない道が
娘の笑みで、一面照らされる
悪しからず娘さん、だが兵士に大切なのは
はるか遠い、愛する人が待っていることなのだ
-”兵士が街を行く”より抜粋-


Запад-81

-ソ連領 ウクライナSSR キエフ州 首都キエフ 第1ウクライナ前線司令部-

キエフを奪還して1年が経った。

 

元よりキエフはBETAが侵攻したにしては都市区画が残っていたし、放射能汚染などがなく早期に復興作業に入れたことから1年後にはある程度都市機能が回復していた。

 

無論今でも市街地が戦前の姿に復帰した訳ではない。

 

されどヤゾフは司令部機能をキエフへ移すことに決定し、司令部の参謀や各種要員は全員キエフへ移った。

 

第1ウクライナ前線司令部は旧キエフ軍管区司令部の官舎に設置された。

 

「キエフの生活はどうですか?まだ復興途中で不便も多いと思いますが」

 

「いえ、素晴らしい街並みですよ。これもあなた方復興委員会の努力の成果です、同志ゴルバチョフ」

 

ミハイル・ゴルバチョフ、ウクライナ復興委員会第一書記。

 

スタヴロポリ地方から生まれた共産党員であり、その手腕は確かなものであった。

 

2人は互いにサモワールで入れた茶を飲み、暫し雑談を交わした。

 

本来の歴史なら2人は後に第一書記、国防大臣として共に仕事をし、1991年のある8月に袂を分つことになる。

 

「何とかウクライナの穀物生産を年来の3割程度ですが復興させることに成功しました。これで食糧供給は少しはマシになるでしょう」

 

元々ゴルバチョフは集団農場出身者であり、農政に関しては多少心得があった。

 

それに元々ウクライナの大地は肥沃な所である、放射能汚染とBETAに蹂躙さえされていなければ即座に農業が再開出来た。

 

「そうですか、都市やインフラの復興もずいぶん進んでいますし素晴らしい成果です。必要でしたら我が軍の工兵隊や鉄道部隊にも声をかけて下さい。同志ウスチノフからは復興委員会に対して積極的に協力するようにと命を受けています」

 

「ありがたい、既に工兵隊には瓦礫撤去など大いに助けになっています」

 

「度々前線に駆り出してしまうのでそこまで長時間助けられず申し訳ない」

 

「いえ、まずは前線です。銃後は我らにお任せを」

 

ヤゾフが頷いていると3階ドアを叩く音が聞こえた。

 

ドアが開き副官のローシク大尉が敬礼する。

 

「失礼します、同志司令官、ポーランド軍オリーワ大将がお見えです」

 

「もうそんな時間か」

 

ヤゾフは腕時計を見て時間を確認し、残っていたティーカップの茶を飲み干した。

 

彼は席を立ち、客人のゴルバチョフに一言述べた。

 

「同志ゴルバチョフ、申し訳ありませんが私はこれで。仕事がありますので」

 

「前線司令官とは大変ですな、では私もこれで失礼します。長居するのも申し訳ない」

 

ゴルバチョフは立ち上がり、掛けておいたコートと帽子、そしてマフラーを手に取った。

 

「ローシク大尉、同志を見送ってくれ。私はオリーワ大将のところへ向かう」

 

「了解、では同志、お荷物をお持ち致します」

 

ヤゾフの命令を受けてローシク大尉がゴルバチョフの鞄を持ち、彼に付き添った。

 

「では同志、また会いましょう」

 

「ええ、また時間がある時に。今度は我々の庁舎へお越しください」

 

ヤゾフとゴルバチョフは固い握手を結び、2人は別れた。

 

ゴルバチョフにはゴルバチョフの仕事があり、ヤゾフにはヤゾフの仕事がある。

 

されど向かっている方向は1つだ。

 

BETAを打ち倒し、戦前の祖国を取り戻す。

 

ヤゾフはそのままの足取りでオリーワ大将が待機しているもう1つの応接室に向かった。

 

執務室前には既にバリィーキン大佐が待機しており、丁度同じタイミングでお茶を出した給仕の兵が出てきた。

 

「遅れてしまった」

 

「いえ、まだ始まったばかりです。こちらへ、モイセーエフ大将が既に居られます」

 

ヤゾフは応接室に入り2人に敬礼した。

 

それを見た2人はすぐに立ち上がって敬礼を返す。

 

「少し遅れた」

 

「いえ、お構いなく。今オリーワ大将に作戦の説明をしていた所です」

 

モイセーエフ大将から事前の説明を受け、ヤゾフは自分の席に座った。

 

オリーワ大将は今、過去これ以上にないほど闘志で震えていた。

 

「どの程度まで話した?」

 

「ほぼ全てです」

 

「ヤゾフ元帥、ついに我らは祖国へ…!」

 

オリーワ大将にヤゾフは優しく頷いた。

 

「ソ連軍大本営命令、我らはポーランドを奪還する。沿バルト前線、白ロシア前線、そして我々第1ウクライナ前線による同時攻勢によってまずグディニャ、クラクフまでを奪還するのだ」

 

グディニャ=クラクフ線の中には当然首都ワルシャワがある。

 

これらを奪還し、ハイヴ攻略の為の下準備を作るのがポーランドに対する第一次攻勢の内容であった。

 

「これから各前線に編成を終えたポーランド軍第2軍、第3軍が配備される」

 

ポーランド人民軍第2軍、第3軍はかつてのシレジア軍管区、ポメラニア軍管区を基礎に編成されている。

 

装備は戦前より強化されており、兵士の練度もそれなりに高かった。

 

ちなみに在独ソ連軍と共に戦っている一部ポーランド人民軍部隊は兵員の問題から軍とは呼称されていなかった。

 

「では3軍でポーランドへ…!」

 

「ああ、その為に諸君らの知恵と経験を借りたい。作戦計画には諸君の力が必要だ」

 

「出来ることなら何なりと」

 

「期待しているよ」

 

ヤゾフは大将に言葉をかけた。

 

ポーランド人民軍の士気は上がっている。

 

後は冷静に、その高まった熱を敵にぶつけてやるのがヤゾフの責務であった。

 

 

 

 

-ソ連領 エストニアSSR 首都タリン バルト海艦隊司令部-

ポーランド方面における攻勢で戦うのは陸空軍だけではない。

 

ソ連海軍バルト海艦隊、ポーランド奪還作戦では海上からの対地支援と海軍歩兵部隊によるグディニャ、グダニスク強襲上陸作戦が含まれていた。

 

その為バルト海艦隊には旧ポーランド海軍の艦隊も含まれていた。

 

ポーランド海軍第3小艦隊を中心に攻撃艦隊を編成し、残りの第8、第9沿岸防衛小艦隊はクライペダやリアパーヤの防衛に回された。

 

無論バルト海艦隊の増強はそれだけではない。

 

海軍歩兵部隊の援護ということでバルト海艦隊にアドミラル・クズネツォフ級”ヴァリャーグ”が配備された。

 

この”ヴァリャーグ”とキエフ級”キエフ”の二隻からなる空母打撃群を用いて戦術機を運用し、グディニャ、グダニスクの海軍歩兵部隊を援護する。

 

普段は運用テストと訓練の為にバルト海に出てひたすら戦術機の離着艦を行っている”ヴァリャーグ”であるが、今日はタリンの軍港に身を寄せていた。

 

航空機運用の為のその特異な見た目はタリンの街並みだとよく目立つ。

 

中には”ヴァリャーグ”と戦術機の姿を見て後にソ連海軍航空隊に入る子ども達もいるのだろう。

 

兵器というのは時に子どもの心を鷲掴みにするものだ。

 

尤も運用している人間はそう呑気なことを言っていられない。

 

司令部では作戦立案の為にバルト海艦隊の参謀達が身を削って働いていた。

 

「艦隊による対地支援はそれほど難しい話ではありませんが……問題は上陸です」

 

ウラジーミル・ヴァルエフ大佐は地図を指し示しながらそう進言した。

 

「対地支援でBETAの対空を剥がしつつ戦術機を援護として展開、この共同がかなり難易度が高い」

 

参謀、ウラジーミル・クロエドフ大佐はヴァルエフ大佐の発言に付け足した。

 

上陸戦を成功させるというのはかなり難易度の高い仕事だ、モルドヴァ攻勢時の上陸戦成功はほぼ奇跡と言っていい。

 

尤も今回の上陸戦は使える戦術機の戦力が黒海艦隊がやった時よりも遥かに多い為、少しは余裕があった。

 

「アトラコフスキー大佐、エルマコフ大佐、訓練の程はどうだ?」

 

シドロフ大将は海軍歩兵旅団長の2人に尋ねた。

 

アレクサンドル・アトラコフスキー大佐、第336独立海軍歩兵旅団の長であり、A・E・エルマコフ大佐は第61独立親衛海軍歩兵旅団長である。

 

元々第61独立親衛海軍歩兵旅団は北方艦隊所属であったが今回の作戦の為にバルト海艦隊に回された。

 

「訓練に関しては問題ありません、海軍歩兵はいつでも行けます」

 

アトラコフスキー大佐はそう断言した。

 

その話を聞いてシドロフ大将は頷き、参謀達に尋ねた。

 

「クロエドフ大佐、上陸候補地を教えてくれ」

 

クロエドフ大佐はグディニャとグダニスクの幾つかの地点を指差した。

 

「我々としては湾口に主力部隊を展開し、重戦力の一部を沿岸部に投入を検討しています」

 

「2人ともどう思う」

 

シドロフ大将は再び海軍歩兵旅団長達に尋ねた。

 

「問題ないかと、この広さなら戦車も展開出来るでしょうし」

 

まず賛同したのはエルマコフ大佐であった。

 

続いてアトラコフスキー大佐も頷いて賛成を示した。

 

「ではこの提案を採用しよう。後は航空部隊だな」

 

「訓練内容を増やして練度を高めています」

 

ヴァリャーグ”海軍航空師団のユーリー・ソコロフ少将は自信を持ってそう発言した。

 

彼は元々キエフ級”キエフ”の初代艦長であり、空母運用能力を認められて少将に昇進した上に新造艦”ヴァリャーグ”の航空師団を任せられた。

 

彼が指揮を取っていた”キエフ”は今、ソ連海軍航空隊のウラジーミル・デイネカ少将が師団長として指揮を取っている。

 

キエフ”と”ヴァリャーグ”、今回はこの二隻が主力となって上陸支援を行う。

 

特に”ヴァリャーグ”はアドミラル・クズネツォフ級の二番艦であり、新造艦ということも相まって期待されていた。

 

「後はポーランド海軍との調整ですね」

 

カリーニン中将はシドロフ大将に進言した。

 

「ああ、これは決戦だ。バルト海艦隊の全戦力を持って戦わねばならん。奴らを跡形もなく吹き飛ばしてやろうぞ」

 

着々と準備は進んでいる。

 

それはウクライナでも少し離れたバルト海でも同じであった。

 

 

 

 

-ソ連領 ウクライナSSR ザポロージィエ州 ザポロージィエ市 第2ウクライナ前線司令部-

第1ウクライナ前線と違い、第2ウクライナ前線の侵攻方向はモルドヴァからルーマニア方面への攻勢であった。

 

ポーランド解放作戦とは違いルーマニア攻略作戦は第2ウクライナ前線とブルガリア、ユーゴスラヴィアを支える為に新設された南欧前線の2つで行う。

 

とは言っても今年の主攻勢はあくまでポーランド方面であり、ルーマニア方面はあくまで突入の為の足掛かりを構築することが目的であった。

 

ヴロツワフ・ハイヴが陥落すれば次はブカレスト、そしてベオグラード・ハイヴである。

 

その為の足掛かりが今は必要であった。

 

「強行偵察の報告ではルーマニア方面のBETAは1978年時よりかなり低下しているそうです。恐らく主力部隊が南下を続けているからかと思われます」

 

受話器を片手にペトロフ上級大将は南欧前線の司令官へ報告した。

 

『そうか、では予定通り我々と国連軍で戦線を支えているうちにそちらがルーマニアに突入してもらおう』

 

南欧前線司令官、セルゲイ・ソコロフソ連邦元帥はペトロフ上級大将にそう要請を出した。

 

大祖国戦争に従軍したこのソ連邦元帥はヤゾフの前任、1979年攻勢時における第1ウクライナ前線司令官であり、その後はインド戦線支援の為に中央アジア軍管区へ移動になった。

 

そしてインド戦線がリベリオン・セイバー作戦によって安定した為、ソコロフ元帥は再び欧州に戻ってきた。

 

今でもジリ貧の戦いを続けるユーゴとブルガリアの同志を助ける為、新設された南欧前線司令官に任命されたのだ。

 

1980年11月から12月における南欧前線の押し上げによってブルガリアはバルナを奪還した。

 

今では天然の要害たるバルカン山脈を盾に防衛戦を続けている。

 

その為逆に南欧前線がこれ以上戦線を押し上げるのは今の段階だと難しかった。

 

『アドリア海はソ連海軍含めた国連軍の働きで今は安定しているが油断は出来ない。特にイタリア政府はクロアチアの早期奪還を要請している』

 

「しかしクロアチア奪還は当分先になりますよ」

 

ペトロフ上級大将ははっきりとそう述べた。

 

現状ソ連軍の主攻勢はポーランドであり、南欧からの押し上げは早くても来年の話である。

 

されどペトロフ上級大将もソコロフ元帥もイタリア政府の主張はよく理解していた。

 

今のイタリアはオーストリア、スロベニア方面から襲来するBETAを防いでいた。

 

そこへクロアチアの沿岸からBETAの襲来が確認され、イタリア軍は海軍戦力をアドリア海に集中させ、沿岸防衛に乗り出した。

 

主要な沿岸都市には沿岸砲が設置され、沿岸防衛部隊も増設された。

 

これらの設備投資と戦力投入はイタリア軍にとって大きな負担であり、一刻も早く軽減する為にせめてクロアチアの沿岸部を取り戻してくれと要請が出ていた。

 

されどソ連軍も国連軍もイタリア政府の願いを叶えるほどの力はなかった。

 

『分かっているとも、勿論今はまだその時ではない。イタリアにはもう少し耐えてもらう、クロアチアを奪還するのはポーランドが奪還された後だ』

 

「はい、苦しいと言ってもイタリア軍は十分耐えています。来年までは持つでしょう」

 

楽観的ではないが希望を持った分析をペトロフ上級大将は述べた。

 

無論それにはソコロフ元帥も同調している。

 

イタリアは今すぐ危機的な状況にある、という訳ではなかった。

 

『上級大将、来月中にはどこまで進めそうだ?』

 

「ヤシには取り付けるでしょう。勿論ブカレストから出てくるBETAの数にもよりますが」

 

『無理はするなよ、少なくとも今年中にコンスタンツァからシレトまで奪還出来ればそれで十分だ。配属されたルーマニア軍の状態はどうだ?』

 

「問題ありません、少なくとも戦えるレベルにはあります」

 

ソコロフ元帥はそれらの報告を聞いて満足したように『そうか』と述べた。

 

攻勢の要である第2ウクライナ前線の様子はやはり気になるのだろう。

 

基本的なこれからの流れも決定出来た事により2人の電話での連絡は一旦終了となった。

 

『それでは同志ペトロフ、私はこれで失礼する。いつかブカレストの地で会おう』

 

「はい同志ソコロフ、ブカレストで会いましょう」

 

互いに受話器を起き、ペトロフ上級大将は執務室の椅子に深くもたれ掛かった。

 

丁度この日のザポロージィエは雪が降っていた。

 

空は薄灰色で上空を哨戒行動中の戦術機が飛んでいた。

 

「当分は我々の出番ではないか……」

 

第2ウクライナ前線の名前がクラースナヤ・ズヴェズダーにも乗るようになるのは恐らく1年後だろう。

 

それまでに勝利の為の下地を作っておかなければならない。

 

地味で厳しい1年が続くだろうなとペトロフ上級大将は感じていた。

 

それでも1年後と半年後には第2ウクライナ前線と南欧前線はブカレストのハイヴに到達しているだろう。

 

「失礼します、同志上級大将。偵察部隊の新しい報告書です」

 

ヴァレンスキー中佐が1枚の報告書を持って執務室に入ってきた。

 

「ありがとう中佐」

 

ペトロフ上級大将は書類を1枚受け取ると彼は礼を述べ早速目を通した。

 

中には1日分のBETAの動きが記されていた。

 

基本的にはBETAはルーマニア内から出ようという動きはなく、幾つかの少数部隊が最前線の舞台と散発的に戦闘するのみであった。

 

「参謀達にもこの報告書を読ませろ。これらを念頭に踏まえた上で作戦会議を行う」

 

「了解」

 

ヴァレンスキー中佐は敬礼し、上級大将の執務室を後にした。

 

「1年、裏方だな」

 

 

 

 

 

-ソ連領 ウクライナSSR 首都キエフ 某料理店-

ポーランド奪還作戦、通称”西”作戦は2月の中旬から開始することが決定した。

 

それに合わせてドイツ方面でもNATO軍と在独ソ連軍が同時に攻勢を仕掛ける。

 

西と東の双方でBETAを追い込む作戦だ。

 

作戦に備えて準備は加速し徐々に時間がなくなり始めた。

 

その為、ヤゾフは気を利かせて副官のローシク大尉を夕飯に誘った。

 

大尉はヤゾフの副官であるがそれ以前に娘婿であり、家族である。

 

義理の息子を世話するのも父の役目だという立派な親心によるものだった。

 

キエフに位置するある料理店にヤゾフはローシク大尉を連れて行った。

 

「しかしよろしいのですか元帥、私の分まで払うなんて」

 

ローシク大尉は謙遜した。

 

大尉にとってヤゾフは上官であり、そして妻の父である。

 

まともな人間であればこの世で最も敬わなければならない人間の5本指に入る相手に謙遜しない訳がなかった。

 

同時にヤゾフは家族思いであり、娘婿にも優しかった。

 

「勿論だシューラ、君の妻の父は娘婿に食事を奢れないほど貧乏ではないよ」

 

「…ありがとうございます……しかし軍服で来てしまって良かったのでしょうか」

 

「…それは少し思うが……生憎我々には時間がないからな……まあ今日くらいは笑って許してもらおう」

 

そう言ってヤゾフは早速ウォッカのショットグラスを持ち上げ、2人は乾杯した。

 

「勝利をソビエトに」

 

グラスを鳴らし、2人はグイッとウォッカを飲み干した。

 

久々に飲むウォッカの味にヤゾフは思わず声を上げた。

 

「うん、良い味だ」

 

そう言っていると早速前菜のオリヴィエ・サラダが出てきた。

 

ローシク大尉は気を利かせてヤゾフの分も取り分け、彼に差し出した。

 

「どうぞ閣下、あっいえ義父上」

 

「ありがとうシューラ」

 

早速ヤゾフは取り分けて貰ったサラダを口に運んだ。

 

この店は復興しつつあるキエフの街でも特に味のいい店であり、一兵卒から高級将校に至るまで人気の店であった。

 

ヤゾフもこの店をゴルバチョフや他の司令官と歓談する際に使っていた。

 

その為このオリヴィエ・サラダも食べ慣れているが相変わらず美味しい。

 

「やはりこの店の料理は一級品だね」

 

「はい、いつか妻も連れて行きたいです」

 

「エレーナか、最近はどうだ?上手くやれているか?」

 

ヤゾフはふと尋ねた。

 

現在娘エレーナはヤゾフの妻エマと共にモスクワで生活している。

 

エマから送られてくる手紙だと2人の仲は良好らしい。

 

「よく義父上の奥方の話をしています。一緒にブリヌイを焼いたとか、ボルシチを作ったとか。街へ買い物へ行ったとか」

 

「そうか、元気そうなら良いんだ。君とも仲もな」

 

「はい、楽しくやっています。前線がもう少し西に進んだら奥方と共にエレーナをキエフに呼んではどうでしょうかね」

 

「それはいいな、最近じゃあキエフに住む民間人も増えている。そろそろ頃合いかもな」

 

少なくとももうウクライナでBETAを見かけることは前線以外だと殆どない。

 

既にハリコフやドネツクでは疎開命令が解除され、人々が街に戻り始めていた。

 

今のキエフはモスクワと比べれば不便は多いかもしれないが、住む分には問題ない街である為呼んでもいいかとヤゾフは感じていた。

 

「我々は当面の間、ポーランド解放作戦に従事する、だからこうやって楽しめるのは多分今日が最後だ。盛大にやろう」

 

「はい!」

 

ローシク大尉は力強く頷き、グラスにウォッカを注いだ。

 

実際ヤゾフのいう通り2人がこうして家族として食事を共にするのは当分未来の話だろう。

 

これから第1ウクライナ前線はポーランドへ突入しBETAと戦う事になるし、ヤゾフもローシク大尉も司令官として、副官としての義務を果たさなければならない。

 

それに世界だってまた少しづつ変化し始めていた。

 

韓国のチョン・ドファン政権は基盤が固まりつつあるし、アメリカ軍は中東戦線の終結を目指して準備を始めている。

 

イギリスのサッチャー政権は英国陸軍に1個師団を増設すると宣言し、IRAとも一旦和解した。

 

特に変化が大きかったのが日本帝国であり、サムライの国はサムライを前線へ、つまり斯衛軍を海外派遣することを決定した。

 

この決定は実にほぼ40年ぶりの出来事であり、国内外から驚きの声が上がった。

 

こうした決定には帝国国内の世論や政界、そしてインド方面での勝利が密接に絡んでいたのだがそんなことヤゾフが知る由もなかった。

 

ヤゾフの経歴の殆どはレニングラード軍管区、そしてウクライナやカフカスといった極東とは真逆の地域で果たされている。

 

一度だけキューバに行った事があるが極東軍管区やシベリア軍管区に勤務したことはなかった。

 

本来彼が極東軍管区で経験を積むのは1976年以降のことであり、BETAが襲来し、欧州の正面戦線に釘付けになった彼は極東軍管区に向かうことはなかった。

 

それ故に本来出会うはずのある友人とはこの世界では当分の間出会うことはないのだが、それもヤゾフが知ったことではない。*1

 

日本という国の名前は知っていてもどういう政治体制で、どういう国民性なのかは全く知らなかった。

 

精々日本文学は素晴らしいということくらいしか知らない。

 

彼にとって重要なのはそうした世界の変化によって戦争にどう影響が及ぶかであった。

 

こうした影響を考慮しつつ軍人としての使命を果たすのがソ連邦元帥たるヤゾフの使命であり、1941年11月のあの日に選んだ道の最終到達点である。

 

だからヤゾフにとって今夜の時間は何よりも心休まるかけがえのないものだった。

 

 

 

 

-ソ連=旧ポーランド国境地点-

3機のMiG-25が明け方の薄暗い空を飛行していた。

 

飛行するMiG-25はPDSか偵察タイプのRBVである。

 

MiG-25PDSの装備はかなり自由であったがRBVの武装は突撃砲にR-40、偵察装備を身につけている為ロケットポッドや脚部のミサイルはなかった。

 

RBVは上空からの高高度偵察と光線属種の攻撃を避けての地表偵察が可能な偵察型戦術機であり、BETA支配地域への強行偵察にしょっちゅう投入された。

 

現在1個中隊ほどの偵察機がルーツクの前線航空基地から出撃し、速やかに国境近くまで到達した。

 

「1976001より各機へ、まもなく光線属種の射程圏内である。高度を下げBETA領域へ突入する」

 

偵察中隊長ヴィクトル・ベレンコ少佐は部隊にそう進言した。

 

彼の愛機は本来MiG-25P、もしくは改良型のPDSであり今回もそれに乗って非常時の護衛役を務めている。

 

最初ベレンコ少佐は偵察部隊指揮の任務を「自分には不適当だ」と反対したが第8防空軍司令官のレオニード・ゴンチャロフ大将の説得によって任務を請け負った。

 

部隊は高度を下げ、地表スレスレを飛行した。

 

これでもMiG-25RBVに搭載された各種偵察機器は周囲の様子を正確に捉えている。

 

「国境を越えるぞ!これ以降はBETAの領域だ。各機、散開して周囲を偵察。BETAを発見しても可能な限り交戦せず迂回、特に光線属種との戦闘は可能な限り避けろ」

 

各機から『了解』の声が聞こえ、ベレンコ少佐はペダルを踏んでさらに機体を加速させた。

 

ついに一行は国境を跨いでポーランドへと侵入した。

 

人のいない、BETAの国となった彼の地は驚くほど静かであり、国境を跨ぐ前とそれほど変化はなかった。

 

「いいか、我々の目的はルブリンの手前まで行って状況の最終確認をすればいいんだ。無茶し過ぎるな」

 

『1976002より1976001へ、前方20キロ地点にBETAの小規模部隊を確認。正確な数は不明、ですが100体はいます』

 

「迂回する、座標に印をつけておけ」

 

『了解』

 

3機のMiG-25が編隊を崩さず、迂回行動を取りながら高速で移動する。

 

他の4つの編隊も同様に行動しつつ偵察活動を続けていた。

 

勿論迂回と言っても限界はある。

 

『1976001、3方向にBETA群、このままでは迂回出来ません』

 

再び1976002、シュミルコ上級中尉が報告した。

 

彼からデータリンクで送られてきた情報を見ると確かに回避不能な地点に3つ、BETAの熱源反応があった。

 

「一番数が少ないのは」

 

『左側です、凡そ90体』

 

「分かった、1976003、我々で突破するぞ。後少しでルブリンだ」

 

『了解…!』

 

僚機のヴァルプキン上級中尉は了承し、戦闘態勢に入った。

 

前方には戦車級と要撃級の群れがおり、意外なことに突撃級の数は少なかった。

 

「光線級はいない。1976003、ナパーム弾を投下しろ。地表で俺が引き付ける」

 

『了解…!』

 

高度を変更し、横にスラスターを吹かしながら移動し、突撃級の背後に隠れる戦車級と要撃級に攻撃を叩き込んだ。

 

無駄使いせぬよう確実に突撃砲とロケットポッドの弾を当てる。

 

その間にヴァルプキン上級中尉がナパーム弾を投下し、前衛を担当する突撃級と周囲にいた戦車級を焼き尽くした。

 

ナパームの炎に焼かれ、次々とBETAが火だるまになって死んでいく。

 

長く燃え続けるナパーム弾によってBETAは暫く動けなくなった。

 

前にも後ろにも下がれないBETAの群れが戦術機を追撃する術など持ち合わせていなかった。

 

「もう十分だ、足は止めた」

 

編隊を組み直し、再び目標地点へ向かった。

 

他の編隊も同様に戦闘をこなしている。

 

今回の部隊は全員10回以上出撃を繰り返して生存してきたベテランの衛士であり、その腕は一級品だ。

 

かつては停滞と腐敗の激しいソ連防空軍であったが今では空軍と並んでソビエトの空を守る空の守護者となった。

 

だからベレンコ少佐もここにいるし、MiG-25が西側に流れたことなど一度もなかった。*2

 

「まもなく目標地点だ、各機位置につけ」

 

ベレンコ少佐とヴァルプキン上級中尉はシュミルコ上級中尉のMiG-25RBVを護衛する態勢を取り、一旦移動を停止した。

 

司令部の予想だともう少し時間が掛かると思われていたがベレンコ少佐の判断力と技量により戦闘は1回に抑えられ、タイムロスと部隊の疲弊を抑える事に成功した。

 

自分には不適当だと言っておきながらこの戦果である為、彼の技量の高さが見て取れる。

 

戦術機のコックピットで上級中尉は少し近くのルブリンの様子を撮影した。

 

『撮影完了、偵察情報を取得しました。司令部へ打電を』

 

「任せろ、内容はどうする」

 

ベレンコ少佐は尋ねた。

 

シュミルコ上級中尉は素早くこう返した。

 

『”ポーランドは未だ滅びず、今日復活の時である”』

 

「……分かった」

 

ベレンコ少佐はその言葉を聞いて歓喜に震えた。

 

ついにポーランド奪還作戦が開始されるのだ。

 

ポーランド国境付近に点在するBETAの数は最終的な偵察衛星の情報と戦術機による強行偵察によって実行可能ラインにあった。

 

それをベレンコ少佐のMiG-25PDSから放たれた1文が司令部にそれを伝えた。

 

偵察機部隊の帰投とほぼ同時に攻勢が始まる。

 

BETAに対するソビエトの西進、通称”西(ザーパド)”作戦が始まるのだ。

 

BETAに対する懲罰が今始まる。

 

 

 

つづくかも

*1
共和国の永遠なる国防委員会委員長

*2
多分夫婦仲はまだ悪いと思う

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