マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
戦士を送り出した
暗い夜、戸口の階段で
別れを告げた
今も若者には
霧の彼方に見える
娘のいる小窓に
灯りが灯り続ける
-”ともしび”より抜粋-
1980 反撃の年
1980年1月、それはソ連が初めての勝利に沸いた年であった。
後にキエフ奪還作戦と称される一連の縦深攻撃作戦は成功に終わった。
BETAをバルトではカウナス以降に叩き出し、白ロシアはほぼ完全に解放され、ウクライナはジトーミルからオデッサ方面を取り戻した。
今でも散発的なBETAの襲撃が各戦線で起こっているが迎撃出来ない敵ではなかった。
されどソ連軍が負った損害も決して少ない訳ではない。
放棄された物資や破壊された兵器も多く、戦力の回復と再度攻勢には後半年は待つ必要があった。
その間に各前線は部隊の再編成と人事の再編を始めた。
これだけの戦果には何かしらの褒章が必要であった。
彼、ドミトリー・ヤゾフもその恩恵を受けた。
ヤゾフは第4軍の功績を讃えられて上級大将に昇進、ソ連邦英雄に列せられ二度目のレーニン勲章を授与された。
久々に着た礼服の肩章は気づけば上級大将のものにすげ替えられ、2つほど勲章が増えた。
ヤゾフはその足で交付された新たな職場へ赴いた。
第1ウクライナ前線の司令官の人事が変わった。
元々司令官を務めていたセルゲイ・ソコロフソ連邦元帥は対インド支援作戦の為に中央アジア軍管区に向かった。
その為代わりの司令官として上級大将に昇進したヤゾフが任命された。
前線司令部はハリコフからポルタヴァに移動し新たな攻勢作戦開始の為に準備していた。
「同志上級大将、昇進おめでとうございます。私が第1ウクライナ前線参謀長、ミハイル・モイセーエフであります」
司令部の玄関前で車から降り立ったヤゾフにミハイル・モイセーエフ中将は敬礼した。
出身はアムール州で年齢はヤゾフよりも10歳ほど若く、星の数はヤゾフより2つ少ない。
「ありがとう中将、参謀たちのところまで案内してくれ」
「了解」
ヤゾフは車内に置いてきた鞄を手に取り、ポルタヴァのウクライナ前線司令部に入った。
ポルタヴァ市には元々航空基地があり、戦術機の運用能力があった。
時折頭上を見れば偵察の為に出撃するMiG-25や最新鋭のMiG-27”アリガートル”が飛び交っていた。
あの空飛ぶ人型兵器が時と場合によっては戦車より役に立つのだから不思議なものである。
「こちらです、新司令官に対し総員敬礼!」
参謀達が待機する作戦室に入るとモイセーエフ中将の号令で全員が敬礼した。
ヤゾフも敬礼を返し「楽にしてくれ」と敬礼を解いた。
ヤゾフは早速参謀達が囲む作戦地図を眺めた。
そこには前線隷下の各軍と今まで入ってきた戦闘の報告が丁寧にマッピングされていた。
「誰か直近1時間の状況を報告してくれ」
中将は周囲の顔ぶれを見て1人の参謀の名前を呼んだ。
「バリィーニキン大佐、報告を」
名を呼ばれたその大佐、ヴィクトル・バリィーニキンは一歩前に出て敬礼し状況を報告した。
「ジトーミルに展開中の第34軍が300体ほどのBETA集団と接敵しましたがこれを殲滅。他には第24軍の担当地域で50から60体ほどの集団が数ヶ所に襲来しましたが全て撃退しました」
ヤゾフは地図を眺めながらバリィーニキン大佐の報告を聞いた。
彼が話したことは既に地図に記載されており、事細かな被害報告もあった。
「ありがとう同志大佐、素晴らしい精度の報告だ。第4軍の参謀達も立派だったが諸君とはいい仕事が出来そうだ」
ヤゾフは顔を上げ全員の前に立って演説するように話した。
新司令官としての簡単な抱負だ。
「諸君も知っている通り我々の次の目的はリヴォフ・ハイヴの攻略である。ここを占拠すればウクライナは完全に解放され、残るはワルシャワ条約機構の同盟同志達の国々となる」
簡単な前提説明の末にヤゾフはこう言い放った。
「私はかつてこれより散々たる事態の渦中にいた、諸君の父祖らも参加した大祖国戦争だ。あの大戦に比べれば今我が祖国の状況はまだ幾分かマシである。何せもう勝利がすぐそこにあるからだ。BETAを一掃し奴らへ報いを与えよう、同志の国々を解放し社会主義の理想を実現しよう。諸君の力を私と祖国ソビエトに貸してくれ」
その一言と共に参謀達は全員敬礼した。
皆戦う気概はあった。
ヤゾフもそれに応え、想いを表すように敬礼を返す。
「以上だ、これからよろしく頼む」
ヤゾフは敬礼を下ろし、作戦室を後にした。
彼がその後向かったのはこれから日々を過ごす司令官の執務室であった。
既に警備の兵が2名待機しており、ヤゾフの顔を見るなりドアを開けた。
執務室は基本的に第4軍の頃と全く変わらず、机と椅子、そして幾つかの本棚があった。
「こちらが執務室になります。第4軍からの必需品は後日ここに置かれます」
「うむ、前任のソコロフ元帥はここを使う前に旅立ったと聞いたが」
「はい、同志元帥はまだハリコフに司令部を構えていた時に司令官でいらしたので」
椅子に座り、執務室の窓から外の様子を見る。
ポルタヴァはこれでもまだマシな方だとヤゾフは感じていた。
ヤゾフは実際に取り返したキエフを見てきた、それはそれは悲惨なものであった。
キエフでこの姿なのだからワルシャワやブカレストはどんな有様なのだろうか。
「……占領地の掃討戦はどうなっている」
ヤゾフはふとモイセーエフ中将に尋ねた。
「職務の凡そ6割を国内軍の方へ移管しました。元より取りこぼしは少ないので掃討宣言は1ヶ月後に確実に行えると思われます」
今やソ連国内軍、というよりソ連内務省はKGBとほぼ融合しかつてのNKVDの姿に戻ろうとしていた。
ソ連国内軍の中には旧ソ連国境軍の将兵も含まれており、指揮官をKGBの将校が務めることもあった。
しかも今の国内軍にはソ連軍からお下がりとして供与されたT-55やT-62が配備されており、史上最強の装備を有していた。
これで軍が取り逃したBETAの残敵も安全に掃討出来る。
「後1ヶ月か……復興はもっと先だろうな……」
「はい……」
未来は暗いままだ。
されど進むしかない。
暗い未来の通り道に社会主義の赤い炎を灯すのが労農赤軍から続くソ連軍の使命であった。
ソビエトの勝利は全世界に歓喜の衝撃を与えた。
人類が初めて直進480キロ以上の領土をBETAから奪い返したのだ。
今までジリ貧の防衛戦を続けてきた人類にとってこの戦果は社会主義政権の戦果でも素直に喜ばしかった。
まず、アメリカである。
ウクライナでの勝利は直様支援のアメリカ海軍や米大使館、衛星画像を通じて報じられた。
”ソビエト、キエフを取り返す”、”異星人はロシアの熊に敗れた”など素直にソ連の勝利を讃えた。
某時間と名のつくニュース雑誌には時の人としてグレチコ元帥が表紙を飾っていた。
アメリカとは不思議な国である、たとえ昨日敵であった国でも自分達にとって味方となると彼の国は無条件にありとあらゆる支援を施してくる。
勿論それは統治の観点とはまた別の話であり、その無条件さが裏目に出ることも多い。
この人類最大の危機においては感謝以外の言葉が見つからなかった。
当然作戦支援を行ったアメリカ海軍の功績も新聞各紙には記載されている。
ニュースを知ったアメリカ人達は旧敵であっても彼らの勝利を純粋に喜んでいた。
欧州連合も公式反応はアメリカと歩調を合わせていた。
キエフ奪還の祝辞を述べ、共にBETAに立ち向かっていくことを改めて強調した。
欧州連合もこの作戦と完全に関係がない訳ではなかった。
少なくともイギリス王立海軍はアメリカ海軍と共に旗艦をミサイル巡洋艦HMS”ネルソン”、シェフィールド級HMS”シェフィールド”、”バーミンガム”を出撃させている。
この勝利はイギリスにとって直接的に関わりのあることであり、勝ってもらわなければ困る。
フランスや西ドイツもイタリアも現行の防衛戦線の負担が少しでも軽減されればこれ以上有難いことはない。
かつては世界の半分を牛耳っていた悪の帝国とはいえ、話の通じない異星人よりは遥かにマシだ。
今は形式上でも味方なのだから裏で何を思おうと笑顔で戦勝を祝した。
それは生き残りの社会主義国家も同様であった。
中華人民共和国、大陸に残った共産党の面々はこの勝利を人類の革命的躍進として速やかに祝勝の電報を送った。
56年以降の中ソ対立などまるでなかったかのような面持ちでだ。
やはり死ぬ前に毛沢東がブレジネフと固い握手を握りしめたのが大きかったのだろう。
毛沢東は文化大革命という最大の汚点を残したが、死ぬ間際まで軍才に長けた奇跡の人物であった。
BETAがカシュガルに落着した瞬間に毛沢東はそれを”
結果的にカシュガルのBETA群は壊滅し、ハイヴを作る間も無く全滅した。
この戦訓と中東欧での阻止の失敗はBETA襲来時の基本的な対処手段として確立し、今日に至るまでこれ以上BETAが到来せぬよう防いでいる。
次代の鄧小平もBETAとの戦線を維持する為にソ連との関係を維持した。
キューバのカストロも同様に祝辞の言葉を送り、一番最後に祝辞を送った社会主義国家は東ドイツとなった。
ドイツ民主共和国の臨時国家評議会議長であるカール=ハインツ・ホフマンは社会主義の勝利は人類の前進だとし東ドイツも後に続くと宣言した。
ウルブリヒトやピークといったSEDの党指導層はベルリンにBETAが落着した際に全滅し、生き残っていたのはたまたまベルリンを離れていた国防相のホフマンだけであった。
もはや風前の灯である東ドイツにとってソビエトの勝利は西側の英仏独伊よりも希望を与えるものであった。
東ドイツを経由して故郷に未だ帰れずにいる在独ソ連軍の将兵達も勇気づけられ、より一層の奮戦を始めた。
朝鮮半島の大韓民国も極東の日本帝国も同様であった。
韓国としては突如暗殺された故・朴正煕大統領の訃報や軍部内クーデターという政情不安を人類全体の勝利で和らげたいという意思もあったのだろう。
何せ陸軍の”
ともあれソビエトの勝利は人類に希望と道筋を示した。
それは全世界の社会主義革命に繋がる道筋ではなかったが少なくとも人類が生き残る道筋であった。
無論その後に続くはアメリカであった。
-インド太平洋地域 インド洋 ベンガル湾 ソ連海軍太平洋艦隊 第2潜水小艦隊 第45潜水艦師団-
アメリカは約束通り艦隊による対地支援と軌道爆撃支援を行った。
その結果攻勢には成功したのだからソ連も約束は守らねばならない。
アメリカ主導の国連軍はインド方面に誕生したルディヤーナー・ハイヴ攻略作戦を発動、ニューデリーの奪還とインド方面における攻勢作戦を決めた。
参加諸国はアメリカ、インド、イギリス、韓国、中国、日本、そしてソ連海軍が参加する。
ソ連海軍太平洋艦隊所属の第45潜水艦師団は母港で新年を祝い、その1日後出航した。
671型RTM原子力潜水艦六隻はカムチャッカ半島から出港し太平洋側を渡って南シナ海へと入り、途中ベトナムで補給を受けてベンガル湾へと辿り着いた。
ソ連海軍があまり経験したことのない遠洋航行であったがここから本番である。
潜水艦師団は対地支援として運んできた核弾頭搭載型のS-10”グラナート”を発射する必要がある。
彼ら潜水艦乗りの仕事はようやく始まったところなのだ。
「司令官、全艦配置に着きました。命令があればいつでも攻撃出来ます」
”K-507”の艦長、パズドニャコフ大佐は潜望鏡から周辺の様子を確認する第45潜水艦師団長、ヴャチェスラフ・ザモレフ少将に報告する。
ザモレフ少将は艦隊指揮と現場監督の為にこの”K-507”に乗り込み、陣頭指揮を取っていた。
国連軍進撃の為の核弾頭を用いた対地支援ということでザモレフ少将も息が詰まるようなプレッシャーを感じていた。
しくじれば人類の反撃を台無しにするだけでなく祖国に泥を塗ることになる。
おかげで少将は出港前よりも5キロ痩せ、表情は疲れ切っていた。
「もう一度全艦に発射座標のチェックを命じろ。寸分の誤差も師団長が許さんと伝えるんだ」
「了解」
パズドニャコフ大佐は敬礼し自分の鑑と僚艦に少将の命令を伝えた。
本当なら今すぐにでもタバコを吸いたいほどザモレフ少将は緊張している。
「少将、USS”ブルー・リッジ”より入電。インド太平洋軍司令のロング提督からです」
ロバート・L・Jロング海軍大将、アメリカ軍インド太平洋軍の司令官にして本作戦の総指揮を取る人物である。
第7艦隊旗艦”ブルー・リッジ”をそのまま総司令部とし、海上からの指揮を取っていた。
「読み上げてくれ」
「本作戦に参加する全米軍将兵を代表し帰国の助力に感謝する、だそうです」
入電を受け取った士官は内容をそのまま読み上げた。
「では返信を送れ。貴国の勝利と切に願い、我の一撃を以て助力を成すと」
「貴国の勝利を切に願い、我の一撃を以て助力を成す……了解」
「ウクライナ半分の恩は返さんとな……」
「全艦チェック完了、問題ありません」
確認を取ってきたパズドニャコフ大佐が少将に報告に来た。
少将は頷き潜望鏡を大佐に譲った。
「見てみろ大佐、凄い光景だ」
ザモエフ少将に促されパズドニャコフ大佐は潜望鏡を覗いた。
潜望鏡の先には地上援護の為に展開された米艦隊の背中があった。
「空母もいるらしい、これがアメリカ海軍の底力というわけだ」
アメリカ海軍は原子力空母USS”エンタープライズ”とUSS”ニミッツ”、そして通常動力のUSS”キティホーク”とUSS”フォレスタル”をアラビア海に展開した。
これらの航空母艦には海軍仕様の戦術機が搭載されており、洋上から艦載機による援護を行う予定だ。
かつて対峙するはずだった米艦隊を大佐が眺めているとついに攻撃が始まった。
「アメリカ宇宙軍、初弾攻撃を開始。BETA迎撃地点到達まで凡そ50秒!」
「”ブルー・リッジ”より3分後に対地支援を実行せよと要請きました」
「各艦に伝達、浮上しミサイル発射態勢に移れ。目標はルディヤーナー、連中のハイヴに我々が最初の一撃を入れるのだ!」
”K-507”を先頭に第45潜水艦師団の各艦が浮上し魚雷発射管を開く。
既に発射目標は各艦にセットされており、後は艦長達が引き金を引くだけであった。
「第2射、地上に命中。MRIV弾により周辺の光線級及び重光線級の98%を掃討。続けて第3射、発射されました」
「国連艦隊、対地攻撃を開始。作戦開始しました」
次々と作戦開始の報が齎される。
バージニア級やスプールアンス級から次々とSGMが放たれ、同時に現代に甦ったアイオワ級戦艦が砲を叩き込んだ。
その間潜水艦師団はひたすらタイミングを待った。
そして3分、要請の時が来た。
「全艦、ミサイル発射!」
ザモエフ少将の合図で671型RTMの魚雷発射管から一斉にミサイルが飛び出した。
S-10”グラナート”の核弾頭搭載型だ。
巡航ミサイルは目標へ向けて飛翔し続けた。
アメリカへ義理を果たす為、人類の反撃に寄与する為。
「グラナート、発射を確認、到達まで後……」
「これで義理は果たした。後は国連軍次第だな……」
少将は国連軍の勝利を信じてた。
されど相手はBETAだ、どれだけ準備を重ねても勝率は75%といったところだろう。
後は前線にいる国連軍の働き次第であった。
-ソ連領 ウクライナSSR ポルタヴァ州 ポルタヴァ市 第1ウクライナ前線司令部-
朝、ヤゾフは毎日プラウダとクラースナヤ・ズヴェズダーを読んでから職務に移った。
これは軍司令としてBETAと戦い始めた時からの習慣であり、聞いた話によればほんの一瞬だけ昔の日常に戻れるのだという。
ヤゾフにも家族はいる、彼の息子イーゴリは潜水艦乗りで現在は中佐の階級にある。
現在も潜水艦隊勤務をしていると攻勢前の手紙で聞いたがそれ以降は分からないしどうしても気に出来る時間がなかった。
「潜水艦……か……」
ヤゾフはプラウダに書いてあった文字を口に出した。
国連軍はインド方面にてリオベリオン・セイバー作戦を実行、1ヶ月半に渡る死闘の末、ルディヤーナー・ハイヴを破壊しインド全域を奪還した。
この作戦で国連軍は戦術核、戦略核を無制限使用しルディヤーナー・ハイヴまでの道のりを突破した。
無論ソ連軍もこの核攻撃に参加している。
第45潜水艦師団は核弾頭をハイヴに投射し、そして最後にソ連宇宙軍が17F19DM”ポーリュス”がハイヴに向けてレーザー照射を行ってこれを完全に破壊した。
2ヶ月のうちに人類は二度目の反撃に成功したのだ。
無論この反撃の犠牲も大きい。
人的被害は元より、戦術核や戦略核の多用により放射能汚染が深刻化し今後半世紀は居住不可能とされる地域もあった。
特にハイヴがあった地域はどういう危険性があるか分からない為封鎖線が敷かれ、立ち入りが禁止されていた。
なんでも”ポーリュス”が発射したレーザーの威力に問題があったらしい。
生き残る為とはいえ人類は確実にこの地球を汚し、自らに傷を与えていた。
もう人類がBETA以前の生活を営むことは不可能なのだろう。
文明の歴史は破壊され、そして自らも生きる為に壊した。
死体すら残らない戦場跡が世界に溢れ返っている。
執務室のドアを叩く音が聞こえた。
ヤゾフは新聞を畳み、「入ってくれ」と入室を許可した。
ドアが開き、1人の男が入ってくる。
「失礼します、ボリス・ステクリャル中将、只今着任いたしました!」
制帽を左脇に挟み、大体ヤゾフと同年代くらいの中将は綺麗な敬礼と共に自己紹介した。
ボリス・ステクリャル、ヤゾフが第4軍にいた時のKGB派遣将校の統率者だ。
以前会った時は少将だったがどうやら昇進したらしい。
「同志ステクリャル!昇進おめでとう!」
ヤゾフは席を立って彼の手を握り締めた。
「占領地の掃討作戦の功績を評価されて無事中将に昇進しました。本日付を持って第1ウクライナ前線情報部長に着任しました」
「つまりスメルシか」
「やめてくださいよ、BETA相手に祖国を売るファシストなんていませんよ」
と口では言っていても実際は前線司令官のヤゾフ含めて行動を監視していることを彼は認識していた。
ソ連とはそういう国だ、そんな国でもう60年弱生きてきたヤゾフからすれば慣れたものであった。
「そうだな、知っての通り我々は早くて半年後に残るウクライナ領の1/3を奪還しリヴォフ・ハイヴの攻略に移る。その為にも情報部の働きが重要になってくる」
「ようやくウクライナ全土の奪還ですか、キエフから撤退した時の日が遠い昔のように思えますな」
「ああ、リヴォフを取り戻せばいよいよ東欧だ。ワルシャワ条約機構の同志達を故郷に帰してやろう」
ソ連国内には今もなお億を超える数の東欧諸国の避難民を抱えている。
何せ東欧諸国にBETAが大量に落着したのだ。
当時はまだ落着したBETAに対する対処法も確立していなかったので初動対応が遅れ、西も東も住民と軍を撤退させる以外の選択肢はなかった。
結果的にベルリン、ブカレスト、ブダペスト、プラハ、ヴロツワフ、ウィーン、ベオグラードといった欧州諸国の大都市にハイヴが建設されてしまった。
当時ヤゾフは最前線部隊で住民避難までの遅滞戦闘を行っており、あの時の住民の姿は今でも覚えている。
殆どの避難民はソ連国内に逃げ込むかドイツかイタリアに逃げ込むなどしてどうにか生きながらえた。
国連の支援などを足して辛うじて食わせていられるが、それでも負担は大きい。
早期に東欧諸国を取り返して負担を軽減したいという要望はうっすらとだが党の側から出てきていた。
「その件ですが、こちらを。クレムリンのスタフカから最速の命令です」
ステクリャル中将は1枚の書類を手渡した。
ヤゾフは渡された書類に目を通した。
「我が前線にポーランドの1個軍を配備すると?再編は終了したのか?」
多くのワルシャワ条約機構の諸国軍はソ連軍と一緒に避難する住民を救出し、遅滞戦闘を行った。
当然装備の多くを喪失した為現地司令官に役に立たないから後方に下がれと撤退するケースもあったが、殆どは前線で奮戦した。
されど装備と損害の観点から各軍の再編成は必須でここ数年、ワルシャワ条約機構軍はソ連国内で再編成と錬成を続けていた。
「特にポーランド軍は持ち出せた装備が多かったので、まだマシな方でした。部隊は1週間後にはハリコフに到着しているはずです」
「では閲兵式を行わなければな。新しい副官が取り留めておくように命じよう」
「ソコロフ元帥のところの副官がまだいるのでは?」
ステクリャル中将は尋ねた。
「元々短期任官らしくな、軍事アカデミーに戻ったよ。恐らく帰ってくる頃には中佐の肩章付きだろうな」
「では新しい副官は?」
「第3親衛戦車軍で戦車中隊長をやっていた大尉が副官としてくるらしい。まあ人事の一新は今がチャンスだろう」
少なくとも今は時間があった。
部隊を再編し傷ついたものを癒し、次の攻勢に備える。
今は力を蓄え、耐え抜く時なのだ。
それに彼の新しい副官は彼もよく知る人物であった。
レーガンという人のことを覚えているだろうか。
ロナルド・レーガン、ジミー・カーターを破って大統領になった彼は社会主義者との対決姿勢を明らかなものにした。
ソ連のことを”
大統領になった後もスターウォーズ計画に六百隻艦隊構想と力による平和の道を選び、中南米からやってくる麻薬にもレーガン流の言葉とやり方で対処した。
反面、人種差別の解消に取り組みソ連とも最後には冷戦の終結ということで決着がついた。
色々な意味で名前に残るアメリカらしい大統領であり、それはこの世界でも変わらなかった。
レーガンは本来の歴史より早く大統領になった。
この世界でレーガンは反共ではなく反BETA政策を積極的に打ち出し、
彼の隣には彼より遥かに優秀な名女優ナンシー・デイヴィス・レーガンが佇み、夫をサポートした。
この作戦の成功は単なる人類の反撃となるだけでなくレーガン個人の人気も高めた。
英雄となった軍人達の名前とレーガンの名前を人々は讃え、ソビエトが勝利した時以上に勝利に沸いた。
やはりアメリカ、自分達の国は素晴らしいと子供染みた愛国心を昂らせた。
そしてレーガンはその愛国心に応えた。
1980年2月、勝利の報告から僅か数日の間にレーガンは作戦成功に関する演説を行うと宣言した。
既にホワイトハウス前には多くのアメリカ国民が集まっており、皆星条旗やレーガンの顔が貼り付けられたプラカードが掲げられていた。
「大統領、もう間も無くです」
ジェイムズ・ベイカー大統領補佐官がスーツのネクタイを整えているレーガンに伝えた。
彼の側には数人の共和党員や軍人が控えている。
うち1人はアメリカ軍統合参謀本部議長、デイヴィッド・C・ジョーンズ空軍大将、戦術機の積極的導入とゴールドウォーター=ニコルズ法導入に携わったJCS議長だ。
「ジョーンズ大将、何か異常事態はないか」
「はい、世界中に展開中のアメリカ全軍から戦線が突破された、或いは未確認のBETAが発見されたという報告はありません」
レーガンは安心したように報告を聞いて頷いた。
「では行くとしようか、アメリカがなんたるか世界に示せたのだ。国民にも示さなければ」
レーガンは軽い足取りでホワイトハウスを出てジョーンズ大将も制帽を被って後に続いた。
彼がホワイトハウスの外に出て人々の目に留まるなり、早速歓声を受けた。
レーガンコールは暫く続き、レーガンが演説台に立って数秒立つまで鳴り止まなかった。
「アメリカ国民の皆さん、これを聞いている全世界の皆さん、そして今日まで軍務に立ち続ける全ての軍関係者の皆さん、私は皆さんの努力が報われたことを心の底から讃えたい」
レーガンはマイクの前で柔和な笑みを浮かべながらまずそう話し始めた。
彼の前には数千人はゆうに越すアメリカ国民と各国のテレビや新聞のカメラマンの視線がレーガン1人に集中していた。
「我々は人類で初めてBETAのハイヴを完全に破壊することに成功しました。我がアメリカ軍と国連軍の自己犠牲の精神がBETAに一撃を与えたのです」
演説のメモを僅かに見ながらレーガンは1人1人に訴えかけるように話した。
「数ヶ月前、ソ連はウクライナを取り戻し、アメリカもそれに続いた。なぜ人類は今日まで戦い続け、これだけの輝かしい勝利を成し遂げられたのでしょうか。私は知っている、それは人類がこの地球に栄え、何千、何万年という歴史の果てに己の能力を最大限解き放ったからです」
人類はこの地球という青い生命の星に長い年月を生し続けてきた。
数年前、我が物顔で入ってきた侵入者がそう簡単に入植出来るはずがない。
厚顔無恥な連中は二度、頬を打たれたようなものだ。
「我々はこの数ヶ月の間に自由を手にしました。BETAの恐怖から解放された自由です。もちろんこの開放には大きすぎる代償が必ずついています。ここにいる皆さん、もし可能ならばアーリントンに続くなだらかな丘を登ってください。列を成してアメリカの為に義務を果たした若者達に花束と共に労いの言葉を述べてください。この大戦で亡くなった人々に、この作戦で亡くなった人々に感謝と慰めを与えてください。そこにいるのは人類の為に戦った英雄達なのです」
レーガンは悲しみを帯びた声音で静かに語った。
既に全世界で決して少ないアメリカの若者達が祖国から遠く離れた地で死んだ。
全員がどうやって死んだかは分からないし、遺体が故郷に帰れない者も大勢いるだろう。
彼らの魂はポトマック川を渡り、やがてアーリントンの墓地に宿るだろう。
合衆国建国から今日に至るまで、アメリカを守る為に戦った兵士達と同じ場所に還るのだ。
「ジョージ・ホーヴァスという男の話をしましょう。彼はミズーリに住む1人の若者でした、BETAの侵攻が始まると彼は自ら軍に志願し2年前にインドのニューデリー近郊で戦死するまで軍務を果たしました。彼が戦死する日の前まで日記を書いていました。その一文にはこう書かれています」
ジョージ・ホーヴァス、アメリカ陸軍の上等兵でレーガンが言った通り彼はニューデリー近郊の防衛戦で戦死した。
彼の日記は野営地に置いていった物を仲間の兵士が本国へ届けてくれたのだ。
それを遺族が「どうしても読んでほしい」とレーガンに送ったのだ。
「”BETAを初めて見た、本当に恐ろしかった。だけど、だからこそ戦わなくてはと思った。あんな奴らに我々の自由を踏み躙られてたまるか。この戦いは人類の自由を守るための戦いだ”、これが我々が戦わなくてはならない理由です。これが全て、これだけで十分なのです」
自由のために戦う、アメリカ人が最もわかりやすい大義だ。
レーガンはアメリカ人向けに話しつつ、主語は人類とした。
レーガンだって分かっている、BETAはアメリカ単独では勝てる相手ではない。
本来は反共主義者であったレーガンだが勝利の為にグッと堪えていた。
勝たなければ守る事由も何もかもがなくなってしまう。
アメリカの為、世界の為にレーガンは言葉を送った。
「世界の為、人類の為、全ての自由の為に戦いましょう。BETAという悪の侵略者に人類全員で立ち向かいましょう。この勝利が続き、BETAが地球の果てから追放した時、その日が人類の勝利であり、”新たな独立記念日となるでしょう!”」
つづくかも