マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

21 / 73
45年5月の朝
困難な戦争は勝利で終わり
大地の半分を渡ったソビエトの兵達は
ベルリンに春を齎した!

そして我らは任務の為ここに立つ
国境の外で常に警戒を
在独ソ連軍の将兵は
我らは常に大地の平和の守りにあり!
-”在独ソ連軍の歌”より抜粋-




我ら在独ソ連軍-ザーパド81⑥

2月14日、”西”作戦は在独ソ連軍でも当然行われる。

 

だが攻勢の開始は東にいるソ連軍本隊の同志達よりも遅く、西側のNATO軍を含めても在独ソ連軍が一番最後であった。

 

在独ソ連軍は第1親衛戦車軍、第2親衛戦車軍、第8親衛軍を第一梯団とし、第二梯団を第3打撃軍、第20親衛軍、そして国家人民軍第3軍、第5軍を配置した。

 

各基地には第16航空軍と国家人民軍航空軍の戦術機部隊が待機し、命令実行の時を待った。

 

「NATO中央軍集団、北部軍集団は攻撃を開始。BETA群の前線部隊は全てライプツィヒ、ハーノファー方面へ投入されつつあります」

 

「ソ連軍沿バルト、白ロシア、第1ウクライナ前線、攻勢を開始」

 

「始まりましたな」

 

控えていた参謀長ヤクーシン大将はそう呟いた。

 

周りにいる参謀達も固唾を飲んで状況を見守っている。

 

イヴァノフスキー元帥は落ち着いていた。

 

彼は静かに、そして冷静に入ってくる情報を分別し、いざという時の方策を考えていた。

 

「同志元帥、作戦開始時間です…!」

 

アレクセイ・ミチューヒン大佐はイヴァノフスキー元帥に対し、開始時間を報告した。

 

今まで一言も喋っていなかった元帥は立ち上がり、在独ソ連軍及びワルシャワ条約機構全ての将兵に指令を出す。

 

「作戦を開始せよ」

 

イヴァノフスキー元帥の合図は簡潔であった。

 

されどその一言で全軍合わせて数十万将兵が動き始めた。

 

まず砲兵部隊の準備砲撃で確認されたBETAは叩き潰された。

 

中でも光線属種は徹底して叩き潰され、戦術機の安全を確保する。

 

それから2個の親衛戦車軍と1個諸兵科連合軍を第一梯団として在独ソ連軍が前進した。

 

第1親衛戦車軍と第2親衛戦車軍、その親衛の称号はカトゥコフとボグダーノフという2人の戦車兵元帥と共に築き上げてきたソ連戦車部隊の栄光である。

 

T-80やT-72、T-64BVが砲火を叩き込み、BETAを蹂躙した。

 

それの側面を援護するは第8親衛軍、スターリングラードからベルリンまで歩んだチュイコフ元帥の末裔達。

 

恐ろしいことにこのチュイコフ元帥は国家存亡の危機に際して、名誉職という形で軍務に復帰した。

 

彼は命の危険も顧みず、単身東ドイツ領に乗り込んで東ドイツで将校達の基礎教育と民間防衛の一環を担った。

 

家族や友人達は止めたがこのソ連邦元帥は「私はベルリンの名誉市民であるから、街を取り戻しに行くのは当然である」と言って飛び出した。

 

当初はプロパガンダと見做されていたが、彼が教えた将校達、衛士達は戦場で次々と戦果を上げた。

 

チュイコフ元帥に鍛えられたある大尉は麾下の中隊を率いてBETA相手に増援が到着するまでの100時間、陣地を死守した。

 

またある自動車化狙撃兵の上級中尉はチュイコフ元帥に教えられたスターリングラードにおける市街地戦のやり方を実行し、一兵の犠牲もなくある地区をBETAから奪還した。

 

チュイコフ元帥とスターリングラードの英雄達が遺した教えは戦術機の戦闘にも活かされ、それでリヴォフ・ハイヴは堕ちた。

 

彼は生涯をソ連軍に捧げた軍人である、先に死んだクルイロフやグーロフ達がやりたくても出来ないことを生きている自分がしなければならない。

 

チュイコフ元帥は厳しい頑固な人である、それは年を取ってからも変わらない。

 

だが将兵に対する愛情、そして何としてでも祖国を守り抜きたいという意志も変わることはなかった。

 

チュイコフ元帥は過去の功績だけでなく、今の成果で若い将兵からも尊敬を集めていた。

 

東ドイツの民間防衛体制を改善し、より粘り強く戦えるようにしたのは彼だ。

 

ある時期政治的に睨まれていたシュトラハヴィッツ大将を助ける為に、シュタージの本部にイヴァノフスキー元帥と共に自らAKを持って殴り込んだのも彼である。

 

近年、スターリングラードの古傷で敗血症を患っていても行動力は変わらなかった。

 

彼にとってこれらは全て当たり前の行動であり、他のどの元帥も同じことをするだろうと思っていた。

 

悔しいがあのジューコフだってそうするだろう。

 

74年、BETA襲来から1年後に亡くなったソ連邦英雄、ゲオルギー・ジューコフソ連邦元帥は亡くなるその年に軍事アカデミーの壇上に立ち、そして人々へ向けて自らの回顧録にこう付け加えた。

 

世界は今、41年のあの日と同じ絶望の中にいる。だが思い出してほしい、絶望は直様希望に打ち変わった。世界は暗黒と戦うことを選べば必ず変わる”と。

 

彼の回顧録は飛ぶように世界で売れた。

 

ナチに打ち勝ったソ連邦元帥の言葉はソ連軍将兵だけでなく世界中の人々を勇気づけた。

 

70年代まで生きたソ連邦元帥は皆、何かしらの形で今のソ連軍に貢献した。

 

アレクサンドル・ヴァシレフスキーソ連邦元帥、元赤軍参謀総長でジューコフ元帥と共に大祖国戦争時の赤軍全体を統括した。

 

彼は77年に亡くなるまでの数年間、ジューコフ元帥と同じように軍事アカデミーの教壇に立って若い参謀達を育て上げた。

 

彼らの上の世代であるシャポシニコフ元帥がそうしてくれたように、ヴァシレフスキー元帥も最期、若く優秀な参謀達を遺して逝った。

 

ヴァシレフスキー元帥に育てられた参謀達は今、第一線で活躍している。

 

カトゥコフ元帥やババジャニャン総元帥、ロトミストロフ総元帥も同様である。

 

大祖国戦争の老将達は戦うソ連軍を支えていた。

 

第8親衛軍はポーランドからのBETAも、前面にいるベルリンからのBETAも全て跳ね除けた。

 

T-72やBMP-1、最新鋭のT-80が今までの仕返しと言わんばかりにBETAを撃滅する。

 

第一梯団は1時間もしないうちにノイシュトレーリッツまで到着し、同市街地の奪還を開始した。

 

近隣の航空基地から飛び立ったMiG-23や最新鋭のMiG-27が敵を蹴散らす。

 

衛士達は日々の戦闘経験に加え、定期的に本国へ戻って訓練を積むことにより練度を高めていた。

 

第16航空軍の練度はかなり高く、国家人民航空軍の中にも本国のY.A.ガガーリン名称軍事航空アカデミーで技術を高めた精鋭達がいた。

 

うち1つはユルゲン・ベルンハルト少佐率いる第6航空団”ウラジーミル・コマロフ”、そしてフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊のヴェアヴォルフである。

 

これらの隊は基本的に練度が高く、ソ連から渋々供与されたMiG-23を優先配備されていた。

 

既に第6航空団”ウラジーミル・コマロフ”はマイェンブルクの敵を一掃し、進撃路を切り開いていた。

 

「急げ急げ!!」

 

「誰かRPG持ってこい!」

 

ノイシュトレーリッツに取り付いた第8親衛軍隷下の第27親衛自動車化狙撃兵”オムスク=ノーヴィイ・ブーク”赤旗・ボグダン・フメリニツキー勲章師団の将兵達が戦闘を繰り広げている。

 

市街地は見るも無惨な姿であるが、まだ建物は残っていてマシな方であった。

 

故に路地や死角にBETAが潜んでいる可能性があった。

 

ある1人の歩兵がRPGで戦車級を破壊し、その側をBMP-1が通り過ぎた。

 

BMP-1は73mmの暴力で戦車級、闘士級を薙ぎ払い、歩兵の活路を作った。

 

要撃級以上の大型BETAは既にMiG-23や援護のT-72によって一掃されている。

 

1個自動車化狙撃兵分隊が街の中心地に位置する広間に飛び出し、そのまま旧市庁舎に突入した。

 

接近するBETAは乗ってきたBTR-70の重機関銃によって薙ぎ倒される。

 

「同志ペトロフ!一番乗りだ!旗揚げろ!」

 

「はい!」

 

AKを片手にソ連国旗を持った一等兵が屋根に飛び乗り、旗を突き立てた。

 

これが本作戦において一番最初に赤旗が突き立てられた場所となった。

 

ここから先、奪還されたドイツ領域には東ドイツソ連の赤旗がいくつも掲げられることになる。

 

在独ソ連軍の帰還は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

在独ソ連軍の攻勢はしつつあった。

 

既に第一梯団はゲルトシュハーゲン前面の交差点を制圧し、部隊の前進を続けた。

 

この時点ではまだBETAの対応はそれほど成されておらず、精々前線にいる幾つかのBETA群を統合して1個師団程度の部隊で抵抗する程度であった。

 

それに師団程度であれば戦術核を積んだSu-24で対処出来る。

 

在独ソ連軍の攻勢を止める障害にはなり得なかった。

 

その間に第二梯団の4個軍は第一梯団が開けた戦線の穴を拡張した。

 

第3打撃軍と第20親衛軍は周辺にいた全てのBETAを掃討し、確実に占領地を増やしていく。

 

国家人民地上軍も第3打撃軍のサポートを受けながら、想像していたよりは確実に成果を上げていた。

 

特にシュトラハヴィッツ大将率いる第5軍が成果を上げていた。

 

またシュタージ隷下のフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊も連隊でありながら軍団規模まで拡大したその戦力と機動力を活かして各所で転戦していた。

 

作戦開始から凡そ10日、在独ソ連軍は目標の半分を達成し、完遂までもう少しであった。

 

無論BETAとてただで土地を返してやるほどお人好しではない。

 

この頃にはBETAも各所に向けて部隊を展開し始めていた。

 

「第8親衛軍はゴーデンドルフまで突破、第1親衛戦車軍はヴィットシュトックまで前進しました」

 

参謀ニコライ・マカロフ大佐は司令部にいる参謀達と司令官に報告した。

 

攻勢開始前、宇宙軍と偵察部隊の報告では凡そ1個軍団と2個師団ほどいたBETAであるが10日のうちに、殆どが消し飛んだ。

 

これでも在独ソ連軍と国家人民軍、そしてポーランド人民軍の残存部隊の損害は軽微であり、まだ戦闘可能な段階にあった。

 

今戦闘中のBETAも殆どが組織的な抵抗が出来ないでいた。

 

「NATO軍の状況は」

 

「どこも押してはいます。NATO宇宙軍の軌道爆撃と阻止攻撃がかなり効いているようでして、BETAの損耗は大きいと見られます」

 

同じく参謀のアレクサンドル・バラノフ大佐の報告通り、NATO軍中央軍集団、北部軍集団共に数個軍団に近いBETAを既に撃滅していた。

 

単純な撃破数で言えば恐らくこの2個軍集団の方が多いだろう。

 

「ですが、NATOの担当地域にBETAの増援が襲来中とのことです」

 

「そろそろハイヴの中身が対応してきたか。各軍に警戒を促せ」

 

イヴァノフスキー元帥は念の為そう命令を出した。

 

しかし彼の懸念はすぐに当たることになる。

 

宇宙軍の連絡要員と共に参謀のニコライ・ペトロフ中佐がやってきた。

 

元帥とヤクーシン大将に敬礼し、早速報告を行う。

 

「宇宙軍からです、現在ベルリン・ハイヴ方面から凡そ2、3個軍程度のBETA群が我が軍の方面へ進撃中だと」

 

すぐに連絡将校が衛星画像と報告書をイヴァノフスキー元帥に見せた。

 

元帥は中身を一瞥すると隣にいたヤクーシン大将に渡した。

 

これでもNATO軍の担当地域には2、3個軍など比ではない数のBETAがいる為、まだ作戦は破綻していなかった。

 

「BETAの対応部隊のようですな」

 

ヤクーシン大将の発言にイヴァノフスキー元帥は頷いた。

 

「直ちに第一梯団に防衛陣形へ移行するよう伝えろ。第二梯団の各軍には第一梯団の支援を行わせろ」

 

「了解」

 

「我々の戦区に来た以上対処はせにゃならん。作戦を考えねば」

 

イヴァノフスキー元帥は地図を睨みつけながらそう呟いた。

 

戦況を表す地図には既に少佐クラスの参謀達が新しく増援として到来予定のBETA群を配置した。

 

数は2、3個軍、正確に言えば2個軍と2個軍団というところだろうか。

 

撃破出来ない数ではないが、戦うには厄介な数であった。

 

「通常戦闘では時間が掛かり過ぎます、ここは戦略核を使用しましょう」

 

ミチューヒン大佐は戦略核攻撃を進言した、問題は何から撃つかだ。

 

少なくとも在独ソ連軍が戦略ロケット軍を頼ることは難しかった、どうしても光線属種の交戦範囲に入ってしまう。

 

であれば残りは宇宙軍と海軍のSSBNによる核攻撃である。

 

「北海には北方艦隊の潜水艦師団が待機中です。要請を出しましょう」

 

マカロフ大佐の進言を受けイヴァノフスキー元帥はすぐに参謀達に尋ねた。

 

「潜水艦から核を撃つとして光線属種を発射可能レベルまで減らすには何日掛かる?」

 

「この規模ですと凡そ1週間は必須かと」

 

「分かった、では1週間のうちに光線属種を可能な限り排除、各軍は防衛線を維持し排除次第海軍に戦略核攻撃を要請せよ」

 

イヴァノフスキー元帥の決断は早かった。

 

すぐに参謀達は命令を承諾して動き始めた。

 

BETAの増援が到着する頃には既に在独ソ連軍によって防衛陣地が構築され、突破は難しくなっていた。

 

「さあ、BETAども、我慢比べだ。我々はお前らのせいで我慢比べには慣れているからな」

 

イヴァノフスキー元帥は司令部でポツリと呟いた。

 

早速BETAとの最初の決戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

ソ連軍において人種というのはあまり関係のないものである。

 

無論差別などが完全にないわけではない、クリミア・タタール人のように未だ要望が叶わぬ民族もいる。

 

そもそも誕生初期のボリシェヴィキの大半は”()()”や”()()”に対してそれほど深い考えを持っていなかった。

 

何せ社会主義はやがて世界に広まり、世界社会主義共和国が生まれると信じていたからだ。

 

民族に関して真剣に考えていたのはあのスターリンくらいだろう。

 

彼は革命家だが同時に実務家でもあり、堅実なリアリストであった。

 

そしてこのスターリンも彼の側近としてNKVDを指揮したラヴレンチー・ベリヤも、共にグルジア人である。

 

そんなオールドボリシェヴィキの時代はもう完全に終わり、時代は冷戦からBETA大戦へと入った。

 

かつてはロマノフ王朝の呪いともいうべき教育の遅れでそもそも非ロシア系の少数民族というのは識字率が極めて低く、これでは地図も読めないので戦車に乗せられない、政治将校が字を教えなければならないという有様であったが70年代以降そんなことは徐々になくなっていた。*1

 

今ではタタール人やヤクート人、トゥバ人にアゼルバイジャン、アルメニア人といった非ロシア系の戦術機パイロットも増え始めている。

 

中にはアメト=ハン・スルタンと並ぶ少数民族から生まれたエースパイロットもいた。

 

例えば今在独ソ連軍にいるラトロフという政治将校もグルジア出身である。

 

彼はそう遠くない日にフィカーツィアという女性と結婚し子を儲けるのだがそれはまた別の話。

 

彼は第16航空軍に配属された政治将校であり、誰よりも勇敢なパイロットであった。

 

登場する機体はMiG-23、所属は第6親衛戦闘航空”ドンスコイ=セゲト”赤旗・スヴォーロフ勲章師団である。

 

政治将校ラトロフの機体は所属する中隊の最先頭にいた。

 

彼が仲間達を先導し、真っ先に突撃することで政治将校としての威厳と規律が保たれる。

 

政治将校とは勇敢でなくてはならない、その勇敢さで命を落とすほどにだ。

 

『各機、前線に接近中のBETA群の相手をする。光線級には気をつけろ、ありったけの火力を用いて連中を殲滅するんだ』

 

「全員聞いたな、各機私についてこい!」

 

『了解!』

 

そういってラトロフの機体は先行してBETA群に突入した。

 

突撃砲で要撃級、戦車級を殲滅し、後退しながら友軍機と前衛を代わった。

 

後続から接近するMiG-23は脚部ロケット・ポッドで戦車級を殲滅しつつ、突撃砲で要撃級、そして突撃級を撃破した。

 

ラトロフはその間にシールドにマウントしたイグラ-Ⅴで突撃級を撃破する。

 

他のMiG-23もBETAの周りを取り囲むように飛行しながらBETAを攻撃し、徹底的に数を減らした。

 

「340908、援護を頼む。突撃級を仕留める」

 

『お供します同志!』

 

340908、フランコスキー中尉はラトロフ機に接近しようとするBETA群を突撃砲で薙ぎ払った。

 

「沈め!」

 

肩部の9M113コンクルスを3発放った。

 

珍しく全弾命中し突撃級を1体撃破、残る突撃級2体は突撃砲の集中砲撃で黙らせた。

 

『340912、焼き払え!ここを離脱する!』

 

『了解!』

 

援護に回っていたMiG-23が中隊の援護を受けながら残りのBETA群にナパーム弾を投下する。

 

生き残っていた戦車級や要撃級は全て焼き尽くされ、数百体はいたBETAは撃滅された。

 

『殲滅を確認!』

 

「各機、残弾と機体の損傷に気を配れ。何かあってからでは遅いぞ」

 

『了解…!』

 

『同志ラトロフ、今ので何体やれた』

 

部隊長の少佐はラトロフに尋ねた。

 

「規模から見て中隊はやれたと思います。ですが全体の総数から見れば微々たるものです」

 

『ああ、休憩は終わりだ。国家人民軍の第9装甲師団から救援要請だ。もう一度行くぞ』

 

「ドイツの同志を助け、共にベルリンへ行こうじゃないか諸君!」

 

衛士達を勇気づけ、ラトロフは救援要請が出ている方向へ向かった。

 

基本的な戦術機の運用はこうした機動援護が主流である。

 

一部浸透強襲する戦術機もあるが大抵の場合は戦術核を搭載したSu-24などであり、MiG-23や前身のMiG-21は機動力を活かして右へ左へという感じで運用された。

 

それこそ光線属種の対処は砲兵か宇宙軍、それか戦術核を積んだSu-24の仕事である。

 

通常の戦術機部隊は前線のCAS任務が仕事であった。

 

ラトロフらの中隊はすぐに国家人民軍第9装甲師団へ駆けつけた。

 

その様子は師団を通じて上位の第5軍にも伝わっていた。

 

「第6親衛戦闘航空師団より援軍です、戦術機1個中隊が一部全線を押し返しました」

 

参謀長マンフレート・ゲーメルト少将は司令官のシュトラハヴィッツ大将にそう報告した。

 

第5軍は一部部隊を前進させて前線の防衛戦に駆り出していた。

 

特に精鋭の第9装甲師団は戦車による機動援護の為、戦術機共々前に出ていた。

 

「我が軍の戦術機部隊は」

 

「第2、第9戦闘航空団は補給中。前線では第1、第6航空団が展開中。第7、第8は現在予備戦力として待機中です」

 

国家人民軍航空軍は元より2個師団からなる航空部隊である。

 

ほぼソ連に縋り付く形で戦術機を供給して貰い、ようやくMiG-23まで配備出来るようになった。

 

「それとフェリックス・ジェルジンスキー連隊の戦術機部隊も前線にいます。第6航空団と共同で接近するBETAを撃滅中」

 

「確かベルンハルト少佐の言っていた子は例のヴェアヴォルフだったか、妙な名前をつける……このまま在独ソ連軍と共に前線を維持。戦術機の救援要請はどの軍構わず展開しろ。ソ連海軍が核を撃つまで耐えろ」*2

 

「はい…!」

 

祖国に戦略核が撃たれること、シュトラハヴィッツ大将も内心はいい気分ではない。

 

されど戦略核がなければBETAに勝てないのも事実であった。

 

「……参謀長」

 

「はい」

 

ふとシュトラハヴィッツ大将は参謀長のゲーメルト少将に尋ねた。

 

「前線の状況と損害はどうなっている」

 

「損害は軽微、ですが苦戦は強いられています。まだソ連軍の戦術核で押さえ込んでる分マシではありますが」

 

損害は軽微、されど前線にいる兵士たちにとっては地獄だろう。

 

かつてシュトラハヴィッツ大将も一兵卒であったから分かる。

 

70年代以降、殆どの国家人民軍の将官は先代のドイツ国防軍で下士官兵をやっていた者が多い。

 

シュトラハヴィッツ大将もその例外にもれず、国防軍の下士官兵として東部戦線に従軍し、捕虜となった。

 

故に前線がなんたるか、歩兵が見る地獄は経験している。

 

それでもなお歩兵達に死んでこいと突っ込ませるのが将官の仕事だ。

 

そうでもしなければ愛する娘のいるべき場所は、このドイツという祖国は消えて無くなってしまう。

 

彼は善人であったが、ある一面は冷徹であった。

 

「兵達にはもう少し苦労をかけるな」

 

「はい、しかしあと数日です。我々が耐えてきた年数に比べればまだマシですよ」

 

シュトラハヴィッツ大将は頷いた。

 

8年間という忍耐の時に比べればたった数日など感覚で言えば1秒にも感じなかった。

 

 

 

 

北海、NATO海軍の影に隠れてソ連海軍北方艦隊の部隊が海の中に潜んでいた。

 

北方艦隊所属の第31潜水艦師団は母港のガジエヴォを離れ、北海まで進出した。

 

師団の展開地域は北海には留まらず、一部はノルウェー海にも展開していた。

 

師団長イヴァン・リトヴィノフ少将は667BDR(デルタ)型原子力潜水艦の”K-193”に乗艦していた。

 

それでも667BDR型は貴重品であり、大抵は既存のA667A(ヤンキー)型原子力潜水艦であった。

 

第31潜水艦師団は核攻撃の為に命令を待っていた。

 

「艦長」

 

リトヴィノフ少将は”K-193”の艦長、A.N.バラノフ大佐に尋ねた。

 

「在独ソ連軍司令部からの命令は」

 

「まだ来ていません、光線属種狩りが長引いているようです」

 

少将はだんだん不安になってきた。

 

BETA相手に戦いが長引けば長引くほど人類側が物量と疲弊の面で不利になる。

 

それでもイヴァノフスキー元帥の今までの腕を信じて命令を待った。

 

在独ソ連軍司令部から攻撃要請が来たのはこれから僅か10分後であった。

 

命令を受け取ったリトヴィノフ少将はガッツポーズを浮かべ、師団に攻撃命令を出した。

 

「667BDR型は全艦攻撃、残る667A型は”K-140”、”K-411”のみ弾道ミサイルを叩き込め」

 

リトヴィノフ少将の命令により第31潜水艦師団の弾道ミサイル攻撃が始まった。

 

基本的に667BDR型はR-29RLを搭載しており、一方の667A型はR-27を装備している。

 

第31潜水艦師団は前線の砲兵部隊とタイミングを合わせて攻撃を実行し、光線級や重光線級が砲兵隊の放った砲弾を全て迎撃した後、弾道ミサイルが目標に命中した。

 

MIRV弾のR-29RLとR-27によって増援として襲来したBETAの凡そ89%が核で焼かれた。

 

真っ平らになった大地を待機していた第1親衛、第2親衛戦車軍の戦車部隊が突撃してくる。

 

戦闘は暫く発生せず、あったとしても核攻撃を受けて弱った突撃級や要塞級を嬲って終わる。

 

突然2個軍と2個軍団が消失したことによりベルリン・ハイヴの頭脳級は混乱した。

 

そしてあろうことか頭脳級は包囲され掛かっているニュルンベルクの友軍を助けることよりも、接近しつつあるNATO北部軍集団を抑えることよりも在独ソ連軍の接近阻止に兵力を割くことにした。

 

結果的にニュルンベルクに取り残されたBETAの大群は後々見捨てられることになるし、北部軍集団の接近は止められなかった。

 

それでも頭脳級は優先順位をすげ替え、在独ソ連軍を最大の脅威と指定した。

 

予備兵力として再び2個軍程度のBETAが前線に送り込まれる。

 

この事に気づいたのは核攻撃を実行してから僅か1日後のことであった。

 

この頃の在独ソ連軍司令部は核攻撃を成功させたことを喜び、後はどう目的地まで行くかを話し合っていた。

 

2個軍を消し飛ばした事により担当戦域に敵戦力は存在しないも同然と踏んでいたし、実際それは正しかった。

 

BETAの増援が到着するまでは。

 

ソ連宇宙軍の第4偵察衛星軍が移動中のBETA群を発見し、直ちに在独ソ連軍司令部に情報を届けた。

 

連絡将校は血相を変えて司令部に飛び込み、報告を聞いた参謀達はお通夜状態になるどころか一周回って激昂した。

 

「クソッ!なんでこっちにくるんだ!!」

 

机を叩きマカロフ大佐は珍しく声を荒げて激怒した。

 

他の参謀達もどうするか話し合い、顔を顰めある者は胃痛で腹を押さえていた。

 

イヴァノフスキー元帥はこの報告を聞いても微動だにしなかった。

 

彼からすれば作戦が開始した時点でやることは決まっている。

 

眼前にBETAが10万体いようと100万体いようとやることは変わらないのだ。

 

「もう一度だ」

 

その一言と共に参謀達はイヴァノフスキー元帥の方を見た。

 

「もう一度防衛線を展開して核攻撃までの時間を稼ぐ。ありったけの物資、砲弾、核を動員して奴等を抑えろ」

 

「将兵はかなり損耗しており、地雷や物資も恐らくこの2個軍を防げばもう一度がかなり厳しくなると思われますが…」

 

バラノフ大佐は一応進言した。

 

彼は知っている、この進言を行おうとも元帥は実行することを。

 

「三度は来ない、どの道ここで抑えねば作戦は失敗だ。我々は全滅してでも作戦を成功させなければならん」

 

「……同志司令官の命令だ、直ちに全軍に通達せよ」

 

ヤクーシン大将はまだ心持ちの定まっていない若い参謀達らの背中を押し、覚悟を決めさせた。

 

参謀達は無言で敬礼し、直ちに命令を各軍に伝えた。

 

どの軍司令官もただ一言、『分かった』とだけ返して準備に移った。

 

幸いにも前線のBETAは殆ど吹き飛ばしてしまった事により、工兵隊の築城には妨害が入らず、縦深も稼げた。

 

その間に戦車隊、戦術機部隊は補給と整備に入り、野戦陣地に入ってBETAを待った。

 

一部では在独ソ連軍だけでなくポーランド人民軍残存部隊、国家人民地上軍の部隊も前線に入っていた。

 

最後の攻勢の為、一部精鋭は温存されなければならない。

 

「第31潜水艦師団ですが少なくともR-27ならまだ撃てると」

 

マカロフ大佐の報告を受けてイヴァノフスキー元帥はこう返す。

 

「最悪連中の半分でも吹っ飛ばしてくれればそれでいい、残りは全て我々で叩き潰す。砲兵隊、そして戦術機部隊には出し惜しみするなと伝えろ」

 

「了解…!」

 

イヴァノフスキー元帥は誰にも聞こえないようにため息をついた。

 

彼はここ数日、一睡もしていないことが多く、寝たとしても1、2時間の仮眠ばかりだ。

 

正直疲れは溜まっていたが司令官がそれを見せるわけにはいかなかった。

 

「ここが正念場ですな、2個軍を吹っ飛ばせればベルリン・ハイヴは恐らく攻勢能力を失う」

 

ヤクーシン大将の報告にイヴァノフスキー元帥は頷いた。

 

「たった2個軍で我々を潰せると思うなよ、我々在独ソ連軍を舐めるな」

 

確固たる覚悟でイヴァノフスキー元帥は遠くにいるBETAの大群を睨みつけた。

 

今、戦闘が始まる。

 

 

 

 

襲来したBETAの大群は幅5キロはある地雷原に衝突し、前線の突撃級が手足を吹き飛ばされて動けなくなった。

 

そして動けなくなったところをギリギリまで接近していた偵察部隊のBRDM-2が偵察情報を砲兵隊に報告して砲撃が叩き込まれる。

 

周りにいた戦車級が吹き飛ばされ、稀に要撃級が直撃を喰らって跡形もなくなっていた。

 

それでもBETAはその物量を活かして5キロはある地雷原を同類の屍で乗り越え、歩兵の籠る陣地帯に接近した。

 

接近したBETAは陣地に籠った歩兵の弾幕射撃やBTRの重機関銃、BMP-1や最新鋭のBMP-2がBETAを迎撃した。

 

こうした陣地帯にいる車両はシルカやT-72も含まれており、基本的な敵は対処出来た。

 

問題は要塞級である。

 

と言っても足が遅く、身長のある要塞級は真っ先に偵察に引っ掛かり周りの光線球含めてまとめて戦術核で吹き飛ばされた。

 

そうでなくても砲兵隊が優先して要塞級を狙う為、陣地に辿り着くまでの損害は一番大きかった。

 

こうした陣地帯にいる部隊は時には陣地を死守し、時にはあっさり陣地を捨てて戦力を維持しつつ後退した。

 

この頃には闘士級が前線に出始めていたが、弾幕射撃の前には戦車級共々肉壁でしかない。

 

着々と数を減らしていた在独ソ連軍であったがそれでもBETAの物量は凄まじく、奪還したツェーデニックを放棄し、5キロほど後退した。

 

この間に新たに構築された次の陣地帯に入り込んだのだ。

 

この撤退戦で友軍部隊の支援を行なったのがユルゲン・ベルンハルト少佐率いる第6航空団”ウラジーミル・コマロフ”であった。

 

撤退中に孤立した部隊を救い上げ、BETAを押し留めることで後退の時間を稼いだ。

 

この部隊は元々戦術核を用いず光線属種を狩る戦法に用いる予定であったが、第16航空軍の指揮官達の助言で結局は実行に移されなかった。

 

特に隷下の第666中隊が活躍し、うち1人は後にレーニン勲章を受賞する事になる。

 

BETA側もBETA側でこの頃になると頭脳級が焦り始めていた。

 

3月に入り、NATO中央軍集団が本格的にニュルンベルク周辺のBETAを包囲し始めたのだ。

 

一部対応部隊を送ったが結局それらは到着前に軌道爆撃で潰され、前線に辿り着いたBETAはドイツ第3軍団、アメリカ第5軍団の前に消え去った。

 

何よりNATO北部軍集団がベルイン・ハイヴから半径50キロ地点まで前線に展開したBETAの部隊共々押し進めてきたのだ。

 

この時点でベルリン・ハイヴの手持ちは大損害を被っていた。

 

頭脳級はなんとかニュルンベルクの部隊になんとか突破するように指示を出し、なけなしだが増援も送った。

 

だがこの増援は第5軍団に届くどころか勢いづいたフランス派遣軍によって殲滅された。

 

そしてこの頃になると余裕が出てきた独蘭第1軍団が1個旅団戦闘団程度の増援部隊を展開し、在独ソ連軍の援護を行った。

 

西側の援護は在独ソ連軍の将兵の指揮を上げ、粘り強い防衛線の構築に成功した。

 

頭脳級は徐々に2個軍も在独ソ連軍の方面へ派遣したことを後悔し始め、部隊の引き抜きを行った。

 

後方に位置する無傷な3個師団を引き抜き、防衛に置いた。

 

2個軍も攻めさせてはいたが、だんだん弱腰になり、次第に一部で引き下がり始めた。

 

特に重光線級や光線級といった貴重な戦力を少しづつ後方へ下げ、攻勢を取り止めようとした。

 

だがそんな甘い弱腰な考えが在独ソ連軍に通ずるわけがない。

 

前線の報告を受けた在独ソ連軍司令部はこれをBETAが撤退し始めていると判断し、追撃の準備を始めた。

 

砲兵部隊は優先して光線属種狩りが命じられ、ソ連宇宙軍の攻撃衛星軍までもが動員された。

 

一時的にBETAの防空網に穴が空き、そこを目掛けて第31潜水艦師団の核攻撃が再び叩き込まれた。

 

数十発のR-27は何発か生き残りの光線属種によって迎撃されたが、残りは全て命中した。

 

核攻撃で再びBETAの何割かが吹き飛ばされ、主力を失った。

 

そこへ温存していた第1親衛戦車軍と第2親衛戦車軍の戦車隊が三度目の突撃を敢行する。

 

装甲と砲の力が戦線を打ち破り、戦術機の機動運用がBETAの戦列を大きく乱した。

 

BETAの隊列が乱れれば突破が容易なものになり、戦果は更に広がる。

 

再び5キロ前進し、核で焼けた大地をソ連の戦車隊が、そして国家人民軍の戦車隊が突き進む。

 

頭脳級は残った戦力で無傷なものは後退させ、残りで防衛線を展開しようとしていたが弱ったBETAにこの戦車の波は突破出来なかった。

 

それでもこの頃になると在独ソ連軍も息切れし始めていた。

 

特にT-80は燃料の補給で一時停止し、その間の攻勢でT-64BVとT-72が活躍した。

 

また一部では兵力不足でBETAに逆に押し返されそうになっていた。

 

ハーフェルブルクの地点で移動中のBETA2個師団と衝突し、後方からきた1個軍団と戦闘になった。

 

そこで司令部は国家人民軍の残存戦力を投入する事にした。

 

命令を受けた第5軍は再び補給の終わった第6航空団”ウラジーミル・コマロフ”と第9装甲師団を投入する。

 

それでも兵力は足りなかった。

 

残された兵力はシュタージが有するフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊である。

 

第二梯団として国家人民軍と共に戦線に投入され、今一番兵力に余裕があったのはこの軍団規模連隊であった。

 

イヴァノフスキー元帥は即座にフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊に前線の機動援護に向かうよう命令を出した。

 

この命令を受けて連隊長のエルスナー中将はまず旧第2、第3司令部から発展させた2個旅団を投入した。

 

問題はこの後である。

 

恐らく2個旅団では足りないと踏んだエルスナー中将がもう1個旅団を投入しようと言い出したのだ。

 

連隊にいる半分の参謀達は納得したがもう半分が反対した。

 

彼らの大半は公にはしていないがベルリン派と呼ばれるシュタージ派閥の構成員であり、自分たちがいざという時に使いたい戦力が戦線に投入されることを嫌がった。

 

「貴様ら今の今になってどういう了見だ!ここでBETAを叩かねば戦線が崩壊する恐れがあるぞ!」

 

参謀長のマンフレート・デーリング大佐は真っ向から彼らに反対した。

 

しかしベルリン派の参謀達も中々引き下がらなかった。

 

「ですが2個司令部分の戦力を送りました、これで十分でしょう。むしろいざという時に備えて我々は戦力の温存を図るべきです」

 

ある1人の中佐はそう進言した。

 

「いざという時などない、今がいざという時だ」

 

デーリング大佐も負けじと反論する。

 

この議論は白熱したが1人の参謀が口を挟んだことで終結した。

 

「いいではありませんか先輩、増援を出せば」

 

傲慢不遜そのものの声音に人を小馬鹿にしたような笑み、そして何より目立つ褐色の髪。

 

肩章の色はフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊を示す赤線に袖章には”Wach-Rgt. F. Dzierzynski”の文字。

 

階級は少佐、フェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊の参謀で先程まで前線視察を行っていた。

 

「アクスマン少佐、戻ったか」

 

「はい、前線ですが我が軍の優勢です。大佐の仰る通りいざという時は来ないでしょう」

 

ハインツ・アクスマン、褐色の野獣というどこかで聞いたことがあるような二つ名を持つ彼は部下にコートを持たせ自らの意見を述べた。

 

彼は前線視察の為に司令部を出たが実際には前線視察などしていない。

 

裏の目的の為に西ドイツ側の人間とコンタクトを取りに行き、前線の視察は部下にやらせた。

 

GRU並びにKGBの要注意人物である。

 

「しかし少佐…!」

 

「先輩、ここはソ連に恩を売る機会です。先輩がこの功績で出世してくださればベルリン派の地位も上がる」

 

「だがなぁ……分かった」

 

アクスマン少佐は口八丁手八丁使ってベルリン派の参謀達を宥め、エルスナー中将らに同調させた。

 

「折角です、我が連隊の全戦力を投入してBETAを殲滅してしまいましょう。もう連中にそれほど戦力は残ってない、機は我々にあります」

 

アクスマン少佐は大胆な提案をした。

 

それでも彼は少なくとも自分も手駒も助かるという保証があった上での発言であり、なければこんなことは言わない。

 

彼にとって一番大事なのは出世と我が命であり、思想や他の将兵などは二の次である。

 

他のベルリン派と違い結局のところアクスマンに思想などない。

 

彼は己が権力の高みにいるならば主人が褐色の鉤十字の党だろうと、社会主義者だろうと、カイザーであろうと、どこかの参謀次長であろうとなんでも良かった。

 

「少佐の案を採用しよう。連隊の全戦力を持ってBETAの撃滅に当たる。ヴェアヴォルフは出せるな?」

 

「はい、補給は終えています」

 

「BETA共に我が連隊の名を刻んでやろうではないか」

 

実際のところ、在独ソ連軍とBETAの大規模戦はこのハーフェルブルク周辺の戦いであった。

 

第2親衛戦車軍が抑えている間に右から国家人民軍が、左からフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊が取り囲み、包囲殲滅戦を完遂した。

 

最後に包囲されたBETAは戦術核数発とT-80とT-64BVの攻勢を喰らって全滅した。

 

これ以降ベルリン・ハイヴは部隊を出さずに周辺域に閉じ籠り、決戦は在独ソ連軍の勝利に終わった。

 

第1親衛戦車軍は更に突き進み、ハイヴに最も近いオラニエンブルクにソ連国旗を突き立てた。

 

この地点がこの一連の”西”作戦における最後の赤旗の掲揚であり、在独ソ連軍の勝利を示すものだった。

 

祖国と分断されて凡そ8年、在独ソ連軍は1945年以来の勝利を手にしたのだ。

 

 

 

 

 

-ドイツ民主共和国領 ヴィスマル 在独ソ連軍司令部-

3月24日、この日ある1人の老人が司令部に呼ばれた。

 

老人は来ている礼服にはソ連邦元帥の肩章が、勲章の中には9つのレーニン勲章と4つの赤旗勲章に紛れてスターリングラード防衛記章が、そしてその上には光り輝くソ連邦英雄の金星が2つ輝いていた。

 

彼こそがワシーリー・チュイコフソ連邦元帥、第8親衛軍を指揮しスターリングラードを守り抜き、ベルリンを堕とした英雄である。

 

英雄は作戦室への入室を許可され、司令部の参謀達から敬礼で迎えられた。

 

チュイコフ元帥は齢81歳とは思えぬ綺麗な敬礼で参謀達に応えた。

 

「同志元帥、よく来てくださいました」

 

参謀達の間からイヴァノフスキー元帥が敬礼し、前に出る。

 

大祖国戦争の最中、若きイヴァノフスキー元帥もスターリングラードにいた。

 

所属は第199戦車旅団でチュイコフ元帥の指揮下ではなかったが英雄的な指揮官の姿はしっかりと覚えていた。

 

「エフゲニー・フィリッポーヴィチ、成果は聞いている。君は最高の司令官だ」

 

チュイコフ元帥は自ら手を差し出し、18歳年下の元帥の手を力強く握り、軽く抱きしめた。

 

その後チュイコフ元帥は参謀達の顔を見て回った。

 

彼らの鋭い瞳はあのスターリングラードで共に戦った参謀達と同じ目をしていた。

 

「いい部下を持っているようだな」

 

「はい、我らで共に掴んだ勝利です。もちろん貴方も」

 

「私も?」

 

「はい」

 

イヴァノフスキー元帥の合図で記章が置かれた台を副官が持ってくる。

 

イヴァノフスキー元帥は静かに記章を手にし、チュイコフ元帥の着ている礼服の襟にその記章をつけた。

 

ザーパド作戦従軍記章、BETA大戦で生まれたある1つの記章である。

 

「貴方は我々と共に戦って下さった、これは我々が出来る最大限の礼です」

 

これはモスクワのソ連共産党も認めていた。

 

むしろブレジネフは自ら記章を渡したいと東ドイツに行こうとしていたが、日程が合わず取り消された。

 

代わりに軍司令官のイヴァノフスキー元帥が記章を授与した。

 

「この歳になって増えるとはな」

 

チュイコフ元帥は微笑を浮かべた。

 

滅多に笑わないソ連邦元帥の数少ない笑みであった。

 

そして元帥は珍しく冗談を口にした。

 

「これを貰ってしまったら、もう1枚欲しいな。もう1枚ベルリン占領記章を手にするまでは私も死んでられんよ」

 

イヴァノフスキー元帥は力強く頷いた。

 

「共に勝利を」

 

「はい、我らは祖国ソビエトの為に!」

 

この戦争はまだ終わりではない。

 

この戦争はベルリンを堕とすその時まで、まだ続くのだ。

 

 

つづく

*1
ロシア人ですら1897年の時点でロシア語の識字率が18.5%とかなんでお話にならない、二重の意味で

*2
東独基準だと絶対ヴェアヴォルフはリヒャルト・ゾルゲか適当なドイツ共産党員の名前になるゾ

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