マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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見よ、我が戦士たちを
全世界がその顔を記憶する
戦列の大隊は姿をとどめ
古き友たちは、また見れば分かる
25に満たぬ者にさえ
越えるべき、困難の道が現れた
一つとなり、隊伍へ起った彼らが
陥としたのだ、ベルリンを!
-”過ぎし時代の英雄たちは”より抜粋-


再会

ヴォロヴィチ、レニングラードから凡そ300キロ、ノヴゴロドから凡そ180キロ弱に位置する街。

 

この頃はまだ今よりも発展しておらず、まさに一般的に想像されるロシアの田舎そのものであった。

 

そんな街を2人の男女が歩いていた。

 

1人は軍服を着た若い男性で肩章には上級中尉を示す3つの小さな星がついていた。

 

男の所属は第177狙撃兵師団、レニングラードの戦いを生き延びた精鋭である。

 

女の方もとても若く美人でレインコートを着ていた。

 

2人は仲睦まじく、楽しそうに話していた。

 

男の方は度々足を摩っていた。

 

心配そうな表情で女の方が尋ねる。

 

「まだ足は痛むの?」

 

男は微笑を浮かべながら答えた。

 

「少しね、まあ心配しないで。軍医からは歩けるし走れると言われてるから」

 

男は詰襟のホックを外し、ラフな格好になった。

 

確かに足は治って走れるし歩ける、だが多少痛みの後遺症は残ると実は言われている。

 

だが女に心配をかけたくないと彼は隠した。

 

尤も隠し通せているかはまた別だが。

 

「あのベンチに座りましょうか」

 

女は気を利かせて近くのベンチに男を座らせた。

 

男は制帽を取り、ふうっと一息ついた。

 

周りには普通の一般市民や稀に同じ第177狙撃兵師団の将兵がいた。

 

度々通り過ぎる軍用トラックには何人かの歩兵や物資が乗っていた。

 

「ねえジーマ」

 

「ん?」

 

「貴方はまだ軍に残るの?」

 

女は尋ねた。

 

男は少し間を置き、考えた後女の質問に答えた。

 

「ああ、俺はまだ軍にいるよ。俺のやるべきことはまだ残ってる気がするんだ」

 

彼は自らが赤軍に残る旨を伝えた。

 

すると女は少し心配そうな顔でもう一度尋ねた。

 

「ジーマ、貴方は英雄よ。どうせなら詩人や好きな仕事に就いたら?」

 

男は既に戦争で2回死にかけている。

 

彼の身を心配する彼女としては他の道へ行くのもアリだと思っていた。

 

無論軍人として身を粉にして働く男を女は心から尊敬していた。

 

実際男は狙撃兵中隊の中隊長として人気が高く、政治将校と共に部下に読み書きを教えたり自分が好きな詩を教えたりしていた。

 

何より男は中隊長として滅多に部下を怒鳴ったり罵声を浴びせたりせず、将兵からの信頼を集めていた。

 

「詩人か、それもいいね。きっと楽しいだろう、でもさっきも言った通り俺はまだやるべきことが残ってる気がするんだ」

 

男は真っ直ぐとした曇り一つない瞳でそう述べた。

 

彼が見ている先は未来であり、確固たる目標があるように見えた。

 

「それに軍人やってた方が弟や妹達は喜ぶからね。息子が将校だったら母さんもみんなに自慢出来るだろうし」

 

「貴方は本当に家族思いね、ジーマ。でも忘れないでね」

 

女は男に近寄って同じような真っ直ぐとした瞳でこう述べた。

 

「貴方を心配に思ってる人がいること、そして(エカチェリーナ)はいつでも貴方を愛していることを」

 

 

 

 

 

ある朝、ヤゾフは飛び起きた。

 

”西”作戦の第一段階は終わり、ようやくひと段落がついて丁度仮眠を取っていた頃だ。

 

予定より早く起きたヤゾフの息は荒く、少し冷や汗を流していた。

 

「カーチャ……夢か……いけないな……」

 

ヤゾフは自嘲気味に笑い額の汗を拭った。

 

すると自身の足が一瞬だけ鋭い激痛に襲われ、ヤゾフは顔を顰めた。

 

これは大祖国戦争時、レニングラードの攻防戦で受けた傷の後遺症である。

 

彼が所属していた第177狙撃兵師団はヴェルホフ戦線に属し、レニングラード攻防戦に参戦した。

 

ヤゾフもその当時年齢を偽って適正年齢だとして赤軍に入り、士官として狙撃兵小隊の指揮を取った。

 

その時ヤゾフは初めて負傷し、今にも残る足の傷を受けた。

 

湿地帯での戦闘中、ヤゾフの近くで砲弾か地雷が爆発し彼は背骨と腎臓に打撲を受け、破片による傷とその後手榴弾による負傷も受けた。

 

それでも彼は2ヶ月で戦線に復帰し、かの戦いを生き延びた。

 

今でも時々傷跡が痛み、ヤゾフにあの戦争を思い出させた。

 

それと前妻のことも。

 

丁度のその時執務室のドアが開き、資料と軽食を持ってきたローシク大尉が現れた。

 

「おや同志司令官、起こしてしまいましたか」

 

「いや大尉、今起きたところだ」

 

ローシク大尉から報告書と軽食を受け取り、食事を摂りながら中身を読んだ。

 

今回の軽食は黒パンに肉を挟んだもの、素朴だが悪くない。

 

むしろこれだけ食わして貰っているのだからありがたいとヤゾフは思っていた。

 

「NATO軍及び在独ソ連軍の攻勢は成功、ベルリン・ハイヴは残存戦力を纏めて周辺域に完全に篭りました。ヴロツワフのハイヴも同様です」

 

「連中の主力をだいぶ削り取ったからな、奴らとて物量は無限ではないということだろう」

 

少なくともヴロツワフ・ハイヴは12個軍近いBETAを失った。

 

開戦前からちょっかいを出しては撃破されていた兵力と足せばその数は15、16個軍の喪失に匹敵するだろう。

 

それでも参謀本部は恐らくまだハイヴ周辺と中にBETAが3個軍ほどは残っていると断定していた。

 

「では参謀本部は相変わらずか」

 

「はい、軌道上から第1親衛攻撃衛星軍が”ポーリュス”で周辺のBETAを吹っ飛ばしつつ、第2射でハイヴに穴を開け、そこへ戦略ロケット軍の核弾頭を投入。中を滅茶苦茶にした後に突入用の戦術機部隊を投入という流れです」

 

「今回は軌道降下はなしか」

 

「はい、正直な話我が前線が前に出て補給線を繋がないと孤立していた可能性もありますし、今回は定期的に内部に術核と略核を撃ち込むので突破に多少時間は掛かっても問題ないかと」

 

ヤゾフは黒パンを食べ終え、代用コーヒーを口にしていた。

 

相変わらず派手に核を使う、8年の撤退戦であれだけ戦略核を撃ち込んでまだ残りがあるのかと同じソ連軍ながら驚愕していた。

 

尤もこれはアメリカにも言えたことでスペース・エアランド・バトルも大量の核がなければ出来ない戦法だ。

 

米ソはお互いにこれを向け合っていた、今考えれば恐ろしい時代にいたなとヤゾフは感じていた。

 

「大尉、今日の予定は」

 

「午後から空軍及び防空軍の将兵へ勲章授与、それ以降は司令部での執務と作戦の事後処理ですね」

 

「ではモイセーエフ大将にハイヴ攻略の際に行う通常火力支援について協議したいと伝えておけ」

 

「分かりました」

 

大尉は敬礼し、ヤゾフが食べ終えた皿を持ってその場を後にした。

 

ヤゾフは立ち上がり執務室の窓から蘇るキエフの街並みを見た。

 

そしてふと、執務室の机に飾ってある何枚かの家族写真を見つめた。

 

そこにはまだ幼いイーゴリとエレーナ、そして今はもう会うことの出来ないエカチェリーナが写っていた。

 

ふと夢で言われた時のことを思い出す。

 

「分かってるよ、無理はしてない。でもこれが俺のやるべきことなんだ」

 

ヤゾフは指揮官としての覚悟を決め、執務室を後にした。

 

彼にはやるべきことがまだ沢山ある。

 

 

 

 

-EU領域 ドイツ連邦共和国領 ヘッセン州 フルダ市 アメリカ陸軍第5軍団展開地域-

フルダ、フルダ渓谷やフルダ・ギャップという名称が米ソ冷戦で有名である。

 

何せこの地でもしボタンの掛け違いがあったら米ソの戦争はここが激戦地となるのだ。

 

元々第5軍団はこのフルダ・ギャップからの進撃を食い止めることが主任務であり、当たり前だがBETAと戦うつもりはなかった。

 

それが1973年にBETAが現れると状況は一変し、第5軍団はフルダ・ギャップから撤退した。

 

それが1981年、8年の時を経て第5軍団はフルダを取り返した。

 

ここはまだ放射能汚染がなく、BETAの死骸もだいぶ取り除かれた。

 

第5軍団長シュワルツコフ中将は欧州軍参謀長パウエル中将と共にフルダの視察に訪れた。

 

フルダに展開する部隊はまず優先してBETAの死骸と体液の除去を行い、汚染を取り除いた。

 

周辺にはトラックやM60A1 RISEやM728戦闘工兵車、M48 DBが汚染された土砂を運び、BETAの死骸を引っ張っていく。

 

歩兵達も工兵隊に協力して復興作業に従事していた。

 

「BETAの死骸は凡そ9割前後が除去出来ました。少なくとも今日中に作業を終えて工兵隊は他地域に移動する予定です」

 

案内役の中佐が展開地域の様子を見せながら報告した。

 

その様子を眺めながら副官のペトレイアス少佐は状況を事細かにメモに記した。

 

これでも一部の工兵車両は他の地域へ向けて移動中であり、フルダの復興準備は半ば終わりつつあった。

 

後は民間や他のドイツ連邦省庁と協議して復興をしていかなければならない。

 

これが勝者としての責任であり、国家として国軍として為すべきことだ。

 

「運搬の焼却の手間を考えれば正直核で焼かれた地域の方が事後処理の負担がなさそうなんですよね」

 

「だがそちらは放射能汚染がある、そう上手くは行かんな」

 

「工兵隊の増派は進言しておこう」

 

パウエル中将の提案に中佐は深く感謝していた。

 

軍団司令部も軍集団司令部も欧州軍司令部も戦争が終わったから暇になるという訳ではなく、むしろここからが本番でさえあった。

 

奪還した領土を可能な限りBETAが侵攻する以前の姿に戻さねばならない。

 

少なくとも軍が使えて防御陣地として機能する程度までには復興する必要があった。

 

このフルダも後方に位置するフランクフルトもそうだ。

 

ニュルンベルクやレーゲンスブルクもいつかは元に戻さなければならない。

 

「しかし……これは個人的な不安なのですが……」

 

ふと中佐がパウエル中将とシュワルツコフ中将に述べた。

 

「フルダはともかくとして、これ以降は旧東ドイツ領です。奪還したのは我々とはいえこのまま占領し続けていいのでしょうか?」

 

ドイツ第3軍団、アメリカ第5軍団が奪還したライプツィヒなどのドイツ領域は元々東ドイツの領土だった。

 

その為今の所はアメリカ軍とドイツ連邦軍の占領地域であるがそれを東ドイツに返すのかは政治的な問題になってくる。

 

中将達は顔を見合わせ、シュワルツコフ中将が答えた。

 

「それは我々より上の政治の問題だな。が、今のソ連と東ドイツにあの地域を維持する力があるかは怪しい。暫くは我々が維持することになるだろう」

 

これは半分事実であり、同時に言っていないこともあった。

 

少なくとも東ドイツ単体でライプツィヒ周辺領域を防衛しながら復興する力はない。

 

その為ソ連が出張ってくるのだが、問題はそのソ連もウクライナの2/3とポーランド、そしてこれから増える社会主義国家の面倒を考えた場合、ライプツィヒまで復興して維持出来るかは怪しいか不可能であった。

 

そしてそれはアメリカも同じである。

 

インドに中東、そしてアフリカ、やがては欧州と復興の面倒を見なければいけない地域は山ほどある。

 

戦争が終わったからといってこれらの国々を見捨てる事は出来ない。

 

アメリカが世界の大国である以上、大国には大国なりの責務がありそれを放棄する事は出来ない。

 

モンロー主義の時代は終わったのだ。

 

故にアメリカとしてもそこまでの余裕があるのかは怪しいとさえ思えた。

 

「どの道、復興はしなければならない。ライプツィヒがどちらのものになるにせよBETAに預けるよりはマシだからな」

 

「はい」

 

パウエル中将の発言を聞いて中佐は頷いた。

 

実際アメリカのものになるにせよソ連のものになるにせよBETAが持っているよりはマシだ。

 

やがて2つの超大国がまたぶつかり合うことになったとしてもその事実は変わらない。

 

絶対的な悪が存在している以上まだマシな敵の敵を支えることは理に適っている。

 

それが特に滅びることに直結するならば尚更だ。

 

「残敵の掃討はどうだ、兵は足りてるか?」

 

「そちらに関しては問題ありません。ですが如何せん地域が広大過ぎてまだ危険地域が幾つかあります。この距離ですとエネルギー切れで死ぬこともなさそうですし」

 

稀に生き延びたはぐれ戦車級や闘士級がその辺を彷徨いていることがある。

 

その為ソ連は国内軍を動員して後方の安定化を図り、アメリカ軍は討伐隊を編成して占領地域を巡回させていた。

 

ブラッドレーと歩兵小隊がいれば戦車級などは完封出来るし、正直M113でも十分だ。

 

「後は時間か、頼むぞ」

 

中佐は敬礼し、視察の一行はその場を後にした。

 

中将らはそれぞれ別のM151A1の指揮車両型に乗り込み、護衛と共に出発した。

 

周辺の様子を見ながら車内でシュワルツコフ中将は呟いた。

 

「負けより勝ちの方がいい、それは当たり前だが……こうも後処理が多いと疲れるな」

 

「ええ、仕方ありません。明日もこの地で人が生きる為にはやらなければならない事が多いですから」

 

ペトレイアス少佐の発言を聞いてシュワルツコフ中将はうんざりしつつも頷いた。

 

NATOは戦争に勝った、されど勝利は戦争が完全に終わった訳ではない。

 

そしてシュワルツコフ中将は知っている、この程度の範囲、戦争全体が終わったことを考えればまだ序の口だということを。

 

 

 

 

-アメリカ合衆国領 ワシントンD.C. ホワイトハウス-

かのクレマンソーは戦争についてこう言った。

 

戦争の趨勢は将軍の決めることではない

 

将軍達は軍部隊を動かし、全体は政治家達が頭を回して決めることだ。

 

あくまでトップの参謀総長も”()()()()()()()()()()()()()()()()()()”であるから最終の決断は政治家であり国家の指導者にある。

 

参謀総長はあくまで助言を行うに留まるのだ。

 

特にアメリカではそれが顕著である。

 

統合参謀本部議長はウィリアム・リーヒが合衆国陸海軍最高司令官付参謀長をやっていた頃からそうだ。

 

議長は統合参謀本部を束ね、制服組のトップとして最高司令官たる大統領に助言を行うのが役割であった。

 

その為決断していたのはホワイトハウスの執務室で政治家や軍人に囲まれながら考えを巡らせているレーガンの仕事だ。

 

「BETAに対する攻勢ですが我が軍、ソ連軍共に成功。ベルリンに存在するハイヴの支配地域はベルリン・ハイヴ周辺だけです」

 

ジョーンズ大将はレーガンに対して端的に成果を報告した。

 

彼は執務室で詳細な作戦報告書を読んでいた。

 

「損害は……なるほど。ジョーンズ大将、国防長官、次の攻勢はいつ出来そうかね?」

 

これに対して国防総省長官、キャスパー・ワインバーガー長官が答えた。

 

ワインバーガー長官は農務長官のブロックや教育長官のベル、財務長官のリーガンらと同じように二次大戦に軍人として参戦した。

 

尤も除隊した後は弁護士を務め、長年共和党の政治家として人生を歩んできた。

 

国防長官に就任以降、ワインバーガー長官は次々と軍拡政策を打ち出し、キャップ・ザ・ナイフとあだ名された。

 

「ええ、今年の秋頃には中央軍主導で中東に対する最終攻勢を実行出来ます」

 

「兵員、物資共に問題はありません」

 

ジョーンズ大将は国防長官の発言に付け加えた。

 

レーガンは軽く頷き、2人はこう告げた。

 

「では予定通り進めてくれ、国務長官、各国の反応は」

 

次に指名されたのは国務長官のアレクサンダー・ヘイグ、陸軍退役大将であり元欧州軍最高司令官である。

 

彼が国務長官に任命されたのは欧州軍司令として名が知れているというのが大きかった。

 

少なくとも欧州軍最高司令官としてヘイグはBETAの猛攻をなんとか食い止め、81年以前の防衛線を形成した。

 

その為欧州各国からの評価は高かった。

 

「各国とも勝利を喜んでいます。電話会談だとNATO諸国及び同志国は中東作戦への参加に以前よりかなり乗り気です」

 

欧州諸国にとってこの作戦は8年間願い続けてきた悲願であり、ドイツにとっては領土奪還が初めて成功した日であった。

 

ちなみにほぼ同時期にNATO南部欧州連合軍もオーストリアのインスブルックを奪還し、イタリアの負担を減らした。

 

後はソ連軍とユーゴスラヴィア、ブルガリア、ギリシャ軍が南欧から押し上げてくれればそれで終いである。

 

レーガンは笑みを浮かべ満足そうに頷いた。

 

これなら中東で作戦が実行出来る、またBETAから人間の土地を奪還出来る。

 

レーガンは嬉しかったし心の底から喜んでいた、神にも感謝した。

 

今、国難の時代にアメリカの大統領になれたことを、BETAに対し勝ち続けられることを。

 

そして神に誓った、必ず地球からBETAを追放して見せると。

 

「ヘイグ長官、ソ連側から奪還した旧東ドイツ地域に対して何か応答はあるかな?」

 

レーガンは気掛かりだったことを尋ねた。

 

旧東ドイツ領問題は当然ホワイトハウスの政治家達も認識している問題だった。

 

もしこれが拗れれば今までの協力関係にヒビが入る恐れがある。

 

今、ソ連が味方でいてもらわなければアメリカは安心して世界を舞台に戦うことは出来ない。

 

「大使からは一応協議の申し出は出ていますが」

 

それでも積極的に返還を主張しない辺り、ソ連政府も自重しているのだろう。

 

そもそも積極的返還をしてきそうな東ドイツ自身は首脳部など実質ないようなものだし、ソ連としても今ライプツィヒまで面倒を見る余裕はなかった。

 

「協議には応じよう、だがなるべく踏み込み過ぎないようにな」

 

「はい、上手く交渉しておきます」

 

「任せた」

 

「では1つよろしいですか」

 

ある1人の人間が声を上げた。

 

アメリカ合衆国中央情報長官、ウィリアム・J・ケーシー、つまりCIA(アメリカ中央情報局)のトップである。

ケーシーの経歴はパッと見ただけではよくありがちな、普通のアメリカ人の政治家である。

 

生まれも育ちもニューヨーク州、カトリック教徒でセント・ジョンズ大学の法学士号を取得。

 

それ以降は弁護士として活躍し二次大戦では海軍大尉として参戦、その後は弁護士をしながら共和党員として政治活動にも精を出した。

 

こう書けば80年代によくいるアメリカの政治家である。

 

最大の特徴は二次大戦中、海軍大尉として属していた部署である。

 

OSS、正式名称は戦略情報局、米軍の情報機関でありCIAの前身の1つだ。

 

つまりケーシーは情報将校であった。

 

彼が情報将校として勤務したのは1945年9月までであるが、それでも情報機関に携わった数少ない人物であり、CIAの長官に相応しい経歴だった。

 

現在CIAは国防情報局と協力しながらBETAの偵察、調査を行いつつ、同時に各国の監視や動向の調査も行っていた。

 

今回ケーシーが報告する内容は残念ながらBETAの情報ではなく各国に関する情報であった。

 

「東ドイツについてです。また西ドイツの一部将校と非公式の接触が確認されました」

 

その報告を聞いてレーガンは椅子に深く座り込み、口に手を当てて考え込んだ。

 

このドイツ問題、年を追うごとに深刻化している。

 

正直レーガンとしてはBETAを倒すのに全力を注ぎたかった為、この件にはあまり触れたくない、というよりBETAを倒す為であれば許容するつもりでいた。

 

問題はこの問題が徐々に対BETA戦に対する足枷になり始めていることだ。

 

「……この件、KGBは知っていると思うかね」

 

レーガンはふとケーシーに尋ねた。

 

「十中八九知っているでしょう、ですが我々と同じでまだ対応を決めかねていると思われます。まあ東ドイツがあの有様ですし我々より遥かに実力行使がしやすいとは思いますが」

 

東ドイツの官僚や党員の何割かがKGBから仕込まれた人間が入っていることは知っている。

 

無論クレムリンの中までを完全に知っている訳ではないが、それでもCIAの諜報能力は高かった。

 

「…シュミット首相と連邦軍総監に釘を刺しておこう。今本格的に介入するのは得策じゃない」

 

「分かりました」

 

「ブラント大将には私から進言しておきます」

 

レーガンは頷き、ジョーンズ大将とヘイグ長官に任せた。

 

これも神の試練なのだろうとレーガンは割り切り、合衆国大統領としての責務を果たそうとした。

 

 

 

 

-ソ連領 白ロシア・ソビエト社会主義共和国 首都ミンスク 白ロシア前線司令部-

ポーランドにおける戦闘が終わって20日、81年4月。

 

各前線の事後処理などはある程度定まり、3つの前線に属する各軍の司令官達は一旦ミンスクに集結した。

 

ミンスクの前線司令部にある大広間にはヤゾフを含め、多くの将軍や提督が集まっていた。

 

「同志ヤゾフ!」

 

白ロシア前線の司令官、アフロメーエフ上級大将は敬礼しヤゾフと握手した。

 

ヤゾフも「お元気そうで何よりです」と返す。

 

「前の戦いでは敵の主力を引き受けてくれましたな、お陰でゴヴォロフ上級大将共々助かりました」

 

「なんとか防げたよ。この借りはいつか必ず返そう」

 

アフロメーエフ上級大将の発言にヤゾフは賛同した。

 

兵力の補充と物資の増派を終わらせればいつでもヴロツワフ・ハイヴに攻撃を叩き込める。

 

一部の戦術機部隊はハイヴ突入を考えて訓練を行なっていた。

 

2人は暫く雑談を行なっていた。

 

2人は前線司令官であり、上級大将と元帥である。

 

千万人いるソ連軍の中でも上澄の中の上澄であり、正にトップであった。

 

その為軍司令官であっても度々周りの将軍から挨拶を受けた。

 

軍司令官といっても大将の者は一部であり、殆どは中将が主である。

 

その為上級大将や元帥とは1段、2段階級が違うのだ。

 

モイセーエフ上級大将とヤゾフが話す雑談の話は家族や日々の話から作戦に移っていった。

 

「ところで同志元帥、ハイヴ攻略戦だが……部隊の選定は済んだか?」

 

各前線からそれぞれ2個連隊づつハイヴ突入部隊を編成する事が前回の前線司令官の会議で決定された。

 

その為前線隷下の航空軍及び防空軍から突入用の戦術機部隊を出す必要になった。

 

このことに関してヤゾフは他の参謀達と協議して突入させる部隊を決めていた。

 

「ええ、我が前線からはブジョーノスキー連隊とレニングラード軍管区から第722連隊を出します」

 

「722……前回のハイヴ攻略戦で突入した部隊か」

 

第722親衛”リヴォフ”赤旗勲章戦闘航空連隊、前回のリヴォフ・ハイヴ攻略作戦においてハイヴ内に突入した戦術機連隊である。

 

あの戦いで頭脳級を破壊した第722連隊は親衛の称号と”リヴォフ”の名称、そして赤旗勲章を受賞した。

 

連隊はハイヴ攻略の経験者として各部隊を教導し、今回は第1ウクライナ前線隷下の第17航空軍に配属された。

 

最精鋭の第1独立親衛戦闘航空連隊と経験豊富な第722親衛戦闘航空連隊、第1ウクライナ前線が持つ戦術機部隊の中でも特に練度の高い部隊だ。

 

「第1と第722、現状我々が送り出せる最精鋭の部隊です」

 

「そうか……となると同志ヤゾフの隊が突入の要になりそうだな」

 

「ですな、采配は各連隊長に任せます」

 

「ああ、後はGRUの戦術機部隊だな」

 

ヤゾフは頷いた。

 

実はGRUが所有する特殊任務部隊、通称スペツナズの旅団は1個中隊ほどだが戦術機を有していた。

 

基本はMiG-23やMiG-27であり、偵察や特殊作戦を主任務としている。

 

実際今回もハイヴに突入するGRUスペツナズはハイヴ内の偵察を任せられているが、同時に別の任務もあった。

 

それも前線司令官ですら知らない任務だ。

 

「どの道我々任務は中身を潰す事です、邪魔をする事はないでしょうしもし邪魔をするならその時は…」

 

「ああ、我々でGRUを抑える勢いでやればオガルコフ元帥やウスチノフ元帥はこちらに着くだろう」

 

ヤゾフは賛同し、頷いた。

 

GRUは参謀本部の1部局であるが実態は独立性の高い組織であり、その規模や内容は1部局の範囲を超えている。

 

ソ連軍本隊の行動を邪魔する事はないだろうが、それでも不安はあった。

 

2人が今後の作戦について話をしているとアフロメーエフ上級大将の副官が小走りで走ってきた。

 

階級は大尉でローシク大尉と同じく、もう間も無く少佐に昇進する。

 

通常の常勤服に所属兵科である自動車化狙撃兵の襟章がついており、脇に挟む制帽は赤かった。

 

副官は2人に敬礼し、上官であるアフロメーエフ上級大将に報告した。

 

「同志司令官、前線部隊より報告です。オーデル川に展開中の第50親衛自動車化狙撃兵師団が在独ソ連軍の一部隊と合流しました」

 

副官の表情は歓喜に満ちていたし、報告を聞いたアフロメーエフ上級大将とヤゾフが明るくなった。

 

上級大将はもう一度「本当か!?」と聞き返した。

 

「間違いありません!師団司令部と軍司令部から確認が取れてます!」

 

アフロメーエフ上級大将は安堵したように笑みを浮かべた。

 

ヤゾフも隣で「長かった…」と呟いた。

 

本当に長かった、8年間生き別れていた同胞とようやく再会出来るのだ。

 

アフロメーエフ上級大将は将軍達の前に出て全員に報告した。

 

皆、この報告は長年待ち望んでいたことだ。

 

「同志諸君聞いてくれ!我々の前線部隊が在独ソ連軍の同志達と再会した!道が繋がったぞ!」

 

それを聞いた将軍や提督達は皆アフロメーエフ上級大将の方を向いた。

 

暫くざわめきが立ち、アフロメーエフ上級大将の方を再び見た。

 

彼の瞳は嘘偽りない真面目なものだった。

 

「それは本当ですか?」

 

第16打撃軍司令、ロマン・サヴォチキン中将は聞き返した。

 

中将に対し、アフロメーエフ上級大将は頷いた。

 

「本当だ、我々の攻勢は成功した。同志と再会できた、我々は勝ったぞ!」

 

将軍や提督達は再び顔を見合わせ、一気に歓声を上げた。

 

とても平均年齢が40歳以上とは思えない男達の大きな歓声であった。

 

勝利を喜び、そして感涙し、互いに肩を抱き合ってこの再会を遠く離れたミンスクで喜んだ。

 

彼らはミンスクにいて直接的にその姿を見た訳ではない。

 

それでもその一報だけで何か報われた気持ちになった。

 

「ようやく、か」

 

入ってきたばかりのグレチコ元帥も胸を撫で下ろした。

 

隣に控えていたゴヴォロフ上級大将も安堵したように周りのオシポフ大将や第11親衛軍司令のユーリー・ペトロフ中将らも喜んでいた。

 

戦争はまだ終わらないが、一区切りはついた。

 

その象徴的な姿が在独ソ連軍と本国のソ連軍の合流であった。

 

 

 

 

 

オーデル川、ここにはかつて東ドイツとポーランドの国境があった。

 

一般的にオーデル・ナイセ線と呼ばれるものの名残である。

 

こうした国境線はBETAの襲来によって半ば崩壊し今日まで存在していなかった。

 

だがソ連軍はナイセ川からオーデル川に至るまで、BETAを駆逐しながら領土を奪還した。

 

ポーランドと東ドイツを繋ぐ大地が再び人類のものとなったのである。

 

故に東ドイツと本国で引き裂かれた2つの軍隊が再び再会するのも自然な道理であった。

 

ある自動車化狙撃兵大隊の一行がオーデル川近くまで進軍した。

 

念の為BETAがいないかの確認でもあり、大隊長のメドベコフ少佐もすぐに帰投するつもりでいた。

 

少佐は自らBMP-2に乗り込み、偵察に参加していた。

 

彼のBMP-2の周りにはBMP-1やBTR-70が何輌かいる。

 

今回は威力偵察も含まれている為凡そ1個中隊分引き連れてきた。

 

メドベコフ少佐は30mm機関砲のハッチから身を乗り出し、双眼鏡で周囲の様子を見ていた。

 

特に何もいないことを確認するとメドベコフ少佐は通信機を取り、周りの部隊に連絡を取った。

 

「各車、このままオーデル川の手前まで前進。河川周辺の状況を確認したら今日は撤収だ」

 

通信機を下ろし、再び双眼鏡に持ち変えると少佐は周囲の様子を確認した。

 

前に出撃した中隊はこの周辺でBETAが活動しており戦闘になったと報告していた。

 

つまりこの周辺にはまだBETAがいる可能性があるのだ、それはメドベコフ少佐の警戒心を高めさせた。

 

「このまま何もなく帰れればいいんだがな…」

 

少佐は誰にも聞こえない声でぼやいた。

 

軍に志願し折角大隊長の少佐にまでなれたのだ、こんなところで死にたくはない。

 

中隊はグラボボ近くの森を抜け、そのまま前進した。

 

少なくとも近くの森にはBETAはいなかった。

 

死骸は何体か転がっていたが生きているBETAには遭遇せず、そのままグラボボの旧市街地を抜けオーデル川沿いにあったクライク・ドルニへ向かった。

 

そこで少佐は双眼鏡から何か動く影のようなものを確認した。

 

念の為少佐は全隊に命令を出す。

 

「全隊停車!BTRの乗車分隊は直ちに下車し戦闘隊形!」

 

メドベコフ少佐の命令は早かった。

 

直ちにAKやRPGを持った自動車化狙撃兵達がBTRから降車し、戦闘隊形に入った。

 

中隊は歩兵の進撃速度に合わせながらゆっくりと移動する。

 

「距離を取りつつ前進!俺について来い!」

 

小隊長の上級中尉がそう合図し、彼の配下の兵士達は後に続く。

 

中隊内に緊張が走っていた。

 

だがそんな緊張もすぐに解けることになる。

 

クライニク・ドルニに入る少し手前である1人の兵士が何かに気がついた。

 

名前はヤーコフ・ボグディノフ、階級は一等兵でAK-74を持っていた。

 

ボグディノフ一等兵は何かに気づいた途端、突然中隊長よりも一歩前に出て「おーい!」と叫び始めた。

 

「ボグディノフ!戻れ!」

 

上級中尉は命令を出したが一等兵は聞かなかった。

 

それどころか彼は上級中尉を説得し始めた。

 

「何言ってるんですか小隊長、あれは味方ですよ!おーい!」

 

そう言ってボグディノフ一等兵は走って向こう側へ行き、上級中尉らも急いで走って追いかけた。

 

その様子を見ているメドベコフ少佐は何が何だかよく分からなかったので上級中尉に尋ねた。

 

「小隊長!何が起こっているんだ!状況を報告しろ!」

 

『一等兵が突然正体不明の影に向かって走り出しました!今追ってます!』

 

他にこれ以外の言い方が思いつかなかった為上級中尉はありのまま報告した。

 

少佐は少し悩んだ挙句に部隊全体に追跡を命じた。

 

その間に降車した小隊はオーデル川の近くまで来ていた。

 

ボグディノフ一等兵の言った通り、そこには確かに人がいた。

 

それも1人、2人ではない。

 

工兵車両を持った工兵達が数十人規模で橋をかけていた。

 

「本当にいた……しかもこのマーク……」

 

上級中尉は工兵車両に書かれている親衛のマークを見て全てを悟った。

 

「やあ同志!8年ぶりだ!」

 

ボグディノフ一等兵はそう言って近くにいた向こう側の兵士を抱きしめる。

 

向こう側の兵士達は唖然としていた、何が起きているか正確に把握していなかったのだ。

 

上級中尉が代表して説明する。

 

「我々は第50親衛自動車化狙撃兵師団の者だ、そちらの所属は?」

 

「第39親衛自動車化狙撃兵師団と第65舟橋連隊、第325独立工兵旅団だ、ということは……」

 

正式名称第39親衛自動車化狙撃兵”バルヴェンコフ”レーニン・二重赤旗・スヴォーロフ及びボグダン・フメリニツキー勲章師団、そして第65舟橋連隊と第325独立工兵旅団は全て在独ソ連軍所属の第8親衛軍の隷下であった。

 

ある将校が上級中尉に尋ねた。

 

「同志らはどこから来たんだ?」

 

それに答えたのは上級中尉ではなくBMP-2に乗ったメドベコフ少佐であった。

 

丁度後から続いてきた車両部隊が合流したのだ。

 

「我々は白ロシアから来た!所属は白ロシア前線だ!」

 

少佐はBMP-2から飛び降り、尋ねてきた将校と握手を交わして軽いハグを交わした。

 

「8年ぶりだ在独ソ連軍の同志よ、我々はまた、再び会うことが出来た。今日は再会の日だ」

 

メドベコフ少佐の一言を聞いた瞬間、在独ソ連軍側の将兵から歓喜が炸裂した。

 

ある者は堰き止めていた水が突然流れ出したかのように涙をボロボロ溢し、ある者は地面が割れると思えるほど大きな声で喜んだ。

 

そして白ロシア前線側の将兵と抱き合い、肩を組んで飛んで回って喜んだ。

 

正に歓喜という言葉が相応しい光景だった。

 

「やった!やった!」

 

「同志と祖国に万歳!!」

 

「我々はやり切った!!」

 

ある者はどこからか持ってきた赤旗を振り回し、ある者は仲間に勝利を伝える為橋を渡って向こう側にいる将兵に伝えに行った。

 

情報が伝わるとオーデル川の反対にいる将兵も急いで駆け寄ってきた。

 

皆で喜び、皆で泣いた。

 

それはまるで1943年1月26日の再来であった。

 

かつて在独ソ連軍は祖国に帰る方法は3つしかないと言われていた。

 

戦死するか重傷を負うか、戦争に勝つか。

 

彼らは最後の1つを達成したのだ。

 

BETAとの一戦に勝った。

 

歓喜の宴は暫く続いた。

 

彼らはこの光景を8年間もの間待ち続けており、ようやくその願いが叶ったのだ。

 

1981年4月、在独ソ連軍は再び祖国と繋がった。

 

 

 

つづく

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