マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
この時代を共に歩み
友が我らに与えた言葉は
友の心に深く刻まれている
モスクワ川、ヴィスワ川
モルダウ川、シュプレー川には
共に武器を取る同志たちが
平和を守る強力な人民軍が立ちはだかる!
-”我らは永遠の友”より抜粋-
1981年4月、在独ソ連軍の担当地域もある程度安定しようやく人事の再編と褒賞に移ることが出来た。
まずはイヴァノフスキー元帥である。
彼は2つ目のソ連邦英雄勲章と3つ目のレーニン勲章を授与された。
他の将軍達も同様に勲章が授与され、第3打撃軍、第16航空軍には親衛の称号が与えられた。
第3親衛打撃軍と第16親衛航空軍の誕生である。
特に第16航空軍は元より赤旗勲章を持っていた為これで親衛と赤旗の称号をどちらも手に入れることとなった。
それからこの作戦で戦果を上げた将兵に対しても昇進と勲章授与によって戦果が労われた。
在独ソ連軍に属する数十万の将兵のうち、3桁を超える者がソ連邦英雄に列せられ、勲章を授与された。
そうでなくともレーニン勲章や赤旗勲章、クトゥーゾフ、スヴォーロフ、赤星勲章といったソ連最高峰の勲章が在独ソ連軍の将兵達に多く授与された。
与えられた栄光は今後一生涯消えることなく輝き続けるだろう。
当然だがこうした勲章は共に戦った国家人民軍の将兵にも授与された。
例えばシュトラハヴィッツ大将はホフマン上級大将、ケスラー国防相らからカール・マルクス勲章が贈られると同時にイヴァノフスキー元帥よりレーニン勲章が送られた。
ベルンハルト少佐もその卓越した戦闘指揮と戦果から妹やヴェアヴォルフの友人共々三等クトゥーゾフ勲章を授与された、同時に中佐へ昇進した。*1
中でも1人、クトゥーゾフどころかレーニン勲章受賞に値する人物がベルンハルト少佐率いる第6航空団の衛士にいた。
イヴァノフスキー元帥は最初にその人物を見た時に驚愕し、国家人民軍の現状を再確認した。
何せ年齢が16歳でその衛士には親がいない戦争孤児であった。
名はテオドール・エーベルバッハ、階級は一応少尉ということになっている。
若いというよりむしろ幼いという言葉が適切であり、ソ連軍であれば到底少尉とは認められない年齢であった。
東ドイツはベルリン・ハイヴの存在によって国家がズタズタに引き裂かれ、数多くの戦災孤児を有しながら戦争に突き進むこととなった。
少なくとも国防省と参謀本部周りは無事であった為辛うじて指揮統制は出来たが、問題はBETAの物量である。
これを維持する為には元々いる国家人民軍18万人弱と予備役動員してとりあえず集まった24万人弱では防ぎようがなかった。
元々冷戦の最前線における主力は在独ソ連軍であり、東ドイツはハナからおざなりである。
されど国家存亡、ひいては人類存亡の危機においてごんな寝言は許されず、兵力確保の為に東ドイツはある計画を打ち出した。
エーベルバッハ少尉もその一環で短期の士官教育と衛士としてのパイロット訓練を受けた軍人だ。
これに対し当然イヴァノフスキー元帥含めソ連政府はいい顔をしなかったし、西側は暗に批判した。
それでも東ドイツのこのプロジェクトを誰も止めなかった。
止められるほどの余裕が70年代にはまだなかったのだ。
それに少年兵に関してはソ連とて人のことは言えない。
スターリングラードのセルゲイ・アリョシュコフ、第332狙撃兵師団のユーリー・ジュダンコ、先の大戦でソ連とて少年兵は使った。
この状況であれば仕方なしと割り切られ、在独ソ連軍もイヴァノフスキー元帥も誰も触れなかった。
その成果というべきか成れの果てというべきか、8年の月日を経てこうしてイヴァノフスキー元帥の目の前に現れた。
後に元帥は他のソ連邦元帥同様に回顧録を出版する。
その中にはこうした少年兵のことについても記載されていた。
”アウフエアシュテーウンクについて私から言えることは、我々の力不足が生み出したものということだ。もし、我々がBETAの侵攻をもっと防げたら彼ら彼女らは兵として戦うことはなかったのだろう。”
イヴァノフスキー元帥は肯定も否定もせず、在独ソ連軍の力不足のみを認めた。
実際仕方のないことだがやはり思うことがあったのだろう。
「16歳の少尉か……」
イヴァノフスキー元帥はエーベルバッハ少尉の資料を見ながら頭を抱え、呟いた。
「同志元帥、そう気に病まないで下さい。むしろ生きていることを喜びましょう」
ヤクーシン大将は前向きに元帥を慰めたが、あまり効果はなかった。
「この件に関してはシュトラハヴィッツ大将も割り切っていますからね……東ドイツが生き残る為には仕方のない結果です」
「それは分かっているが……であればせめて、私から何かしてやらねば。あの年で命をかけて戦っているのに」
メドニコフ大将とヤクーシン大将は顔を見合わせ、困った表情を浮かべた。
イヴァノフスキー元帥、というよりスラヴ系の庇護欲や「何かしてやらねば」というセンサーに引っ掛かったら本当に何かを施すまで終わらない。*2
メドニコフ大将もヤクーシン大将もそれを分かっているからこそ、もう止められんなと納得してしまった。
「では私に彼の資料を見せてくれませんかね?」
たまたま同席していたGRU次長兼情報部長のゲオルギー・ミハイロフ中将が飲んでいたティーカップを置き、そう発言した。
彼は長年軍の情報部署に勤めてきた情報将校である。
今回は在独ソ連軍側の情報部との協議の為にモスクワより出張しており、暫く東ドイツに駐在する予定だった。
中将は受け取った資料にざっと目を通し、ここから読み取れる情報を分析した。
「なるほど……養子で引取先の親は避難中に行方不明、後に死亡が確認され……この妹はどうなんですかね」
3人がミハイロフ中将の方を向いた。
確かに彼の家族構成には妹がいた、それも両親とは違い生存が確認されている。
「彼女もやはり徴兵計画で?」
「多分そうでしょうが……これの情報は最新版ですかね」
「ああ、国家人民軍が送ってきた最新のものだ」
それを聞いてミハイロフ中将は少し考えた。
「どうせなら特別に妹さんにでも合わせてあげればいいのではないですかね。あの年で家族もいないのでは寂しいでしょうし」
「なるほど……考えておこう」
この一連の流れがある兄妹の未来を変えることになる。
全体から見れば小さい変化だが、後に起きる悲劇を阻止するという意味では大きな変化であった。
-ドイツ民主共和国領 首都ヴィスマル 国家保安省ビル-
エーリヒ・シュミット上級大将はため息をついた。
ここ数日、作戦の事後処理で彼もまたあまり睡眠を取れていない。
ただでさえ薄気味悪いスキンヘッドの人が疲労によってやつれてより具合が悪そうに見えた。
「疲れた」
誰もいない執務室でシュミット上級大将は母語を出した。
彼のドイツ語はドイツ人と遜色ないほど上手く、ロシア人特有の訛りも少ない上に生活スタイルや癖を完全にドイツ人のものに合わせていた。
その点彼は優秀なスパイであった。
だからこそ心労祟りこうなってしまったのかも知れない。
「皆して無茶ばかり言いおって……人をなんだと……」
「スパイが母語を丸出しにするとは感心しないな」
執務室の中に入ってきたあるソ連の中将がドイツ語でそう返した。
名はユーリー・ドロズドフ、KGB中将で第1総局隷下の非合法捜査を担当するS局の局長である。
シュミット上級大将同様にドイツ語が堪能で一時期ドイツ人の偽名も使っていた。
「相変わらず心臓に悪い」
「今日はたまたま寄っただけだ。だがお疲れのようだ」
2人はそのままロシア語で会話を始めた。
執務室は気を利かせたシュミット上級大将の副官が閉め、誰の入室も許可しないようにした。
「当然だ、大作戦の事後処理にベルリン派の面倒、おまけに在独ソ連軍司令部からこっちのパイロットを名指しで1人寄越せと言ってきた」
「GRUにしてやられたな、それにベルリン派の問題か」
ドロズドフ中将とシュミット上級大将、2人はほぼ同期である。
大祖国戦争に参戦し、その後KGBの道を歩んだ。
気がつけば2人ともKGBの将軍になり、スパイ活動の終着点まで来た。
ドロズドフ中将からすれば出世は喜ばしいことだが仕事量が明らかに多いシュミット上級大将からすればたまったものではなかった。
最悪何かあればベルリン派に撃ち殺されかねない仕事だ。
それに最近はヴェアヴォルフのある衛士がシュミット上級大将らに探りを入れ始めていた。
まだ彼らの正体はバレていないが面倒であるのは確かだ。
「今回の作戦で彼らの何人かは昇進した、派閥も少しづつ拡大している」
特にあのハインツ・アクスマンが中佐に昇進したのは大きい。
彼はフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊の情報参謀としてネットワークを拡大している。
もうここまでくればベルリン派が自然消滅する可能性はなく、何かしらの手段で弱体化か滅ぼす他なかった。
その責任も指揮も基本的にはシュミット上級大将が取らなければならない。
「正直、同志アンドロポフはどう対処する予定だ?」
シュミット上級大将は尋ねた。
あくまでドイツ支局の長であるシュミットと、S局として全体の非合法捜査を取り扱い、本国にいるドロズドフとではどうしても触れられる情報が違う。
シュミット上級大将としても今後どう対策を行うか考える為に本国の決断は知っておきたかった。
「まだ連中の詳細な情報を調べてる最中だからなんとも言えん。なんにせよ実力行使は最後の手段だ」
「暫くは監視、か」
「共に頑張ろうじゃないか」
シュミット上級大将は俯いて頭を抱えた。
それを見たドロズドフ中将はニコニコしながら尋ねた。
「最近の業務、よっぽど堪えてるらしいな」
「笑い事ではない、CIAも連中に対して反応を示し始めている。これは厄介なことになるぞ」
「だろうな、彼らの連絡先は西ドイツだ。統一ドイツをもう一度、そのお題目は結構だが今でない」
シュミット上級大将は頷いた。
基本的にベルリン派の目的は東ドイツと西ドイツの統合であり、過激ではあったがリベラルではあった。
だがこのBETA大戦の真っ只中で東西ドイツが統一されても、各軍に指揮系統上の不和を生むだけだ。
ドイツ人は統一を望むだろうが世界が望むかは別であった。
米英仏ソの4カ国共に『統一は今ではない』という結論に達している。
4カ国とも、前大戦では彼の国に散々な目に遭わされた。
「正直、私とてベルリン派に対する実力行使は望んでいない。彼らが謎の死を遂げれば責任は私に降りかかる。これ以上業務を増やされるのは御免だ」
「分かっているとも。同志アンドロポフもクリュチコフ大将も君の働きは大いに評価している」
「それは結構、では戦後私の帰国の手筈は出来るかね」
「少し考えたんだがそのまま上級大将として退役してドイツ人として生きてもいいんじゃないか?」
「冗談はよしてくれ、シュタージの上級大将としてドイツで生きるより、KGBの少将として祖国で生きた方がよっぽどいい」
流石のシュミット上級大将も怒りを露わにした。
彼だって祖国には帰りたいのだ。
それはドロズドフ中将も分かっていた。
「状況によってだが戦後1年はこっちで引き継ぎをやって貰って、その後帰国の手筈は整えてある。最悪退役する可能性もあるが、その際は同志ピトヴラノフに拾ってもらう」
「少将まで行った、もう十分だ。帰国の目処が経てば多少は喜び勇んで働けるというものだ」
久々にシュミット上級大将は喜びという感情を浮かべた。
そもそもこんな事態にならなければただのスパイとしてKGBでの経歴を終えるはずだった。
それがよりにもよってシュタージなんかに放り込まれた、しかもズタズタに引き裂かれよく分からない派閥が現れた場所にだ。
「それと本国から追加の資料と人員表だ。もう数人ほど君の配下に着く」
「後で目を通そう」
シュミット上級大将は資料をデスクにしまい、しっかり鍵をかけた。
KGBの同志ならともかく、元のシュタージにバレたら終わりだ。
「では私はこれで失礼しよう。また来月にでも来るよ」
「当分来なくていい」
軽く敬礼してドロズドフ中将はその場を後にした。
暫くシュタージ庁舎の中を歩いているとある1人の士官に出会した。
女性で黒髪のロング、制服には衛士であることを示す記章が付けられていた。
彼女は敬礼し、ドロズドフ中将も敬礼を返した。
その赤い瞳は明らかにドロズドフ中将に対する不信感が現れていた。
中将はそのまま通り過ぎ、彼女には聞こえないところであえてドイツ語で言った。
「なるほど、とんでもない美女に執心されているようだ」
これは帰国が早まるかもしれないなと内心思いながら、陰謀渦巻く東ドイツの地を後にした。
-ドイツ連邦共和国領 シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州 リューベック-
リューベックは現在、東西ドイツの境目であり、東西海軍の艦艇も多く駐留していた。
少なくとも前線から数十キロ以上離れている為BETAの侵攻の恐れはなく、ドイツにおける数少ない安全地帯となっていた。
ここは東西ドイツの境目である以上両軍の将兵がいた。
アメリカ軍にソ連軍、東西ドイツ軍に英仏軍と様々である。
その為東西ドイツの将校がある場所に一同に介していてもなんら不思議はなかった。
だから”
ある1台の車がリューベックのレストラン前に停まった。
運転手がドアを開け、乗客を降ろす。
中から出てきたのは米ソから注目を浴びるアクスマン中佐だった。
彼は敬礼しながらレストランに入り、店主にあることを頼んだ。
「”ヤシマ”までの行き方は知っているかね?」
「ええ、ちょっと来てください」
店主はウェイターを呼び出し、中佐を案内させた。
そのままアクスマン中佐はレストランの地下に連れて行かれ、地下の1室に入った。
「お客様をお連れしました」
ウェイターは先に待っていた人物に頭を下げ、地下室を後にした。
中佐は制帽とコートを掛け、席についた。
「遅れました、昇進してから仕事が増えたもので」
「それはお互い様ですよ」
反対側に座るドイツ連邦陸軍の中佐はワインを入れ、アクスマン中佐に差し出した。
そのまま中佐は立ち上がり、ワイングラスを持って乾杯した。
「我々の新たなる時代の為に」
グラスが鳴り、その場にいた全員がワインを一気に飲み干し席についた。
「昇進おめでとうございます、アクスマン中佐」
「いえそちらこそ、ギュンツェル中佐」
連邦軍側の代表として座っている第1空挺師団所属のラインハルト・ギュンツェル中佐は再びワイングラスにワインを注いだ。
ラインハルト・ギュンツェル、BETAが襲来しない世界において彼は准将まで昇進し、政治的な理由で更迭される。
それは何も自身の正義を成したからという訳ではない。
ギュンツェル中佐は極右だった、それも過去のドイツを肯定し
それはBETAが襲来したこの世界でも変わることはない。
ギュンツェル中佐ら西ドイツ側の協力者達は単にドイツを統一するだけでは終わりたくないと考えていた。
彼らは西ドイツ主導による統一でもなく、東ドイツ主導による統一でもない第三の道を選んだ。
ドイツとは世界の、全ての上にあらなくてはならない。
かくある為には時計の針を過去へと巻き戻さなくてはならない。
彼らが目指す第三の道は時計の針を1945年以前に戻し、再び偉大な大ドイツとして世界に君臨し、BETAと戦うことであった。
アクスマン中佐はともかく、他のベルリン派は多かれ少なかれそういう思想があった。
前大戦の戦勝国に隷属する時代は終わった、BETAによって全てが変わった。
世界に冠たる大ドイツの時代を甦らせるチャンスが生まれたのだ。
「前回の作戦で我々は昇進し権限も増えました。少なくとも我々ベルリン派が全力を上げればジェルジンスキー連隊の1個旅団程度は動かせるでしょう。そちらはどうですか」
「こちらはマルティン・ホーマン氏を擁立します。これで首班は決まりました」
「それは良かった、我々の方は党員がかなりやられてしまったので」
2人は苦笑を浮かべた。
実際BETAの落着による損害は西ドイツの方が少なく、戦時ということで多少右であっても許された。
例えばこのマルティン・ホーマンも予備役少佐という立場を活かして76年から78年は現役軍人として戦い、それ以降は政治家に転身してCDUで活動している。
ホーマンとギュンツェル中佐は思想的に似通うところが多く、仲は良好だった。
「問題は我が方ですと動員兵力に不安があることです。今のところ現役勢が動かせるのは空挺が主軸ですので、主力がニュルンベルク方面にいる今の状況では首都強襲は難しいです」
「OBの方々はどうですか」
「シェルナー閣下やマンシュタイン閣下がご存命ならともかく、今の時代では御老体方に出馬いただいても軍は動かんでしょう」
ドイツ連邦軍はあれでも西側によって旧来のプロイセン軍的伝統を薄めている。
薄めてアレなのだからプロイセン軍の伝統の濃さとは大したものだ。
「……トレットナー将軍は」
「声を掛けましたが参加はなさらないと。乗り気なのはルーデル氏でありますが……」
「レーマー将軍は」
「参加されると言っていますがレーマー閣下でも軍を動かすには少し……」
ハンス=ウルリッヒ・ルーデルもオットー・レーマーも二次大戦の著名な軍人であるが、如何せん現役軍人との関わりが少ない。
少なくともルーデルの方はカール・フランケやヴァルター・クルピンスキーといった現役のドイツ連邦空軍の将官と連絡を取り合ってるらしいが、クーデターをやると呼びかけた際に来てくれるかは怪しい。
連邦空軍こそほぼ常駐的に前線の支援任務があり、クーデターに人間をやれるほど暇ではなかった。
「となれば現役に何人か欲しいですね、出来ればボンの近くの部隊で」
1979年にクーデターを成功させた韓国軍の私設会は確固たる軍内ネットワークと、首都近辺の兵力を抑えていたことにより政権を手にした。
その例に倣うのであれば首都近くに兵力は欲しかった。
「こちらから何人か調略の為に送りましょうか」
アクスマン中佐の提案を聞いたギュンツェル中佐は少し考え、彼の提案を受け入れた。
「いいですな、とびきり優秀なのを頼みますよ」
「無論ですとも」
2人は固い握手を交わした。
無論2人とも心の底から相手のことを信じている訳ではない。
アクスマン中佐は彼らのことを昇進のための踏み台としか思っていなかったし、ギュンツェル中佐も東の使える駒と思っていた。
それでも彼らの協力関係は暫く続く。
CIAとKGBが勝手に敷いた一線を踏み越えるまでは。
-ドイツ民主共和国領 ヴィスマル 在独ソ連軍司令部-
第6航空団”ウラジーミル・コマロフ”の部隊は在独ソ連軍司令部があるヴィスマルに召集された。
全員が礼服に着替え、司令部内の大ホールに入った。
大ホールには在独ソ連軍のイヴァノフスキー元帥、ヤクーシン大将、メドニコフ大将らが集まり、国家人民軍からはシュトラハヴィッツ大将、国防相ケスラー上級大将、参謀総長シュトレーレッツ上級大将、そして航空軍司令ヴォルフガング・ラインホルト大将が集まっていた。
無論それ以外にも佐官クラスの将校達や写真機を持った広報担当官が待機している。
大ホールは2名の衛兵によって開けられ、周りの将校達は敬礼で勲章授与者を出迎えた。
授与者以外は皆常勤服を着ており、勲章ではなく略綬と徽章をつけている。
エーベルバッハ少尉は敬礼し大ホールに入った。
イヴァノフスキー元帥は少尉を見た。
彼の表情、瞳は何も誰も信じていない不信の塊のような瞳であり、とても16歳とは思えなかった。
こうなるのも無理はない、彼は今日に至るまで彼は全てを失った。
拾ってくれた家族は死に、共にいた大事な妹ともはぐれ孤独になった。
行き着く先は軍隊しかなく、今日まで必死に生きてきた。
もしかしたら家族が言っていたように西側へ亡命した方が良かったのかもしれない。
その話が出てきた段階でBETAがベルリンに降り立ち、全てが変わってしまったが。
「同志ソ連邦元帥、国防相、テオドール・エーベルバッハ少尉をお連れしました」
ベルンハルト中佐は敬礼し、イヴァノフスキー元帥に報告した。
エーベルバッハ少尉は戦闘中凡そ在独ソ連軍の1個大隊分の将兵を救う為に奮戦した為その英雄的行動を評価され、東ドイツとソ連から勲章を授与される運びとなった。
それが命令だったとしても救われる命は確かにあった。
勲章授与式が始まり、まず最初に渡されたのは東ドイツ側の勲章で名はブリュッヘル勲章。
勲章の授与は国防相のケスラー上級大将が行い、受け取った勲章を何もついていない礼服の左側につけた。
勲章後、握手を交わしてその様子が写真や映像に残された。
エーベルバッハ少尉が内心何を思っていてもこの映像は将来プロパガンダに利用されるだろう。
続いてイヴァノフスキー元帥が彼にレーニン勲章を授与した。
同じようにレーニン勲章を左胸に付け、握手を交わして敬礼し、写真撮影の間を置いた。
こんな茶番じみたこと、本当なら出たくはなかったが拒否する訳にもいかなかった。
英雄と祭り上げられようと結局失ったものは帰ってこないし、妹と会える訳でもない。
救ったとされる1個大隊分の将兵が一体自分に何をしてくれるというのか。
誰も自分を助けてくれなかったではないか。
勲章の授与が終わり、一行は司令部の外に出た。
司令部の外に出て再び写真や映像を撮り、一連の授与式を終えた。
外では他の中隊メンバーや第6航空団の面々とエーベルバッハ少尉は話していた。
とはいっても本人自身はそれほど言葉を返すことはなく、寡黙なままであった。
イヴァノフスキー元帥は一旦執務室に戻って所用を済ませ、再び外に出てきた。
その頃エーベルバッハ少尉は上官のベルンハルト兄妹と話しており、3人は元帥を見るなり敬礼した。
「中佐、彼を夕方まで借りるぞ」
「はい!それじゃあ気をつけてな」
「では行こう」
イヴァノフスキー元帥は停めてあった自身の車にエーベルバッハ少尉を乗せてた。
後からシュトラハヴィッツ大将も出てきた。
彼はケスラー上級大将らと話していて到着が遅れた。
「閣下、何故元帥は少尉を?」
「少し話がしたいと仰っていた、何を話すかは不明だがな」
イヴァノフスキー元帥の人柄はシュトラハヴィッツ大将から聞いている為不安には思わなかった。
だからこそ謎に思った。
実際一介の少尉とソ連邦元帥が会話するなどあまり例を見ない。
しかも実態は他愛のないものであった。
「君はこれから生きている限りその栄光と共にある。君の上官と同じ階級になるのだって夢じゃないだろう。学校はどこまで行った?」
「衛士学校は卒業しました、一般の方は……もう覚えていません」
イヴァノフスキー元帥は重く受け止め頷いた。
「かのミハイル・フルンゼは軍に無学でありながら今のソ連軍の礎を作った。君もフルンゼに倣い、励め」
「はい」
イヴァノフスキー元帥は話題を変えた。
「君の故郷はどこだね?長らく帰ってないだろう」
「故郷なんて帰っても意味はありませんよ。そこには誰もいません」
エーベルバッハ少尉は俯き、声を低めた。
それをイヴァノフスキー元帥は心配そうな目で見ていた。
彼は孤独だ、恐らく今のままでは癒しようがないほどに。
それでもなんとかしてやりたいというイヴァノフスキー元帥の意思は変わらなかった。
「家族は亡くなられたと聞いた、だが妹は離れ離れになったと」
「同志元帥には関係のない話でしょう。今更、どうしようもありません」
エーベルバッハ少尉はまだ妹が生きているか分かってなかった。
むしろ死んでしまったとさえ思っていた。
エーベルバッハ少尉を養子として育ててくれたホーエンシュタイン家は西ドイツに亡命する前にBETAの襲撃を喰らい、避難中に両親が死んだ。
暫くは妹と2人で切磋琢磨して生きていたが、やがてはぐれバラバラになった。
義父から妹を守ってくれと言われているのにも関わらずだ。
エーベルバッハ少尉は世界を許せなかった、原因を作ったBETAも許せなかった、そして自分自身も許せなかった。
「暫く会っていないのだろう、会うといい」
「えっ?」
「君の妹は生きている、調べるのに苦労した。ジェルジンスキー連隊に手を回すのは骨が折れたぞ」
実際エーベルバッハ少尉の妹が生きていることを調べるのに苦労したのは事実であった。
何せ彼女は例の計画で徴兵されていたが問題は所属先がフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊であった為、一部情報が秘匿されていたし、少尉に会わせるのは難しかった。
しかしそこはソ連邦元帥、在独ソ連軍の権限を行使しつつスラヴ人特有の実力行使に出てシュミット上級大将に直訴した。
1時間の格闘の末、シュミット上級大将は折れた。
「私から個人的に出来ることの限界だ、君には君の妹に会わせることくらいしか出来ない。だが忘れないでくれ、君が我々の同志の命を救ってくれたからこそ、君は妹に会える。君の行いが君自身を変えたんだ」
エーベルバッハ少尉の思考は若干停止していた、あまりに情報が多すぎるからだ。
妹が生きていてフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊に属していてこの元帥のおかげで会える。
何が何だかよく分からなかった。
それでもエーベルバッハ少尉の表情は明るいものになっていた。
ここ数年で一番嬉しい報告であった。
「君の妹、名前はなんと言ったか」
「リィズ……リィズ・ホーエンシュタインです」
イヴァノフスキー元帥は穏やかな表情で軽く頷いた。
「リィズか、君は養子だそうだな」
「はい、リィズが向こうの子で血は繋がっていません」
「それでも仲は良かったと見えるな。学校では何を?」
「演劇をやっていました」
「そうか、戦争が終わったらまた見れるといいな」
少尉は涙ぐみながら頷いた。
それを見たイヴァノフスキー元帥はハンカチを貸してやった。
「そう泣くな、君は当然のことをしたんだ。数百人の命を救ってこれだけじゃあ、足りんかもしれんがな」
元帥はこの瞬間だけまるで心優しい父のようであった。
誰だって自分より若い者には何か施してやりたくなるだろう。
ましてやそれが英雄であったならば尚更だ。
「落ち着いたか?」
「はい……!」
「そうか、では降りるとしよう。丁度目的地だ」
車が停車し、2人は降りた。
見たところそこは司令部から少し離れた練兵場だった。
凡そ1個大隊分の将兵が武装して整列し、2人を待っていた。
「大隊!気をつけ!総員傾注!」
大隊長の少佐が大隊に号令を出す。
それから車に出てきた2人に少佐は報告を行った。
「同志ソ連邦元帥並びに同志少尉、第67親衛自動車化狙撃兵連隊所属第3自動車化狙撃兵大隊は整列を完了し全兵力が集結しました!大隊長ベルコーシュキン少佐!」
第67親衛自動車化狙撃兵”ヤロスラヴリ”赤旗・スヴォーロフ・クトゥーゾフ及びボグダン・フメリニツキー勲章連隊の第3自動車化大隊、エーベルバッハ少尉が救った部隊名である。
「
「ご機嫌よう同志ソ連邦元帥!同志航空軍少尉!」
将兵から返答が返ってくる。
「この東ドイツの同志エーベルバッハ少尉が諸君の命を英雄的行動によって救った!そしてその諸君は祖国へ奉仕し、ついにはBETAを打ち砕くに至った!私から諸君に対して最大限の感謝の言葉を述べよう。そして諸君を救ったこの若き同志へ最大限の感謝と栄誉を!」
「
将兵たちの歓声は暫く続いた。
今までこんな風に大勢から感謝されたことなどなかった。
「いつの日か、あのベルリン・ハイヴに諸君が赤旗を突き立てる時、この同志の名は永遠に刻まれるだろう!彼は諸君の未来を作った。では諸君は祖国と社会主義に未来を作れ!」
「我らは祖国と社会主義の為に!」
イヴァノフスキー元帥は敬礼を送り、エーベルバッハ少尉には握手をした。
「改めて礼を言わせてくれ、同志少尉。君の活躍で彼らは生きている。それと妹さんによろしくな」
そう言ってイヴァノフスキー元帥は彼を抱き抱え、足が浮くほど力強く抱擁した。
地面に降ろされ、すぐに拍手が鳴り響いた。
大隊の将兵は皆、彼を見て屈託のない笑顔で感謝を込めて拍手を送った。
恐らく彼がこれほどまでに感謝されることは今までの人生なかっただろう。
彼は人生で初めて報われた。
在独ソ連軍という巨大な存在のおかげである1人の若者の運命が大きく変わった瞬間であった。
1981年4月のある日のこと。
晴れたある日、日差しが出ていて気温は快適そのものであった。
既に在独ソ連軍も国家人民軍も将兵はコートを着ずに過ごせるほどの気温であった。
第6航空団”ウラジーミル・コマリョフ”が駐屯する航空基地に1台の軍用車両が降りた。
第6航空団は第666戦術機中隊以外にも多くの航空中隊を有している為、一度で各中隊の補充要員が追加された。
戦術機の方は後日トレーラーで輸送されてくる。
補充要員のうち1人、金髪の少女は真っ直ぐ第666戦術機中隊の格納庫の方へ向かっていた。
するとその前である1人の将校が待っていた。
階級は中佐、航空団長のユルゲン・ベルンハルト中佐である。
「君か、話は聞いてるよ。第6航空団の司令官、ユルゲン・ベルンハルトだ。君についてはベアトリクスから少しは聞いてる。さあ、着いてきなさい」
そういって中佐は彼女を連れて格納庫から衛士の待機場まで案内した。
暫く歩いて階段を登るとすぐにその場所にはついた。
「しかし彼の妹がベアトリクスの下にいたなんてねぇ……近くて遠い存在だった訳か」
ベルンハルト中佐はふと呟いた。
彼女からしてみれば幸運は突然舞い込んできた、夢にまで見た最愛の人が突然目の前にだ。
もう二度と離さない、別れないと誓い、彼女は平静を保ちながらそこまで向かった。
「ここだよ、一応君もここの補充要員になる。同志元帥も君らを戦場から引き剥がすのは無理だったらしいね」
それに関しては仕方なかったと誰もが割り切った。
作戦は成功したとはいえベルリン・ハイヴは健在、BETAの脅威はまだ続いている。
今貴重な戦術機乗りを退役させる余裕はなかった。
それでもイヴァノフスキー元帥は出来うる限りのことをした。
「入りなよ、他のは所用で出払ってるから待ってるのは君の兄だけだ」
そう言って中佐はその場を後にした。
彼女は遠慮することなくドアを開けその中へ入った。
そこには確かにいた、濃い赤毛に澄んだ瞳、在りし日の記憶の中にしかいなかった最愛の人が。
「お兄ちゃん!」
リィズ・ホーエンシュタインは数年ぶりに兄と再会した。
もう二度と離れることも、死に別れることもなく。
2年早く2人は再会した。
テオドール・エーベルバッハは数年ぶりに義妹と再会した。
少なくともこれで彼がマスターと誰かから呼ばれることはもうなくなった。
つづくかも