マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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再び部隊と人民に 満つる赤の広場
波また波と進む 沸き立てる人の海
母なるモスクワに、古きクレムリンの壁に
全ソヴィエトが挙り 集うこの祝日
-”祝日の歌”より抜粋-


ヴロツワフの前に

-中東 アラブ首長国連邦 ドバイ 斯衛派遣軍司令部-

斯衛軍の司令部は他の国々や日本軍同様にドバイに設置された。

 

戦術機凡そ1個大隊、隷下に有する斯衛歩兵2個師団のうち2個連隊が派兵され、国連軍の前線から少し離れた地域に展開されている。

 

斯衛軍の連隊は後方の治安維持業務を任され、戦術機大隊はパトロール任務に回されていた。

 

どちらもかなり地味な仕事なので斯衛軍の目立った成果は出てこず、むしろ慣れぬ異国での治安維持業務によって大小様々な問題が噴出していた。

 

徐々に一部の過激な議員らからは「無駄な派兵では」と言われ始め、斯衛軍も前線に出て戦うべきだという身勝手な意見も出始めていた。

 

尤もそうなる理由もなるなりにあった。

 

国民の何割かは父兄らが前線で命をかけて戦い、還らぬ人となった家族も多く存在する。

 

それが派兵されたらされただけで目立った活躍もしない斯衛軍を見れば怒る理由もあった。

 

また不満は斯衛軍にも出始めていた。

 

新進気鋭の革新派が「我らは武家なのだから先頭に立って人々の盾となるべき」と言い出した。

 

その結果斯衛軍の派遣司令官は僅か2ヶ月ちょっとで交代し、新しい司令官がやってきた。

 

それも新進気鋭の革新派から、それもとびきり性格がアレな奴が。

 

新司令官を出迎える為に司令部には派遣軍の参謀たち、各大隊、連隊長、戦術機大隊長が集まっていた。

 

「総員、新司令官閣下に対し敬礼!」

 

参謀長の見附国俊准将が代表して司令官に敬礼する。

 

司令官は一切敬礼を返さずに全員が待機する作戦室に入り、真ん中の椅子に座った。

 

「見附、おみゃーら譜代の連中がみんなして集まってこのザマか。このたわけども」

 

「ハッ、面目ございません」

 

「此度の戦は勝ち戦になっとるだぎゃ、だのに攻めに出んとはどういう了見だ」

 

新司令官は早速入るなり指揮官たちを叱責した。

 

言い返したい気持ちもあったが相手は五摂家なので誰も何も言い返せなかった。

 

斉御司 信真(さいおんじ のぶさね)、五摂家を有する斉御司家の当主であり、斯衛軍の中将である。

 

五摂家の人間はある程度まで斯衛軍として務めていれば中将、それか少将まで昇進出来る。

 

大抵の人間は少将止まりだが当主や才能のある者は中将、大将にまでなれる。

 

家柄はかなり昇進に左右するが最後にものを言うのは実力であった。

 

特に信真は実力主義が強い人だ。

 

ちなみに信真は幼少期名古屋で育った為かなりキツい名古屋弁で喋っていた。

 

そしてその性格は名古屋弁以上にキツく、苛烈であった。

 

「真壁ェ、白山ァ、近江ィおみゃーらこんなとこ留まっておおちゃくしやがって!このどクソたわけども!役に立たねぇ武士なんぞ生きる価値もにゃーぞ」

 

また叱責されたのは派遣された戦術機大隊の大隊長、真壁少佐、そしてもう片方は連隊長の白山大佐と同じく連隊長の近江昌実大佐である。

 

彼らは譜代ではなかったが有力武家と呼ばれる気鋭の武家である。

 

特に真壁少佐の家は数多くの者を斯衛軍に差し出していた。

 

されど信真の前では頭を下げる他なかった。

 

「ハッ、申し訳ございません」

 

「肝が冷えます」

 

「しかし斉御司閣下、下手にBETAと戦えば損害がっ…!」

 

刹那、信真は逆らった白山大佐を思いっきり拳で殴った。

 

すぐに蹴りを入れ、罵声を浴びせる。

 

周りの者は自分がその被害を被りたくはない為黙っていた。

 

「このどアホォ!低脳!臆病モンがぁ!ああ?兵隊の人死が怖いから前に出にゃーだと?腰抜け!」

 

その姿は近代軍の司令官というよりも戦国の苛烈な武将のようであった。

 

彼は正に武家の棟梁、というより武士であった。

 

死生観が他の諸将とは根本的に違っている。

 

彼は本気で武家は国民より前に立って戦場で死ぬべきだと思っていた。

 

でなければ武家としての特権が成り立たない。

 

そもそも武家の特権とは軍役を自らが担うことで担保されるものだ。

 

かのナポレオンが国民軍を作り、それが文明開化の波と共にやってきた時点で武家の特権などないに等しい。

 

国民全員が軍役を担う国民軍と総力戦が主流の時代に武家という存在は時代遅れであった。

 

故に武家が生き残る道とは本懐を遂げて死ぬことだけ、矛盾しているがこれしかないと信真は本気で考えていた。

 

だから特権に甘えているだけの武家の者に対し、信真は厳しかった。

 

「兵隊なんぞ死ぬためにあるようなもんだがや!おみゃーら武家なんてみぃんな戦で討ち死にする為にあるようなもんだろうに!」

 

信真はため息をつき、その間に白山大佐は元の席に戻った。

 

こんなに蹴ったり殴られたりするのは訓練以外あまりなかった。

 

「見附!」

 

「はい!」

 

「わかっとるだろうがこれからは俺がここの指揮を取る。まず次の攻勢で戦術機大隊は民草の兵隊に代わって先鋒を務めよ。白山の連隊は戦術機に続いて前線に切り込め。近江は援護、分かったか!」

 

一行は新しい司令官の命令を聞く他なかった。

 

信真は持っていた日本刀を引き抜き肩にかけた。

 

一瞬だけ誰か斬り倒すんじゃないかと諸将の肩が竦んだ。

 

だが流石に今は20世紀の終わり、意味もなく人を斬り殺す時代ではない。

 

全員が怯えるような発言を呟いて作戦室を去って行った。

 

「BETAも人もみんな血祭りに上げて全部焼いたるで、ハッハッハッハ!」

 

信真は笑いながら部屋を出ていった。

 

全員恐怖で硬直し、暫く部屋から出ることはなかった。

 

信真が出ていったことが完全に分かるまで誰も恐怖で口すら開けなかった。

 

「……えらいことになりましたなぁ見附参謀長」

 

近江大佐は隣に座っていた見附准将に呟いた。

 

「ああ、アレなら九條閣下の方が良かった。我らも生きて帰れんかもしれんなぁ……」

 

見附准将は本気で自分が戦死するか癇癪で斬り殺される可能性を考え始めた。

 

折角斯衛軍で准将にまでなれたのにこれで終わりかと悲観的な様相であった。

 

実際他の諸将も似たようなものだ。

 

しかも相手は五摂家かつ上官だから逆らうのも難しい。

 

「白山さん、大丈夫ですか…?」

 

「ああ……しかし困ったな、我々次の攻勢で生きて帰ってきたらあの人どうなるか」

 

突撃を命じられた白山大佐と真壁少佐は俯いていた。

 

彼らこそ事実上の死刑宣告を喰らったようなものだ。

 

信真は今の斑鳩や真壁家の介六助と同じように戦術機に乗って勝手に欧州やインド、当時まだ僅かに残っていた中華戦線に乗り込んでいた。

 

だから本人の実力も確かな者であるしこれでも戦果を上げたものは誰であろうと分け隔てなく、大層可愛がることで有名である。

 

だからこそ彼には単なる恐怖ではなく畏怖の念を受けていた。

 

尤も戦果を上げていない者達からすればそこにあるのはどうしようもない恐怖だけであったが。

 

「派兵は形だけ……だったのだが、我々みんな終いか」

 

本国の斯衛軍は折れた、結局外圧に負けて信真のような超タカ派を送り込んできた。

 

この意味が分からない彼らではなかった。

 

斯衛軍の名誉の為に死んでこいという訳だ。

 

尤もこの時点で既に正規の日本軍は決して少なくはない将兵を犠牲に国連軍の戦線を維持している。

 

BETA相手に派兵されたのに人死を出さずに帰ろうだなんて結局甘い考えだったというわけだ。

 

そして彼らは知らない。

 

この信真が後に政威大将軍となることを。

 

彼が武家と斯衛の運命を大きく変えていくことを。

 

 

 

 

-旧ポーランド人民共和国領 オポーレ県 オポーレ市 ソ連軍臨時航空基地-

旧オポーレ市、ここには第722親衛戦闘航空連隊の一部隊が駐屯する臨時の航空基地があった。

 

基地といっても簡易的な飛行場に幾つかのテントと物資集積地点があり、本格的な航空基地とはまた違う形状だった。

 

これでも戦術機であれば発進できるし離着陸は可能である。

 

人型であるという汎用性から最悪物資集積地点さえ配置しておけば補給は容易であった。

 

ただ整備を考えればやはり安定した航空基地の方が整備兵や衛士には喜ばれた。

 

戦術機は大型トレーラーの中に格納されている。

 

こうしたトレーラーのベースはアメリカ軍が補給車輌として用いていたHEMTTであり、ソ連軍が使用しているものは初期だとアメリカからレンドリースで貰ったものだ。

 

その後ソ連軍も自前でトレーラーを製作し、国家人民軍やブルガリア軍らに配備した。

 

フレツロフ大尉らが使っているのはソ連製のものである。

 

「大尉、武器何積んでいきますか」

 

コックピットの中で機体を調整するフレツロフ大尉に整備士が尋ねた。

 

大尉が用いるMiG-27は現在全ての武装を外したノーマルの状態である。

 

フレツロフ大尉は作業しながら整備士に伝えた。

 

「まず長刀はいらんだろ?取り敢えず突撃砲は2丁欲しいな。後ナパーム弾ととにかくばら撒ける武装だ」

 

「じゃあS-80は確定ですね……いっそ全部ロケポにしますか?」

 

「バカ言え、ココンも何本か持ってく」

 

ロケットポッドは周囲に火力をばら撒ける点で便利だが確実に排除したい相手には対戦車ミサイルや元地対空ミサイルが有効だ。

 

こういう武装を載っけていくと元の重量より重くなるが、火力は向上する。

 

特にフレツロフ大尉は火力に対してとてつもない信頼を置いていたので、なるべく火力は持っていきたかった。

 

それは他の衛士達も同じである。

 

基本的に世界中の多くの衛士が自身の機体に追加武装をつけて独自にカスタマイズするし、戦術機であればその汎用性はあった。

 

「長刀は置いていきますけどナイフはどうしますか」

 

「一応持っとく、なんかあれば便利だ」

 

「了解」

 

整備士はチェックを入れてハイヴ突入時に持っていく装備をメモした。

 

大尉からは見えないが下の方で別の整備士が「チェック終わりました!」と叫ぶ。

 

「おう、明後日慣らしで飛ぶからまた頼む」

 

「了解!」

 

整備士と衛士、彼らの関係は航空機の時代から変わらない。

 

整備士が一生懸命機体を整備し万全の状態で送り出すからこそ彼らは空を飛べるのだ。

 

そのことを忘れたことなどなかったし、彼らの思いも衛士達は連れて戦場へ行く。

 

一蓮托生、衛士と整備士は切っても切り離せない関係にある。

 

「チェック完了、これでいつでも行ける。一旦出よう、そろそろ飯だ」

 

「うい、んじゃあ行きますか」

 

2人はMiG-27から出て、2人は炊事兵の下へ向かった。

 

この地域に駐屯する炊事車はウラル-375Dを改造したもので、ここには戦術機部隊や整備士、警備中隊も含めてそれなりの人員がいる為炊事車は数台いた。

 

炊事兵達はトレイを持った将兵に今日の昼飯のメニューを分け与えた。

 

フレツロフ大尉もトレイを持って並び、炊事兵達から飯を貰った。

 

今日の昼食はボルシチに黒パンが数枚であった。

 

食事の質はこれを基準に上下する。

 

ここはあまりに前線に近いので彼らであっても数日同じメニューを食べ続けたりした。

 

「今日もボルシチか、あるだけマシだが昨日もボルシチじゃなかったか?しかも具材一緒」

 

「そう文句言うな、肉入ってるからいい方だろ」

 

フレツロフ大尉に対してデルーギン大尉はそう宥めた。

 

隣でオルゼルスキー上級中尉は明らかにウォッカと思われるものをコップに注いでいた。

 

「おいヴァロージャ、それ酒だろ」

 

「いや違うよ、水だよ」

 

「バカ言え、ちょっと飲ませてみろ」

 

「やだよ」

 

「もっと静かに食いましょうよみなさん」

 

一番年下のマリロフ上級中尉に宥められてフレツロフ大尉とデルーギン大尉は渋々席についた。

 

オルゼルスキー上級中尉は明らかに透明な液体の瓶を隠すように自身の近くに置いた。

 

彼らはボルシチを飲みつつ黒パンを齧った。

 

「たまには白いパンが食べたいよ」

 

「俺はあのコーラがまた飲みたいな」

 

「そんな文句言ってるとKGBにしょっ引かれるぞ」

 

「戦術機乗ってるのに飲んでるお前が一番しょっ引かれるべきだろ」

 

一行は文句を言いながら食事を摂った。

 

だが話は徐々にハイヴ攻略戦の方へ移っていった。

 

「新しいヴロツワフのハイヴ、俺たちはまだ中衛辺りに配属されることになったらしい」

 

最初に口を開いたのはデルーギン大尉だった。

 

彼は真っ先に昼食を食べ終わり、暇を持て余していた。

 

「今度のハイヴには俺ら含めて6個連隊分投入されんだろ?まあ流石に二度も出番はないだろうて」

 

口では呑気を装っているフレツロフ大尉だが内心は怯えていた。

 

彼らは前回のハイヴ攻略戦で頭脳級の地点まで突入した為その戦果を讃えられて赤星勲章と剛毅勲章が授与された。

 

流石に大尉は二度も自分達に出番が回ってくるとは思っていなかった。

 

「だがBETAのハイヴはそれでも未知数な地点が多い。一番は”ポーリュス”の最大出力で焼いちまうことなんだろうが」

 

「そんなことしたらヴロツワフの復興に多大な時間が…!」

 

「ああ、あれを最大出力で撃つくらいなら略核の方が楽だろう。俺達の苦労は増えるがな」

 

正直前線で戦う将兵からすればなるべく敵は減らしてもらうに限る。

 

生き残った敵と戦うのは自分達だからだ。

 

「キツい戦いになるだろうなぁ……これなら平地でBETAとやり合う方がマシだ」

 

フレツロフ大尉はそう述べた。

 

本来ならここで自信を持ってなんとかなるさと言うべきなのだろうが、彼らはロシア人である。

 

未来に対する悲観は常にあった。

 

到底口には出せない皮肉が幾つも頭の中に浮かぶ。

 

今ならアネクドートの大会で優勝も目じゃない。

 

「俺らが入る頃にはBETAが家出しててくれるといいんだがな」

 

大尉は冗談混じりに希望的楽観の代わりに悲観的楽観を呟いた。

 

残念ながらBETAはハイヴ内になるべく兵力を固めていることをこの時大尉らはまだ知らない。

 

 

 

-日本帝国領 帝都 京都 某料亭-

華族、かつて公家だった者達。

 

武家が生き残っているのだから公家も生き残るのは必然である。

 

何せ武家とは所詮幕藩体制の武士の集まりであり、朝廷との融合は果たせなかった。

 

故に公家は華族として大日本帝国に存続し、1945年以降も「武家が生き残ってるのだから」と言う理由でお目溢しを食らった。

 

結果的に今の日本帝国には貴族院も残り、そこには華族議員だけでなく爵位を持った人々や武家も入っている。

 

華族と武家、この2つの関係性は難しいの一言に尽きる。

 

表向きは双方平静を保っていたが内情はドス黒い憎み合いだ。

 

華族からすれば武家はなんの担保を持って偉ぶっているのか甚だ疑問だったし、武家からすれば刀も振れない連中が何故今日までいるのか反感を持っていた。

 

この対立は大日本帝国の頃から変わらなかった。

 

近衛文麿の総理大臣就任は武家が大陸から手を退く遠因になったし、近衛も武家と対立していた。

 

結局、先の大戦で下手に生き残ってしまった2つの家は現代になってもなお対立を続けていた。

 

武家側は城内省や斯衛軍、貴族院での党派性によって団結していたが、華族の方は官僚や軍、政界に広く分散していた。

 

例えばこの烏丸光麿貴族院議員、退役した陸軍少将で戦前は近衛師団にいた。

 

現在は貴族院議員を務めながら国防政務次官を兼任しており、退役したが名前がしっくりくるのであだ名として烏丸少将と呼ばれている。

 

位階は従三位、華族にも軍にも顔が効く上にリーダーシップを取ってくれることから周りからは頼りにされていた。

 

「烏丸少将、知ってはりますか?斯衛さんの派遣司令官、もう変わりおった」

 

同席する後輩の総務省官僚から盃を酌んでもらいながら従三位、一条君幾自治行政局長は烏丸次官に伝えた。

 

無論これくらいは烏丸次官とて知っている。

 

何せ帰ってきた前任の司令官を出迎えたうちの1人は烏丸次官だ。

 

あのしょぼくれた五摂家の顔は今でも忘れられない。

 

「お武家さんとこは人材豊富で羨ましいなぁ。うちなんて派遣軍でぎょうさんやられとるからカツカツやわ」

 

烏丸次官は皮肉を述べた。

 

斯衛軍は今の今まで前に出ず、代わりに正規の日本軍の将兵がその犠牲を肩代わりしている。

 

次官だって少将時代は参謀長として当時BETA戦が白熱していたインド戦線にいた。

 

斯衛軍の派遣軍なんて手緩いと言えてしまうが、あえて言わなかった。

 

「まっ、尾張の殿さんやし、あんじょう宜しゅうやってくれはるやろ」

 

代わりに派遣軍は半分以下になるだろうが、と内心付け加えた。

 

信真の異常性は官僚政治家の間では有名だった。

 

五摂家でありながら真っ先にBETAとの戦争と聞いて大陸戦線に単騎で突っ込んでいった。

 

癇癪持ちで人に対する接し方の落差が激しく、まともな人間であるなら近づきたくない。

 

華族の人々からすれば蔑視の対象であった。

 

あれがやがて武家の頭領になるなど、彼奴等も落ちたものだと。

 

烏丸次官は伏見の地酒を口にした。

 

やはり日本酒であればここに限る。

 

「でもええんですか?あの殿さん司令官になりはったら絶対BETAの首、取ってきはりますけど」

 

この中で一番若い華族の東御則孝は心配を込めて先輩達に尋ねた。

 

彼は一条局長の後輩で同じ自治行政局の出身である。

 

そしてこの自治行政局が行おうとしているのは土地改革、いざという時の防衛戦に備えてと言う名目で武家から土地を召し上げようとしていた。

 

特に東御は土地改革の急先鋒で一条局長の懐刀でもあった。

 

「お武家さん方、もろうたもんはなんでも喜びますさかい、殿さん嫌いでも戦果上げて士気高揚させてくれまっしゃろ」

 

「そん時は殿さん将軍にしてもっと戦果上げてもろたらええんや」

 

烏丸次官は東御の心配事を一蹴した。

 

実際信真が政威大将軍になれば斯衛軍は更に外地派遣に注力するだろう。

 

そうなれば斯衛軍と交代で正規の日本軍は本国に帰れるし、将兵は父母らに会えて故郷の飯が食える。

 

そして信真が指揮を執る以上、斯衛軍は戦果と不和は生まれるだろうし奴らは物理的にスリム化する。

 

そうなれば武家は弱体化(経費削減)し、全て丸く収まるというわけだ。

 

武家が斯衛軍と城内省に籠っている間に華族はあちらこちらに分散して現代の装いに身を変えた。

 

武家は武家の特権を失えば立ち行かなくなるだろうが、華族はむしろ身軽になるかも知れない。

 

衣冠束帯を着るより背広を着ていた方が実際楽だ。

 

サムライは長直垂を着ていないと落ち着かないようだが。

 

「そないで済みますかね?」

 

「済ませるんや、主上はんに手向かうなら広島やね」

 

そう、彼らは華族の称号を捨てても苦労はないが、骨の髄まで染み付いていることがある。

 

帝に手向かいする奴はとことんやってしまえばいい。

 

何せ華族が忠誠を捧げし相手は武家の棟梁ではなく、絶対たる帝にあるのだから。

 

そもそも政威大将軍だって帝の下賜であって成り立つものだ。

 

それを思い出すか将又忘れ続けるかによって武家の運命は変わるだろう。

 

 

 

-ソ連領 ウクライナSSR 首都キエフ 第1ウクライナ前線司令部-

4月中旬のある日、キエフに位置する第1ウクライナ前線司令部。

 

司令部は午前中のうちにルブリンに新司令部を設置する為の様々な命令を発布し、工兵隊や後方の駐屯部隊と連絡を取り合っていた。

 

参謀達は作戦室に集まり、各々の仕事をしながらある者は前線から入ってくる命令を纏めていた。

 

「ヴロツワフ・ハイヴ、特に動きはないようですな」

 

アニシモフ中佐は先輩のフョードル・ラディーギン大佐に報告した。

 

ラディーギン大佐はアニシモフ中佐と同じ情報参謀でハイヴ攻略が終われば彼はゾロトフ大佐、バリィーニキン大佐共々昇進に昇進することが内定されていた。

 

「来ても少数だろう?砲兵隊で吹っ飛ばせる。前回の攻勢で連中の戦力を半分以上も吹っ飛ばしたのは大分大きいようだな」

 

「ええ、それとスペツナズ旅団のスタロフ大佐とチムティン大佐、べリャドコ大佐から任務内容の伝達が」

 

ラディーギン大佐は書類を中佐から受け取った。

 

「ありがとう、後で元帥と参謀長へ送っておくよ」

 

その裏ではゾロトフ大佐とバリィーニキン大佐がルブリンに建設予定の第1ウクライナ前線司令部について話し合っていた。

 

正直BETAによってほぼ真っ平に均されてしまったルブリンに司令部を設置するなど一から建設するのと同義語である。

 

かなりの苦労だが現状第1ウクライナ前線の司令部はキエフにあり、前線との距離が大きすぎた。

 

「ルブリンに建てるといっても何ヶ月くらい掛かると思う」

 

「一部を木組みにして簡略化しても設備を考えれば1ヶ月は掛かるだろう」

 

「せめてリヴォフが使えればなぁ……」

 

「放射能以前にハイヴの残骸が邪魔過ぎて設置に不向き過ぎる。クソBETAどもめ、余計なもの作りやがって」

 

「全くだ」

 

2人は珍しく悪態を付いていた。

 

だがBETAのせいでルブリンは破壊され、リヴォフも酷い有様なのだから文句の1つも言いたくなるだろう。

 

どの軍の参謀達も行く先でBETAが破壊し尽くした街の状態を見て同様の感情を覚えていた。

 

BETAは破壊するだけで済むかもしれないがそれを直すのは人間である。

 

工兵隊が基礎を作り直し、復興委員会の労働者達が街を作り直す。

 

その労力を計算づくで割り出せるからこそ、参謀達はここに存在するはずのない異星人に対し怒りが湧いた。

 

「いっそジトーミル辺りまで前に出すか?」

 

バリィーニキン大佐はジトーミル出身のゾロトフ大佐に尋ねた。

 

「いや、ジトーミルに出すならいっそルーツクまで前進した方がいいだろう。あそこは滑走路付きの航空基地もある」

 

「なら司令官とルーツクの現地司令官と相談だな」

 

2人は頷き職務に戻ろうとした。

 

同じタイミングでドアを3回ノックする音が聞こえ、1人の将校が入ってきた。

 

オールバックに彼らと同じ陸軍の制服、肩章の階級章には少佐を示す赤線2本に星が1つ付いていた。

 

「失礼します、こちらに第1ウクライナ前線のヤゾフ元帥はいらっしゃいますか?」

 

「同志元帥なら参謀長、政治部長と共に執務室にいる。あなたは誰だ?」

 

その少佐は作戦室に入り先任の参謀達に敬礼した。

 

「本日付を持って第3軍から第1ウクライナ前線司令部に転属しました、ブラート・リトヴィネンコ少佐であります」

 

「補充か、よろしく頼む。参謀のヴィクトル・バリィーニキンだ」

 

「私はウラジーミル・ゾロトフ、よろしくな」

 

まずバリィーニキン大佐とゾロトフ大佐がリトヴィネンコ少佐に握手した。

 

リトヴィネンコ少佐も「こちらこそ」と握手を返す。

 

「折角だ、ルークシィン中佐、案内してやれ」

 

「はい」

 

奥の方から作戦参謀の1人、アレクサンドル・ルークシィン中佐が出てきた。

 

中佐はそのままリトヴィネンコ少佐を連れて作戦室を後にした。

 

その頃執務室では前線司令官、前線参謀長、前線政治部長の3人が集まって軽い会議を開いていた。

 

「可能な限りウクライナに残っている国内軍の部隊をポーランドに投入しました。後方の残敵狩りは完全な制圧まで早くて2週間とちょっと掛かるでしょう」

 

ステクリャル中将はヤゾフらにそう報告した。

 

これでもポーランドの国土とBETAの物量を考えてみれば十分早い方だ。

 

それにスティクリャル中将は早期の鎮圧の為に既にKGBと内務省にもう1つ頼み込んでいた。

 

「それとジェルジンスキー師団、後方の安定化の為に本国から派兵されるそうです」

 

「ほう、よく交渉したな中将」

 

ステクリャル中将は照れくさそうに頭を撫でた。

 

F.E.ジェルジンスキー名称特殊任務自動車化狙撃兵赤旗・レーニン及び十月革命勲章師団、ソ連国内軍が持つ最精鋭師団である。

 

師団長はドミトリー・ナリヴァルキン少将が務めており、その名の通りKGBらチェーカーを産んだフェリックス・ジェルジンスキーの名前が称されている。

 

似たような部隊がシュタージのフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊という名で軍団規模で存在する。

 

それに比べてこのジェルジンスキー師団は身の丈にあったサイズをしていた。

 

「頑張りましたよ、同志を説得するのは大変でした」

 

「よくやったぞ中将、ジェルジンスキー師団が到着すれば少しは楽になる」

 

丁度その頃、ルークシィン中佐に案内されたリトヴィネンコ少佐が中佐と共にドアをノックして入ってきた。

 

「失礼します同志元帥、司令部追加要員のリトヴィネンコ少佐をお連れしました」

 

「そうか、ありがとう中佐」

 

中佐はもう一度敬礼し、先にその場を後にした。

 

「本日付で第3軍より転属しました、ブラート・リトヴィネンコ少佐であります」

 

リトヴィネンコ少佐は再び3人に敬礼し、自己紹介を行なった。

 

3人も敬礼を返しそれぞれ自己紹介を行う。

 

「私が司令官のドミトリー・ヤゾフだ、よろしく頼むぞ少佐」

 

「はい!」

 

「参謀長のミハイル・モイセーエフ大将だ、世話になる」

 

「私がここの政治部長、ボリス・ステクリャルだ。よろしく頼む」

 

「ハッ!こちらこそ!」

 

リトヴィネンコ少佐は2人と握手を交わした。

 

「それで早速だが少佐、君も知っての通り後週間でハイヴ攻略作戦が始まる」

 

ヤゾフは執務室の席に座ってそう述べた。

 

リトヴィネンコ少佐も当然この情報は知っているようで「もちろんです」と英語で聞かれた。

 

「当分は見学、させてやりたいんだがそんな時間はない。いきなり本番だが大丈夫か?」

 

「はい、第3軍での経験と知識を活かし、全力で攻略作戦に当たります」

 

「いい心がけだ、これからよろしく頼むぞ、リトヴィネンコ少佐」

 

再びヤゾフは彼の手をしっかりと握り、リトヴィネンコ少佐も握り返してきた。

 

第1ウクライナ前線に少し遅い春がきた。

 

 

 

 

 

 

-ソ連領 ロシアSSR 首都モスクワ ソ連軍参謀本部-

オガルコフ元帥はポーランド作戦担当室で状況進行図を目にしていた。

 

彼の隣には作戦総局長ヴァレンニコフ上級大将と軍事測量局長ビィゾフ大将が控えていた。

 

ポーランド解放作戦の最終決戦、ヴロツワフ・ハイヴの攻略を本国でも検証していた。

 

「ハイヴ攻略は予定通り、ポーリュスで周辺を吹っ飛ばしハイヴ内に穴を開けたところへ戦略核を投入。火力で上部構造を制圧し、戦術機部隊で内部を掃討します」

 

説明係の中佐は3人に作戦の様相を説明した。

 

言葉にすれば簡単だが光線属種の存在やハイヴの中に潜むBETAを考えれば言葉以上に難しい。

 

投入する戦術機部隊も中にいるBETAによるだろうが1、2割は撃破されるだろうと作戦総局は予想していた。

 

「こちらが測量局が前回の作戦を基に製作したハイヴ内の模型図です」

 

中佐の側にはリヴォフ・ハイヴ攻略の際に得た情報を基に設計したハイヴの内部構造模型があった。

 

この構造模型は大雑把だが地下まで再現されており、中には頭脳級のものまであった。

 

「かなり精巧に出来てるな」

 

「GRUと協力してなんとか、上部構造は宇宙軍と戦略ロケット軍が派手に吹っ飛ばしてくれたんであんまり分からないんですが」

 

この調査には第10独立特殊任務旅団の戦術機部隊が動員された。

 

調査は周辺域の放射能汚染やG元素レーザーの重力異常によって難航したが1年かけてこれを完成させた。

 

こうした情報は既に国連軍にも届けられており、ビィゾフ大将ら軍事測量局が作り上げた成果の集大成となった。

 

ハイヴの内部構造が簡潔に分かったことで作戦も立てやすい。

 

こうした功績によりビィゾフ大将には新たに赤旗勲章が授与された。

 

「突入する戦術機部隊はリヴォフ・ハイヴの時と同様に時間をかけて火力を各空間を制圧。中央の大ホールには定期的に核攻撃を加えて黙らせます」

 

「使う核は術核か略核か、どちらだ?」

 

「想定だと戦術核です、戦略核は穴を開けた内部に投入します」

 

ヴァレンニコフ上級大将はオガルコフ元帥に説明を付け加えた。

 

戦略核の火力では恐らく内部に突入する戦術機部隊にも被害が出るだろう。

 

主縦坑を黙らせるには数発の戦術核で十分だった。

 

「宇宙軍からの核攻撃も要請したかったのですが」

 

「不可能……まあ当然か」

 

ソ連宇宙軍もソ連戦略ロケット軍も月面ハイヴ破壊作戦の為に準備を続けている。

 

本当であれば地上攻勢に支援として回していた分の人員もそちらの準備に回したかったが、ソ連の目的はあくまで地球領の奪還である。

 

カラシィ上級大将もトルブコ総元帥もそれは理解していた。

 

「それで、各前線の準備状況はどうだ」

 

オガルコフ元帥は中佐に尋ねた。

 

「第1ウクライナ前線、沿バルト前線からはいつでも攻略戦を実行出来ると回答を受けています。白ロシア前線は5月が望ましいと言っています」

 

少し考え、オガルコフ元帥は実行日の予定を出した。

 

「5月12日、この日ならいけるだろう」

 

「5月12日ですか、いいですな」

 

12日までなら補給も人事も全て終わるし少し余裕が出来る。

 

現状ヴロツワフ・ハイヴの中と周辺にまだ3個軍ほどのBETAがいることを考えても様子を見る為に時間は欲しかった。

 

「そういえば党からの要請はありますか?」

 

ヴァレンニコフ上級大将は尋ねた。

 

作戦総局長の問いに対しオガルコフ元帥は首を横に振る。

 

「同志ブレジネフは6月以内の陥落が望ましいと言っているがそれ以外は何も。党はポーランドのほぼ全土と在独ソ連軍の勝利でかなり喜んでいる」

 

「ポーランドの奪還にバルト海の安定化、戦果は十分ですからね」

 

特に国民や世界に向けて目に見える戦果を作り上げたというのは大きい。

 

勝利とは復讐以外に人に戦意を与えられる最高のエネルギー源だ。

 

諦めて負けに行くより、勝ち馬に乗りたい者の方が世の中には多い。

 

「おや、ここにいましたか」

 

室内に幾人かの参謀を連れた組織・動員総局長のヴィクトル・アボリンス大将が敬礼して入ってきた。

 

彼の片手には幾つかの資料があった。

 

「どうかしたか同志大将」

 

「同志参謀総長に予備前線の部隊に関する報告書が纏まったのでお届けに参りました」

 

オガルコフ元帥はその場でアボリンス大将から書類を受け取り、中身を見た。

 

そこまでの機密でもないのでヴァレンニコフ上級大将やビィゾフ大将も目を通していた。

 

「予備前線には新たにハンガリー軍、チェコスロヴァキア軍の部隊を投入。ルーマニア軍の部隊は第2ウクライナ前線に移動か」

 

「これで国内に避難しているワルシャワ条約機構軍の兵力は全て戦力化しました。現状各軍をどこに配置するかはまだ決めていませんが」

 

ソ連に避難していたワルシャワ条約機構の国々はソ連国内で軍を再編し動員兵を鍛え上げ、ようやく戦力として前線へ送り出せるようになった。

 

既にルーマニア軍は戦力化を終え、祖国解放の為にルーマニア攻略を担当する第2ウクライナ前線に配属されていた。

 

第2ウクライナ前線は少しずつ戦線を押し上げ、ヤシを奪還しブライラからラジム湖周辺も取り戻した。

 

ブカレスト・ハイヴの兵力は基本的にブルガリア攻略に集中している為、ソ連との国境地域の兵力は薄かった。

 

「本ハイヴ攻略作戦が終わったらヤゾフ元帥の第1ウクライナ前線へ投入しろ。彼らが担当するのは恐らく次はチェコスロヴァキアだろう」

 

「了解」

 

アボリンス大将は命令を承諾して敬礼した。

 

まだ戦争は終わらない、ソ連には南欧とチェコスロヴァキア、ハンガリー、ルーマニアのワルシャワ条約機構の同志達が残っている。

 

世界全土が奪還されるまで参謀本部の職務に休みはなかった。

 

「どの道、今はハイヴだ。これを堕とさなければ我々も胸を張ってポーランドを取り戻したと言えん」

 

「ええ、待ちましょう5月12日を」

 

彼らは心配事はあったが3つの前線が負けるとは思っていなかった。

 

負けないように必死になって作戦を考えたし、その作戦は全幅の信頼を置く将軍達によって成される。

 

「BETAはポーランドから退場して頂こう」

 

 

つづくかも




ちな京都弁は京都の人に監修してもらいました
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