マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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我らの友は、よき同志は
目指すだろう、遥かなる惑星を
星々がかすかにまたたきあう
この銀河のどこかを
-”遥かなる惑星へ!”より抜粋-


1981-1982 ペルーン作戦
我らを見下ろす者


-ドイツ民主共和国領 ロストク ロストク軍港-

ロストクは東ドイツにおける第二首都として機能しているだけでなく、東ドイツにとって貴重な軍港としても役割を果たしていた。

 

現在、ロストク軍港には東ドイツの人民海軍第4艦隊だけでなく、ソ連海軍の潜水艦師団も各所に停泊していた。

 

これらは全て対地支援の為に北方艦隊から回ってきた第31潜水艦師団のものである。

 

同師団は作戦終了後、補給を兼ねてロストク軍港に入港した。

 

今や市内には数多くのソ連海軍将兵が屯している。

 

師団長の乗艦として役割を果たした”K-193”からも2名の海軍将校が出てきた。

 

1人は副長のV・V・チルコフ中佐、もう1人は乗組員のイーゴリ・ヤゾフ大尉である。

 

そう、あのドミトリー・ヤゾフの息子である。

 

彼はソ連海軍北方艦隊に配属され”K-193”の乗組員として北海に来ていた。

 

艦から降りてイーゴリは久しぶりの陸地を踏み締め、唸り声を上げた。

 

「んん…!やっぱり陸ってのはいいもんですね」

 

「君なぁ、海軍将校たる者もう少し慎みをだね……」

 

「水兵達が肩肘張らずに陸を楽しませるのも我々の役目でしょう。さあ、飲みにいきましょうよ」

 

チルコフ中佐はため息を吐きつつも酒は飲みたかった為それ以上何も言わずに着いて行った。

 

飲みに行くと言っても彼らが行ったのは軍人向けに息抜きとして設けられた簡易ビアホールである。

 

国土の2/3以上をBETAに取られていた東ドイツに外食産業を維持出来る力はなく、国連やソ連による支援によって食料を賄っている。

 

それでも日々命をかけて戦う軍人用に娯楽施設は必要不可欠であり、こうした軍人用ビアホールが各所に誕生した。

 

多くの水兵や兵士、将校達が安いビールやウォッカを軍人手帳を見せて配給券と引き換えに買っていた。

 

2人も軍人手帳と配給券を片手にウォッカを買い、僅かなザワークラウトとポテトをつまみに酒を飲んだ。

 

チルコフ中佐の方はついでに新聞も手に取ってテーブルについた。

 

彼らの周りには同じようにソ連海軍の水兵や士官達がおり、稀に陸空軍の将兵もいた。

 

それでも大多数を占めるのは東ドイツの国家人民軍の将兵である。

 

「しかし時間が取れてよかったですね中佐。辛うじて1杯は飲める」

 

「ああ、問題は明日は我々が艦の当直だからな。艦長と司令官は第四艦隊司令部に挨拶に行く」

 

「潜水艦乗りの休みは少ないですなぁ」

 

そう言ってイーゴリは湯だったジャガイモに塩をかけたものを食べ、ウォッカを飲んだ。

 

つまみとしては弱いが生憎これ以上のものは出てこない。

 

長い間海底にいた彼らにとっては少なすぎる褒賞だがこれ以上立派なものを出せないのも事実であった。

 

「そうぼやくな、君だってセヴェロモルスクに帰って後1年もすれば少佐だ。いや、同志ソ連邦元帥の息子ともなれば今年中かも知れん」

 

「そう角の立つ言い方はよしてくださいよ」

 

冗談混じりにイーゴリはそう宥めた。

 

チルコフ中佐も苦笑を浮かべつつ「分かってるよ」と返した。

 

「君の昇進が早いのは父君のせいというより、戦争のせいだ。どの軍も人が足りないんだよ」

 

チルコフ中佐は小声でそう述べた。

 

何故小声なのか、イーゴリはなんとなく事情を察していた。

 

このビアホールには確実に”()()”。

 

イーゴリもウォッカを飲みつつ言葉は選んだ。

 

彼が30歳という年齢で少佐の地位を掴もうとしているには親の七光りだけではない理由があった。

 

「まあ昇進は素直に嬉しいですよ、父も喜んでくれるでしょう。母もきっと喜ぶと思います」

 

「お母さん、元気だって?」

 

チルコフ中佐はふと彼に尋ねた。

 

ヤゾフは前線司令官としてキエフにいる為モスクワの妻の様子は手紙でしか知らないが、イーゴリは一度出航してしまうとヤゾフ以上に知る術がなかった。

 

潜水艦乗りというのはそういう仕事だ。

 

「出る前の手紙だと元気そうでしたよ、出た後は分かりませんが」

 

「帰ったらまた手紙を返してやらんとな」

 

イーゴリは頷いた。

 

本当の母は数年前に亡くなってしまったが新しい母も大切な家族である。

 

イーゴリも父と同じ家族思いの心を持っていた。

 

中佐は微笑みながら新聞を開くと丁度そこにはイーゴリの父が載っていた。

 

やっぱり有名人は違うなと悪い笑みを浮かべる。

 

「同志大尉は母のことは分からんでも父君のことはこうして分かるから楽でいいな」

 

「ん?」

 

「ほれ」

 

そう言って中佐はイーゴリに新聞の中身を見せた。

 

そこにはヤゾフを筆頭に今回のハイヴ攻略戦で前線を指揮したアフロメーエフ上級大将とゴヴォロフ上級大将がいた。

 

見出しには”ソ連軍の三前線ハイヴを破る!”と書かれている。

 

特にアフロメーエフ上級大将とゴヴォロフ上級大将の制服は肩章が上級大将からソ連邦元帥のものへ変えられていた。

 

ここから遠く離れたポーランドでまた1つハイヴが地上から消え去ったのだ。

 

「また父がハイヴを堕としたようですね」

 

「君もお父上と同じようにもう少し真面目にやってもらいたいものだ」

 

「父に詰め込みすぎないように言わないと」

 

2人とも苦笑を浮かべ遠く離れたソ連軍の勝利に乾杯した。

 

「帰ったら手紙でも書きましょうかね」

 

「そうしろ、我々は皆軍人、親どころか我々とて明日まで生きてる保証はないからな」

 

 

 

 

-日本帝国領 東京 市ヶ谷 日本帝国陸軍参謀本部 陸軍参謀長執務室-

日本陸軍の参謀総長は今年の5月頃に交代した。

 

前任の鈴木俊道大将は陸軍参謀総長から日本軍国連派遣軍司令官に移動し、その空いた席には元統参会議副議長の斉藤三弥中将が大将に昇進して着く事となった。

 

元々陸軍参謀総長の席は中部方面軍司令の村井澄夫中将かこの斉藤中将かで人事が悩んでいた。

 

双方対BETA戦において実戦経験があり、どちらが参謀総長に就任しても困らぬことからある意味で人事は困った。

 

されど村井中将が派遣軍参謀長のポストに希望を出したことから、本人の希望を優先して村井中将を派遣軍参謀長に、斉藤中将を参謀総長に据える事となった。

 

ちなみにこの村井中将も後に大将に昇進して派遣軍司令官となる。

 

こうして人事は決まり、参謀総長は交代した。

 

斉藤中将は参謀総長就任前に大将への昇進と辞令を受け取って鈴木大将離任式の後、就任式に出席した。

 

それから1ヶ月が経ち、ようやく参謀総長の仕事も慣れ始めてきた頃であった。

 

斉藤大将は相変わらず暗い表情のまま仕事をしていた。

 

彼としては統参会議副議長の地位が丁度良かった、せめて総軍副司令兼参謀長とか方面軍司令とか手頃な役職の方が良かった、忙しいのに変わりはないが参謀総長よりはマシだ。

 

1年前、副議長だった頃はため息ばかりつく議長の高品大将に「ため息ばかりついて」と言える立場だったが、今では逆になってしまった。

 

「参謀総長、ため息つき過ぎですよ」

 

早速言われた。

 

この厚縁メガネに丸顔の少佐は平野秋太、参謀総長付副官である。

 

副官になる前は派遣軍司令部付参謀であり、その前はアメリカの指揮幕僚大学に留学していた。

 

「逆に損害報告書を読んでため息一つつかないのは人の心がないとは思わんかね」

 

斉藤大将はそう言い返した。

 

彼の手元にあるのは派遣軍司令部より送られてくる部隊の損害報告書である。

 

誰が戦死したか、行方不明になったか、なんの兵器が破壊されたかが事細かに記されていた。

 

BETAとの戦争が人類の有利に傾きつつあるからといってそれは兵隊の人死が消える訳ではない。

 

定期的に日本軍が管轄する防衛線にBETAが襲来し、損害を受けることもあった。

 

兵器の損害も勿論だがやはり一番重く来るのは戦死者である。

 

ざっと見ただけでも水野、木村、船木、石原、と多くの将兵の名前が並んでいる。

 

「閣下、これでもまだ少ない方です。攻勢作戦が始まったら倍になりますよ」

 

「嫌なこと言う、有事に参謀総長になんてなるもんじゃないな」

 

だがこないだまで派遣軍の参謀だった平野少佐が言うのだから間違いないのだろうと斉藤大将は踏んでいた。

 

1980年の9月以降、国連軍による中東最初の攻勢作戦が始まった。

 

スペース・エアランドバトルを用いたその戦いぶりによって国連軍は中東に存在していた3つのハイヴを連続して制圧した。

 

BETAの野戦軍はドイツの比にはならないほど一気に消失し、中東での人類側の優勢が確立した。

 

圧倒的な大勝だったが損害は大きかった。

 

日本軍もこの攻勢作戦に参加し多くの死傷者とアセットの損失を受けた。

 

これでも日本軍は支援にまわっていた為まだ損害は少ない方だ。

 

ハイヴに突入した戦術機部隊も米英仏中軍が主力であり、日本軍は対地支援に専念した。

 

故に日本軍の大勝利は1980年12月のインドが最初であった。

 

ちなみに同時期に行われたアフリカ攻勢はBETAにとってもっと凄惨たる有様であった。

 

アフリカ大陸のハイヴは9つ存在し、他戦線を合わせても国連軍は戦線の維持が限界であった。

 

その為国連軍は正攻法による攻略ではなく、1979年に行ったインド式で解決することにした。

 

G元素兵器の無制限使用である。

 

ハイヴの周辺地帯はBETAに占領されて事実上の無人地帯と化しており、人はいない。

 

G元素兵器が投入されるアフリカ諸国は国連からの多額の支援や復興協力を取り付け、G元素兵器の使用を許可した。

 

ハイヴの占領地域は既に今後百年利用価値が出るか分からない状態である。

 

であればハイヴを地域汚染と共に消し飛ばして明日、明後日を生きられる分の利益を手にする方が圧倒的に得だと考えた。

 

こうした政治交渉によってアフリカ攻勢が始まった。

 

G元素兵器の運用はソ連軍が先であったがG弾の完成はアメリカ軍の方が早かった。

 

G弾もアフリカにあった4基のハイヴを消失させ、生き残ったBETAは国連軍の押し上げによって蹴散らされた。

 

こうして1980年の攻勢は終わった。

 

「これでも斯衛軍が突然まともにやり出したから鈴木さんがいた時より減っているんだろう?」

 

「代わりに斯衛軍の損害は洒落にならなそうですけどね」

 

「そもそも員数外の有事に使えるかも分からん戦力だ、こっちの犠牲を減らしてくれるだけありがたいよ」

 

斉藤大将ははっきりとそう言い捨てた。

 

実際斯衛軍は指揮系統が明確に違う上に憲法上でも日本軍の指揮下に組み込むことは出来なかった。

 

その為BETA襲来以前の冷戦期の防衛計画では最初から斯衛軍のことは戦力として考慮しておらず、日本軍単独で戦う想定であった。

 

「まあ指揮官があの斉御司って所には同情するがな。あれじゃあ斯衛の派遣軍は玉砕かもな」

 

「会った事ないから分からないんですけどそんなに酷いんですか?私は噂程度しか聞いたことがなくて」

 

少佐は思わず尋ねた。

 

彼が本国に戻ったタイミングで斯衛派遣軍は信真が来た為、平野少佐は信真のことをよく知らなかった。

 

「傲慢というか、普通にイッちゃってるよあの人。自分を戦国時代の武士か何かだと思ってるから人を殺すことも死なせることも、なんなら殺されることもなんと思ってない。生まれた時から兵士の目なんだよ」

 

「ああ……大体分かりました。しかしそんなのがよく中将になれましたね」

 

「結局あそこは家柄第一だから五摂家、譜代にさえ生まれれば将官は確約されてるよ。それに行動する分他の奴らよりまだマシだ」

 

身も蓋もないことを言ってしまえば信真の命令を受けて死ぬのは”自分達(国民)”ではなく”他人(武家)”だ。

 

だから軍は信真のような人物が出てきても特に何も言わなかった。

 

品性や性格は最悪だが自分達にとっては都合のいい存在だったからだ。

 

「暫くは斯衛軍に一部の損害を肩代わりして貰って、我々は兵力の温存に努めよう。今度の攻勢で中東戦線は終いだ、そうすれば我々の負担は一気に軽くなる」

 

「ですな、何割か復興に置いておくとしても大動員は部分的に解除出来ます」

 

「そこからが大変だけどな……やはり、有事の参謀総長なんてなるべきじゃない」

 

「自分で選んだ道じゃないですか」

 

それを言われると何も言い返せない、斉藤大将はそう思っていた。

 

実際軍人は自分で選んだ道である。

 

それに彼は知らなかった。

 

この先まだまだこれ以上の苦難が続いていくことを。

 

 

 

 

-中東 サウジアラビア王国 中東戦線-

戦場というのは地獄である。

 

それは人間と殺し合っている時も異星人と殺し合っている時もそうだ。

 

戦闘前は整然とした陣地も戦闘後はグチャグチャになっている。

 

敵味方の死体と破壊された兵器、崩れた塹壕。

 

周囲には血の匂いが立ち込め、やがて腐敗臭に変わっていくのだろう。

 

戦闘に使われた塹壕とはこうした臭いによって常人では吐き気を催すほどの悪臭を放つ。

 

それでもそこに元からいる兵士達はもう慣れてしまったから臭いとは思っていても何も言わない。

 

空な兵隊の目で次の敵に備え、生き残ったことを噛み締めてさっきまで生きていた隣の兵を一瞥するだけである。

 

彼らは皆死神に心を取られた哀れな迷い子であり、戦争が終わっても抜け出す事が出来ずに多くの者が苦しむことになる。

 

そうしたことをこのBETA大戦が始まって一切経験してこない軍隊が極東にあった。

 

斯衛軍である。

 

彼らはここ数ヶ月で初めて戦争の地獄を見た。

 

斯衛軍が籠る防衛陣地は今酷い有様である。

 

彼らは司令官の命令で前線に来た、正規の日本軍と配置を変えて斯衛軍が初めて第一線に立った。

 

そして定期的に襲来するBETAの相手をしていた。

 

今回は白山大佐が指揮する斯衛第2連隊の防御陣地に7,000体程のBETAが襲来した。

 

同連隊は後退はしつつも前線を維持し、駆けつけた近江大佐の斯衛第7連隊と日本軍によってBETA群を包囲殲滅した。

 

この戦いで白山大佐の連隊は戦力が半分以下になった。

 

前線視察中の白山大佐も砲弾で吹き飛ばされた戦車級の腕が近くに飛んできてその破片で負傷した。

 

尤も、斯衛軍の1個連隊が旅団規模以上のBETAに正面からぶつかればそうもなろうというのが専らの感想である。

 

真壁少佐率いる戦術機大隊も送り込んだ戦術機の半分は帰ってこないし、近江大佐の連隊も少なからず被害を被った。

 

それでも斯衛軍は派遣されて初めてBETAと戦い、防衛戦に勝利した。

 

斯衛軍にとっては戦後初の勝利であった。

 

連隊半分と引き換えに7,000体のBETAを撃滅出来たのだ、斯衛軍としては大戦果であった。

 

尤もそう思えるのは譜代や有力武家、五摂家の連中で、下級の武家はそう言ってられないが。

 

「おーい……中萱……!生きてるかー……」

 

ある上等兵が地面を這いながら同じ分隊の仲間の名前を呼んだ。

 

彼らは奪還した最前線の塹壕にいた。

 

そこはまだ戦闘が終わったばかりで将兵の死体やBETAの死骸が残ったままである。

 

彼のそばの塹壕は戦車級の死骸によって崩されていたし、その下には替佐という一等兵がいた。

 

揺すっても声をかけても返事はなく、体はもう冷たかった。

 

「俺は生きてます……松川はダメでした……篠ノ井さんはどうですか…?」

 

「生きてたか……こっちは替佐と長和がやられた」

 

2人は合流し塹壕の壁に背中をつけた。

 

2人ともぐったりした様相で天を仰ぎ、水を飲んで暫く動かないでいた。

 

もう小銃の弾は切れ、戦車級レベルを追い返すだけの火器はない。

 

手榴弾もないし擲弾筒の壊れた。

 

今手持ちの中で一番火力があるものは銃剣だろう。

 

彼らは一応武家である、それも下級の次男とか三男、跡を継ぐ事など絶対にない者達だ。

 

斯衛軍とは軍隊である前に封建的階級社会である。

 

五摂家、譜代、有力武家、稀に実力で成り上がってくる者もいるが基本はこの順番で出世していく。

 

戦術機に乗れる者は武家の中でも僅かであり、だから歩兵や戦車兵にならなくて良かったなどと呑気なことが言えるのである。

 

それでも戦術機部隊は比較的全ての階級の武家から衛士を募っており、下級武家や元武家からすれば一番可能性がある夢の兵科だった。

 

下級武家とはある意味で日本社会において一番哀れな存在と言える。

 

まず上位の武家からは蔑まれ軽んじられる、そして国民からは何が武家だ偉そうにと冷えた目で見られる。

 

武士は食わねど高楊枝という言葉があるように、下級武家はそれほど余裕がなくても武家としての体裁を保とうと努力し、結果生活が苦しい家が数多く存在していた。

 

基本斯衛軍における武家の徴兵年数は日本軍の徴兵と同じであるが、給料がよく家の世話にもなりにくい為永久任官を選ぶ人は多かった。

 

特に戦術機の衛士は給料が良く、地位向上の可能性も高い為皆が衛士になりたいと夢見ていた。

 

尤も夢は所詮夢であり、大半は衛兵として通常の連隊や地方守護隊に回され、斯衛軍としての軍務を終える。

 

そして運が悪ければ五摂家の歌舞伎者に無茶苦茶をやらされ、遠く離れた異国で討ち死にすることになる。

 

「分隊は半分もやられちまった。何が戦術機だよ馬鹿野郎、挺身斬込するような代物じゃねぇだろ」

 

彼らの近くには深入りし過ぎて撃破された斯衛軍のF-4EJ改RG”瑞鶴”の残骸が転がっていた。

 

コックピットには衛士の姿はなく、恐らくは脱出したかBETAに食われたのだろう。

 

心身共にズタボロになった彼らからすればそこまで気にかけている余裕はない。

 

「俺たち、帰れますかねぇ……」

 

「無理だろ、腕も足もついてるし」

 

中萱一等兵は本当に嫌そうな顔でため息をついた。

 

これなら手足失って帰国して傷痍軍人として金を貰って過ごす方が良かったとすら思っていた。

 

最初小隊長の中尉からは「前線に出て戦うことはないから」と言われていたがそれは嘘だったし、なんなら中尉も死んだ。

 

司令官が変わったせいかもしれないが、一兵卒達からすれば嘘をつかれたことに変わりなかった。

 

「死ぬのは嫌だなぁ…」

 

「はい…」

 

中東の空を見ながら篠ノ井上等兵はそう呟いた。

 

武家は武士として戦って死ぬべきである、信真はそう考えた。

 

だが真っ先に死ぬのは五摂家でも譜代でもなく彼らのような存在である。

 

そして人は、死ねと言われてそう簡単に死ねるものではなかった。

 

 

 

 

-ソ連領 ロシアSFSR モスクワ州 ゴリツィノ2 ソ連宇宙軍司令部-

クラスノズナメンスク市のソ連宇宙軍司令部。

 

ここは閉鎖都市であり元々G.S.チトフ名称第153主要宇宙技術試験管理十月革命及び労働赤旗勲章実験センターがあり、今も宇宙技術に関する実験が進められている。

 

モスクワ中心部から52キロほど、車があれば48分ほどで到着する距離だ。

 

今日はここに戦略ロケット軍の高級将校達とソ連宇宙軍の将校達が集まっていた。

 

1982年の頭に実施されるソ連宇宙軍と戦略ロケット軍による合同宇宙作戦の打ち合わせである。

 

両軍は炎上のテーブルを囲み、後ろには各員の参謀達が控えて会議が始まった。

 

「現在、各偵察軍の報告では月面30基以上のハイヴが観測されているだけでも存在します。各ハイヴの深度は最低値がこないだ陥落したヴロツワフ・ハイヴと同等と目されています」

 

宇宙軍参謀長ベレズニャーク大将はモニターを元に報告を行った。

 

他の将官達は黙って話を聞いている。

 

「現状これらのハイヴの総指揮を担っているのが人類が初めて観測したBETAのハイヴ、サクロボスコ・ハイヴであります」

 

旧国連月面基地、サクロボスコ。

 

デタントの影響で東西融和が広まり、アメリカが到達した月という身近な衛星に人類は初めての月面基地を建設することとなった。

 

それがサクロボスコ基地であり、BETA大戦序章の悲劇として後に語り継がれることになる。

 

今やここには月面に襲来したBETAがハイヴを建設し、資源をどこかへ送り飛ばしている。

 

辛うじて地球のハイヴと情報交換が出来たのか光線属種が存在し、ハイヴ全体を防衛している。

 

「現段階で構築されている作戦では通常通り陽動爆撃による光線属種の無力化とG弾の投入を考えていました。ですが偵察情報の更新により状況は変化しました」

 

ベレズニャーク大将は視線をやり、第3偵察衛星軍司令官のニコラエフ大将が立ち上がった。

 

暫くの間第3偵察衛星軍の師団は地上ではなく月面の偵察活動を行っていた。

 

ニコラエフ大将は立ち上がり、ペレズニャーク大将と変わって説明を行う。

 

大将の周りにはサポートの参謀が2名ついていた。

 

「我が軍の偵察情報では現状の陽動攻撃では完璧に光線級を封じ込められないことが判明しました」

 

「というと?」

 

「数が桁違いです、ご覧ください」

 

ニコラエフ大将は次のスライドを見せて説明した。

 

そこにはサクロボスコ・ハイヴの周辺画像が映し出され、赤丸で示された所にはハイヴが点在していた。

 

ほぼ半径150キロ内にハイヴが5つ存在している。

 

「5つのハイヴを拠点としてこの半径内に凡そ1個軍に匹敵する光線属種が配備されています。恐らく我々の対地攻撃を警戒してのことかと思われます」

 

「散々宇宙空間で降下ユニットはたき落としたのがまずかったかな」

 

「でしょうな」

 

トルブコ元帥と戦略ロケット軍参謀長のウラジーミル・ヴィシェンコフ大将は何故そうなったかを考えていた。

 

月面のハイヴが降下ユニットの誘導を行っていることは既に人類とて分かっており、であれば送ったはずの降下ユニットが降下していないのも知っているはずだ。

 

それの対策として光線属種の優先集中配備を行うのは至極真っ当な思考であった。

 

しかも対応がサクロボスコ・ハイヴ周辺でということはあのハイヴの中身は通常の頭脳級とは違うという証明にもなっている。

 

ソ連軍としてはよりこのハイヴを堕とさなくてはならないと確証を持った。

 

「作戦を二段階に分けて実行する必要がある、ということだな」

 

カラシィ上級大将の発言にヴィシェンコフ大将やペレズニャーク大将らは頷いた。

 

「これから参謀会議で作戦を変更する予定です」

 

「後は新設する攻撃衛星軍団の司令官を決めるだけだが……」

 

仮称第7攻撃衛星ステーションは戦力規模が策定され第7攻撃衛星軍団となることが決定された。

 

衛星自体の規模は他の攻撃衛星軍より少ないが、火力では引けを取らない。

 

「今回の作戦は戦略ロケット軍との連携が肝心ですので、是非戦略ロケット軍から1人、お願いしたい」

 

カラシィ上級大将の要望に戦略ロケット軍側の将校達は相談し合っていた。

 

「同志総元帥、私から人事の提案が」

 

トルブコ総元帥の隣に座っていた戦略ロケット軍政治部長のピョートル・ゴルチャコフ大将が手を挙げた。

 

総元帥はゴルチャコフ大将に発言の許可を与え、人事に関する提案を大将が行なった。

 

「セルゲーエフ中将などは如何でしょうか。彼はルディヤーナーの頃からG元素兵器の担当です」

 

「なるほど、宇宙軍としてはどうですか?」

 

「ではセルゲーエフ中将でお願いしたい」

 

イーゴリ・セルゲーエフ中将、戦略ロケット軍の将校でありルディヤーナー・ハイヴ跡地の実地調査などを行なった。

 

第46ロケット師団長などを務め、今はG元素兵器研究のトップを務めている。

 

「後でセルゲーエフ中将に打診せねば」

 

「機材の運搬はほぼ完了していますので後は人事と作戦だけです」

 

トルブコ総元帥はゆっくり頷いた。

 

月面攻略に向けてソ連で最も降下力を持つ2つの軍は動き始めている。

 

月が人の手に戻るのは遠い未来の話だろうが、月からBETAが消え去るのは近い将来の話で合った。

 

 

 

 

-ソ連領 カザフSSR クズロルダ州 バイコヌール宇宙軍基地-

ソ連宇宙軍が管轄するバイコヌール宇宙軍基地に数台の車両が入ってきた。

 

車両名はMAZ-7310、他には何か機材のパーツを詰め込んだトラックが基地内に入る。

 

すぐにトラックの中から輸送の責任者である大佐が出てきて基地の担当者である少佐に書類を渡した。

 

大佐は敬礼を返すなり凄まじい剣幕で彼に書類を叩き渡し、こう告げた。

 

「いいか、この手順通りに運べ。絶対だぞ?」

 

「はあ……はい」

 

少佐は取り敢えず頷く他なかった。

 

今回運ばれてきた物資は元々予定にないもので、少佐でさえ何かは知らなかった。

 

書類を渡すと大佐はすぐに「司令官に挨拶に行ってくる」とだけ言って司令室の方へ行ってしまった。

 

少佐は仕方なく書類の中身を見た。

 

書類には事細かに輸送手順や輸送機が書かれている反面、MAZ-7310に搭載されているミサイルの中身は何も記載されていなかった。

 

「おい、書類見せてくれ。運搬作業に入るから」

 

「あっはい」

 

後からやってきた中佐に少佐は敬礼して書類を手渡した。

 

中佐も中身をよく見て首を傾げた。

 

「あのミサイル、中身分からんのか」

 

「はい、核なのは間違い無いと思うんですが……」

 

「このミサイルだけ別で運ぶのか」

 

少佐はもう一度書類を見直した。

 

基本的にこうした運搬はブラン計画で開発された再使用型宇宙循環機のブランを用いる。

 

ブランは後に開発されたリャザン型よりも大型で、戦闘には向いていないが輸送に特化していた。

 

宇宙軍の戦略核運搬もよくこのブランが担当していた。

 

「ブランを2機も使うなんて贅沢なもんだな。取り敢えず作業開始だ、輸送機として2.03と2.04が指定されてるからそれに運ぶぞ」

 

「了解」

 

基地の外では早速作業員達が運搬作業を始めた。

 

その頃基地司令の下には大佐が全てが記載された書類を持って挨拶に訪れていた。

 

バイコヌール宇宙軍基地の司令官、ユーリー・セルグーニン中将は受け取った書類を隅から隅まで読んだ。

 

そこには少佐達が受け取った書類には記載されていないミサイルの中身までも記述があった。

 

「……例の兵器か」

 

「はい」

 

大佐は軽く頷き、それ以上何も言わなかった。

 

セルグーニン中将は小さくため息をつき、1つ尋ねた。

 

「万が一、打ち上げに失敗すればどうなる」

 

「想定される被害は戦略核打ち上げ失敗の2倍、重力異常など甚大な被害が発生します」

 

少なくとも打ち上げが失敗して運んでいるものが暴走すればバイコヌール基地は一撃で消滅する。

 

司令官も作業員も即死は間違いない。

 

「私は輸送責任者ですのでこちらに残ります。最後まで見届けるつもりです」

 

「そうか、大したもてなしは出来ないがゆっくりして行くといい。あれの打ち上げは積み込み作業が終わってから2時間後だ」

 

そう言ってセルグーニン中将は書類を机の上に置き、席を立って窓からブランへの積み込み作業を眺めた。

 

あの中にあれはある。

 

BETA襲来によって人類が手にした第二の超兵器。

 

G弾と呼ばれたそれはブランへの積み込み作業中であった。

 

「あれが月面のハイヴを吹き飛ばすのか、凄まじいものだな」

 

「開発局曰く戦略核に並ぶ祖国防衛の矛とのことですが……」

 

「矛である以上敵がいれば突き立てなければならない。我々にとってそれがまずは月か」

 

大佐は頷いた。

 

1981年、ザーパド作戦は終わりこれ以上地球圏にBETAを来させぬよう次の作戦が始まる。

 

名はペルーン作戦、BETAの残骸から創りし人の破滅の力が月のBETAに懲罰を下すのだ。

 

 

つづくかも

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