マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
我らの歌声は強く厳かだ
もしも明日戦争が起これば、
もしも明日行軍が始まれば、
その為に、今日戦いに備えよ!
-”もし明日戦争が起これば”より抜粋-
1機のブランが地球の大気圏を抜け、軌道上のソ連宇宙軍に合流した。
そのままブランは近くの攻撃衛星に向かい、積荷を衛星内に装填した。
その間に近くの大型宇宙ステーションからは3機の戦術機が発進していた。
機体はMiG-21、アメリカ軍のF-4同様に宇宙作業用に機体を改造したバージョンである。
最新型戦術機のロールアウトによって徐々にMiG-21は後方やワルシャワ条約機構軍の部隊に回され、その一部は宇宙軍の作業機として生まれ変わった。
宇宙軍用のMiG-21の運用が始まったのは1976年から、宇宙へと渡った宇宙飛行士達は人がまだ住めぬ地で戦術機を動かしてみせた。
機体の跳躍ユニットは宇宙空間での姿勢制御ユニットに変わり、武装はなく後部の武装担架システムは作業用アームに換装された。
3機は次に来るブランが積んできた輸送コンテナの運搬を任されていた。
『1981001、間も無くブランが到達します』
『了解、コンテナ分離ポイントまでエスコートするぞ』
編隊の隊長機である1981001、レオニード・ポポフ大佐はMiG-21を動かしながら各機にそう命令した。
彼は元々ソ連空軍所属のパイロットであり、衛士の操縦技術を身につけ宇宙軍の戦術機部隊として活動していた。
こうした衛士は各国にそれなりにいた。
アメリカではジョン・ヤングやロバート・クリッペンと言った海軍将校がこれに該当し、ソ連軍だと第1独立親衛戦闘航空連隊のロマネンコ大佐がそうだ。
ロマネンコ大佐のように前線に戻る衛士もいるが基本的には宇宙空間での戦術機運用に従事し、地上に戻っても新技術や試作機のテストパイロットを務めることが多い。
ポポフ大佐も任務を終えれば地上に帰り、テストパイロットを務めるつもりだった。
重力圏から抜け出したブランに3機のMiG-21が続き、暫く共に宇宙空間を航行した。
『各機、重力に引かれて落ちるなよ』
ポポフ大佐は僚機に忠告した。
初期の宇宙空間における戦術機運用では地球の重力に引かれて戦術機が大気圏で燃え尽きるという事故が多発した。
宇宙開発では避けて通ることに出来ない、されど大きすぎる犠牲であり76年から5年という月日をかけて対策は重ねられてきた。
ポポフ大佐もこうした作業はもう両手で数え切れないほどこなしてきたが、それでもまだ怖い。
少しでも重力を引かれて機体制御が出来なくなったら終わりだし、それこそデブリが直撃すれば戦術機など一撃で破壊される。
見かけ以上に危険な仕事であったが、それでもやる意味と名誉はあった。
『ブラン2.04、コンテナを切り離す』
報告と共にブランの下部に付いていたコンテナが切り離され、戦術機による運搬作業が始まった。
MiG-21であれば両手で1つ、アームを合わせて1つ、計2つのコンテナが運用可能だ。
3機で分担すれば運搬はすぐに終わり、すぐに中身の組み立て作業に入った。
その頃には後から発進した別のMiG-21編隊も合流し、各々組み立てを行った。
こうした組み立て作業はソ連宇宙軍の軌道上司令部がナビゲートし、戦術機各機にも設計図はインプットされていた。
その間にブラン2.04は宇宙軍軌道上司令部のステーションにドッキングし、こちらでは人が直接物資の積み込み作業を行なっていた。
中身は水や食料、そして追加の酸素など様々であり、これらの運搬が終われば次はステーションから地上へ戻る人員をブランの中に乗せた。
『こないだ配給で貰った宇宙用ウォッカ、また来ないかなぁ』
『ありゃあ美味かったなぁ』
運搬中の作業員達がふとそう雑談していた。
宇宙食の開発、食料事情の厳しいソ連でもアメリカのレンドリースと鉄のカーテンの消失によってこうした技術交換は進んだ。
少なくとも国連宇宙軍の将兵は温食の宇宙食を食べ、娯楽の少ない宇宙でも最低限楽しめることをしていた。
特に人気だったのは宇宙軍将兵同士による交流で、KGBやシュタージはこうした交流に目を光らせていたが多くの将兵は純粋に楽しんでいた。
宇宙の上に国境はない、特に鉄のカーテンも無くなった今では余計にそうだ。
国連軍諸国の宇宙軍兵達は互いに持ち寄った宇宙食を食べ、故郷の話や流行の歌を聞かせ合ったり、時のどちらの宇宙技術が優れているか議論し、記念日を祝った。
そこには国籍も人種もない確かな絆があり、彼らは時としてBETAに対する勝利を誓った。
こうした関係は尉官や下士官兵だけには留まらず、佐官、将官でも広がっていた。
しかし佐官、将官ともなれば単に友人としての交流だけでなく政治や外交といった意味合いも含まれてくる。
将校とは星の数だけ責任と職務が増える場所である、純粋な友人同士というのはありはしたが難しかった。
それはブランが運んでくる物資1つ取ってもそうである。
「バイコヌール基地から発進したソ連軍スペースシャトル、各ステーションに到着しました。現在物資の運搬作業が行われています」
国連宇宙軍司令部の作戦室でオペレーターがそう報告した。
「積荷は……対地ミサイルに衛星用のパーツ、消耗品か。まあ通常通りですね」
目録を読んだマイヤーズ中佐はそう所感を述べた。
「ああ、そう見えるな」
中佐の反応に対してヘレス中将の反応は短く重たいものだった。
「何か……何かありましたか…?」
中佐は思わず尋ねた。
「ソ連軍も新たな攻勢の準備、ということだ。我々同様な」
「ああ、なるほど」
ヘレス中将はそれとなく話を逸らし、マイヤーズ中佐もなんとなくそれに気づいてこれ以上尋ねることはなかった。
佐官レベルだとまだ知らされていないソ連軍が地上から運んできたミサイルの中身。
ヘレス中将は宇宙軍の現場指揮官であるから、統合参謀本部経由で回ってきた一連の情報を耳に入れていた。
それでもアメリカ軍とてソ連軍がその新兵器を使って何をするかはまだ知らない。
「我々は我々で忙しい、ソ連軍を構っている暇は当分なくなる」
日常業務としてのBETA降下ユニット阻止にこれから始まる中東攻勢の対地支援、アメリカ宇宙軍としての仕事は多い。
ソ連宇宙軍同様にアメリカ宇宙軍も暇はなかった。
「せめてソ連軍が月面のビーコンもどきを潰してくれればいいのだがな」
ふとヘレス中将はそうぼやいた。
まさか中将の発言が現実のものになろうとは、この時のアメリカ宇宙軍は誰も思っていなかった。
-ソ連領 ウクライナSSR 首都キエフ 第1ウクライナ前線司令部-
司令部は久方ぶりの平穏を過ごしていた。
ザーパド作戦、そしてハイヴ攻略戦も終了し、人事の新編も終えて暇が出来たのだ。
今や前線にはチェコスロヴァキアから僅かなBETAが現れるだけで、基本的には各軍司令部で対処が出来た。
前線司令部は軍の調整を行いつつ、次のチェコスロヴァキア攻略に備えて兵力の回復と、作戦立案に乗り出していた。
「あっタバコ切らした」
司令部でポケットに入れたタバコの箱が空になっていることに気づいたバリィーニキン少将はそう呟いた。
「買ってきましょうか?」
「いや、後でいいや。ありがとう」
リトヴィネンコ少佐の気遣いに礼を述べ、少将は手に持っていた書類を机に置いた。
彼は前回の攻勢作戦での手腕を評価されて少将へと昇進、新たに第1ウクライナ前線作戦部長に就任した。
ちなみにゾロトフ大佐、ラディーギン大佐も少将に昇進し、ゾロトフ少将は兵站・動員部長、ラディーギン少将は情報部長に就任した。
これに合わせてマリィツェフ中佐、アニシモフ中佐らも大佐に昇進、司令官補佐のローシク大尉も少佐に昇進した。
基本的これらの人事は予定通りである。
その頃、ヤゾフの周りにはローシク少佐とゾロトフ少将が集まっていた。
「キエフ軍管区ですが、我々の司令部移転に合わせて10月ごろから復活する見通しです」
「参謀長、政治部長らはうちの前任にやらせるとして、司令官は決まったか?」
ヤゾフはゾロトフ少将に尋ねた。
第1ウクライナ前線の新司令部候補地であるルブリンは最低限、司令部機能が設置出来る程度には建物が建設された。
少なくとも周辺に核汚染はなく、BETAの死骸や体液も焼いてしまった為問題なく運用出来る。
そして残されたキエフにはかつて存在していたキエフ軍管区を復活させる運びとなり、第1ウクライナ前線はポーランド以降の戦いに集中し、ウクライナの防衛はこのキエフ軍管区とハリコフ軍管区が担うことに決まった。
キエフ軍管区の各所人員は人事異動によって交代した第1ウクライナ前線の参謀達が中心となって構成され、司令官も第1ウクライナ前線の誰かから決められるはずだった。
「ゲラシモフ上級大将に任命されるはずだったんですが……本人断りまして、ベリコフ大将が就任する流れになりました」
「断ったのか、まあなんとなく事情は察するが……」
ゲラシモフ上級大将は第1ウクライナ前線の中でも練度が高い第1親衛軍の司令官である。
時として前線の先鋒に立って戦い、BETAを打ち倒す。
彼はそんな軍の指令官職に誇りを感じており、キエフ軍管区への移動は断った。
その気持ちは分からんでもない、とヤゾフは思っていた。
ヤゾフもゲラシモフ上級大将もBETA大戦で初期から司令官として戦った中であり、ここまで来たら今更下がれぬという意思があった。
「アボリンス大将、相当困ったらしいですよ」
「気の毒だが我々に取ってはありがたい話だ、ゲラシモフ上級大将の指揮は安定してるしまだ残っていて欲しい」
ゾロトフ少将も頷き、ヤゾフの発言に同調していた。
「サボタージュですか」
「君がいうと冗談キツいよ」
作戦室に入ってきた2名のKGB将校、うち1人のステクリャル中将はそう冗談を述べ前線司令官に敬礼を送った。
KGBの将校が冗談を言うと全てが冗談に聞こえなくなってしまう。
ステクリャル中将は第1ウクライナ前線のKGBを取り纏めるだけでなく、後方でBETAの残敵掃討を行う国内軍の管轄も任されていた。
彼は前線司令官以上に忙しく、平時であっても休める時は殆どなかった。
稀に「これなら大佐の時に退役してればなぁ」と愚痴を溢すほどだ。
そんなステクリャル中将は国内軍の戦果に関する報告書をヤゾフに提出した。
国内軍の所属は内務省であり国防省の部隊ではないとはいえ、成果は共有しておきたかった。
どこが安全でどこが危険か、双方知っていなければ犠牲を増やすだけだ。
「国内軍師団による後方の安定化作戦の成果です。担当地域の99%のBETAを掃討、1週間以内に完全な安定化を宣言出来るでしょう」
「相変わらず早いな、このままKGB大将まで行けるんじゃないか?」
「生憎ポストは全部埋まってますよ。それとこれは連絡ですが11月頃に東ドイツの方から何名か視察が訪れます」
中将の話を聞いて「モスクワからも同じ報告がきたよ」と返した。
しかし不思議だったのは態々ステクリャル中将が同じ話を持ち出したことだ。
「それが向こうのジェルジンスキー連隊の方からも視察員が訪れるらしくて……」
「あの東ドイツのか」
ステクリャル中将は頷いた。
フェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊、シュタージ所属の事実上1個軍団。
シュタージ所属ではあるが国家人民軍と関係が深く、BETA大戦の影響によって重装化が著しい為ソ連軍の視察に選ばれた。
「だから君も視察を請け負う訳か」
「それもありますが……少しいいですか」
ステクリャル中将はヤゾフに合図を出し2人は一旦司令部を抜けた。
使われていない応接室に入り、中将はヤゾフに見えないように合図を出す。
「何か問題でもあるのか?」
ヤゾフは単刀直入に尋ねた。
「……シュタージ内に兆候あり、と報告を受けています」
ヤゾフの顔から疑問が消えた。
「……前線司令官は演技下手だ」
「同志に何か頼むつもりはありません。ただ、お気をつけをというだけです」
現状シュタージ連中がソ連軍に対して攻撃を仕掛けたという話は入ってこないが、それでも注意する必要がある。
ヤゾフは前線司令官かつソ連邦元帥であり、命の恩人だ。
流石にKGBとしてもそんな存在を失うわけにはいかなかった。
「こちらでも気をつけておこう。しかし君も大変だな」
「ええ、でも慣れてますから」
苦笑混じりにステクリャル中将はそう返した。
ヤゾフの預かり知らぬところで不穏は形を成している。
彼は前線司令官であるが故に見なくてもいい暗部を見なければならなかった。
-中東 カタール国 ドーハ市 日本斯衛派遣軍司令部-
2機のF-4EJ改RG”瑞鶴”がカタールの空を飛んでいる。
この”瑞鶴”は本来の”瑞鶴”に近いように改造が施されており、近接戦闘能力や機動性が上がっていた。
「真壁、そろそろ降りるぞ。飛行場だ」
『了解、今回はあんまり無理に降りないでくださいよ…!』
「どうだか…!」
『待って!』
そう言って”瑞鶴”は速度を上げて降下し、急ブレーキを掛けながら斯衛軍に割り当てられた飛行場に強行着陸した。
それでも機体に掛かる負担は少なく、彼の腕は相当良かったと言える。
『やめろって言ったじゃないですか!』
後からついてきた”瑞鶴”の衛士は彼を咎めた。
しかし彼は聞く耳持たぬといった雰囲気で「機体も壊してないからいいだろう?」と返してきた。
コックピットハッチが開き、中から彼は出てくる。
欧州からインド、そして中東、彼がこの2年で戦った戦場は様々である。
まだ10代後半の青年とは思えぬ経歴だ。
爽やかな黒髪が風で靡き、彼は不敵に笑った。
「ここが新たな戦場か」
”瑞鶴”の衛士、名は斑鳩崇継。
五摂家の1つである斑鳩家の若き後継であり、この頃は義勇兵として国連軍と共に外地で戦っていた。
後に斑鳩はこの時期を”
ちなみに付き人として付いてきた真壁介六助は「そんな生易しいもの物ではない」と断言した。
2人は派遣軍司令の命令で招集され、今まで義勇兵だったが正式に斯衛派遣軍所属となった。
元々いた日本軍の部隊からは再三に渡り「やっぱり残らないか?」と懇願されたが、斑鳩は斯衛軍として戦うことを選んだ。
彼らは若く、どんな将兵も分け隔てなく接する為日本軍からも人気が高かった。
直属上官からは度々「斯衛軍じゃなくて
”瑞鶴”を飛行場の格納庫に入れ、2人は司令部に向かった。
司令部はドバイからドーハに移転し、各所に野戦指揮所を配置した。
各連隊長や大隊長はこうした野戦指揮所に移動し、BETAとの防衛戦に注力していた。
司令部に入るとそこには見慣れた同じ五摂家の人間がいた。
「斑鳩崇継少尉、真壁介六助少尉、参上仕った」
2人は司令官たる信真に敬礼した。
信真も形式として敬礼を返し、すぐに聞き馴染みのある名古屋弁で喋った。
「おう、よう来たのお崇継、それに助六。おみゃーらみたいな若くて優秀なのが来て俺ゃ嬉しいぞ」
「斉御司閣下も大事ないようで」
「なぁに、こんたわけどもの相手で参っちまうだわ。どうせだ、おみゃーがこっちの真壁に代わって指揮官やっても俺は許すぞ?」
真壁少佐は目を背け、俯いた。
こちらの真壁少佐は真壁介六助少尉の親族であり、真壁少尉の方が本流に近い。
真壁少尉は「ご冗談を」とだけ返し、なるべく信真の琴線に触れぬよう心がけた。
仮に能力がある人物でも信真の琴線に触れれば何をされるか分からない。
「崇継、なんだったらおみゃーでもいいぞ。おみゃーは若いのに武家らしくてなによりだわ。おみゃーとこんたわけども比べりゃ情けなくなってくるほどたわけでよぉ」
信真は周囲の将校たちを睨みつけながらそう吐き捨てた。
皆俯いて「面目ございません」と返す他ない。
「斉御司閣下、そう臣下を責めないでやって下さい。我らがきた暁には祖国と斯衛軍に栄光の勝利をお約束しましょう」
「ええ心がけだわ、おみゃーらは暫くこの真壁の大隊に転属する。こんたわけどもに口先だけじゃないこと、見せつけてやれ」
「ハッ!」
2人は敬礼し、命令を受諾した。
この日の信真はこれでも機嫌が良かった為大して声を荒げることもなかった。
斑鳩と真壁少尉がお気に入りというのもあるのだろう。
特に信真は斑鳩のことを目に掛けていた。
同じ五摂家かつ他の五摂家の者とは違い武士として戦う気力に溢れており、彼のお気に入りであった。
一方斑鳩が同じことを思っていたかと言われればそうではない。
斑鳩は純粋な国家主義者である。
この頃はまだ若く国家の一兵卒として刃を振るうことが限度であったが歳を重ね、陰謀詐術蔓延る武家社会を生き抜き、彼自身も様々な政治的技量を身につけることとなる。
されど根底にあるのは日本という国が一つになってこの未曾有の危機に立ち向かい、そして日本という日出る黄金の国が明日を生きることであった。
それには武家も国民も華族も全ての垣根を越えて力を合わせなければならない。
彼はその魁として義勇兵を選び、日本軍として戦ってきた。
故に武家が武士として死んで生き残らせようとする信真と日本という国が一つになって戦うことを望む斑鳩では何処かソリが合わなかった。
特に斑鳩側はそれを認知しており、形容は出来ないがこの信真を警戒していた。
「まあゆるりとしていけ。日高、2人に寝床を案内したれ」
「ハッ!ではこちらに」
日髙中尉に案内され、2人は司令室を後にした。
2人が司令室を後にするのを確認すると信真は真面目な顔で見附准将に尋ねた。
「見附、本国からの増援はどうなってる」
「ハッ、損失分は各連隊から補填し穴埋めされ、新たに1個連隊と1個戦術機大隊が閣下の指揮下に入ります」
「本土のたわけどももやっと重い腰を上げおったか。抽出分と派兵分の補填は」
再び信真は尋ねた。
信真とて兵隊を溶かせば補充に時間が掛かるのは知っている。
本国に残る斯衛軍がどう動くかは見ておきたかった。
「予備役の一部を動員して戦力の穴埋めに用いたようです」
見附准将は端的にそう答えた。
されど彼は何か疑問を持っているような表情で、信真は「俺に何か疑問か」と直球で聞き返した。
暫く見附准将は戸惑っていたが仕方なく彼は答えた。
「戦術機大隊の増派は本来予定されていなかったはず、されど斑鳩少尉と真壁少尉を呼び寄せたことにより本国が増派を決めた。閣下は本当に少尉の能力だけで呼び寄せたのですか…?」
「なんだ、おみゃーは俺が奴らを兵隊を呼ぶための出しに使ったと言いたいんか?」
「いえ、まさか……」
見附准将は謙遜したが彼としては言いたいことはそれであった。
特に斑鳩は五摂家のみ、今事実上家を飛び出した状態ではあるが斑鳩家の跡取りであることは変わりなかった。
信真はどう思っているかはともかく、本国としては彼を死なせぬ為明らかに兵力を多く派兵に回そうとしている。
「俺は次の大攻勢に合わせて必要なもん揃えただけだがや。攻め戦にワヤにせん為にやることやっただけじゃ」
「はあ……では斑鳩少尉の配置は」
「奴らの好きにしたらいいだがね、何もせんでも奴ら勝手に戦って生き残りおるわ」
これ以上口答えすると何されるか分からないので見附准将は渋々認めた。
信真としてはあの2人が死んだとしてもそれは武士らしく戦って死んだということでよしとするつもりでいた。
一度武士として生まれたらこの世の生と死の境目なんてあやふや、生きるも死ぬも大した違いはない。
であればどう生きたか、どう死んだかが重要だと信真は踏んでいた。
だから彼も先の防衛戦で死んだ将兵は無条件に褒め称えた。
中東攻勢のため各軍から兵隊が集まっている。
今や斯衛軍もその例外ではなかった。
-ソ連領 ロシアSFSR モスクワ州 ゴリツィノ2 ソ連宇宙軍司令部-
クラスノズナメンスク市のソ連宇宙軍司令部では日夜月面ハイヴ攻略の為作戦が練られていた。
日々偵察衛星軍から送られてくる情報を精査し、作戦の立案に当たる。
司令部には宇宙軍の将校だけでなく戦略ロケット軍からの派遣要員もいた。
とはいっても宇宙軍将校の大半は戦略ロケット軍からの出向であり、双方顔馴染みが多いというのも不思議な話ではなかった。
「3基の”ポーリュス”による最大出力照射、これなら短期に周辺ハイヴを潰せる。だが問題もある」
彼はユーリー・ジュラヴリョフ大佐、ソ連宇宙軍の参謀であり元は戦略ロケット軍の所属である。
司令部の参謀になる前は親衛の称号がつく前の第1攻撃衛星軍におり、ルディヤーナー・ハイヴ攻略成功と共に地上勤務に移った。
ジュラヴリョフ大佐は参謀達の面々で問題を話した。
「最大出力で撃った後の”ポーリュス”の再充填時間だ。再発射にかかる時間は1ヶ月、作戦の実行に凡そ1ヶ月掛かる」
”ポーリュス”はその大火力が故の反動で最大出力で発射すると凡そ1ヶ月は使用不可になるという特性があった。
発射口や一部機器を取り換え、エネルギーチャージの為にG元素を入れ替えてエネルギーを取り出す。
こうした長期的な整備と再充填が必要であり、その間この切り札が使えないというのは中々に心細かった。
尤もこうした整備が必要な理由は”ポーリュス”の威力が強すぎるというのもあった。
”ポーリュス”は元々衛星を破壊する為のキラー衛星であり、設計当初はG元素を用いた超兵器にしようなどと誰も思っていなかった。
それがBETA大戦によってBETAが地表に落下し、降下ユニットの中からG元素が発見されると”ポーリュス”は一変した。
それが今の姿であり、BETAにとっては己の同胞の亡骸で己が滅びるも同然であった。
「仕方ないですな、光線属種の数を減らす為にもハイヴの数を減らすのは必須です」
同じく参謀のアナトリー・ペルミノフ大佐は時間に妥協した。
彼もジュラヴリョフ大佐と同じような経歴の持ち主であり、ペルミ高等軍事指揮工兵学校を卒業しその後F.E,ジェルジンスキー名称軍事技術アカデミーを卒業した。
ちなみに年齢はペルミノフ大佐の方が若く彼は大祖国戦争が終わった1945年に生まれた。
「1ヶ月の間に可能な限りサクロボスコ・ハイヴ周辺の光線属種を排除すれば第二段階、本命の成功率も高まります」
G弾といっても結局は実体弾であるから光線属種に迎撃される可能性はある。
リスクを軽減する為には光線属種の数を減らして作戦に備える他ない。
されど月面という特殊環境もあり地上で核を用いた時と同じ破壊力は望めないとも目されていた。
「そういえばバイコヌールに残ってる”ポーリュス”の4号機、あれ打ち上げないんですか?」
地図の上に記載された光線属種の配置を確認しながらゲンナジー・コヴァレンコ少佐は周りの者に尋ねた。
打ち上がっていれば”ポーリュス4”と呼ばれるはずだった”ポーリュス”幻の4号機。
それは機体に不調があったというわけではなく単に予算の問題で開発はされたが組み立てられず、打ち上げられなかった代物である。
「ああ、今回も打ち上げの予算降りなくてな。第7軍団とG弾の開発が精々の限度だ」
「次の攻勢に備えて地上軍の再編も必要だしそこまで手が回らなかったんだろう」
当然だがソ連も国家である以上予算があり割り振られた予算内で行動しなければいけない。
これでもソ連宇宙軍はソ連戦略ロケット軍、ソ連地上軍に次いで同列で最優先で予算が振り分けられており、予算に関してはかなり潤沢な方であった。
「まあ”ポーリュス”は3基あれば十分だ。地表の掃討は最悪これもG弾を使えばなんとかなる」
「まさかBETAの付着物にここまで助けられるなんてね」
「皮肉なものですな、我ら戦略ロケット軍に使える武器が1つ増えるなんて」
参謀達が話し合っていると2人の戦略ロケット軍の将校が司令部に現れた。
ウラジーミル・ヤコヴレフ中佐とニコライ・ソロヴツォフ中佐である。
「何用ですか?」
「報告書とG弾の打ち上げをそちらの司令官に報告に参ったのですが」
それを聞いて将校達は顔を見合わせ表情を曇らせた。
ヤコヴレフ中佐とソロヴツォフ中佐も顔を見合わせ、首を傾げた。
「何か問題でも…?」
「ああ、いえ。ご足労頂いたのに申し訳ないのですが今カラシィ上級大将は出ておりまして……」
「同志司令官はアメリカ宇宙軍の作戦部長と会談の為、モスクワのアメリカ大使館に向かわれました」
ジュラヴリョフ大佐らの話を聞いて2人の中佐は納得した。
「ああ、確かにタイミングが悪かったですね……」
「出直しますか?」
「いや、お待ちを。恐らくもう2時間ほどで戻られるのでお待ちになっては如何ですか?」
宇宙軍側の提案を受けて再びヤコヴレフ中佐とソロブツォフ中佐は顔を見合わせた。
正直もう2時間ほどなら全然待てるし、元々少し司令部を見て回るつもりだったので返って好都合であった。
「ではお言葉に甘えましょうか」
「特に何もないですがゆっくりしていって下さい。我々も一旦昼休憩にしよう!」
ジュラヴリョフ大佐は参謀達に声をかけ、一旦会議を終わらせた。
参謀達は体を伸ばし、硬くなった体をほぐしながら司令室を後にした。
「我々も昼食にしよう、中佐方もご一緒にどうですか?」
「いいですな」
ヤコヴレフ中佐とソロヴツォフ中佐もジュラヴリョフ大佐らに続き、司令部内の食堂に向かった。
日常的に行われているソ連宇宙軍司令部でのありふれた一コマであった。
-ソ連領 ロシアSSR モスクワ州 首都モスクワ 駐ソ米大使館-
8月、アメリカ宇宙軍作戦部長がモスクワの駐ソ米大使館に訪れた。
この時のアメリカ宇宙軍作戦部長はジェームズ・V・ハーディンガー大将が務めており、表向きは双方の技術力向上の為視察に訪れたという程だった。
ハーディンガー大将は幾人かの幕僚と共に空軍及び防空軍、そして宇宙軍の施設を視察した。
試験飛行ではあるが最新鋭の戦術機、T-10Sとプロイェークト9の飛行も目にした。
こうした視察にも当然価値はあったが本命はソ連宇宙軍総司令官との会談であった。
会談は司令部ではなくあえて駐ソ米大使館で行われた。
当初はソ連宇宙軍司令部で行われる予定であったが、アメリカ側の要望もあり大使館で行われることとなった。
アメリカ側は大使のハートマンが同席し、ソ連側は総司令官のカラシィ上級大将と戦略ロケット軍総司令のトルブコ総元帥が同席した。
彼らの側には軍から派遣された通訳が控えているし、ハートマン大使であればすぐに通訳が出来た。
彼らの前には黒茶と幾つかの茶菓子が置かれ、会談は始まった。
まずソ連側は現時点での作戦計画を大まかに説明した。
”ポーリュス”3基を主力とした周辺ハイヴの掃討を行う第一段階、そして本命のサクロボスコ・ハイヴ攻略戦。
ソ連宇宙軍はこの戦いで第1親衛攻撃衛星軍、第5攻撃衛星軍、第7攻撃衛星軍団を月方面に差し向ける。
その為暫く対地支援は残った第2攻撃衛星軍に一任された。
「我々の攻撃衛星部隊は戦力の大多数が本作戦で使用されます。その為対地支援に関しては若干の不安が残ります」
「1個攻撃衛星軍を残してそれでも不安、ですか」
ハーディンガー大将は若干驚き気味に呟いた。
アメリカ宇宙軍もソ連宇宙軍に匹敵するほどの宇宙戦力を有しているが、それでも1個軍規模を残せれば十分と認識していた。
されどソ連軍は初期の戦闘でどの軍将校も「宇宙軍と戦略ロケット軍がいなければ全滅していた」と称するほどソ連宇宙軍と戦略ロケット軍に助けられた。
故に核というものに絶対の信頼を置いている。
BETAの生態系が明かされつつある昨今、ハイヴ同士の連携は基本取れていないとソ連軍も分かっているがそれでも不安だった。
もしBETAの大規模同時攻勢が来た場合1個攻撃衛星軍だけで阻止出来るのか。
それは地上軍だけでなく宇宙軍の本音でもあった。
「一昨年よりだいぶ安定したとはいえBETAのハイヴは各地に健在、念には念を入れたいのです」
「なるほど」
「本題に戻すと我々が月面掃討戦を行っている間、もしBETAの大規模反撃作戦が始まった場合、貴国の宇宙軍には我々の代わりに対地支援をして頂きたい」
ハーディンガー大将とハートマン大使は相談し、ハーディンガー大将があることを尋ねた。
「形式としてはどうなりますか?指揮下に入るかそれとも要請か」
「あくまで要請、という形です」
指揮権というのは時として複雑性を孕むものである。
特に多国間化すればそれは単純に国家の関係性にも響くものだ。
少なくともアメリカ宇宙軍の部隊がソ連宇宙軍の指揮下に入るほどこの二国は仲良くはないし、双方にもメンツがあった。
ソ連とてアメリカの頼り切りになるのは嫌だったし、アメリカとしてもソ連の指揮下に入るのはまだ抵抗があった。
その為いざという時は支援要請という形でアメリカ宇宙軍の力を借りるつもりでいた。
これはルディヤーナー・ハイヴの時から同じである。
ソ連海軍の原子力潜水艦師団と”ポーリュス”の力を借りたのもあれは支援要請という体であった。
「分かりました、とはいえ我が軍も中東攻勢がありますのでご期待に添えるかは分かりませんが、善処しましょう」
「そうでしたな、確か発動は10月からだとか」
アメリカ軍主導による国連軍中東攻勢作戦、通称デザート・ストームは10月から攻勢を開始しまず今年中に2つのハイヴの制圧を行う。
最後のアスファン・ハイヴ攻略は来年の1月スタートであり、この作戦はかなり長期的なものであった。
されどたった数ヶ月のうちに中東はBETAの脅威から解放されることになる。
「中東が完全に解放されればまた1つ、人類にとって安全な領域が増えます」
「貴国の健闘を期待しましょう。そしてもう1つ、これは後で国連宇宙軍にも提出するものですが」
そう言ってカラシィ上級大将は部下から1枚の書類を受け取り、それをアメリカ側に提出した。
まずハーディンガー大将が書類を手に取り中身を読んだ。
それからハートマン大使に渡し大将は再びカラシィ上級大将に尋ねた。
「月面からの破片物の対処ですか、サクロボスコ・ハイヴ攻略の話が出てきた時から危惧はしてましたが」
月面で核やそれに匹敵する兵器を使うということは当然月表面は傷つき、その破片は地球圏の方へ来る。
地球への落下コースを辿るならば大気圏の熱で消し飛ぶ為さほど問題はなかった。
問題は軌道上に展開する人工衛星である。
破片といっても月面から襲来するそれは衛星をズタズタに引き裂き、破壊することなど容易である。
こうした破片による被害はBETAがサクロボスコ周辺に展開した時に発生したもので確認済みであり、各国の宇宙軍はかなり早期から対策を研究していた。
「月面攻略を実行に移す以上避けては通れないものです、ご理解下さい」
「我々としても対策はあります、お構いなく」
いずれ避けては通れない道だ、人類がBETAの恐怖から解放される時は月面からもBETAが消える時だと相場が決まっている。
「そういえばそちらの作戦の実行日はいつですか?」
ハーディンガー大将は疑問を投げかけた。
中東攻勢はデザート・ストームは10月始まりだがソ連軍の宇宙作戦の実行日はまだ公表されていなかった。
カラシィ上級大将は隣のトルブコ総元帥らと相談し公表を決めた。
「まず第一段階を12月、そして第二段階を1月に決行する予定です」
「となるとデザート・ストームの終盤と重なるわけですか」
「人類にとっては一昨年と同じ記念すべき新年になるでしょうね」
ハーディンガー大将は頷いた。
人類さえ滅ぼせる破滅の力は今や人類の外に向いている。
安堵は出来ないが冷戦期より気は楽だ。
その後会談は日々の職務や意見交換の場となり、2時間ほど続いた。
最後は各社新聞用にハーディンガー大将とカラシィ上級大将が握手を交わし、笑顔でカメラに映る様が残された。
新聞社のインタビューやテレビカメラなどの質疑応答に答え、カラシィ上級大将とトルブコ総元帥は米大使館を後にした。
2人は同じ車に乗り、一旦国防省に向かった。
車内では会談の内容を振り返りながら話し合っていた。
「想定通り、アメリカ宇宙軍をいざという時の代替とするのは難しそうですね」
「ああ、タイミングが悪かった。予定通りBETAの同時攻勢が来た場合は我々戦略ロケット軍が防ぐしかあるまい」
カラシィ上級大将は頷いた。
彼らとしては最初からアメリカに期待していなかったし、戦略ロケット軍があれば十分事は足りた。
最悪の最悪の場合に備えてアメリカに要請の約束を取り付けただけでも大きい。
少なくとも彼らが中東を安定化してくれればスエズ運河や石油輸出など鑑みても世界経済全体が安定するだろう。
一方のアメリカ大使館では、応接室を閉じてハーディンガー大将やハートマン大使らが会談の中身を話し合っている。
「ソ連が月面作戦ですか、大きく出ましたな」
「ですがサクロボスコを堕とせば地球圏に襲来するBETAの数も減るでしょう。一番の驚きはソ連がG弾まで開発していたという事です」
ハーディンガー大将が連れてきたアメリカ宇宙軍の将校達は皆頷いていた。
少なくともソ連にG弾開発の兆候が見られたのは完成間近の1981年1月とかである。
「しかし大将、ソ連は月面のハイヴを堕とせますかな」
ハートマン大使はハーディンガー大将に尋ねた。
ハートマン大使も1944年から1946年までアメリカ陸軍航空軍に所属していたがハーディンガー大将ほどの深い知識は持ち合わせていない。
特に宇宙関係はより専門性の高い知識が求められた。
「不可能可能でいえば可能でしょう、G弾が不発に終わっても彼らには最悪”ポーリュス”があります。やってくれるでしょう」
ハーディンガー大将は応接室の窓からまだ明るいうちの空を見上げた。
あの空の向こうに月があり、そしてBETAがいる。
「欲を言えば月面攻略は我々がやりたかったですな」
最初に月に降り立ったのはアメリカ、国旗を打ち立てたのはアメリカである。
そのアメリカが月面攻略の手柄をソ連に譲るのはやはりなんとも言えぬ妬心の思いがあった。
されど今は中東攻勢が最優先課題であり、世界にアメリカがなんたるかを示す為には中東攻勢を完遂させなければならない。
今はソ連の顔を立てる時だ。
だがソ連とて月面にある全てのハイヴを攻略出来る訳ではない。
必ずチャンスはある。
再び月に靡く旗は星条旗だ、アメリカの誓いは数十年先の未来にて果たされることになる。
つづくかも