マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
師団は前進した
戦い、沿海州を -
白軍の砦を奪うために
-”谷を渡り丘を越え”より抜粋-
-ソ連領 ウクライナSSR ポルタヴァ州 ポルタヴァ市 第1ウクライナ前線司令部-
1台のバスがポルタヴァの市街地を走っている。
中には佐官から尉官クラスの将校が座っており、全員がウシャンカと鞄を持ってコートを着ていた。
バスの真ん中に座るある1人の大尉は窓側の席で市街の様子を見ていた。
復興作業が進められているがまだまだ瓦礫が多い。
「これでもまだキエフとかニコラエフよりはマシらしいぜ」
隣に座る同じ大尉の将校は彼が思っていたことを口にした。
こちらの大尉の名前はヴィタリー・エゴロヴィチ、彼はヴィターリャと呼んでいた。
スヴォーロフ陸軍士官学校の同期で同じ戦車兵将校である。
ヴィタリーの方は彼のアレクサンドルからサーシュカという愛称で呼んでいる。
「ああ、ミルゴロドを見てきたが酷い有様だったよ」
「最悪だよなBETAって、親父が言ってたファシストより酷いかもしれん」
ヴィタリーの父は彼の父と同じく軍人であった。
父は赤軍の将校であり、大佐で退役するまで軍務についていた。
ヴィタリーは戦車兵であったが父エゴールは狙撃兵、つまり歩兵将校であった。
「ああ、こんなことになるなんてな……」
「そういやサーシュカ、君の父はまだ教授やってるのか?」
「ん?いや司令官に復帰した、手紙に書いてあった」
アレクサンドルことアレクサンドル・オレゴヴィチ・ローシク大尉の父、オレグ・アレクサンドロヴィチ・ローシクは大祖国戦争にも参戦したソ連装甲兵元帥である。
ローシク退役元帥はマリノフスキー名称装甲戦車・機械化兵軍事アカデミー校長に就任した。
指揮する側から育てる側へ回ったのである。
ローシク元帥の教鞭の熱意はBETAとの戦いが始まるにつれて膨れ上がっていた。
だが彼は再び現場司令官に戻った。
若い頃守り切った祖国を再び守るつもりだ。
「すごいな」
「母さんが心配だよ、兄さんもいないし父さんも戦地じゃ……戦車兵なんてやってる俺の言えたことではないが」
そんな雑談を交わしていると司令部の前に辿り着いた。
バスが停まり、ドアが開く。
「それじゃあヴィターリャ、生きて会えたら1杯やろう」
「ああ、元気でな」
ローシク大尉は立ち上がり、バスを出た。
ウシャンカを被って冷たい空気のポルタヴァ市街を歩く。
司令部の前には2名の兵士が護衛で立っており、2人は敬礼を送った。
エントランスには検問所があり、大尉は軍人手帳を見せた。
「アレクサンドル・オレゴヴィチ・ローシク大尉、本日付で前線司令官付副官に任命されました」
検問所の少佐に敬礼し、少佐は敬礼を返すと手帳を確認した。
少佐はざっと手帳を見ると中に通した。
だいぶ雑な確認だったがローシクの名と副官の役職が響いたのだろう。
少佐は特に疑っていない様子だった。
司令部の中に行くと先輩の参謀将校が待っていた。
将校に続いて司令官の執務室へ向かう。
大尉はドアを3回ノックし、司令官の「入れ」という執務室の中へ入った。
聞き覚えのある穏やかな声だ。
「アレクサンドル・オレゴヴィチ・ローシク大尉です、本日付で前線司令官の副官に任命されました。よろしくお願いします!」
彼の姿を見たヤゾフは思わず唖然としていた。
何せ目の前にいる新人の副官はヤゾフの”
「シューラ、君か?君が私の副官か?」
「はい同志上級大将、お久しぶりです」
ヤゾフには3人の息子がいた。
2歳の頃事故死した長女ラリサ、海軍将校イーゴリ、次女エレーナ。
このエレーナと結婚したのが眼前にいるシューラことローシク大尉であった。
「まさか君が来るとは……エレーナは元気にしているか?ローシク元帥はどうだ?」
「エレーナからは昨日手紙を貰いました。閣下によろしくと言われました。父の方はご存知かと思いますが部隊指揮官に復帰しました」
「そうか、頑張ってほしいね。それにしてもまさか君が副官とは」
「人事表見てなかったんですか?」
ローシク大尉に対しヤゾフは「まだ名前まで書いてなかったんだ」と答えた。
なお実際には単純にヤゾフが引き継ぎに忙しくて見ていないだけである。
「戦車部隊にいたと聞いたが」
「第6親衛戦車師団で戦車中隊長を務めていました」
「そうか父君も喜ぶだろうな。まあそこに座ってくれ」
ヤゾフは近くにある椅子に座るよう命じ、自身も執務室に座り直した。
ローシク大尉はウシャンカを脱ぎ、鞄を椅子の隣に置いた。
執務室は程よい暖かさで軍用コートでは暑いほどだ。
「君のことはよく知っているからまあとやかく言うつもりはない。まずは援軍に来るポーランド第1軍の閲兵式を行う日程を立ててくれ」
「了解」
早速メモ帳に命令を書く。
「後3日後に各前線司令官の会議が行われる。そのことも覚えておいてくれ」
「はい」
メモを終えるのを見たヤゾフは立ち上がってローシク大尉の肩を軽く叩いた。
「いつまで一緒にいるかは分からないが、BETAに勝つ日まで共に頑張ろうじゃないか」
「はい!」
欧州戦線、それは西部のNATO軍主力の戦線と東部のソ連率いる
本来ソ連とWTO軍を抹殺する為のNATO軍は今やBETAを抹殺する為の軍隊となってしまった。
シュトゥットガルト方面では今でもアメリカ陸軍第7軍団がBETA相手に熾烈な戦いを繰り広げていた。
『BETA凡そ5,900体がウルム方面から進撃中。後列に光線級も確認されています』
『アーレン方面からは凡そ2万体のBETA群を確認。現在防衛線にて戦闘が勃発』
『後方に新たに6,000体のBETAを確認!』
無線通信からは2方面からBETA群が迫っている。
これに対し第7軍団司令は指揮車両型のM1エイブラムスから指揮を取った。
「ウルム方面の方には無人標的機を飛ばして位置を割り出してそこに火力を叩き込め。アーレン方面には砲火力を結集させて機甲部隊と戦術機隊が到着するまで保たせろ」
『了解!』
通信を切り、司令官は周囲の戦車隊に命令を出した。
「全隊、あのクソ野郎どもが出てきた。我々はこれから側面から連中を突いて奴らの2個師団の息の根を止める。全隊、俺に続け!」
そういうと戦車隊、正確に言えば第3機甲師団の主力部隊はガスタービンのエンジンを吹かせて移動を開始した。
第3機甲師団の主力部隊は基本的に最新鋭のM1エイブラムス戦車で構築されている。
120mm滑腔砲を搭載し一部の装甲は劣化ウラン、アメリカ陸軍最強の戦車であった。
「ハッハッハ、親父の名前の戦車もいいがこいつも立派だな!最高だ!」
司令官、ジョージ・スミス・パットン4世陸軍中将はキューポラから姿を出して風を感じながらそう叫んだ。
その名の通り彼は第二次世界大戦の伝説的戦車将校、ジョージ・パットン大将の息子である。
父の跡を継いで軍人となり、今日までBETA相手に戦い続けてきた。
兵士としょっちゅう一緒に飯を食い、自らも戦車に乗り込んで戦う姿から兵隊将軍と親しみを込めて呼ばれていた。
遠くからは砲撃や銃声の音が聞こえる。
上空を見ると戦場へ急行するアメリカ軍の戦術機、F-4”ファントム”とF-15”イーグル”である。
元々戦術機のような軍用機は米ソの両方で開発が進められていた。
人型であれば航空基地でなくとも補給が容易く、汎用性も高い。
BETAの到来によってこの世界では戦術機の開発が一挙に早められ、”
パットン4世はこうした戦術機が出てきても自身の本来の職業である歩兵や父の戦車兵の仕事は無くならないだろうと確信していた。
歩兵がいなければ本当にそこを制圧出来たか確認出来ない、戦車がいなければ安定して確実な火力と装甲で戦線を突破することが出来ない。
戦術機の機動性は素晴らしいものだが歩兵のように大地を踏み締めて隅々まで浸透することも、戦車のように敵戦線を装甲で無理やり押し通る事も出来ない。
要は適材適所、諸兵科連合の枠組みに戦術機という概念が組み込まれるだけだとパットン4世は考えていた。
戦車が戦線を押している間に戦術機がBETAの崩れ始めた戦線を食い散らかせば互いに損害を少なく出来る。
そこへ歩兵が防御陣地を構築し、砲兵が砲火力を叩き込み、工兵隊が援護を行うことで軍とは初めて真価を発揮する。
軍隊とはチームだ、かつて父パットンが言ったように共に暮らし、共に食べ、共に眠り、共に戦うチームである。
それこそ英雄気取りやスタンドプレイヤーは必要なかった。
重要なのはチームで軍として勝つことだ。
パットン4世は父とは違って歩兵将校であったがその点はしっかりと押さえていた。
だから将校も下士官兵も同じチームの仲間として適切に接し、指揮を上げる為に歩兵にも関わらず戦車に乗り込んで戦う。
父の影を人々が求めるのなら演じてやるのが指揮官の務めだ。
「親父は今の俺見たらなんというかね」
パットン4世の冷静な客観の言葉はエイブラムスが撒き散らす砂煙と共に消えていった。
前線では第1歩兵師団の防衛線とBETAの前衛が戦闘を繰り広げていた。
機械化歩兵の陣地で足止めを喰らっている間にF-4やブラッドレー歩兵戦闘車が援護に入り、M60パットンが機動防御に入る。
その間に後方には砲撃が叩き込まれ、無人標的機が光線級の射撃地点を割り出し、そこへ爆撃が加えられた。
光線級の高出力レーザーはクールタイムに12秒掛かる。
極超音速の世界において12秒は長い。
速やかに攻撃を叩き込むなど造作もないことだ。
既に6,000体のBETA群はこの手法で光線級が先に掃討され戦術核を喰らって壊滅した。
幸いにも風向きからして放射能はBETAに占領された地域へ飛んでいく。
こうして第7軍団は二方向の敵にも動じずに確実に撃破していく。
戦闘は暫く続き、ある程度膠着状態になったところへ彼らは到着した。
パットン戦車大軍団の到来である。
「よし間に合った!全隊、各戦車隊長の指示をよく聞いてクソ異星人どもをファックしてやれ!」
パットンの号令と共にM1エイブラムスはその火力をBETA群にぶつける。
ちょうど戦車隊は前進するBETA群の側面に殴り込みを入れる形となった。
更に最精鋭の戦術機部隊が弱体化したBETA群に機動戦を仕掛け陣形を崩す。
戦車隊に釘付けになればその間に戦術機が殲滅し、戦術機に気を取られればエイブラムスの砲火力にすり潰される。
前線では第1歩兵師団が頑強に抵抗している為未だ突破出来ず、更には後方から第17野戦砲兵旅団の砲撃により蹴散らされる。
光線級がいない以上BETAにMRLSからのクラスター弾を防ぐ術はなかった。
これこそが諸兵科連合戦術、第7軍団はこれを見事モノにしていた。
数時間の戦闘の末、ウルムのBETAも合わせて述べ2万5,900体のBETAを駆逐した。
もしBETAに人間と同じ指揮統率能力があるのなら物量に任せず一旦後退して態勢を立て直し、再度攻勢を仕掛けるべきなのだがそうはならなかった。
むしろ第7軍団にとっては好都合である。
『スカウトフライト1-2よりCPへ、BETAの残存戦力は確認出来ず繰り返す、BETAの残存兵力は確認出来ず』
飛行中の偵察機から報告が入る。
「本当によく見たんだな?」
『間違いありません』
「よし、全隊後退して補給を受ける。下がるぞ」
パットンの命令で戦車隊は後退し補給を受けに戻った。
その間に前線は再編成を行い、次のBETA襲来に備えた。
M1エイブラムスはいい戦車だがガスタービンのせいか燃費が悪い。
大喰らいなまさにアメリカ人らしい戦車だとパットン4世は感じていた。
「閣下、お先に行ってください!」
第1機甲師団隷下の第1旅団長が自身の指揮戦車を近くに停めてそう促した。
「勝った時も指揮官は一番最後に下がるものだ。勝利の余韻を味わう為にな」
「軍団長が下がってくれないと我々が下がれないんですよ。兵の意を汲むと思って行ってくださいな」
意外にも旅団長は食い下がった。
これだけ言われると意見を押し通している暇もない為パットンは撤退を決意した。
「むう小癪な、なら必ず着いてこいよ。先に戻っているからな!キャスティ伍長、出してくれ」
「了解」
操縦手はエイブラムスを動かし帰路についた。
「シュトゥットガルトで会おう旅団長」
「はい!」
パットンはハッチを閉め、車内に入った。
丁度通信が入っていたので無線機を取って答えた。
「パットンだ、何かあったか」
『第5軍団及び英仏軍担当地位で数個軍団規模のBETAが侵攻中、現在戦闘状況が続いています』
シュトゥットガルトにいる第7軍団司令部からのものだった。
どうも防衛線の全域でBETAの攻勢が始まったらしく、各地でも戦闘が勃発した報告を受けていた。
「こっちから援軍を出すか?」
『いえ、司令部の報告ではドイツ連邦軍と在独ソ連軍の増援を受けた為問題ないと』
「あの連中が動いたのか?」
在独ソ連軍、正確に言えばドイツ駐留ソ連軍は東西全面戦争におけるソ連の先鋒であり最精鋭主力部隊であった。
中東欧にBETAは連続で落着した際、在独ソ連軍は故郷ソ連に帰る術を失った。
ソ連軍は在独ソ連軍を辛うじて生き残っている東ドイツの防衛に回し、いつか再会する日を信じて彼らをそこへ残した。
無敵のソ連最精鋭部隊は今や家に帰れぬ哀れな存在となった。
以降在独ソ連軍はNATO軍や生き残りのWTO軍と共にBETAの侵攻を防ぎ続けてきた。
とはいっても在独ソ連軍は東ドイツの防衛に専念するのがやっとであり、西側の援護を行うことは殆ど出来なかった。
「明日は雪でも降るんじゃないか?」
『まあ冬ですからね、ともかく我が軍団は非常時に備え待機だそうです』
パットンは色々考えながらも命令を承諾した。
ウクライナとインドでソ連にも余裕が出始めたというところだろう。
世界は変わっている、同時にBETAの動きも変わり始めていることをパットン4世は前線の風で感じ取っていた。
-ソ連領 ロシアSFSR モスクワ州 モスクワ市 ソ連国防省ビル-
ソ連軍の軍政を監督するソ連国防省、その一室の国防大臣執務室でウスチノフ元帥は今日も書類を捌いていた。
基本的にウスチノフ元帥は1週間のうち2度は大本営の会議に出席して、参謀総長や軍司令官達とブリーフィングを行い、時に軍需産業の視察に向かって残りは事務仕事をこなしている。
もう46年前になる、初めてレニングラード砲兵科学研究海洋研究所の局長に任命された時から似たような仕事をこなし続けている。
彼の人生の大半はソ連軍とソ連の軍需に費やし、祖国の為に尽くしてきた。
そしてその献身的な働きはまだ続いている。
それでも最近のウスチノフ元帥は”
1941年から45年にかけての大祖国戦争では24時間寝ずに働くなど容易に出来た。
レニングラードの工場を疎開させ、ヴァーンニコフと共に兵器と技術で赤軍の勝利を支えた。
あの時からだいぶ歳を取ったせいか最近のウスチノフ元帥は24時間不眠で働くのは無理だと感じていた。
その為適度に部下に仕事を任せて、ちゃんと休むようになった。
なんなら妻のタイシヤにも手紙で「ちゃんと休むように」と釘を刺されてしまった。
「私なんぞそこまで無理しとらんよ」
ウスチノフ元帥の独り言が漏れた。
彼はサインが必要な書類に国防相 ソ連邦元帥 Д.Ф.ウスチノフとサインを入れ、目を通した枠に置いた。
ウスチノフ元帥としては一番無理をしているのは今前線で司令官代理を務めているグレチコ元帥の方が無理をしていると思っていた。
グレチコ元帥はウスチノフ元帥よりも5歳も年上で後3年で80歳を迎える。
ウスチノフ元帥同様70歳を過ぎても軍服を着て戦えるということはそれだけ才能と努力があってこそということなのだがやはり身体はそろそろ悲鳴を上げ始めている。
特にグレチコ元帥は4年ほど前の東欧撤退戦で国防相を務めていた際に突如倒れた。
その交代要員として任命されたのがウスチノフ元帥であり一時はもう助からないとも言われた。
しかし大祖国戦争を生き抜いたソ連邦元帥は奇跡の復活を果たした。
意識を取り戻し現役の軍司令官として復帰したのだ。
彼は大祖国戦争期におけるゲオルギー・ジューコフ元帥のように、ブレジネフの頼れる友として最高司令官代理の職務を果たした。
何せ77歳の人間が数ヶ月前の大規模奪還作戦の全体指揮を務めたのだ。
各前線司令官達を連携させ、前線と大本営を繋げ、作戦が順調に進むよう指揮を取った。
あれに比べれば自分などまだ控えめな方だとメガネの元帥は確証を持っていた。
そんなことを思いながら脳の別部分で書類を捌いていると既に4/5程度の書類は捌き終わった。
既に目を通した書類は記憶としてインプットされ、重要な点と視察に向かいたい要望のあるリストはメモに纏められていた。
するとドアをノックする音が響く。
「入ってくれ」
「失礼します」
ドアを開けたその人物は国防省勤務の少佐だった。
敬礼し用件を伝えた。
「同志大臣、軍事技術評議会委員のニコライ・ドミトリエヴィチ・ウスチノフ氏をお連れしました」
少佐の奥からウスチノフ元帥にとって見慣れた人物が出てくる。
ウスチノフ元帥の表情は柔らかくなり柔和な声を上げた。
「おお、よく来た。ありがとう少佐、下がってくれ。ほら座れ」
「いやいいよ父さん」
ウスチノフ元帥は立ち上がって椅子を移動させようとしたがニコライ・ドミトリエヴィチは断って勝手に座った。
彼は名前で分かる通りウスチノフ元帥の息子である。
ニコライ・ドミトリエヴィチ・ウスチノフ、モスクワ工科大学卒の博士号持ちである。
今は
父ドミトリー・ウスチノフからは散々手紙で「3つ掛け持ちは無理だから非常勤講師はやめなさい」と言われているが、ニコライ・ドミトリエヴィチは父の要望を押し切って掛け持ちを続けている。
彼としてはアストロフィジカで技術開発を行うのも、研究所で非常勤講師を務めて若者を育てるのも、ソ連の国防に協力するのもどれも同じ分野で重要だと考えているからだ。
この父にしてこの子あり、と言ったところだろう。
「最近は家にちゃんと帰っているのか?奥さんは元気か?孫達は大丈夫か?」
「ああ、元気にやってるよ。今日は書類を届けに来たんだ」
「アストロフィジカの方か?それとも評議会の方か?」
「評議会の方、”ポーリュス”について報告書が纏まったから届けに来た」
ウスチノフ元帥は穏やかな人間なので報告書を届けに行きたがらないという人はいなかった。
それでもみんな気を遣って息子のニコライ・ドミトリエヴィチに渡してくれたのだ。
元帥は息子から息子から封筒に入った書類を受け取ると1つ尋ねた。
「お前はもう読んだか?」
ニコライ・ドミトリエヴィチは表情を暗くしながら小さく頷いた。
「…ああ、読んだよ。評議員だからね、あれはとんでもない兵器だ」
息子の声音からして只事ではないと感じたウスチノフ元帥は書類を出してすぐに中身を確認した。
既にインドのハイヴに”ポーリュス”が放った一撃は報告書として上がってきている。
ハイヴどころか周辺の大地を丸ごと抉るようにして殲滅した、宇宙軍が想定していたものの100倍以上の出力だった。
既に現地には戦略ロケット軍のセルゲーエフ中将と何人かの技術者を向かわせ、調査を行なっている。
やはり使った新物質が影響していると報告書には記載されていた。
「なるほど……これは……」
ウスチノフ元帥も息子と同じ反応になった。
これはとんでもない兵器になる、軍需のプロでなくても簡単に分かるものだ。
「この……BETAの落着ユニットについていた新物質、”
ウスチノフ元帥は苦笑を浮かべながらそう呟いた。
人類は異星人との戦いでまた一つ自滅の道に近づいた。
-ソ連領 ウクライナSSR ハリコフ州 ハリコフ市-
「頭向け-!右!」
儀仗大隊の少佐の号令でポーランドの将兵が銃を捧げヤゾフの閲兵を受ける。
ポーランド地上軍第1軍、旧ワルシャワ軍管区の部隊を主力の再建ポーランド軍の主力である。
軍司令官はヴロジミェシュ・オリーワ大将、軍再編中に参謀本部軍事アカデミーを卒業した。
儀仗少佐に案内されヤゾフは敬礼しながらポーランド軍の将兵を閲兵した。
オリーワ大将が後に続き、厳かな空気の中軍楽隊の演奏が閲兵中の広間に広がる。
広間には軍隷下の各師団から抽出された1個中隊が軍旗を片手に佇んでいる。
冬のハリコフは冷える為全員が軍用コートを纏っていた。
ヤゾフも上級大将の階級章をつけた将官用コートに制帽を被っている。
ヤゾフは閲兵を終え、最後に訓示を述べた。
「ポーランド人民軍の同志諸君、まず諸君の絶え間ない軍再建の為の努力を賞賛する。今やポーランド人民軍は世界に類を見ない強固な軍となった」
ヤゾフは演説台の上で時折メモを見ながらそう話した。
その頃後ろではローシク大尉が一時的にその場を抜け、ハリコフ軍司令部内に入っていた。
なんでもポルタヴァの第1ウクライナ前線司令部から連絡があったのだ。
「故郷ポーランドは眼前である。我々の前にあるBETAのハイヴを破壊し、諸君は再びポーランドにその旗を掲げるだろう。その時がポーランドにとっての勝利であり、革命的前進である!父祖が革命パルチザンとして戦ったファシストとの戦いに続くのだ。我らが同志に栄光を、
その一言と共にポーランド人民共和国国歌のメロディが流れ始める。
ドンブロフスキのマズルカ、ポーランドの歴史ある国歌だ。
将兵はメロディに合わせて歌詞を歌う。
ヤゾフら将軍達はそれに対して敬礼で応えた。
ポーランド軍といっても所詮は衛星国、だが最低限の建前はある。
建前というのは想像以上に重要であり、モラルの最後の砦である。
それにこの人類の危機的状況下において本国も衛星国も関係ない。
今は一兵でも多くの将兵が必要なのだ。
それを示すかのような報告が戻ってきたローシク大尉によって報告された。
大尉は敬礼を一切崩さずヤゾフに近づき、彼に耳打ちした。
「閣下、司令部より報告です。数個軍単位のBETAがリヴォフ・ハイヴ方面よりジトーミルに向けて進軍中。一部防衛線では戦闘状況に入ったとのことです」
「司令部は」
「モイセーエフ中将が前線指揮を取っておいでです」
モイセーエフ中将が参謀長にして兼任副司令官である。
前線司令官が不在の場合は彼が指揮を取る必要がある。
「副官を通じてオリーワ大将にも伝わっています。大将は以降の日程の中止を要請していますが」
「大将の命令を承諾する。ポーランド第1軍の全部隊を直ちに武装させてベーラヤ・ツェルコフィ方面へ急行させるよう伝えろ。我々も演奏が終わり次第直ちにポルタヴァ司令部ヘ向かう」
「了解!」
命令を受けたローシク大尉は態勢を崩さず敬礼姿のままオリーワ大将の下へ向かった。
演奏は終わりヤゾフは敬礼を下す。
「以上で閲兵式を終了する。後の指示はオリーワ大将に従え、以上!」
そう言ってヤゾフは壇上を降りて早足でその場を後にした。
ヤゾフら司令官達はなんとか異変を隠したつもりでいたが、兵士達は全員上官達の異変に気づいていた。
それでも彼らは数時間後、武器を配備され前線へ送り込まれることを知らない。
異変には気付けても確実な未来まで想像出来ないのが人間なのである。
リヴォフ・ハイヴから襲来したBETAはジトーミル方面を目指して進撃を開始した。
数は正確に言えば3個軍、大部隊であった。
第1ウクライナ前線はシェペトフカ前面でまずBETA群と衝突した。
前線部隊は遅滞戦闘を行い、シェペトフカ市街で第一波を辛うじて防いだが、これ以上の防衛は不可能だとして後退を決意。
ヴェリーキー・ボコフから緊急で発進した戦術機部隊が後退の援護を行い、それに乗じて一部白ロシア前線の部隊も駆けつけた。
その間にジトーミルに展開する第24軍は直ちに防衛陣形へ移行し、キエフ方面に展開する第1親衛軍も救援に向かった。
モイセーエフ中将は戦術核の使用を臨時司令官として許可し、プリルゥーキから緊急発進したSu-24が核弾頭を投射した。
ヤゾフが司令部に戻る頃には既にウクライナ前線から2発、白ロシア前線から1発の戦術核が投下された。
第二波の勢いもだいぶ弱まったが未だ前線には1,000単位でBETAの部隊が確認されている。
「遅くなった」
ヤゾフらハリコフにいた将校達は急いで作戦室に向かい、参謀達に敬礼して中に入った。
彼は将官コートと制帽をローシク大尉に預け、参謀達の説明を聞いた。
参謀達はヤゾフの帰還が意外にも早いと感じていた。
何せハリコフからポルタヴァまでは143キロ近くある。
本来ならもう少し掛かってもいいはずなのだがヤゾフはハリコフに駐留していたMi-24Vを前線司令官権限で拝借し、ポルタヴァまで飛ばしてきたのだ。
「状況としては第24軍及び第1親衛軍が敵を食い止めていますが数が多く、もう間も無くジトーミルの州境まで押し戻されます」
「数としては凡そ3個軍で戦術核を3発投入しましたが敵攻勢能力は以前存続しています」
バリィーキン大佐と参謀のレオニード・ゾロトフ大佐が報告を行った。
ヤゾフは地図を見ながら指示を出す。
「相手はこちらよりも多い、前線の防衛部隊は戦術核を使用しつつジトーミルまで遅滞戦闘を行え。その間に左翼からポーランド第1軍と第4軍を回り込ませ、右翼からは第34軍、第60軍を投入して包囲殲滅戦を行う」
「では第3親衛戦車軍は?」
「予備戦力として待機、敵軍を殲滅した場合はジトーミルから親衛戦車軍を用いてシェペトフカを奪還するぞ」
「直ちに各軍に伝達します」
バリィーキン大佐が走り、代わりにレオニード・マリィツェフ中佐がメモを1枚持って走ってきた。
敬礼してメモを読み上げる。
「ブレストの前線部隊より報告です。敵BETA群はリヴォフ方面だけでなくルブリン方面からも襲来中とのこと!」
マリィツェフ中佐は顔を強張らせ、周りの参謀達は色々なことを考え始めた。
敵はどうも意図的にキエフを狙いに来ているようだ。
であれば好都合だ。
そこでゾロトフ大佐が1つ提案した。
「閣下、この際ジトーミルを陽動に使って戦略核で殲滅するというのはどうですか」
「都市ごと焼き尽くすのか」
「連中の3個軍でも4個軍でも吹っ飛べばリヴォフ・ハイヴの攻略戦も楽になります」
悪い策ではなかった、ジトーミルの都市丸ごとと恐らく少なくはない守備兵が戦略核の巻き添えを喰らって吹き飛ぶこと以外は。
BETAをジトーミルに引き付けつつ、左翼の部隊を追う方に殴り込ませ、退路を絶った所に戦略核を叩き込めば確実に敵は吹き飛ぶ。
それこそジトーミルと僅かな守備兵をBETA3個軍で等価交換出来るのだ、損害と与損害の比率を考えればむしろお釣りが来る。
「同志はジトーミルで生まれたと聞いたが」
「私の生まれは祖国ソビエトです。贅沢は言っていられません」
ゾロトフ大佐も悩んだのだろうが故郷を捨ててもBETAを殲滅することを選んだ。
ヤゾフも内心ではゾロトフ大佐の案を採用しようとしていた。
しかし1つ気になる点があった。
「問題はだ同志大佐、敵が本当に真っ直ぐジトーミル来てくれるのかということだ」
「回り込まれる恐れがあると?」
「そもそも目標が違うかもしれん」
そんな話をしていると数枚の紙を持ったステクリャル中将とアレクサンドル・アニシモフ中佐がやってきた。
情報部門が何か掴んだらしい。
「宇宙軍の偵察衛星からの情報です。BETA群の状況です」
ステクリャル中将から報告を受けながら移動状況を見た。
「ご覧の通りルブリンからの1個軍はジトーミルではなくキエフに直行するようです」
「一点突破ではなく二方向か、こうなると連中を一点に集めて吹っ飛ばすのは厳しいな」
1個軍を示した模型をヤゾフは地図に置き、参謀達と作戦を考えた。
そこでヤゾフはあることを参謀長に尋ねた。
「戦術核を3発撃ったと言ったが1発は確か白ロシア側の核だったな?」
「はい、白ロシア前線からは援護の戦術機部隊が戦っています」
「司令官は確かアフロメーエフ上級大将だったな?」
モイセーエフ中将は頷いた。
ヤゾフは通信士官から電話を借りてミンスクにいる白ロシア前線司令部に電話を掛けた。
『はいこちら白ロシア前線司令部』
「私だ、ドミトリー・ヤゾフだ。悪いんだがそっちにアフロメーエフ司令はいるか?」
『今代わります』
電話を受け取った向こうの通信士官は30秒も経たずに白ロシア前線司令官のセルゲイ・アフロメーエフ上級大将を連れてきた。
ヤゾフの1歳年上で元は海軍の軍人になろうとした人物だ。
生真面目な人間で割と頑固な人間だが、決して悪い人ではなかった。
『アフロメーエフだ、そちらは大丈夫なのか?』
「司令官、いきなりで申し訳ないが連中のBETA群を殲滅する為にそちらの1個軍を借りたい」
『何をするつもりだ?』
アフロメーエフ上級大将は早速尋ねた。
だがこの間にも上級大将は使える部隊を近くにいる副官に尋ね、メモに書き記していた。
「連中の1個軍ノヴォグラード=ヴォリィンスキーからコロステニィの防衛線で敵を防いでいる間に側面から強襲をお願いしたい。左翼からはポーランド第1軍と第4軍で強襲をかけ、敵を包囲殲滅します」
『なるほど、分かった』
アフロメーエフ上級大将はメモを書く手を止めて、中身を読み上げた。
『2個軍、第16打撃軍と第3軍を派遣して強襲する。これで足りるはずだ』
予想外の言葉にヤゾフはほんの一瞬だけ声が出なかった。
「ありがとうございます上級大将、必ずここで敵を殲滅します」
『任せたぞ同志上級大将!』
そう言ってアフロメーエフ上級大将は電話を切って軍司令官達に電話をかけた。
ヤゾフも受話器を下ろし、作戦の為の準備を始めた。
「ステクリャル中将、直ちに国内軍師団をかき集めてジトーミルからキエフ方面へ配置しろ。使える部隊は全て使いたい」
「了解っ!」
「パニィキン大将」
ヴァレンティン・パニィキン空軍大将、第1ウクライナ前線隷下の第17航空軍司令官である。
「可能な限りの戦術機を回して前線の援護を行え。戦術核の無制限使用も許可する」
「了解」
ヤゾフは一通り直轄の部隊に命令を出した。
これである程度は各自の裁量で上手くやってくれるだろう。
あと心配するのはポーランド軍が間に合うかだった。
「ポーランド第1軍はどうなっている」
「緊急展開した第6空挺師団は移動を開始しました。残りの第1機械化師団、第3機械化師団、第9機械化師団は1時間後に出立します」
「来て早々悪いが急がせろ。ポーランド軍の移動は最優先事項だと全域に通達しろ」
「了解!」
ヤゾフは指示を出して再び地図のある方へ向かって、戦況を睨んだ。
気を利かせたローシク大尉がタバコを1本取り出して「吸いますか?」と尋ねた。
「ありがとう、頼む」
大尉はタバコの火をつけ、ヤゾフは受け取って口に咥えた。
すぐに灰皿も用意される、どうせすぐにいっぱいになるのだが。
「いいか、ここが正念場だ」
前線司令官に就任したヤゾフに早速試練が待ち構えていた。
つづくかも