マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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祖国は成長する、祖国は強大となる!
全人民が研究者を敬い
全ソヴィエトがその大成功を願っている!
我らに解決出来ない問題など無いのだから!
-”我らが弾道ミサイルの歌”より抜粋-


人は宇宙へ征く

-日本領 東京 市ヶ谷 陸軍参謀本部-

アル・ハリマのハイヴは陥落した。

 

陥落というよりも消失したという方が言葉として正しいだろう。

 

エネルギー源たる頭脳級がG弾によって丸ごと消し飛んだ為、残るBETAは野垂れ死ぬのを待つだけである。

 

BETAは中東に唯一に残るエネルギー源のアスファン・ハイヴを目指して移動を開始した。

 

されど周囲には国連軍が包囲網を形成しており突破は不可能であった。

 

BETAは1週間のうちに光線属種が全滅し、後は戦術機による航空攻撃を受けて残ったBETAはそのまま殲滅された。

 

損害はこの後行われるアスファン・ハイヴ攻略作戦と比較しても軽微であり、中東攻勢では最も損害を抑えて勝利を手にした。

 

包囲網形成には日本軍も参戦した。

 

度々連隊、旅団規模BETA群の襲撃を受けたが全て防いだ。

 

当然その報告は本国にも伝わり、直ちに市ヶ谷の陸軍参謀本部棟にも届けられた。

 

報告書を持った平野少佐が陸軍参謀総長の執務室に急いで向かった。

 

扉を開け平野少佐は執務室に入った。

 

「閣下、派遣陸軍より損害報告、及び戦果報告書が届きました」

 

「ご苦労」

 

すぐに斉藤大将が書類を取って一瞥した。

 

執務室には参謀次長村松栄一中将、装備計画課長柏山敏志准将、作戦部作戦課長坂城三義准将がいた。

 

書類を全て読み終わると斉藤大将は他の3人に書類を預けて執務室の椅子に座った。

 

戦果は誇らしかったがそれに対する犠牲も見ると考えることを放棄したくなる。

 

「……取り敢えず現在の所我々は勝ってる。それは間違いない」

 

その点で3人は安堵出来た。

 

少なくとも日本軍は一連の戦闘で6桁は超えるBETAを掃討していた。

 

「それでも損害は5桁超えましたか……」

 

坂城大佐は声を落としてそう呟いた。

 

「だが2万人を超えなかった、十分だよ。各旅団は健在、増援さえ送ればまだ戦える」

 

実際BETAに対して連続攻勢作戦を仕掛け、損害が死傷者1万人弱で済んでいたのは支援だけとはいえそうないことだ。

 

ただそれでも徴兵された日本国民の1万人弱が死傷した。

 

その責任を考えると気分が重くなってくる。

 

「このまま派遣軍は作戦に従事させよう。統幕と相談して茅野大佐に戦果報告をやらせろ」

 

「了解」

 

「可渡部長と総務課長を呼ばねばな…国内向けの報道を協議しないと」

 

「直ちに呼んできます」

 

そう言って平野少佐は執務室をすぐ後にした。

 

斉藤大将は国内向け説明を一旦置いておいて戦果の方に目をやった。

 

今書類は坂城准将が持っていた。

 

坂城大佐は一先ず作戦が勝利に終わったことを喜んでいた。

 

日本軍の戦闘計画立案には現地の司令部参謀だけでなく坂城准将ら作戦課も携わっていたのだ。

 

「柏山君、君らが立案した歩兵装備は随分活躍したようだね」

 

「はい、やはり擲弾筒と迫撃砲の合わせ技はBETA相手にも効くようですな」

 

柏山准将が率いる装備計画課は陸軍に関するありとあらゆる装備の調達、開発に携わっていた。

 

三四式戦車に陸軍航空隊向けのF-4の改修案、そして二四式(64式)小銃のアタッチメント式擲弾筒など。

 

このアタッチメント式擲弾筒は歩兵部隊の基本装備であり、これに迫撃砲を合わせると戦車級の足も止められるし、闘士級など敵ではない。

 

こうした装備を持った歩兵部隊が山岳部に展開してBETAの浸透を防いだ。

 

「三四式も機動防御では戦果を上げています、が攻勢時の機甲戦力がもう少し欲しいとも要望が出ていますね」

 

「新型戦車開発、上手く行ってるか?」

 

ふと斉藤大将は尋ねた。

 

現在日本軍の主力は三四式戦車である。

 

三四式は日本軍の外地派遣に合わせて改修を重ね、現在のG型となった。

 

されどG型ですら攻め戦では役不足との評価であり、陸軍は急いで新型戦車開発に乗り出すこととなった。

 

「このペースだとBETA大戦に間に合うかどうか……今後の攻勢ペースだと間に合わない恐れがあります」

 

「ままならんもんだな…」

 

「はい…」

 

2人は落ち込んでいたが逆にいえば人類はようやくBETAとの戦いに終止符を打つ目処が立ったのだ。

 

人類はようやく暗いトンネルの先から抜け出す手口を掴んだ。

 

「参謀総長、復員の手立てはどうしますか?」

 

村松中将は斉藤大将に尋ねた。

 

現在日本陸軍は本土に残している15個師団と1個空挺旅団、そして外地派遣の30個旅団、合わせて30万以上の将兵を抱えている。

 

これでも先の大戦より動員兵数は少ないが国民にとっては十分な負担である。

 

BETAが宇宙空間からほぼ無作為に落下してくる以上その範囲には当然日本帝国も入っており、国民には男子の一部には徴兵制の義務に加えて郷土防衛部隊の訓練義務、BETA落着時の際の避難訓練参加義務などがあった。

 

こうした負担は少なからず国民の不満であり、動員兵を戦地から故郷に帰してやるのは兵を預かる軍としての責務であった。

 

「アスファン・ハイヴが陥落したら段階的にやろう。アフリカ戦線に移転する頃にはもう18万も外地兵力はいらんはずだ」

 

「ですな、復興及び治安改善部隊はどうします?」

 

「派遣軍司令部と要検討だな……忙しくなるぞ」

 

村松中将は小さく頷いた。

 

忙しい日々など参謀本部の作戦部長をやっている頃から変わらない。

 

それは前職が統合参謀会議副議長だった斉藤大将も同じだ。

 

1973年から各国の軍隊に暇な時なんてなかった。

 

「坂城君、君達は当面の間特統演の計画立案を頼む。中東の方も気になるだろうが後は派遣軍に任せておけ」

 

「わかっております」

 

特統演、特別統合演習の略語であるそれは日本陸海空軍の三軍が共同しつつ、国民の避難訓練なども含めた対BETA戦を意識した大演習である。

 

今回の対象は北部方面軍が防衛地域を管轄する北海道であり、坂城准将ら作戦部の人間は演習の計画の立案を行っていた。

 

参謀本部作戦部が行うのはあくまで計画の立案であり、現地の避難誘導や誘導の際に協力する警察との調整は現地の北部方面軍、或いは各師団が担う。

 

警察機関、地方行政組織の自治体、港湾関係、鉄道、民間航空に民間船舶関係、軍が行う調整は多岐に渡る。

 

こうした訓練を平時から行っておくことにより問題点を見つけ出し、有事の際に滞りなく避難作業と戦闘を行うことが出来るのである。

 

そしてこの演習にはアメリカ軍も一部部隊が参加する為、日本軍としてはかなり大きなイベントの一つであった。

 

「現状、避難誘導は消防と警察、自治体に一任して我々は可能な限り避難までの時間を稼ぐ方向になってます」

 

「本州からの増援と輸送経路の確保は?」

 

「苫小牧と石狩の港を使わせてもらうことになりました。国道は234号線と337号線を優先使用出来ます」

 

斉藤大将は「仕事が早いな」と作戦課の将校達を褒め称えた。

 

坂城大佐の隣に控えていた村松中将はふと尋ねた。

 

「そういえば斯衛はどうなってるんだ?」

 

「ああ……参加はするらしいです。一応我が軍と共に避難完了までの時間稼ぎをしてくれるそうですが……」

 

「役に立ってくれるといいんだがね……まあ地方展開の1個大隊程度に期待しても無駄か」

 

斯衛軍も一応地方防衛の為に守護軍と呼ばれる部隊を配置している。

 

軍とは言っても平時の規模は2、3個大隊に戦術機が1個小隊か中隊、予備役を動員しても1個連隊に匹敵するかどうかという具合である。

 

斯衛軍とは言っても主任務は本土防衛である為今回の演習ではこの作戦に参加することとなった。

 

尤も軍部としてはどの程度信じていいか分からないし、使える兵力もタカが知れている。

 

「無難な場所に配置しておけよ、端の方だったら連中怒るし、と言っても主戦線は任せられん」

 

「了解…!」

 

所用が片付き、村松中将らは執務室を後にした。

 

平野少佐もまだ戻ってこない1人になった執務室で斉藤大将はふとぼやいた。

 

「中東に特統演に、今月は何時間寝れっかなぁ……」

 

 

 

-ソ連領 ウクライナSSR ザポロージィエ州 ザポロージィエ市 第2ウクライナ前線司令部-

ヤゾフ元帥はローシク少佐や一部の参謀を連れてザポロージィエの第2ウクライナ前線司令部に向かった。

 

この時第1ウクライナ前線の臨時指揮はモイセーエフ大将に任せた。

 

来年に控えた東欧攻勢の調整を行う為である。

 

数人は輸送機でザポロージィエに降り立ち、出迎えの衛兵の歓迎を受けた。

 

ヤゾフ一行は直接ザポロージィエの作戦室に来るよう要請され、一行は作戦室に入った。

 

「同志上級大将、ヤゾフ元帥及び第1ウクライナ前線司令部の方々をお連れしました」

 

少佐が敬礼し、参謀長や参謀達と話し合っているペトロフ上級大将に報告を行った。

 

「ご苦労。ようこそ同志元帥」

 

「お久しぶりですペトロフ上級大将、お元気そうで何より」

 

2人は握手を交わし、軽く肩を抱き合った。

 

彼らの参謀達は2人に敬礼し、暫くすると向こうにいる知り合いと軽く話を始めた。

 

「ローシク少佐だな、父君には世話になっている」

 

ローシク少佐はペトロフ上級大将に敬礼し、上級大将から求められた握手を交わした。

 

少佐の父、アレクサンドル・ローシク戦車兵元帥は第4親衛戦車軍司令官としてペトロフ上級大将の隷下にあった。

 

ローシク元帥は戦車軍の指揮官として第2ウクライナ前線の先鋒を務め、数多くのBETAを履帯の前に引き潰して行った。

 

「タイミングが悪かったな、昨日までローシク元帥はここにいたんだが…」

 

「そうなのですか?」

 

「補充兵と補給の調整の為にな」

 

「そうでしたか、では父に次会いましたら無茶し過ぎないようにとお伝えください」

 

ペトロフ上級大将は優しく微笑み「来たまえ」と彼らを地図の広げたテーブルに呼び寄せた。

 

周りに控えていた参謀将校は2人の前線司令官に敬礼し、ヤゾフ達も敬礼を返した。

 

「飲み物は何かありますか?」

 

「茶を頂こう」

 

待機していた大尉は要望を受け取ってすぐにサモワールで沸かした湯から茶を作ってヤゾフらに振る舞った。

 

その間にヤゾフはペトロフ上級大将と打ち合わせをしていた。

 

「我が第2ウクライナ前線は12月までにヤロミツァ川の手前なで前進する。工兵機材を揃えてハイヴ攻略作戦に備え、1月から作戦を実行する」

 

ペトロフ上級大将は地図を見ながらそう説明した。

 

「この配置ですとコンスタンツァを助攻勢として正面を主攻勢とする訳ですね」

 

「その通り、突撃の主力はローシク少佐の父君率いる第4親衛戦車軍が務める。ブカレスト・ハイヴ正面まで軍を動かし、戦術機をハイヴ内に突入させて一気に堕とす。基本的な戦術だ」

 

「それに合わせてブルガリアからソコロフ元帥の南欧前線がブルガリアから押し上げ、私とアフロメーエフ元帥の前線でチェコスロバキア奪還を始めると」

 

ペトロフ上級大将は頷いた。

 

残る東欧諸国の奪還はポーランドからの南下とブルガリア、ユーゴスラヴィアからの北上によって行われる。

 

まずその第一目標がルーマニアであり、チェコスロバキアであった。

 

「ブカレスト・ハイヴまで前進することはそう困難な話ではない。通常通り野戦軍をぶつけて敵を打ち破る。問題はハイヴの攻略だ」

 

ペトロフ上級大将は不安点を打ち明けた。

 

「我が前線は事実上今回が初のハイヴ攻略作戦となる。リヴォフの時は空挺と第722航空連隊と君らに任せきりだったからな」

 

「とはいえ訓練を受けた部隊はあるでしょう?」

 

「とはいえだ、人間初めてのことは常に不安なものだ」

 

ペトロフ上級大将のいう不安はそこまで深刻なものではなかった。

 

訓練もやったし参謀本部と空軍、防空軍主導で対ハイヴ戦のマニュアルも作った。

 

されど物事はやってみるまで分からない。

 

その不安感は特にソ連空軍から伝わってきた。

 

第5航空軍司令アレクセイ・ビュルコフ大将、第8防空軍司令レオニード・ゴンチャロフ大将らは定期的に不安を述べていた。

 

ペトロフ上級大将としてはもう少し楽観的な姿勢であったが、それでも彼らの不安は理解出来た。

 

故にハイヴ戦を2回も行っているヤゾフに頼った。

 

「そこで君に頼みたいのだが攻略戦を実行している1ヶ月の間、ハイヴに突入した部隊を幾つか借りたい」

 

「我が前線ですか?リトヴィネンコ少佐!」

 

打ち合わせをしていたリトヴィネンコ少佐を呼び出し、彼に尋ねた。

 

「戦術機で空きのある隊はあるか?」

 

「ですと一番動かしやすい部隊では第1独立親衛戦闘航空連隊となりますが」

 

「ではローシク少佐、ロマネンコ大佐に2個中隊ほど送るよう伝えてくれ」

 

「了解!」

 

ペトロフ上級大将は「いいのか?」と聞き返した。

 

「暫く我が前線は動きませんので」

 

「ありがとう、早速ビュルコフとゴンチャロフに伝えよう」

 

ヤゾフの判断により、ある衛士が再びハイヴの中へ投入されるのだがそれはまた別の話。

 

ヤゾフとペトロフ上級大将は地図の方を見た。

 

「この調子でいけば後2、3年で東欧は奪還出来るだろう」

 

「さすればこの戦争ももうすぐ終わる」

 

戦争とは迅速が尊ばれるものだ。

 

例え戦争に関して消耗戦論者であったとしても、作戦やある任務の実施は早い方がいい。

 

「早く、引導を渡したいものだな。この戦争に」

 

 

 

 

イーゴリ・セルゲーエフ中将。

 

生まれは1938年、ヴォロシーロフグラード(ルハンシク)州である。

 

セルゲーエフ中将は戦略ロケット軍出身でありながら卒業校はP.S.ナヒーモフ名称黒海高等海軍学校であった。

 

戦略ロケット軍の将校として順当に昇進しBETA大戦が始まった1973年にF.E.ジェルジンスキー名称軍事技術アカデミーを卒業した。

 

その後彼はロケット連隊参謀長、連隊長、そして師団長と要職を経験し、戦略核でBETAと戦った。

 

彼は戦略ロケット軍として”()()”を経験した新世代の軍人である。

 

その後通信教育でK.E.ヴォロシーロフ名称参謀本部軍事アカデミーを卒業し、ソ連国家技術委員会の下に設置されたG元素研究委員会の次長に任命された。

 

前任者が宇宙軍に移動になった事により1980年に中将へ昇進し、同委員会を暫く率いていた。

 

”ポーリュス”の加害調査や米軍型G兵器の研究なども彼の時代に進められた。

 

そして委員会は遂に米軍と同じG弾を完成させ、その実地テストも含めてセルゲーエフ中将は宇宙軍に移動、第7攻撃衛星軍団司令官に任命された。

 

第7攻撃衛星軍団の地上司令部は閉鎖都市ヴォスホートに配置され、司令部の参謀及び各職員はヴォスホートで勤務を続けていた。

 

無論一部は軌道上の宇宙ステーションにいるし作戦が始まればセルゲーエフ中将らは現場指揮のために宇宙へ上がるつもりだった。

 

この日セルゲーエフ中将はクラスノズナメンスクの宇宙軍司令部で会議に出席し、車でヴォスホートの司令部へ戻っていた。

 

移動の際は色の薄いサングラスを掛けている為分かりやすい。

 

1時間半弱の移動でヴォスホートの司令部には到着した。

 

司令部の玄関には待機していた1名の将校が敬礼し司令官を出迎えた。

 

その将校がドアを開け、中からセルゲーエフ中将が出てくる。

 

「お早い帰還ですね」

 

「意外に、会議が早く終わった。報告は作戦室で聞く」

 

「はい!」

 

セルゲーエフ中将は出迎えの将校と副官を引き連れて司令部へと入った。

 

第7攻撃衛星軍団の各要員は元々宇宙関係に勤めている者もいればセルゲーエフ中将と同じ戦略ロケット軍からの出向も多くいた。

 

佐官以下の将校はまだ襟章と肩章に兵科を示すものがついている為分かりやすい。

 

戦略ロケット軍出身者の多くは襟章に砲兵のものをつけており、肩章にも同様に砲兵の徽章が取り付けられていた。

 

セルゲーエフ中将もかつては砲兵の徽章をつけていた。

 

彼が卒業したのはナヒーモフ名称高等海軍学校であったがロケット兵器関連であった為砲兵の扱いだった。

 

その為彼がまだ佐官、尉官の制服には砲兵の襟章がついている。

 

「ご苦労同志たち」

 

セルゲーエフ中将は作戦室に入り参謀たちに敬礼した。

 

「何か報告はあるか」

 

すぐに報告を尋ね、それに応えるかのように作戦参謀のカスペンコ大佐が報告した。

 

彼は元々空軍出身であり、早期に宇宙軍にスカウトされた者でもある。

 

「食料及び装備の最終運搬が完了しました。これ以降我が軍団へ送られるのは食糧及び消耗品だけです」

 

「そうか、11月中に間に合ったのは良かった」

 

「それと参謀長及び副司令官が3日後地球に帰国します」

 

第7攻撃衛星軍団参謀長と副司令官は現在軌道上で各所の最終調整を行なっており、その任が終わった為間も無く地球に戻る手筈だった。

 

「……出迎えて一杯奢ってやるか。他には?」

 

「いえ、これだけです」

 

「うん、そうか」

 

中将は頷いてサングラスを取った。

 

鞄に入れていたケースにサングラスを入れ、机の地図を見つめる。

 

「G弾の投入箇所、決まりましたか」

 

「ああ、”ポーリュス”のハイヴ投射が終了後、第2と第5が陽動弾を全域に向けて発射。それから我が軍団はここと、ここ、そしてこの地点に1発ずつ投入せよという命令だ」

 

セルゲーエフ中将は攻撃地点の座標位置に丸を書いて、目標を示した。

 

それを聞いた他の参謀達も地図を見にきた。

 

「G弾投入後は暫く第2と第5が対地攻撃を行う。我々は1月まで待機だ」

 

「遂に作戦開始ですか」

 

カスペンコ大佐は感慨深そうに呟いた。

 

「しかしこれほどまでに月に攻撃を集中していいのでしょうか」

 

カスペンコ大佐は月に出る影響の方を心配した。

 

G弾も核兵器も地球に撃ってあれだけの被害を齎すのだから月面でも重力の影響が違うとはいえ大きな被害は確実だろう。

 

そのことが不安なのはセルゲーエフ中将も理解していた。

 

だが理解と実行は違う。

 

「今更だな、我々は既にこの星に何十発もの核を撃ち込んだ。もう手遅れなところまで来ている」

 

セルゲーエフ中将は自らの手でその力を解き放った、力の代償の重さも含めて。

 

「BETAという敵に手を抜いてはならん。どうせ人類相手に同じことをするつもりだったのだ、今更不安を覚えてもしょうがないだろう」

 

抑止が抑止でなくなった時、本来それは世界の破滅を意味した。

 

今となっては人類が異星人に対して最も頼れる対抗手段である。

 

戦略ロケット軍、そして宇宙軍は平和を維持するという矜持から、異星人を撃滅するという矜持に変わった。

 

「精々BETAどもに我々の力を味合わせてやろうではないか」

 

 

 

-ソ連領 ロシアSFSR モスクワ州 首都モスクワ クレムリン-

ソ連宇宙軍からある作戦計画書がモスクワのクレムリンに届けられた。

 

作戦名は”ペルーン”、スラヴ神話に存在した雷神の名から取られている。

 

計画書が出来上ったのは2日前、全体の調整を終え今朝方カラシィ上級大将とトルブコ総元帥が届けに来た。

 

計画書を受け取ったブレジネフは国防相ウスチノフ元帥らと共に精査し、許可を与える手筈を取った。

 

精査といってもこれに至るまでに幾つもの調整や予算獲得が成されており、後は計画実行の裁可を与えるだけであった。

 

ブレジネフの執務室にはウスチノフ元帥と本国に戻ったグレチコ元帥、そして灰色の枢機卿、ミハイル・スースロフがいた。

 

役職はイデオロギー担当書記であったがその権力はブレジネフに匹敵し、クレムリンのナンバー2であった。

 

スースロフは今年で79歳になった。

 

79歳のナンバー2は熱心なスターリン主義者であり、この戦争中にブレジネフ政権を長続きさせるために辣腕を振るった。

 

それでもスースロフは戦前よりは仕事が減っていた。

 

ブレジネフの身内から湧き出るスキャンダルが減ったのもあるし、ブレジネフが大祖国戦争当時の姿を取り戻したのもあるだろう。

 

汚職の摘発はアンドロポフに任せ、彼はナンバー2としてクレムリンを、ソ連共産党を取り纏めていた。

 

灰色の枢機卿という異名は伊達ではない。

 

「サインすればペルーン作戦は実行される訳か……」

 

「はい、既に宇宙軍は全衛星を待機させています。作戦が開始されれば我々人類はまた1つ、BETAからの脅威がなくなります」

 

ウスチノフ元帥の進言を聞き、ブレジネフは素早く書類にサインを書いた。

 

これで第一書記による作戦の認可が降りた、つまりペルーン作戦は明日にでも実行可能なのだ。

 

月からBETAが消失することは宇宙から降り注ぐBETAの襲来を完全になくすわけではない。

 

今の所BETAは月だけではなく火星にもハイヴを展開しているらしく、月のハイヴが消失すれば今度は火星のハイヴがガイドビーコンの役割を果たすだろう。

 

されど月面のハイヴが消失すれば地球に最も近いガイドビーコンは消失し、火星から地球間の距離をBETAはガイドビーコンなしに航行しなければならない。

 

重頭脳級はともかく通常の頭脳級はビーコンを頼りに航行している為、地球に襲来出来るBETAは大幅に減少するわけだ。

 

それだけでこの作戦には意味があった。

 

もう軌道上でBETAの迎撃を行わなくていいし、地上に落ちたユニットを核で焼く必要もない。

 

それだけで人類の負担は大分減った。

 

「これ以上我が国と社会主義同盟国にBETAが降り注ぐ危険性が減るのなら実行しない理由はない。BETAからの解放は全て、我々の時代で終わらせるべきだ」

 

グレチコ元帥とウスチノフ元帥は頷いた。

 

皆もうそろそろ自身の身体に限界が来ているのは分かっている。

 

それでもこの戦争を見届けた後では死んでも死に切れない、その一心で地に足をつけて踏ん張っているのだ。

 

それはスースロフとて同じであった。

 

むしろ彼の命の灯火は本来ならもうすぐ尽きる。

 

それを無理をしてここにいるのだ。

 

「同志スースロフ、ウクライナは今どうなっているかね?」

 

「ドニエプル川より西は復興途中だが東側では占領以前と同じほどの作物が出来ている、と復興委員会の同志ゴルバチョフからは聞いている」

 

「そうか、彼はいい仕事をしているな」

 

ブレジネフは素直にゴルバチョフを褒め称えた。

 

ゴルバチョフの復興委員会書記就任を真っ先に主張したのはブレジネフだったが、それを支えたのはアンドロポフとこのスースロフであった。

 

スタヴロポリで知遇を得てスースロフはゴルバチョフを目にかけていた。

 

それがこうして開花したとなればスースロフとしても鼻が高い。

 

「ウクライナ、モルドヴァ、ベラルーシ、リトアニア、そしてカリーニングラード。ソビエトの大地はBETAの傷跡から立ち直りつつある。やがて世界が我々に続くだろう」

 

ブレジネフは立ち上がって執務室に貼られた東欧の地図を見た。

 

ポーランドは取り戻した、ルーマニアもそう遠くない日に取り戻されるであろう。

 

「ペルーン作戦が終われば次は本格的な南欧と東欧の奪還だ。同志ウスチノフ、手筈は」

 

ブレジネフは立ち上がって鋭い剣幕で尋ねた。

 

当然ウスチノフ元帥だってこれくらい聞かれるだろうと用意はしている。

 

「第1ウクライナ前線、白ロシア前線の兵力と物資の補充は12月中に完遂するでしょう。2月より再び攻勢をスタートさせます」

 

「南欧の方は」

 

「同志ソコロフが戦線を安定化させました。第2ウクライナ前線は現在、ブカレスト・ハイヴの包囲網を構築する為前線を押し上げています」

 

ポーランド攻略に向かった第1ウクライナ前線、白ロシア前線、沿バルト前線はポーランドを奪還したことにより移動を停止。

 

戦線は固定化され、将兵達は稀にくるBETAの相手をしつつ今は休息の時にあった。

 

一方南欧前線と第2ウクライナ前線の戦闘はザーパド作戦が終わった後でもまだ続いていた。

 

ゆっくりと時間をかけてだがルーマニアに侵入し、各軍と共同して奪還作戦に入った。

 

このペースでいけば1982年にはブカレスト・ハイヴ攻略が可能というのが司令官であるペトロフ上級大将の意見であった。

 

「よろしい、ペルーン作戦の後、ソ連軍は総力を持って攻勢を再開させる」

 

ブレジネフの断言を受けてウスチノフ元帥とグレチコ元帥は敬礼した。

 

ウスチノフ元帥らはブレジネフの執務室を出て広間で待機していた書類を国防省の若い佐官らに預け、同行したイルラリオノフ中将にペルーン作戦の実行を命じた。

 

それからウスチノフ元帥は暫くの間クレムリンでグレチコ元帥と雑談を交わした。

 

グレチコ元帥は明日ハリコフに設置した自身の拠点に戻ってしまう。

 

4つの前線を統括するグレチコ元帥から直接聞いておきたいことも山ほどあった。

 

逆にグレチコ元帥も常にモスクワにいて政治レベルの情報をよく知っているウスチノフ元帥に聞きたいことがあった。

 

2人はコーヒーを片手に雑談した。

 

「各前線、軍の様子はどうですか?」

 

「軍も前線も皆よくやっている。司令官は参謀達に耳を傾け、参謀達は司令官の決断を信じている。そして隷下の部隊の将兵は懸命に戦っている」

 

「そうですか」

 

「されど風紀の乱れ、という点ではもう少し厳しく当たらねばならんかもしれん」

 

その点についてウスチノフ元帥は重く受け止めていた。

 

戦争と犯罪は切っても切り離せない関係にある。

 

戦争犯罪というべきものから略奪に強姦、虐殺に違法な暴力の行使など様々だ。

 

ソ連とて常に放っておいたわけではない、常に対応しようとして足りなかったのだ。

 

これでも解放したポーランドはBETAによって半ば更地にされている訳だから大祖国戦争時と比べて犯罪はまだ少なかった。

 

それでも物資の中抜きから兵の不審死、暴行事件などは何件も確認されている。

 

そうした風紀の取り締まりや未然の防止の為に政治将校がいるし、司令部付属の勤務員もいた。

 

特にこうした勤務員達は鉄道の警備から物資の中抜きを防ぐ為に動いていた。

 

「風紀の件は検討しましょう、兵站の方はどうですか?」

 

「鉄道が復旧するまではなんとも言えんな、少なくとも鉄道輸送が再開した地域の補給状態は改善してる。だがトラックと飛行場はもっと欲しい」

 

「……なんとかしましょう」

 

「助かる」

 

ウスチノフ元帥は困ったような表情を浮かべながらも既にこの時頭の中では計算に入っていた。

 

既存のトラックで余っているものと新規生産分、どの程度足せば適切に改善するか彼は考えた。

 

その様子を見てグレチコ元帥は軽く微笑んだ。

 

元々ウスチノフ元帥は軍需上がりであり、この点に関して言えば右に出る者はいない。

 

国防相としても自分の時より優秀かもしれないなとこの前国防大臣は思っていた。

 

「では私の方からも1ついいか?あのベルリン・ハイヴとやら、今後どうするつもりだ?」

 

話を変えてグレチコ元帥は気になっていたことを尋ねた。

 

ベルリン・ハイヴは未だに放置されたままである。

 

周辺域のBETAは殆ど駆逐されたがまだハイヴは健在な為攻略の必要があった。

 

されどソ連軍も西側のNATO軍も一向に動こうとしない。

 

「現状あのハイヴは間引きによって無力化する方針です。アメリカとしては欧州以外のハイヴを先に片付けたいそうですし」

 

「で我々としてはチェコスロバキア、そしてルーマニアの解放を優先したいからか」

 

少なくともこの決断は現在ソ連が置かれている状況を考えれば納得のいくものではあった。

 

ソ連は未だにポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニアの難民を国内に抱えている。

 

彼らを祖国へ帰す為には1分1秒でも早く領土の奪還が不可欠であり、ベルリン・ハイヴ攻略より優先されるのは仕方がないことであった。

 

中東に関してもエネルギー問題とスエズ運河を考えた場合ベルリンよりも優先されるのは当然であった。

 

だからベルリン・ハイヴは半殺しのまま捨て置かれた。

 

やがてトドメを刺すことを誓って。

 

しかしこの時、グレチコ元帥は一抹の不安を抱えていた。

 

ベルリン・ハイヴは死に体とはいえそれでもハイヴである。

 

このまま放置して厄介なことにならなければいいが、と六十数年近い軍歴が齎す感は彼に警鐘を鳴らしていた。

 

されどソ連とて攻略の為の余裕がないのも事実だ。

 

「難儀なものだな、ハイヴ攻略とは」

 

グレチコ元帥の本音が思わず漏れ出した。

 

 

 

-ソ連領 ロシアSFSR モスクワ州 ゴリツィノ2 ソ連宇宙軍司令部-

ソ連宇宙軍は定期的に戦略ロケット軍と共に定期的に作戦立案会議を開き、最終調整を行なっていた。

 

今回の会議は調整の最後であり、後2週間後、作戦の第一段階たる周辺ハイヴ排除が行われる。

 

クラスノズナメンスクの司令部にある会議室では将校や下士官兵達が椅子や机を片付け、帰宅の準備をしていた。

 

司令官のカラシィ上級大将は片付けを部下に任せて執務室に戻って最新の報告書を読んでいた。

 

そこへ数回ほどドアをノックする音が聞こえた。

 

「どうした?」

 

「同志上級大将、トルブコ総元帥がお話があるそうです」

 

声の主はコヴァレンコ少佐、すぐにカラシィ上級大将は「入ってくれ」と入室を許可した。

 

ドアが開き、カバンを持ってコートを着たトルブコ総元帥が入ってきた。

 

トルブコ総元帥の肩章には砲兵総元帥ものが宛てがわれており、一千万人を超えるソ連軍の中でも数少ないものである。

 

「ではこれで」

 

「ああ、ありがとう」

 

トルブコ総元帥はコヴァレンコ少佐に礼を述べ、少佐は執務室を後にした。

 

「同志総元帥、何かありましたか?」

 

カラシィ上級大将は理由を自分でも考えながらトルブコ総元帥に尋ねた。

 

総元帥は少し微笑み、鞄を手前のテーブルに置いて中から1本の瓶を取り出した。

 

今のソ連では貴重な品種のウォッカである。

 

「いや、作戦が可決された祝いと作戦成功の前祝いを込めてな、共に飲んでおきたくて」

 

彼はお祝いの為カラシィ上級大将を飲みに誘った。

 

「私はまだ……いや、飲みましょう」

 

カラシィ上級大将は困ったような、されど嬉しい笑みを浮かべて執務室の棚からグラスを2つ取り出した。

 

トルブコ総元帥は手袋を外して持ってきたウォッカを開けて2つのグラスに注いだ。

 

2人はグラスを手に持ち、同じところまで掲げた。

 

「では作戦の成功を祈り、そして勝利を祝って、乾杯」

 

「乾杯」

 

グラスを鳴らし、入れたウォッカを一気飲みした。

 

総元帥が持ってきたウォッカは品質が高く、最近飲んだ中ではいちばんの味だった。

 

2人はすぐにグラスにウォッカを注いだ。

 

お互いに酒を飲みながらトルブコ総元帥はふと語り出した。

 

「同志上級大将、君には本当に感謝しているよ」

 

「何がですか?」

 

酒を飲みながらカラシィ上級大将は疑問を思った。

 

「去年、国防省で君は私の提案を受け入れてくれた。そしてここまで来た。それに感謝してるんだ」

 

トルブコ総元帥は珍しく穏やかな顔でカラシィ上級大将に感謝の言葉を述べた。

 

そういえばそんなこともあったなと上級大将は過去を振り返った。

 

むしろ1年前であったというのが衝撃だった。

 

この1年半近く、BETA大戦の中で最も忙しい日々だった。

 

司令部で常に作戦を考え、物資を打ち上げて準備をし、ザーパド作戦の面倒も見た。

 

それでようやくここまで来た。

 

「私は同志総元帥の提案が出来ると思ったらか乗っただけですよ。私はむしろ礼を言いたいのは私の方だ。我々宇宙軍単独では立案も裁可も得られなかった」

 

セルゲーエフ中将を含めた数多くの戦略ロケット軍将兵を借りた。

 

それを許してくれたのはトルブコ総元帥のお陰である。

 

彼は照れ臭そうに笑い、ウォッカを飲んだ。

 

「見上げたあの月にBETAがいる、それはもう終わりだ。いや、我々が終わらせるんだ」

 

カラシィ上級大将は小さく頷いた。

 

3個の攻撃衛星軍と2個の偵察衛星軍、そして攻撃衛星軍団と偵察衛星軍団。

 

この作戦の為にG弾を含めたありとあらゆる兵器が宇宙に上げられ、ソ連の決して少なくはない予算を注ぎ込んだ。

 

全ては月にいるBETAを消し飛ばす為だ。

 

「月を終わらせて地球に専念しましょう。我々でこの戦争を1年でも早く終わらせる。それが我々には出来るはずです」

 

トルブコ総元帥は頷いた。

 

この作戦の前からソ連戦略ロケット軍は世界初の”()()”をやった。

 

この星を汚すことを覚悟で戦略核を異星人に向けて叩き込んだ。

 

全ては祖国が、人類が生き残る為だ。

 

BETAを打ち滅ぼす為、この戦争に勝つ為、戦略ロケット軍は立つ。

 

「常に備えを」

 

「我ら祖国の為に」

 

2人は再びグラスを鳴らし、乾杯をした。

 

祖国に捧げる勝利を祈って2人は夕陽に誓った。

 

ペルーン作戦、いよいよ始まりである。

 

 

 

つづくかも

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