マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
この惑星を闊歩する
美しき、銀の鳥のような宇宙船が
長き旅路へと、地球に見送られていく
ツィオルコフスキーの、コロリョフの
偉大なる発想は現実となり
年が過ぎ、世が移ろい、指導者が替わろうとも
再び、再び勝利を続ける!
-”宇宙軍の歌”より抜粋-
1982年1月、ソ連宇宙軍が待ち侘びた新年。
BETA大戦も今年で9年目、来年でもう10年目である。
人類はようやく反撃に転じたがこの戦争は長すぎた。
各国家は覆い隠せているが人々は疲れ始めており、もう10年このペースで戦うのは厳しいだろうとの意見もあった。
だから戦争は早急に終わらせなければならない。
月面のハイヴも含めて。
月面の撮影の為ソ連宇宙軍、第3偵察衛星軍の偵察衛星が近くまで接近し状態を撮影していた。
サクロボスコ・ハイヴ周辺も含めた月面の様子はさほど変わりなかった。
まだ光線属種は展開されているが既存の戦力で十分カバー可能だ。
サクロボスコ・ハイヴは一部光線属種をハイヴ内に収納し、戦力の消費を抑えた。
されど12月の間定期的に軌道上から爆撃が叩き込まれ、数を減らした。
無論重頭脳級も素早く対処した。
初弾は陽動であることを見抜き、初弾は各所で散開してやり過ごしてから本命の第二弾を迎撃するよう各所へ伝達した。
これで少しは時間が稼げたがやはり少しでしかなかった。
むしろ人類側の爆撃戦術が陽動と本命から全てが本命に変わっただけになったのだ。
通常弾頭に核弾頭を混ぜ込んで攻撃し、それを連続することで光線属種の迎撃が追いつかず大分撃退された。
第3攻撃衛星軍司令ニコラエフ大将は即座に地上の宇宙軍司令部に向けて報告を行った。
新しく配備された偵察衛星を中心に月面の監視体制を第4偵察衛星軍、第6偵察衛星軍団と共に構築した。
今や月面にどんな異常があろうとも彼らは見逃すことはない。
「第3軍より入電、目標に変化なし。繰り返す、目標に変化なし」
「映像出ます」
司令部にある作戦室のモニターに衛星が撮影している月面の映像が映し出された。
司令部には宇宙軍、戦略ロケット軍の高級将校が集まっていた。
現場指揮を取るのは軌道上の宇宙ステーションだが、地上組は作戦全体の指揮を取る予定であった。
報告を聞いたカラシィ上級大将はすぐに命令を出した。
「作戦はこのまま続行。第1親衛攻撃衛星軍に攻撃命令、第7は接近して待機だ」
「了解…!」
通信士官が命令を聞いてすぐに各所へ伝達した。
この時司令部の参謀達は緊張はしつつもそれなりに安堵していた。
現状月面のBETAに目立った動きはない、それに宇宙軍側の機材の故障もない。
今の所100点満点のスタートを切った、そう思っていた。
だがBETAもバカではない、しかも相手はあの重頭脳級である。
対応は早かった。
各衛星の移動中にある1基の偵察衛星が消息を絶った。
モニターから映像が途切れ、参謀達はすぐに騒ぎ出した。
「何事だ、通信回線の不調か」
「いえ違います!衛星側からの応答が消失しました!」
「なんだと…!?」
司令部の参謀達に動揺が広がった。
この動揺は宇宙ステーションの第3偵察衛星軍司令部でも発生していた。
衛星が突如消息を断ち、技術士官達が原因を探っていた。
最初はデブリか何かに衝突したのだと思われていたが実際は違った。
別の偵察衛星がその様子を記録していた。
「同志司令!これを!」
1人の技術大尉が叫んでニコラエフ大将を呼び出した。
大将はモニターを見て全てを理解した。
偵察衛星に明らかに意図的かつ攻撃の意思を持って突撃した物体が数え切れないほど確認された。
その正体はすぐに分かった。
「第4偵察衛星軍より報告!月面のハイヴより正体不明の物体が襲来中!数は確認されただけでも2,000!」
少しは驚いたが正体が分かっただけまだマシ、対応法はあると先ほどよりは冷静になった。
所詮はBETA、敵であれば倒せば良いのだ。
だが衝撃もあった。
BETAはついに宇宙航行戦闘用のタイプを開発したのだ。
見た目は今まで地上で確認されたどのBETAとも違う、宇宙戦闘に特化したBETAであった。
後にこのBETAは形状がランスに似ていることから
「迎撃衛星を展開、戦術機部隊にも出動要請を出せ」
「了解…!」
ニコラエフ大将は端的に命令を出し、部下達も粛々との命令を実行し始めた。
それは地上の宇宙軍司令部でも同様だった。
直ちに第2、第5攻撃衛星軍の予備隊に迎撃命令を出し、第1親衛攻撃衛星軍と第7攻撃衛星軍団は予定通り作戦を実行せよとした。
それに加えて最後の機動戦力として宇宙軍が保有する全ての戦術機部隊も投入が決定された。
ハイヴから放たれたアンノウンは第1親衛攻撃衛星軍と第7攻撃衛星軍団を攻撃目標としており、残りの戦力はこれの防衛を任された。
宇宙ステーションから宇宙用MiG-21が出撃し始めた。
衛士がコックピットに乗り込み、安全装置を解除して跳躍ユニットを吹かして戦場へ向かう。
長時間稼働の為に多くのMiG-21に増槽が取り付けられている。
宇宙ステーションからは予備機も含めた全ての戦術機が発進した。
地上司令部は戦術機の出撃を確認し、カラシィ上級大将はあることをベレズニャーク大将に命じた。
「参謀長、国連宇宙軍司令部にも防衛出動を要請しろ。BETAがこう出てくれば彼らも兵を出してくれるはずだ」
「国連軍を頼るのですか?」
「我々の第一目標は作戦の完遂、”ポーリュス”とG弾を守り抜くのが義務だ。義務を果たす為に使える手は全て使え」
ベレズニャーク大将はすぐに頷いて受話器を手にし、国連宇宙軍司令部に連絡を取った。
国連軍が有する戦術機はF-4が主であるが、それでも役には立つはずだ。
「対地攻撃は各部隊ごと到着次第開始しろ。攻撃したら直ちに安全圏まで後退、時間を無駄にするな」
「はい…!」
地上で出来ることはもうこれで終わりだ。
後は前線に立つ宇宙の将兵に全てを委ねるしかない。
「上手くやれよ」
カラシィ上級大将は祈るようにそう呟いた。
ペルーン作戦の第二段階は波乱のまま幕を開けた。
宇宙軍の戦術機部隊は現場に急行し、防衛線を構築した。
彼らの任務はやってくる宇宙級のBETAを残らず迎撃すること、そして”ポーリュス”とG弾を有する攻撃衛星を意地でも守り抜くことであった。
宇宙用MiG-21は両手と全ての作業用アームに突撃砲を有し、一部はロケットポッドなども有していた。
「各機編隊を維持し襲来するアンノウンを迎撃、絶対に衛星には近寄らせるな!」
ポポフ大佐はMiG-21を操り、各機に命令を出した。
大佐も今回ばかりは緊張している、何せ宇宙空間での実戦は初めてだ。
今まで戦術機同志の模擬戦や一応の可能性を想定して戦闘訓練はしてきたが実戦となるとメンタルの問題で色々変わってくる。
しかも相手は未知のBETA、持っている武装が通じるのかという不安もあった。
もしこれで相手が突撃級レベルの頑強さがあったらこの武装で歯が立たない。
「最悪、ぶつけてでも止めるしかないか…!」
ポポフ大佐は覚悟を決め、前線へ向かった。
一方のBETAもそれほど余裕がある訳ではなかった。
基本的にこの槍兵級は突貫工事で設計、生産された個体であり攻撃方法は基本的に体当たり、つまり特攻である。
別に重頭脳級が人類の特攻を目撃したとかそういうのではない。
重頭脳級が本来構想していたのは槍兵級に光線属種の要素を継ぎ足してレーザーを撃ちながら高速で浸透して目標を荒らす存在であった。
しかし光線属種の異常な消費量と新型光線属種開発の為に光線属種の要素は足せず、諦めてより簡易で安い素材で作った突撃主体のBETAとなった。
基本的には集団で突撃し各所が目標に直撃し、その衝撃で破壊するというものだ。
要は妥協の産物、突貫工事で設計した決戦兵器である。
なお装甲も突撃級より薄く、実は突撃砲で十分対処可能であった。
また各個体は宇宙空間を航行出来ても長距離航行は不可能な為後に母艦級と呼称される大型BETAを母体にある程度まで行ったら射出、目標へ向けて突撃する方法にした。
まずその第一陣が何基かの衛星を破壊し、そのまま攻撃衛星によって迎撃された。
次に第二陣が4,000体ほど襲来した。
その後方には第三陣の4,000体ほどの槍兵級が存在し、総数は2万体に上る。
設計から開発まで僅か20日ほどであり、もう少し時間があったら1個軍ほどは生産出来ただろう。
第二陣は攻撃衛星の核攻撃でかなりの数が削られたが、それでも生き残りが突っ込んできた。
「各機まずは周囲の衛星を守れ!戦闘開始!」
ついに人類初の戦術機の宇宙戦闘が始まった。
多角的に接近する槍兵級をMiG-21が突撃砲の一斉射で蹴散らした。
『効いてる!突撃砲でいけます!』
「ああ、各機油断せずこのまま迎撃」
戦術機の機動性を活かして襲来する槍兵級を迎撃して回った。
一部の槍兵級は戦術機の方に食いついたが別の戦術機が援護して槍兵級を殲滅し、再び防衛に回る。
その間にも攻撃衛星による迎撃は続き、何基かは撃破されたが一先ず第三陣までは撃破出来た。
しかし問題はこれ以降である。
第四陣を含む残り1万体の槍兵級をまとめて突っ込ませてきた。
これにはソ連宇宙軍もかなり手を焼いた。
この頃になると推進剤切れや弾切れで後退する戦術機や撃破される戦術機が各地で存在し、衛星への被害も大きくなっていた。
近くに補給衛星を置いている為推進剤と弾薬の補給ならすぐ終えられるが、それでもBETAの勢いを前にすると上手く回らないことは多かった。
この攻撃によって防衛線はかなり深くまで食い込まれた。
人類初めての宇宙戦闘にはソ連宇宙軍もまだ慣れぬ点が多くあった。
『各機離脱しろ!その衛星は誘爆するぞ!』
既に何体かの槍兵級が突き刺さった攻撃衛星には抱えていた戦術核が誘爆し、もう間も無く爆発する寸前であった。
ゆっくりと爆発が広がり、その後暫くして戦術核が爆発を引き起こした。
幸い周囲で防衛に当たっていた戦術機は離脱出来たが、離脱中に何機かは槍兵級の特攻を喰らって撃墜された。
それでも爆発に巻き込まれて同時に数百体近くの槍兵級をまとめて吹き飛ばせた。
『同志大佐!このままでは突破されます!』
「諦めるな!」
ポポフ大佐は部下を叱咤激励したが当人もこのままでは突破されるなと感じていた。
宇宙軍の火力よりもBETAの突撃の勢いの方が強い。
万事休すか、と思った瞬間に助けはきた。
後方の槍兵級が突如何体か爆発を起こして撃破された。
『なんだ!?』
『どの部隊か回り込んだのか!?』
各部隊の隊長は味方に聞いたが返答は中々返ってこなかった。
理由は簡単、ソ連宇宙軍の戦術機部隊じゃないからだ。
雑音が混じる中、回線に入り込む戦術機衛士の声があった。
『こちらはアメリカ宇宙軍所属、戦術機航空隊のサガード大佐!ソ連宇宙軍聞こえるか』
ノーマン・サガード、アメリカ海兵隊の大佐で、今はアメリカ宇宙軍の戦術機部隊長を務めている。
彼は宇宙用のF-4に乗っており、その背後には彼の部下と仲間達の戦術機の姿があった。
『加勢するぞ、国連軍のお出ましだ!』
サガード大佐のF-4にアメリカ宇宙軍のF-4や英仏独らの宇宙部隊が有する戦術機が続いた。
各機突撃砲を撃って槍兵級を削った。
その背後からは攻撃衛星のミサイル攻撃が援護として叩き込まれ、BETAは側面からの攻撃によって流れが乱された。
対応の為に戦力が削がれ、宇宙軍の防衛網に突入する勢いが大分減った。
これによってソ連宇宙軍は体勢を立て直し、防衛線を維持出来た。
「各機、国連軍に遅れを取るな!我々が我々の力で戦えることを示すぞ!」
ポポフ大佐に率いられ、補給を終えたソ連宇宙軍の戦術機部隊が突入する。
こうした二正面からの攻撃を受けて残る槍兵級は撃滅された。
彼らは勝った、少なくとも時間を稼いだだけで彼らは勝ちであった。
この時点で作戦の主任務を果たすべく第1親衛攻撃衛星軍と第7攻撃衛星軍団は移動し、攻撃位置についた。
後はBETAを討つだけである。
「移動急げ!戦術機隊と衛星軍が抑えている間がチャンスだ!」
セルゲーエフ中将は指揮所で部隊の移動を急がせた。
第7攻撃衛星軍団は第1親衛攻撃衛星軍と共にサクロボスコ・ハイヴへの攻撃位置へ向かっていた。
基本的に露払いと呼ばれる周辺域のBETA掃討は第7攻撃衛星軍団のG弾非装備部隊と第1親衛攻撃衛星軍の担当である。
敵の迎撃部隊は味方が抑えてくれている、つまりハイヴの周辺は無防備だ。
警戒と護衛部隊を周囲に展開しつつ、移動した衛星部隊は攻撃隊形に入った。
「展開中の第24、第25、第26攻撃衛星旅団の展開完了。偵察衛星とのデータリンクを開始します」
展開した衛星は第1親衛攻撃衛星軍の攻撃衛星同様に他の偵察衛星とデータリンクで情報を結びつけ、素早い攻撃を可能とした。
各員は未知数のBETAの攻撃を受けても焦らず冷静でいた。
昔から宇宙関係の職に就く者に求められる要素の1つだ。
冷静かつ合理的な対応こそが宇宙空間という人類の生存に適さない場所での戦闘で勝利を手にする道であった。
「大佐、司令部からの命令は」
セルゲーエフ中将は隣で待機しているカスペンコ大佐に尋ねた。
返ってくる答えは1つだろうが一応は聞いた。
「作戦は続行、第7攻撃衛星軍団は当初予定通りサクロボスコ・ハイヴ攻略に移れだそうです」
大佐の報告を聞いてセルゲーエフ中将は安堵したように不敵な笑みを浮かべた。
今更ここまで来て退くような者はソ連宇宙軍にはいない。
最悪我らが全滅しようと作戦は完遂する、セルゲーエフ中将はその意気込みを持って宇宙に上がってきた。
「第1親衛攻撃衛星軍、展開終了しました。まもなく攻撃を開始します」
「よし!第25、第26旅団は第1親衛軍に合わせて攻撃を開始。目標はЦ-03及びЗ-06」
「了解」
セルゲーエフ中将によって指定された攻撃座標を指揮所から各旅団へ転送し、旅団はそれに合わせて攻撃準備に移った。
正確に目標を絞り、通常弾頭と核弾頭を混ぜ合わせて敵に手痛い一撃を与える。
この頃にはもう徐々に第1親衛攻撃衛星軍の対地攻撃が始まっていた。
まず2基の”ポーリュス”がハイヴ周辺の光線属種を纏めて吹っ飛ばした。
高エネルギー反応を探知したサクロボスコ・ハイヴの重頭脳級が退避を命じたが殆どが間に合わず消失した。
それから他の師団の対地攻撃が叩き込まれた。
通常弾頭と核弾頭の集まりを何度も放つことにより、最初の集団が撃破されても後続が必ずBETAを消し飛ばした。
これに対してBETA側も核弾頭のみを迎撃しようと努力はしたが、まだ核弾頭と通常弾頭の見分けがつく程の知性はなかった。
第1親衛攻撃衛星軍に合わせて第7攻撃衛星軍団も攻撃を開始した。
サクロボスコ・ハイヴ周辺から次々とBETAが消えていく。
一部はハイヴ内に後退したが殆どは対地攻撃によって潰された。
「光線属種78%が消失、攻撃可能ラインです!」
「まだ待て、”ポーリュス”がまだ一撃残ってる」
セルゲーエフ中将は冷静に部隊を待機させ、第1親衛攻撃衛星軍の露払いを待った。
まだ照射していなかった”ポーリュス1”は狙いを定めた。
”ポーリュス1”は最初30%ほどの出力でハイヴの入り口を守る光線属種を掃討しようとした。
レーザーは真っ直ぐハイヴを目指して飛んでいく。
本来ならハイヴに直撃し、物資射出口周辺の光線属種を殲滅するはずだったがレーザーはハイヴの上部構造物上空で何かに阻まれた。
「”ポーリュス”のレーザーハイヴに届いていません!上空で防がれています!」
「何があった?」
「わかりません!ですが状況から判断するとハイヴ上空に見えないシールドのようなものが展開されている可能性があります!」
マクシモフ大将は顔を顰めた。
この時人類は直接的にそれを目にすることはなかったがサクロボスコ・ハイヴのBETAは軌道爆撃に対して1つの対処法を生み出していた。
後にラザフォード場と呼称される重力場を意図的に展開し、攻撃を無力化する事の出来るBETAを開発していた。
ペルーン作戦で人類が直接的に目にすることはなかったが後に発見されたそれを人類は
衛盾級も大分前から開発が進められていたが3つのハイヴが同時に消失したことを受けて開発が急がれ、本来の性能よりは遥かに劣るが実用化された。
この時点で衛盾級は30%出力の”ポーリュス”なら耐えることが出来た。
であればどうしたらこのシールドを破ることが出来るか、答えは複数ある。
この時司令官のマクシモフ大将が選んだのは最も単純かつ絶対的な方法であった。
「”ポーリュス1”の出力を50%まで引き上げろ。”ポーリュス2”、”ポーリュス3”はもう一度撃てるか?」
「現状ですと10%の出力でなら発射出来ます!」
それで十分だと言わんばかりにマクシモフ大将は頷いた。
「2基の”ポーリュス”は側面からハイヴを撃て。それでダメなら残っている核弾頭も叩き込め」
最強の盾というものはこの世に存在しない。
一定以上の攻撃を受け続ければいつかは必ず破られる。
いや、破られるまで撃ち続ければいいのだ。
クールタイム中だった”ポーリュス2”と”ポーリュス3”は再びその力をサクロボスコ・ハイヴに向けて解き放った。
”ポーリュス”による三方向同時攻撃。
複数からの攻撃にによる負担は徐々に衛盾級の許容値を超え始めた。
一部でラザフォード場が消失し始め、出力が上がり始めた”ポーリュス1”の攻撃が決定打となった。
重力場が完全に消失し、ハイヴの上部構造と光線属種共々纏めて削り取った。
”ポーリュス”のレーザー照射が終わり、月面の大地は抉れた。
一部ではハイヴの地下広間が見えるほどまで削り取られている。
「ハイヴ上部構造の消失を確認!」
「恐らく重力場も消失したと思われます!」
マクシモフ大将は安堵し、一息ついた。
これで彼ら第1親衛攻撃衛星軍の仕事は終わった。
後は第7攻撃衛星軍団の出番だ。
指揮所でセルゲーエフ中将は命令を出した。
「第24攻撃衛星旅団を前へ、サクロボスコ・ハイヴを攻略せよ」
サクロボスコ・ハイヴの重頭脳級は他の頭脳級よりも当然だがずっと賢く、様々な能力を有している。
今まで一番早く人類の攻撃に対応出来たのもこの重頭脳級だ。
地上に向かったカシュガルの奴やソ連領の何処かに落ちた重頭脳級と違って一撃でやられない分運も良かった。
本命は開発しつつ対応策も考案し、「どうせ間に合わないのだから」と一部機能をオミットして妥協し、即戦力を作り出した点も思い切りがよく優れていた。
現に各宇宙軍は今までに喰らった事のない損害を受けている。
それでもなお、自己の防衛にはなお足りなかったと重頭脳級は結論付けた。
最後の攻撃を受けて重頭脳級は自身の敗北と死を悟ったのだ。
後はまだ生きている同族の為に何が出来るかである。
少なくとも今回作った全てのBETA設計図は有効に使えるだろうと他のBETAに転送した。
特に開発には至らなかったが新型の光線属種は必ず役に立つ、出力さえ合わせればハイヴを一撃で吹き飛ばしたあれも撃破出来るはずだ。
衛盾級も役に立つだろう、ハイヴを守るということを考えれば最強の手段だ。
槍兵級は改良が重ねられればもっと強くなる、降下ユニットの護衛には最適だろう。
もう少し早く知っておきたかった、作っておきたかったというものばかりだ。
だがもう、全てが遅い。
この時点で第24攻撃衛星旅団が所有する攻撃衛星から数発の飛翔体が月面に向けて放たれた。
当然この弾頭を防衛する為に通常弾頭も周辺に降り注ぎ、ただでさえ少ない光線属種は更に損害を被った。
今のサクロボスコ・ハイヴにあれを防ぐ手立てはなかった。
周辺のハイヴから応援を呼んでももう間に合わない。
槍兵級も殆どが撃破された、今は残った母艦級に勢いづいたアメリカ宇宙軍のF-4が群がって攻撃している。
あれも時期に沈むだろう。
今更重頭脳級がハイヴから退避する事は出来ない。
恐らく加害範囲からして、どう足掻いても攻撃には巻き込まれるだろう。
座して死を待つ、その言葉が最も相応しい状況であった。
ソ連宇宙軍の側は弾頭が命中し起爆する最後の瞬間まで緊張した面持ちで状況を注視していた。
BETAは得体の知れぬ連中だ、今回だって槍兵級と衛盾級という新しいBETAを持ってきて混乱を与えた。
最後の最後まで何が出てくるか気が気でなかった。
尤も光線属種は殆ど死に絶え、虎の子の衛盾級も破壊され、矛であった槍兵級も壊滅し、ハイヴが崩壊して丸裸になった重頭脳級に今更どうしろというのか。
残る戦力で最後の賭けにと言っても敵が月面ではなく宇宙空間にいる以上手出し出来ない。
重光線級も光線級も射程範囲外であり、本来出来るはずだった新型は結局完成しなかった。
全てにおいてタイミングが悪かった。
せめて地上からの情報を収集出来ていればもう少し対応は変わっていたかも知れないが、いない者の存在を思い出してもどうにもならない。
BETAが人を、戦争を、冷戦を舐め切っていたからこその末路であった。
第24攻撃衛星旅団が放った弾頭、ハイヴ攻略用のG弾はついに月面に着弾した。
着弾とほぼ同時に起爆し、周囲に禍々しい紫色の多重乱数指向重力効果域が展開される。
触れられた全てはその球体によって消失し、クレーターを広げた。
それは重頭脳級とて同様である。
球体は地下まで到達し、重頭脳級が鎮座していた場所まで到達した。
そして重頭脳級を巻き込み、そのまま周囲を消し飛ばす。
最期の瞬間重頭脳級は一体何を思ったのだろうか。
リヴォフ・ハイヴのように最期まで足掻いた訳でもなければヴロツワフ・ハイヴのように何も分からず消えた訳でもない。
ただ粛々と敗軍の将としての務めを果たし、味方に益を残して消えた。
月の主としては寂しい結末だが無様ではなかった。
「G弾の効力、間も無く消失」
力を使い果たしたG弾の多重乱数指向重力効果域は徐々に消失し、周囲にラザフォード場の重力異常の身を残して役目を終えた。
そこにはハイヴなど最初からなかったかのような更地が出来上がり、巨大なクレーターが静かに佇んでいた。
「G弾、頭脳級想定位置までの到達を確認。周辺に頭脳級は確認出来ず」
誰が見てもその光景と結果は簡単に想像がついた。
セルゲーエフ中将は静かに地上司令部への報告を伝えた。
「司令部に報告、第7攻撃衛星軍団は与えられた作戦任務を遂行し、我々は勝利した」
「はい…!」
「各衛星は念の為待機、指揮所は地球圏の軌道上に撤退。有人部隊は全隊地球へ帰還せよ」
その命令と共に宇宙軍将兵を乗せた宇宙ステーションや衛星は移動を開始した。
人類は初めての宇宙戦闘において勝利を収めたのだ。
1970年代から月を支配していたそれは、12年後の1982年にこの世から完全に消え去った。
地上の宇宙軍司令部では皆が歓喜の声に包まれた。
宇宙軍の将兵も戦略ロケット軍の将兵も皆が勝利を喜んでいた。
互いに抱き合い、大声を上げ、歓喜を全身で表した。
「我々の勝利だ!我々が勝ったんだ!我々は初めて宇宙で勝ったんだ!」
誰かがそう叫んだ。
参謀長のベレズニャーク大将もチトフ中将もカラシィ上級大将と勝利を分かち合っていた。
「やりましたな同志総司令!」
「我々は勝ちました、月面ハイヴは堕ちましたぞ!」
「ああ、全く誇らしい限りだ。今日はソ連宇宙軍にとって記念すべき日だ」
ベレズニャーク大将もチトフ中将もカラシィ上級大将の発言に頷いた。
実際ペルーン作戦第二段階であるサクロボスコ・ハイヴ攻略の日は後にソ連宇宙軍の日として記念日に制定される。
ソ連にとって初の宇宙作戦の勝利であり、今後ソ連宇宙軍は100年どころか永劫この日を語り継ぐであろう。
カラシィ上級大将を始めソ連宇宙軍の全将兵が栄光を冠した名前として記憶される。
「ベレズニャーク大将は今までの作戦計画立案、本当にご苦労だった。チトフ中将は将兵の士気向上と維持、見事に務めてくれた」
「同志にそうお褒め頂き恐悦至極です」
「同志総司令こそ、お疲れ様でした」
ああ、疲れた、本当に疲れた。
作戦の立案から実行に凡そ1年半以上掛かった。
それまでの間にカラシィ上級大将は作戦の立案から日々の地上軍との調整など、ありとあらゆる事に引っ張られた。
新設の衛星軍団を設置し、その為に国防相のウスチノフ元帥と相談し、参謀本部のオガルコフ元帥やヴァレンニコフ上級大将らと作戦の調整を続けた。
本当に休みのない日々であった、それもようやく終わる。
勝利という最高のパターンによって彼らは解放されたのだ。
「同志カラシィ」
後ろからカラシィ上級大将を呼ぶ声が聞こえた。
トルブコ総元帥である。
彼は軽く敬礼してカラシィ上級大将と握手を交わした。
総元帥から出てきた最初の言葉はやはり祝勝の言葉であった。
「おめでとう。君達は勝った、見事な勝利だ」
「こちらこそ、同志総元帥の誘いと支援がなければ達成は不可能でした」
それは心からの本音であった。
最初に本作戦を提案してきたのはトルブコ総元帥であったし、作戦完遂の為に彼はあらゆるものを戦略ロケット軍から融通してくれた。
例えば人間、戦略ロケット軍からの出向組はソ連宇宙軍の拡大においてそれぞれよく働いてくれた。
ソ連宇宙軍が短期間での拡張に耐えられたのも戦略ロケット軍の支えがあればこそだ。
「少しは人々が希望を取り戻す手伝いを出来たかな」
「はい、きっと出来ましたよ」
カラシィ上級大将は頷いた。
と同時に上級大将はあることも尋ねた。
「しかしよろしいのですか?戦略ロケット軍の核弾頭をかなりの数使ってしまいましたが」
ソ連宇宙軍が使う戦略核は多くが戦略ロケット軍より管轄を移転されたものであった。
その為戦略ロケット軍の核は前線での使用分も含めてそれなりに数が減っていた。
「まだ祖国を守り、BETAと戦う分くらいは残っている。まだ戦えるさ」
その発言にカラシィ上級大将は少し安堵した。
「そんなことよりだ上級大将、今日は祝おう。我々の勝利、そして人類の飛躍を」
トルブコ総元帥は彼の肩を軽く叩き、美酒を飲ませる為に誘った。
1982年1月、ペルーン作戦によってサクロボスコ・ハイヴは陥落した。
人類にとってこれは初の本格的な宇宙戦闘であり、それを勝利に終えたことは後々大きな影響を人類に齎す事になる。
だがそれは遠い遠い未来の話であり、少なくとも今次BETA大戦には以下の意味があった。
1つは月のBETAの能力と戦力を著しく削いだこと。
ペルーン作戦によってBETAは多数の戦力と計4つのハイヴ、そして総司令官たる重頭脳級を失った。
特に重頭脳級の消失によって月のBETAはお互いに連携が取れなくなり、無力化とまではいかないものの大きく弱体化した。
司令機能の喪失は今次戦争後、月面の奪還と掃討において人類が優位に立つ理由の1つとなる。
そしてもう1つはサクロボスコ・ハイヴの重頭脳級が失われた事によりBETAは地球圏に対する足掛かりを失い、事実上火星まで指揮範囲が後退したということだ。
今まではサクロボスコ・ハイヴが地球圏降下へのガイドビーコンの役割を果たしていたが、これの消失により通常の頭脳級であれば安全かつ確実に航行出来るのは火星圏までとなった。
BETAが月面から以前のように襲来する可能性は大きく減ったのである。
事実1982年のBETA襲来率は前年の1981年と比較しても95%ほど落ちており、国連宇宙軍がBETA降下ユニットの迎撃に出た回数は片手で数える程度まで激減した。
これは1984年の例外を除き戦後も維持され、人類は事実上BETA襲来の脅威から解放されたこととなる。
これが齎した心理的な安心感や各宇宙軍の負担、各国の負担の激減は人類社会に計り知れない恩恵を齎した。
宇宙軍は地上支援と訓練に専念し、地球で休める将兵も増えた。
こうした負担の減少は人類が長く戦争を続ける為の一助となるのだ。
それをソ連宇宙軍は成し遂げた。
ペルーン作戦は人類をBETA支配という恐怖の鎖から解き放つ神の一撃となったのだ。
つづくかも
今ロケットが光の速さで
星々の道を飛び過ぎようとも
我らは皆、出発を前に
古老と同じように歌うのだ
座ろう友よ、そして我らの前にある
旅路の安らかならん事を!
さあ宇宙飛行士よ、ゆっくり出発しよう
道中歌を絶やさぬように!
-”長い旅路の前に”より抜粋-