マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
真実の為には命を惜しむな
諸君、我らの人生の道中は
真実だけが伴となるのだ!
-”そして闘争は続く”より抜粋-
ブカレスト・ハイヴ攻略作戦
-旧ルーマニア人民共和国領 ヤロミツァ川周辺 第4親衛戦車軍展開地域-
第2ウクライナ前線は2個の戦車軍と4個諸兵科連合軍と3個ルーマニア軍が所属していた。
内訳としては第4親衛戦車軍、第8戦車軍、第13軍、第14親衛軍、第32軍、第38軍である。
ちなみにこの第32軍、元々は第32軍団と第66軍団を統合して出来た存在だ。
元々第32軍団は初期のBETA戦においてルーマニアからの避難が完了するまでルーマニア軍と共に撤退援護を行った部隊の1つである。
当時の軍団長はあのヤゾフであり、彼が中将から大将に昇進した功績の1つであった。
そんな第32軍はこれから8年前に遅滞戦闘を行ったBETAの領域へ足を踏み入れることになる。
「同志軍司令官、全ての用意が整いました」
司令部として設置された野戦指揮所の外でローシク元帥は前線地域を見ていた。
双眼鏡を使えば前線近くに待機する我が子に等しい戦車隊の姿が見えた。
第4親衛戦車軍の指揮所はローシク元帥の要望で前線近くに構えていた。
本当なら自分が戦車に乗って突撃したかったがそうも行かない。
時代は1982年の1月、ルーマニアは寒くローシク元帥はコートを着ていた。
コートに制帽、彼はボタンを止めずそのまま羽織っており、腕を後ろで組んでいる。
彼に声をかけたのは参謀のレオンティー・シェフツォフ中佐、彼も同じくコートを着て制帽を被っていた。
「架橋部隊は」
「設置完了しました、一部先行部隊で橋頭堡は確保しております」
第2ウクライナ前線が手配した第54舟橋連隊が中心となって各所に橋を掛けた。
接近してくるBETAは砲兵と戦術機の機動防御によって蹴散らし、その間に川中をシュノーケルをつけた戦車隊と装甲車両隊が渡河する。
渡河した部隊は橋頭堡を確保し、BETAを寄せ付けないようにした。
「では後は準備砲撃か」
「後30秒ほどで始まります」
「では見ていくか」
「はい」
シェフツォフ中佐は頷き共に双眼鏡を構えた。
30秒後、遠い場所から砲声が聞こえた。
砲弾はヤロミツァ川の向こう側へと飛んで行き、各所のBETAを撃破した。
砲撃は凡そ3分ほど続き、やがて静寂が訪れた。
「見ろ中佐、作戦の始まりだ」
第4親衛戦車軍の前衛は予定通りヤロミツァ川の橋を渡って奥地へと攻め込んだ。
ブカレスト・ハイヴ攻略戦の始まりである。
第4親衛戦車軍の先鋒はT-80、しかも最新モデルのBに爆発反応装甲をつけたBVタイプである。
この手のT-80BVは1981年の後半から各戦線で運用され始めた。
BETA大戦による各所の大規模戦によってデータが集まり、戦時ということも相まって即座に改良が進んだ。
後に続くT-72もT-72Bと呼ばれるものであり、今後のソ連軍主力MBTとして暫く活躍していくことになる。
橋を渡ったT-80部隊は戦闘隊形へ移行し、戦線を押し込んだ。
「第1親衛戦車師団のT-80、全て渡り切りました」
「ああ、それに先頭の部隊は会敵し、撃破してる」
ローシク元帥の発言通り、BETAの領域に突っ込んだT-80の隊は各所に展開する戦車級や要撃級を蹴散らし、前へ進んだ。
その背後には第5航空軍からのMiG-27が援護として張り付き、残敵を掃討していた。
戦車隊が押し込んだ地域にBTR-70やBMP-1が続き、歩兵部隊が展開して奪還した領域を確保した。
第4親衛戦車軍は快進撃を続けた。
砲と戦術機の援護があり、十分な装甲戦力があり、そして指揮官には胆力がある。
ローシク元帥は生粋の戦車指揮官である。
多少損害を受けた程度では後退することはないし、不退転の意思を持って突撃を敢行した。
よって彼は正しい戦車指揮官である。
敵野戦軍に殴り込みをかけて攻勢を完遂させるというのはこうした意志がなければ達成出来ないのだ。
戦車軍はBETAを押し込んだ。
各所には戦術核が落下され、放射能を気にすることなく戦車隊が生き残りの轢き潰していく。
第4親衛戦車軍と第8戦車軍は僅か3日程度でハイヴ近くまで接近した。
第4親衛戦車軍はそのまま主力部隊を南下させハイヴとBETAの分断を図った。
それを助けるかのようにコンスタンツィアから上陸し、1ヶ月のうちに陣地帯を確保した第14親衛軍と海軍歩兵旅団はカララシ川で第4親衛戦車軍と合流し、分断を達成した。
残ったBETAの一部部隊はカララシからドラゴシュ・ボダより東の平野で孤立し、砲と核の集中投入によって撃滅された。
ここまでで僅か1週間、1週間のうちにブカレスト・ハイヴ前面に展開するBETAは撃滅された。
第57軍と予備戦力のルーマニア軍がハイヴを迂回するように回り込んで包囲網を形成した。
第14親衛軍と第13軍も同じように海上から回り込んだ。
ここで攻勢に参加するのが南欧前線の部隊である。
南欧戦線は1981年の間にブルガリアのヴァルナ上陸作戦を成功させ、海上から凡そ35キロ以上進んだ地域までを確保した。
これによって多くの兵力が南欧に割かれ南欧戦線は激化したが、おかげで第2ウクライナ前線のコンスタンツィア上陸とヤシ攻略などハイヴ攻略の下準備が済んだ。
第2ウクライナ前線に合わせて南欧前線も動き始め、共にBETAを押し込み始めた。
1981年1月21日、ハイヴ突入戦は2週間後の2月7日にもう始まった。
-ブルガリア人民共和国領 プロヴディフ州 プロヴディフ市 南欧前線司令部-
南欧前線の攻勢は第2ウクライナ前線と比較するとヴァルナに展開する部隊以外は消極的なものであった。
理由は簡単、バルカン山脈の存在である。
この山々は遅滞戦には非常に有効だったが攻めに回ると厳しい。
その為南欧前線はヴァルナからの攻勢に集中し、正面の防衛線は押さずに第2ウクライナ前線の到着を待つこととなった。
南欧前線は北カフカース軍管区、ウラル軍管区、ヴォルガ軍管区、シベリア軍管区、ザバイカル軍管区から兵力をかき集めて作られている。
一部は
これらの部隊は元々東欧、南欧に展開していたソ連軍であり初期の撤退援護で各所で壊滅的な損害を被りながらも東欧市民の避難を成功させた。
師団は後方のウラル軍管区やヴォルガ軍管区で兵力の回復と錬成に努め、ようやく前線で戦えるまでになった。
軍は第10戦車軍、第12軍、第17打撃軍、第27軍、第29軍、第33打撃軍、第45軍の7個であり、ブルガリア人民軍やユーゴスラビア軍と共に防衛線を展開するには十分な兵力であった。
指揮官のソコロフ元帥はプロヴディフに司令部を構え、全体を指揮している。
元帥の隣には参謀長のウラジーミル・シヴェノーク大将と参謀達が控えていた。
「第29軍は第2ウクライナ前線の第4親衛戦車軍と合流しました。現在、ルセ攻略に入っています」
シヴェノーク大将とは1980年のインド攻勢支援からの仲であり、参謀長就任はソコロフ元帥からの指名が大きかった。
「そうか、南欧前線はハイヴ攻略に入ってるんだな?」
「はい、現在戦略ロケット軍による対地支援が開始されました」
連絡将校として司令部に派遣されたニコライ・コルミリィツェフ中佐は頷き、報告した。
この頃第2ウクライナ前線はソ連戦略ロケット軍の核弾頭でハイヴ周辺の掃討活動を行っていた。
時がくれば月面攻略から戻ってきた”ポーリュス”を用いて要塞内の掃討も実行する手筈だった。
「このペースでいけば今日中には戦術機の突入作戦が開始されるでしょう」
「ともなれば後1、2週間の辛抱か」
ソコロフ元帥の読みは今まで2回ほど行われたハイヴ戦の結果を踏まえてのことだ。
凡そ2個の航空軍戦力を投入してしっかり事前準備をやればハイヴはこれくらいで陥落する。
数年続く南欧での防衛戦はようやく終わるのだ。
「参謀長、前線を少し後退させ、BETAを引き付けろ。ハイヴに近づけさせるな」
「了解…!」
ハイヴ攻略作戦が始まればBETAもハイヴ救出の為にハイヴへ戻るだろう。
そうなれば前進中の第4親衛戦車軍と第29軍に大きな負担が掛かる。
それだけは避けたかった。
「ティホミロフ中佐、ユーゴ方面の状況はどうなっている」
ソコロフ元帥は参謀のヴャチェスラフ・ティホミロフ中佐に尋ねた。
中佐は手に持っている資料を見ながら元帥に報告した。
「現状特に異常はありません。一部で戦闘は報告されていますが小隊、中隊規模です」
ソコロフ元帥は安堵した、今ここでベオグラード・ハイヴが攻勢をすれば一部の兵力をユーゴスラビアの方面へ転戦させなければいけなくなる。
そうなればBETAを引き付けておくのは難しくなるだろう。
ハイヴ同士の連携が皆無なことに今回は助けられた。
「ならばいい、引き続き警戒を続けろ。同志ペトロフ上級大将にはなるべく早期に、と頼むよ」
「はい!」
ソコロフ元帥は南欧前線の地図を見下ろした。
懐かしい、ついにここまで奪還出来たかという感想すら出てくる。
1973年、この頃のソコロフ元帥はまだ上級大将で国防次官の地位にあった。
それがBETAの襲来によって新設された第2ウクライナ前線の司令官になり、暫く撤退までの時間を稼ぐ遅滞戦闘に従事していた。
後に第1ウクライナ前線司令官となり、その後任となるヤゾフと知り合ったのは第2ウクライナ前線であった。
あの頃は大祖国戦争の最初と同じくらい絶望的だったが、9年も経てば状況も変わる。
我々が味わった絶望、我々が失った平穏、我々が失った人々の代償は奴らに払って貰わなければならない。
報いにはもう少し時間が掛かるが我々は9年も待ったのだ、後数ヶ月程度なんだというのだ。
彼は第2ウクライナ前線からの吉報を静かに待った。
2月7日に徹底した事前攻撃が開始され、実際に突入を始めたのは2月8日であった。
先行したのはソ連空軍の第5航空軍、周辺警戒は第8防空軍が担い、空軍は攻略に専念した。
既にハイヴ内には”ポーリュス”が一撃入れており、Su-24が度々内部で戦術核を爆発させている。
MiG-27やMiG-23が前進してBETAを各所で殲滅し、少しずつ前進した。
この中にいる部隊にはソ連軍第1ウクライナ前線から派兵された部隊も当然含まれていた。
第1独立親衛戦闘航空連隊の1個中隊、中隊長はヴィクトル・フレツロフ少佐。
そう1、2ヶ月ほど前にチェコスロバキア国境で戦闘に参加していたフレツロフ少佐の中隊である。
戦闘後に移動命令を受け、フレツロフ少佐は散々文句を言った挙句に渋々移動した。
戦術機と共にまずはキシニョフに向かい、現地の航空基地に降り立った。
屡々攻略に参加する部隊の訓練に付き合い、自身も中隊指揮の能力を高めた。
フレツロフ少佐にとっても今回は中隊として突入する初めての機会であり、不安なことが山ほどあった。
「各機、ハイヴに突入するぞ、ドジって事故るなよ…!」
フレツロフ少佐を先頭に12機のMiG-27がハイヴの内部に突入した。
少佐はハイヴの中に入る瞬間まで行きたくない、帰りたい、どうせなら空を飛んでいたい、なんで自分の隊ばかりと心の中で文句を垂れていた。
ハイヴ突入はこれで3回目、本来なら担当戦区じゃないにも関わらずこのザマだ。
フレツロフ少佐は今回取り回しの良い突撃砲を優先的に装備しており、152mm持ちは支援要員としている。
中隊は一旦完全に制圧された層まで降り立ち、待機中の友軍部隊と合流した。
「フレツロフ隊だ、状況は」
『第642独立親衛戦闘航空連隊は想定エリア5まで突破、残るエリアは2つです』
「了解した、各機前線の友軍部隊と合流する。通常速度のまま移動」
フレツロフ少佐は更に最下層へと降り立った。
機体のエンジンを調整しつつゆっくりと地上に降りてそのまま徒歩と高速移動を多用しながら前線へと向かった。
本当は最大速度で行くべきなのだろうが事故の可能性も高くなるし、何より戦闘は極力避けたかった。
特に避けたいのはまたハイヴの最奥に到達することだ。
「今回ばかりはあのデカブツとご対面したくはないな……」
少佐はふとぼやいた。
横を通るブリツェンスキー大尉のMiG-27は機体の頭部を軽く叩き「聞いてますよ」ということを伝えた。
少佐はため息をつき、愚痴くらい言わせてくれと心の中で呟いた。
相変わらずお上は厳しい。
中隊は警戒を維持しつつ想定エリア5と呼ばれる地域まで降下した。
この頃には主力は想定エリア6に到達しており、後もう少しでハイヴの最奥に到達する想定エリア7であった。
フレツロフ少佐はこの時味方部隊が降りたルートを真っ直ぐ辿る予定でいた。
しかし司令部から新しく未確認の坑道が発見されたのでそれを調査してくれと命令が出た。
嫌な予感はしたが命令である以上従う義務があるのでフレツロフ少佐は方向を変えてその新しい坑道に向かった。
ここが運命の分かれ道である。
「各機、このまま戦闘を想定して前進。どこから襲来するか分からんぞ」
フレツロフ少佐は部隊に注意を促し、未確認の調査を開始した。
度々数体の戦車級やら闘士級が出現したが突撃砲や機体の質量を用いて撃破し、先へ進んだ。
フレツロフ少佐の中隊はミルシェフ中尉ら何人かを除いたほぼ全員がハイヴ突入を1回は経験しており、ハイヴ攻略においてはベテランと言っていい衛士達であった。
その為警戒の隊形や注意の配り方などが随分と手慣れている。
数回ほど発見された広間でもチュイコフ戦術をよく守り、火力で制圧していた。
他所の部隊から見れば中々早い速度で進撃しており、その姿はまごう事なきエースの風格であった。
尤も当人達にその自覚はない。
各員生き残る為の最適解をやっているだけであり、決して手を抜いている訳じゃなかった。
「チッ、次から次へと」
フレツロフ少佐は単発で突撃砲を放って接近する戦車級3体を撃破した。
閉所において弾薬は貴重だ、消費を抑えればその分あとで苦労を減らせると経験上分かっている。
『中隊長、後続の増援部隊です。後方からMiG-23が3機、Su-24が2機来ます』
シュペーギン大尉が報告し、フレツロフ少佐は距離を確認した。
最悪我が隊が全滅しても離脱は出来る距離だ。
それでいい、ハイヴとは完全なBETAの領域。
味方がやられたら助けるのは無理だ。
この時点でフレツロフ少佐はあることに気づいていた。
明らかに自分達が地下に下がっていること、そしてぼんやりとだが高エネルギー反応に近づいていることを。
悪い予感がしてきた。
もしかして、十分あり得る話だ。
「……ああ、全機気をつけろ。我々はハイヴの最奥に近づきつつある」
『またか』
明らかに何かを飲んだ音と共にオルゼルスキー大尉は即座に頭を対ハイヴ最奥戦に切り替えた。
あそこに行くと何が出てくるか分からない。
改造されたBETAか、それとも頭脳級本体の攻撃か。
『よかったな…!我が隊が一番槍だ…!』
ベルツェンスキー大尉は仲間の隊員達を鼓舞した。
彼は今回初めて最奥に突入する為、ベルツェンスキー大尉やオルゼルスキー大尉、マリロフ上級中尉とは若干温度感が違う。
特にフレツロフ少佐は明確にテンションが落ちていた。
自身の悪運か出世の為の幸運か分からないがとにかく呪った。
「同志大尉、後続隊は戦術核を積んでるか?」
『はい、2機のSu-24は戦術核を積んでます』
この時点で何かおかしいと察するべきだったなとフレツロフ少佐は思っていた。
「またあそこか……」
レーダーはついに高エネルギー反応を正確に捉え、そしてそこへ到達した。
ハイヴの最奥、頭脳級の空間である。
「こちらフレツロフ少佐、司令部聞こえるか。我が中隊はハイヴの最奥に到達した、至急増援を求む」
すぐに周囲の部隊に増援要請を出し、その間に中隊は周囲に散開した。
今回ブカレスト・ハイヴには幸いにもヴロツワフ・ハイヴのような妙な敵はいなかった。
「各機周囲を警戒しろ、後続が到着するまでここを持たせるぞ!」
『少佐!』
マリロフ上級中尉は叫んだ。
すぐに機体の警報が鳴り響き、レーダーを確認すると四方八方からBETAの増援が確認された。
各所の穴から一斉にBETAが溢れ出してきた。
「全機応戦!光線属種がいたら優先的に排除!」
簡易的な命令を出してフレツロフ少佐は応戦を開始した。
要撃級や戦車級の群れに突撃砲を浴びせ、ナパーム弾を何発か落とした。
炎はBETAを焼き尽くし、持続的に敵を痛めつけた。
この時の為に持ってきて良かった、フレツロフ少佐は武器選択をした時の自分に心の底から感謝した。
戦車級は空中で戦闘するMiG-27に飛び掛かろうとしたが接近した瞬間にすぐ近接用短刀で斬られた。
榴弾タイプの152mm弾で数を減らし、ロケットポッドとKh-25で撃滅した。
『290404、到着した』
「早く核を撃て!」
フレツロフ少佐は到着したSu-24に叫び、撤退準備を開始した。
周囲に光線属種がいないことはもう確認されており、2機のSu-24は戦術核を放った。
その場にいた全ての戦術機は急いで離脱し、最大速度で距離を取った。
僅かな間をも置くことはなく放たれた核は力を解き放った。
救援に駆けつけたBETAも頭脳級も全て吹き飛ばし周囲に熱をばら撒く。
17機の戦術機は安全圏まで退避し、制圧された広間に着陸した。
『起爆は確認出来ました、頭脳級は確実に撃破出来ています』
「そりゃそうだろう、今回はまだ楽で良かった」
フレツロフ少佐は心からの本音を漏らした。
彼にとって三度目のハイヴ突入戦は最も楽に終わった。
1982年2月13日、少佐の側で勝利の美酒を開ける音が広間に木霊した。
ブカレスト・ハイヴは陥落した。
恐らくこの地球上に残るハイヴの中でそれほど進化が進んでいない個体であった。
だが大量のBETAにエネルギーを与え、生産する役割は果たしていた。
それが失われたということはBETAにとっては死を意味する。
2月17日、ハイヴの機能停止から3日目にその効果は現れ始めた。
徐々に光線級がエネルギー切れを起こして死に始めたのである。
ソ連軍の航空攻撃と砲撃を迎撃する為に日夜レーザーを撃ち続けてきた光線級であるが、それ故にエネルギーの消費が激しく一番早く犠牲が出た。
光線級がバタバタ倒れるに連れてBETAも周囲のハイヴにエネルギーを求めようと移動を開始した。
当然移動出来なかった部隊もある。
ブルガリア戦線近くのBETAは突破に成功した第4親衛戦車軍と第29軍によって包囲され死滅するまで抑え込まれた。
この時点でBETAは凡そ1個軍と2個軍団ほどの戦力を喪失した。
それ以前の突破や戦闘で同数撃破されている為損害は3個軍に及ぶと南欧前線司令部は判断していた。
無論離脱を図ろうとしたBETAにも地獄が待っていた。
多くの光線級は要塞級に収容されるかエネルギー切れで死ぬ訳だから当然対空能力は弱まるわけだ。
そこに戦略ロケット軍が再び戦略核を叩き込み、それに合わせて通常の砲兵隊や戦術機部隊が追撃を敢行したことでBETAは更なる被害を被った。
距離の問題でベオグラード・ハイヴに逃げ込んだBETAの方が損害が大きく、離脱出来たのは1、2割程度であると第2ウクライナ前線司令部は考慮していた。
ブダペスト・ハイヴに逃げ込んだ個体も数は4、5割が限度でありそれ以外は生きて新しいハイヴを見ることはなかった。
BETAの包囲殲滅に合わせて南欧前線とブルガリア人民軍は前進し、ブルガリアを完全に奪還した。
ルーマニアも平地部分はほぼ全て奪還され、残るは山岳部を超えた北西部だ。
歩兵部隊を中心とした制圧部隊が送り込まれ、2月の終わり頃にはルーマニア全土の奪還が成功した。
実際こうした地域にBETAはもう殆ど存在せず、後はただ死骸の片付けのみであった。
ブルガリアに9年ぶりの平和が訪れ、ルーマニアは9年ぶりに国土を全て取り戻した。
南欧前線とブルガリア人民軍、第2ウクライナ前線とルーマニア軍はドナウ川でそれぞれ合流した。
兵士達は踊って酒を飲んで、歌を歌って解放と勝利を喜び分かち合った。
長い年月、遠く離れたソ連で鍛錬を積み、前線を維持してきたルーマニアとブルガリアにとってこの勝利はかけがえのない最高のものであった。
各軍の司令部では勝利を軽く祝い、1杯だけウォッカを飲んで勝利を確かめると粛々と次の作戦の準備に取り掛かった。
特に南欧前線と第2ウクライナ前線はユーゴスラビア救援の為にベオグラード・ハイヴ攻略作戦を立案し始めた。
彼らにとってルーマニアの奪還は作戦の序章でしかなく、東欧全体で見たらただの第一関門に過ぎなかった。
ソコロフ元帥も何人かの参謀を連れてスコピエに遷都したユーゴスラビア首脳部の面々と会合を行った。
まだチトーが生きているうちにユーゴスラビアを奪還しなくては何が起こるか分からない。
とはいえ山岳部の多いユーゴスラビアをどう助けるか、参謀や将軍達の腕の見せ所である。
この間にペトロフ上級大将にはソ連邦元帥の階級と赤旗勲章が与えられた。
階級章と元帥星、そして書類が与えられたのはザポロージィエの第2ウクライナ前線司令部であり、司令部の移動や作戦立案に忙しくそこまで大々的に祝われなかった。
ようやく4つの前線司令官が同列の階級となった。
ちなみにであるがハイヴ攻略終了と同時にフレツロフ少佐の中隊はキシニョフの航空基地に戻り、本隊への帰還準備を始めた。
ハイヴ攻略が終われば彼らはお役御免であり、むしろ次の戦闘が待っていた。
現在第1ウクライナ前線は白ロシア前線と共にチェコスロバキア攻略に乗り出している。
帰っても嬉しいことはないし、かと言って残っても楽しいことはない。
不貞腐れながら帰るフレツロフ少佐に新しい相棒が待っていたことはまた別の話。
1982年3月1日、南欧前線と第2ウクライナ前線はベオグラード・ハイヴ攻略を決定した。
欧州の戦争は変わる。
BETAの領域は狭まり人類の勝利は近づいていた。
ルーマニアに展開した第4親衛戦車軍司令部。
司令部はヴラド・ツェペシュの跡地に設置され、軍参謀や警備兵らが詰め寄っていた。
ヴラド・ツェペシュからブカレストまでは50、60キロ近く離れている為ハイヴは薄く見えるか見えないかである。
ローシク元帥はタバコを吸いながらハイヴのある方向を見ていた。
残念ながら戦車ではあれを攻略出来ない、戦術機がなければ無理だ。
彼の戦車軍はオルト川、ドナウ川の奥まで進出しており、司令部もクラヨヴァへ移動する手筈を整えていた。
故にタイミングが良かった。
司令部のテント群近くに1輌のBRDM-2が停車した。
ローシク元帥はタバコ片手にBRDM-2を見た。
運転手の将校がドアを開け、中から見慣れた高級将校が出てきた。
ペトロフ上級大将改めペトロフ元帥がいた。
ローシク元帥は地面にタバコを捨てて足で火を消し、ペトロフ元帥に向けて敬礼した。
「昇進おめでとうございます」
「いやいや、忙しくてそんな実感ないですよ」
2人は敬礼を降ろし、握手をしてお互いにタバコを吸い始めた。
タバコを吸い、雑談を始めた。
ローシク元帥は1915年生まれであり、ペトロフ元帥は1917年生まれ、世代は近い。
お互いに大祖国戦争という激戦を戦い抜き、今日までBETAと戦い続けていた将帥である。
「ようやく、ブカレスト・ハイヴが堕ちましたか」
「ようやく、ですよ。ようやく南欧でも攻めに入れる」
2人ともBETA大戦は地獄の撤退戦に携わった将校である。
ペトロフ元帥は当時極東軍管区司令官で、極東の派兵部隊を率いて1975年から戦っていた。
ローシク元帥も一時的にマリノフスキー名称装甲戦車兵・機械化兵軍事アカデミーから離れ、戦車部隊を率いてBETAと戦っていた。
後にローシク元帥は軍事アカデミーに戻り、前線での経験を活かして多くの戦車将校を育成することになる。
彼が育てた戦車兵達は今日の第4親衛戦車軍が示したようにBETAを撃滅するのに役立っている。
「同志装甲兵元帥はこのまま指揮所を移動するのですか?」
「はい、指揮官はやはり部下と共になくては。ここからだとちと離れすぎています。そういう同志元帥も司令部を移すらしいですね」
ペトロフ元帥は頷いた。
既に各軍及び隷下の師団にはザポロージィエから司令部をオデッサまで移すことを伝えてある。
本当はキシニョフまで司令部を移動したかったが復興の都合上、オデッサが限度であった。
前線から1,000キロ離れた地点だと前線視察などでも不都合がある。
「私も同じ理由ですよ、前線司令官となるとそうも言ってられませんが」
「ハハ、であれば前線司令官なんてなるもんじゃないですな」
ペトロフ元帥は苦笑を浮かべた。
相変わらず彼は心の底から戦車指揮官らしい。
そんな指揮官を自身の配下に置けて安心だとペトロフ元帥は思っていた。
彼が第2ウクライナ前線にいる以上機甲突破でしくじることはないだろう。
尤もこれからの戦いは大規模な機甲突破は難しくなってくるが。
ユーゴスラビアの山脈を抜け、ベオグラード・ハイヴまで辿り着かなければならない。
厳しい戦いになるだろうが、勝ち抜かなければ人類に明日はないのだ。
「そうだローシク元帥、第14親衛軍の指揮所はどこにあるか分かりますか?」
ふとペトロフ元帥は尋ねた。
第14親衛軍はヴィクトル・エルマコフ戦車兵中将によって率いられている元はオデッサ軍管区の部隊だ。
今回の作戦ではコンスタンツィアの方面からドナウ川を超えてBETAを押し出してくれた。
なおその功績でエルマコフ中将は大将に昇進することになる。
「確かまだコンスタンツィアにいたはずです。確認を取りましょうか?」
「いや、それだけ分かれば十分です。エルマコフ将軍にも会わねば」
「忙しそうですね」
「これからもっと忙しくなりますよ」
なんとなく察していた面持ちでローシク元帥は頷いた。
お互いにタバコの火を消し、握手を交わした。
もう暫くこれで会うことはないだろう。
元帥同士の別れの挨拶であった。
「ではペトロフ元帥、今度はベオグラードで」
ローシク元帥は敬礼してそう述べた。
ペトロフ元帥も微笑み、彼に敬礼を返す。
それからペトロフ元帥は振り返ることなくBRDM-2に乗り込み、第14親衛軍の司令部まで向かった。
1982年3月、ルーマニアは人類の手に戻った。
これはペルーン作戦、そしてデザート・ストーム作戦と並んで人類の勝利の1つである。
この年も色々なことが起こった。
チェコスロバキアにユーゴスラビア、そして”
世界はまた変わっていく。
BETA大戦終結までもう暫くの月日が掛かることは誰の目から見ても明白であった。
つづく