マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
連隊仲間 - 我らの友たちは
兵隊式に、まず問いかける
『前線の兵士よ、暮らしはどうだ?』
-”前線の兵士よ、暮らしはどうだ?”より抜粋-
-ソ連領 ウクライナSSR ウジュゴロド ウクライナ=チェコスロバキア旧国境地帯-
3機のMiG-27がカルパチア山脈の谷間を抜けウジュゴロドの旧市街地にやってきた。
旧市街といってもこの地は未だBETAに荒らされたままで街と呼べる形状ではなかった。
ウジュゴロドからチェコスロバキアのコシツェまで凡そ76キロメートル、戦術機で強行突破するのはギリギリ出来る。
だがそれをやるには戦力が足りなかった。
ウジュゴロドに迫るMiG-27は単発で周辺を彷徨く戦車級を撃退し危険を排除する。
各所に散開しているMiG-27やMiG-23も同様に周辺の敵影を可能な限り排除して、安全地帯を確保していた。
彼らがこれから行う”
「111001より全機へ、所定の位置にて待機。1分後に作戦を開始する」
指揮官機のMiG-27からロディオン・モノガノフ中佐は各機に命令を出した。
彼が率いていたのは第10独立特殊作戦旅団の戦術機中隊、それも今回が最後だ。
モノガノフ中佐は先のヴロツワフ・ハイヴ攻略戦において頭脳級のサンプルを確保した功績から中佐に昇進し、今後は参謀本部情報総局直轄の戦術機大隊長に就任する。
今まで数多くの独立特殊作戦旅団の戦術機部隊にいたモノガノフ中佐にとって、部隊からの移動はそれほど苦ではなかった。
元々彼はリャザン高等空挺指揮赤旗学校の第9中隊で技能を身につけ、戦争が始まった辺りまで歩兵将校として戦っていた。
しかし彼には衛士としての適性があった為衛士に転向し、スペツナズの戦術機乗りとなった。
歩兵将校時代に特に秀でていた格闘戦能力は戦術機にも反映されており、模擬戦では初飛行時から負けなしである。
GRU将校として語学にも堪能で英語とドイツ語、ポーランド語が話せた。
度々国連軍主導の特殊作戦にも参加したこともある。
そんな中佐の機体はMiG-27、だが大隊長就任と同時に新型機へ乗り換える予定でありこの機体での任務もこれが最後であった。
『111001、準備完了しました』
後任の中隊長であるヴィフォロドヴィチ少佐が報告し、作戦をスタートさせる。
後方から数十機のMi-4が先行し、その後に一部兵装の違うMiG-21が続いた。
各機に生命反応はなく、機体は真っ直ぐ敵地へ飛んでいく。
可能な限り低空で飛行し、後方からは砲兵隊の支援が飛んできた。
『モノガノフ中佐、そちらに無人機の偵察情報は映っていますか』
後方で無人機の制御を行う技術士官の1人が尋ねた。
彼らはモースク1の思考回路、命令などのコマンドを確認し、状況を注意深く観察している。
今回の為にイヴァノ=フランコフスクには専門の施設まで仮ではあるが設置した。
中佐はモニターを見ながら答えた。
「各機の映像、しっかり映ってる。このペースで行くと間も無く光線級のエリアに突入するぞ」
中佐の進言は少し遅かった。
敵を感知した光線級がレーザーを放って迎撃する。
各機は飛行しつつ反撃するもMi-4の多数が撃墜された。
だがその背後を飛行する無人型MiG-21、正式名称M-21が迎撃してチャージ中の光線級を撃破した。
無論砲兵隊の援護もある為、まだマシな状況だがそれでも損害は出ていた。
だが無人機である為特に動揺する様子もなく敵地への強行偵察を続行する。
「これが無人機、ね……」
モノガノフ中佐は機体の動きを見てそう呟いた。
ぎこちない正に機械的な動きだがソ連の作った人工知能は遂に戦術機すら操縦出来るようになった。
もしかしたらパイロットという職業も時期に消えるかもしれないと僅かに感じるほどだ。
味方機が撃墜され、残骸が戦車級に喰われようと無人機達は突っ込んでいく。
なんともまあ恐ろしい光景だ。
「残存数残り6、突破出来るか…?」
既に先行していたMi-4部隊は全滅し、残るは6機のMiG-21となっていた。
友軍機の残数を確認したモースク1は戦術を変え、ある1機を囲うように編隊を組んだ。
周囲の5機は援護と牽制の為にひたすら射撃し、残り1機は目的地への到達を急がせた。
その最中に何体かの光線級は撃破したが同時に3機撃墜された。
残り3機、この頃になるとBETAも無人機を本格的に脅威と見做し、戦車級が飛び乗って機体に噛み付いた。
無論気にすることなくM-21は進むがやがて3体、4体と増え10体ぐらいに群がられて地面に叩き落とされた。
モースク1は墜落した機体を自爆させ、残り2機に前線への到達を急がせた。
2機のうち1機は光線級からの攻撃に盾となって消え、残り1機となった。
最大速度で前進し、可能な限り目標に近づく。
それから数十秒後、最後の1機から信号がロストした。
彼らが知りたかったことをカメラ越しに映して。
『全機撃破されました』
『第二波の突入急がせます』
「いや、その必要はない」
モノガノフ中佐は第二波の投入を停止させ、全隊に撤退命令を下した。
すぐに技術士官から問いが来る。
『中佐、何故撤退を?』
「最後のM-21がはっきりとコシツェに展開する”
無人機をBETAの領域へ送り込んだ最大の理由はこれである。
衛星画像が捉えたコシツェ周辺のハイヴの確認、投入されたM-21は見事に成し遂げてくれた。
コシツェ・ハイヴは実在した。
一発で目標が達成され、モースク1のテストが出来ない以上技術者達には不満が溜まるかもしれないが仕事は果たした。
「テストならその辺にいるBETAでも嬲ってやればいい、我々は役目を果たした」
そう言って13機の戦術機がイヴァノ=フランコフスクの航空基地へと戻った。
1982年、ソ連軍は正式にコシツェ・ハイヴの存在を確認し、撃破の為の対地攻撃作戦の立案に乗り出した。
第1ウクライナ前線、白ロシア前線の攻勢が始まる数週間前の出来事である。
-ポーランド人民共和国領 ルブリン 第1ウクライナ前線司令部-
ルブリンの前線司令部に1台のUAZ-469Bが訪れた。
前線司令部の方はこの来訪を知らず、実質的に抜き打ちの形を取っていた。
UAZ-469Bが前線司令部門前に停車し、すぐに警備の将校がやってきた。
敬礼して事情を尋ねる。
「どうされました?」
「視察だ」
そう言って運転手の将校は後ろに座っている1人の老将を指した。
彼を見た警備の将校は慌てて敬礼し「失礼しました!」と車のドアを開け、司令部に入れた。
彼はまず司令部の作戦室に入った。
作戦室にはバリーニィキン少将やアニシモフ大佐、リトヴィネンコ少佐ら数人の参謀がいた。
参謀達は地図と新しい最新の情報を元に雑談がてら、作戦を考えていた。
「グレチコ元帥…!!」
彼、グレチコ元帥を見た参謀達は背筋が伸び、一斉に敬礼した。
参謀達の世代からすればグレチコ元帥は伝説に近い。
大祖国戦争中に将として戦争を経験した者は今となってはそう多くはなかった。
しかもあのブレジネフとは戦友の仲であり、病を押しても尚戦う姿は将兵達の尊敬をかき集めた。
「同志ヤゾフはどこにいるのかね」
グレチコ元帥は静かに尋ねた。
昔より声に覇気はなくなったがその分年を取った経験の重みが上乗せされている。
すぐに代表してバリーニィキン少将が出てきた。
「案内致します」
「いや、場所だけ教えてくれ」
「はい、同志司令官は司令部の裏にて同志ゲラシモフ上級大将と内々の打ち合わせをしております」
「ゲラシモフ上級大将も来ているのか?」
バリーニィキン少将は「はい」と一言答えて頷いた。
少将からしてもグレチコ元帥は伝説、雲の上の人に近しい。
彼を身近に感じられる人間は恐らくソコロフ元帥レベルの人であろう。
居場所を聞いたグレチコ元帥は礼を述べて言われた通りに司令部の裏側へ向かった。
司令部機能を有する建物の裏側には2人の上級将校がいた。
ヤゾフとゲラシモフ上級大将である。
ルブリンでは何人かの軍司令官を集め、作戦の最終決定会議を開いていた。
その会議が終わり、ゲラシモフ上級大将とヤゾフは一服がてら雑談を交わしていた最中であった。
辺りは警護の兵や副官らに守られており、グレチコ元帥に最初に気づいたのはローシク少佐であった。
「オストラヴァの大突破はイヴァノフ上級大将の双肩に掛かっている。だがその為には第1親衛軍の陽動が必要不可欠だ」
「分かっているとも、我々とてそのための作戦はある」
後もう少しで戦いが始まる、彼らもそれほど穏やかな気分ではなかった。
「順調なようだな」
後ろからグレチコ元帥が2人に声をかけた。
元帥の姿に気づいた2人は直様敬礼し、タバコを消そうとしたがグレチコ元帥が止めた。
ヤゾフは予定にない訪問を受けて内心「何かやらかしたか?」と己に自問自答した。
だが実態はヤゾフや第1ウクライナ前線司令部の失態ではなく、単に各所の視察であった。
「第2ウクライナ前線の快進撃にあやかりたいですからね、特にポーランドとは勝手が違うので難しいですが」
「ああ、そうだな。しかしコシツェ・ハイヴの件もある、実際どうだ?」
ヤゾフは少し考えた。
コシツェ・ハイヴの件は第1ウクライナ前線に衝撃を齎した。
何せ報告や偵察では数ヶ月前までコシツェ周辺には何もないという報告がなされていたのだ。
だが幸いだったのがコシツェ・ハイヴの段階はフェイズ1、大きく見積もっても1.5といった進捗具合である。
まだ戦略ロケット軍と宇宙軍があれば対処は出来る段階であった。
「やるしかないでしょう、緊急展開した戦略ロケット軍と宇宙軍の作戦であのハイヴはもう間も無く消える。作戦に変更はありません」
ヤゾフは確固たる意志で断言した。
ゲラシモフ上級大将の方も同じような意志でいた。
それを見たグレチコ元帥はひとまず安心した。
されど司令官達がどう思っているかと実際に出来るかどうかはまた別の話である。
そこでグレチコ元帥はふと尋ねた。
「ではどう動かすつもりかね?」
「我が前線の目標はオストラヴァの突破です。その為には通常の突破作戦では不可能ですので一旦第1親衛軍を主力に敵を引き付け、撃滅した後に逆侵攻します」
「第3親衛戦車軍は切り札として温存する訳か」
ヤゾフは頷いた。
「撃滅出来なかった場合は?」
「そのまま突破と共に打撃を与えます。現状的戦力の半分を撃破出来れば十分突破出来る状況ですので」
「弾薬は足りているか?」
「光線属種の撃滅さえやればチェコスロバキアのBETAは3回は潰せる算段です」
グレチコ元帥は小さく頷いた。
「では前線近くの部隊も視察して構わんか?」
「無論です、ですがお気をつけください。我が軍は万全ですがBETAの侵攻に関しては予測も難しいので」
ヤゾフには一点の曇りもなかった。
彼は指揮官として参謀達の仕事、配下の将兵らを信じていた。
その運用上の責任を一身に背負って彼は全てをやり遂げるだろう。
グレチコ元帥はより一層自分より若いこの元帥を信じた。
「いい話を聞けた、君らのような指揮官がいれば我が軍は安泰だな」
「我々も同志元帥が前線とスタフカを繋ぎ止めてくれているからこそ、上手くやれてるのですよ」
「嬉しいことを言ってくれる。では同志司令官達、プラハとウィーンの土産を頼むぞ」
2人は敬礼しグレチコ元帥を見送った。
一応念の為様子を見にきたがグレチコ元帥の杞憂だったようだ。
後輩は育っている、彼はより一層の確信を得た。
-韓国領 首都ソウル特別市 鍾路区 青瓦台 大統領府-
チョン・ドファンは頭を抱えながら執務に没頭した。
政権の支持率はそこまで高くないが決して低くもないという塩梅、BETA大戦という世界的有事が不満を引き寄せていた。
辛うじて光州で血を見る事態にはなっていなかった訳である。
実は韓国における対BETA大戦の支持は実は初期の日本帝国より高かった。
1970年代の西ドイツにはまだ出稼ぎの韓国人が数多くいた。
彼らは家族を養う為に遠い国ドイツで炭鉱夫として懸命に働き、数多くの韓国人看護師が西ドイツの医療に従事した。
まだ朝鮮戦争の傷跡も癒えぬ当時の韓国、月30万ウォンも貰える炭鉱夫や西ドイツ看護師の仕事は喉から手が出るほど夢のような仕事だったのである。
こうした出稼ぎ労働者達の稼いだ金は韓国にとって大きな外貨となった。
故に1973年頃までこうした韓国人出稼ぎ労働者は西ドイツの各地にいた。
それが悲劇の始まりである。
BETAの襲来は東西ドイツの全てを破壊し、ドイツ人を喰らい尽くした。
その中に出稼ぎの韓国人が混じっていてもなんら不思議ではない。
混乱の中避難が遅れた出稼ぎ韓国人労働者318人がBETAによって殺害、更に645人が重軽傷を負わされた。
遺体を回収出来たのはごく僅かであり、無言の帰国すら許されなかった者達がいた。
多くは家族の為に働く善良な韓国国民であり、このような残酷な死が訪れるようなことは一切していなかった。
こうした惨状に合わせてパク・チョンヒ政権は韓国軍の海外派兵の為、こうした犠牲を取り上げて大々的に放送した。
318人の同胞がBETAという不倶戴天の敵によって遠い国で亡くなった、それも残酷な死によってだ。
この非道な行いを決して許してなるものか、我らは世界各国軍と連帯し侵略者BETAどもを撃滅すべきである。
ある程度世論の賛同も取り付けパク・チョンヒ政権は部分動員を開始し、韓国軍の外地派遣をベトナム戦争ぶりに開始した。
滅共のスローガンはいつの間にか滅異に代わり、韓国軍部隊が国連軍の一部としてインドや中東に派遣された。
派兵部隊には特戦司、第1空輸特戦旅団もおり当時旅団長のチョン・ドファンも再び派遣軍として戦った。
当然戦闘で数多くの韓国兵が死傷し、その犠牲は韓国人の怒りを増幅させた。
近年では勝利という新しい風が怒りの代わりに喜びと高揚を巻き上げ、派兵の一押しとなっていた。
されど長期間に渡る部分動員と国土警備体制、それに芳しくない経済状況は国民に若干の不安を呼んでいた。
今の所チョン・ドファンが国民に与えてやれるのは勝利くらいである。
何せ経済はそれほどであり、現実に危機がある以上大々的な娯楽の解禁も難しい点があった。
特に観光、サービス業はこんな情勢である為芳しくなかった。
その上もう7、8年続く国軍の派遣と国内の警戒態勢は当然国民の負担をベースとしている。
アメリカから購入したKF-16と新型戦車のK1のロールアウトを早めたのが意外と響いている。
実はF-15も購入してKF-15として運用しようという案もあったが結局予算の問題で見送りとなった。
こうした導入もあってか中東戦線はようやく片付き、一部派遣軍を国に戻して復員出来そうな状態であるが、それでも根本的な解決には至っていない。
目ぼしい成果が軍事的勝利だけというのも所詮は一時の高揚を齎すだけだ。
長期的なガス抜きをするにはまだ足りなかった。
しかもこうした勝利を得るのは決まってハナフェ以外の将校であり、大抵実直な軍人タイプである為チョン・ドファンとは相容れなかった。
その上で国内では退役軍人かつ警察官による大量殺人事件が勃発、本来より2ヶ月とちょっと早いこの事件は政権にも大きな影響を引き起こした。
対応の杜撰さ、これによって前任の内務部長官は辞任し後任にノ・テウ退役大将を据える事となった。
本当は派遣軍総司令官にでもしてやりたかったのだが結局政治の道に引き込まざるを得なくなった。
「例の事件、なんとか方がつきそうだ。初めての長官職が最初からこれじゃ色々思いやられるね」
元第9師団長、元国軍保安司令官のノ・テウ内務長官はチョン・ドファンのデスク前にあるソファーに座りながら呟いた。
例の事件というのはノ・テウが内務長官に就任するに至った理由である現役警察官による大量殺人事件である。
民間人24名と犯人である警官の25名が死亡、元派遣軍の海兵ということもあって世間に緊張が走った。
ひとまずノ・テウが穏便に抑えてくれたがいつ爆発するか分からない。
派遣軍も同じ人間を長期間戦場へ置いておくわけにはいかない為、既に数千、数万人規模で戦場から帰還している兵がいる。
こうした帰還兵達の何割かはPTSDなどに苦しむ事となり、戦場と平時の生活に馴染めず自殺する者、犯罪に走る者も増えるだろう。
これからも政権を維持したければこうした帰還兵問題にも対処しなければならない。
問題は山積みだ。
参謀総長を拘束して第30首都警備団の司令部で乾杯したあの頃が懐かしい。
「なぁに、すぐに慣れる。この戦争が始まってから我が国には問題だらけだ。如何に閣下が優れた指導者だったかが身に染みる」
「そうだな、一緒にインドで戦ってた頃が懐かしいよ」
全くだと言わんばかりにチョン・ドファンは頷いた。
今思えば朝鮮戦争に参加していない彼ら陸士11期生に箔をつけさせようという
お陰でチョン・ドファンの経歴はある程度誇れるものとなっていた。
「インドも終わったし中東も終わった、ようやくこの戦争も大詰めだ。チュ長官とファンの兄貴に一部動員解除について案を策定させなければ」
「動員解除後はどうする?」
「何割かはしばらくお前の所で面倒を見てもらうことになるだろう。退役後は上手く職業斡旋をさせなければ、不満が出かねん」
ノ・テウはその通りだと頷いた。
彼らは結局の所軍人である、兵を動員したら兵を復員し社会に戻してやらねばならぬことくらい分かっていた。
故にその苦労は国権を掠め取って手に入れたチョン・ドファンらに全て降りかかることになる。
「そうそう、昇進したチャン・テワンとイ・テシンはどうする?」
「暫く前線に置いておけば口出しはされん、それよりだ」
そういってチョン・ドファンは1枚の資料をノ・テウの前に差し出した。
「在独大使のソン大使と連絡要員のパク大佐からだ。西ドイツの一部将校が声をかけてきたらしい」
ノ・テウは資料を手に取り、さっと目を通す。
これも一瞬で内容を理解し、チョン・ドファンに尋ねた。
「これは……どうするつもりだ?」
「我々が手を貸してやる義理はない、だが見張りだけはパク大佐にやらせる」
人のクーデターまで手を貸してやる道義はない。
それに西ドイツの連中が
「第一、パク大佐に声をかけてきたのは一端の大尉らしいじゃないか。大尉如きを国家と国家の橋渡しにするのは無理があるだろうに」
「規模が見て取れるとでも言いたいのか?」
「ああそうだ、手助けしてまたアメリカにでも睨まれて見ろ。また面倒な事になるぞ」
アメリカが自分達軍部政権を見逃しているのはタイミングと派兵による国際協力が大きいとチョン・ドファンははっきり理解していた。
CIAが手を回す前に国権を握り締め、その上で前政権の国連軍派兵路線は継承して対BETA大戦に協力的だったことがアメリカの激昂を防いだ。
もしどちらか片方に失敗していたらCIAと在韓米軍によってハナフェは叩き潰されていただろう。
幸いにも既成事実化が早かったお陰でアメリカも大々的にこの軍事政権を叩けず、BETAとの戦闘も継続している為叩く理由がなくなってしまった。
この状態はチョン・ドファンらにとって好奇であり決して失ってはならぬ状態だ。
「さっさとこの戦争も終わらせて戦後に入らんと、我々の政権もそう長くは持たないぞ」
-ドイツ連邦共和国領 ノルトライン=ヴェストファーレン州 連邦暫定首都ボン-
西ドイツ、1945年の破滅によって滅び、2つに再集結された片割れ。
今では対BETA欧州戦線の最前線であり、軍民共に数多くの犠牲者を出した。
その上で国内には一部極右グループが不穏な動きを見せ始めており、望ましくない事態が発生しようとしていた。
前線国家でのクーデター、西ドイツにとっても世界にとっても最悪の事態である。
西独首相ヘルムート・シュミットはいつも通りタバコを吹かしながら考えを巡らせた。
現状戦線は安定している、そう動員したドイツ連邦軍とNATO、ソ連軍合わせた大軍勢がベルリン・ハイヴを無力化していた。
クーデター勢力を弱体化ないし取り潰すなら今しかない。
もし戦後も彼らが残り続け、我々の望まぬ方向で東西ドイツ統一に乗り出されては困る。
自らの明日もドイツの主権もいよいよ疑わしくなるからだ。
シュミット自身ブラントの代わりとして政権についた後もどさくさに紛れてかなり無茶をやってきた。
欧州安全保障協力機構の設立に付随して経済もとEU設立を推し進め、アメリカには現状の核戦力では足りないとしてMGM-31パーシングの早期導入を求めた。
ドイツはこれでも1945年に核攻撃を受けた唯一の被爆国である。
冷戦という巨大な現実の荒波が要因で核共有は核配備は進んだが、無論反対も大きかった。
特に言論、集会の自由がある西ドイツでは反対運動は凄まじく、核共有をやるだけでも一苦労だった。
そんな西ドイツでシュミットはついぞ準中距離弾道ミサイルを導入し、BETAとの戦いにこれを用いた。
実際導入する意味はあったし、それだけの効力も発揮した。
軍需拡大と維持の為にサウジアラビアや中東の一部国々にレオパルトらを大量に販売したのも彼の時代であるし、戦意高揚の為に過去の国防軍神話を半ば誇張する形で再び用いたのも彼だ。
少なくとも今日まで西ドイツが西ドイツ足り得ているのはシュミット政権の努力がその一助となっている。
「総監、アーペル君、不穏分子の全体像はまだ掴めないのかね」
口からタバコを放し煙を吐くとシュミットは2人に尋ねた。
連邦軍総監ユルゲン・ブラント大将、連邦国防相ハンス・アーペルである。
この部屋の中にはシュミットとブラント大将、アーペル国防相に連邦情報局長官クラウス・キンケルがいた。
軍と情報関係のトップが集結している。
ブラント大将とアーペルはバツの悪い顔で目を合わせた。
「何人かの将校までは把握出来ましたが具体的な規模と確実な動員可能兵力についてはまだです」
「急ぎたまえ、キンケル長官の方はどうだ」
「シュタージの干渉と思わしき証拠を幾つか捉えましたがCIAまだ……」
シュミットはタバコを吸い切り、新しいタバコを1本取り出した。
彼なりに気を利かせたのか「いるか?」と3人に差し出した、無論断られたが。
彼は火をつけ再び吸い始めた。
シュミットくらいの人になるとタバコは空気と同じ、ない方があり得ないのだ。
「各員調査を進めろ、いつまでもアメリカにおんぶに抱っこという訳には行かんだろう。我々の将来の為にも奴らには我々自身で決着をつけねば」
東西ドイツ統一、それはドイツ人にとっての悲願でありいずれ達成しなければいけない目標だ。
シュミットとてそう遠くない時代にドイツを一つにしなければと思っていた。
特にBETA大戦が始まって東ドイツは首脳部の壊滅も含めて大幅に弱体化している。
戦後復興に漬け込んで東ドイツを緩やかに吸収してしまえば統一は流血を見ずに達成出来る、それも西ドイツ主導でだ。
だがもしその主導権を西でも東でもない彼らに取られたらどうなる。
アメリカの話では東ドイツにも協力者がいるそうだから彼らは東西双方で政権を奪い取る気だろう。
彼らが政権を握ったら当然だが東西ドイツの統一はシュミットが目論んでいるよりも急速に進むだろう。
ほぼペラ紙一枚読んで後は彼らの仲間が事前に言われた通りに行動して終わり、既成事実化出来ればそれでいい。
少なくとも2、3年前の大韓民国クーデターがそれを証明した。
失敗すれば反逆、成功すれば革命なのだ。
我々は全員拘束され、ドイツという国には狂人に案内される事になる。
そうなれば1945年に逆戻り、最悪の場合
それは避けたかった。
「しかし首相、無茶に対応しては我が軍に動揺が広がります」
ブラント大将は進言した。
それに続くようにアーペル国防相も進言した。
「この状況下です、彼らに対する処罰はなるべく穏便なものにされた方が……」
ブラント大将とアーペルがこのような擁護とも取れる発言を行ったのには理由があった。
東ドイツのベルリン派と連んでいる極右グループの中には先の攻勢や今までの防衛作戦で活躍した者も含まれている。
特に第10空挺師団の面々はこうした傾向が強い。
最精鋭の師団として各所の激戦を転戦し、救ってきた将兵、民間人、上げてきた功績は数知れない。
そんな彼らを表向きは特に理由なく処罰したり、左遷したりすれば政権に対する国軍の信頼が低下することになる。
無論そんなことはシュミットとて承知していた。
「総監、アーペル君、彼らは1944年のシュタウフェンベルク大佐らとは違うのだよ。むしろミュンヘンの時の奴らと言っていい。ここで日和ればどうなるかは分かるだろう」
2人は俯いて黙った。
「折角連邦軍の名誉もこの戦争で回復したのだ、また汚点を出す訳にはいかん。ここは厳しく当たらねば我々に明日はない」
シュミットも一応はドイツ連邦空軍の予備役少佐である、連邦軍創立当初から携わっている為彼らの顔を立てたい気持ちもあった。
だが新しいドイツを、統一されたドイツを作り出す為には処断せねばならぬ連中は必ず処断する必要がある。
シュミットも彼の後任もその意思は変わらない。
「我々は生まれ変わったのだよ、我々は反省した、だからこれ以降の汚点は許せんのだ」
-地球圏軌道上 ソ連宇宙軍所属 第7親衛攻撃衛星軍団 司令ステーション-
「全攻撃衛星、目標補足」
「安全装置解除、攻撃地点を地上の戦略ロケット軍部隊に転送」
宇宙ステーションの指揮所で技術士官と技術士達が衛星を操作しつつ、司令官に報告した。
司令官であるセルゲーエフ親衛大将は早速指示を出した。
前回のペルーン作戦でG弾投下に成功したことにより大将に昇進、第7攻撃衛星軍団には親衛の称号がついた。
彼は宇宙ステーションにおいてもトレードマークともいうべきサングラスをかけている。
第7親衛攻撃衛星軍団はコシツェ・ハイヴ攻略の為に軌道上に戻ってきた。
ソ連宇宙軍が持つ攻撃衛星部隊の中では最も軽装である為、急いで部隊を戻された。
軍団にはG弾の代わりに戦略核が配備されており、軌道上に残った偵察部隊と連携して指令を待った。
「一斉攻撃を開始、光線属種の攻撃を引き出せ」
その頃地上では第31ロケット軍が攻撃準備に移っていた。
攻撃を行うのはベルシェツコエの第52ロケット”テルノポリ=ベルリン”ボグダン・フメリニツキー及び赤星勲章師団とカルタリィの第59ロケット師団。
ヴェニアミン・ベロウソフ少将とウラジーミル・コンドラティエフ少将がそれぞれ師団の指揮を務め、核攻撃を行う。
目標はコシツェ・ハイヴ、第一段階であればソ連戦略ロケット軍の核攻撃で辛うじて粉砕出来る。
師団が有しているのはUR-100とR-36であり、各師団司令部は攻撃を待っていた。
第7親衛攻撃衛星軍団の攻撃衛星から一斉に通常弾頭が投入された。
大気圏を突破して弾頭は地表に降り注ぐも全てが光線級、重光線級が弾頭を撃墜した。
その直後、に第52ロケット師団と第59ロケット師団のICBM搭載核弾頭がBETAの集団を吹き飛ばした。
まず初弾が周辺にいるBETAに被害を与え、光線属種の対空能力を無力化した。
次弾のICBMがハイヴに直撃し内部に直接被害を与える。
熱と衝撃波、この2つがBETAに尋常ではない被害を与えた。
「第52、第59ロケット師団の攻撃成功。現在戦果確認中」
数分後、第7親衛攻撃衛星軍団は偵察衛星からの戦果を分析し、直ちに各部隊に転送した。
現状ハイヴは半壊した状態であり、機能としては健在である。
つまりハイヴはまだ生きているのだ。
各司令部に緊張が走った。
「…大佐、我が軍の戦力はどれだけ残っている」
すぐにセルゲーエフ大将はカスペンコ大佐に尋ねた。
「予備の戦術核弾頭と追加で配備された3発の戦略核ならばなんとか…」
「直ちに投入準備、通常弾頭で残存する光線級を無力化しろ」
「了解…!」
第7親衛攻撃衛星軍団は核攻撃を決断し、準備を始めた。
その頃第31ロケット軍でも第二次攻撃が検討されていた。
軍司令ウラジーミル・ゲラシモフ大将は待機させてあった第42ロケット”タギル”師団に攻撃を命じた。
師団長エフゲニー・リノヴィツキー少将は直ちに師団が保有しているRSD-10”ピオネール”が放たれた。
まず通常弾頭が生き残っている光線属種の最後の攻撃を引き付け、次に第7攻撃衛星軍団の核弾頭と42ロケット師団のRSD-10がハイヴに直撃した。
二度目の攻撃に耐えられるほどコシツェ・ハイヴは頑丈ではなく、そのまま崩落して誕生したばかりの頭脳級も撃破されてしまった。
周辺にいるBETAも殆どが撃破され、コシツェ・ハイヴがあった周辺域に一時的な空白地帯が生まれた。
「状況確認急げ、必要があれば直ちに攻撃を追加するよう地上に要請しろ」
「了解…!」
まだ状況確認の出来ていない司令部には未だ緊張が張り詰めている。
やがて偵察衛星から情報が送られ、参謀達は直ちに分析を開始した。
地表の被害、地底部の被害、全てを総合してハイヴが撃破出来たかの判断を考えた。
参謀達の報告書は攻撃から10分もしないうちに提出された。
セルゲーエフ大将は書類を見て戦果を確認した。
「全弾命中、ハイヴは最奥まで崩落し撃破の可能性大、か」
「攻撃は成功です」
セルゲーエフ大将はモニターを眺めながら宇宙ステーションの窓から地球を見下ろした。
いくらフェイズ1のハイヴとはいえこうもあっさり撃破出来るのか。
「これで終わりだといいのだがな……」
セルゲーエフ大将は不安を述べた。
彼の不安は後に的中することとなる。
若干の予想外を含みながら2月15日は幕を開けた。
ブカレスト・ハイヴが陥落し、ソ連軍によるチェコスロバキア構成が開始する。
新しいステージの幕開けであった。
つづく