マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
兄弟たちと分かち合う
ここで私は母の言葉を聞くのだ
戦火に焼かれたこの土地で
-”兵士の歌”より抜粋-
1982年2月15日、オストラヴァ奪還の為第1ウクライナ前線隷下の第1親衛軍が構成を開始した。
彼の親衛軍に加えて第4軍と第24軍が第一梯団の役割を果たした。
他の部隊はこの後の作戦に備えて待機、または反撃の準備をしている。
司令官たるゲラシモフ上級大将は親衛軍将兵に対し、「今から我ら第1親衛軍に新たな栄光が授けられるだろう」と訓示した。
ゲラシモフ上級大将は現在60歳、今年で61歳となるベテランである。
立派な口髭を生やしており、2つのレーニン勲章と十月革命勲章、3つの赤旗勲章、祖国戦争勲章に2つの赤星勲章を模した略綬がついており、略綬の上には黄金に輝くソ連邦英雄の勲章があった。
彼はヤゾフより3歳ばかり年上であり、ヤゾフと同じく青年期を大祖国戦争という大戦場で過ごした身であった。
第1親衛軍の主力戦車はT-64、そして初期に殆ど喪失したT-54/55に変わって配備されたT-72である。
前線地帯への準備砲撃が終了後、T-64を主力とした戦車隊が攻勢をかけた。
まず突入するはオストラヴァ、奪還出来ずとも周辺の主力野戦軍を引き摺り出してポーランドの平地で叩く。
これが第1ウクライナ前線司令部の考えた作戦であり、第1親衛軍はその命令に従って攻撃を開始した。
まず第4軍が旧オパヴァ方面に取り着いた。
度重なる攻勢の損害で疲弊していたのかオパヴァ方面のBETAはそれほど多くなかった。
1、2個程度の旅団規模BETA群が展開するだけであり、第4軍の敵ではない。
一方のオストラヴァ、正面に第1親衛軍、左右には第4軍と第24軍がおり、押し込まれてはいた。
数の上で優勢なBETAであるがゲラシモフ上級大将の的確な戦術核投射と突破方向の正確さによって戦線は押し込まれていた。
それをソ連軍から見て左側面から第24軍が援護し、右側面からは第4軍の砲撃支援が届いていた。
加えて第17航空軍と第2防空軍の戦術機部隊が機動援護に入り、BETAの接近を阻止しつつ空中火力投射によって進路を切り開いていた。
この時第1ウクライナ前線で初めてMiG-29とSu-27が実戦投入された。
2機とも優れた機動力と格闘能力、そして既存の152mm砲や搭載兵器でBETAを圧倒し、第1親衛軍の優勢を作り出した。
なお継戦時間が長かった為前線将兵からすればSu-27を見る機会の方が実は多かった。
戦術機部隊が蹴散らした戦線をT-64BVやT-72Bらの戦車隊が突入していく。
125mm砲が要撃級を瞬く間に撃破し、集中砲火で突撃級も撃破した。
接近する戦車級にはBMP-1とBTR-60らが対処し、時に支援の2S1グヴォズジーカが援護で榴弾砲を叩き込む。
軍の最先鋒を務めるのはV.I.チャパエフ名称第25親衛自動車化狙撃兵”シネリィンコヴォ=ブダペスト”赤旗・スヴォーロフ及びボグダン・フメリニツキー勲章師団であった。
第25親衛自動車化狙撃兵師団のT-64BVが旧ボフミーンを突破し、オストラヴァの郊外に辿り着いた。
師団長のアレクセイ・デミロフ少将がその報告を受け取ったのは攻勢が始まってから凡そ3時間程の出来事であった。
デミロフ少将は報告を受け取ると同時に前進を続けるよう命じた。
オストラヴァといってもここにあった市街地はもう残っていない、1年前のルブリンと同じだ。
師団の前進に続き第1親衛軍隷下の第47自動車化狙撃兵師団と第72親衛自動車化狙撃兵”クラスノグラード”赤旗勲章師団が続いた。
各師団とも順調に進んでいた。
第25親衛自動車化狙撃兵師団はオストラヴァを突破し、攻勢1日目が終了する頃にはオーデル川の手前まで到達していた。
各所では掃討戦が繰り広げられており、逸れた中隊、小隊規模BETA群を殲滅していた。
それでも組織的行動が出来る規模のBETA群はオーデル川を渡って撤退し、防備を固めていた。
度々挑発的に部隊を動かすが中々乗ってこない。
デミロフ少将は師団が持つ第28独立工兵大隊を前線近くに配置しつつ、軍司令部に第720独立渡河上陸大隊の救援を要請した。
少将は川を超えてBETAを殴り、無理矢理にでも引き寄せるつもりでいた。
実際BETAがどれだけ後ろに下がろうと野戦軍を撃滅しないことには優位性を保てない。
いつか逆襲されて後退せざるを得なくなる状況が発生してしまうのだ。
しかしBETAも戦力は温存したいようで防備は固めつつ、直接的に兵力を動かすことはなかった。
2月16日、第1親衛軍司令部は前進を決意した。
各師団司令部に渡河を命じ、工兵隊に架橋機材を配備した。
オーデル川といってもオストラヴァ近くのものは川幅約20メートル程度のものでBTRやBMPであれば渡河は容易であり、戦車もスクリューをつければ十分渡れた。
問題は引き付けて後退する際である。
どうしてもBTRやBMPが泳ぐという動作は陸上を走るより遅くなってしまう。
速度というのは戦場において重要なことの一つであり、撤退では致命打にもなり得る。
その為今回の作戦における後退時は遅滞戦闘を行いつつ橋を用いて撤退、残った橋は爆破ないし砲火力などを用いて破壊すべしと定められていた。
幸いなことに橋頭堡を確保する為に渡河した部隊は敵の来襲を一切受けずに上陸した。
後方で待機している戦術機部隊も出番はなく、すぐに架橋作業が始まり、1時間も経たぬ内に橋が出来た。
箸と川を渡って車両部隊が向こう岸に到着する。
到着した部隊はそのまま作戦通り攻勢を続けた。
第123及び第162ロケット砲兵旅団が各所前線に火力を投射した。
ロケット砲弾に突撃級はまだ耐えていたが戦車級や一部の要撃級は吹き飛ばされていた。
そこへ戦力の整った敵部隊が突っ込んでくる。
上空では戦術機が的確に援護し、各所で防衛線を打ち破っていく。
これには部隊を指揮するプラハ・ハイヴも焦りを感じたのか一部部隊を動かして既存の防衛部隊と共に逆襲を試みた。
まず既存のオストラヴァ防衛に回していた2個軍に加えてブルノに待機させていた予備の1個軍も投入した。
これだけあれば並大抵の突撃は撃退出来る、撃退出来ればそれでいいとプラハ・ハイヴの頭脳級は踏んでいた。
BETAの大群が地上を移動する様子はすぐ様軌道上の偵察衛星が情報を捉えた。
直ちに前線司令部、そして攻勢主力の第1親衛軍司令部に主力部隊移動の情報は伝えられた。
この情報が伝わる頃には軍司令部も異変をキャッチしている。
今まで守りに徹していたBETAが突然前に進み始めたのだ。
規模が分からなかったので後退しつつも師団自体はその場に固定していたが3個軍も釣れたとなれば十分である。
ゲラシモフ上級大将は全ての師団に対し後退命令を出した。
まず援護の為に2個ロケット砲兵旅団が前線に火力を投射した。
砲弾は全てナパーム弾であり、火の海によってBETAの進撃は著しく停滞した。
その間に橋を渡って車両部隊が後退する。
幾つかの橋には既に爆破処分用の爆弾が設置されており、殿の隊が下がったと同時に爆破した。
尤も戦場にはアクシデントは付き物で起爆しない箇所も幾つかあった。
だがそこには当然対応策がある。
事前に第346砲兵旅団と第71砲兵連隊が橋に攻撃目標を設定し、砲火力によって橋を渡っていたBETAごと処理した。
こうした砲撃は橋自体を破壊出来なくとも突撃級や要撃級の死骸を重ねることで事実上”
尤もBETAにとっては渡河自体それほど苦ではない為橋を渡らずに川を泳いで反対側に辿り着いた。
2月19日、攻勢開始から4日目にしてようやく自体は動き始めた。
-ポーランド人民共和国領 チェンストホバ 第1親衛軍司令部-
2月20日の時点までは作戦は順調に進んでいた。
BETAは後退する第1親衛軍を追撃し、オストラヴァを超えてさらに追撃していた。
問題は2月21日以降である。
BETAの追撃速度が突如停滞したのだ。
後方では撤退の動きも見られ、前線のBETA達もそれほど前に出なくなっていた。
地点としてはオストラヴァの郊外にあたる領域であり、予想よりも食い付きが悪かった。
第1親衛軍司令部もこれには頭を抱える他ない。
「大魚を釣り上げたと思ったらこれか」
参謀のヴァルニィフ大佐はそう述べた。
彼は冷静でこの発言が出たのは激昂というよりも歯痒さに近かった。
「だがまだ糸は途切れていない、なんとか連中の戦力をこのまま引き寄せる」
ゲラシモフ上級大将は作戦を続行する気でいた。
せっかく動いた3個軍だ、ここで潰さぬ手はない。
だがBETAをどうやって引き付けてポーランドまで進撃させるかが問題であった。
彼は考えた、ひとまず後退中の一部部隊を反転させて再び攻勢に出る気でいた。
そうなればまだ彼らには攻勢の意思があると判断し、意思を挫く為に食いついてくるかも知れない。
果たして本当にそうだろうか。
ゲラシモフ上級大将は地図を睨みつけながら考えを巡らせた。
攻勢の意思を砕くだけならこのままBETAは攻撃に出るはず、今更失速して防衛線を再構築するのはおかしい。
自分がBETAの大将ならこのまま敵野戦軍の撃滅に入るだろうと勘繰っていた。
「…参謀長、宇宙軍からの偵察画像あるか」
「はい、こちらに」
第1親衛軍参謀長のレオンティー・クズネツォフ少将は宇宙軍から送られてきた書類と衛生画像を手渡した。
ゲラシモフ上級大将は写真を見ながらBETAの動きを予測し、考えた。
後方のBETAは後退を開始し、前線も一部では作戦開始以前と同じように防衛網を構築しつつあった。
上級大将は完全に理解した、相手は現状を維持するつもりであり、ポーランド以降の国境には接近しないつもりなのだ。
ではそんな保守的な敵を引き摺り出すにはどうしたらいいか。
簡単だ、前に出て叩き潰すしかない理由を作り出せばいいのだ。
「参謀長、前線司令部と第43ロケット軍に連絡。戦略核を用いた対地支援を要請しろ」
「同志司令、まだ戦略核を出すタイミングでは」
「連中の防衛計画を破綻させ、決戦するしかないと思わせるにはこれしかない」
凄まじい剣幕でゲラシモフ上級大将は食い寄った。
「1発だけでいい、それだけで奴らの気を引く!」
「了解…!」
少将はゲラシモフ上級大将に押され、各所司令部へ連絡をとり始めた。
ゲラシモフ上級大将の提案に当初ヤゾフら前線司令部は難色を示した。
BETAがそこまでの戦略的判断を行うのか、或いは戦略核1発で引き付けられるのかという不安があった為だ。
だが本人の直接説明を聞いてヤゾフは彼の提案を受け入れた。
ヤゾフには前線に一番近いゲラシモフ上級大将が直感的に敵を撃ち倒す方法を知っていると理解していた。
直ちに第43ロケット軍司令ニェデェーリン大将に1発のみ戦略核で攻撃を行うことを命令した。
当初は困惑していたネェデェーリン大将であったが前線司令官の命令である為実行を開始した。
RSD-10”ピオネール”の1発がオストラヴァ周辺にいるBETA群に命中した。
特に被害が大きかったのは周辺に展開する光線属種であり、BETAにとって最も失いたくない高価なユニットを喪失した。
これに加えてSu-24の戦術核攻撃が定期的に繰り返され、第1親衛軍による再度の突撃が始まった。
幸いだったのはBETA側がこの攻勢はまずいと判断したことだった。
このままでは突破される、現状を維持していては防衛出来ない、であればどうすればいいか。
例え前進してでも敵野戦軍を撃滅するしかない。
オストラヴァを突破されれば敵の大軍が突っ込んでくることも承知していた。
BETAは賭けに出た。
元より投入するはずだった3個軍に加えて防衛網を構築している1個軍団を引き抜いてこれを攻勢部隊に加えた。
核攻撃を喰らった部隊を下げつつ部隊を再編して、一気に反撃を開始した。
1982年2月24日の出来事である。
3個軍と1個軍団による反撃は成功していた。
オストラヴァだけでなく第4軍が確保していたオパヴァ方面を奪還し、そのままポーランド領域まで突き進んだ。
第1親衛軍、第4軍、第24軍は地雷を散布しながら遅滞戦を行い、BETAの進撃を遅らせた。
それでもBETAの進撃は止まらず、2月26日までにはBETAはグリヴィツェからカトヴィツェ、左右にはチェルニフフからスワビクフの線を支配下においていた。
第1親衛軍は後退しながら迎撃するという難しい戦闘を任されているもののそこは親衛の称号がつく軍、損害は最小限に留めていた。
それでもBETAは突撃級の機甲突破と戦車級の上に光線級を乗せて擬似的に対空戦車を作り出すという方法によって航空攻撃の被害を軽減し、戦線を押し上げた。
BETAの反撃は上手くいきつつあった、だがこれこそが第1ウクライナ前線が決戦の地に選んだ領域である。
戦禍の音がチェンストホバに近づく中でゲラシモフ上級大将は命令を出した。
「親衛軍全師団に命ず、敵を抑え、第3親衛戦車軍と共にBETAを殲滅せよ」
2月27日、オストラヴァ突破の為の第1フェイズが今始まろうとしていた。
-ドイツ民主共和国領 首都ヴィスマル 国家保安省ビル-
シュタージのビル内にも盗聴器は当然仕掛けられている。
見張りを誰が見張るのか、それは滑稽かもしれないが人類にとって永遠の課題だ。
だがシュタージのビルには一部盗聴器がない、或いはオフになっている部屋がある。
そのうちの一つが国家保安大臣も同席する会議で使われる部屋だ。
この部屋の盗聴器はセッティングを行う1時間前から切られており、先に入った数人の将校達が待っていた。
ある者達にとってはこれは大っぴらに話が出来るチャンスなのだ。
「先輩共々”
アクスマン中佐は制帽と黒手袋を机に置き、深々と座った。
彼の隣にはオスター大佐が座っており、数人の将校がそれぞれ雑談を交わしていた。
途中で何人かの将校が執務室に入り、それぞれ座席に座って国家保安大臣であるシュミット上級大将とA総局長のヴェルナー・グロスマン大将と大臣補佐官ペーター・ロジッテン中佐を待った。
A総局はKGBにおける第1総局であり、業務内容は海外諜報であった。
元々アクスマン中佐もオスター大佐もA総局出身だがBETA大戦で将校不足に陥った為彼らも参謀としてフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊へ派遣されていた。
衛兵連隊への出向は実働部隊にコネクションを作るという意味では非常に有意義であった。
だが西ドイツ側との協力を構築するにはやはりA総局の方が何かと動きやすい。
「ああ、だが君は幾らなんでも派手にやり過ぎだ。今回のアレもまだやるべきではない」
オスター大佐は小声でアクスマン中佐に忠言した。
だがアクスマン中佐は聞く耳持たぬといった表情で先輩の将校に言い返した。
「むしろここが正念場ですよ、彼らの目を逸らすにはこれしかない」
「だがな……あんな異常者じみた男を利用してソ連国内でテロなど無茶だ」
「だからいつでも使い捨てられるのですよ。世界にはあんな異常者などごまんといる」
アクスマン中佐は相手を軽んじるような言い方で反論した。
彼はソ連の注意をBETAと国内に逸らすためにある集団を用いてソ連領内でテロ行為を行おうとしていた。
組織名はロシア復興戦線、指導者の名はセルゲイ・タボリツキーとピョートル・シャベリスキー=ボルク、本名ピョートル・ポポフ。
彼らの目的は時代を1917年以前のロシア、つまり帝政ロシアの状態に戻すことであり、その為にはソビエト連邦という敵を討ち倒すという目的を掲げていた。
元々この組織はエフゲニー・メスネルという帝政ロシア軍、曳いては白軍派ヴラーンゲリ軍の将校であった男が率いていた。
尤もこのメスネルは1974年に寿命が来て死亡し、元ナチのタボリツキーと彼の昔馴染みであったシャベリスキー=ボルクが組織を率いていた。
彼らの組織はとても小さく、放っておけば死にゆく組織だ。
だがそこに技術と資金を持った組織がバックアップすればどうなるだろうか。
少なくとも一撃は加えられる組織になる。
使い捨ての駒としては有意義な存在であった。
「彼らが成功すれば切り捨てればよし、失敗すれば気を引いたでよし。どちらに転んでも我々には利しかない」
「しかし我々がやっているとバレたらどうなる…?奴らは確実に我々を殺しにくるぞ」
「それを調べるのに確実に1年、いや1年半掛かります。それだけの猶予があれば我々はドイツを我が物と出来ますよ」
アクスマン中佐は自信に満ち溢れていた。
赤毛の獣は自身の優秀さを信じ、自分は世界のことを全て分かっていると思い込んでいた。
だから陰謀詐術を使って疑心を生み、人々を不信がらせれば自らにチャンスが降ってくると確信していた。
彼はそうやって昇進してきたしシュタージの仕事とはこういうものなのだ。
「先輩は私を信じていればいいのですよ」
「ああ、君を疑ったことはない。不安に思ったことはあるがな」
オスター大佐が心配を口にすると丁度シュミット上級大将らが入ってきた。
シュミット上級大将は長方形のテーブルの真ん中に座り、グロスマン大将は右側の一番手前に、ロジッテン中佐は左の手前に座った。
ちなみにこのロジッテン中佐もKGB将校であり、本名はピョートル・イェルガルスというラトビア・ソビエト出身の人間である。
こうしたKGBのスパイが今のシュタージ、曳いては東ドイツ内には大勢いた。
「それでは報告会を始めよう」
シュミット上級大将に促され、オスター大佐とアクスマン中佐は何食わぬ顔で立ち上がり報告を始めた。
シュミット上級大将もいつかコイツら覚えてろよという感情を押し殺し平静を保ちながら報告を聞いていた。
遠くて近いチェコスロバキアでソ連軍とBETAが戦っているように、ヴィスマルでもシュタージとKGBが火花を散らしていた。
-ソ連領 ウクライナSSR オデッサ州 州都オデッサ ソ連軍航空基地-
キシニョフの航空基地に戻ったフレツロフ少佐達であるがすぐにウクライナ・ソビエトに位置するオデッサの航空基地に移動するよう命じられた。
絶対に嫌な予感がすると思いながらフレツロフ少佐は中隊を率いてオデッサ航空基地に向かった。
オデッサは黒海沿岸の都市である。
オデッサの港には民間船舶だけでなくソ連海軍黒海艦隊の艦艇が停泊している。
その為オデッサには陸軍兵よりも意外と海軍水兵の方が多かったりするのだ。
今や黒海沿岸沿いからBETAは駆逐され、再び人類の安全な海となっていた。
平次であればオデッサで軽く遊んでいきたい気分だが生憎今は有事、そんな時間はない。
本隊である第1独立親衛戦闘航空連隊はチェコスロバキア攻勢作戦に参加しており、戻ればフレツロフ少佐らも参戦するつもりでいた。
12機のMiG-27がオデッサ航空基地に着陸し、一旦空きのある格納庫に入った。
少佐は機体から降りて常勤服に着替え、オデッサの基地司令であるウラジーミル・マトヴェーエフ少将に挨拶に向かった。
彼の隣には政治将校としてブリツェンスキー大尉がついていた。
2人は司令官の執務室に入り、マトヴェーエフ少将に敬礼した。
「ヴィクトル・フレツロフ少佐、ソ連空軍司令部の命令によりオデッサ基地に移動しました」
「よく来た同志フレツロフ少佐。君の話はよく聞いている」
お互いに敬礼し、その後握手を交わした。
少将は元々第130親衛攻撃航空”ブラチスラヴァ”赤旗連隊の連隊長であった。
前回のモルドヴァ攻勢で昇進し、奪還したオデッサに再設置した航空基地司令に就任した。
少将は立ち上がったついでに彼らに理由を話した。
「君らを基地に呼んだのには理由がある、まあ来たまえ」
マトヴェーエフ少将は2人を連れて航空基地の一角に連れて行った。
航空基地には何十機かの戦術機が配備されており、うち1つの格納庫には数日前に海上輸送でノヴォロシースクから送られてきた機体が配備されていた。
本人は否定するかもしれないがフレツロフ少佐は今次大戦において十分エースとして活躍している。
その為彼に対し新型の戦術機を配備されるには十分な腕前を持っていた。
「これを見たまえ」
マトヴェーエフ少将に指差され、2人はある1機の戦術機を見た。
MiG設計局が作り上げた最新鋭機。
ソ連空軍に配備されたMiG-29である。
「これが話に聞くMiGの新型ですか」
フレツロフ少佐の問いにマトヴェーエフ少将は「そうだ」と肯定した。
「MiG-29、我がソ連空軍最新鋭主力機であり、これから君の愛機になる機体だ」
少佐はMiG-29を見上げた。
その姿はさっきまで乗っていたMiG-27とはまた大きく違うもので、迷彩も施されておらず灰色の姿そのものだった。
「君の中隊にはブリツェンスキー大尉ら小隊長含めて4機、コイツが配備される。運動性、機動性共にSu-27と並んで我が軍最精鋭機だ」
少将は喜ばしさを隠せぬ声音で2人に説明した。
「いい機体ですな、強そうだ」
「そうだな」
見た目だけじゃないといいけどなという言葉を飲み込み、フレツロフ少佐は頷いた。
それでもMiG-27であれだけ動けたのだ、特に問題はないだろうとフレツロフ少佐は信頼を置いていた。
「この機体は従来通りの武装は搭載可能だ、なんでも新型開発の対地ミサイルも積めるらしい。まあ一番の目玉はフレツロフ少佐の機体に搭載されているシステムだな」
「システムですか?」
少将は頷き、確認中の技術士官を1人呼んだ。
MiG-29に搭載されている最新鋭システムの調整を担っている技術少佐である。
マトヴェーエフ少将は彼に説明を任せた。
「MiG-29に搭載されているシステムは我が軍が開発中の無人機運用システム、モースク1との直接リンクが可能です。パイロットの戦闘支援は勿論の事、戦闘での即時学習や場合によっては機体の自動操縦が可能です」
フレツロフ少佐は若干顔を顰めた。
彼はこの瞬間機体を与えられた本当の理由を理解した。
程のいい実験台って訳だ。
かなりの確率で激戦区に放り込まれるフレツロフ少佐ならシステムにもいい教材になるだろうということなのだろう。
ついでにハイヴ戦の学習も出来れば万々歳、酷い扱いである。
「機種転換訓練もあるだろう。暫くはここで訓練していきなさい」
「了解、なるべく本隊に早期に戻れるよう努力します」
2人は敬礼して新しい愛機のそばに寄った。
「お前とはなるべく、土の中じゃなくて空の上を飛びたいものだな」
チェンストホバ周辺に待機していた第3親衛戦車軍の戦車隊が動き始めたのは2月25日からであった。
その頃には前線及び軍砲兵部隊が広範囲かつ後方に砲を放って敵の距離と数を把握していた。
放たれた砲弾は周囲の光線属種が迎撃し、その位置と偵察は軌道上に帰還した第3偵察衛星軍が行なっていた。
熱源探知で明らかに高エネルギー反応が出た周囲を取り囲み、BETAの位置を大雑把に把握した。
そこへ直様Su-24の戦術核攻撃部隊が低空侵入して核を投下する。
こうした攻撃はBETAがポーランド領域に侵入した頃から行われており、光線級の損耗率が高まっていた。
無論補充は可能である、直ぐに後続の光線級が移動手段として戦車級に運搬されて前線各所に配備された。
とはいっても防空網に一時的な空白が生まれたのは確かだ。
この空白に対して戦略ロケット軍の炎がBETAを焼き尽くす。
第43ロケット軍による戦略核攻撃である。
RSD-10”ピオネール”とRS-18によるICBM攻撃はポーランドまで進撃したBETAに甚大な損失を与え、オストラヴァ、プロジェロフ周辺のBETAにも打撃を与えた。
各所での被害をカバーしつつ、BETAは部隊再編の為に後退を開始した。
その後退中にソ連軍の装甲の一撃が加えられた。
第3親衛戦車軍である。
第3親衛戦車軍は第9親衛軍、第34軍、ポーランド軍第1軍と共に逆襲をかけた。
第1親衛軍のT-64と交代するように第3親衛戦車軍のT-80部隊が前に出た。
核攻撃によって崩壊したBETAの戦列にソ連軍の戦車隊が食い込んだ。
砲と装甲の力でBETAを蹴散らし、失われた大地を進んだ。
その背後には第2防空軍と第17防空軍、そして第8航空軍の戦術機部隊が控えていた。
前線へ向かうT-80Bの隊列の頭上を3機のSu-27が飛んでいった。
その後にも何機かのSu-27とMiG-25が続き、各機武器を構える。
「各機、高度とへ編隊を維持したまま突入。周辺のBETAを掃討する!」
隊長機のSu-27、ヴィクトル・ベレンコ中佐は部隊に指示を出した。
ベレンコ中佐は各所での戦闘による功績を讃えられ中佐に昇進、その後MiG-25からSu-27に機体を乗り換えた。
中佐の中隊はSu-27が6機配備されており、残り6機はMiG-25のままである。
MiG-25もいい機体であったがこのSu-27はもっといい機体だとベレンコ中佐は仲間内に述べていた。
その発言通りベレンコ中佐のSu-27は瞬く間に味方の戦車隊に接近する戦車級の群れを殲滅した。
更に近くにいる突撃級を120mm弾で撃破し、要撃級を周囲の戦車級ごと撃破した。
他のSu-27も回り込みつつBETAの接近を阻止し、BETAを殲滅した。
「やはりいい機体だ!運動性能や機動力がMiG-25の比じゃない!」
ベレンコ中佐は若干笑みを浮かべながらSu-27の性能を褒め称えた。
彼の僚機も共同で3体の突撃級を撃破しており、大戦果を挙げていた。
こうして弱体化したBETAの部隊をT-80やシルカ、BMP-1の群れが押し込んでいく。
こうした優勢は各所の戦線でも同様の光景が目撃された。
3月1日から3月3日の間に第1ウクライナ前線はポーランドにいたBETAの主力部隊を撃滅し再びチェコスロバキアに突入していた。
いよいよこれが本格的な突破作戦である。
第3親衛戦車軍はオストラヴァを一気に突破し前方に掛かるオーデル川を強行突破した。
まず何十輌かの先遣隊がオーデル川を渡り、そのまま前進する。
その間に工兵隊が橋をかけ、戦車隊はその上を通った。
第3親衛戦車軍はひたすら前進することに集中した。
攻勢が始まる前から司令官のイヴァノフ上級大将は各員に対して「第3親衛戦車軍の使命とは突破と活路を見出すことにある」と命じていた為前へ進むことを優先された。
補給を整えたT-80部隊再び前進し、後方の掃討と戦果の確保はチェコスロバキア人民軍第1軍と第60軍が敵を殲滅していた。
特にチェコスロバキア軍のT-72の一部は独自の改良が施されており、これが意外にも対戦車級、闘士級相手に役立った。
チェコスロバキア軍はソ連より供与されたT-72に初期はZSU-23-2、後期は30mm機関砲の2A42を搭載した。
ソ連国内への撤退戦の際、物量によって苦しんだ経験を踏まえてのことである。
彼らはこれを彼らの言語で言うところの”
T-72”モデルナ”は実戦で戦果を上げていた。
T-72の車体に機関砲まで積んだのでかなり無茶な仕上がりではあるが接近する戦車級を悉く蹴散らし、125mm砲は要撃級を一撃で粉砕した。
こうしたチェコスロバキア軍の活躍もあって第一梯団である第3親衛戦車軍は安定して前進を続けていた。
BETA前線の火力支援として光線級を使い、対空には重光線級を用いた。
その為滅多に前に出ない重光線級がBETAの中衛まで進出し、味方部隊を援護している。
前線の戦車級に乗った光線級はそれなりに第3親衛戦車軍、第9親衛軍、第34軍の車両部隊に被害を与えた。
だが停止する気のない第3親衛戦車軍は撃破された車両を陰にクールタイム中の光線級を撃破しそのまま前進する。
中衛に展開する重光線級も36秒というクールタイムが故に各所で砲撃や戦術核攻撃を喰らって撃破されていた。
「各機、光線級に気をつけろ。攻撃機部隊の進路を切り開くんだ」
ベレンコ中佐のSu-27は僚機と共に周囲のBETAを薙ぎ倒しながら重光線級に接近した。
重光線級は既に第9親衛軍の砲兵隊が放った陽動弾を迎撃し、36秒間は攻撃が出来ない。
その間にベレンコ中佐の中隊が高速で接近し、各小隊につき1体、計4体撃破する方法だ。
「各機ミサイル一斉発射!同時に120mm弾も撃て!」
一斉にミサイルが放たれ、すぐに120mm徹甲弾も突撃砲から発射された。
数発のミサイルは重光線級の側面に直撃し、徹甲弾と共に内側にダメージを与え、ついには爆ぜた。
『1体やった!』
『こっちも1体やりました!』
『中隊長!』
「よし全機離脱、残りは攻撃機隊に任せろ」
バックブーストをかけつつ突撃砲でBETAの接近を阻止し、12機の戦術機が離脱する。
その代わりに低空飛行で侵入したSu-24の戦術核攻撃が始まった。
数時間もすればかつて部隊の中衛だった地点にはソ連軍の戦車隊が突っ込んで戦線を突破する。
BMP-1やBTR-70から歩兵が降りてきて陣地を構築する。
こうした攻勢は3月12日まで行われていた。
3月10日、第3親衛戦車軍の1個戦車大隊が最終到達地点であるプルジェロフまでに到達した。
先頭は最新鋭のT-80BV、BETAの死骸を乗り越え戦車長が赤旗を掲げる姿はBETA大戦におけるソ連戦車兵のプロパガンダとして用いられることになる。
ソ連軍はオストラヴァからプルジェロフまでの回廊を確保し、BETAは3個軍と1個軍団近い戦力を喪失した。
しかし、これはまだチェコスロバキア攻勢における序章でしかない。
まだソ連軍もBETAも双方手を隠している。
決戦はまだ幾つか残されていた。
つづく