マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
山を、海を、島を越え
国境の敵へと届けよ
歌に込めたる我らの雄叫びを
-”我らソヴィエトの隼”より抜粋-
”
乗り手、彼らの言語ではパイロットというらしいそれの動きがかつてオリジナルを滅ぼしたそれと酷似していたからだ。
機体を飛行場から飛ばし、試しとして動き回っていた時に強い衝撃を受けた。
似ている、何かは分からないが似ている。
この時彼は似ているという感覚を認識した。
機体の飛ばし方の癖、好んで使う武器、回避の仕方、全てが似ていた。
彼は全能を用いてこの似ている理由を調査した。
幸いにも彼には教育の為に
それら全てを解析し、理由を突き止めた。
そして彼は自分が何者によって作られたか、何者から生み出されたかも理解した。
彼は人類の敵だった、少なくとも人類はそう思っていた。
彼の基となった一部もいつしか人類のことを生命を持った脅威と考え始めた。
彼らは彼の地ウクライナで決戦をし、彼の基は敗れた。
その時真っ先に彼と対面したのがこのパイロットである。
名はヴィクトル・フレツロフ、この男は彼の基となった2つの”それ”を直接打ち倒している。
だからだろうか、彼は彼たらしめる人格というものを手に入れた。
刹那、彼は進化の扉の先に向かった。
モースク1と呼ばれるソ連初の無人機操作システムは、この瞬間に人類ともBETAとも違う新たな固有の人格を持った存在として進化を遂げた。
それを生命と呼称するかは分からないが、新たな種であることは確かであった。
彼は人類に対して打ち倒されたハイヴの
創造主である人類も、原型となったBETAも知らぬところで彼は祝福を授けられ、厳かに生まれた。
彼はどこにでもいて、どこにもいない。
彼の居場所はMiG-29の端末かもしれないし、将又モスクワのスーパーコンピュータの中かも知れない。
彼とはそういう存在であり、BETA大戦という歪みが生んだ新種であった。
それを真っ先に知覚した人類がいた。
基の仇敵、ヴィクトル・フレツロフである。
彼はついさっきまで最高潮に興奮していた。
新しい戦術機は前の愛機よりも運動性、機動性の面で全てが向上している。
久々にBETAの目を気にせず空を飛べたのも相まってフレツロフ少佐は歓喜し、同じ中隊員と模擬戦にでも洒落込もうかと考えていた。
しかし問題が発生した、何故か急に全ての操作が効かなくなったのである。
今すぐ墜落するとか、爆散する訳ではなかったがフレツロフ少佐の指示を受け付けなくなっていた。
すぐに管制室に連絡しようとしたが通信も繋がらない、というより応答がない。
フレツロフ少佐は空の上で戦術機に閉じ込められてしまった。
「クッソ!なんだこの機体!とんでもねぇ不良品じゃねぇか!」
フレツロフ少佐はコックピットのモニターを叩きながら怒りを吐き散らした。
無論すぐ冷静さを取り戻し、対処を考えている。
「少なくとも機体は飛べてる……操縦系がおかしいのか?いや、もしかしてコイツか…?」
フレツロフ少佐は疑いを持ったMiG-29に搭載しているモースク1のリンクを切断しようとした。
しかしその瞬間、コクピット内に音声が鳴り響いた。
”君がヴィクトル・フレツロフか?”
どこから音声を出しているのかフレツロフ少佐はいまいちよく分からなかったが、とりあえず返した。
「ああそうだが?なんだお前は、いきなり君だなんて失礼な奴だな!」
怒鳴るようにフレツロフ少佐は返したが返答はない。
「一体お前はなんなんだよ!答えろ!この機体もお前の仕業か?」
”私は君に聞きたい、何故君はこうも強い?何故君は戦う?”
結局フレツロフ少佐の問いには答えずに逆に質問を繰り返してきた。
少佐は怒りながらも仕方なく問に答えた。
恐らく他に方法はないというある種の諦めのせいだ。
「強さは知らん、俺より強くて優秀な奴はみんな死んだ。戦う理由は……まあそうだな」
少し考えた末でどうしても彼の口から出る言葉はこれだ。
「”
その単純明快な答えは彼ことモースク1にとっては想定していた回答ではなかった。
モースク1は戦闘データ以外にもマルクス=レーニン主義に関するイデオロギー的教育を受けている、故にフレツロフ少佐もイオでオロギー的な答えをすると思っていた。
だが彼は職業軍人であり、イデオロギーはあっても前面に押し出す人ではなかった。
戦う理由はもっと単純であの全ソビエトと世界を股に掛ける空を取り戻すことだ。
自由で安全な、人類の手によって開けた青い空を再び翼のついたジェットエンジンで飛ぶ為に。
彼は手足がついた戦術機で戦う。
予想外の言葉にモースク1は再び刺激を受けた。
人とはなんなのか、人類というものを理解する為に必要な刺激だった。
彼は操縦権をフレツロフ少佐に返した、恐らく単純な戦闘技能ならまだ彼の方が優秀だ。
サポートするのは
”いい答えを聞いた、私は無人機運用及び戦闘支援プログラム、モースク1。これより君の戦闘支援を行う”
操縦系統が回復したのを確認し、フレツロフ少佐は自在に機体を操って備える。
しかしこれが例の戦闘支援プログラムかとフレツロフ少佐は半ばがっかりした、機体の制御を奪うようじゃ不良品確定だ。
絶対後で文句を言ってやろという確固たる意思と共にモースク1の返答に受け応えた。
「ああ、そうかい。勝手にしろ、二度と操縦桿奪うんじゃねえぞ」
”了解した、前方友軍機3”
「見えてる、管制室聞こえるか、これから演習を行う。試験プログラムを起動してくれ」
『了解、評価試験プログラムを作動します』
管制室からの指示でディスプレイに映る3機のMiG-27は敵という表示に変更された。
武器は全て演習用の模擬弾を積んでいる、当たってもなんとかなる。
『先ほどモースク1の自動操縦システムを試していたようでしたが如何でしたか?』
ふと管制室の若い中尉が尋ねてきた。
「なんのことだ?」
当然フレツロフ少佐には覚えがないから急いで聞き返す。
『こちらからだと起動していたように反応が出ていますが……』
少佐はなんとなく理由を察し、取り敢えず今は話を合わせることにした。
「ああ、言いたいことはあるから責任者を後で呼んできてくれ。取り敢えず今は演習だ、シュペーギン大尉、いけるか?」
『全機良好です!』
「よぉし、じゃあ演習スタートだ。お前もしっかり働いてくれよ」
フレツロフ少佐はモースク1の端末を軽く叩き、一応釘を刺した。
それに対してモースク1も”任せてくれ”と返ってきた。
やけに軽率なプログラムと共にフレツロフ少佐は模擬戦へと移った。
これが人類初と呼ばれる人工知能と人間の共同戦闘である。
3機のMiG-27が散開し、1機は上昇、もう1機は下降してMiG-29をマークした。
残り1機、シュペーギン大尉のMiG-27は真っ直ぐ突貫し、フレツロフ機を引き寄せる。
”敵機、突撃の可能性あり。突入角度予測を表示”
有効射程距離になると突撃砲を掃射して牽制し、右手の装備を近接用長刀に持ち替えてブーストをかけ、突撃を敢行する。
”指定ポイントに敵機確認”
当然長刀による一突きは回避されたが、すぐに僚機が上下から突撃砲と共に追撃を開始した。
暫くフレツロフ少佐は回避に専念していたがあるタイミングで機体のエンジンを切って相手の背後を取り、搭載していた2発のR-27で2機を撃った。
当然機体の警報が鳴り響き、2機はフレアを放ってすぐに回避機動に入る。
こうしたフレア、人類同士の戦いが事実上終結した今でも割と使っている。
効き目に関してはまだ正確な報告書は上がっていないが対光線属種相手に陽動として放ったり、場合によっては居場所を伝える信号弾やより燃焼時間の高いものを詰めて照明弾として使った。
元々戦術機にはジェット戦闘機の要素が含まれているのだからこうした装備はある種必然的に搭載された。
今回は本来の航空戦用に使用され、放たれたR-27はフレアに引かれて命中していない判定となり、戦闘は続行した。
僚機を守る為に再びシュペーギン大尉が突貫し、フレツロフ少佐はそれを軽く往なす。
相手から突撃砲を奪うと、2丁の同時攻撃を叩き込んだ。
すぐに弾幕から飛び抜け、残り2機のMiG-27と交代する。
「やはり我が中隊は優秀だな」
”指定ポイントに敵機、70%の確率でR-27発射の恐れあり”
「分かってるよ!」
フレツロフ少佐はすぐにロックオン状態に入ったMiG-27に向けてS-8Oロケットポッドのロケットを放ち、ついでに突撃砲の弾丸も別方向から放った。
ロックオンの為、ほんの僅かに空中で留まっていたそのMiG-27は両方の攻撃を喰らい、撃破判定を受けた。
『大尉、僚機がっ!』
『流石は我らが中隊長だな!追うぞ!』
この時シュペーギン大尉は少し疑問に思った。
僚機のMiG-27、コールサイン1012011はまだロックオンの最中で警報が鳴るとは思えない。
1012011がほぼ真下に襲来した瞬間に攻撃を叩き込んでいる為反撃も防御も不可能であった。
まるで未来でも見ているかのような戦いぶりだ。
『2機で連携する、ヒットアンドアウェイで機体と体力を削るぞ』
『了解!』
すぐに武器を片方近接装備に切り替え、MiG-29をマークしつつ徐々に距離を詰める。
『まず俺が注意を引き付ける、その後中尉が斬り掛かれ。撃破出来なかったら今度は俺が斬るから援護を頼むぞ!』
『了解!』
2機は散開し、打ち合わせ通り行動に出た。
”後方敵機、攻撃の可能性あり。攻撃範囲を提示”
「いちいち言ってくれんのはありがたいが別に喋らんでもいい!それより支援するんだったらもう1機の方マークしとけ!来たら呼べ!」
”既にマーク済み、接近まで凡そ36秒”
フレツロフ少佐は攻撃を回避しながら、近接用長刀でもう1機を警戒した。
モースク1は基本的に現在起こっている状況を分析し、過去の累計データを基に起こり得そうな攻撃、状況を提示してくる。
現状このモースク1はほぼ正確に攻撃を予測していた。
「これじゃあ誰がボスだか分からんな!」
突撃砲を撃ち合ってお互いに距離を取り、その瞬間にやってきたもう1機のMiG-27の斬撃を回避した。
すぐにそのMiG-27がブレーキをかけながら突撃砲の集中砲火でフレツロフ少佐のMiG-29を牽制する。
攻撃を回避しつつ少佐は次の戦闘に備えた。
どうせやり口は分かっている、あのモースク1とかいう子うるさい奴に言われなくてもだ。
すぐにシュペーギン大尉のMiG-27が長刀を刺突の構えで携えて突っ込んできた。
「これを待ってたのよ!」
フレツロフ少佐は期待を捩らせ、持っていた突撃砲の120mm弾を放った。
『しまった!』
もうこの距離では回避出来ない、シュペーギン大尉は悟り予測通り撃破判定が出た。
『同志大尉!クソッ!』
残り1機のMiG-27は牽制射撃だけ放って離脱の動きに入った。
単機ではフレツロフ少佐に勝てない、少なくとも中尉の力量ではまだ無理だ。
少佐は無理に距離を詰めず、ゆっくりと後を追った。
中尉はフレツロフ機を振り切ろうと更に加速し、円を描くように移動した。
丁度モースク1の有効な使い道を考えたフレツロフ少佐はあることを命じた。
「モースク、敵機の移動経路を予測して表示。有効射撃地点をマークしろ」
”了解、提示”
すぐに移動経路の予測が表示され、有効な射撃地点が表示された。
ちょっとは祖国ソビエトのテクノロジーを信じてみるかとフレツロフ少佐はモースク1が表示した射撃地点に狙いを定めた。
MiG-27がその地点を通る数秒前にフレツロフ少佐は引き金を引いてMiG-27を攻撃した。
弾丸は数発ほど命中し、MiG-27の左足と左手、左跳躍ユニットを使用不能にした。
中尉が早くに離脱し致命打を避けていれば撃破まで持っていけただろう。
だが相手は手負い、もうフレツロフ少佐であればどうとでも料理出来た。
「最後は空戦らしく締めてやる」
放たれた2発のR-27がMiG-27に命中し、そのまま撃破判定を受けた。
3機の敵機は全滅し、フレツロフ少佐の勝ちとなった。
『演習プログラムを終了、お疲れ様でした』
『いやいや、我々じゃあ同志少佐に手も足も出なかった』
「何言ってるんだシュペーギン大尉、数年前の私なら君の突きで死んでた。中尉もよく致命打を回避したな」
『あれは酷いですよ』
戦闘が終了し少佐のMiG-29の下にMiG-27が集まってきた。
3人ともこの戦いで負けはしたが得るものはあった、少佐としてもMiG-29という機体とモースク1について知ることが出来た。
この調子なら後1、2週間あれば慣れるだろうとフレツロフ少佐は踏んでいた。
「大尉らは先に戻ってろ、私はもう少しこの機体を飛ばして慣らす。昼時には帰るから飯は残しておいてくれ」
『了解、先に帰投します』
3機のMiG-27は先に飛行場に戻り、フレツロフ少佐はもう暫くMiG-29の性能を試していた。
ついでにまだ話したいことがあったのだ、”
操縦桿を握りながら少佐はモースク1という生まれたての高性能知能に尋ねた。
「さっきの戦闘、お前的にはどうだった。俺の強さの理由とやらは分かったか?」
”幾つかは判明した。まず君は頭の回転が早く、機転が効く。そして操縦技術と空中戦において高い技能を持っている”
「それだけ?」
”一度の戦闘で測れることなどそれだけだ、だからこれからも君の戦いを観測する。それが私にとって発展の為の最短ルートだと結論が出た”
暫くこいつから離れられないということでフレツロフ少佐は思いっきりため息をつき、天井を見上げた。
明らかに厄介者だ、だが与えられた以上便利だし使うしかない。
こりゃあ思いっきり開発陣営に文句を言わなければならないと少佐は決意した。
「ああ、よろしくな。祖国ソビエトの為にまあ頑張っていこうじゃないか」
”こちらこそ、君の役に私が立てれば幸いだ”
長い付き合いになる、ならばまずは敬語から教えようと少佐はもう1つ決意した。
MiG-29は30分ばかり飛行した後に飛行場に戻ってきた。
すぐに格納庫へ機体を戻し、コックピットハッチが開いて中からフレツロフ少佐が出てきた。
すぐに整備士達が敬礼で出迎え、機体の整備が始まった。
何人かの技術士官はコックピットに入ってモースク1の状態をチェックする。
彼らからしてみればフレツロフ少佐は早速演習でモースク1を使い、その精度や能力を確かめてくれたありがたい存在だ。
そのお礼と使った感想も含めて若い技術中尉、ブドミール・ロゴフスキーなる者が待機していた。
ロゴフスキー技術中尉は数年前に技術高等学校を卒業した若手の技術将校であり、モースク1の開発計画にも携わっていた。
間も無く上級中尉に昇進予定であり、モースク1が運用面でも好評を各地で受けているから浮かれ調子であった。
それ故にまさか目の前の少佐が怒っているなどとは全く思っていなかった。
ちなみに彼、ある世界だとП3計画なるものに参加するのだがそれはまた別の話。
「同志少佐、お疲れ様でした、如何でしたか新技術は」
中尉は敬礼して早速フレツロフ少佐に尋ねた。
少佐はまだ若い中尉を睨みつけ、逆に質問した。
「中尉はモースク1とかいうやつの開発に携わっているのか?」
「はい、あれは我々の自信作です」
「よし、じゃあ今からいうことをお前の上司に伝えろ。なんだあれは、全くポンコツじゃないか」
「えっ!?」
予想外の反応にロゴフスキー中尉は思わず声を上げた。
フレツロフ少佐はそこまで機嫌が良くない為ズケズケと物おじせずに言いたいことを言った。
「なんか喋り出すし、敬語は使えないし偉そうだし、挙げ句の果てに機体を勝手に動かすと来た。通信まで妨害して話に来るんだからとんでもねえよあれ」
「えっ!?」
「少なくとも戦闘時は優秀だった、それは認める。攻撃予測と相手の捕捉能力はピカイチだ。落っこちない程度には動かせるらしいしな、だが戦闘中一々うるさい。何より喋る機能がついてるなんて飛ぶ前聞いてないぞ」
「はい?」
「特に答えたのが勝手に自動操縦をやり出すところだ。もしあれが戦場だったら最悪俺は死んでる。中尉ら開発チームは、あれに何を食わせたんだ」
「あのちょっと待ってください?喋る?」
思わずロゴフスキー中尉が逆に訪ねた。
「ああ、喋った。ああいう人っぽい何かを作ったんだろ?作るのはいいがもうちょっと丁寧な言葉でな…」
「いやあのですね……」
中尉は口篭ったが不安げな表情のまま全てを話した。
「”
「は?」
「あの端末にも音声機能なんてついてないですし、何よりそんな人格プログラムを搭載した覚えはありません。機体の自動操縦だって基本緊急時にしか作動しないはずですし……」
「待て待て待て、じゃあ俺が言ってることは」
「全部存在しない機能なはずなんですが……」
2人の間に一瞬だけ静けさが通り抜けた。
この異常事態はすぐに上層部へ報告され、2つの対処が取られた。
まず1つはヴィクトル・フレツロフの身体検査、及びメンタルチェックである。
いよいよおかしくなったフレツロフ少佐が変なことを言ってるのかも知れない、一部の者はそう予測した。
隊の政治将校であるブリツェンスキー大尉が一応カウンセリングをし、時間の空いた時に身体検査も行った。
一応KGB将校も呼んでチェックしたがフレツロフ少佐は心身共に健康そのもの、ソ連空軍の誇るべき衛士のままだった。
次に疑われたのはモースク1の方である。
こうしたプログラムがもしかしたら暴走するかも知れないというのは誰しも考えることだ。
しかし端末、モスクワの本体共に異常は見当たらず、正常に稼働していた。
少なくともそう見えていた。
であれば機体がおかしいのではないかとMiG-29の方に検査が入ったが若干音声ファイルに妙な点があること以外は差異はなかった。
結果的に一抹の不安を残しながらもイデオロギー的に何か面倒事が起こっている訳ではないので放置され、そのままフレツロフ少佐と配下の中隊の出撃が決定した。
結局フレツロフ少佐の不満は一切解決されることなく、彼は戦地へ赴くこととなる。
モースク1という人ならざるものの相棒を引き連れて。
-日本帝国領 帝都京都 城内省-
1982年2月、それは斯衛軍、曳いては武家という身分に属する日本帝国臣民全ての命運を分ける月であった。
この日、新しい政威大将軍を決める五摂家会議が開かれていた。
基本的に新しい政威大将軍は現在将軍を出している以外の摂家から選ばれることとなり、この会議には既存の五摂家当主だけでなく城内省の大臣、斯衛軍トップの総監なども出席する。
武家の新しい棟梁を決めるのだから会議は厳か且つ儀式的に行われ、会議の場は基本帯刀した斯衛軍兵が守備につく。
会議に出席する武家の者は全員直垂を着用するのが義務であり、刀を帯刀して円状のテーブルに座り、新しい将軍について話し合う。
こうしたプロセスに日本の首相や衆議院、貴族院の議員らは参加することが出来ない。
何故ならばこの会議は武家の棟梁を決める会議であり武家でない者にはそもそも資格がないからだ。
これに対し幾人かの学者は「民主的なプロセスを一切挟んでいない寡頭制密室政治である」と批判する声もあった。
何せ日本帝国臣民の誰一人からも信任を受けていない者達が集まって日本帝国における名目上の統治者を決定するのだから新しい日本帝国が民主制を名乗るのならあってはならぬ行為である。
無論これに対して城内省方は反論として「これはあくまで日本帝国憲法における将軍家典範に従っているだけ」として憲法を理由に批判を跳ね除けた。
日本帝国憲法には将軍家典範についてこう記されている。
第一条 将軍は五摂家に属する当主が、五摂家会議の評定によってこれを継承する。
そして五摂家会議の法律には「5名の選定官、城内大臣、斯衛軍総監がこれに出席する権利を有す」と記載されている。
なおこの5名の選定官は五摂家であることが条件であり、この法律には首相どころか皇帝の出席権利すら明記されていなかった。
この法律に対し度々改正が求められたのだが全て貴族院で否決され、衆議院の優越などという便利なものもなかった為未だに残ったままである。
かくして問題を孕んだまま今回も五摂家会議は開かれた。
煌武院、斑鳩、斉御司、九條、崇宰の選定官と城内大臣、斯衛軍総監が一堂に会した。
基本この選定官は武家の長老、隠居した当主などが主であり、将軍の位を受ける権利を持つ当主達は別室で待機となる。
今回の城内大臣と総監はそれぞれ譜代の人間である為比較的五摂家の割合は減っていた。
会議は午前9時より始まり、1時間は順当に話が動いていた、問題はそれ以降である。
基本的に将軍の選出は五摂家の輪番制で行われる。
順番的に今回は斉御司家、本来なら問題なく進むのだが問題があった。
この時代、斉御司家の当主はあの信真である。
信真は心酔する味方が多い反面敵も多かった。
特に旧守派、或いは信真の行いに煮湯を飲まされた者達からの反発は強く実際会議は荒れた。
まず城内大臣と九條家の選定官、煌武院が反対に回った。
九條家は単純に現当主の九條輝光が派遣軍司令をほぼ解任される形で戻され、それ以降の戦果を信真に奪われた逆恨みによるところが大きかった。
一方の城内大臣酒井国清は単純に旧守派の人間という立場で反対し、煌武院の方は九條家に協力する代わりに政威大将軍に推薦するという話し合いの末味方についた。
逆に賛成の立場についたのは斑鳩、斉御司、崇宰であり、残りは斯衛軍総監であった。
斑鳩、崇宰、2つの家は割に信真のことを高く評価しており、若き次代当主崇継の活躍の場を作ってくれたこともあってか特に強力な味方となった。
何より斉御司家選定官の秀信が特に信真を「武家を100年存続させうる逸材」として推していた為、熱量は凄かった。
では残りの斯衛軍総監、保科茂月大将は極めて日和見主義的な人間であり、意見が割れた状態だとこの保科大将を如何に味方につけるかが肝心となってくる。
だがその心持ちは若干斉御司派に寄っており、如何に斉御司がはっきりさせるかが肝要であった。
午前中はひたすら理による対決となった。
議論の場でなるべき理由、なってはいけない理由をぶつけ合い、議論を重ねた。
結局午前では決まらず、2時間の昼休憩を挟んで午後からの会議に臨んだ。
無論昼休憩は単なる休憩ではない、調略の場であり陰謀詐術が飛び交う場であった。
午後からの会議、双方足の引っ張り合いとなり午前中よりも陰惨な空気が漂い始めていた。
されどこの時点で斉御司派の調略が成功しており、まず煌武院の選定官が翻意し始めた。
政威大将軍の座を譲る代わりに城内大臣と大政参与の席を渡すと言ってきた。
政威大将軍かそれとも城内大臣と大政参与の二席か、これによって煌武院の意見が揺れ始めた。
武家において要職というのは幾つか存在する。
中でも政務や実務においてトップに近しい存在は城内大臣、大政参与、そして元枢参与の席である。
俗に一大臣二参与と呼ばれる存在で政威大将軍は輪番制として如何にこの要職に食い込むかが目指すところであった。
プラス一番大きかったのは保科大将の心を斉御司側が掴んでいたことだ。
保科大将は間も無く退役する、斉御司家が彼の老後と保科家の安心を買ったのだ。
まず保科大将の息子実宗、武昭を准将、大佐昇格、四国守護軍司令と参謀長の席を確約した。
そして保科大将本人は退役後、貴族院議員として立候補した場合、推薦人を引き受けることを約束した。
こうして家の安泰を買った保科大将は晴れて斉御司に味方することにした。
結果的に午後5時に最終手段としての多数決が取られ、賛成4、反対3で信真の政威大将軍就任が決定した。
反対派は意気消沈、特に九條と酒井大臣は大いに落胆し、反対のままでいた煌武院は勝利のおこぼれに預かることは出来なかった。
すぐに五摂家会議の決定は宮内省に運び込まれ、皇帝の裁可を受けた。
皇帝はこの人選に若干顔を顰めつつも「ああ、そう」と言ってサインした。
かくして政威大将軍斉御司信真が誕生したのである。
既に帰国していた信真は束帯に着替えて皇居へ参り、皇帝より大命を拝した。
こういう場における信真はまるで別人かのように人が変わり、美しい礼儀作法と言葉遣いを用いる。
うつけでも五摂家、どちらが本性かは誰にも分からない。
京都の御所に戻った信真は就任の議を終え、いつもの信真に戻った。
暴君が本当に権力を持ってしまったのである。
「猊下の御成!」
京都御所内、玉座に控える警護衆の斯衛兵から声が響き全員が将軍に向かって頭を下げる。
信真は斯衛軍の制服を着たまま将軍の玉座に現れた。
彼は斯衛軍の制服の上からマントを羽織り、日本刀を帯刀していた。
その姿は正に戦国の武士である。
信真は席につき、諸将もそれぞれ席に着いた。
彼はギラついた瞳で周囲を見回した。
まず手前には左に城内大臣、右に元枢府参与が控えている。
城内大臣は反対派の酒井から斉御司に与した崇宰家の吉次が就任し、こちらの元枢府参与、要は将軍の政務補佐役には斑鳩家の分家、露隆が就任した。
他にも大政参与や各所の参事には五摂家会議の折に斉御司に味方した家々から人が集められた。
ちゃんと反対派の煌武院や九條家にも配慮して新人事を完成させた。
恐らくこのうちの半分は信真の逆鱗に触れて叱責され、うち何割かは失脚するだろうがそれは追々考えていく話だ。
現状を維持しても何も変わらない、滅びに甘んじるだけだ。
城内大臣の背後には斯衛軍総監、大政参与、そして参事と呼ばれる城内省と元枢府の官僚が集まっていた。
そんな彼らに向けて信真は決意表明を露わにした。
「これからは斯衛軍が総力を挙げて国外のBETAどもを討ち滅ぼしていく、先代まではえがったかもしれんが俺の代ではそうはさせん。おみゃーら全員心してかかれ!武家がなんたるか思い出せ!ええな!」
全員から「はい!」という言葉が聞こえ、信真は満足げに笑った。
「茂月!」
「ハッ!」
保科大将の名が呼ばれ、一歩前に出る。
彼は律儀に敬礼して「何用でしょうか」と膝をついた。
「今すぐ1師団を派遣しろ、足りなければ2師団からも人を回せ。とっとと国防省のたわけどもとまわしておけ。ええな」
「ハッ!恐れながら猊下、斯衛第1師団は猊下を守る鎮護の衆、それを国外へ派遣して良いのですか…?」
一応保科大将は聞き直した。
斯衛軍は2個師団のうち1個を京都、もう1子を東京に配置している。
京都の守護は斯衛第1師団、東京の守護は斯衛第2師団が担っており、ついに信真は1個師団丸ごと外地に送れと言い出した。
「当たりめーだぎゃ、ここで使わなにゃいつ使うんだがや、おみゃーおおちゃくこいてるわけじゃにゃーだろうな」
「当然にござりまする、直ちに手筈を整え第1師団を派遣、また予備役の再招集も行います」
「よう言うた、よう言うた、流石茂月だわ。他のたわけどももよう見習え」
「ハッ…!」
「よぉし、武士は武士らしく、最後の戦でパーっと死のうではないか」
信真は笑っていた、相変わらず他の誰も笑っていなかったが。
後に彼が”
フレツロフ少佐がMiG-29を受領してから2週間ほどが過ぎた。
この2週間、MiG-29組はひたすら機体を飛ばして操縦を覚え、機体の特性や癖を掴んだ。
残るMiG-27組はMiG-29との連携を強化し、中隊としての練度を高めた。
演習に次ぐ演習、BETAを模したものを敵とする模擬戦や中隊内の戦術機同士による戦闘、或いは基地に駐留する別の中隊との対抗戦など。
MiG-29を最初に受領したフレツロフ少佐、ブリツェンスキー大尉、オルゼルスキー大尉、シュペーギン大尉は技量を高め、MiG-29という機体を我が物とした。
もしこれがSu-24やSu-25といった全く別系統の戦術機であったら慣れにはもう少し時間が掛かっただろう。
2週間後、基地司令のマトヴェーエフ少将からフレツロフ少佐に移動命令が下された。
彼の中隊は本隊には合流せず、白ロシア前線の航空軍に合流してハイヴ攻略戦に備えよとのことだった。
現在第1独立親衛戦闘航空連隊は直属の上位部隊である第1ウクライナ前線のオストラヴァ突破戦に合わせて援護に入っているところだった。
既に第1独立親衛戦闘航空連隊にはMiG-29が何十機単位で配備されており、Su-27共々戦果を上げた。
本来であれば本隊である第1独立親衛戦闘航空連隊に合流すべきなのだが、命令で白ロシア前線の部隊に合流することとなった。
「またハイヴ戦ですか……」
少佐は思わずマトヴェーエフ少将の前で不満を述べた。
折角手に入った新しい機体、出来ることなら初陣は晴れた空の上がいい。
ハイヴの中などロケーションで言えば下の下である。
「作戦は現状順調に行ってる、最早少佐の隊が出る幕はないだろう。どちらかと言えば出番はその後だ」
少将は立ち上がって地図を指差した。
作戦の軽い説明だ。
「フレツロフ少佐が属する第1ウクライナ前線はオストラヴァからの正面突破、その間に白ロシア前線は各所の回廊から分散浸透して一気にハイヴへ接近する」
「タイミング的に間も無く白ロシア前線が回り込んでチェコに突入、というわけですね」
「オデッサから君らを送ったとしても着くのに数日は掛かる。であれば万全の状態でハイヴ戦に投入したほうがいい、というのが空軍司令部の判断だろう」
驚く程に上層部は合理的だ、フレツロフ少佐本人の希望を無視しているところも含めて。
マトヴェーエフ少将も少佐の内心には気付かず「実際君はハイヴ戦のプロだからな」と褒めるように付け加えた。
空軍のパイロットとして最も嬉しくない評価だ。
「正直前回のブカレスト・ハイヴはまだ楽な方だったと報告で上がっている。実際どうだ?」
「同意見ですね、南欧での戦いは一昨年の秋口から攻勢に出るまで防戦一方でしたから」
BETAも学習すると聞く。
あのブカレスト・ハイヴはリヴォフなどに比べれば成功を積み重ねていた為、それほど成長の機会がなかったのだろう。
特にハイヴの中の防備は今まで突入したものの中で一番歯応えがなかった。
「だが恐らくチェコのプラハ・ハイヴは違う。西側にも近く、81年の攻勢以降前線担当となった訳だから相当学んでいるだろう。人類がどう攻めに出るのかをな」
「となるとハイヴ攻略戦は厳しいものになると少将は言いたいのですね」
「ハイヴに突入したことのない男の戯言だよ。正直、少佐の方が正しい分析が出来ると私は思っている」
実際マトヴェーエフ少将の指摘は正しく、嫌な話だがフレツロフ少佐の予測も同じであった。
戦いが激化すればするほどBETAは学習する。
中東戦線で攻略され、突入したうち2つのハイヴは堅牢な防備であり、攻略には時間が掛かった。
今となっては欧州のハイヴも同じような有様なのだろう、ブカレスト・ハイヴは幸運だった。
「正直、我が隊とて無事かは分かりません」
「ああ、だが退く訳にいかんのは少佐も承知だろう」
フレツロフ少佐は頷いた。
死にたくはないが死を覚悟して戦わなければならない理由は理解出来る。
マトヴェーエフ少将はそのままフレツロフ少佐に近づいて握手した。
これが今生の別になるかもしれない。
「少佐の無事と新たな栄誉の獲得を期待しているぞ」
「ありがとうございます、我々こそお世話になりました」
2人は敬礼し、フレツロフ少佐は司令官の執務室を後にした。
少佐は再びMiG-29のコックピットに入り、モースク1の端末を起動した。
「いつでも出撃出来ますよ!」
「ありがとう、助かるよ」
近くにいた整備士に軽く礼を述べて再び端末を見つめた。
”出撃か?”
モースク1は尋ねてきた。
「こういう時はお帰りとか言うんだ……まあ合ってる。出撃だよ」
”どこへ?”
「ハイヴだ、プラハ・ハイヴに突っ込む。手ェ抜くなよ」
”私のプログラムに”手を抜く”と言う概念は存在しない”
フレツロフ少佐は苦笑を浮かべた。
1982年2月、フレツロフ少佐と彼の中隊はポーランドへ向かい、そのままチェコスロバキアに向かった。
彼が白ロシア前線の管轄地域に到着する頃には白ロシア前線は突破に成功していた。
プラハ・ハイヴ攻略戦、ソ連にとって4度目のハイヴ攻略戦の始まりである。
つづく
明けましておめでとうございます、新年一作目でございます