マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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また会いましょう
どこで、またいつかわからないけれど
ある晴れた日に私達はまた会えるってわかっているの
いつもあなたがしてくれていたように
微笑みつづけて
青い空が暗い雲を遠くに追いやるまで
-”We'll meet again”より抜粋-


大反攻 ブルジェツラフ会戦②

-ソ連領 ロシアSFSR モスクワ州 首都モスクワ ソ連軍参謀本部-

第1ウクライナ前線の苦境は当然だがモスクワの参謀本部にも伝わっている。

 

参謀本部は地上戦力や補給物資の融通、戦術機部隊の支援などを周囲の各司令部に要請し、可能な限り第1ウクライナ全線をサポートした。

 

これらの支援で特に手厚かったのがソ連宇宙軍の偵察衛星を用いた情報の優先共有であり、鮮度の高い情報は第1ウクライナ前線全軍の司令部が喜んだ。

 

当然だが作戦の実務は従事する部隊が行う為、参謀本部は見守るしかなかった。

 

参謀本部の一室には東欧、南欧を写した地図があり、そこに友軍の各部隊とBETAの部隊が配置されていた。

 

チェコスロバキアの中間地点には当然だが第1ウクライナ前線とBETA11個軍が置かれており、細かい戦闘の状況は別の地図で記されていた。

 

この部屋には数人の参謀の他に国防相ウスチノフ元帥、参謀総長オガルオフ元帥、作戦総局長ヴァレンニコフ上級大将とウスチノフ元帥の補佐ということでイルラリオノフ中将とトゥルーノフ中将が控えていた。

 

彼らは東欧の地図を見つめ、第1ウクライナ前線のより正確な戦況図と見比べた。

 

「第4軍、第34軍、チェコスロバキアの第1軍、そして臨時編成の国内軍1個軍は各所で防衛戦闘を行いつつ、徐々に後退しています」

 

ヴァレンニコフ上級大将は国防相と参謀総長らに状況説明を行った。

 

前面に展開するBETAは11個軍、後列の群ほど軌道爆撃で数を減らせたがそれでも数的優勢はBETA側にある。

 

いくら4個軍といえどこの攻勢をずっと受け止め続けるのは至難の業であった。

 

「増援の第11親衛軍はいつ到着するのかね」

 

「もう暫く掛かるでしょう、ですが後数日かと」

 

「後数日が勝負所か」

 

オガルコフ元帥は頷き、さらに説明を加えた。

 

「ここで4個軍が敗退する事があればBETAの主力攻勢がどちらに向くにせよ、面倒なことになります。白ロシア前線にBETAが向かえばこれ以上の攻勢は難しくなる。一方でオストラヴァを越えようとすれば沿バルト前線がこれを防がなくてはならない」

 

ゴヴォロフ元帥の沿バルト前線はオーデル川近くの旧国境線に兵力を展開しており、主力を移すことになればベルリン・ハイヴの包囲が疎かになる。

 

前進した第1ウクライナ前線が耐え抜いてくれることが今後も攻勢を続けて行く上で重要であった。

 

「無論同志ヤゾフもそれを見越して国内軍の臨時部隊を前線に送ったのでしょう。装備は主力に劣るかも知れませんが、これで暫くは持つはずです」

 

国内軍のMBTは未だT-54/55、T-62であり、火砲の面でもソ連軍と同等とは言い難かった。

 

何せ後方に残存するBETAと戦うだけならそれらの装備で十分であり、それ以上の装備を回す余裕も必要もなかった。

 

「指揮官はKGB中将のステクリャルという奴か、軍の指揮なんて経験がないのによくやる」

 

ウスチノフ元帥は後方各所で援護戦闘を行う国内軍を指揮するステクリャル中将を褒め称えた。

 

彼が最後に部隊を指揮したのは大祖国戦争の時の偵察小隊か、1950年代のウクライナ民族主義者との戦いの時であろう。

 

それ以降ステクリャル中将は反体制派の弾圧とBETA大戦以降の国内軍、KGB統括が主任務であり、実働部隊の指揮経験は皆無であった。

 

その点は彼も承知しており、基本的に部隊の指揮は国内軍師団の師団長らに全て任せている。

 

彼が参謀として招集した各師団の将校は連絡要員であり、基本的にステクリャル中将は前線司令部からの要請を下に流すだけであった。

 

それでも国内軍師団の最低限の指揮統一は出来ており、師団長達は混乱することなく各所に兵を配置していた。

 

「後の事はヤゾフ君らに任せるしかない」

 

「はい、せめてもう少しBETA接近の感知が早ければ無理をさせることもなかったのですがね」

 

オガルコフ元帥の呟きにウスチノフ元帥は頷くしかなかった。

 

2人は東欧の地図に意識を集中し別の話をした。

 

「しかし、あのBETA達はやはりコシツェのハイヴから来たで間違いないのかね」

 

「調査隊を送らないことにはなんとも、ただ出現方向から見て8個軍はコシツェ産の可能性が高いかと」

 

「ヤゾフ君は兵力生産の為のハイヴだったのではと送ってきたが」

 

ヤゾフの予想は多かれ少なかれウスチノフ元帥やオガルコフ元帥と同じ意見であった。

 

BETA同士の連携が取れているかは確証が取れていないが現状ほぼ全てのハイヴが人類軍による攻撃を受けている。

 

そうなった場合我が身を守る為にはまず兵力兵器の増産であり、その為に生産拠点を増設することはさほどおかしな事ではなかった。

 

コシツェ・ハイヴはハイヴでありながら拡張せず、逆に姿を隠すような配置をしていた。

 

彼のハイヴこそチェコスロバキアのBETAが兵力増強の為に設置した生産拠点ではないかと彼らは疑っていた。

 

その生き残りが今、第1ウクライナ前線に牙を剥いている。

 

「私個人としてはウィーン・ハイヴからも増援が到着したのが気がかりです。現状BETAの連絡網は断絶されたままというのが有力ですが、であればこのタイミングの戦力投入はおかしい」

 

「連絡網が復活したか第1ウクライナ前線がオーストリアに接近し過ぎたか、どちらもあり得るが前者として考えた方がいいだろう。流石にBETAも学んできたか」

 

「BETAは戦争について学習を深めているのは間違いないでしょう。無論各ハイヴごとに個体差がというのはありますが、こうなってくるとそうも言ってられない」

 

「多少無理をしてでも戦争を早期に終結させねば、残るハイヴ、後2年のうちに決着をつけるぞ」

 

オガルコフ元帥は頷いた。

 

プラハ、ブダペスト、ウィーン、ベオグラード、そして新たに確認されたザグレブ、死に体のベルリン。

 

これらを全て撃破すれば欧州からBETAが消える。

 

欧州からBETAが消えれば残すはアフリカのBETAのみ、こちらは国連軍がやってくれる。

 

ウスチノフ元帥が言った2年のうちにというのはさほど難しい話ではなかった。

 

「我々も仕事は増えそうだ、これ以上BETAに穴ばかり掘られても困る」

 

「早急に地上偵察に地底音響部隊を編成しないとなりませんな。やはり宇宙空間からの偵察じゃ限界がある」

 

やることさえ決まってしまえば国防省も参謀本部も仕事は早い。

 

ましてや此度の戦争、BETAとの戦争に賛成も反対もなくただ実行するのみと意見が定まっているのだからウスチノフ元帥とオガルコフ元帥のコンビはその能力を遺憾なく発揮した。

 

ウスチノフ元帥が作ったソヴィエトの巨大軍需が戦線を支え、オガルコフ元帥のひらめきが軍事における革新を生み出し、そして参謀長として、技術将校としてソ連軍の作戦を支えた。

 

銃後の組織は確かに間違いもするが、大筋では正解を引いている。

 

後は前線将兵が奮闘するのみであった。

 

 

 

 

第3親衛戦車軍、第1親衛軍、第9親衛軍、第24軍、第60軍、ポーランド軍第1軍が補給を終え、攻勢方向を整えた。

 

各軍司令部からその報告が届き、第1ウクライナ前線司令部は事前に考えていた攻勢方向を各軍に伝達した。

 

まず第3親衛戦車軍、第24軍、第60軍はブルノからフストペチェを移動してBETA群の背後を突くよう命じられた。

 

先頭は当然第3親衛戦車軍、彼の親衛戦車軍が突破口を作り、残る2個軍が第二梯団として戦果を拡張する。

 

一方第1親衛軍、第9親衛軍、ポーランド軍第1軍はクロボウキ・ウ・ブルナを通り、BETAを横合いから襲撃するよう命じられた。

 

各軍の最先任であるゲラシモフ上級大将、イヴァノフ上級大将はヤゾフより親衛軍たる矜持を見せるよう事前に通告され、それと同時に両軍司令の裁量権を拡大した。

 

一方移動中の第11親衛軍であるが全軍の到着は4月10日以降となり、丁度攻勢部隊の到着と合致していた。

 

その為前線司令部は第11親衛軍を正面からの反撃を行う際に主力として用いることを決定した。

 

地上部隊の反撃に先立ち、第17航空軍は既に主力を第4軍らの増援に送りつつあった。

 

特に前線司令部直轄の第1独立親衛戦闘航空連隊は前線司令部命令で2個軍撃滅が終わると即座に防衛部隊の支援に向かうよう命じられた。

 

ソ連空軍の中でも特に精鋭の第1独立親衛戦闘航空連隊はまだ戦意に溢れており、数十機の戦術機は整備兵達に見送られて戦場へと飛び立った。

 

同じ頃、第3親衛戦車軍も出発の準備を進めていた。

 

T-80Bの燃料補給、各車両の整備点検や修理、武器弾薬の補給を全て終えて移動経路を策定し、隷下の師団に命令を伝える。

 

イヴァノフ上級大将は参謀長のヴィクトル・ミルゴロドスキー少将と共に一部師団の視察に向かっていた。

 

司令官ボリス・ペトローヴィチ・イヴァノフ上級大将は将官用の野戦服を身につけており、肩章と肩の間にはサム・ブラウンベルトがかけられている。

 

元々イヴァノフ上級大将は大祖国戦争の頃から戦車部隊の指揮官をやっていた人だ。

 

1941年から戦場で戦車に乗って戦い、時にはヴァルター・モーデルらと鎬を削った第二次ルジェルフ会戦、一大戦車戦のクルスクの戦い、リヴォフ=サンドミール作戦、ヴィスワ・オーデル攻勢、そしてベルリンと大祖国戦争を戦い抜いてきた。

 

彼の胸には2つのソ連邦英雄勲章たる金星が付けられているが、1つは大祖国戦争の時のものであり、もう1つはこの戦争によるものだ。

 

生粋の戦車将校である彼は大祖国戦争の時と同じように不利な状況でも戦い抜き、1979年末のメルクリー作戦、80年のアステロイド作戦、81年のザーパド81作戦と第3親衛戦車軍を率いて前線の突破口を切り開いてきた。

 

それは今回とて同じである。

 

「参謀長、戦車隊の燃料と弾薬、整備パーツ、それと支援部隊の補給は間に合っているか」

 

イヴァノフ上級大将は隣で歩いていたミルゴロドスキー少将に尋ねた。

 

少将は元々砲兵将校上がりであるが昇進するに連れて砲の運用というより補給など後方業務に従事するようになり、完全にその道のプロであった。

 

「後2ヶ月はこのままの状態で暴れられますよ」

 

「素晴らしい、これで先鋒の戦車軍司令としてヤゾフ君らに顔向け出来るというもの」

 

上級大将は満足気であった。

 

本来ならもう10日は掛かってもおかしくない状況で補給部隊と前線司令部は見事補給線を繋ぎ通した。

 

聞いた話によると沿バルト前線から国内軍師団まで借りて後方を維持し、安全かつ安定した補給線を維持したらしい。

 

「我が軍はこのままフストペチェに向けて進軍し、BETA群に対し強襲を仕掛ける」

 

「ハッ!」

 

第3親衛戦車軍は遂に攻勢をかけるBETA群を目指して進軍を開始した。

 

その後には第24、第60軍が続き、友軍の窮地を救う為に前進した。

 

移動中の部隊は度々主力と逸れた落伍兵のBETAと遭遇することもあったが、これらを即座に捻り潰し、前に進んだ。

 

一方の第1親衛軍、こちらの移動準備は第3親衛戦車軍よりも早く終わっていたがゲラシモフ上級大将の命でタイミングを合わせての移動となった。

 

二方向からの同時攻勢、これこそBETAの一角を切り崩して攻勢を優位に進める方策だ。

 

第1親衛軍はBETAによって均された大地を移動し、各所で補給と休息を取りながら急ぎ、前へ進んだ。

 

前線部隊の移動に合わせて親衛軍司令部も同時に移動した。

 

司令官ゲラシモフ上級大将は指揮車のBMP-1Kに乗り込み、何人かの参謀と共に次の指揮所へ移動していた。

 

「第25親衛自動車化狙撃兵師団は後1時間以内にボルコヴァニに到達します。15分の休憩の後に各師団は再び移動します」

 

「前線には何日くらいで着く」

 

ゲラシモフ上級大将は真面目な顔で地図を見ながら参謀に尋ねた。

 

「3個軍全軍の到着ですと2日、我が軍単体ですと1日と言ったところでしょうか」

 

「最低後1日は耐えてもらうことになるか……なるべく急がせろ」

 

「はい」

 

第4軍らがどうなっているかはゲラシモフ上級大将とて理解しているつもりであった。

 

11個軍というBETAの大群に襲われ、防衛網を構築する時間があったとはいえ将兵司令部共に相当の疲労に襲われているだろう。

 

ヤゾフが国内軍を丸々1個軍ほど引っ張ってきたらしいが装備の面ではどうしても正規軍よりは見劣りする為、同じ1個軍と同量の期待は背負わせられない。

 

であれば我が軍が急ぎ急行して仕掛ける他ないとゲラシモフ上級大将は確信した。

 

「耐えててくれよ……」

 

この時のゲラシモフ上級大将とイヴァノフ上級大将の考えていることはほぼ同じだった。

 

第4軍らの能力を信じつつ、とにかく急いだ。

 

それは第1ウクライナ前線司令部のヤゾフも同じだ。

 

攻勢部隊が動き出した時からヤゾフは内心「早く、早く」と願い続けていた。

 

同時攻勢で第1親衛軍と第3親衛戦車軍が戦線に穴を開けてまず敵部隊を撃滅し、包囲網を形成出来ればそこへ宇宙軍が攻撃を叩き込んで光線属種を減らし、応援を取り付けた切り札を使う事が出来る。

 

だがそれには彼ら5個軍の到着が不可欠であり、尚且つ第4軍ら4個軍が耐え続けてくれる事が肝要であった。

 

この2つが維持されていなければヤゾフの切り札は使えない、確実な効力を与えられない。

 

ヤゾフはひたすら時を待った。

 

前線司令官である彼は大祖国戦争の時のように自らが前線に立って戦う事は出来ないし、かといって数年前のように軍を率いて戦うことも出来ない。

 

今の職務は各軍に方針を決め、成功する為の準備をこなし、後を各軍に託すことである。

 

自身が焦る気持ちをひたすら隠してゲラシモフ上級大将ら将軍達を信じた。

 

己がこれほど焦っているとは、ヤゾフはふと自重した。

 

恐らく自分が小隊長、中隊長の頃に前線司令官を務めていたジューコフ元帥やロコソフスキー元帥、コーネフ元帥らはもっと上手く出来ていたのだろう。

 

自分は彼らのようになれない、大祖国戦争の将軍達がいれば皆もっと楽出来ただろうにとも悲観的に考えていた。*1

 

内心ヤゾフは追い詰められていた、故に悲観的な考えも幾つか出ていた。

 

無論彼は職業軍人であるからベストを尽くしているし、あり得ないことを考えても仕方ないと作戦に集中した。

 

されど彼も人間でありロシア人である、こうなっても仕方なかった。

 

一方そんなヤゾフを側から見ている参謀達は皆彼のことを尊敬していた。

 

特にリトヴィネンコ少佐は後年の回顧録で「司令官はかくあるべし」と書くほどこの時のヤゾフを尊敬し、自身の参考としていた。

 

ヤゾフはジューコフ元帥らに憧れていたが、ジューコフ元帥より粗暴ではないヤゾフの方が共に戦いたいと思う人間は多いかも知れない。

 

彼の普段通りだが的確かつ素早い指揮は前線司令部の参謀達に適度な緊張と緩和を与え、長丁場でも戦える空気を作り出した。

 

第1ウクライナ前線はまもなく反撃に出る。

 

まもなく前線将兵の、参謀達の努力が身を結ぼうとしていた。

 

 

 

 

一方前線にいる各軍は想像以上に疲弊していた。

 

ほぼ毎日のように数万を超えるBETAの大攻勢を喰らっているのだ、将兵らは皆疲れ切っていた。

 

それでも彼らが戦うのは侵略者BETAを打ち滅ぼす為、生きて勲章と共に家に帰る為、失われた祖国を取り戻す為だ。

 

参謀達、軍司令官達、師団長達も日夜上がってくる報告を聞いて戦法を変え、可能な限りBETAを潰して戦線を維持した。

 

それはKGBのステクリャル中将も同じだ。

 

国内軍師団から人を集めて臨時の司令部を編成し、それでも人手が足りないので前線司令部とKGBから人を連れてきた。

 

「第79師団より砲弾の追加要請が来てます」

 

「ボルシェンコフ中佐、行けるか」

 

ステクリャル中将はすぐに兵站参謀として前線司令部から出向してきたボルシェンコフ中佐に尋ねた。

 

「割り当てられた備蓄を解放すればなんとか……」

 

「直ちに送るよう算段を立ててくれ、他に何か報告はあるか」

 

「第69師団が前線の奪還に成功、第4軍の各師団と共に敵を押し返しています」

 

「よしいいぞ!そのまま師団長の指揮で戦闘を続けろ!」

 

ステクリャル中将は師団の戦果に喜び、ガッツポーズを浮かべ当たり障りのない命令を出した。

 

部隊指揮の実務に関しては確実にステクリャル中将よりも各師団の長達が先任である。

 

中将の職務は彼らの要望を集約してなるべく叶え、前線司令部からの命令を一括に各師団へ伝えることだ。

 

この点においてステクリャル中将は与えられた役割を果たしていた。

 

代わりに重度のストレスと疲労で心身共に疲れ切っていたが。

 

「あの……同志中将?そろそろお休みになられませんか…?」

 

プリコフ大尉はふとステクリャル中将に休むよう進言した。

 

彼の目の隈は日に日に拡大し、動きも疲れが滲み出ていた。

 

「大尉、今は祖国の危機だ、休んでる暇なんかないだろう」

 

プリコフ大尉の進言を聞き入れず、ステクリャル中将は指揮所に残った。

 

ステクリャル中将が疲労で倒れるのはそう遠くない未来の出来事である。

 

一方この頃になるとブルノ方面の戦闘に参加していた部隊が続々と第4軍らに合流し始めた。

 

まず先発の第1独立親衛戦闘航空連隊が山間部を越えてBETAの梯団に奇襲を掛けた。

 

「総員抜刀!斬撃と共に火力を投射し敵を切り崩す!」

 

デルーギン少佐の命令で数十機の戦術機が近接用長刀を手にし、接近するBETAを突撃砲で蹴散らし戦線に食い破った。

 

ソ連軍が開発した長刀は振るうというよりも振り下ろす動作が一番適しており、ベースの騎兵用サーベルを彷彿とさせる形状であった。

 

刃を振り下ろして相手を叩き斬り、高速でその場を離れる。

 

周囲のBETAには突撃砲、ロケット弾、爆弾、ナパーム弾、場合によっては空対地ミサイルを叩き込んで隊列を食い荒らした。

 

稀に飛び掛かってくる戦車級もいたが即座にサーベルで斬り殺される。

 

第1独立親衛戦闘航空連隊の突撃に合わせて右翼を担当する第34軍の部隊が逆襲に出てBETAの1個連隊をほどを切り崩した。

 

更に後方からベレンコ中佐率いる戦術機部隊が襲来し、更にBETAの戦線を押し返した。

 

第1独立親衛戦闘航空連隊が戦果を上げている間に第17航空軍の一部も戦闘に合流し、Su-25やSu-24らの攻撃機部隊が各所の火消しに回った。

 

チェコスロバキア軍第1軍も防衛陣地で踏ん張ってBETAと戦い続けていた。

 

彼らにとってこの戦場は故郷であり、我が家へ帰る為の長い長い道のりであった。

 

ある者は慣れ親しんだ道を通って地の利を活かし、1個自動車化狙撃兵小隊でBETA1個中隊を翻弄し、ある者は思い出の道を戦車で駆け抜け数体の突撃級を行動不能にした。

 

そこへ救いの砲火力が叩き込まれる。

 

第11親衛軍から先発で送り込まれた第463ロケット砲兵旅団と第710砲兵連隊が砲撃陣地を構築し、支援砲撃を開始した。

 

これらの砲兵支援は一時的なものだったが戦線の安定には寄与した。

 

こうして両翼の戦線は少しづつ安定し、その結果中央を担当する第4軍の負担も軽減されつつあった。

 

軍司令官キリリューク大将はネダコニツェに構えた軍指揮所で隷下の師団の報告を聞いていた。

 

彼にとってこのようなBETAの攻勢を受けるのは二度目である。

 

一度目はジトーミル防衛戦の時、あの時はまだ4個軍程度だったが今はその3倍弱はいる。

 

されどキリリューク大将は前任の司令官であるヤゾフのことを信頼していた。

 

彼であればきっと何かしらのいい方策が思いつき、間も無く勝利に至れるであろうと信じて戦い抜いてきた。

 

それは参謀長のソコロフ少将も同じである。

 

「第75自動車化狙撃兵師団はここの防衛線を放棄、第8航空軍はここに戦術核を撃ち込むと言っています」

 

「では戦術機部隊を支援しつつ周辺の隊には後退と対放射能装備の装着を命じろ」

 

「はい!」

 

「核の投入と共に第75自動車化狙撃兵師団には逆襲を命じろ、援護には第49自動車化狙撃兵師団をつけろ」

 

「承知しました」

 

一通りの命令を出し終え、キリリューク大将は部下が用意してくれたコップの水に口をつけた。

 

砲声は耳をすませば聞こえるし、度々振動で机が揺れる。

 

彼らはもう戦場という異常な空間に慣れており、特段気にすることはなかった。

 

「各軍、増援部隊の支援を受けて徐々に盛り返しているようです」

 

ソコロフ少将の報告を聞いてキリリューク大将は安堵したように頷き、コップを机に置いた。

 

「我々もこの調子なら後1ヶ月は耐えて見せる。尤も1ヶ月のうちに必ず解決するだろうがな」

 

「同志ヤゾフ元帥なら、ですね」

 

キリリューク大将は笑みを浮かべ頷いた。

 

彼らも皆、ここ数十日の防衛戦で疲れが溜まっている。

 

各師団の報告を聞き、適切な判断を下し、戦闘の為に可能な限り十分な準備を行なった。

 

全てはソ連の勝利の為であり、勝利の為に彼らは苦労を惜しまなかった。

 

そして4月8日、彼らは来た。

 

第4軍参謀の1人が受話器を手に取り、報告を聞いた。

 

全てを聴き終えた瞬間その参謀は表情を変え、急いで受話器を置くと走ってキリリューク大将の下へやって来た。

 

「同志司令!第1親衛軍より緊急入電です!同軍は別方向より進軍中の第3親衛戦車軍と共にBETA群と会敵、戦闘に突入したとのこと!」

 

キリリューク大将とソコロフ少将は顔を見合わせ、「本当か」と聞き返した。

 

その参謀は大きく頷き、付け加えた。

 

「到着しました!我が軍の増援です!」

 

4月8日、第1ウクライナ前線隷下の第1親衛軍、第3親衛戦車軍、第9親衛軍、第24軍、第60軍、ポーランド軍第1軍が到着した。

 

 

 

 

 

 

「前線将兵の同志諸君よ!我らの赤旗を掲げよ!我らの連隊旗を掲げよ!我らの師団旗を掲げよ!我らの軍旗を掲げよ!我らの前線旗を掲げよ!突撃の時だ、進め!!」

 

戦車に掲げられた赤旗が靡く中、第3親衛戦車軍の先鋒部隊が突撃を開始した。

 

彼らの頭上を数十発の砲弾とロケット砲弾が飛び抜け、直掩の戦術旗部隊が続く。

 

戦車の走行音は大地全体に響き、戦車隊が大地に広げる揺れがBETAに対する宣戦布告となった。

 

数多の砲弾とロケット砲弾が敵の肉体を引き裂き、足を砕いた。

 

地球に降り立った化け物どもが足掻こうとする瞬間にソ連地上軍第3親衛戦車軍は125mm砲でその足掻きを砕いた。

 

前線を担当するT-80Bの戦闘部隊が125mm滑腔砲と12.7mm重機関銃でBETAに装甲の力を見せつけた。

 

上空には直掩のMiG-23、MiG-27らが続き、突撃砲と各種爆弾によってBETAを蹴散らす。

 

第3親衛戦車軍は後方から相手を突いた為本来は初戦から見かけない要塞級もいたが、125mm滑腔砲の集中砲火と戦術旗が持つ152mm無反動砲によって沈黙させられた。

 

丁度後方に展開するBETAはソ連宇宙軍の軌道爆撃をもろに喰らった集団ということもあって、最初から傷ついていることが多かった。

 

光線級を排出される前に各種の砲火力を叩き込まれ、要塞級は次々と斃れていった。

 

屍となった異星人の巨体を避けながらソヴィエトの戦車兵達が前進する。

 

戦車砲と突撃砲が戦場で聞こえない時はなく、時に歩兵が持つ対戦車火器が敵を撃破する戦果を上げた。

 

T-80B部隊はひたすら前進して戦線に穴を開け、その後にT-72Bの隊が続く。

 

同じ125mm砲は要撃級を一撃で粉砕し、シルカやBMPらと合わせた弾幕射撃でBETAの接近を拒否した。

 

こうして戦果を拡張し、更に第3親衛戦車軍の後に続いた第24軍と第60軍が続いた。

 

戦況を軍視点で見た場合、まず第3親衛戦車軍が第一梯団として突破口を切り開き、次に第二梯団の役割を担う第24軍、第60軍が戦果を拡張した。

 

迫るBETAは戦車と車両部隊によって蹴散らされ、更に数を減らした。

 

各軍の進撃に合わせて軍直轄の砲兵隊は遠方からBETAを砕き、戦車隊の突撃を援護した。

 

フストペチェ、ポピツェから進軍してきた彼らはBETAの背後を突き、完全に食い込んだ。

 

それとほぼ同時に第1親衛軍の部隊も横合いからBETAの梯団を殴りつけて戦線を打ち破る。

 

かつてグレチコ元帥が率いた第1親衛軍はゲラシモフ上級大将をへと引き継がれ、MBTとBTR、BMPで完全に機械化され大祖国戦争とは比べ物にならない速さと力で敵を討つ。

 

T-64BVとT-72Bが突撃級、要撃級らを撃破しBMP-1やシルカが戦車級を肉挽き機の如くすり潰していく。

 

更に援護の戦術機部隊が500kg爆弾を敵の戦列に叩き落として数十隊単位で撃破する。

 

そこへ戦車隊が突撃して脆弱となった戦線に穴を開けて突破口を開き、その後から来る部隊が左右に突破口を拡張していく。

 

このお手本のような突破と拡張が繰り返され、第1親衛軍と第3親衛戦車軍は4月10日に入るまでにチュイコヴィツェで合流し、BETAの凡そ1個軍を包囲した。

 

それから1日2日かけて殲滅戦が始まり、戦術核やらの火力が叩き込まれてBETAは12日には消失した。

 

そして少し過去に遡り4月10日、ようやく第11親衛軍の主力部隊が第4軍らに到着した。

 

「間に合ったか……各師団準備を終え次第、直ちに突撃開始。余力のある我が軍が戦線を押して縦深を稼ぐぞ」

 

第11親衛軍司令ユーリー・ペトロフ親衛中将の命令で第11親衛軍は到着早々突撃準備を整え、4月11日には攻勢を開始した。

 

第1戦車”インステルブルク”赤旗師団、第40親衛戦車”ポメラニア”赤旗・スヴォーロフ師団を先頭として突撃を開始。

 

2個戦車師団のT-72が戦線を押し込み、その後に第1親衛自動車化狙撃兵”プロレタリア・モスクワ=ミンスク”レーニン・二重赤旗・スヴォーロフ及びクトゥーゾフ勲章師団と第26親衛自動車化狙撃兵”東シベリア・ゴロドク”赤旗・スヴォーロフ勲章師団が続いた。

 

特にこの第1親衛自動車化狙撃兵師団、1926年から続くモスクワ攻防戦、ミンスク解放、東プロイセン攻勢作戦らに参加した伝説の師団は今回の戦闘でも伝説を重ねた。

 

ある戦車小隊は共同で突撃級を30体撃破し、ある自動車化狙撃兵中隊は倍近い敵戦力を撃破した。

 

火蓋を切った第11親衛軍に続き、第4軍、第34軍、チェコスロバキア軍第1軍らも最後の力を用いて後に続いた。

 

各所でBETAの攻勢を押し返し、戦線を縮める。

 

ある程度まで戦線が縮まった段階でソ連宇宙軍による本格的な対地攻撃が始まった。

 

まず第2攻撃衛星軍と第5攻撃衛星軍が偵察情報を基に光線属種が密集している地点に戦術核を投入し、敵の対空を潰していく。

 

それでもBETAはまだ10個軍ほどが健在であり、対空狩りには時間が掛かった。

 

4月13日から始まったソ連宇宙軍の対地攻撃は18日まで続き、確実に飽和攻撃を叩き込めると確証に至ったのは19日であった。

 

4月19日、ソ連戦略ロケット軍とソ連宇宙軍の合同司令部はコプツァニに展開するBETA群に向けて同時戦略核攻撃を実行した。

 

第2攻撃衛星軍、第5攻撃衛星軍、そしてソ連戦略ロケット軍第33親衛ロケット軍による3個軍の同時攻撃である。

 

ソ連戦略ロケット軍とソ連宇宙軍は確実な同時攻撃を実施した。

 

第33親衛ロケット軍からはRSD-10”ピオネール”が放たれ、ソ連宇宙軍第2、第5攻撃衛星軍からも同等の戦略核が投下された。

 

しかもソ連宇宙軍は戦略核に通常弾頭や戦術核を混ぜ合わせていた為、戦略核だけ見分けて迎撃するのは困難であった。

 

よってBETAに待ち受けているのは死、或いは死よりも苦痛を伴う地獄である。

 

戦果を確認する合同司令部では第3偵察衛星軍のリアルタイム映像から割り出された確定戦果によって各所に展開するBETAの部隊に次々と赤いばつ印が付けられた。

 

大地は焼け爛れ、当分は放射能汚染によって人の住める地ではなくなる。

 

されどBETAに奪われるよりは幾分もマシであり、人類がBETAに対し勝ち残るには必要な犠牲だと彼らは割り切っていた。

 

BETAは選んだ時代が悪かったのだ。

 

冷戦という時代を選んだから、BETAには困難な道しか残されていなかった。

 

アメリカもソ連も、西も東も戦略核であろうと自身を脅かす敵であれば投入することに一切の躊躇いはない。

 

大地が焼けて人が住めなくなろうと、核の熱と衝撃の下で敵ではない尊い生命が失われようと彼らは粛々と戦闘を続けるだけだ。

 

都市が瓦礫の山となり、世界が黒い雲に包まれようと戦争は続いていく。

 

それが果たしてクラウゼヴィッツが定義したような戦争であるか怪しい状態になってもだ。

 

冷戦という時代の”あり得たかもしれない結末”だった。

 

また会いましょう、いつかは会えるから。

 

永遠に聴くことのないその一言を信じて戦うことになるのが米ソの全面戦争である。

 

幸いにもBETAにはそんな覚悟はなかった、彼らには狂気も勇気も足りていなかったからだ。

 

よってこの世界は滅びることはないのだろう。

 

あり得た未来に突き進むにしては皆力を使い過ぎている。

 

戦略核の集中投入によってBETAの主力群は戦力の大部分を失い、大いに弱体化した。

 

この機会を逃すヤゾフではない、彼は直ちに前線司令官命令で全軍に対しBETAの殲滅を命じた。

 

こうなってしまったBETAを叩き潰すのは赤子の手を捻るより簡単である。

 

第3親衛戦車軍、第1親衛軍、第11親衛軍は敵の戦線を突破して後続の軍と共に各所で分断された残敵を相当した。

 

BETAは各所に散らばった残存戦力を再編し、抵抗を続ける間も無く確固撃破され、追い回されて撃破された。

 

焼けた大地を進む戦車隊が辛うじて生きているBETAを引き潰し、上空を飛ぶ戦術機の無慈悲な1発がBETAの息の根を止める。

 

こうした掃討戦は4月24日まで行われ、翌日4月25日に第1ウクライナ前線はBETA13個軍の掃討が成功したと発表した。

 

1回の会戦でこれだけのBETAが投入され、撃破されたのは1972年から10年間を見てもあまり例がなかった。

 

そして13個軍が1回の会戦でほぼ全て掃討されたのもあまり例のない話であった。

 

結果的にプラハ・ハイヴは孤立し、白ロシア前線とNATO中央軍集団の攻勢を受け止め切れず、王手をかけられてしまった。

 

何よりこの13個軍が即座に掃討されたことにより、ウィーン・ハイヴにも戦力が吸収されず、後年の攻略作戦も比較的スムーズに進むことになる。

 

無論第1ウクライナ前線が受けた損害も大きく、当面の間は兵力回復に努めなくてはならない。

 

ヤゾフは大勝利を収めたがその過程で失った犠牲が大きいのもまた事実であった。

 

ブルジェツラフ会戦はソ連軍の勝利に終わった。

 

 

 

 

 

-ポーランド人民共和国領 ルブリン 第1ウクライナ前線司令部-

第1ウクライナ前線司令部は他の司令部同様に久方ぶりの静けさと張り詰めていない日常的な空気感を取り戻していた。

 

何人かの参謀達はほぼ1ヶ月ぶりの深い眠りにつき、或いはタバコを吸って酒を飲んで疲労を忘れた。

 

ヤゾフも2時間ほど仮眠を取り、起きたついでに外でタバコを吸って疲労を誤魔化した。

 

今回も激戦だった、多くの部下を失った。

 

指揮官は3ヶ月あっても部下の1人1人を知ることは出来ない、だが部下の死は指揮官にその責任がある。

 

それが歴史に名を残す司令官であればあるほどだ。

 

BETA13個軍の撃滅、これが果たして戦死した全ての部下の死に足りる戦果だろうか。

 

恐らく後世の人は十分な戦果だと評価するだろう。

 

しかし当人のヤゾフからすればもう少しはどうにかなったのではないかという疑問があった。

 

激戦を勝利で終えたからこそ考えられる疑問である。

 

「ここにおられましたか」

 

声の方向を見るとそこにはモイセーエフ大将が敬礼して控えていた。

 

ヤゾフも敬礼し「さっき起きたばかりだ」と返す。

 

「もう2時間くらいはお休みになっても良いのでは?」

 

「身体が普段の生活に慣れてしまってね、中々寝付けん。まあゆっくり報告書でも纏めるよ」

 

ヤゾフの言葉を聞きモイセーエフ大将もタバコを1本取り出して火をつけようとした。

 

しかし彼が持つライターの火が思うように付かず、隣にいたヤゾフが自身のを貸し与えた。

 

「ありがとうございます」

 

「いいんだ」

 

お互いにタバコを吹かしながら夕暮れの空を見つめた。

 

丁度太陽が水平線の向こうに隠れようとする時間帯である。

 

彼らの目線の先には美しい夕陽が広がっていた。

 

「美しい夕陽ですな」

 

「ああ、私には眩しすぎるくらいだ。疲れのせいかね」

 

2人は苦笑を浮かべ、暫く夕陽を見ていた。

 

作戦が始まったのは2月であるがもう4月の終わり、気温も前よりは徐々に暖かくなっていた。

 

春の目覚めは過ぎ、春の真っ只中だ。

 

BETAとの戦争も今年で10年目、長い長い戦いである。

 

「そういえばハイヴ攻略中の白ロシア前線は?」

 

ふとヤゾフはモイセーエフ大将に尋ねた。

 

彼らがブルジェツラフ会戦と後に称される戦いに加わっている頃、白ロシア前線は縦深攻撃をかけてBETAの防衛線を突破し、ハイヴ内に突入した。

 

ハイヴ内には以外にも戦力は少なく、代わりに各所にトラップが仕掛けられており逆に攻略は難航した。

 

だが第1独立親衛戦闘航空連隊に属するフレツロフ少佐らが間も無く最奥に到達するそうだ。

 

「我々が掃討戦をやっている頃は苦戦してましたが今は順調です。恐らく5月に入る頃には陥落するでしょうね」

 

「そうか……」

 

少なくともその点についてヤゾフは安堵した。

 

遅かれ早かれチェコスロバキアのBETAは消える、作戦は成功するのだ。

 

続いてウィーンまで攻略するような体力が残っているかは正直なところ不明だが。

 

「まあ、今はアフロメーエフ元帥らに任せよう、我らはやるだけやったのだ」

 

「はい」

 

2人は暫くタバコを吸いながら落ちていく夕陽を見つめた。

 

1982年5月1日、チェコスロバキア解放において第1ウクライナ前線がこれ以上大規模な戦闘に加わることはなかった。

 

 

 

つづく

*1
チュイコフ「そうだろうか」

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