マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
離陸へと、鮮やかな草原を行く
我らは農民、それも根っからの
そして農民らしく、犂に親しむのだ
-”我らはAn-2で飛ぶ”より抜粋-
これはハイヴ攻略の少し前、白ロシア前線がBETAの防衛線を打ち破っている頃の話だ。
フレツロフ少佐の中隊は一度弾薬の補給を行い、再び戦場に向かった。
戦場には増援で到着したSu-25や他部隊のMiG-27らが各所でBETAを打ち破っており、彼らの足元をT-80BVやシルカが通っていく。
BETAが作った塹壕などには歩兵部隊が入って確実に掃討し、闘士級1体すら逃すことはなかった。
『前方200メートル付近にBETAの塹壕!』
『12、10先行して焼き払え!』
『了解!』
小隊長に守られながら2機のMiG-23が先行し、右手に持った戦術機用火炎放射器で上空から塹壕を焼き尽くし、内部で砲弾などを軽減しているBETA達を焼いた。
この戦術機用火炎放射器、元はハイヴ攻略の際にTO-55の火炎放射器を利用して設計されたものなのだが、塹壕戦にもかなり役に立った。
入念に焼いて闘士級すらも炙り出し、ある程度まで焼き尽くすと、今度は安全圏からBMP-1が援護射撃を加えて殲滅する。
火が収まると待機していたBTR-70らから歩兵部隊が降りて塹壕に入り、制圧を確認した。
こうしてBETAの殲滅が確認されると部隊は前進して次の地点へ向かう。
到着したフレツロフ少佐らも徐々に後退する戦車級を蹴散らし、接近する突撃級の突進を回避して背後にKh-25を撃ち込んで破壊する。
車両部隊と戦車隊、そして後方の迫撃砲部隊によって周辺のBETAは完全に掃討された。
”BETAの残存戦力なし”
「よし、各機戦車隊の突入に先駆けて奴らを蹴散らす。各機続け!」
編隊を整えたフレツロフ少佐の中隊が先行し、他の戦術機部隊もその後に続いた。
移動中、僅かに取り残された戦車級や要撃級を単発モードの突撃砲で撃破し、先を急ぐ。
「連中も逃げ腰になることなんてあるんだな」
ふと独り言のようにフレツロフ少佐は呟いた。
彼はそれでも1970年代後半からBETAと戦い続けている。
あの頃のBETAとの戦いといえば、圧倒的なBETAの物量の前に防衛線を築き、避難民の移動が終わるまでひたすら耐えることだった。
故に攻めに回ったBETAの恐ろしさというものを知っているし、その為の対処法も学んできた。
1980年からいよいよ攻め手に回ったソ連軍であるが、それにしてはBETAも急に逃げ腰になったと感じた。
本来なら後ろに退かず、塹壕など掘らずに数千、数万体で同時に突撃するのが今までのBETAであったし一部では未だそのままの動きをしている。
それがプラハ・ハイヴ周辺のBETAはまるで人類軍のような守りに入っている。
これはソ連軍だけでなくNATO軍として増援に来たアメリカ陸軍第7軍団の将兵達もそう思っていた。
軍団長リヴシー中将が受け取った報告書には『BETAの後退戦が始まっている』と記載されており、先鋒を務めた第1機甲師団長トーマス・F・ヒーリーJr少将も「脆い敵だった」と評している。
実際米ソからしてみれば彼らの防衛線など米ソが本来戦うべき者を想定してみれば随分と柔い。
戦力が十分な米ソ軍を前にすれば防衛線などないに等しく、むしろ驚くべきことはBETAの戦術の変化であった。
”彼らの戦術行動パターンにも変化が生じている、少なくとも確認されている地球上のハイヴは全て1970年代より戦闘について学習した”
フレツロフ少佐の独り言に反応したのかモースク1はそう返してきた。
「お前も勉強元はハイヴのデカブツなんだろう?なんとか奴らの情報分からんかね」
モースク1のシステムは頭脳級のものを参考にしているという話は技術士官らから聞いている。
あのロゴフスキー技術中尉というやつもムカつく顔をしているが技術面において嘘は言わないはずだ。
”私は2つの頭脳級がベースとなって設計された。しかし2つの頭脳級が情報、学習、作戦を共有していた形跡は確認されていない”
「それは知ってるよ、だがウィーンの連中がこっちに呼応して動き出したのもある。その辺も変わり始めているのかもな」
”可能性としては新種のBETAか何かしらの方法で情報を伝達する手段を再獲得したということが最もあり得る”
移動中にモースク1との会話を行っていると突如機体が、というよりモースク1が何かに気づいた。
”フレツロフ、10時の方向、BETAを確認”
フレツロフ少佐のMiG-29より10時方向といえば、丁度僅かに木々が立ち並ぶ林があった。
「目視じゃ確認出来ない、射撃地点を表示してくれ」
少佐の言われた通りにモースク1は射撃地点を表示し、フレツロフ少佐はそこに向けて突撃砲を3発ほど放った。
林の中に入って行った弾丸は全て命中したようで、周辺の木々がBETAの体液に汚染された。
「オルゼルスキー、シュペーギン隊はこのまま先行、俺とブリツェンスキー隊は周辺警戒」
『了解!』
『了解』
中隊は二手に分かれて行動を開始し、フレツロフ少佐らはBETAを倒した林の方へ向かった。
突撃砲を構えながら倒したBETAの前に立つとそこには見慣れぬBETAの死骸があった。
大きさでいえば丁度戦車級くらいに相当するが見た目が戦車級と違う。
確かにBETA特有のグロテスクなデザインではあるが、手足の形状や破壊された胴体部などが若干違う。
逸れたのかは不明だが、このBETAはここに1体しかおらず他にBETAはいなかった。
『少佐、周辺に他のBETAは確認出来ません』
周辺警戒を済ませてきたブリツェンスキー大尉のMiG-29が隣に降り立ち、報告してきた。
大尉もカメラ越しにBETAの死骸を見つめて『見たことないタイプですね』と呟いた。
「ああ、これはもしかしてまた大ごとになるんじゃないだろうな」
すぐにフレツロフ少佐は飛行場の指揮所に連絡を取った。
こういう時、部隊長と政治将校と参謀が三者同一の意見を出せば恐らくすぐに専門部隊が到着する。
世の中コネクションが重要だ。
「メデツィーニン聞いてくれ。見たことないタイプのBETAを発見した、新種かも知れない。座標を送るから回収部隊を用意してくれ」
『新種?また妙に運がいいなお前。分かった司令部に手配するよう言っておく』
通信を切り、再びフレツロフ少佐は撃破したBETAを見つめる。
新種であるならこのBETAは何かしら特筆した性能があるはずだ。
数の戦車級、強力な腕部を持つ要撃級、正面装甲の突撃級、そして防空と正面火力の光線属種、対歩兵の闘士級、輸送の要塞級。
今まで出てきたBETAには個々で確立した能力があった、であればこの新種と思わしきBETAも何かしら一芸あるはず。
そこでふとモースク1が冗談と思わしきことを呟いた。
”この個体がBETAの戦術変化の要因かも知れないな”
少佐は「どうだか」と返したが完全には否定し切れなかった。
プラハ・ハイヴ攻略は地下構造で大穴を見つけて以来激化していた。
もしかしたらプラハ・ハイヴ内のBETAがベルリン・ハイヴに移動しているかも知れない、そう考えた白ロシア前線司令部は攻略を急がせた。
そのせいもあってかこの時期よりBETAは本格的にハイヴ内で戦闘を行うようになり、ハイヴ制圧の速度は著しく低下した。
ある広間を制圧すればすぐに数百、数千体のBETAが奪還に訪れ、再び奪い返せばもう一度やってくる。
各所で血で血を覆う陣取り合戦が始まっており、今の所数に勝るBETAが進撃を阻んでいた。
これに対しアフロメーエフ元帥は積極的な火力投射を行うように命じ、戦術核や防衛用の核地雷を戦術機部隊に配備した。
撤退と同時に核地雷を配置して爆散させ、反撃部隊ごと持っていく。
その結果、一部の広間は崩落して使い物にならなくなったがすぐに他の突破口を探した。
こうなっては調査は後、今は1秒でも早くプラハ・ハイヴの最奥に到達するしかない。
各所でありとあらゆる兵器が使用され、少しづつBETAの数を減らした。
広間にはナパーム弾を放って焼き尽くし、その後に突撃砲などの火力を投射する。
場合によって広間内に火炎放射器持ちの戦術機を投入して全てを焼き尽くし、それから奥へ進んだ。
ソ連軍は既に3回もハイヴ攻略を行なっている、教本に出来るほどのノウハウは確立されつつあった。
ハイヴ中央の射出口には定期的に核弾頭が叩き込まれ、火力で沈黙させられた。
更に増援として沿バルト前線第15航空軍より2個連隊が派遣された。
新たな兵力を得た白ロシア前線は兵力、火力、そして時間をかけて更に進撃を早めた。
4月中旬までは地下ハイヴの真ん中辺りで止まっていた突入部隊だったが、4月下旬になると戦線を押し切り、下層部まで突入出来た。
その過程で幾つかの部隊は恐らく移動準備中であろう母艦級を何体か発見した。
『司令部!移動前の母艦級と思わしきBETAを発見!判断を乞う!』
数機のMiG-27とMiG-25の混成部隊が母艦級周辺に展開し、周囲を警戒しながら母艦級に突撃砲を向けた。
彼らの機体はさっきまでこの辺りを守っていたBETAの返り血を浴びており、紫色の液体がびっしりついている。
基本的に母艦級には突撃砲の弾丸は通じないし、120mm弾や空対地ミサイルを持ってしても効力は薄いとされている。
このBETAに対して有効打を与えられるのは203mmか核兵器であろうとイランで対峙した衛士達は結論づけていた。
『司令部、現地点を維持せよ。対応部隊を回している』
『了解…!』
『隊長!前方900メートルよりBETAの大群をキャッチ!100は超えてます!』
『戦闘だ!全滅してでもここを守り抜くぞ!』
部隊長は冷や汗をダラダラ流しながらBETAを迎え撃つ準備をした。
既にある1人の衛士が前方にナパーム弾を投下してBETAを焼き、進撃速度を低下させた。
それに呼応して各員が弾幕射撃を繰り出し、防衛戦闘を開始する。
突撃砲の雨に混じってロケット弾、中、大型種には対地ミサイルが発射され、火力の波でBETAの波を押し返そうとした。
幸いだったのは近くに展開していた戦術機部隊が最優先命令で彼らの下に向かうよう指示されていたことだった。
別働隊のMiG-27や23、或いはSu-25などが増援として到着し、接近するBETAを共に迎撃した。
突撃級なども数体同時に襲来したがすぐに203mm弾と152mm弾の集中砲撃で周囲の戦車級ごと吹き飛ばされた。
『弾薬が切れた機体は指定ポイントに補給地点を設置した。直ちに給弾し、戦闘に復帰せよ』
『了解!』
『一時離脱する!』
何機かのMiG-25やMiG-23が離脱し、補給に向かった。
戦闘は10分ほど続き、10分後には母艦級を対処する為にやってきた3機のSu-24と6機のMiG-23が現れた。
うち2機はコンテナのようなものを片手に持って運搬しており、到着と同時に戦闘には参加せず、動かない母艦級の周りにそのコンテナをセットし始めた。
到着したSu-24は早速ありったけの対地ミサイルを放って突撃球の足を破壊し、BETA全体の進撃を止める。
その合間にMiG-23らが火力を投射し、数を減らしていく。
『母艦級を破壊するのに必要な爆薬を設置中だ。もう3分ほど踏ん張ってくれ!』
『聞いたか?後3分だ!もう少し頑張ろうじゃないか!』
政治将校が他の衛士達を鼓舞し、一歩前に立ってBETAの侵入を防ぐ。
その間に2機のMiG-23は戦術核を流用した爆薬を各所に配置し、起爆スイッチを作動させる。
きっかり3分ほどで作業は終了し2機の衛士から『設置完了しました!』と報告が入った。
すぐに2機も戦闘に合流し、対応部隊の隊長はその場にいる全隊に命令する。
『全機速やかに離脱しろ、なるべく距離を稼ぐんだ!』
3機のSu-24は前進して足止め用に地雷を巻いた。
その援護を6機のMiG-23が担い、接近する要撃級や突撃級をその場に打ち倒す。
『了解した!各機離脱するぞ!』
命令を受けた通常の戦術機部隊は少しでも多くの火力を叩き込みつつ、粛々と撤収を開始した。
各機が安全圏まで離脱すると殿の隊も撤退を始めた。
まず戦闘に最初から加わっていた3機のMiG-23が撤退し、Su-24部隊がその場から立ち去る。
最後に設置作業を行なっていたMiG-23らが退去し、全速力で広間と通路を抜けた。
BETAは突撃級らの死骸を突破して襲来するもすぐに地雷原に衝突して何十体かが吹き飛んだ。
それでも物量で突破し、広間を再制圧する頃には爆薬の起爆時間となっていた。
広間内に爆発と衝撃が走り、突入したBETAは母艦級ごと破壊された。
こうした戦闘は数箇所で行われ、今のように母艦級をその場で破壊することもあれば、爆薬を設置して遠隔操作でベルリン・ハイヴ内で起爆しようと試みる隊もあった。
ともあれ、こうした工夫と衛士達の命を賭けた努力によってプラハ・ハイヴ攻略戦はようやく前へ進み出した。
そしてその最先頭に彼、ヴィクトル・フレツロフ少佐の隊はあった。
フレツロフ少佐の隊もハイヴに潜って早数十日、度々地上に出て整備などを行なっているが丸1日ハイヴの中にいる事も珍しくはなかった。
基本的にはハイヴ内を探索して出てきたBETAを撃滅、広間を制圧して前進といった流れである。
要はいつもと変わらない、フレツロフ少佐にとって一番神経をすり減らし、つまらないと称される任務だ。
それでも少佐は運と腕が良く、ハイヴ内において生き残りながら先へ進む”
しかも今は新戦術機と新技術、モースク1がついている。
MiG-29は同時期に生産されたSu-27に比べて稼働時間が短いという点はあるが、性能は十分高い。
ハイヴ内で飛び掛かってくる戦車級を腕部のトンファー型近接用短刀で切り裂き、接近するBETAを突撃砲で確実に潰していく。
「各機周囲に気をつけろ、BETAもそろそろ本気を出してきた」
中隊長として部下に注意を促し、このまま先行する。
思えばリヴォフ以降のハイヴだとハイヴ内の罠も少なくなっていたような気がする。
1980年のリヴォフ・ハイヴ攻略戦においては威力は戦術機の装甲を破れる程度だが、小型の原光線級などが各所に配備されていて中々に面倒だった。
それに比べれば戦車級が飛び掛かってくるくらいどうということはない。
こうした差はハイヴ内の頭脳級の個体差によるものか、或いは単純に準備の問題か。
だが間も無く大広間、余計なことは考えていられない。
そんなフレツロフ少佐に大広間に先行突入した部隊から救援要請が入った。
『誰か増援を頼む!こちらは敵に囲まれつつある!』
「1012001、フレツロフ少佐、すぐに向かう。各機戦闘準備、大広間の友軍を救出するぞ!」
”BETAの数は凡そ450体、後衛の増援を含めれば630体検知”
「1機あたり52体前後か、上等だ」
MiG-29が2丁の突撃砲を構え、ブリツェンスキー大尉のMiG-29と共に広間へ真っ先に突入した。
そこには今まさにBETAに囲まれそうな8機ほどのMiG-25PDSの姿があった。
彼らは先行していた防空軍のMiG-25部隊であり、広間で包囲され友軍機を4機ほど失った。
あわや全滅しかけた所をフレツロフ少佐の隊が助けに来たというわけだ。
「全機!戦闘開始!包囲網を解け!」
まずフレツロフ少佐のMiG-29が放った2発の120mm弾が味方に接近中の突撃級を撃破し、そのままホバー移動しつつ迫る戦車級を突撃砲3丁同時斉射で薙ぎ払う。
マリロフ上級中尉とミルシェフ中尉も少佐と同じように移動しながら戦車級を薙ぎ払い、ミルシェフ機が放ったKh-25が要撃級を沈めた。
他の編隊も同じように迫るBETAを殲滅し、それぞれ手持ちの火砲でBETAの接近を妨害した。
榴弾を装填したMiG-27の152mm砲が戦車級の群れを殲滅し、各所の穴から迫る戦車級はロケット弾の一斉射で撃破した。
稀に戦車級に運ばれて光線級も何体か姿を現したがモースク1がすぐに検知し、それを確認したフレツロフ少佐が潰して行った。
モースク1は少佐の集中を邪魔しない程度に優先脅威目標を検知して表示し、操縦者のフレツロフ少佐を手助けした。
あくまで主体は操縦者、パイロットにある。
モースク1はそれを支えるだけに過ぎなかった。
広間にいた敵はある程度撃滅し、少しばかり余裕が出てきた。
「損傷した機体は後退を、2、3個上の広間に臨時の整備拠点があります」
『了解!助かった!』
2、3機のMiG-25PDSが戦線から離脱した。
彼らは持っている突撃砲のマガジンを何個かフレツロフ少佐達に渡してくれた。
すぐにマガジンを交換し、弾切れを防ぐ。
既に52体以上BETAは倒したはずだが、流石にBETAもここは守り切りたいのか更なる増援を追加した。
「1人あたり52体じゃなかったか!?」
”増援を検知、1人当たり89体に変化”
「プログラムも万能じゃないんだね!」
相手の側面に回り込んで空対地ミサイルを撃って突撃級を2体撃破し、その合間を抜けて周囲にいる戦車級や要撃級を持ち替えた長刀で袈裟斬りにする。
後退しながら突撃砲を放って左手に持つ長刀で要撃級の頭に刃を叩きつけて叩き割り、僚機のMiG-27らと交代して後ろに下がった。
血を振り払って突撃砲に持ち替え、前衛としてBETAを迎え撃つマリロフ上級中尉とミルシェフ中尉を援護した。
ブリツェンスキー隊、オルゼルスキー隊、シュペーギン隊も上手く立ち回り広間の守備隊は後退しつつあった。
BETAも戦力を何処かへ移管しようとしている以上守備隊として残った戦力は少なく、無駄に使い潰すことは出来なかった。
尤もプラハ・ハイヴ側の本来の戦略ならば旧コシツェ・ハイヴで作った8個軍と守備の2個軍合わせた11個軍でハイヴの守りをさらに固め、その上で時間を稼ぎつつ兵力を移動させるつもりだった。
まさか足止めを喰らった挙句に殲滅されるとは予想していなかった。
予定が完全に狂った状態でハイヴ内での防衛戦闘に移行していた。
『フレツロフ、ハイヴ内を抑えた』
オルゼルスキー大尉の報告を受けフレツロフ少佐は周囲を見渡した。
辺りにはBETAの死骸と友軍機だけである。
丁度後方から補給物資を持った味方部隊が到着した。
補給カーゴが降ろされ、皆使い切ったマガジンやロケットポッドを交換する。
「丁度良いところに来た」
『上に戻ってきた損傷機から戦闘を聞き、増援と共に駆けつけました』
輸送部隊長の大尉はフレツロフ少佐にそう報告した。
『フレツロフ少佐、早速のところ悪いがもう少し縦深を稼ぎたい。君の中隊は前進行けるか?』
フレツロフ少佐より3、4個年上の中佐が彼に尋ねた。
所属は防空軍で腕が立つのか最新鋭機Su-27を配備されている。
「勿論、補給が終わり次第すぐに進めます」
『よし、クラシェーニン少佐の隊も私に続け空軍と防空軍の混成部隊でもう少し前に進む』
この場の最上級士官である中佐は各員に命令を出して、移動準備を始めた。
ふとフレツロフ少佐はBETAが増援として出てきた足元の中くらいの穴に目をやった。
穴がもう少し広がれば戦術機くらい通り抜けられそうな様子で、若干崩れかけていた。
もしかしたら、と少佐は思ったが今は縦深を稼ぐ方が先決だと見て見ぬふりをしようとした。
だがそれを許さぬ者がここにいた。
『直ちに移動を』
「うわっなんだ!?」
急にフレツロフ少佐のMiG-29が独りでに動き、長刀に持ち替えて穴の近くの岸壁に突き刺した。
その衝撃で周辺が一気に崩れ落ち、戦術機が3機は同時に入れそうな大穴に変わった。
『これは……隠し通路か!こんなものを見つけるとは……』
「は?」
『同志少佐は凄いな、計画変更だ。縦深は私とクラシェーニン隊で稼ぐ。フレツロフ少佐はこの通路の探索を頼む』
「……っ……はい」
言いたいことは山のようにあったが一先ず中佐の命令に従った。
『よし、では会えたら最奥で会おう少佐!』
そう言って中佐のSu-27の部下のMiG-27らは先行してハイヴ偵察に行ってしまった。
フレツロフ少佐も嫌々ながら部下を率いて隠し通路と化した穴の中を探った。
道中、無線を切った状態でフレツロフ少佐は勝手に機体を動かしたモースク1を叱った。
「おい!勝手に無人操作モードにするな!チクるぞ!」
”君こそ合理性に欠ける判断をしようとした。ハイヴ攻略の糸口が見えたのなら当たるべきだ”
「お前人があれに気づいたのを……!」
”君の思考は読めない、だが推察は出来る。私も通路の存在は75%の確率で存在すると予想した。残り30%は君の目線の動きだ、それで確証を得た”
「……今度から余計なことはしない」
”君の感覚は素晴らしい、まるで頭脳級に引き寄せられているようだ”
「縁起でもない」
不貞腐れながらフレツロフ少佐は通路を下っていった。
少し行ったところに広間が存在し、中隊の全戦力を用いてこれを制圧した。
広間には撤退した戦車級や要撃級がいたが、まず1機のMiG-27が投下した500kg爆弾によって一気に死傷し、突撃砲やロケットポッドの火力が投入された。
BETAは全滅し、全方向を警戒しながら少佐らが突入した。
「クリア、各機レーダーで周囲の様子を確認しろ」
『少佐、高エネルギー反応を検知!この真下です!』
「ってことはまたか……司令部に連絡しろ。ついでに核持ちも戦術機も呼び出せ」
『了解…!』
少佐は通信を切って大きなため息をついた。
どうも本当に縁というものはあるらしい。
『各員、これから我々は厳しい戦いに臨む。だがこれがチェコスロバキアにおける最後の戦いだ、我らでプラハを取り戻すのだ!皆力を合わせ、BETAに相応の報いを!』
ブリツェンスキー大尉が軽い演説を行い、衛士達を鼓舞した。
それを聞きながら冷静にフレツロフ少佐は戦闘準備を行う。
「モースク、お前の予想を教えろ。最奥には何がいる」
”各国のハイヴ攻略戦のデータを総合すると90%の確率で大型改造BETAの襲来が予想される”
「勝率は」
”90%、君が負けるとは到底思えない”
それは信頼か、或いは単純にデータが少なすぎてそう結論づけただけなのか。
とにかくモースク1の予想は90%勝利であった。
であればその90%に賭ける他ない。
フレツロフ少佐ら12機の戦術機はハイヴの最奥に到達した。
「フレツロフ隊がハイヴに突入しました!」
白ロシア前線司令部で第26航空軍と連絡を取っていたヴァシロ少佐が走って元帥らの下に報告にやってきた。
ヴィクトル・フレツロフ、意外とその名はソ連軍だと知られている。
何せ三度もハイヴの最奥に突入して生きて帰ってきた衛士だ。
これで四度目、今回を切り抜ければレーニン勲章とソ連邦英雄は間違いなしだった。
「現在、フレツロフ隊はハイヴ最奥にて大型BETAと交戦中。増援として1個航空中隊と1個戦闘爆撃機小隊が急行中です!」
「これでハイヴにはチェックメイトを掛けられましたな」
ガシュコフ大将は微笑を浮かべ、そう呟いた。
実際フレツロフ少佐の隊が先頭にいるとはいえそれまでに数多くの戦術機部隊が制圧地域を広げたから突入出来た。
彼がいるからハイヴの最奥に突入出来たということではなく、彼が突入出来たということは戦局が好転しつつあるということだ。
「第1ウクライナ前線もBETA群を撃滅したと聞く。この戦争終わりは近いぞ」
「はい、戦闘が終われば奴らの行方の調査ですな……」
「ああ、ウィーンの方も気になる。補給を終えて次の攻勢は10月以降といったところか」
「待ちましょう、攻勢の時を」
司令部の機体とは裏腹にフレツロフ少佐の隊は苦戦を強いられていた。
モースク1は大型の改造BETAが出てくると予想していたが予想は当たった。
だが規模が明らかに予想よりも巨大であった。
「全機今は回避に専念しろ!奴の動きを読む!」
”11時方向より攻撃、回避ルートを提示”
「クソッ!」
フレツロフ少佐は放たれた触手を回避し、目標に向けて突撃砲を放つ。
弾丸は全て分厚い装甲に防がれて効力を発揮しない。
他の中隊員達も回避に専念しており、中々に厳しい状況であった。
「まさか要塞級の改造型が出てくるとはっ!あんなんどうやって倒すんだよ!!」
フレツロフ少佐は怒りながら不満を吐き捨てた。
プラハ・ハイヴの頭脳級を守る守護神、それは要塞級を改造した全高80メートルはありそうな超大型BETAであった。
要塞級は通常十本の足で自立しているが、この大型要塞級は通常の脚部よりも2、3倍は太い足4本で自立している。
しかも通常の要塞級の上に更に兵装ユニットが追加されており、通常の触手発射器は下部に1つ、脚部左右に2つ、上部兵装に後部と全部にそれぞれ2つの計7つ構成となっていた。
何より厄介なのが通常の脚部を半分程度にした円錐形のものを飛ばしてぶつけようとしてくるのだ。
この重要塞級ともいうべきBETAは同時に365°九方向から攻撃を仕掛けることが可能であった。
今も放った円錐形の大型触手を岩壁にぶつけ、身を捻ってまとめて薙ぎ払おうとしてくる。
周辺にいたMiG-27は急いで回避し、安全圏まで退避した。
『各機ヤバくなったら頭脳級の裏に隠れろ!そこなら無為に攻撃出来ない!』
恐らくこの大型BETAが光線属種をユニットとして装備出来なかったのは頭脳級への攻撃を恐れてだろう。
触手であれば攻撃はコントロール出来るが、レーザーであると誤射の恐れがある。
少なくともその点は助かっているがどちらにせよ触手も厄介であることに変わりはなかった。
しかも稀にわざとか、或いは偶然の産物か、重要塞級内の溶解液を触手に滴らせて飛ばしてくる為射程距離は実際の触手以上であった。
何より要塞級の弱点であった結合部分は恐らく突撃級の装甲を代用したもので守られており、そう簡単に打ち破れそうになかった。
この超巨大BETAを目の前にして如何に立ち回るのか、フレツロフ少佐の腕の見せ所であった。
「何もかもが最悪だなあいつ!まず装甲を剥がすぞ!152mm持ちは1箇所でもいいから装甲を破れ!残りはBETAの撹乱!」
そう言ってフレツロフ少佐は意図的に重要塞級まで接近し、全ての触手を避けながら相手の注意を引いた。
他の機体も彼に続き、出来る範囲で重要塞級の注意を引く。
MiG-29は重要塞級の体を滑るように飛行し、所々に120mm弾と空対地ミサイルを叩き込んだ。
ダメージは通っているようだが全体から見ればあまりに微々たるもので致命打ではなかった。
だがその間に152mm無反動砲のHEAT弾が装甲部に命中して数箇所の装甲を剥がす。
『装甲を剥がした!』
「一旦オルゼルスキーが隊の指揮を取れ!俺とベルツェンスキーとシュペーギンで接近して結合部に一発入れる!」
『了解!』
『了解っ!』
破壊した装甲部分は左大型触手の発車器、右足付近の触手発射器、そして右足の結合部であった。
オルゼルスキー大尉が指揮を取り、他のMiG-27が触手を引き付ける。
通常の職種は全て他の戦術機が引き付け、その間に3機のMiG-29が一気に重要塞級に接近した。
重要塞級は残された大型触手を射出するも寸前のところで回避し、フレツロフ少佐はついでに触手の部分に突撃砲の弾丸を回転しながら浴びせた。
突撃砲での攻撃はフレツロフ少佐の独力だが、回避ルートはモースク1が示してくれた。
シュペーギン大尉とブリツェンスキー大尉はそのまま右に移動し、それぞれの結合部に狙いを定めた。
「今だ!」
3機は一斉に120mm弾とKh-29を叩き込み、装甲を破った結合部に持てる火力を叩き込んだ。
攻撃と共に即座に離脱し、重要塞級から距離を取る。
他の戦術機もオルゼルスキー大尉の指示で一旦退き、重要塞級の様子を確認した。
『効果は確認されたが致命打にはなってない!』
重要塞級は損傷部から体液を吹き出しているが、戦闘能力が衰えたわけではなく、触手を振り回して接近を阻んでいた。
「では中隊全火力を集結してまず2箇所潰す!オルゼルスキー、シュペーギン隊は右の前足を潰せ、俺とブリツェンスキー隊は左のデカい触手を潰す!」
『了解!』
12機の戦術機はそれぞれ二方向に分かれてBETAの注意を引いた。
そこへ運悪く増援に到着した戦術機部隊がハイヴの穴から身を出そうとしていた。
重要塞級は増援を潰そうと大型触手を彼らに向けていた。
「まずい!」
全速力で少佐のMiG-29が重要塞級の頭上を飛び越え、放たれた触手に長刀を叩き入れる。
「させるかァ!」
そのまま最大出力で切り込みを深め、攻撃角度を僅かにずらした。
間一髪、増援の戦術機部隊は難を逃れた。
『助かりました!』
「危ないから下がってろ、後これを貰ってくぞ」
そう言って兵装担架についている125mm対物砲を無理やり奪い取り、フレツロフ少佐のMiG-29は戦闘に戻った。
接近する触手をMiG-27が長刀で叩き切り、その合間を別のMiG-27が通り抜けて更に深く切り込みを入れる。
叩き斬られた2本の触手は再生の為に一旦戻し、そこに一時的な空間が生まれた。
左側でもマリロフ上級中尉とミルシェフ中尉が同じように触手を4本ほど袈裟斬りにし、攻撃範囲にスペースを作った。
タイミングを合わせた6機の戦術機による同時攻撃、既に双方損傷しているから数発命中すれば十分な打撃になる。
幸いにもマリロフ上級中尉らが触手を切り裂いた上に、フレツロフ少佐が両方の大型触手にダメージを与えたことにより防御が遅れ、全弾が命中した。
損傷が酷くなり、大型触手発射器は機能を失い、右前脚は結合部が千切れかけており、そのまま重さに耐えられず崩れ落ちた。
土煙を上げ、重要塞級が右前方に倒れ込む。
この状態でも戦闘能力は未だ健在で、残った触手を放って迎撃を始めた。
『まだ生きてやがる!』
『もう一度だ!結合部を落として弱体化するのを待つ!』
「それから触手を全部落として無力化する。少なくとも核が安全に投下出来る空間を作ればそれで良い!」
一番の目的は眼前の頭脳級の破壊である、これを果たさないことにはハイヴを制圧したとは言えない。
最悪触手の結合部を全部落として無力化し、起爆させればそれで良かった。
「モースク、奴の弱点とかはないか」
ふと何かに縋るような感じでモースク1に尋ねてみた。
”ある、下部ユニットと上部兵装ユニットの結合部、装甲に守られているがここに数発食らえば弾け飛ぶ”
機体に表示されたイラストを見つめながらフレツロフ少佐はため息をついた。
最悪なことにこれが一番合理的かも知れない。
「125mmで足りるかな」
”確実に始末出来る”
「わかった……各機よく聞け、今から俺が突貫して奴の結合部に数発ぶち込むから援護しろ」
『少佐1人でですか!?』
「そうだ、一番手っ取り早く済む。各機頼むぞ」
少佐は手持ちの武器を125mm砲と長刀に切り替え、前進した。
こう言われては援護する他ないので他11機の戦術機は援護に回った。
触手を引き付け、或いは火力を相手に叩き込んで重要塞級の注意を引き付ける。
その合間をフレツロフ少佐のMiG-29は合間を縫って接近した。
接近する触手はナイフと長刀で斬り落とし、結合部まで突き進んだ。
「喰らえっ!」
残っている全ての対地ミサイルを装甲部に叩きつけて無理やり破壊し、そのまま重要塞級の結合部に降り立った。
余波で抉れたところに125mm砲の砲塔を押し付け、引き金を引く。
「爆ぜろ!」
弾丸は1マガジン分叩き込まれ、撃ち切ったと同時にMiG-29はその場を離れた。
放たれた125mm弾は結合部を破壊し、重要塞級の体内をズタズタに引き裂いた。
やがて内側から裂けて破裂し、周囲に紫色の雨を降らせる。
『本当にやった!』
「こちら1012001ヴィクトル・フレツロフ少佐!最奥内の大型BETAを撃破!直ちに攻撃部隊を要請する!」
『了解!』
命令を受けたSu-24部隊は1分もしないうちに最奥内に突入し、頭脳級を破壊出来るだけの核弾頭を投入した。
その間にフレツロフ少佐らは直ちに退避し、安全圏まで離脱した。
5月2日、プラハ・ハイヴの頭脳級は撃破された。
かつてベルリンの総統府官邸が陥落した日にプラハ・ハイヴもまた、ソヴィエト軍によって制圧された。
つづくかも