マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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兵士達よ、進め、進め、進め!
そして君へ、愛する人へ
戦地からは手紙が
さらば!ラッパは鳴り響く
兵士達よ、進軍だ!
-”進め”もしくは”兵士の旅路”より抜粋-


荒野の果てに

-ソ連領 ロシアSFSR モスクワ州 モスクワ市 ソ連軍参謀本部-

第1ウクライナ前線がBETA4個軍を殲滅したという報告は当然参謀本部にも届いていた。

 

この報告を受け、参謀総長オガルコフ元帥は参謀本部の各総局長を集めている。

 

参謀総長の執務室にあるソファーには局長達が座り、各々飲み物を飲みながら議論を重ねていた。

 

まず議題を出したのは組織・動員総局長ヴィクトル・アボリンス大将、ラトヴィア人であり大祖国戦争の従軍経験者であった。

 

彼は更なる予備役動員の拡大を要求として出した。

 

ソ連軍は今や大祖国戦争期の赤軍と同じ姿になろうとしていた。

 

幾つかの前線に60を超える軍の数々、これでも大祖国戦争中の軍よりは数が少ない。

 

それでもアボリンス大将は今の兵力に若干不安を覚えていた。

 

「やはり予備役は拡大すべきです。大祖国戦争と同じとは言いません、せめて1,700万人前後の兵力でなければ安定した作戦行動には望めません」

 

大祖国戦争中のソビエト労農赤軍は1,700万人以上の人員が動員されていた。

 

ソ連軍はそれに比べるとまだ兵力は足りない。

 

現状ソ連軍は沿バルトからクリミアの先端に至るまでの欧州戦線とカザフスタン方面のインド戦線、そして落着時に残った残敵を掃討する極東戦線とアフリカ派遣軍。

 

現状インド戦線が国連軍の手によって片付きつつある以上、極東戦線同様にここは予備兵力のプールになりつつあった。

 

特に極東戦線はある1つの懸念理由を除けばほぼ中国、朝鮮半島、アメリカの手でなんとかなりつつある。

 

やはりカシュガルの降下部隊を毛沢東が早期に核兵器で叩き潰した恩恵が今日まで続いていた。

 

現状一番の激戦区は欧州戦線であり、次点はアフリカである。

 

可能な限りの戦力を欧州戦線に回したいのだが、前述の通り極東戦線からは完全に兵力が引き抜けずインド戦線もまだ同様であった。

 

BETAとは闘士級であっても人間から見れば危険な存在だ。

 

あの害獣が地上から完全に姿を消すまでそこは安全とは言い難く、掃討戦に未だ兵力を割かれていた。

 

「総局長の意見はよく分かる。だがまだその時ではない。少なくとも現状の戦力でも攻勢は可能だ」

 

「ですが……」

 

「まだその時ではない、これ以上国民を軍に召し抱えるのはリヴォフを取り戻した後考えることだ」

 

オガルコフ元帥はアボリンス大将を宥めた。

 

そう、今はその時ではないのだ。

 

この先何があるか分からない以上今残りの人口に手を出す時ではない。

 

「それにこれ以上軍に人間を連れ込めば兵器生産や通常生活に影響が出る。第一君らのおかげでワルシャワ条約機構の各国軍が復活しつつあるんだ、そう焦る時じゃなかろう」

 

K.E.ヴォロシーロフ名称ソ連軍参謀本部軍事アカデミー校長、ミハイル・コズロフ上級大将はそう宥めた。

 

参謀本部隷下の部局では情報総局のピョートル・イヴァシュチン上級大将に次ぐ年齢であり、数歳違いだが年長者としてかなり落ち着いていた。

 

コズロフ上級大将の発言通り、組織・動員総局は亡命したワルシャワ条約機構の諸国軍の再編を監督し、ポーランドやルーマニアといった同盟国軍を再建した。

 

亡命者達の軍事教育の為、即時に兵舎や軍学校の増強にも力を入れており、その功績は参謀本部内では高く評価されている。

 

「では1つよろしいですか」

 

丁度情報総局長のイヴァシュチン上級大将が手を挙げた。

 

オガルコフ元帥は何も言わず上級大将を指名する。

 

イヴァシュキン上級大将は元帥よりも数歳年上で、大祖国戦争中は各前線でスメルシとして活動した。

 

つまり元はチェキストである。

 

ペンコフスキー事件の余波でセーロフが解任された後、情報総局ことGRUに就任し、今のGRUを作り上げた。

 

参謀本部隷下の部局でありながらその報告書は必ずブレジネフの下に留まり、その勢力範囲は世界に及んでいる。

 

幾つかの特別任務旅団を指揮し、SGINTとHUMINT、そしてIMINTを駆使してありとあらゆる情報を手にする。

 

今やGRUは軍情報部としてKGBにも負けず劣らずの諜報能力を持っている。

 

彼はGRUを古巣と同じ規模に作り上げたのだ。

 

命じれば今アメリカ欧州軍の司令官は誰で誰と結婚し、子どもは何人いるかまで喋ってくれるだろう。

 

そんなイヴァシュチン上級大将はある1つの要望をオガルコフ元帥に話した。

 

「情報総局並びに軍事測量局はより精度の高い衛星情報取得の為新たな偵察衛星の打ち上げを要望します」

 

隣で軍事測量局長のボリス・ビィゾフ大将は頷いていた。

 

衛星の管轄、というのは意外にも難しい。

 

基本的に管轄は空軍、防空軍、戦略ロケット軍から人間を抽出して創設したソ連宇宙軍が責任を持つ。

 

宇宙軍総司令官はアンドレイ・カラシィ上級大将が務めており、副司令官の枠にはビィゾフ大将も含まれていた。

 

何せ衛星が取得する情報を分析するのは軍事測量局であり、GRUであり、そしてKGBである。

 

つまり衛星1つ取っても宇宙軍を含め4つの組織が出てくる。

 

今は戦時である為ある程度統合はされているが、それでも組織ごとの冷ややかな管轄争いはまだ続いていた。

 

特に参謀本部の軍事測量局とGRUは作戦立案の為にもより自分達の息のかかった衛星を保有したかった。

 

KGBから借りる情報は借用に色々と手間が掛かる。

 

「カラシィ将軍とセルゲーエフ中将は新しい攻撃衛星の打ち上げを希望しているそうだが」

 

例の”ポーリュス”が軍に与えた影響は大きかった。

 

早速戦略ロケット軍は宇宙軍と共同で新しい攻撃衛星建造の為の予算要求を出した。

 

”ポーリュス”が2基や3基もあれば今後のハイヴ攻略戦は遥かに楽になる。

 

わざわざ奥地に浸透せずとも軌道上から焼いてしまえばいいのだ。

 

それも跡形も残さずに。

 

無論こういった兵器も大事だが情報組織としては仕事道具が欲しかった。

 

「攻撃衛星を使うにも攻撃目標選定の為に偵察衛星は必要でしょう」

 

「それに偵察衛星でハイヴを常時監視すれば対策も取れます」

 

ビィゾフ大将は要求理由を付け加えた。

 

オガルコフ元帥は僅かばかり顔を顰めた。

 

これはウスチノフ元帥と対決だな、と思っていた。

 

流石に攻撃衛星と偵察衛星をもっと打ち上げろと言ったらウスチノフ元帥も「流石に無茶だ」と反対するだろう。

 

それでも彼らの要望も尤もであった為仕方ないと腹を括った。

 

「…分かった国防省に要望を出そう。両局の働きぶりなら承認も出るだろう」

 

「ありがとうございます」

 

「作戦総局からは何かないか?」

 

オガルコフ元帥は作戦総局長のヴァレンティン・ヴァレンニコフ上級大将に尋ねた。

 

ヴァレンニコフ上級大将は「後何人かの人員がいれば楽になりますが」とだけ言った。

 

「少なくともリヴォフ・ハイヴ攻略とキシニョフ攻略の大まかな作戦は考案出来ました。後は各部隊との調整だけです」

 

「ああ、分かった。負担軽減の方法はこちらでも考えよう」

 

オガルコフ元帥がこうまでいうのには理由がある。

 

作戦総局は数ヶ月前の大攻勢から次のリヴォフ・ハイヴ攻略作戦に至るまでありとあらゆる大規模作戦を制定し、作戦を考えた。

 

明らかに参謀達は疲労困憊、倒れて1ヶ月ばかり休職する将校もいた。

 

とはいってもこれは大規模作戦を行うどこの軍の参謀達も同じだ。

 

アメリカの統合参謀本部だって疲労困憊で中佐が階段から滑り落ちて病院に担ぎ込まれることもあったし、イギリスの参謀長委員会だってインドの遠征作戦が成功したせいか緊張の意図が途切れてそのまま倒れて1日寝続ける参謀もいた。

 

皆本来の限界以上に頭を使ってBETAという異星人相手に勝つ方法を考えていたのだ。

 

その負担が分からないオガルコフ元帥ではなかった。

 

それでももう暫くは無理をして貰わなければならない。

 

異星人が地球から駆逐するまで、戦いは終わらないのだから。

 

 

 

 

-日本帝国領 東京 市ヶ谷 日本帝国軍統合参謀会議 統合参謀会議議長執務室-

日本帝国軍統合参謀会議議長の高品武彦陸軍大将は大きなため息をついた。

 

元は”大”日本帝国陸軍大尉であり、日本帝国で軍が再建された際に再び軍に入った。

 

日本帝国とは非常に面倒な国家である。

 

そもそも近代化の過程も面倒だ。

 

大日本帝国になる時も結局無血革命でも流血革命でもなく、”()()”という道を選んだ。

 

誰も彼もが変わることを拒んだのだ。

 

結果的に征夷大将軍は残り、五摂家という寡頭制のような何かを生み出した。

 

斯衛軍もその1つだ。

 

よく分からないまま近代化し、よく分からないまま帝政ロシアとの戦いに臨んだ。

 

あの頃までは少なくとも1つの目標に向かって進めていた。

 

だから帝政ロシアにも打ち勝った、帝政ロシアがもう救いようのない腐れ国家になっていたのも大きいが。

 

だがそれ以降、このよく分からない帝国は迷走した。

 

武家の連中はある陸軍の参謀に誑かされて満州国の建国を夢見て大陸に行った。

 

しかも大陸戦線が激化する頃には華族出身の近衛文麿と対立し、「本土防衛の為」と言い張って撤兵してしまった。

 

ようは斯衛軍とは武家によって構成された将軍と皇帝を守る親衛隊であり、正規の軍隊とはやり方が違う。

 

そもそも正規の日本軍ですら政府の意向に従っていたのか極めて怪しいのだから、独自行動はある種当然であった。

 

結果的にアメリカとの戦争に突入する頃には斯衛軍は完全に国内に籠もっていた。

 

それは硫黄島の決戦でも同じであった。

 

絶対国防圏防衛の為に帝国陸海軍は硫黄島を決戦の地に選んだ。

 

ここでアメリカ軍を殲滅する勢いで戦わねば、本土決戦をやっても勝てない、彼らは腹を括ってしまった。

 

そこで唯一括れなかったのが斯衛軍だ。

 

彼らは最後の最後まで「帝都防衛の為」という姿勢を崩さず、硫黄島の戦いには参加しなかった。

 

結果的に陸海軍は米太平洋軍とほぼ相打ちになる形で負け、小磯内閣は総辞職、新しい鈴木内閣が降伏を選んだ。

 

陸海軍は傷つき、結果的に斯衛軍がただ1人残った。

 

無論斯衛軍だって無傷だったわけではない。

 

彼らは既に大陸戦線で十分傷ついていた。

 

それでも対米戦に一切関わらなかったのは側から見たら”逃げた”としか思えない選択であった。

 

戦争が終わり連合国軍の統治が始まった。

 

なんとか農地改革と財閥と内務省と軍部解体まではやれたが、斯衛軍と武家制度にまでは手が回らなかった。

 

結果的に日本帝国として再スタートを切った際も斯衛軍と武家は残った。

 

冷戦の煽りを受けて後々蘇る日本帝国軍であったが、硫黄島のことを忘れた訳ではなかった。

 

基本的に正規の帝国軍は斯衛軍が嫌いだし、高品大将もその例に漏れず嫌いだった。

 

奴らは基本的には威張るくせに何もしない、稀に戦うがただの自己満足である。

 

大日本帝国の頃から奴らは気に食わなかった、栗栖さんの気持ちもよく分かる、あの人は別の理由で更迭されたが。

 

「まーたため息ですか、もう慣れたでしょ議長」

 

こういう軽口を飛ばしてくるのは斉藤三弥陸軍中将、統合参謀会議副議長である。

 

書類の束を置いて肩を回している。

 

「栗栖さんがあんなこと言わなきゃもうちょっと引き継ぎも楽だったんだけどな」

 

栗栖弘臣、前任の議長であり海軍大将である。

 

元は法務大尉らしく、政治的失言が原因で更迭された。

 

そんな栗栖大将はよく斯衛の愚痴を言っていたのを陸軍参謀総長時代に覚えている。

 

本来なら彼らが戦犯として引き渡されるべきとか国際法なら先導の罪があるとか、色々だ。

 

栗栖大将は終戦後も法務将校として特別弁護人を務めていたから法廷にも出ない武家の連中には思うところがあったのだろう。

 

「仕方ないですよああいう人ですもん。でもいいことだってありますよ、インド派兵で勝った功績はあなたの功績になる」

 

斉藤中将はわざとらしくそう言った。

 

それで余計に高品大将はため息をついた。

 

「運が良かったのは間違いない、少なくとも今後は攻め戦だ。ようやく国民に言い訳がつく」

 

帝国軍は基本的に徴兵制度を取っている。

 

当時日本帝国自衛警察隊という名前だった時は志願兵制度であったが、BETA大戦の勃発によって日本も海外派兵するようになり、徴兵制が動員された。

 

表向きはBETAの脅威が日本に降り掛かった際の防衛作戦実行の為であった。

 

79年以前の防衛戦時は目立った勝利も少なく、国民からの批判は多かった。

 

せっかく戦争が終わったのにまた自分の父や息子、兄弟らを軍隊に取られ、最悪また失うかも知れないのだ。

 

恐らく徴兵制の導入は治安維持法が残っており合法的にデモを鎮圧出来なければ不可能であっただろう。

 

それでもようやく勝ちが見えてきた。

 

特にインド大攻勢の戦果は凄まじく、やんわりと世間の流れも変わり始めていた。

 

「インドは片が付きました、後はアフリカ、そして欧州です」

 

「ああ、問題は斯衛の連中もそん時には本腰入れてきてくれるといいのだが」

 

「来るわけないでしょう。斑鳩のボンちゃん以外はみんなお綺麗なお嬢様かお坊ちゃんですよ」

 

高品大将は諦めたように「だよなぁ」と賛同した。

 

斯衛軍は日本帝国軍が自警隊から軍に戻ったのと同じように、皇宮特別警務隊から再び斯衛軍に戻った。

 

そして戻った名前通り彼らは再び帝都の防衛に専念した。

 

派兵のような汚れ仕事は日本軍に任せ、日本から外に出ることはなかった。

 

無論それでは能力向上に繋がらない為こっそりと派兵してはいるし、斉藤中将の言った通り一部の青年武家出身者は自ら大手を振って前線に出てくることもあった。

 

特に件の斑鳩家の若者は前線で凄まじい人気があった。

 

まだ酒も飲めない年齢なのにも関わらず戦術機を巧みに操り、いい声と人に打ち解けやすい性格から整備士や前線の将兵からも人気が高い。

 

インド戦線でも戦果を上げており、新聞にも載った。

 

ある師団長は「前線のアイドル」と評していたがまさにその通りだ。

 

「くっそ、斯衛の戦力でもあればこっちの負担は減るってのに…!」

 

「来てたら先の大戦で我々は硫黄島でより良い負けを遂げてますよ。予定通り第3師団派遣部隊と第8師団の派遣部隊を入れ替えましょう」

 

「ああ……インドの安定化ならそう人死も出んはずだ」

 

また高品大将のため息が出た。

 

そこで斉藤中将はある話題を振った。

 

「そういえば知っていますか?米ソの統参本部議長と参謀総長が本邦に来るの」

 

「当たり前だろう、出迎えて話をするのは私だぞ。オガルコフ元帥とジョーンズ大将2人相手は流石に荷が重い」

 

「いえ、そうではなくて。打ち合わせで来ていた外務官僚の話だと2人とも斯衛専門の衛士学校に視察に行くらしいですよ」

 

「京都のか?」

 

斉藤中将は頷いた。

 

京都衛士訓練学校、元々京都斯衛軍学校だった所を衛士育成用に改造した武家専用の衛士学校である。

 

ついたあだ名はお嬢様学校、まあ当然だというのが高品大将と斉藤中将の認識であった。

 

あそこが軍学校ならその辺の小学校だって陸軍幼年学校である。

 

「そんなとこ見せるんだったら、金閣寺でも見せた方がまだ有意義だろうに」

 

明らかな問題発言だったが帝国軍統合参謀会議議長としての本音であった。

 

 

 

 

-ソ連領 ウクライナSSR ポルタヴァ州 ポルタヴァ市 第1ウクライナ前線司令部-

BETAを包囲殲滅してから10日が過ぎた。

 

第1ウクライナ前線は各部隊の再編し、前線をより強固なものにした。

 

派遣部隊である第3軍、第16打撃軍、第98親衛空挺師団は各所に戻り、辺りはようやく静けさを取り戻しつつあった。

 

まだBETAの散発的な襲来があるがそれでも日常業務レベルにまで落ち着いた。

 

10日の間にヤゾフは前線の再構築に合わせて大きな功績を上げた将兵へ勲章授与式を行った。

 

それらを行なってようやくヤゾフはゆっくり眠れるようになった。

 

数十日近く3時間程度しか寝ていなかった為、危うく丸1日寝てしまうところだった。

 

それからヤゾフは通常業務をこなしつつ、部隊を送ってくれた将軍達へお礼の電話を述べた。

 

「第16軍及び第3軍の救援、ありがとうございました。おかげで防衛に成功しました」

 

『そう固くなるな、連中を4個軍も撃破したのだ。我々としても誇り高いよ』

 

アフロメーエフ上級大将は微笑交じりに答えた。

 

そう言ってもらえるとヤゾフとしても緊張が解ける。

 

この戦いでは彼の部下が少なくとも数百人単位で死んだ。

 

無論戦争なのだから仕方ないが、戦死者に対する責任はあった。

 

特に他所の部隊であれば尚更だ。

 

「しかし2個軍も派遣されて大丈夫だったのですか?」

 

ヤゾフはふと尋ねた。

 

『問題ない、ポーランド方面の主力はリヴォフの方に集まっている。そこまで負担にはならんよ』

 

「では良かったです」

 

『それより前線司令官会議の新しい日程は聞いたか?』

 

今度はアフロメーエフ上級大将が尋ねた。

 

本来の日程であればポーランド軍の閲兵式を終えた3日後に沿バルト前線、白ロシア前線、第1ウクライナ前線、第2ウクライナ前線の司令官達で全体調整の会議が行われるはずであった。

 

BETAの襲来で延期になってしまい、ようやく実行出来るわけだ。

 

「はい、1週間後と聞きました。場所は変わらずブリャンスクだと」

 

『なら良かった。ではブリャンスクで会おう同志』

 

「はい、そちらもお元気で」

 

そう言ってヤゾフは受話器を戻し、席を立って窓から外を見つめた。

 

ポルタヴァを解放してもうそろそろ4ヶ月、復興もだいぶ進んだ。

 

復興委員会第一書記に就任したゴルバチョフという男の手腕がいいというのも理由にはあるだろう。

 

何にせよ、戦争から早く復帰出来ることはいいことだ。

 

「入れ」

 

ドアを叩く音がした為ヤゾフは入室を許可した。

 

ローシク大尉だった。

 

「失礼します、各部隊の報告書をお持ちしました。後これを」

 

ローシク大尉は1枚だけ通常の報告書とはまた別の手紙のようなものを手渡してきた。

 

ヤゾフはその1枚だけ受け取って裏を見た。

 

大祖国戦争の英雄、コンスタンチン・ロコソフスキーソ連邦元帥の切手が貼られており、イーゴリ・ドミトリエヴィチ・ヤゾフと名前が書かれていた。

 

ヤゾフの息子だ。

 

「ご子息でしたよね」

 

「ああ、そうだ。ありがとう大尉」

 

「ではこれで」

 

書類を机に置くとローシク大尉は敬礼して執務室を後にした。

 

ヤゾフは椅子に座り、貰った手紙をペーパーカッターで開封した。

 

息子からの手紙は久しぶりに読む。

 

「また返事を書かねばな」

 

独り言を述べながらヤゾフは手紙を読んだ。

 

親愛なる父へ、赤い星(Красная звезда)で活躍を読みました。大勝利、そして無事であることに安堵を覚えました。素晴らしい働きぶりと母も妹も手紙で父を讃えていました。

 

ヤゾフは微笑を浮かべた。

 

2人からの手紙はイーゴリからの手紙よりもよく来る。

 

仕事柄というのもあるだろうが2人の方が手紙はまめだった。

 

私の同僚達の間でも父の話が話題に上がります。皆、口を揃えて次の元帥は父だと言っていました。私のところではすっかり有名人です

 

「伊達に前線司令官ではないからな」

 

そちらは冷えますか?私のいる所は随分冷えます。冷たい海風に当たって仕事をしているとふと我が家にいた日々を思い出します。戦争が終わったらまたみんなで会いましょう。そちらにはアレクサンドル・エゴロヴィチもいると妹から教えられました。彼も交えてまた食事に行きたいです。そして”()()()”のお墓にも勝利を報告に行きたいです。

 

ヤゾフも戦前のことを思い出していた。

 

ヤゾフの妻とは大祖国戦争中に知り合った。

 

まだ当時は若く、彼女の方が2歳年上だった。

 

戦争が終わった後、46年に結婚して3人の子どもを授かった。

 

本当ならこの夫婦仲が続く”()()()()()”。

 

最初の妻は1975年に大病を患って死んだ。

 

当時のソ連の医学ではどうしようもない病気だった。

 

その頃のヤゾフは前線で東欧諸国の人々を逃がすために遅滞戦を行なっていた。

 

ようやく防衛戦がひと段落し、別の軍司令官と指揮を交代する際にその報せは届いた。

 

エカチェリーナ・フェドローヴナ、彼女の最期で幸いだったのはヤゾフが彼女の死に際に間に合ったことだ。

 

戦時中であってもヤゾフは最愛の妻の最期を看取る事ができた。

 

それからヤゾフは親族を集めてエカチェリーナの葬式を手短に済ませ、すぐに前線に戻った。

 

泣く暇はなかった、指揮官は泣いていられない。

 

妻の死から1年間、ヤゾフはひたすらBETAとの戦いに打ち込んだ。

 

1人でも多くの人々をソ連国内へ逃す為に戦ったし、時間が空いた時は酒を飲んで気を紛らわした。

 

妻の喪失をヤゾフは軍務で誤魔化していた。

 

無論そうも言っていられなくなる。

 

ヤゾフは前線からカフカス軍管区の第4軍司令官に移動になった。

 

そろそろBETA相手に反撃の目処が立ち始めたのだ。

 

そこで第4軍の強化の為、経験豊富なヤゾフが司令官に命じられた。

 

最初ヤゾフは移動に反対した。

 

出来ることなら前線にいたかったし、迷惑にならないなら戦場で死にたかった。

 

それでも上官の命令は絶対なので渋々ヤゾフは第4軍司令部のあるバクーへ移動した。

 

そこで奇跡の出会いを果たした。

 

今の妻、エマ・エヴゲーニナと出会ったのだ。

 

お互いに独身、2人は気が合った。

 

2人は惹かれ合い、再婚した。

 

イーゴリもエレーナも反対はしなかった。

 

むしろ父の幸福を祝福してくれた。

 

2人はバクーで結婚式を挙げ、大攻勢作戦の為にウクライナ方面へ移動するまでヤゾフはエマと過ごした。

 

彼が本物の修羅にならずに済んだのはエマのおかげかも知れない。

 

ヤゾフの喪失感をエマが埋めてくれた。

 

出撃の日、エマは泣きながら見送ってくれた。

 

亡くなったエカチェリーナの為にも、今もバクーで帰りを待つエマの為にも勝たなければならないと再び決意した。

 

母がよく”あなたの話もしなさい”というので私の話もします。来月、軍港を離れることとなりました。祖国の為、任務に出て参ります。暫くは手紙を送れませんが別れの言葉は書きません。私は必ず帰ってきます。辛い任務であっても祖国の為に、父や母や妹や母さんが愛した祖国の為に全力を果たします。そして愛しの祖国へ必ず帰ってきます。ですのでまた会いましょう。

 

あなたの息子 イーゴリ・ドミトリエヴィチ・ヤゾフ

 

ヤゾフは手紙を丁寧に戻し、執務室の棚に入れた。

 

そこには妻や妹、息子から送られてきた沢山の手紙が入っている。

 

息子の言う通り我々は帰らなければならない。

 

祖国へ、ソビエトへ、オムスクへ。

 

ほんの少しだけ疲れた心の気持ちが晴れやかになった。

 

 

 

 

 

 

バルト海、今やここはBETAにとって最悪の地だ。

 

少しでも沿岸によれば海上警備の為に展開しているソ連海軍バルト海艦隊とアメリカ海軍の攻撃を受ける。

 

ただ海軍としても接近し過ぎれば光線級のレーザーを喰らう為、注意が必要であった。

 

「BETA群確認、数3,200。光線級も確認」

 

「予測ではクライペダに向かう模様です」

 

バルト海艦隊旗艦、スヴェルドロフ級ミサイル巡洋艦”ジダーノフ”のブリッジでは水兵達が状況を報告していた。

 

今日のバルト海は凪いだ海だ、冬でも戦時でもなければ泳ぐのに丁度良さそうな天気である。

 

バルト海艦隊司令官、ウラジーミル・シドロフ大将は命令を出した。

 

「本艦及び”アレクサンドル・スヴォーロフ”、”オクチャーブリスカヤ・レヴォリューツィヤ”はBETA群に対し、艦対地攻撃を実行する」

 

その命令を受け取った水兵達は直ちに各艦へ打電した。

 

艦隊参謀長のアレクセイ・カリーニン中将は1つ尋ねた。

 

「スヴェルドルフ以外の両艦の攻撃はどうされますか」

 

「まだ待機だ、あの程度なら三隻の連続攻撃で殲滅出来る。連中のことだから後続がいるかもしれん」

 

シドロフ大将の配慮に納得しカリーニン中将は何も言わなかった。

 

2人の後ろでは”ジダーノフ”の艦長、マラート・テミロフ大佐が指揮を取っている。

 

カザフスタン人の艦長に指揮され、”ジダーノフ”は攻撃準備を整えた。

 

三隻のスヴェルドロフ級は攻撃準備を整え、後はシドロフ大将の命令を待つだけとなった。

 

「対光線級戦術に基づき、主砲の初弾でレーザーを捻り出させる。次弾の艦対地ミサイルで直接攻撃を与える」

 

「主砲塔、全てに偽装弾装填。続いてミサイル発射管に対地ミサイル装填」

 

テミロフ大佐の命令を受けて”ジダーノフ”は砲とミサイルの発射準備を整えた。

 

現状BETAに飛行タイプが出現したという報告は落着ユニット以外で存在しない。

 

そうなった以上、艦艇のミサイルは艦対地ミサイルが主力になった。

 

その結果このスヴェルドロフ級にも水上艦発射型Kh-55が搭載されている。

 

「主砲塔及びミサイル発射管、攻撃準備完了しました」

 

「”アレクサンドル・スヴォーロフ”、”オクチャーブリスカヤ・レヴォリューツィヤ”、二隻とも攻撃準備完了しました」

 

砲術長と通信士の報告を聞き、テミロフ大佐はシドロフ大将に報告した。

 

「全艦、戦闘準備完了しました」

 

大将は小さく頷き、無線機を手に取って命令を出す。

 

「全砲門開け、撃て!」

 

152mm艦砲B-38の一斉射が放たれ、周囲に衝撃と轟音が鳴り響いた。

 

砲撃は数回行われ、砲弾はBETAの方向へ向かって飛んで行く。

 

無論BETAのセンサー圏内に引っ掛かり即座に光線級が反応した。

 

レーザーを放ち、放たれた砲弾を次々と撃墜していく。

 

もし光線級がこの砲弾を撃ち落とさなければ砲弾は他のBETAに被害を与えるし、砲弾を迎撃すればその後接近する対地ミサイルによって殲滅される。

 

光線級は後者の道を選んだ。

 

三隻のスヴェルドロフ級から放たれたKh-55が着弾し、BETA群を粉砕した。

 

光線級は吹き飛び、次第に砲弾も通るようになっていく。

 

「対地ミサイル群、全弾命中。戦果は現在確認中」

 

「あれだけ撃ち込んだんです、連中ももう終わりでしょう」

 

「だと良いんだがな」

 

カリーニン中将に対してシドロフ大将は僅かばかり冷静な視点で見ていた。

 

BETAも少しばかり学習している、各軍の報告ではそうであった。

 

その報告はすぐに入ってきた。

 

「BETA群、凡そ6割方撃破しましたが残り4割は健在。尚も移動を続けています」

 

「あれだけ撃ち込んだのにまだ生き残りがいるのか……いや、砲撃を見越して陣形を変えた…?」

 

「では打ちのめせば良いのだ。対地攻撃を続行しろ、奴らを1匹たりともクライペダに行かせるな!」

 

シドロフ大将の命令でBETAに対する攻撃は続いた。

 

砲撃、対地ミサイルによって生き残りのBETAも次々と駆逐され、大地に残るのは砲撃の穴とグチャグチャになったBETAの死骸だけだ。

 

「念の為航空機を展開して状況確認を行え」

 

「了解!」

 

シドロフ大将の命令を受けて別の艦艇からKa-25Tが発艦する。

 

既に作戦行動は終わっており、ブリッジでは緊迫した張り詰めた空気感は薄れていた。

 

水平達も穏やかな表情で職務についている。

 

司令官と参謀長もそれは同じだ。

 

「殲滅は出来ましたが最初の一撃で8割削れないとは意外でした」

 

カリーニン中将は戦いを振り返り、そう呟いた。

 

「奴らも学習しているということだ、少しづつな」

 

「黒海艦隊やインド洋に支援に向かった太平洋艦隊からはそのような報告はありませんでしたが」

 

「個体差があるのか、それともハイヴの管轄範囲によるのか……まあ考えても分からん。BETAの研究は我々の管轄外だ」

 

「ですな」

 

BETAの研究などそれこそ科学アカデミー出身の天才達の仕事だ。

 

海軍人である彼らはまずBETAを倒すことを考えなければならない。

 

「これでBETAも当分は動けんだろう。私は晴れて”ヴァリャーグ”の進水式に行けるというわけだ」

 

シドロフ大将は自慢げにそう呟いた。

 

カリーニン中将は恨めしそうに「私も見に行きたかったですよ」とわざと言った。

 

レニングラードに位置するオジョルニキーゼ名称バルト海造船所で建造中のアドミラル・クズネツォフ級航空重巡洋艦”ヴァリャーグ”がついに進水するのだ。

 

本来ならニコラエフ造船所で建造する予定のアドミラル・クズネツォフ級だが、ニコラエフ陥落とウクライナの戦況悪化によって早期にバルト海造船所での建造にシフトした。

 

ちなみにこの”ヴァリャーグ”、艤装はほぼ完成しており、性能試験は実戦を持って行われることになる。

 

この”ヴァリャーグ”と一番艦の”アドミラル・クズネツォフ”はほぼ同時期に建造がスタートし、既に空き工廠では新型の原子力空母の建造が進められていた。

 

「就役したらバルト海に来るかね」

 

ふとシドロフ大将は子供じみた表情で尋ねた。

 

この時ばかりはカリーニン中将の方が冷静であり「いやぁ外征艦隊に回されるでしょう」と身も蓋もないことを言った。

 

「まあ代わりにキエフかミンスクは来るのではないですかね」

 

「だと良いんだがな、戦術機が使えれば出来ることも増える。もう”()()()”なんて誰にも言わせん」

 

バルト海艦隊は1905年の壊滅以来、最盛期にある。

 

今やバルト海艦隊は沿バルト前線における火力の中枢であり、要であった。

 

 

 

 

 

-EU領域 ドイツ連邦共和国領 ノルトライン=ヴェストファーレン州 ドルトムント市 アメリカ軍第5軍団司令部-

かつて第5軍団は司令部をハイデルベルクに設置していた。

 

しかし1970年代のBETAの猛攻で司令部をドルトムントに移し、第7軍団と共に防衛に当たっていた。

 

アメリカ欧州軍の陸上における主力の1つであり、これに任命される司令官は決まって優秀な人材であった。

 

1980年、この第5軍団司令官が交代となった。

 

前任のシドニー・ベリー中将は退役し、その後任が今日到着する。

 

副官、デヴィッド・ペトレイアス少佐は司令官を緊張のまま待った。

 

何せ次の司令官は陸軍内でも名前の知れた有名人である。

 

教官は初期のBETA戦で活躍した伝説的な歩兵将校ハル・ムーア中将であり、彼も強烈な歩兵将校であった。

 

「大丈夫かなぁ…」

 

ペトレイアス少佐は内心不安であった。

 

彼はアーミー・グリーンと呼ばれる陸軍の制服を着ており、司令官の着任を迎える為に制帽を被っていた。

 

今日ばかりは戦時特例で昇進した少佐の階級章がやけに重く感じる。

 

そうしていると左側から3つ星をつけた軍用車両がやってきた。

 

警備の兵士達が車両に敬礼し、ペトレイアス少佐も敬礼を返した。

 

「来た」

 

司令部の階段を降りて車両が停止した所に駆け寄った。

 

すぐに司令官が座っている側のドアを開けて新司令官を出迎える。

 

「第5軍団長副官、デヴィッド・ペトレイアス少佐であります。ようこそドルトムントへ」

 

再び直立不動の敬礼を送り、新司令官を出迎えた。

 

司令官はペトレイアス少佐と同じアーミー・グリーンの制服を着ており、片手には鞄を持ち、車内に置いてあった制帽を被った。

 

普段の新司令官を知る者からすればこの格好は珍しいだろう。

 

司令官はペトレイアス少佐に敬礼を返し、握手を交わした。

 

「私が、第5軍団司令に任命されたノーマン・シュワルツコフだ。よろしく頼むぞ少佐」

 

H・ノーマン・シュワルツコフJr、通称嵐のノーマンはそのエネルギッシュな笑顔を少佐に向けた。

 

如何にも優秀なインテリ将校といったペトレイアス少佐とは違い、シュワルツコフ中将の顔は前線で戦う歩兵指揮官そのものであった。

 

左胸には空挺徽章が光っており、この時点でただの歩兵将校ではなかった。

 

「あの忌々しいBETAどもをぶちのめしてヨーロッパを取り戻そうじゃないか」

 

ペトレイアス少佐は小さく頷き、司令官を執務室へ案内した。

 

欧州にも新たな風が吹く。

 

それはBETAを殲滅し、中東とインドを取り戻した嵐であったが変化がないよりはマシだ。

 

2つの欧州戦線、ようやく全面的な反抗が始まる。

 

 

つづくかも

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