マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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そこでプロレタリアたちは決着をつけた
農民たちは、時が来たと告げた
そしてケレンスキーを追い出した
そして過去とも決別した
-”十月の歌”より抜粋-


1982-1983 秘密の配備(公然たる進軍)
配備は進む


-ポーランド人民共和国領 ルブリン市内 第1ウクライナ前線司令部-

5月10日、プラハ・ハイヴが陥落してから8日ほど経った日に第1ウクライナ前線にある程度まとまった報告書が届けられた。

 

第1ウクライナ前線はチェコスロバキアの中央でBETAを殲滅した後、まだ補給を整えて第9親衛軍、第60軍らをスロバキア方面へ差し向けた。

 

この間の抵抗はほぼ皆無であり、BETAは全く確認されなかった。

 

山岳部の調査も後3日ほど終了とされており、どの道プラハ・ハイヴが陥落したことによりチェコスロバキア内のBETAは全滅しただろうと予想されていた。

 

司令部はその間に増援に来てもらった第11親衛軍やキエフ軍管区の1個旅団を原隊へ戻し、戦線の再編と部隊再建の計画を立て始めた。

 

またステクリャル中将が心労により倒れた為、一時解散まで臨時で司令官を寄越したりしていた。

 

戦闘跡地では大量に生み出されたBETAの死骸と汚染除去を行い、少しでも早く復興が行えるよう土壌を整えた。

 

戦闘が終わっても将兵らに休みはない、平時の仕事が回ってくるだけだ。

 

一部の将兵は今回の戦闘で受けた功績を讃えられ、勲章が与えられた。

 

ヤゾフも1週間後にBETA13個軍を撃滅した功績を受けてモイセーエフ大将やゲラシモフ上級大将、イヴァノフ上級大将らと共に勲章授与式に出席する予定である。

 

それまでに彼らは業務内容を調整し、少しでも平時に戻すよう努力していた。

 

それは戦闘に参加したどこの部隊も同じである。

 

白ロシア前線は占領地域だけでなくハイヴ内の調査や、ハイヴ内で発見された大穴の調査などまだまだやることがあった。

 

アメリカ軍はソ連軍に占領行政を委託して第7軍団を撤兵させ、兵力の回復に努めた。

 

チェンストホバでは戦闘で発見したとされる新種BETAの調査の為にモスクワから人が来て調査しているらしいが、それはヤゾフにとって意識を向けていられるような案件ではなかった。

 

とにかく今は自分の前線と占領地域の面倒を見るだけで手一杯だ。

 

「同志元帥、頼んでいた増援の工兵隊が到着しました。前線の除去班は既に現地入りして作業を始めてます」

 

ローシク少佐が報告書と共に内容を簡潔に話した。

 

「分かった、残りはまずインフラ整備に回せ。橋や道、全て復興させて補給状態を改善するんだ」

 

「はい!」

 

かつて大祖国戦争の際にソヴィエト赤軍は10個工兵軍を有し、地雷除去や偽装戦術などで工兵隊が大いに活躍した。

 

今のソ連軍も赤軍ほどとは行かないが幾つかの工兵軍を有し、そのうちの1つが第1ウクライナ前線に派遣されて任についている。

 

恐らく今後、兵科元帥制度が残ればセルゲイ・アガーノフ工兵元帥、ニコライ・シェストパロフ工兵元帥に続く新たな工兵元帥が生まれることだろう。

 

BETAという特殊な破壊と汚染を齎す生物に対して彼らはそれだけ貢献していた。

 

「参謀長、このベルリン・ハイヴに対する攻撃、本当に成功したのかね?」

 

ヤゾフは報告書に記載されていたことを隣で黒茶を飲んでいるモイセーエフ大将に尋ねた。

 

プラハ・ハイヴのBETAはどういう訳か母艦級を用いてBETAの一部をベルリン・ハイヴに送っていたようで、そのうちの5体に突入した戦術機部隊は遠隔起爆型の爆薬をセットし、ベルリン・ハイヴ到着と同時に起爆する罠を仕掛けた。

 

「ああ、1発は成功したようです。移動中の母艦級のうち設置したのは5体程度でしたがうち4体は道中で起爆し、残り1体がハイヴに到着後起爆したそうです」

 

「宇宙軍が検知したのかね?」

 

「それもありますが明らかに母艦級の移動じゃない揺れが検知されたらしく」

 

ヤゾフは全てを理解し、それ以上は追求しなかった。

 

再び報告書を読むとプラハ・ハイヴ内からベルリン・ハイヴに移送されたBETAは凡そ3個軍相当らしく、野戦決戦をするには少ないがハイヴ内に篭られたら厄介な数字ではあった。

 

「これはウィーンより先にベルリンかな……」

 

「それが……現状国連軍の主戦力はアフリカでの防衛戦闘に集中してますし、我が軍は東欧解放に従事してますしベルリン・ハイヴを攻略するとなると今のままでは戦力が……」

 

アフリカにおけるハイヴは今のところ欧州と同列に残存しており、1982年と1983年の2年で攻略しようとNATO軍は主力をアフリカに送り込んでいた。

 

一方のソ連軍は南欧からの押し上げとポーランドからの南下に戦力を割いており、もう1箇所別の戦線でハイヴを攻略するとなると経済的な観点で限界が生じる。

 

既にBETAとの戦争が始まって9年、むしろ9年ソ連の経済を戦時のまま持たせていることが奇跡だ。(ただでさえやべーのに)

 

在独ソ連軍、沿バルト前線、NATO北部軍集団はベルリン・ハイヴを封じ込めている分には機能しているが、攻略となると今少し兵の数が足りない。

 

しかもソ連が東欧に未だ数千万を超す避難民を抱えている為、彼ら彼女らを国に帰し、少しでも負担を減らすことは急務であった。

 

「一応議題には上がっているっぽいんですが恐らく現状予定されている作戦が優先されるでしょう」

 

「しかし戦術核1発だけで済ますとも思えん。何かしらの対策は打ち出すだろうな」

 

「でしょうね……」

 

事実、この後国連軍は合同でベルリン・ハイヴに対し同時核攻撃を行うことが宣言され、アメリカ海軍のSSBNとソ連戦略ロケット軍と国連宇宙軍による陸海宙同時核攻撃が実施されることになる。

 

多国籍になれば分からないがソ連軍内では今回のブルジェツラフ会戦がいい例であるように、少なくとも地上の戦略ロケット軍と宇宙軍の連携は実績と経験が豊富であった。

 

この点はアメリカ軍も同様であり、アメリカ戦略軍が軍種を跨いだ核戦力の指揮統合を担っていた。

 

しかし、元々BETAにぶつけている核戦力は米ソが互いに”もしも”の際用いるものであり、その核戦力に対する合同作戦など一種の皮肉ではないかとヤゾフは心の中で自嘲した。

 

今となっては冷戦も10年昔の話、人が怯えるのは米ソの核ではなくBETAという存在そのものであった。

 

「同志元帥、今後の戦力回復計画書が策定し終えましたのでお持ち致しました。確認をお願いします」

 

書類を持ったゾロトフ少将はヤゾフにそれを手渡し、その場で待った。

 

今回の戦いで戦術機も戦車も車両も将兵も全てが損耗した。

 

全軍合わせれば死傷者は5桁を超えるし、BETAを無傷で殲滅した訳ではなかった。

 

当然その分の補填は時間を掛けながら行われる。

 

新たに訓練を完了した新規の将兵、もしくは負傷から立ち直りリハビリと復帰訓練を終えた将兵などが再び配属され、次なる戦いに臨むのだ。

 

失われた兵器もオムスクやソ連国内の工場で生産され、それが各部隊に割り当てられる。

 

一朝一夕には出来ぬ代物であり、綿密な計画を前線司令部や国防省と協議して決めていく必要があった。

 

ヤゾフは計画書を隅々まで細かく読み解き、評価を伝えた。

 

「大まかな点は素晴らしい、だがパイロットの補充に関してはもう少し余裕を持たせろ。どうせ後半年は動けん、ゆっくりやれ」

 

「分かりました」

 

敬礼してゾロトフ少将は書類を持ち帰った。

 

すると反対に命令を伝え終わったローシク少佐が代用コーヒーが入ったカップを2つ持ってきた。

 

「工兵隊に伝達終わりました、ついでにこちらをどうぞ」

 

「ありがとう」

 

ヤゾフは代用コーヒーを受け取り、口につけた。

 

この頃は久方ぶりに心に余裕を持って仕事が出来る日々が続いており、溜まった心労も消えつつあった。

 

「そういえばステクリャル中将の様子はどうだった?」

 

ふとヤゾフは尋ねた。

 

ヤゾフはそれでも職務に追われてる為、ローシク少佐に見舞い用の土産を渡してステクリャル中将が療養中の軍病院に向かわせた。

 

幸いにも中将は疲労が溜まっただけであり、後2週間も休めば取り敢えず復帰出来るといった診断を下された。

 

尤も療養中であってもKGBのデスクワークと報告書は入院中の机に次々と送り込まれているのだが。

 

「元気そうでしたよ、確かに軍医のいう通りに後数十日すれば退院出来そうでしたよ」

 

「そうか、土産は喜んでたか?」

 

「はい、「久々に書類以外のお土産貰った」と喜んでました」

 

安堵したようにヤゾフは再び代用コーヒーを口に含んだ。

 

こうした戦いのない日常が取り戻せるように、彼らは戦っていた。

 

 

 

 

 

-ソ連領 ラトビアSSR 首都リガ ラトビア・ソヴィエトKGB本部 ”角の家”-

リガ、かつてのラトビア共和国、今のラトビア・ソヴィエト社会主義共和国の首都であり、最大の都市である。

 

街の真ん中をダウガヴァ川が通り、何本かの橋が街を繋いでいた。

 

市街の西側にはソ連軍の航空基地があり、ここには今の何機かのMiG-25PDSやMiG-27、Su-24などが駐屯している。*1

 

そんなリガ市内には共和国時代から存在する巨大な記念像、通称自由の記念碑があり、全長42メートルの巨大な像がリガを見守っていた。

 

この像も占領時代のソ連当局やKGBが解体しようと議題を出していたのだが、その度に芸術的な価値、或いはソ連的な解釈を用いたアプローチ*2によって守り続けられていた。

 

その記念碑から真っ直ぐ丁度1キロほどレーニン通り*3を進んだとこにあるのがラトビア・ソヴィエトのKGB本部である。

 

レーニン通りに存在するKGB本部、普通に街を散策しているだけでは気づきにくい一角に入っている。

 

周辺は伝統的な建築のビル街で、道路にはトラムと車、或いはトレロバスが通っていき、通りにはKGB職員ではない市民が大勢いる。

 

KGB本部は完全にリガの生活に溶け込んでおり、同じようにKGBの職員もリガの生活に溶け込んで彼ら彼女らを監視していた。

 

本部の施設はかつては革命戦争評議会が、ラトビアが独立していた頃は内務省がそれぞれ入っており、1940年の占領以降はNKVD、NKGB、MGB、KGBが本部として使用していた。

 

通称”角の家”、美しい白く純白な建物は裏で多くのラトビア人の血を吸っている。

 

”角の家”は反体制的な人間を収容する地下施設があり、そこには今数人の密入国者が放り込まれていた。

 

地下牢からは呻き声が聞こえ、独房の見張り口から中の様子を見ると硬いベッドで疼くまる密入国者の姿が見えた。

 

独房は硬いベッド置かれ、その隣に人1人立てる程度の広さしかなく、窓は鉄格子に遮られた1箇所のみに設置されている。

 

警備の兵が各所に配置され、勾留所の通路を2人のKGB将校が通って行った。

 

うち1人は真夜中であるにも関わらず叩き起こされ、引き摺られて無理やり机と椅子が置かれた部屋に連れて行かれた。

 

本部の取調室である。

 

密入国者は椅子に括り付けられ、眼前にはKGBの大尉と上級中尉がいた。

 

2人の背後には書記官として制服姿のKGB上級中尉がおり、取り調べの報告書を記載する準備をしていた。

 

実はこの取調室、別室にマジックミラーのついた監察室があり、そこにはKGB少佐が1人、大尉が2人控えていた。

 

今夜も密入国者に対する尋問が始まるのだ。

 

かつて、ここに放り込まれた多くの者達は何の罪もないただの人間であった。

 

それが反体制派であるから、反ソ的な民族主義者であるからという理由で拘束され、冷たい地下牢に放り込まれ、暴力を含んだ尋問を叩き込まれ、その上で殺された。

 

彼らの名前は恐らく今後数十年、公表されることはないのだろう。

 

隠せないとしても不都合なことは隠し、誤魔化すのが彼らの仕事だ。

 

尋問の結果得られた情報はすぐに清書され、本部を管轄する上級将校達に届けられた。

 

特に今回の案件はモスクワのルビャンカから直で命じられている為、ラトビア・ソヴィエトKGB議長に直接届けられた。

 

議長ボリス・プーゴKGB少将は早速報告書を受け取り、目を通した。

 

プーゴ少将はロシア生まれのラトビア人、彼の父はラトビアの共産主義者であり占領時にラトビアへ戻った。

 

それからリガ工科大学を卒業、暫くはリガのコムソモール委員会などで働き、1976年よりKGBに移ったというのが公式の動きである。

 

「……そうか、尋問を続けろ」

 

「はい」

 

報告書を提出した大尉に命令し、大尉は再び尋問に戻っていた。

 

プーゴ少将は椅子に深々と座り、考えを巡らせた。

 

「少なくともラトビア国内で彼らと連絡を取ろうとしていた形跡はありません」

 

第4局長ファビアン・タボル中佐は今までの情報をベースにしてプーゴ少将に報告した。

 

ラトビアSSR・KGB第4局は通信監視を任務とする局であり、ラトビア国内の通信防諜を担当していた。

 

タボル中佐の報告を聞いた少将は第2局長ブルノ・シュテインブリク大佐に尋ねた。

 

「第2局長、国内で怪しい動きはないか?」

 

「ありません、独立派などの動きも皆無です」

 

シュテインブリク大佐はポケットからメモを取り出し、より詳細な情報を述べた。

 

彼、出身校はリトアニア・ソヴィエトのヴィリニュスにある内務省学校だが、勤務は常にラトビア・ソヴィエトのKGBであった。

 

「沿バルト前線、ラトビア国内に目立った動きはありません。一部では食料配給に不満も出ているようですが通常通りです」

 

「ではやはり国境軍が捕えたのがデカいか」

 

「見事出世魚を捉まえてくれましたな」

 

副議長、ミエルヴァルディス・クチャンス少将の発言にプーゴ少将は微笑を浮かべて頷いた。

 

ここで成果を上げれば出世の一助になる、良いタイミングでやってくれたと内心喜んでいた。

 

ラトビアでの戦果を足掛かりに中央へ上がることだって夢じゃない。

 

その為にはもう少し成果が欲しい所だ。

 

「そういえばルビャンカからこちらで捕らえた密入国者を2、3人輸送して欲しいと来ていましたが」

 

第1局長グナル・プデルス中佐がプーゴ少将に尋ねた。

 

「健康状態がいい者を選別して空路で輸送しろ。プデルス中佐は悪いが軍に頼んで輸送機を手配して貰え。ただし、今尋問中の船長格のあの男、あいつは留めておけ。もう少し絞っておきたい」

 

「分かりました、沿バルト前線管轄の同志にも協力を仰ぎます」

 

少将は頷き、命令は頷いた。

 

後日ラトビアKGBの尋問が功を奏したのか、密航船の船長と思わしき男は現在KGBが調査中のテロ等準備組織、ロシア復興戦線の協力者だと自白した。

 

他の面々は本当に協力を知らなかったらしいが、船長だけはロシア復興戦線側の人間と知り合いであり、明確な協力関係にあった。

 

その後の取り調べによって彼らはエストニア・ソヴィエトのパルヌに漁船として密航し、エストニア・ソヴィエトにいる協力者がモスクワまで連れていく手筈だったらしい。

 

直ちにエストニア・ソヴィエトKGBは急いで協力者を逮捕し尋問にかけた。

 

少しづつベルリン派が仕掛けた陰謀は暴かれつつあった。

 

 

 

 

 

-ソ連領 ロシアSFSR 首都モスクワ 某訓練場-

KGB特殊部隊というのはBETA大戦前から幾つか存在していた。

 

第1総局第12課がKGBにおける直接的な破壊行動、つまり実働部隊を管轄しており、そのうちの特殊作戦旅団がKGB特殊部隊の祖であった。

 

このスペツナズ旅団、平時は旅団長は決まっていないが有事になると当時12課副課長のラザレンコ中将が就任する予定であった。

 

そんな特殊作戦旅団は1972年から始まるBETA大戦で、混乱する東欧諸国からまだ生きている政府高官や軍の高級将校を無理矢理にでもソ連領内へ逃がす際に投入された。

 

東ドイツの現指導者、ハインツ・ホフマン上級大将もシュミット上級大将の手引きで入ってきたこのスペツナズ部隊に命を救われた。

 

以来シュミット上級大将率いる東ドイツ支局には1隊ほどKGBスペツナズ部隊が在独ソ連軍、或いは国家人民軍内に紛れ込んでいる。

 

一時は12課からS局に引き渡され、その後内務省との統合が進んだことによりKGB特殊作戦局として独立した。

 

局長には歴戦の旅団長ラザレンコ中将が置かれ、副局長には旅団長時代に参謀長を務めていたウラジーミル・ボグダーノヴィチ少将がその任を受けた。

 

KGBスペツナズの人間は基本的に国境軍、国内軍、時にソ連軍から集められ専門の教育センターで訓練を受け、最精鋭の特殊部隊員としての資格を受ける。

 

その為国境軍の海上警備隊出身者も何人かいる為、海軍と同じ階級を持つ者もいた。

 

例えば特殊作戦局が展開している最精鋭”カスカード”部隊の参謀長、ヴァディム・ソプリャコフ大佐は元々国境軍海上警備隊出身である為、海軍の制服を身につけ海軍式の階級を名乗っている。

 

そして今ラザレンコ中将の隣にいるエヴァリィト・コズロフ大佐はそもそも海軍人であった為、海軍の制服と階級を有したままだった。

 

この訓練施設にはラザレンコ中将らが来るべき時に備えて新しく編成した特殊部隊、通称”ヴィンペル”の隊員達がおり皆鍛錬を重ねていた。

 

表向きの名称はKGB独立教育センターであり、各地に展開する”カスカード”部隊と主に東ドイツに展開する”ゼニート”部隊からラザレンコ中将と指揮官に内定したコズロフ大佐が選りすぐりを集めた部隊だ。

 

まだ誕生して1年の為隊員数は定員通りではなく、フルスペックの能力を発揮出来るのはコズロフ大佐が直接指揮する”ヴィンペル1”とボリス・ベスコフ大佐の”ヴィンペル3”だけであった。

 

それでも隊員の士気旺盛、練度も高いソ連軍内でも屈指のエリート歩兵部隊であった。

 

隊員達は基本的にAKS-74かAKS-74Uを装備し、場合によってはPKMやRPGなどで武装して、対戦車級戦闘にも参加する。

 

尤も、ヴィンペル部隊が誕生した要因を考えると求められるスキルは対BETA戦というより対人戦であり、訓練も旧来の対人戦闘を主眼に行われていた。

 

「これが”ヴィンペル”か、確かに動きがいい」

 

視察に訪れたドロズドフ中将は訓練中の”ヴィンペル”隊員を眺めながら感想を呟いた。

 

ドロズドフ中将も時々視察でソ連軍の歩兵部隊を見たりするが、この”ヴィンペル”は特に優れた動きをしていた。

 

「隊員は皆対BETA戦闘を経験した強者です。身体だけでなくメンタルにおいても強靭な意志を発揮し、必ず任務を成功させます」

 

コズロフ大佐は部隊長として視察に来た者達に説明した。

 

ドロズドフ中将は自身のS局から何人か随行員を連れていた。

 

例えばS局第1課長ウラジーミル・ローホフ大佐、彼は数人いる随行員の中の1人である。

 

第1課は各種の非合法活動を行う工作員との連携や海外で勤務する工作員の教育などを担当しており、”ヴィンペル”部隊の隊員に現地での溶け込み方などを教えているのも彼らであった。

 

ローホフ大佐も例に漏れずヨーロッパ、アジアで様々な諜報活動に従事していた。

 

「ラザレンコ中将から見て彼らはどうですか、いつでも実戦に投入出来ますか?」

 

ドロズドフ中将は特に他意なくラザレンコ中将に尋ねた。

 

彼は少し考え、無難かつ現実的な回答を出した。

 

「1と3はいけるでしょう、ですが2と4は人員の観点から難しいでしょうな。こちらはサポートとして使う他ないでしょう」

 

”ヴィンペル”部隊は創設元の”カスカード”と同じように4個部隊から構成されており、うち2個は充足していたがもう2つは75%といった状態だった。

 

それでも”ヴィンペル1”と”ヴィンペル3”があればベルリン派の首くらいなら取れる、そう豪語出来るほど練度は高かった。

 

「我々としては”想定地域”から兵員を借りられないかと考えていますが」

 

コズロフ大佐のいう想定地域とは東ドイツのことだ。

 

彼らが創設された最大の理由はベルリン派が増大し、通常の策略では手に負えなくなった時に直接的な手段として投入する為である。

 

狙うはベルリン派の首、その為に彼らは日夜訓練を続けていた。

 

そしてその想定戦場には東ドイツに展開する”ゼニート”部隊がいる。

 

”ヴィンペル”の隊員達は”ゼニート”出身者も多いことから協力が容易であり、一部部隊を拝借して投入することも検討していた。

 

「それはいいな、奴に一声かけて調整してもらおう」

 

「またお怒りの手紙がヴィスマルから飛んできますよ」

 

ラザレンコ中将は苦笑気味に忠言したが、ドロズドフ中将は同じような苦笑いを浮かべているだけだった。

 

「奴には一筆添えて良いウォッカでも送っておけばなんでもやってくれますよ」

 

コズロフ大佐は「かなり扱いが雑だなぁ」と思いつつも何も言わなかったし、ある程度事情を知ってるローホフ大佐からすればいつものことかと気にする程でもなかった。

 

「奴からすればベルリン派排除が1つ山場ですからな。東ドイツがどうにかなる前に片をつけなければ奴の身が危ない」

 

「…動き出してますか、奴ら」

 

ドロズドフ中将は頷き、後ろに控えていたコズロフ大佐の肩を軽く叩いた。

 

「恐らくそう遠くない未来に出番は来るだろう、その時は頼んだぞ」

 

「ハッ!」

 

事実”ヴィンペル”部隊の初陣は後1ヶ月後のことである。

 

だが彼らの真価が発揮されるのはもっと先のことであった。

 

 

 

 

 

モスクワに存在する東ドイツ大使館。

 

各国の大使館がそうであるようにここには東ドイツからの駐在武官と連絡将校が派遣されており、最も重要な同盟国であるソ連との軍事的な連携を図っていた。

 

それ以外にも東ドイツから訪れた国家人民軍の研修員の面倒も彼らが見ている。

 

故に大使館にいる連絡将校のうち1人がベルリン派に協力する者だったとしてもそれは何らおかしな話ではなかった。

 

オットー=ラウト・シュトラウフェン大尉は国家人民地上軍所属、モスクワに在住する連絡将校の1人であった。

 

彼がベルリン派に与したのは2年前の話である。

 

丁度モスクワに飛び立つ前の頃であり、その時知り合ったフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊の将校が偶々ベルリン派であった。

 

シュトラウフェン大尉はアクスマン中佐と同じくこれといった政治的な主義主張は持ち合わせていない軍人である。

 

ベルリン派に与した理由は成功すれば一気に中佐くらいまで出世出来ると言われたからであり、利己的な機会主義者の1人であった。

 

こうした理由でベルリン派に与した国家人民軍の佐官、尉官級の将校はそれなりにいる。

 

フェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊と国家人民軍の関係は巷で言われるほど悪くはなく、むしろ装備の融通などではかなり深い関係になっていた。

 

シュタージが汚れているが軍は潔白ということは基本的にまずあり得ない。

 

シュタージの汚れ仕事は軍とて薄々承知しており、皆あえて口にしないだけであった。

 

時に彼らは共犯者となり、時に距離を置いて東ドイツで生きていた。

 

脛に傷を持たぬ上級将校など、国家人民軍には存在しないのだ。

 

むしろ妙な主張をしないだけ出世の為に悪事に与するシュトラウフェン大尉の方がマシかも知れない。

 

彼は”たまたま”仕事でモスクワに訪れ、大使館で働いている兄に会いにきたエルヴィン・エルターと大使館の廊下ですれ違った。

 

「おや、初めて見る顔だね」

 

「ああ、どうも。兄がこちらで働いておりまして、面会の許可が降りたので暫しお邪魔させてもらいました」

 

「兄かぁ……ああ、もしかしてエルターさんの」

 

「はい、アルベルトの弟です」

 

シュトラウフェン大尉は軽く頷き、エルターに近づいた。

 

「お兄さんには世話になってるよ、こんなご時世だがモスクワはいい所だ。ゆっくりしていくといい」

 

エルターが来ているスーツのポケットに1枚の紙を入れ、彼の肩を軽く叩いた。

 

「お気遣いありがとうございます……私はこれで」

 

「ああ、気をつけてな」

 

エルターは頭を下げてモスクワ大使館を後にし、その様子を窓からシュトラウフェン大尉はじっと観察していた。

 

エルターはそのまま大使館をバスに乗って離れてモスクワの地下鉄に乗り、一旦ベラルースカヤ駅で降りた。

 

ベラルースキー駅から地上に登り、少し歩くと1台のタクシーが停まっていた。

 

迷うことなくエルターはそのタクシーに向かい、そこでほぼ同タイミングに1人のモスクワ市民と出会した。

 

「割り勘して相席でいいかな?」

 

「もちろん、構いませんよ」

 

そう言ってエルターは同じタイミングでタクシーに来た男と相席し、タクシーはモスクワ市内を走り出した。

 

運転手がある程度のところまで飛ばすと隣に座っていた男は帽子を取ってエルターのポケットを軽く叩いた。

 

怯えながらエルターはポケットの中に無理やり入れられた紙を男に手渡す。

 

「封筒入りか、宛先は……分かった。預かって偽造書類を作るから投函は2、3時間ばかり待ってろ」

 

「はい……」

 

「何か相手に妙な様子はなかったか」

 

運転手がエルターに尋ねてきた。

 

会った時の様子を思い出しながらエルターはロシア語を用いて答えた。

 

「ありませんでした……他の人同様、いつも通りに渡してきて……」

 

「なるほど、中身を拝借するまで待ちますかね」

 

「ああ、それと君にはもう1つ仕事を任せたい。2、3時間後にこれの偽造書類を持ってくるがもう1枚渡して欲しいものがある。これを偽造書類と一緒に投函しろ」

 

「分かりました……」

 

エルターは彼らに対して何を渡すのか、中身は何なのかなどを特に質問することはなかった。

 

した所で答えてはくれないだろうし、何よりこれ以上に厄介毎に巻き込まれるのは御免だ。

 

ただでさえエルターは自覚している以上に彼ら(KGB)に深入りしているというのに。

 

「君、明日の予定は?」

 

「一応ソ連商工会議所さんとの会談で通訳をと言われてます」

 

「明日、アメリカ大使館に行く。迎えに来るのは我々ではないが、仲間であることは覚えておけ。君は普段通りでいい、顔を見せるだけだ」

 

「アメリカ大使館ですか…?じゃあ通訳は……」

 

「別の誰かを立てる、とにかく大使館に行く。それが終わったら帰国してくれ。チケットは取ってある」

 

ようやくこの人生で一番楽しくないモスクワ旅行が終わるとエルターは安堵していた。

 

兄に久しぶりに会えたのは嬉しかったが、同時にベルリン派が兄の職場にまで手が及んでると知って絶望した。

 

もし自分のやっていることが露見すれば本当に一族皆殺しになってしまう。

 

エルター本人に課された責任の重さが膨らんだ。

 

しかもそんなこと一切知らず知ろうともせず、彼らは任務を与えてくる。

 

「君は一旦ホテルに戻っていろ。終わったらいつもの担当が来るから書類を受け取って後は言った通りだ」

 

「分かりました…」

 

タクシーは丁度ベラルースカヤ駅からカザンスキー駅まで到着し、一旦停車した。

 

「一旦私は戻る、君は彼をホテルまで連れて行け」

 

「了解」

 

そう言ってエルターの隣に座っていた男はタクシーを降りて地下鉄のコムソモーリスカヤ駅の方まで歩いて行った。

 

男を見送るとすぐにタクシーはエルターが泊まっているホテルの方へ向かう。

 

モスクワにいるうちは、というよりベルリン派との対決が終わらない以上エルターに自由はない。

 

彼は黙って5月のモスクワの風景を眺めていた。

 

春の苦々しい思い出がエルターには一生付きまとうことになる。

 

 

 

 

-ポーランド人民共和国領 レグニツァ県 グウォグフ市 ソ連軍航空基地-

グウォグフ市のソ連軍航空基地には第26航空軍の司令部も併設されており、参謀や司令部要員は殆どここにいた。

 

前線飛行場に作戦支援として出向いていたメデツィーニン少佐も職務を終え、本部の司令部に戻っていた。

 

久方ぶりに同僚達と飲み、作戦の疲れを癒した。

 

そのせいか今日は何故だか異常に古傷が痛む。

 

メデツィーニン少佐が負った傷は主に右半身に集中しており、特に今日は足が痛かった。

 

あまりに痛いので普段滅多に使わない杖を持ってきた始末だ。

 

「飲みすぎたかな……」

 

「メデツィーニン大丈夫か?途中まで送ってくか?」

 

同僚の少佐が心配そうに彼を助けようかと提案した。

 

「いやいや、司令官に会ってくるだけだ。お気遣いなく」

 

「ならいいんだが……じゃあ荷物持っててやるから」

 

そう言って少佐はメデツィーニン少佐が持っていた鞄などを持って先にスタスタと参謀達が使うロッカーへ持って行ってしまった。

 

荷物が減ってロッカーに行く必要がなくなってありがたいが、態々やらんでもと思っていた。

 

だがこういう自然体な優しさが我らの取り柄かも知れないとふと思った。

 

第26航空軍司令アレクサンドル・ザクレフスキー中将の執務室は丁度階段を上がった所にあった。

 

普段ならなんともない階段もこう痛みが続くといつもの倍以上にしんどく感じるものだ。

 

痛みに耐えながら階段を登っていると後ろから聞き馴染みのある声が聞こえた。

 

「メデツィーニン少佐!」

 

振り返るとそこには見知った顔馴染みがいた。

 

ナターリヤ・ヴラソヴナ・ルヴィロヴァ上級中尉、ソ連空軍所属の女性衛士である。

 

「ルヴィロヴァ上級中尉か、元気だったか?なんでここに」

 

「私も少佐と同じく司令官に御用がありまして、一緒に行きましょう」

 

そう言ってメデツィーニン少佐の杖を取り、肩を組んで一緒に階段を登った。

 

ルヴィロヴァ上級中尉との出会いはまだメデツィーニン少佐がアカデミーにいた頃だ。

 

丁度後方に下がっており、戦えないことに内心鬱屈していた時期である。

 

その頃ソ連航空産業省は技術総局で戦術機の新技術をテストしており、元衛士のメデツィーニン少佐はアドバイザーとして参集された。

 

当時技術総局でテストパイロットとして働いていたのがこのルヴィロヴァ上級中尉である。

 

「また会えて嬉しいです、少佐も嬉しいですよね?」

 

「ああ、元気そうで何よりだがどうしてここに?テストパイロットはどうしたんだ」

 

「転属になりました、少佐と同じ軍に所属出来るとは思ってもいませんでしたよ」

 

彼女は優秀なテストパイロットであり、志願でもしない限り前線には送られないはず、少佐は訝しんだが深く考えないことにした。

 

「出撃はしたか?」

 

「はい、訓練通りに行かない点もありましたが少佐と祖国を思えばこそ、いくらでも戦えますよ!」

 

「ああ、そう。変わってなくて安心した」

 

昔はこんな少佐少佐と大きい犬みたいに話しかけてくる子じゃなかったんだがな、とメデツィーニン少佐は昔を回想した。

 

最初の頃はもう少しドライなタイプだったが、確か前線で戦うフレツロフ少佐達のことを話したら思いを理解してくれたのか心を開いてくれるようになった。

 

今は少し開きすぎではとも思うが。

 

階段を登り切り杖を受け取るとそのまま執務室へ向かった。

 

軽くドアをノックし2人は同時に執務室に入る。

 

「よく来た、2人一緒か」

 

「はい、行きあいまして」

 

「まあ話す内容は一緒だから丁度良かった。そこに座ってくれ」

 

そう言って朝から書類のチェックを行うザクレフスキー中将はソファーに案内して彼らに渡す用の書類を持ってきた。

 

2人は左側の椅子に座り、メデツィーニン少佐は2人の間に杖を置いた。

 

「杖を使っているが調子悪いのか?」

 

ザクレフスキー中将はソファーに座って彼に尋ねた。

 

「少し痛むだけですので気にせず、それで何用で私を?」

 

「端的に言えば移動命令だ。私としては君のような若い優秀な参謀が引き抜かれるのは辛いんだがな…空軍司令部の命令だ、仕方ない」

 

そう言って2人に中将は命令書を渡した。

 

確かに内容は移動命令だった、しかもどこかの軍や師団へ移動ではなく新設する航空連隊への移動命令だった。

 

「ヴィクトル・フレツロフ少佐、確か君の同期だったな?」

 

「はい、フレツロフは高等学校時代の同期です。私が墜ちた時に一緒に戦ってました」

 

「一応まだ内定の段階だが彼を中佐にして新設する連隊の指揮官にするつもりだ。君には連隊参謀長として連隊長をサポートして貰いたい」

 

「あいつを連隊長に?」

 

「彼のハイヴ戦における類稀な指揮戦闘技術を見込んでのことだ。基本は積極的にハイヴ戦に投入し、今後のハイヴ戦を優位に進めたい」

 

理由は分かった、端的に言えば専門的なハイヴ攻略部隊を我々にやらせようという腹積りだろう。

 

実際こないだの戦いを見て分かったがフレツロフが持つ嗅覚は素晴らしいし、彼の指揮戦闘技術は極めて高い。

 

今後益々激化するハイヴ攻略戦で必ず役に立つはずだ。

 

「政治部長にはブリツェンスキー大尉を、副司令官にはデルーギン少佐が予定されている。そしてルヴィロヴァ上級中尉は連隊長の補佐を任せる」

 

「少佐の為にも精一杯尽くします」

 

「手負の私に出来るかは分かりませんが、友人達に顔向け出来るよう努力しましょう」

 

命令書を受け取り、メデツィーニン少佐は立ち上がって中将に敬礼した。

 

1982年5月、フレツロフ少佐の知らぬ所で新しい決定が下されていた。

 

 

 

つづくかも

*1
現在はリガ国際空港になってますね

*2
要は屁理屈

*3
現在は自由(ブリーヴィーバス)通り

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