マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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明日もまた戦闘があるのだろうか?
我らに運命付けられたことは
愛することではなく、別れを告げて
妻から、畑から離れることだ
しかし、闘いの中で一歩一歩
故郷の家に近づいているのだ
-”前線にも春が来た(うぐいす)”より抜粋-


春の目覚め

-日本帝国領 帝都京都 元枢府御所-

基本的に政威大将軍は京都の元枢府御所に執務室を構え、政務に取り掛かる。

 

稀に斯衛軍の最高司令官として総監部に訪れることもあるが、基本は総監の方が将軍に謁見し裁可を頂くのが世の流れであった。

 

輝光は将軍の前に跪き、人事案に関する提案書の認可を待った。

 

信真は玉座に深く座り込み、頬に拳を当てて座っている。

 

提案書は警護集の1人、盛岡利定少尉に持たせていた。

 

信真の左右には城内大臣崇宰吉次、元枢参与斑鳩露隆が控えている。

 

「アフリカ攻めは月詠の年寄りじゃあ役不足、ここは知恵が回る山城だ。参謀長には見附を少将に昇進の上据え置き、副司令官には第1師団長の成瀬を添えろ」

 

「猊下、それでは師団長の成瀬中将と山城中将が同列となってしまいますが」

 

山城興正(おきまさ)中将は所謂革新派に属する外様武家であり、その勤続年数と人柄により外様でありながら中将に列せられた。

 

なおこの山城、ここ数年のうちに上総という少女が生まれたらしいのだがそれはまた別の話である。

 

一方成瀬道永中将は譜代成瀬の家、よくいる一般的な上位階級の武家であった。

 

本来であれば師団長の道永をそのまま兼任として近衛派遣軍の司令官とするのが道筋であると一般的な武家なら反論するだろう。

 

だが輝光は派遣軍が明らかに1個師団以上の部隊を有することから師団指揮は師団長に一任し、派遣軍としての司令部は別で設置しようと考えていた。

 

その点は信真と同じである。

 

故に総監部は大将の階級を持つ煌武院峯家を軍司令にと提案書を作った。

 

だがここで信真が挙げたのは予想外にも外様の興正であった。

 

「であれば政威大将軍命令で興正を大将に昇格すればいいだけのこと、そう難しい話ではにゃーではないか」

 

「分かりました、直ちに手配致します」

 

「それとあれだの、おみゃーんとこの人事局長、あれとっとと変えてまえ」

 

「仙波殿をですか?」

 

仙波北八朗少将、現在の総監部人事局長であり副局長影哉の操り人形である。

 

北八朗は元々城内省との連絡将校として経歴をスタートさせ、士官学校の同期の中で将官まで上り詰めた者のうち、一番昇進が遅かったのは彼である。

 

実は輝光とは同期であり、気が弱いところは難点であると思っていたが人柄がよく、友人としては親しい間柄であった。

 

「彼奴はちぃと押しの弱くてまぁあかんわ。あんな根暗にえらいきばらせてよぉ。ほんだでせっかくの機会に局長の首すげ変えたらええ」

 

「しかし猊下、仙波殿の功労を考えればそれは余りにも残酷な仕打ちかと…!」

 

「輝光!おみゃー仙波の同期だからっておおちゃくしてるんじゃにゃーだろうな?」

 

「いえっ!まさかそのようなことはっ!しかし…!」

 

「だったら彼奴の為にもさくっと降ろしてまえ。吉次、他に代わりを上げてみろ」

 

信真は新城内大臣、吉次に尋ねた。

 

「でしたら上鶴少将などは如何でしょうか?意志が強く、猊下の良き理解者にございます」

 

この上鶴君伊少将、戦後の混乱期に譜代に成り上がった家であり、元々旧主派と相容れなかった。

 

しかし圧倒的な武を有する信真に惚れ込み、以来信真の頼れる将官の1人となった。

 

その為輝光からしてみれば局長と副局長の対立が必須のこの人事には内心反対であった。

 

「しかし九州守護軍は文字通り九州防衛の要、今交代すれば有事の際…」

 

「そうならんように外地に兵隊送っとるんじゃにゃーのか?たわけ、おちょくっとるんか?」

 

「そのようなことは決してありません」

 

「なら言った通りだぎゃ、早うやりゃあ」

 

政威大将軍信真からの命に輝光は従う他なかった。

 

それを見兼ねた参与露隆は輝光の顔を立てた。

 

「輝光殿、そう萎縮せずに。輝光殿は猊下が命じられた斯衛軍の総動員計画も見事成し遂げられたではないですか。此度もそのようになされば良いのですよ」

 

「はぁ」

 

斯衛軍総動員計画、これは派遣軍拡大に次いで信真が打ち出した斯衛軍を戦時の軍にする為の方策の1つであった。

 

斯衛軍にも当然だが予備役は存在する、信真はこの予備役を全て動員し戦後以来取り潰されたままの斯衛第3師団、斯衛第4師団らを復活させようと言い出した。

 

信真はこれらの師団も随時派遣軍に送り、代わりに日本軍の一部部隊を解体ないし動員解除を早めて国民の負担を和らげようとした。

 

戦は武家に、それが信真の考えだ。

 

当然国防省、特に陸軍は大反対したがお飾りといえど政威大将軍が言い出したことを大手を振って反対する訳にも行かず、どうせ武家ならという考えも相待って可決されてしまった。

 

こうして戦後以来途絶えたままの2個師団が現世に蘇ったのだ。

 

その際の実務を取り仕切ったのが輝光であり、信真の命令から僅か1週間のうちに初案が上がってきた為信真は大いに満足した。

 

斯衛軍も戦をしたいかどうかはともかく規模は拡大したいのは共通見解であり、この点は速やかに動けた。

 

尤もこれで斯衛軍と特に陸軍の関係は溝が開いたが。

 

しかし此度の人事は斯衛軍内の亀裂を深めることになるだろう。

 

実際各所の配置換えで旧主派からは「横暴だ」との声が上がっている。

 

「露隆の言う通り、俺はおみゃーを買っておる。あんばようやったら、跡目を譲ってやったとてええぞ?ハッハッハ」

 

「猊下のご期待に添えるよう、努力致します」

 

再び深々と輝光が頭を下げ、信真は玉座から立ち上がり、彼に耳打ちした。

 

「だからの輝光、おみゃー”()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”?」

 

「……肝に銘じておきます……」

 

恐らく貞親らとの話だろう。

 

どういう訳か信真は知っているようだった。

 

1982年、武家内部の混乱は益々拡大つつあった。

 

 

 

 

-ドイツ連邦共和国領 自由・ハンザ都市ハンブルク-

ハンブルク、ドイツ第二の都市にしてハンザ同盟主要の都市。

 

BETA大戦の戦果を逃れ、かつての姿を維持しているハンブルクはリューネブルクなどと並んでよく東西会合の地として用いられた。

 

現在もハンブルクはNATO、WTO双方の軍官僚が集まって懇親会を開いていた。

 

懇親会には双方の官僚に加えて日本帝国、大韓民国などの同志国の官僚達も参加していた。

 

例えば西ドイツに駐留する日本帝国軍駐在武官の大佐や、或いは海外に派遣されている官僚など、様々である。

 

当然だがその中には斯衛軍もいた。

 

斯衛軍は西ドイツに研修として数人の将校を送り込んでおり、BETA戦争最前線で最新の技術と戦術を学ばせていた。

 

その中にアメリカから参加してきたある1人の技術官僚がいた。

 

名は篁祐唯、譜代の武家でありかなり有名な戦術機関連の技術者であった。

 

かの”瑞鶴”の開発にも携わっており、アメリカへは研修という名目で派遣されていた。

 

そんな祐唯がドイツにいるのは恩師からの誘いでソ連側の技術者達と交流してみないかという提案によるものだ。

 

彼は同じく研修中の友人、巌谷榮二陸軍中尉と斯衛軍からの派遣要員である浅尾平吉少佐と共に会に参加していた。

 

巌谷中尉はNATO、ソ連軍の衛士達と話をしており、一方の祐唯はソ連側の技術者達と意見を交換していた。

 

当然だがロシア語は知らないので自動翻訳機とアメリカ側の同時通訳者の力を借りている。

 

「我々が開発した最新鋭のSu-27は元々長時間の稼働を目的としていますから、MiG局の29とは運用思想に差異があります。我々としては傑作を作ったと今でも胸を張って言えます」

 

「戦果は聞き及んでいます。いつか間近で見たいものですな」

 

「それは我々とて同じ、ズゥイカークも一度お目に掛かりたい。状態によってはF-4以降の戦術機と機動力、近接格闘能力は同じになるとか」*1

 

ハンブルクまで訪れたスホーイ設計局の技術者はそう呟いた。

 

当然だがソ連人にとって瑞鶴など聞き馴染みのない言葉だ、ロシア語訛りの瑞鶴が聞けるのは貴重な体験だった。

 

ソ連空軍、ソ連防空軍も戦術機を用いた近接戦闘は視野に入れている。

 

しかし斯衛軍の近接戦闘と明確に違う点は、斯衛軍が近接戦を主眼として長期的に斬り合うのを視野に入れているがソ連の近接戦闘は赤軍騎兵のような振り下ろしてからの一撃離脱であった。

 

特に斯衛軍は稀に突撃砲すら持たず、長刀1本と短刀数本を持って近接戦を行う衛士が確認されており、各国の目を引いた。

 

「サムライはまだ生き続けている」と。

 

「”瑞鶴”は我が軍の主力にして最高傑作機ですから。仰る通り機動力なら第二世代にも引けを取りませんよ」

 

祐唯は自慢げに語った、実際彼らからすれば”瑞鶴”は最高傑作であり、一生誇れる戦術機である。

 

「しかし疑問なのは態々第一世代のF-4を改造しているということです。70年代ならいざ知らず、私の知る限りでは貴方の軍は今の所新型戦術機の導入計画を考えていないですよね?何故未だにF-4を」

 

「斯衛軍の公式見解としましては我々が目指すのはあくまで国産戦術機を主力とすること、故に更新には待ったをかけています」

 

「例えば前出てきたF-1というものですか?」

 

別の技術者が祐唯に尋ねた。

 

F-1は支援戦術機であるが最新鋭の機体であり、それなりに注目は集まっていた。

 

「F-1というよりも目指すはF-15、F-16、貴国でいえばMiG-29やSu-27のような主力戦術機です。我々とて時間は掛かるのは承知ですが一歩づつ努力していますよ」

 

「うーん、これは設計局ではなく私個人の考えですが、現状BETA大戦はまだ2年近く続きそうだ。であれば繋ぎとしてアメリカ産でもなんなら我々の戦術機を導入して見るのも1つの手では?いくら改造しているとはいえ、いつまでも第一世代は辛いでしょう」

 

その技術者は率直な感想と意見を述べた。

 

これに関しては祐唯も思うところがあり、答えには若干の時を有した。

 

「……意見の相違ですな、確かに”瑞鶴”の後継として現状の戦術機を改造し導入するのも戦力強化としては1つの手として有効だと個人としては分かります。しかし組織としての考えがあることもご理解頂けたい」

 

「なるほど、サムライというものは辛いですな」

 

「肩肘を張りますがそう悪いものではないですよ」

 

互いに微笑を浮かべワインの入ったグラスで乾杯した。

 

懇親会で出されたドイツワインは比較的甘口で、飲みやすいタイプであった。

 

どうもソ連側の技術者達はもう少し強いアルコールが欲しいようだったが。

 

「篁殿、少々宜しいか?」

 

「どうされました?」

 

事情を察した技術者達は一旦その場から離れ、浅尾少佐が彼に話しかけた。

 

「君にも是非会って欲しい人がいる。こちら、国家人民軍のノアルト・イルーゾ中佐だ。なんでも武家や斯衛軍のことについて知りたいらしい」

 

「人民軍中佐、ノアルト・イルーゾです。よろしく」

 

「篁祐唯です、お会い出来て光栄です」

 

そのイルーゾを名乗る中佐は赤毛でオールバック、黄金色の瞳。

 

記章、略綬などは全て”()()()()()”にすげ替えている。

 

「篁さんは戦術機の開発に携わっているそうですね。浅尾少佐から聞きました」

 

「ええ、今はアメリカにて技術研修に行っております」

 

「ほうアメリカに、私には縁遠い国ですな」

 

イルーゾ中佐のブラックジョークに2人は苦笑を浮かべた。

 

確かに東ドイツの軍人である彼からすればアメリカに行く時は亡命する時か攻め込む時の二択であった。

 

「斯衛軍の活躍は我々も聞いております、特に中東では大活躍だったとか」

 

「斑鳩殿の腕に”瑞鶴”が答えてくれました」

 

「ですが本国だとあなた方の扱いは年々悪くなっているとか」

 

祐唯は暫く黙り、浅尾少佐の方を見つめた。

 

少佐は目を背け、何も言わなかった。

 

恐らく浅尾少佐がこの中佐に喋ったのだろう、武家の扱いというより斯衛軍に対する扱いの変化を。

 

「我々は日本帝国をある面では尊敬し、手本としています。もし御用あらば微力ではありますが喜んでお力になりましょう」

 

「はあ、我々も貴国の衛士達には是非話を聞いてみたいものです」

 

2人は握手を交わし、「それでは」と祐唯の方から離れた。

 

彼を背にイルーゾ中佐は浅尾少佐に耳打ちする。

 

「彼は……”()()()()()()()()”?」

 

「いえ、篁殿はノンポリという奴です。今ので余計に理解した」

 

「我々も日本の友人は欲しい、東西冷戦など過去の話ですから仲良くしたい。是非もっと紹介を」

 

浅尾少佐は軽く頷き、暫しイルーゾ中佐と雑談を交わした。

 

恐らく少佐はこの中佐が何者か薄々分かっていただろう。

 

それでももしもの時のパイプとして使いたいと考えていた。

 

一方の中佐は混乱を引き起こせる機会の1つとして彼らに接触していた。

 

ベルリン派の陰謀は各所に張り巡らされている。

 

 

 

 

-ソ連領 ロシアSFSR 首都モスクワ ロシニー・オストロフ国立公園-

一体どのタイミングでモスクワ内に”()()”が侵入したのかは分からない。

 

BETAの襲来は国境軍に対して直接的な被害を与え、KGBに対して新たな任務を与えた。

 

その結果本来の職務である入国管理と不法入国者の追跡が若干疎かになった点は否めない。

 

実際各地で国境軍は稀に来襲するBETAと戦い、或いは国内軍に混じって兵員を出し通常業務以外のことも行なっていた。

 

一方のKGB本局も各軍の防諜を担当したり、或いは時に自ら戦いに出向いたり、かつて敵だったCIAらとの共同を行ったりとこちらも忙しく働いていた。

 

その結果、僅かに空いた穴に”()()()”が入り込むのは自然なことであった。

 

問題はそのネズミが誰かに仕込まれたものであるということだ。

 

モスクワ郊外に位置するロシニー・オストロフ国立公園、KGBの調査でどうもここに少数だがロシア帝国復興戦線のメンバーが潜伏しているらしい。

 

調査の為に早速”ヴィンペル1”の部隊が偵察活動に出動した。

 

派遣された偵察分隊は8人を2人1ユニットに分けて各所に散開し、偵察活動を開始した。

 

監視対象の家は3軒、どうもこの中にネズミが紛れ込んでおり、それを確かめるのが今回の任務であった。

 

分隊員は後に非公式でヴェーナンカ(アフガンカ)と呼ばれる新型野戦服の迷彩を来ており、双眼鏡に自衛用のAKS-74とAPS、人によってはSVDも装備していた。

 

その他の武装では長期戦を見越して携帯食料と水を背嚢に入れ、念の為に銃剣式のナイフも装備していた。

 

更に公園で採ってきた野草を身につけ、簡易的なカモフラージュを築いた。

 

分隊は5時間ごとに任務を交代し、24時間365日の監視体制を築いている。

 

あるユニットがSVDのスコープから目標の家を監視し、ため息をついた。

 

そろそろ5月の終わり頃、モスクワもだいぶ暖かくなってきた。

 

この”ヴィンペル1”のユニット、”ラズ3”は2人とも寒さよりも当然暖かさの方が好きだった。

 

だがキツい寒さでは極寒を耐えようと意識と感覚を研ぎ澄ませることが出来るが、こう暖かいとどうしても鈍ってしまう面があった。

 

その為時々小声で相方にジョークを呟いて、頭を動かしながら意識を保った。

 

例えば「この状況、一番恐ろしいのは俺の葉っぱを食いに来るシカだ」とか「女を連れ込んだらそれも報告するのか」など、たわいもない子供じみた冗談を時折言い合う。

 

こうしたプロの兵士なれど人間らしい言動で乗り切り、数時間に渡る任務を耐えてきた。

 

その行いが報われたのかついに相手に動きがあった。

 

目標の家から何人かの男達が出てきたのだ。

 

すぐに隣の奴を軽く叩き、双眼鏡で確認するよう要請した。

 

2人とも確認し、相方が無線機で動きを伝える。

 

「”ラズ3”、目標が巣から出た。数は3、まだ奥から出てくる」

 

『”ラズ3”、こっちでも確認してる。昨日も出てきた奴らだ』

 

”ラズ1”こと分隊長のユニットから返答が来た。

 

長期任務であるがこれでも彼らからすれば今回の任務はかなり楽な方だ。

 

彼ら偵察分隊は各歩兵部隊の浸透偵察でBETAの状況を調べに行ったこともある。

 

うち何人かは森林で戦車級やら闘士級に追い回されて辛うじて撃退した経験もある凄腕の兵士達だ、モスクワなんて自分のダーチャで遊ぶようなものだと自慢げに語っていた。

 

「1人はタバコを吸ってる、いや待て……奥から新たに3人…っ…!”ラズ3”より”ラズ1”へ、目標の武装所持を確認。新たに出た3人のうち1人が拳銃らしきものを所持、もう1人は布で覆い隠しているが小銃と思わしき武装を所持」

 

2人の間に若干の緊張が走った。

 

すぐに”ラズ1”も報告を受けて確認し、事情を把握した。

 

『”ラズ3”こっちでも捉えた。恐らく拳銃はワルサーだな、小銃は……ナガンか、それにサーベルまで持ってる奴がいるぞ』

 

男達の風貌は一般的な白人そのものであったが皆旧帝政時代のような髭を生やしており、シャツを着てまるで帝政時代の貴族のように振る舞っていた。

 

男達は家の裏庭に周り、”ラズ3”の視界から消えた。

 

「”ラズ1”、こっちの視界から消えた」

 

『構うな、”ラズ2”と”ラズ4”が追ってる。引き継ぎ任務を続けろ』

 

「了解」

 

偵察分隊の報告は直ちにルビャンカに直接送り届けられ、確固たる証拠を確認したラザレンコ中将はKGB第5総局長ボブコフ大将と共に彼らの逮捕を決断した。

 

裁可を貰うためにアンドロポフに面会に行ったのだが丁度アンドロポフは東ドイツへ視察に向かっており、代わりに第1副議長ゲオルギー・ツィーネフ上級大将へ面会に向かった。

 

この時ツィーネフ上級大将は留守居役としてアンドロポフの代わりに裁量権を渡されており、逮捕の裁可は彼に取る必要があった。

 

2人はすぐに偵察活動を纏めた報告書と潜伏中のロシア帝国復興戦線を逮捕する為の作戦計画書を提出した。

 

「間違いないのだな?」

 

今一度ツィーネフ上級大将はラザレンコ中将に尋ねた。

 

「はい、確実な証拠も出揃っています」

 

ラザレンコ中将は今までにないほど確固たる意志を持って答えた。

 

上級大将は軽く頷き、作戦計画に「KGB議長代理 KGB第1副議長 上級大将 Г.К.ツィーネフ」とサインを行った。

 

その上で彼らに改めて質問と命令を伝えた。

 

「”ヴィンペル”はどのくらいで動ける」

 

「ご命令があれば1と3は1時間以内に行動可能です」

 

「……分かった、では諸々の準備も含めて3日後結構せよ。私は内務省側に話をつけてジェルジンスキー師団の一部を借りてくる。ラザレンコ中将は戻って作戦の準備を始めろ」

 

「ハッ!」

 

敬礼して執務室を後にした。

 

「ボブコフ大将は私と残って内務省側との打ち合わせを頼む」

 

「了解しました」

 

命令を伝え終えるとツィーネフ上級大将は手際良くデスクの受話器を取って待機中の部下に命令を出した。

 

「私だツィーネフだ。今すぐヴィスマルにいるアンドロポフ議長か補佐官に伝えろ。6月1日И作戦を実行するから認知だけ頼むと、うん、分かった」

 

受話器を戻し、仕事を終えたツィーネフ上級大将は椅子に深くもたれ掛かった。

 

まさかアンドロポフ議長不在時にこのような裁可を行う羽目になるとは、ツィーネフ上級大将は若干重い気持ちでいた。

 

「各局長と東ドイツの奴にも伝えねば、ようやく動き始めたとな」

 

「逮捕の結果、何か情報を得られるといいんですがね」

 

ボブコフ大将は不安そうな声音でそう呟いた。

 

「どの道我々に対する攻撃は防がねばならん、我々が祖国ソヴィエトの盾である以上な」

 

 

 

 

 

-ドイツ民主共和国領 首都ヴィスマル 国家保安省ビル-

アンドロポフKGB議長による東ドイツ訪問は表向きは同盟国東ドイツの内務機関の視察と情報共有であり、在独ソ連軍や各所の機関を見て回り、最終的に国家保安省ビルに訪れた。

 

その過程でフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊の視察も行なった。

 

当然意味合いとしては衛兵連隊を隠れ蓑にする連中に対する牽制であり、どちらが父でどちらが子かはっきりさせる形となった。

 

そして本題、アンドロポフはシュタージ長官エーリヒ・シュミット上級大将の執務室へ案内され、完全防音の執務室で双方積もる話を話した。

 

執務室の周りには信用出来る(KGBの)警備兵を配置し、室内にも補佐官らの他に何名か警備担当の将校がいた。

 

ビル内は独特の緊張が走り、全体に悶々とした空気が漂っていた。

 

「元気そうにやっているようだね、同志シュミット」

 

「いえ…同志議長こそお変わりなく何よりです。しかし何故今このタイミングで東ドイツに?”ゼニート”や第9中隊がいるとはいえ、同志の安全は……」

 

「そう怯えていては盟主ソ連の力を示せなくなる。ベルリン派などいないも同然という毅然とした態度こそが彼らには必要なのだよ」

 

アンドロポフの態度にシュミット上級大将は従わざるを得なかった。

 

立場上同格であるシュミット上級大将とアンドロポフ上級大将であるが、実際にはKGB少将とKGB上級大将という明確な格の違いがあった。

 

所詮シュタージ長官などという階級も今の変装の小道具でしかなく、一介の少将であることに変わりなかった。

 

彼は用意された代用コーヒーに口をつけ、話を続ける。

 

「ここに来たのはドイツ支局の様子も確かめておきたかったからだ。ドロズドフ少将が度々視察しているとはいえ、私も直接見ておきたい」

 

「報告書は送っているはずですが……」

 

「チェックというのは二重三重にやるものだ、尤も君らの働きぶりは素晴らしい。KGBドイツ支局はベルリン派の抑えに役立っている」

 

実際ベルリン派がそれでも大手を振って活動出来ないのはシュタージ内に潜伏するKGBの力があったからだ。

 

ベルリン派が動けばドイツ支局のKGB職員が兆候を伝え、それらを正確に調べ上げた上でシュミット上級大将がルビャンカに報告書を送ってくる。

 

彼らがいなければベルリン派は今年中にクーデターを実行して念願である東西ドイツ統一を成し遂げていただろう。

 

拙速にことを成せばソ連もアメリカも手を出せないというのは3年前の韓国で証明されている。

 

ハナフェの失敗があるからこそCIAは本気でこれ以上の国家転覆を防ぐようになり、ソ連は元より信用していない東ドイツに一層の不信を抱いた。

 

双方の牽制がザーパド81作戦など一先ずの協力を生んでいた。

 

「折角ですのでこちらを本日の報告書です」

 

そう言ってシュミット上級大将は提出予定の報告書を直接アンドロポフに見せた。

 

当然だがベルリン派の動きは潜伏している者達が逐一チェックしている。

 

人員や予算の面でもドイツ支局は優遇されているのだ。

 

ある程度報告書を読むとアンドロポフは感想を述べた。

 

「ベルリン派が日本の武家軍に接触か、西側でも混乱を引き起こしたいのだろうな」

 

「実際我々の方でも西ドイツ側が各国の非主流派に接触しているのは確認しています。それと双方に工作を仕掛けているのも確認されています」

 

「…CIAからも報告を受けた、あちこちで焚き付けて大事を起こしている間にドイツを、というのがシナリオだろう」

 

KGBとて似たことをするから逆にベルリン派の意図が分かるのだ。

 

彼らは焚き付けた勢力が現地で覇権を取ることを100%望んでいる訳ではない、むしろ混乱を引き起こしてくれさえすればいいのだ。

 

何より重視するのは混乱、一時的にでも注意が逸れることを彼らは望んでいた。

 

その為に西側ではアクティブメジャーズと呼ばれる誤情報、プロパガンダ、悪意ある印象操作などを積極的に多用し、工作をする。

 

その工作の結果対象の世論が湧き上がり、或いは焚き付けた勢力が行動を起こして各所に混乱を齎してくれればそれで目的は達成される。

 

本命はその間に、如何にも東側の情報機関がやりそうな悪どい手口だ。

 

「そちらに潜伏しているされる旧帝政派、対処は大丈夫なのですか?」

 

不安になったシュミット上級大将はふとアンドロポフに尋ねた。

 

「間も無く直接行動に…」

 

ある1人の将校が彼に耳打ちし、アンドロポフは満足そうに頷いた。

 

「早速6月1日に動くそうだ。モスクワにいる連中を”ヴィンペル”が抑える」

 

「ついに武力衝突ですか……」

 

「避けては通れぬ道だ、それと潜伏勢力が銃器を持っていることが確認された。君の方でも調査を頼むよ」

 

また仕事が増えて内心うんざりしているシュミット上級大将であったが、真剣な顔で頷いた。

 

「我々もベルリン・ハイヴの調整でそれほど人員は避けませんがなるべくやりましょう」

 

「頼むよ、”ヴィンペル”もそろそろ動ける状態になってきた。それに証拠も揃い始めている、”直接行動”に出る日も近い」

 

直接行動、シュミット上級大将的には胃が痛くなる言葉だ。

 

ベルリン派を排除する為に”ヴィンペル”部隊を用いた抗争を始めようというのである。

 

恐らく何人かの将校は殺害され、その後処理を担わされるのだろうとシュミット上級大将は考えて気分が落ちてきた。

 

だがベルリン派がここまで拡大した以上避けては通れない道だ。

 

「……ベルリン派が片付いたら私もそろそろ移動を申請したいのですが」

 

「シュタージ長官は飽きたのかね?」

 

アンドロポフは冗談混じりに聞き返した。

 

「そうではなく、そろそろ私は潮時でしょう。報告書にも書きましたが私を探る者も現れています、ここらで人を変えた方が良いかと」

 

「君は優秀だ、それにそのシュタージの制服はよく似合ってる。せめて戦後の数ヶ月くらいまでは残っててもらいたいのだが」

 

シュミット上級大将は明確に不安を表し、顔を顰めた。

 

他国の保安機関のトップをスパイとして演じ切るなどあまりに酷だ、しかも身内には信用出来ない者がゴロゴロいる。

 

彼としてはそろそろ帰国したいというのが心情であった。

 

「せめて東ドイツを我々の影響力を残したまま戦後に移行させるまで君には残ってもらうつもりだ。まあその分の報酬はあるから安心せよ」

 

「ではせめて移動の際の手筈をお教えください」

 

「それはその時考えればいい、今は任務に集中せよ」

 

シュミット上級大将の要望は悉く跳ね返され、代わりに任務ばかりが増えた。

 

余りに扱いが悪いので「ままならんもんですな」と出来うる限りの不満を述べた。

 

「チェキストなんてそんなものだ、人民の盾と剣の苦労は誰にも知られないものだよ」

 

物は言いようである、そう言い返したかったが議長の手前シュミット上級大将はグッと我慢した。

 

 

 

 

 

6月1日の夜、モスクワの郊外にてショルコフ幹線道路を数両のBTR-60が通行する。

 

出撃したのはF.E.ジェルジンスキー名称特殊任務自動車化狙撃兵赤旗・レーニン・十月革命勲章師団、通称ジェルジンスキー師団の第4自動車化狙撃兵連隊である。

 

連隊のBTRはウラル通りからハバロフスク通りを通って十字路に検問所を設置した。

 

BTR-60から降りた自動車化狙撃兵達が各所にバリケードと机などを置き、手順に沿って通りがかった車を止めて検問を開始する。

 

時間帯的に通り過ぎる車は少なかったが遅くまで仕事をしていた市民が帰宅する際に通り、検問と行き合うことは屡々あった。

 

その度に車を止め、身分証の提出を求めた。

 

カラシニコフ小銃を持ったジェルジンスキー師団の兵士達はぶっきらぼうに対応するが、ソ連全土の対応がこんな有様なので特に受けても特に気にしなかった。

 

問題がなかった車はそのまま通され、家に帰された。

 

その間にウラルやUAZ-469などに乗り込んだジェルジンスキー師団の兵が対象地域の通路に展開して道を塞ぐ。

 

2名1組の班が通路を歩いて一応パトロールし、周囲の安全を確認した。

 

ちなみにこの第4自動車化狙撃兵連隊、作戦が終わっても演習という名目で出動している為演習が続くから今夜は夜通し封鎖の任務に着く。

 

兵士達は当然不満を覚えたが口に出すことはしなかった。

 

上官の雷が落ちて面倒なことになるのは避けたい、ロシアとは忍耐の大地なのだということを呟いて乗り切ろうとした。

 

一方この突然の動きに市民達は窓から外を見るもののあまり驚きはしなかった。

 

既に6月1日に演習を行うから外出は控えるよう要請が出ていたのだ。

 

それにこうした部隊がモスクワ市内で演習を行うのはBETA大戦が始まってから度々あることであり、彼らにとっては日常のちょっとしたイベントの一つであった。

 

街の真ん中を通るクヴァルタル・アブラムツェヴォを1両のBTR-60が進み、奥まで行くと停車して兵を展開する。

 

こうして市内の各所には第4自動車化狙撃兵連隊の歩兵部隊が展開し、包囲を完了した。

 

連隊本部も兼ねた作戦本部は検問所から少し離れた場所に配備され、すぐに簡易テントと機材が設置される。

 

周囲には何人か警備で置かれた兵がおり、AK-74を持って周囲を警戒していた。

 

本部には連隊の本部要員とこれから展開される本命の特殊部隊指揮官のコズロフ大佐と上官ラザレンコ中将がいた。

 

この日のコズロフ大佐はいつもの海軍制服ではなく、他の隊員と同じ新型の迷彩服を着て略帽を被っている。

 

『”ラズ1”、師団の展開を確認。また目標に動きなし』

 

「”ラズ1”了解、状況を確認次第作戦を開始する。暫し任務を続けられたし」

 

『”ラズ1”了解』

 

展開中の分隊から最終報告を聞き、その二重チェックも行う。

 

「状況は」

 

速やかに連隊長に対しコズロフ大佐が敬礼し尋ねた。

 

「街の包囲は完了しました。今の所交通する車両は帰宅中の車だけです。目標の家屋に動きはありません」

 

「地雷などの不審物もないな?」

 

「ありません」

 

報告を聞いたコズロフ大佐は投入予定の”ヴィンペル3”に連絡を取った。

 

「”ヴィンペル3”、作戦開始」

 

『了解、移動を始める』

 

直接指揮を行うベスコフ大佐から返答が返ってきた。

 

ベスコフ大佐ら”ヴィンペル3”の隊員を乗せたBTR-70が3両ほど幹線道路を走り去り、本部から姿が見えると本部近くに停車していた護送車も動き出す。

 

本部では静かだが僅かに緊張が流れ、皆”ヴィンペル3”の突入を待った。

 

「いよいよ我が隊の初陣ですか」

 

若干緊張した声音でコズロフ大佐は呟いた。

 

「”ヴィンペル”は精鋭無比、君達がそう育てた。自分の頑張りを信じろ」

 

「はい」

 

若干不安になるコズロフ大佐を宥め、ラザレンコ中将は作戦開始を待った。

 

1982年6月1日、”ヴィンペル”部隊初陣と1つとなるモスクワでの戦闘が始まろうとしていた。

 

 

続かも

*1
どうもアクセントがずいかくのかの部分に入ってる

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