マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

54 / 74
兄弟たちよ、準備を整えよ!
兄弟たちよ、時が来た!
戦いで鍛えられた旗を、今こそ掲げよ!
-”勤労者達の歌(コミンテルンの歌)”より抜粋-


戦支度

-ドイツ民主共和国領 首都ヴィスマル 国家保安省ビル 長官執務室-

「失礼します、グロスマン大将より報告書を預かりましたので提出に参りました」

 

シュミット上級大将の執務室前でロジッテン中佐が入室許可を求めた。

 

上級大将は珍しく立ち上がって自らドアを開け、前に立っていたロジッテン中佐に向けて「時間あるか?」と尋ねた。

 

何も言わずにロジッテン中佐は頷き、執務室へ入る。

 

シュミット上級大将は執務室のドアに鍵を掛け、誰かに見られることを避ける為にカーテンも下ろした。

 

部屋の明かりをつけてついでに盗聴を防ぐ為に防音モードに移行する。

 

「本部から命令ですか?」

 

ある程度準備が終わるとロジッテン中佐は報告書をソファーの前の長机に置き、シュミット上級大将に尋ねた。

 

彼は静かに頷き、中佐とは反対側のソファーに座った。

 

薄い色の入ったメガネをかけている上級大将は普段通りの表情を装っていたが、内心この日が来たかと思い詰めた感情であった。

 

「ベルリン派を本格的に排除すると本部から通達があった、こないだのレニングラード事件が最後の一押しになったらしい。我々にも第1総局から追加が来るそうだ」

 

「いよいよですか……長く潜伏した甲斐がありましたね」

 

ロジッテン中佐、というよりイェルガルスKGB中佐は何処か感慨深そうに呟いた。

 

彼らは既に9年近く東ドイツに潜伏し、シュタージを操り続けていた。

 

シュミット上級大将やイェルガルス中佐らはもう9年も祖国に帰っていないのだ。

 

「思えばラトビアの国境軍が拿捕した辺りから一気に状況は変わった。中佐は確かあそこ出身だったな?」

 

「はい、生まれもラトビアですし経歴の始まりもラトビアKGBからです」

 

イェルガルス中佐の生まれはロシア人というより人種的にはラトビア人であった。

 

母はロシア系とラトビア系の生まれであり、一方の父は今や地球上から消え去ったバルト・ドイツ系とラトビア系の生まれであった。

 

その為イェルガルス中佐は祖父がバルト・ドイツ人であり、ドイツ語が出来てドイツに潜伏出来たのはそういう要因もあった。

 

「我々もようやく祖国へ帰れるかも知れんな」

 

「はい……長かったです……」

 

ようやく帰国に近づいたと感慨深い反面、不安もあった。

 

この事をベルリン派が嗅ぎつければカウンターを喰らわされ、最悪殺されるかも知れない。

 

やると決めた以上絶対に排除は成功させなければならないのだ。

 

「ベルリン派に対する調査と動向の確認はより本格的になるだろう。そして多くこちらに訪れる追加要員も上手く我々のうちに溶け込ませなければならない」

 

「しかしオスター大佐とアクスマン中佐がA総局に戻ってきました。いきなり新顔が現れたら疑われるでしょう」

 

「第2局には混ぜ込めるはずだ。あそこのベルリン派はそれほど多くない」

 

イェルガルス中佐はそれに対し反論した。

 

「数は少ないですがあそこのパウル・シュティフ中佐は人脈とコネが深く、疑われれば厄介なことになります」

 

「弱ったなぁ」

 

シュミット上級大将は面倒臭そうな表情をしながらも頭の中では対策を考えていた。

 

まずシュティフ中佐を失脚させることは出来ない、あの切り札を使うのはベルリン派を抹殺する時だ。

 

次に第2局から別に移そうにも彼に見合ったポストが少ない。

 

様々な方法を考えた上でシュミット上級大将が導き出した答えはこれであった。

 

「新しく内務省で設立中の人民警察機動隊の1隊の指揮官を奴に任せる。参謀連中も奴の息のかかった奴を配置して事実上の指揮権をくれてやる。代わりに第2局からは移動、これでどうだ?」

 

「実働部隊を1つくれてやるのですか?」

 

シュミット上級大将は頷いた。

 

人民警察機動隊は内務省が持つソ連の国内軍に当たる部隊であり、当然ベルリン・ハイヴの誕生によって大打撃を受けた。

 

内務省自体が大打撃を受けたことにより国家保安省との融合は進み、防諜士官以外にもシュタージの人間が出張ってくることは稀に多々あった。

 

その為シュタージの中佐が1隊の指揮官に就任しても誰も何も言わないだろう。

 

「1隊と言ってもまだ半分も出来ていない。ここから編成し錬成するまでには確実に6ヶ月以上の時間が掛かる。その間に奴らの首を取りさえすれば」

 

「ギリギリ間に合うということですか……」

 

「ああ、この事を人事の奴らに伝えろ」

 

イェルガルス中佐は頷き、メモに纏めた。

 

「他に何か本部から通達されましたか?」

 

彼はメモを懐にしまうとシュミット上級大将に尋ねた。

 

「……近いうちに”ヴィンペル”がこちらに来る、と言っても数ヶ月は掛かるだろうがな。暫くは在独ソ連軍を隠れ蓑にしておくらしいが我々の枠も借りるということだ」

 

「また人が増えますな……」

 

思わずイェルガルス中佐も愚痴を溢した。

 

部下の手前、愚痴に同調する訳にもいかないのでシュミット上級大将は彼を宥めた。

 

本音を言えばイェルガルス中佐と同じだが本心ばかり喋っていられない。

 

むしろ本心など常に押し殺している。

 

「そう言うな、奴らの”()()”を行う以上人員が増えるのは仕方ない。第9中隊の支援部に枠を作っておく」

 

「分かりました、支局には伝達しておきます」

 

上級大将は「ありがとう」と伝え、本来の中佐の目的であった報告書を手に取った。

 

内容はいつも通りのものでそれほど珍しいものではなかった。

 

「作戦が始まるとなると我々もより一層身の振り方には気をつけなければいけませんな」

 

ふとイェルガルス中佐は自戒の意味も含めて呟いた。

 

ここでドイツ支局がヘマをして正体がバレる訳にはいかない。

 

「ああ……特にあの、ベアトリクス・ブレーメ、未だに私の周りを嗅ぎ回ってる」

 

シュミット上級大将は煩わしそうに呟いた。

 

「消してしまいますか?」

 

「いや、戦術機パイロットと指揮官としては優秀だ。ここで消したらまたイヴァノフスキー元帥とチュイコフ元帥にカラシニコフを突きつけられるやもしれん。気づいたとて彼女がベルリン派に与する可能性はゼロだ」

 

むしろ消す労力すら惜しいと言ったところか。

 

今はベルリン派以外の敵を作りたくない、ベルリン派に集中しなければならない。

 

モスクワから遠く離れた大地でもまた、KGBの暗躍が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

-ポーランド人民共和国領 シロンスク県 チェンストホバ市 ソ連軍空軍基地-

6月の最後の週、正式にフレツロフ中佐の指揮する連隊名が決まった。

 

名称は第306独立戦闘航空連隊、大祖国戦争中に存在していた第306戦闘航空”カトヴィツェ”ボグダン・フメリニツキー勲章連隊の名称を継承することとなった。

 

とは言っても勲章と称号が継承される訳ではない、これらは今後彼らの手で紡いでいくのだ。

 

連隊設立式は同じく6月の最後の週にかなり盛大に行われた。

 

空軍総司令官クゥタホフ航空総元帥が視察ついでに式に出席する為にチェンストホバ空軍基地に訪れ、第17航空軍司令パニィキン大将、第26航空軍司令ザクレフスキー中将、第1ウクライナ前線参謀長モイセーエフ大将、そしてポーランド人民空軍第4混成航空師団長ティトゥス・クラフチツ将軍と父フセヴォロド・フレツロフ少将が同じく式に参加した。

 

本当はヤゾフが行きたかったのだがどうしても仕事があった為、代行としてモイセーエフ大将が出席した。

 

式に参加したすべての軍人達は礼服を着て貰った勲章をつけていた。

 

フレツロフ中佐もおろしたての中佐の階級章がついた新しい礼服を着て式に臨んだ。

 

左胸にはソ連邦英雄が一番上に輝き、その下にレーニン勲章、赤旗勲章、レーニン生誕100周年記章、大祖国戦争戦勝30周年記章、ソ連軍建軍60周年記章、ソ連軍勤続顕彰10年記章が取り付けられている。

 

一方の右胸には三等スヴォーロフ勲章と三等クトゥーゾフ勲章、赤旗勲章とソ連軍祖国貢献勲章、そして一級パイロット記章と卒業記章があった。

 

やがてこのレーニン勲章や赤旗勲章も複数枚に増え、今次戦争での参加記章が増えていくのだろう。

 

彼はもうソ連邦英雄である、この戦争を生き残れば暫く軍に残ってやがて制服の生地が見えなくなるほど勲章をつけて軍関係の式典に参加することになるだろう。

 

既に何人かの将軍達はそうなっていた。

 

例えばクゥタホフ総元帥は左胸にソ連邦英雄の金星を2つ、レーニン勲章を4つ、十月革命勲章を1つ、赤旗勲章を5つも付けている。

 

しかも空軍総司令官になるほど軍に仕えている為、この下には大祖国戦争戦勝記章に加えて20、30年戦勝記章にソ連軍建軍30、40、50、60年記章まであった。

 

それだけには留まらず大英帝国勲章、ポーランド復興勲章、ブルガリア人民共和国勲章、東ドイツの一等祖国功労勲章とシャルンホルスト勲章、ハンガリーとチェコスロバキアの赤旗勲章、エジプトのナイル勲章、モンゴルのスフバートル勲章とハルハ河戦勝40周年記章*1とモンゴル人民革命50周年記章といった外国勲章も数多く付けられていた。

 

そして右胸にはソ連名誉軍事操縦士に一等のクトゥーゾフ、アレクサンドル・ネフスキー、祖国戦争勲章に赤星勲章が2つとソ連軍祖国貢献勲章もあった。

 

大祖国戦争を戦い抜き航空総元帥まで到達すると勲章もこれほど増える。

 

恐らくそう遠くない未来にフレツロフ中佐もこうなるのだ。

 

式典では各部隊長と上級将校がソ連空軍旗にキスをして忠誠を誓い、空軍総司令官と新連隊長の演説が行われた。

 

クゥタホフ総元帥の演説の後、フレツロフ中佐も演説を行った。

 

演説などそれ程経験はないが若い連隊長はやるだけやった。

 

壇上に立ち、原稿を目線の下に置く。

 

一呼吸置いてから彼は話し始めた。

 

「ご機嫌よう新たな連隊の同志諸君、そして式典にご出席下さったクゥタホフ総元帥以下来賓の皆様、この場を借りて新しい連隊が完成したことに感謝を申し上げる。私は連隊長としてこの連隊とソ連空軍の名に恥じぬ戦いをするつもりである」

 

原稿を見ながら式典に参加する人々に目線を向け、彼らに語りかけるように話した。

 

父フセヴォロドは涙ぐみそうになりながら隣に座ってくれたクゥタホフ総元帥と小声で話していた。

 

2人は同じ大祖国戦争時代のパイロットで世代も近かった。

 

「新しい連隊には私もよく知る数多くの戦友達がいる。彼らの中には傷を負った者、昨日まで副隊長としてサポートし今日からも副連隊長となる者、政治将校として皆を鼓舞してきた者、私と軍学校時代から切磋琢磨してきた者、そして僚機を務めてくれた者など様々な者がいる。そして連隊には新しく仲間となった者も大勢いる。皆生まれも育ちも違うが1つ共通して言えるのは祖国ソヴィエトの為に命を賭けられる最高の軍人ということだ」

 

わざとらしくフレツロフ中佐は連隊の衛士達が座る方向へ目線をやった。

 

皆微笑を浮かべ、静かにフレツロフ中佐の方を見ている。

 

「この空は、この大地は父フセヴォロドやクゥタホフ総元帥ら偉大な先輩パイロット達が命を賭けて守ってきたものだ。今やBETAによって空は狭まり、大地は奪われた。我々は全て取り返さなくてはならない!人が自由でいられる空を、数多の航空機達を優しく迎えてくれる大地を、BETAから取り戻すのだ」

 

これはフレツロフ中佐の心からの願いであった。

 

BETAから奪われた全てを、特に空を取り返して再び開かれたものにする。

 

自分が子どもの頃見上げたあの時のように。

 

「そう遠くない日にアエロフロートの旅客機が空を飛んで子ども達が窓から外を眺めることが出来るように我々は戦う。偉大なソ連空軍に栄光を、我ら第306独立戦闘航空連隊に勝利の歴史をっともに紡いでいくことを切に願う。以上だ」

 

全てを言い終え、演説は終了し式典も幕を閉じた。

 

式典が終わりフレツロフ中佐は連隊長として出席した来賓の将軍達に挨拶回りをしていた。

 

何人かは顔馴染みである為昇進を祝われたり、これからも頼むぞと念を押された。

 

ある程度周り終え、フレツロフ中佐はモイセーエフ大将とクゥタホフ総元帥、父フセヴォロドと話をしていた。

 

「30そこらで連隊長か、俺より早い出世だな。おめでとうヴィクトル」

 

「ああ、母さん達にもよろしく」

 

「同志ヤゾフ元帥からも昇進祝いの言葉を預かっている、本当は元帥も来たかったのだが」

 

「前線司令官ですから、お忙しいのも仕方ありませんよ。フレツロフが感謝を述べていたと伝えてください」

 

「ああ、分かった」

 

ヤゾフとフレツロフ中佐の関わりは上官であるが上級部隊の更に2つ上の司令官である為滅多に会うことがない。

 

せいぜい直接言葉をかけて貰ったのは勲章授与式の時だろうか。

 

何せ三度も面会しているのだから面識はあった。

 

「これから度々ハイヴにも送られるだろうが上手く切り抜けてくれ。私は君が航空元帥になるのを期待しているよ」

 

「ハハ、まあまずは父と同列のところを目標にしていかないと。お気遣いありがとうございます」

 

「ああ、もう行きたまえ。君の部下達が待ってる、写真の1枚でも撮るといい」

 

振り返るとそこには見慣れたメンツが残ってフレツロフ中佐を待っていた。

 

「ありがとうございます、それでは」

 

フレツロフ中佐は敬礼し、その場を後にした。

 

走って仲間の下に戻ると早速「お疲れ!」と労いの言葉が飛んできた。

 

「連隊長も来たし写真でも撮ろうか」

 

「ああ、丁度指揮官層は全員揃ってる。ルヴィロヴァ上級中尉、写真頼めるか」

 

「はい、少佐の命令でしたら」

 

メデツィーニン少佐はルヴィロヴァ上級中尉にカメラを渡し、3人は外で写真を撮った。

 

「並び順はどうする?」

 

「ここは政治将校殿が真ん中でいいだろう、その方が映える」

 

「そうですか?普通連隊長が真ん中じゃないですか?」

 

「いいから、少佐が真ん中だ。隣はデルーギンとメデツィーニン、俺は左に行くからオルゼルスキーは右な」

 

「分かった」

 

こうして左から連隊長フレツロフ中佐、連隊参謀長メデツィーニン少佐、連隊政治部長ブリツェンスキー少佐、連隊第一副司令官デルーギン少佐、連隊第二副司令官オルゼルスキー少佐の並びで写真は撮られた。

 

【挿絵表示】

 

彼らは皆、後に空軍将官まで出世しうち何人かは兵科元帥にも名を連ねることになるのだがそれはまた別の話。

 

彼らが第306独立戦闘航空連隊の最初の指揮官達であり、数多の戦果を上げていくことになる。

 

 

 

 

-ソ連領 ロシアSFSR 首都モスクワ ルビャンカKGBビル-

”ヴィンペル1”は6月2日のうちにモスクワへ帰投し、その日から再び訓練を開始した。

 

スペツナズに休みはない、365日備えるのが仕事だ。

 

コズロフ大佐とベスコフ大佐は先の戦闘での経験を活かして訓練内容にも変更を加え、更なる研鑽に努めた。

 

そういった日々の定例会は基本的にルビャンカの特殊作戦局執務室で行われている。

 

「失礼します、コズロフ大佐及びベスコフ大佐をお連れしました」

 

特殊作戦局の大尉がドアをノックし局長に報告した。

 

ラザレンコ中将はすぐに「入ってくれ」と入室を許可し、2人は執務室に入った。

 

中には既に見知った先輩将校が1人いた。

 

「お先に」

 

「サヴィンツェフ少将!いらしていたんですね」

 

エフゲニー・サヴィンツェフ少将、KGB特殊部隊の1つ”カスカード”の二代目指揮官であり実は”ヴィンペル”の副司令官にも名を連ねていた。

 

サヴィンツェフ少将と”ゼニート”のグリゴリー・ボヤリノフ少将が中心となって”ヴィンペル”は出来た。

 

コズロフ大佐やベスコフ大佐からすれば恩人であり、特殊部隊指揮官としての先輩であった。

 

「活躍は聞いた、ネズミどもをひっ捕えたそうだな。”ヴィンペル”の初陣は大勝利だな」

 

「殺しすぎだと尋問関係の連中には苦言を呈されましたよ。流石に14.5mmは強すぎたようです」

 

「ハハハ、そうかもな」

 

2人はソファーに座るよう促されサヴィンツェフ少将らとは反対側のソファーに座った。

 

彼らの前には2人分の代用コーヒーが置かれ、ラザレンコ中将も席についた。

 

中将は少し間をおいて2人に話した。

 

「知っての通り、ついにベルリン派の討伐命令が下された。我々のターゲットは主に2人に絞られている」

 

そう言ってラザレンコ中将は2枚の写真を長机に投げ置いた。

 

「所属は2人とも国家保安省A総局、名前はクラウス・メルツ・オスター大佐とハインツ・アクスマン中佐。ベルリン派の首魁だ」

 

コズロフ大佐は2枚の写真を手に取ってベスコフ大佐とよく見て顔を覚えた。

 

「特に優先して抹殺すべしと命を受けているのは赤毛のアクスマン中佐の方だ。実質的には奴が指導者だ」

 

「中佐の方ですか?」

 

「ああ、そうだ。とにかくアクスマンの首を取れ、”ヴィンペル”の最優先命令はそれだ」

 

ハインツ・アクスマン暗殺、新しい”ヴィンペル”部隊の課題が生まれた。

 

再びコズロフ大佐とベスコフ大佐は彼の写真をまじまじと見た。

 

傲慢不遜な表情にギラついた黄金の瞳、そして目立つ紅の赤毛。

 

絵に描いたような新進気鋭の東ドイツの将校という雰囲気で、穿った見方かもしれないが性格もあまり良さそうではなかった。*2

 

「本部からの命令はこうだ。最優先は目標2名の殺害、特にアクスマンは確実に殺せ。殺害後は遺体を遺棄し、出来れば行方不明で処理したいというのが要望だ」

 

「行方不明ですか……となると中々面倒ですよ?」

 

ベスコフ大佐は不安そうな表情で意見を述べた。

 

実際問題、ただ殺すのと殺して行方不明者に見せかけるのでは掛かる労力が全く違う。

 

特にシュタージの佐官将校ともなれば何故行方不明になったか、当日何処へ行っていたかなども上手く偽造しなければ簡単にバレてしまう。

 

人は社会に対して偽りの結末を作るだけでも大変な労力が必要なのだ。

 

「工作はドイツ支局と第1総局が主導でやる、”ヴィンペル”は殺害と遺体の遺棄に注力して欲しい」

 

「遺棄というのも簡単に仰いますが人目を掻い潜って隠すとなると作戦の不安定要素が増大します」

 

コズロフ大佐も真面目な顔で進言した。

 

”ヴィンペル”は戦闘に参加する実働部隊以外にも通信や作戦指揮部、後方支援などを含めた様々な隊員で構成されている。

 

こうした死体遺棄や拘束した容疑者の輸送なども後方支援要員が担当しており、彼らのことも考えれば負担は少ない方が良かった。

 

「しかしこれは本部の決定だ、悪いが割り切ってくれ。支援には向こうにいる”ゼニート”部隊が手を貸してくれるそうだ」

 

コズロフ大佐とベスコフ大佐は顔を見合わせ、諦めた表情になった。

 

「となると”カスカード”は?」

 

「我々は待機だ、まあ程の良い予備戦力だな」

 

「”カスカード”が予備戦力とは、贅沢なもんですな」

 

サヴィンツェフ少将も苦笑を浮かべ「全くだ」と同調した。

 

当然だがベルリン派に比べて手数は圧倒的にKGBの方が多い。

 

ベルリン派は最悪の場合フェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊を動かせるが、対テロなどを想定した特殊部隊人民警察第9中隊はシュミット上級大将の手中にあった。

 

そしてKGB特殊部隊の”アルファ”、”カスカード”、”ゼニート”、そして”ヴィンペル”がいる。

 

水面下での暗闘ではKGBの方に武があった。

 

「想定地域は恐らくベスコフ大佐が経験したような室内における戦闘が主流となるだろう。これらのことを考慮に入れた上で作戦計画を頼む」

 

「分かりました、室内戦闘の訓練を増やしましょう。他に何か?」

 

「特にはないが、近いうちに”ヴィンペル”全隊でドイツに渡ってもらう。各員にはそれとなく準備しておくよう伝えろ」

 

これはラザレンコ中将の優しさだった。

 

もしかしたら暗殺作戦で隊員の何人かは今度こそ戦死するかも知れない。

 

そうなる前に家族と会ってよく思い出を作っておけ、そういう意図であった。

 

コズロフ大佐もベスコフ大佐も何も言わず小さく頷いた。

 

隊員達とは長い訓練を経て、ある程度事情を知っている。

 

対ベルリン派戦に向けて主力の”ヴィンペル”も動き始めていた。

 

 

 

-ソ連領 ロシアSFSR 首都モスクワ ルビャンカKGBビル-

ベルリン派の排除を言われてから第1総局もS局も慌ただしく動き始めた。

 

ベルリン派がアルゼンチンのロシア帝国復興戦線の集団とコンタクトを取っていた事から、各支部の情報を再度集め出した。

 

ドロズドフ中将の前には各地域を担当する課のトップが集まっていた。

 

「それで中南米やアメリカに対する工作はロシア帝国復興戦線が最後と」

 

報告書を読みながらドロズドフ中将はふと呟いた。

 

アメリカ大陸地域を管轄する第4課長パーヴェル・ルキィヤノフ大佐は頷き、捕捉を行った。

 

「恐らくですが小銃の一部はベルリン派というよりベルリン派の協力者であるドイツ軍将校らの支援が大きいかと」

 

実際ロシア帝国復興戦線に送られたスプリングフィールドはベルリン派というより西ドイツの極右集団からのプレゼントだった。

 

この流れを追っているヨーロッパ担当の第5課長であるが、現在ベルリン派との調整の為にこの場にはいなかった。

 

「後で5課に聞いておこう。アフリカ方面はどうだね?」

 

ドロズドフ中将はルキィヤノフ大佐の隣に控えている第7課長ピョートル・シェイン大佐に尋ねた。

 

第7課の担当地域はアフリカ、中東、そしてインドを担当している。

 

これらの地域は全てBETAとの戦闘地域であり、前線地域の国民がどの程度戦意があるかを主に測っていた。

 

「戦闘地域ですのでそれ程の介入は受けていません。介入したとしてもベルリン派に今すぐ利することは出来ないでしょう。アメリカ軍も主力として展開してますし」

 

「米軍がいれば情報機関もほぼセットで存在する。CIAだろうとDIAだろうと今は下手に触れたくないだろう」

 

CIAもベルリン派に対しては率直な感想で「関係のないところで早いところくたばってほしい」というのが本音であった。

 

CIAは今や工作を行い国連一致でBETA大戦を行うことを主眼としており、それを邪魔しようとするベルリン派は迷惑極まりない存在だった。

 

それに西ドイツとの関係もあり、CIAは主にこちらに注力していたが協力者であるベルリン派に消えて欲しいと思っているのは事実である。

 

「ベルリン派がアフリカ地域などに工作を開始したら君の依存で排除、ないし妨害しろ。対BETA感情に対する工作だけはさせるな」

 

「分かりました」

 

シェイン大佐は頷き、心に留めた。

 

BETAとの戦争を妨害する、これは明確な琴線でありベルリン派も今のところ触れることはなかった。

 

そしてドロズドフ中将は報告書を読み終え、次に第6課の報告書に移った。

 

暫く読んでいると第6課の報告書にはいくつか気になる点があった。

 

中将は思わず課長のゲオルギー・ロプゥホフ大佐に尋ねた。

 

「ベルリン派と思わしき人物が日本の武家と接触、これは本当か?」

 

「はい、まだ確証は取れていませんがベルリン派のメンバーと思わしき人物が前の懇親会にて日本帝国の斯衛軍と連絡を取っていたことが明らかになっています」

 

「斯衛軍ねぇ」

 

ソ連も近年変化しつつある斯衛軍にはそれなりの関心と警戒心を持って観察していた。

 

斯衛軍の急な軍拡、そして外地への派遣。

 

今までまるで動かず空気に近い存在だった日本帝国のサムライが新しいショウグンによって急激に変わり始めていた。

 

ソ連もアメリカも日本が積極的に派兵を行なってくれるのは嬉しいが、この動きは不気味に見えた。

 

故に歓迎はしつつも警戒心は解かず、一歩離れたところで観察を行なっていた。

 

「それと、どうも斯衛軍内で情報関係者と監察関係が密かに聞き取りを始めているそうです」

 

「確かに、それは妙だ。軍と警察の方だ」

 

「相変わらず斯衛軍には不信感があるようで、特に斯衛軍の軍拡で部隊数が減らされた陸軍は反発が強まっています」

 

かつて日本の首相は欧州情勢は複雑怪奇と言ったが、ソ連からすれば日本の政治体制の方が複雑怪奇だ。

 

改革の意思はあるようだがBETA大戦になっても変化の薄いそれに一部の政治学者は若干好奇な目で見ていた。

 

故にKGBも彼らの情報を収集はしても分析には時間がかかった。

 

当然だがソ連的な政治論理が通らない連中がそれなりにいるのだ。

 

尤も武家は端的に言ってしまえばボンボン(барчонок)ばかりであり、KGBのやる工作は効きやすかった。

 

だが今となっては騙しやすいがよく分からない連中だ。

 

「もしかして……斯衛軍を用いて動乱でも?」

 

エフィモフ少将はふと思いついたことを呟いた。

 

「……だとすれば面倒なことになりますが……」

 

「問題は斯衛軍がどの程度動くかです」

 

彼らは皆不安そうな表情を浮かべていたが、ドロズドフ中将は至って平然としていた。

 

別にサムライが暴れようとKGBが対処せずともいい。

 

CIAとアメリカ軍、そしてソ連は軍と参謀本部の奴らに任せればいい。

 

「仮に斯衛軍が何かを起こすならGRUと軍に任せておけ。我々の知ったことではない」

 

「はっ、しかし…」

 

「今は首魁のベルリン派に注力しろ。ロプゥホフ大佐はこの情報をGRU側にも与えておけ。いざとなれば彼らに全てを任せる」

 

「はい…!」

 

大佐は頷き、メモに纏めた。

 

「仮に混乱が起きようと我々の目的はベルリン派の排除だ、皆仕留める相手を間違えるなよ」

 

ドロズドフ中将は釘を刺した。

 

彼らは着々とその鋭い刃をベルリン派の喉元に近づけている。

 

 

 

 

 

-ユーゴスラビア社会主義連邦共和国領 セルビア社会主義共和国 マルコヴァツ周辺 ユーゴ戦線戦闘地域-

3輌のT-72Bが接近する突撃級の脚部に向けて125mm滑腔砲を放つ。

 

砲弾は足を全て破壊して動けなくし、急接近していた後続の突撃級は動けない味方と衝突を起こして更に停止した。

 

そこへ支援として回ってきたSu-24とJ-22”オラオ”の攻撃機隊が爆弾を落としてBETAの数を減らす。

 

仲間の死体をよじ登ってBETAは更に前進し、ソ連軍を追った。

 

後退戦闘を行いながらソ連軍が後ろに退いてもついてくる為現場指揮官の少佐は”かかった”と判断し、指揮車両のT-72BKから命令を出した。

 

「全隊に通達、作戦通り現地点よりまず15キロ下がる!BETAを地獄に連れていくぞ!」

 

T-72Bの戦車隊はBETAの集団に背を向けて砲塔のみBETAの方向へ向けて後退を開始した。

 

T-72の後退速度の遅さをカバーする為に操縦手達は後退ではなく車体を反転させて後ろに下がることを選んでいた。

 

BETAであれば殆ど砲弾は飛んでこないし、防御戦闘用の火力は叩き込める為BETA相手では特に問題はなかった。

 

定期的に設置された簡易防御陣地が迫るBETAに打撃を与え、足を止める。

 

こうした陣地では2S1グヴォズジーカなどが正面火力で面倒を見つつ、2S4チュリパン240mm自走迫撃砲が支援火力を叩き込む。

 

更に後退援護用の車両部隊も展開されている為、戦車隊は彼らに戦闘を任せて急いで弾き下がった。

 

「各隊間も無く地雷原地域だ。各小隊ごと陣形を組んで移動」

 

T-72BKからの指示の下、戦車隊は専門の移動隊形に移行して道を進んだ。

 

そこには事前に緻密に設置された対BETA用の地雷が設置されていた。

 

T-72部隊は地雷原の合間を通って後退し、前面に展開するレペニツァ川をシュノーケルを付けて渡った。

 

ようやく友軍の守備隊と合流出来た。

 

「各隊戦闘隊形、敵が来るまで待機だ」

 

少佐は命令を出し終えるとハッチを開けてT-72BKの上から双眼鏡で周囲の様子を確認した。

 

各所にはいつでも移動出来るように展開している車両部隊と歩兵部隊がいた。

 

BTRやBMP、ZSU-23-4”シルカ”が火力の隙間を埋められるように配置され、個々に対戦車兵器を有した歩兵部隊がいる。

 

「少佐、どの程度の敵を釣れた」

 

T-72BKの隣にBMP-1Kが停車し、中から出た守備隊の中佐が声をかけてきた。

 

「恐らくですが前面防衛に出ていた師団規模BETA群を丸々全部ですね。後方には要塞級も見えましたからかなりの数来てます」

 

「よおし、ここらで踏ん張って1個連隊でも潰せばだいぶ楽になるだろう」

 

少佐は頷き「後退の際は我々が引き付けますから中佐の隊はモラヴァ川を渡って退いてください」と付け加えた。

 

丁度そんな話をしていると本隊よりも少し前方に展開していたBRDM-2から『BETA接近!』と報告を受けた。

 

中佐のBMP-1Kは戦闘指揮のために配置場所に戻り、少佐のT-72BKも前に出て再び双眼鏡で様子を見た。

 

斥候のBRDM-2は後退し、その更に奥から突撃級と戦車級の群れが突っ込んでくる。

 

「各隊、地雷で足が止まったBETAに火力を叩き込め。突破されたら後退してキルゾーンに引き込む!」

 

戦車隊に指示を出し、接近するBETAを待った。

 

戦車隊を追ってきたBETAの集団は地雷を踏んで撃破されなくとも各地で擱坐し始めた。

 

特に毎回突撃級の足が一度止まるとBETA全体の突進力が著しく停滞する。

 

それでもBETAは味方の屍を乗り越えて突っ込んでくる。

 

再び地雷に直撃して足が止まり、そこへ守備隊が火力を投射する。

 

要撃級らに9M14マリュートカ対戦車ミサイルを叩き込み、戦車級に乗ってきた闘士級らにはBTR-60、70らの14.5mm重機関銃の掃射を喰らい全滅する。

 

戦車級も”シルカ”23mmやBMPの73mm低圧滑腔砲を喰らって各所で撃破されている。

 

しかも側面の山々からは定期的にソ連空軍とユーゴスラビア人民空軍の戦術機部隊が定期的に攻撃を仕掛け、数を減らしていた。

 

BETAは短い地雷原の上に屍を重ね、大地を紫色の体液で塗り潰していた。

 

それでも1個師団いるBETAは真っ直ぐ突っ込んでくる。

 

やがて弾薬や数の圧力に圧倒され、レペニツァ川の手前まで戦車級に接近された。

 

各所では戦車級から落ちた闘士級が川を超えてやってくる。

 

すぐに歩兵部隊のAK-74一斉射で撃破されるが、綻びが生まれているのは間違いなかった。

 

『中佐、ここらが限界だ。後退するぞ!』

 

「了解、各隊に通達、守備隊の後退援護を行いつつ敵を引き付けるぞ!」

 

ソ連軍守備隊の後退が始まった。

 

山岳部で火力支援を行なっていた戦術機部隊は背極的に身を出して援護に入った。

 

中佐が率いる守備隊はモラヴァ川を渡って山岳部から後方に撤退した。

 

正面から迫るBETAは戦車隊と戦術機部隊が抑えつつ後方へと引き寄せていく。

 

ソ連空軍のMiG-23や27に加えてユーゴスラビア空軍のL-15MやL-17Kも戦闘に加わり、戦車隊の後退を援護した。

 

こうして定期的にBETAを叩いては退き、叩いては退くことを繰り返して奥へ奥へと引き込んだ。

 

「よおしもう十分だ、各隊橋を渡るぞ!急げよ!」

 

十分引き込んだと確信した少佐は戦車隊を率いて工兵隊がかけた橋を渡った。

 

残存T-72Bは橋を渡り、後ろへ下がる。

 

少佐のT-72BKも橋を渡り、陽動の戦車隊は後退を完了した。

 

「爆破しろ!」

 

「はい!」

 

前線の工兵隊が仕掛けていた爆薬を起爆し、設置していた全ての橋を吹き飛ばす。

 

その間に戦術機部隊がBETAを抑え、Su-24らが空中散布地雷をばら撒く。

 

十分な事前準備が終了すると戦術機部隊も後ろへ下がり、BETAを待ち伏せた。

 

各所の守備隊は地雷を超えて川を渡ろうとするBETAを迎撃し、BETAの進撃を防いだ。

 

BETAは狭い山岳部で伸び切った戦線を横ばいに広げていた。

 

これが狙いであった。

 

防衛戦闘開始から15分後、各所から一斉に砲声が聞こえた。

 

各軍の集中砲撃は至る所から叩き込まれ、攻めあぐねているBETA群を襲った。

 

展開している光線級ですら防ぐことは出来ず、狭い地域に大火力が叩き込まれ、次々とBETAが打ち倒されていった。

 

榴弾砲、ロケット砲弾、稀に戦術核まで投入され、師団は壊滅的な被害を受けた。

 

火力の集中投入が終わると師団の包囲殲滅を開始した。

 

まずユーゴスラビア人民軍とソ連軍の戦車部隊が後方から回り込んでBETAを分断した。

 

ユーゴスラビア人民軍のT-72MとBVP M-80Aが高速で移動してBETAを横合いから殴った。

 

125mm滑腔砲と20mm機関砲を叩き込まれ、突破される。

 

それだけではない、クラグイェヴァツからキイェヴォに回り込んだソ連地上軍の戦車隊も攻勢を開始した。

 

しかもこちらはT-80Bを主力とした部隊であり、砲撃をもろに喰らったBETA群は簡単に突破された。

 

こうして1個師団分のBETAは瞬く間に撃滅され、殲滅された。

 

「これでもう1個師団、ようやく合わせて1個軍か」

 

前線で状況を確認しているローシク元帥はため息をついた。

 

ソ連軍とユーゴスラビア軍は定期的にBETAを攻撃しては山岳部に引き付け、火力で叩き潰していた。

 

近いうちに起こるベオグラード・ハイヴ攻略の為にBETAの数を減らしていたのだ。

 

それでも引き付けられるBETAの数は全体数で見るとそれ程多くはない。

 

ローシク元帥らが担当する第4親衛戦車軍の担当地域もこれでようやく1個軍を撃滅していた。

 

「もう2個師団ほどは潰しておきたいですな」

 

参謀のコルマリィツェフ大佐はそう述べた。

 

「ああ、もう少しばかりBETAには減ってもらおう。来るべき攻勢のためにな」

 

KGBの暗闘の裏でBETAに対する新たなる攻勢が始まろうとしていた。

 

 

 

 

つづく

*1
日本で言うところのノモンハン事件

*2
実際悪いだろ

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。