マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
前線も地獄も恐れない
我が大義を信じ、勇ましく歩みを進め、
拳を固く握りしめる
-”チトー元帥と共に”より抜粋-
-ユーゴスラビア社会主義連邦共和国領 セルビア社会主義共和国 ユーゴ戦線地域-
10月5日、戦場に砲声が響いた。
後方に、前衛に、潰す必要のあるものに優先して砲を降らせ、前線を一時的に弱体化させた。
砲撃にはSO-155 ノーナBやSO-122 グヴォズディーカらも加わり、BETAの野戦軍に被害を与えた。
ベオグラード・ハイヴ周辺のBETAはまだそれほど戦争というものに適応出来ていないようで、リヴォフやプラハのような高度な動きは見せてこなかった。
しかし今回は閉所を人類軍が攻める側、逆襲に大群を押し込まれたら厄介だ。
不安がある中でも彼らは前へ進もうとしていた。
準備砲撃を数分のうちに済ませ、各構成参加部隊は前進を開始した。
基本的にBETA相手であっても準備砲撃は長く続けない、何故なら敵部隊が移動し後方で防衛の準備を整える恐れがあるからだ。
瞬発的な打撃とそこからの装甲戦力による強襲が初動の重要な点である。
BETAにも衝撃というものは通じるのだ。
ヤセニツァ川を第4親衛戦車軍の戦車隊が易々と越え、BETAの占領地域に突入する。
モラヴァ川を挟んだ反対側にはユーゴスラビア地上軍の2個師団が見えた。
ユーゴスラビア製のT-72MやT-55A TLDが川を渡り、その後に車両部隊が続く。
第4親衛戦車軍は1980年のモルドヴァ攻勢からルーマニア、ユーゴに至るまでの攻勢作戦に参加し続けてきた戦車軍である。
戦車兵達の練度は高くそもそも司令官のローシク元帥は大祖国戦争からの戦車指揮官であった。
オレグ・ローシク装甲戦車兵元帥、生まれは1915年。
生まれはスモレンスクのある村であり、父親はロシア内戦時に赤軍に徴兵されて戦死した。
やがては彼はコムソモールの一員となり、友達と共にすくすくと成長していった。
そんなローシク少年と軍隊を引き合わせたのはこのコムソモール委員会であった。
軍学校への転入を勧められ、彼は当時の第1サラトフ赤旗戦車学校へ入学した、戦車将校としてのキャリアの始まりであった。
1938年に優秀な成績で学校を卒業したローシク中尉はその1年後、
40年には戦車旅団の、41年には戦車師団の作戦副部長を任命された、戦車学校を卒業してから僅か3年のことであった。*1
そして1941年、大祖国戦争が始まった。
当時上級中尉のローシク元帥は現役の軍人として参加し、長い大祖国戦争を南西、スターリングラード、ドン、西部、第3白ロシア前線といった様々な場所で戦車将校として過ごした。
スターリングラードでは第10戦車旅団の副司令として僅か11両まで減った戦車を率い、43年には第119独立戦車連隊長として戦車連隊を率いてスモレンスクで40門の砲、20門の迫撃砲、4門の対空砲、自動車とトラクター合わせて20両、1個歩兵大隊を撃破した。
ローシク元帥の連隊には”エリィニヤ”の称号が授けられ、そして12月にはバグラチオン作戦に第4親衛戦車旅団長として参加した。
軍学校卒業から6年で1人の戦車将校は大佐まで昇進し、戦車旅団長に就任した。
ローシク元帥当時29歳の出来事である。
当時ローシク親衛大佐率いる第4親衛戦車旅団は
その後ミンスクでドイツ軍の迎撃部隊を打ち倒し、旅団の戦果は戦車15両、突撃砲4門、迫撃砲含めた砲52門、車両550台、将兵延べ3,000人を撃破し、砲22門、車両200台を鹵獲し1,800人の捕虜を獲得した。
大戦果である、これに見合う褒賞としてローシク親衛大佐にはソ連邦英雄が授与された。
その後はカウナスの奪還に従事し、1945年の東プロイセンに対する攻勢が大祖国戦争における彼の最後の戦いとなった。
前線から召還され、I.V.スターリン名称赤軍装甲戦車・機械化兵軍事アカデミーに入学した。
ここから高級将校オレグ・ローシクの人生の始まりだったのだ。
彼が戦車将校として軍を率いるのはほぼ30数年ぶりであったが腕は確かなままであった。
率いる戦車もT-34からT-64、T-72、T-80と様変わりしたが、やることは特に変わらない。
戦車将校の魂はかつての重騎兵の頃から全く変わっていないのだ。
第4親衛戦車軍は僅か1日でミロシェヴァツまで軍を動かし、廃墟と化した同市街地の奪還に乗り出した。
完全制圧は後方の第二梯団に任せて第342自動車化狙撃兵師団がある程度市街地のBETAを叩き潰し、支配権を獲得した。
ミロシェヴァツを第二梯団に任せた第4親衛戦車軍は攻勢を再度続けて前方のロゾヴィク、サラオルツィ市に突入した。
ここで偵察部隊から正面の主力2個軍団が反撃の為に接近中という情報が入ってきた。
ローシク元帥はサラオルツィでの防衛戦を決め、第342自動車化狙撃兵師団と第439自動車化狙撃兵師団を防衛に回した。
では主力である戦車師団はどうしたか。
第4親衛戦車軍は1980年から1個戦車師団を増強され、3個戦車師団と2個自動車化狙撃兵師団によって構成されている。
ローシク元帥はこのうちの2個戦車師団を一旦後方に下げて補給を行い、上手く偽装を行いながら側面から回り込ませた。
BETAの前線部隊はオシパオニツァに到達する前に戦術核によって吹き飛ばされ、その後も前線地帯の地雷などによって突撃能力がかなり減らされた。
閉所における逆襲ということで敵は密集して突っ込んでくる、火力を叩き込む絶好の機会だ。
後方の砲兵隊は接近する3個軍団に対して火力を集中し、場合によっては宇宙軍までもが攻撃に参加した。
こうした度重なる攻撃によって光線属種は壊滅、突撃級も数を減らしサラオルツィに突入する頃には息絶え絶えになっていた。
BETAとの防衛戦闘が始まり、各所の市街地に引き込まれたBETAが撃滅された。
瓦礫の中に隠れたBMPや対戦車ミサイルを持った歩兵が戦車級を迎撃し、機関銃の十字砲火によって闘士級の機動力を奪って抹殺する。
自動小銃と機関銃の陣地によって闘士級は次々と撃破された。
こうなってくると厄介なのは要撃級である、あれは基本的に歩兵の持つ火力で倒すのは難しい。
それでもシルカの23mmやBMP-1やBMP-2の機関砲さえあれば倒せるので歩兵以外で対処することが推奨されている。
こうした自動車化狙撃兵師団の粘りに支援の戦術機部隊が迎撃を行い、暫くBETAの侵攻を抑えていた。
「守備隊はBETAに押し込まれて1キロほど交代し、市街中央の入り口で戦闘を続けています」
「準備していた戦車隊は」
「到着して今待機中です、どうされますか?」
リトヴィネンコ少佐は尋ねた。
ローシク元帥は考える間も無く命令を出した。
「では横合いから2個戦車師団で殴りつけろ、分断と同時に正面の第408戦車師団で正面からも押し上げる」
「了解…!」
「連中の正面戦力をまず捻り潰し、そこから一気に攻め入るぞ」
リトヴィネンコ少佐は力強く頷いた。
ヤゾフもそうだが彼らは皆一度決断すると決して揺らがず、人に安心感を与えられる顔をしていた。
特にローシク元帥はその経験と風貌から周りの参謀達にも勇気を与えてくれている。
BETAが攻め込んできた時も動じず、むしろ待っていたと言わんばかりに作戦を考えて実行した。
軍司令とはかくあるべきなのかも知れない、少佐はまた2つ知見を得た。
攻勢が始まってから早5日、10月10日から第4親衛戦車軍の反撃が始まった。
まず第1親衛戦車師団を筆頭に第78戦車師団が続いて側面から強襲を仕掛けた。
ルガヴチナの後方を強襲してそのまま突破を図る。
これに第306独立戦闘航空連隊も続き、航空攻撃を用いて戦車隊の突進を援護した。
2個戦車師団が強襲を始めると守備隊もこれに合わせて攻勢を開始した。
第408戦車師団と第342、第439自動車化狙撃兵師団の戦車部隊が反撃に転じたのだ。
まず第342、第439自動車化狙撃兵師団の攻勢部隊が市街地に入ってきたBETAを分断し、味方との増援ルートを絶った。
予備戦力が各市街地に入った状態のBETAを撃滅し、残る戦車部隊はルガヴチナに向けて前進を開始した。
戦車師団の主力はT-80Bであり、ガスタービンの力強いパワーが攻勢の後押しとなった。
125mm砲は大抵のBETAを1発で砕き、BETAの死骸を踏み潰して道と成す。
ルガヴチナを迂回して戦車隊は2個戦車師団と合流し、再び攻勢に転じた。
この時点で10月11日である。
一方のユーゴスラビア軍の2個師団であるがこちらは比較的順調に進んでいた。
正面に展開するBETA1個軍のうち、2個軍団は守備戦力として正面に展開、そして残り2個軍団を反撃に送り込んできた為彼ら2個師団が相手をするのは1個軍団だけで済んだ。
しかも戦術機の支援などをローシク元帥の一存で優先して2個師団の方へ回している為、押し易くあった。
山岳部を盾に飛来するJ-22”オラオ”が8発の250kg爆弾で前線の突撃級を吹き飛ばし、L-15MやL-15Kが突撃する戦車隊に張り付いて援護を行った。
戦車隊の後方にはBOV装甲兵員輸送車にマリュートカを搭載した車両が続いて数発同時に発射して要撃級を破壊し、同じくBOVにロケットポッドをつけた車両が少し前に出て戦車級や闘士級を粉砕した。
そしてその上をT-72Mらの戦車隊が踏みつけて前に進む。
T-72Mの125mm滑腔砲は大抵のものを打ち砕き、T-55AHやT-55TLDの100ライフル砲でも要撃級などを砕くには十分な火力であった。
それでも戦力的には第4親衛戦車軍と同等ではない為、BETA3個軍団と戦っている第4親衛戦車軍とほぼ同等のタイミングで突き進んでいた。
10月14日、ユーゴスラビア軍はポジャレヴァツに到達し同地の橋頭堡を確保した。
攻略にはユーゴスラビアの機械化師団とソ連軍の1個自動車化狙撃兵師団が任され、残る1個戦車師団は前進を続けた。
ここからが最も重要である。
10月15日、第4親衛戦車軍は残るBETAの守備戦力を正面から打ち破り、遂にドナウ川の手前までやってきた。
ここからが重要である、1キロあるドナウ川に橋をかけ、巨大な野戦軍を川向こうに渡さなければならない。
まず第4親衛戦車軍の車両部隊が渡河を開始し、旧コヴィン市街地に橋頭堡を確保。
そして次に戦術機部隊を川の向こうに飛ばして架橋作業までの時間稼ぎとした。
「各機、橋頭堡に接近するBETAを殲滅する。絶対に突破させるな!」
『1時間2時間の辛抱だ、ここで耐えればユーゴに一生名前が刻まれる。勝利者の名前としてな!』
フレツロフ中佐率いる第306独立戦闘航空連隊はドナウ川の手前に展開し、BETAの迎撃に入った。
その頃フレツロフ中佐らから直線距離5.5キロほど後方では早速架橋作業が始まっていた。
ローシク元帥の命令で前線部隊に架橋部隊をつけており、突破とほぼ同時に架橋作業を開始した。
浮橋機材をKrAZ-260トラックがボートのBMK-460ごと運んできた。
トラックが川に背を向けてバックし、後にPMP-Mと呼ばれる浮橋機材を川に展開した。
入水と同時にパカっと勢いよく割れ、平らな浮橋の一部となった。
それをBMK-460が一列になるように数隻ないし一隻程度で押し出し、ある程度列を整える。
BMK-460に乗った工兵達は橋に移って浮橋同士を連結させ、1本の橋にした。
橋の向こう岸には先にBTR-70で渡った工兵達が待機しており、その周囲には最後防衛ラインとしてBMP-1が2両待機していた。
いざとなれば彼らは誰がどんな状態であろうと橋を爆破して時間を稼がねばならない。
これでも工兵隊からすれば本来の戦争より楽なものだ。
何せBETAは基本的に砲撃をしてこない、撃ってくるレーザーも砲弾のように曲線を描いて落ちてこない。
空爆も砲撃もない状況での架橋作業は本来の戦争よりも何倍も楽であった。
無論それは前線を戦術機部隊と先行した自動車化狙撃兵部隊が抑えているからであり、諸兵科による共同戦の影響が大きかった。
何せ工兵隊にとって一番作業妨害になったのは、架橋作業中の真上を低空で飛んでいく戦術機部隊だった。
光線級の攻撃を避けて低空を飛ぶ戦術機の風圧で橋やボートが揺れて工兵達が落ちそうになるのだ。
今も2機のMiG-27が低空で侵入し、その風圧が工兵達に降りかかった。
「
ある工兵が姿勢を低くしながら戦術機に向けて叫んだが聞こえることはなかった。
第4親衛戦車軍の工兵隊は手際よく約1キロの橋をドナウ川にかけた、それも第4親衛戦車軍とユーゴスラビア軍を展開出来るよう数本分も。
最後の仕上げとして橋に乗っていた工兵達が橋と岸を繋ぐタラップを降ろし、橋の全てをチェックする。
連結部に異常はないか、通り抜けられるだけの空きであるか。
それらを確認するとまず試しにBTR-70を何両か走らせて強度を試し、問題がないとわかった為直ちに主力の戦車隊に移動許可を出した。
一旦後方で補給を受けていたT-80Bの部隊が前線に戻り、橋の前に隊列を作る。
『架橋完了、直ちに戦車隊を送れ!』
「了解!」
旗を持った誘導兵が橋の移動を許可し、T-80B部隊は指揮車両を先頭に橋を渡った。
「戦車隊と随伴部隊が優先だ!BMPとBTRはまだ泳がせろ!」
現場指揮官の命令で各橋に部隊が割り当てられ、戦車隊は前線へ急いだ。
「各車に通達、焦って川に落ちるなよ…!」
戦車隊は無事に止まることなく橋を渡り切り、ドナウ川の向こう岸に渡ったT-80Bは先頭体型のまま右から回り込んで前線へ向かった。
その頃コヴィンに展開している橋頭堡の守備隊は市街地の半分までBETAに入り込まれていたが、辛うじてそれ以上の進撃を防いでいた。
定期的に迫撃砲らの支援が降り注ぎ、戦車級以下の進撃を妨害する。
そこへようやくやってきた主力の戦車隊が顔を見せた。
「各車に通達、目標右のBETA群!125mm一斉射、撃て!」
移動中の戦車隊が側面から125mm滑腔砲を発射し、BETAの移動を妨害する。
一部は既に存在に感知して反転してきたが直掩のZSU-23-4”シルカ”や戦術機部隊の妨害によって到着する前に敵を撃滅した。
主力戦車隊の到着によりBETAは押し返され、続々とくる増援部隊によって主導権を取り戻した。
この頃BETAの守備部隊はルーマニア方面から圧力をかけにきた第14親衛軍、ルーマニア軍第1、第2軍によって戦力を割かれ、手を回せずにいた。
第14親衛軍よりも圧倒的な突破力を持つ第4親衛戦車軍は容赦無くBETAの占領地域を突破し、作戦通り包囲軌道を描くようにベオグラード・ハイヴ周辺を取り囲んだ。
10月18日、作戦の第一段階は完遂した。
-ユーゴスラビア社会主義連邦共和国領 マケドニア社会主義共和国 首都スコピエ ユーゴ=ソ連連合司令部-
スコピエに移されたユーゴスラビア国防省ビル、ここにソ連軍との合同司令部が設置された。
中には国防相リュービチッチ上級大将と参謀総長マムーラ大将がおり、ソ連側は南欧前線司令官ソコロフ元帥と参謀長シヴェノーク大将らが控えていた。
なお第2ウクライナ前線司令官らはリスク分散の為に新司令部のキシニョフにいた。
また司令部にはアメリカ軍の海兵隊のオブザーバーを配置していた。
今回の攻勢でアメリカ軍はユーゴスラビア支援の為にスプリトへの強襲上陸を実行する予定だった。
これの為にアメリカ海兵隊は復活させた第6 海兵師団を欧州に戻し、今回の上陸戦に投入した。
支援にはアメリカ海軍とソ連海軍地中海派遣艦隊、イタリア海軍らが参加し、沿岸部の光線属種を可能な限り排除している。
「第4親衛戦車軍が第10戦車軍と合流しました。現在双方がタミシュ川に橋をかけて移動経路を確保しています」
ソ連軍側の参謀が彼らに報告した。
「包囲戦は順調ですね、ここまでくればハイヴの陥落も時間の問題だ」
リュービチッチ上級大将はそう呟いたがソコロフ元帥は同調出来なかった。
ハイヴというのは突入するまで何がいるか、何が起こっているか分からない完全なBETAの領域だ。
今までハイヴは全て堕としてきたが常に不安と共にあった。
「それは突入する部隊によるでしょう。ソ連宇宙軍に連絡、直ちに準攻撃を開始しろ」
「はいっ!」
通信士官が宇宙軍と連絡を取り、攻撃に入らせる。
その間にソコロフ元帥はシヴェノーク大将に尋ねた。
「先発の戦術機隊、用意出来てるか」
「はい、第18航空軍、第25防空軍を用意しています」
これ以外にもユーゴスラビア空軍の第3軍団と第2ウクライナ前線の第5航空軍が参加する。
ベオグラード・ハイヴはまだフェイズ2、より正確にいえばフェイズ2.7の段階であり、恐らくそれでも軍規模のBETAが控えているというのが事前に建てた予想であった。
準備攻撃で3割以上削るにしてもハイヴ全体の制圧を行うには1対1の交換を覚悟するつもりで突っ込ませる必要があり、相応に数が必要なのだ。
「第1親衛攻撃衛星軍より入電、1分後に攻撃を開始。映像映します」
モニターの1つにソ連宇宙軍が対地攻撃を行う様子が映し出された。
3基の”ポーリュス”はプラハ・ハイヴ攻略の時とは違いぺルーン作戦の後始末を完全に終えた状態だ。
第1親衛攻撃衛星軍も全力で戦える。
既に2基の”ポーリュス”がハイヴ周辺のBETAを蹴散らし、残るはハイヴだけとなった。
無論すぐに残り1基の”ポーリュス”を用いてハイヴの中を焼いた。
現状重光線級が数十隊束になろうと”ポーリュス”のレーザーを撃ち返すことは出来ないし、対消滅させることさえも叶わない。
熱源を認知し、レーザーを放つも光線級や重光線級はどうすることもなく吹き飛んだ。
そしてこれに戦略核を放てば”
「戦略核攻撃始まりました、迎撃されている様子はありません」
「では終了次第戦術機部隊を突入させろ。先発隊は第173戦闘航空連隊だ」
「了解…!」
これで司令部が出来る命令は粗方片付いた。
後はハイヴ内に突入したユーゴとソ連軍の戦術機部隊を上手く調整するのが仕事だ。
命令通り第18航空軍の第173戦闘航空連隊がハイヴ内に突入した。
機体は主にMiG-23やMiG-27で構成されており、攻撃機部隊と共に一気に突入して橋頭堡を確保する。
後は戦術機の衛士達の腕に任せる他ない。
「そういや国防相殿、あの方は誰ですか?」
ソコロフ元帥はふと海兵隊のオブザーバーの隣にいるアジア圏からきたと思われる軍人のことについてリュービチッチ上級大将に尋ねた。
制服についている名札の国籍からして日本帝国だろうか、ショルダーストラップの肩章には星が1つ付いていた。
「ああ、日本陸軍の開発部門の柏山准将ですよ。アメリカ側の誘いで観戦武官としてこちらに」
「日本、ですか」
ソコロフ元帥は若干顔を顰めた。
まだソコロフ元帥が軍に入って6年ほど経った頃、彼は日本軍との戦いに参加したことがある。
ソ連側の名称は通称ハサン湖事件、日本帝国だと張鼓峰事件と呼ばれる国境紛争の1つだ。
もう遠い昔のことだがそれ以降日本との関わりがないソコロフ元帥にとって日本帝国といえば過去の敵、と言った僅かな印象が強かった。
「日本帝国も山がちな地形ですし、得ることがあるだろうと。無論同志チトーの許可は頂いています」
「日本との戦いも40年以上前、か。今や同じ人類軍として彼らにも実りがあるといいのですがね」
本格的なハイヴ攻略戦は10月20日丁度から始まった。
幸いにも今回のベオグラード・ハイヴはプラハ・ハイヴのように戦力を何処かへ移動させようなどとはせず、防衛に固執していた。
”
別の広間ではL-15Mが500kg爆弾を広間に叩き入れ、シールドにマウントしたGSh-23と突撃砲の集中砲撃で制圧した。
大きい広間にはそのまま戦術核を投入して丸ごと撃破したケースもある。
また155mm無反動砲やグヴォズジーカの122mm砲を装備した戦術機は広間に榴弾を放って火力支援を行い、突入する戦術機部隊を援護した。
ソ連軍では専ら152mm砲か125mm滑腔砲改造の対物砲が愛用されるが、ユーゴスラビア空軍だとグヴォズジーカの122mmを改造して戦術機に持たせるケースが多かった。
122mmでも突撃級や要塞級相手だと数発必要なだけで通常のBETAであればなんとかなる。
現に各所で122mm無反動砲の曳火射撃を喰らった戦車級や闘士級がバタバタ倒れている。
『新しい坑道を確認、探索のために増援が必要だ』
『こっちの連隊は手一杯だ、暫く待て』
『こちら第306独立戦闘航空連隊、主力を直ちにそちらへ向かわせる』
『了解!』
無線通信でのやり取りが活発に行われ、あるハイヴの地点に増援が決定された。
送り込まれたのは27機の戦術機、MiG-29とMiG-27で構成された精鋭部隊だ。
指揮官フレツロフ中佐は部隊の最先頭を行き、その後にブリツェンスキー少佐のMiG-29とルヴィロヴァ上級中尉のMiG-27が続いた。
『聞いての通りだフレツロフ、指定した座標の増援に向かってくれ。新しい坑道を制圧すれば中央に繋がるかも知れん』
「了解した、各機転送した座標に向かう。周辺警戒を怠るな」
言ってる側から坑道内の脇道から戦車級が2、3体顔を出し、容赦なく撃滅する。
突撃級対策に2個中隊の何機かが152mm無反動砲を装備しており、何機かは爆弾も備えていた。
稀に出てくる突撃級や時折道を塞ごうと配置された要撃級を撃破する程度で特殊な抵抗はなかった。
今思えば一番初めというのもあるがリヴォフ・ハイヴ攻略戦が一番面倒だったかも知れない。
各所に改造された安い光線級みたいなのが配置され、奇襲を仕掛けてくる戦車級も多かった。
特別頭が良かったのだろうか、まあ
”前方、友軍部隊を確認。ユーゴスラビア空軍および防空軍所属L-15M3機、L-17K4機”
「各機止まれ、座標についたぞ」
27機の戦術機がそれぞれ周囲を警戒しながら地に足をつけ、友軍と合流した。
「応援に来た第306航空連隊フレツロフ中佐だ」
『助かりました!中隊長のホルヴァート少佐です!』
「新しい坑道を発見したのだな?」
『はい、しかも三方向に分かれてます。現在2機を先行偵察に出しています』
するとタイミングよく件の2機が帰ってきた。
機体につくBETAの体液からして先ほどまで戦闘を行った形跡があった。
『坑道の先にBETAがいます、それも反応からしてかなり大規模です』
「では殲滅して押し通る他ない。デルーギン、オルゼルスキー、私とホルヴァート少佐で分かれて坑道を調査する。増援が欲しくばメデツィーニンに要請を出せ。奴ならすぐなんとかする」
『了解』
『了解、合流出来たら落ち合おう』
デルーギン少佐はそう述べて自身のMiG-29を先頭に前へ進んだ。
その後にオルゼルスキー少佐達が続き、一番最後に出撃したのはフレツロフ中佐の隊だった。
『中佐は何度ハイヴ戦を経験されたのですか?』
移動中にホルヴァート少佐が尋ねてきた。
「これで五度目だ、つくづく運がないよ」
『我々にとっては幸運です。4回も生き残ったその実力と運にあやかりたい』
フレツロフ中佐は苦笑を浮かべ「どうだか」と誰にも聞こえないよう呟いた。
『上級中尉、問題はないか。初のハイヴ戦、気を抜くなよ』
『ハッ!ご心配なく、メデツィーニン少佐の為にも必ずや戦果を』
『そう気負うな、必ず帰ってこい』
『感激です、本当に』
後方に残るメデツィーニン少佐から生きて帰るよう言われルヴィロヴァ上級中尉は明確に機嫌を良くした。
彼女の機体、今回は少し兵装が違う。
火炎放射器は据え置きで備わっており、シールドには追加武装としてGSh-6-30という30mm口径のガトリング砲を備えていた。
シールドマウントで固定し、しっかり抑えていれば戦術機ならば耐えられる威力でありこれで大抵の敵は薙ぎ払えた。
その他の武装は突撃砲2門に長刀、S-8OとKh-25に250kg爆弾を2発搭載していた。
一方のフレツロフ中佐、今回も至って変わらぬ兵装である。
Kh-29と突撃砲2門、長刀1本にS-8O、そして大型種用に125mm対物砲、取り回しが良くて貫通能力があり意外と重宝することが前回分かった。
”前方580メートル地点にBETAを確認。突撃級120、要撃級36、闘士級計測不能。800体超えの可能性大”
「各機戦闘準備、ルヴィロヴァ上級中尉、私が援護するから内部を焼け。ブリツェンスキーとホルヴァート少佐は我々が攻撃した凡そ1分半後に突入しろ」
『了解!』
突撃砲を構えある程度のところまで行くとフレツロフ中佐は急ブレーキを掛けながら内部に突撃砲の弾丸を叩き込んだ。
既に目標はモースク1が示しており、射撃は正確だった。
そしてルヴィロヴァ上級中尉のMiG-27が内部に火炎放射器を投入し、BETAを火で炙る。
辺り一面火の海と化し、燃えるBETAが右往左往した。
『8…9…30!さあ共に行くぞ!』
ブリツェンスキー少佐のMiG-29が真っ先に突っ込み、その後にホヴァート少佐らの戦術機部隊が互いに死角をカバーしながら突入した。
火のついたBETAはダメージを受けているがまだ生きている。
L-15MやL-17KはそんなBETAに無慈悲にも突撃砲弾を浴びせかけ、そのまま殲滅した。
『制圧完了!』
「待て、敵の増援だ。数は120」
広間に繋がるもう1本の通路から大量の突撃級と要撃級が奪還の為に現れた。
まずルヴィロヴァ上級中尉がGSh-6-30で敵を薙ぎ払い、即座に他の戦術機も戦闘に参加する。
要撃級以下の種を撃退すると今度は大型種が到来した。
『前方から突撃級6!』
「全機散開!一旦広間に叩き出す!」
一斉に広間に浮き上がり、突っ込んでくる突撃級を広間へ誘き寄せた。
背中を見せたところをフレツロフ中佐とブリツェンスキー少佐のMiG-29がKh-29を放って4体ほど撃破する。
そして残り2体と増援で到来した6体はユーゴ空軍の戦術機部隊が120mm弾で仕留めた。
再び広間に繋がる通路を警戒したがこれ以上の敵はなかった。
「各機自身の弾薬に注意しろ。問題なければ次へ進むぞ」
『了解!』
12機の戦術機はさらに奥地へと向かい3回ほど広間の掃討を行った。
道中、一度補給物資を要請し、更なる侵攻を続けた。
各軍、ハイヴの最奥へ到達するのにもう少しの辛抱である。
5日間のハイヴ掃討戦でベオグラード・ハイヴの凡そ85%ほどは制圧した。
この間にBETAはハイヴの包囲網を突破しようと攻勢部隊を差し向けたがソ連宇宙軍の軌道爆撃で到達までに半数が迎撃され、残る守備隊がこれを迎え打った。
ユーゴ軍とソ連軍の防御陣地に阻まれ突破出来ず、最後はローシク元帥の第4親衛戦車軍が側面から逆襲を仕掛けて攻勢を頓挫させた。
地上の各軍からは「後一回なら攻勢も防げるが、二、三度くると厳しいのでなるべく早くして欲しい」という旨が司令部に送られてきた。
そこで連合司令部は各空軍部隊に攻略を急がせ、予備戦力もハイヴに投入するよう命じた。
兵力の増強を受けた攻略部隊は期待通りに制圧を進め、かなり奥まで進出した。
そして案の定、最奥には彼らが辿り着いた。
第306独立戦闘航空連隊、しかもフレツロフ中佐らだけが最初に辿り着いた。
大苦戦をしながら。
『来るぞっ!避けろっ!』
ブリツェンスキー少佐の呼びかけで3機の戦術機が一気に離脱する。
すると前方にいる大型BETAは体内の装甲部を開放して何体かの戦車級を排出した。
すごい勢いで排出された戦車級はそのまま戦術機に取り付こうとするが突撃砲をばら撒かれて全滅した。
別方向から攻撃を仕掛けた部隊に対しては要撃級の腕部を投擲され、うち1機が撃破された。
『しまっ!』
回避は成功したはいいが上空に上がったL-15Mが2、3本の触手に貫かれて破壊される。
収納する寸前にフレツロフ中佐が触手を全て切り落とし、120mm弾で相手の装甲を破壊した。
「チッ!また2機やられた!」
『中佐!我が隊はもう5機しか残ってません!』
ホルヴァート少佐は辛うじて攻撃を避けていたがもう限界そうだ。
ここにいるのがもし第306独立戦闘航空連隊の面々なら放っておいてもどうにかするだろうが、ユーゴスラビア空軍の通常部隊じゃ限界がある。
残る5機を守りながら戦うのもこれが限界であった。
「チッ!また厄介なモンハイヴのお守りにしやがって!」
フレツロフ中佐は苛立ちながら吐き捨てた。
今回の相手はベースは要撃級のようだが明らかに大きさが通常種の1.5倍はある、足を8本に増やして縮尺を無理やり広げたような大きさだ。
しかも突撃級の装甲を有し、腕部は4本に増えた上で射出可能、おまけに死角をカバーする為に触手まで出る。
そして一番厄介なのは要塞級と同じように体内に小型種を搭載出来るらしく、定期的にやたら動きが俊敏な戦車級を出して嫌がらせしてくる。
姿勢安定能力が今まで出てきたどの改造種よりも高く、天井は無理でも壁ならよじ登って戦えていた。
とはいえ装甲は1枚で120mm以上の火力で貫けるしルヴィロヴァ上級中尉の放った250kg爆弾も効力を発揮している。
射出する突撃級の数もだいぶ少なくなっていた。
「すぐに増援部隊が来る、今は全機互いに生き残ることだけ考えろ!ここを切り抜けりゃそれこそ勲章もんだ!」
突撃砲とロケット弾で相手の注意を引き、触手を引き付ける。
引き付けた瞬間に待機していたブリツェンスキー少佐のMiG-29が残る触手を叩き切り、隙を見てルヴィロヴァ上級中尉がKh-25を放つ。
脚部の装甲を破り、後数発加えれば足を1本落とせそうな段階まで持っていった。
だが相手の改造要撃級も危険を察知してか戦闘モードを変えた。
これを一番最初に察知したのはモースク1とフレツロフ中佐だった。
”BETAの行動パターンの変異をキャッチ”
「各機警戒しろ!一旦奴から離れるんだ!」
改造要撃級は突如腕部を一点に合わせ、姿勢を変える。
そしてそれから0.5秒も間を置かず通常の2、3倍の速度で突進を開始した。
一瞬で壁に激突し、そこから衝撃を活かして反転し、再び反対方向へ突進する。
それを2、3回行い、周囲に粉塵を巻き起こした。
「何機生きてる!」
『4機です!1機は即死、うち4機も2機損傷!』
ホルヴァート少佐は回避に専念しながらも味方の状態をしっかり把握していた。
損傷した2機はユーゴ空軍のL-17Kとブリツェンスキー少佐がギリギリで回収した。
ブレーキをかけて改造要撃級は突進モードを解除し、腕部の位置を元に戻した。
そして復活させた触手を外部に露出し、再び通常戦闘に移行する。
「損傷機を連れて離脱しろ、ブリツェンスキー少佐は護衛を頼む。ルヴィロヴァ上級中尉と俺でやつを抑えるぞ!」
『了解!』
突撃砲を放って触手を引き付け、その反対方向でルヴィロヴァ上級中尉がGSh-6-30で注意を引いた。
その間に損傷機を連れてブリツェンスキー少佐らはハイヴの最奥から離脱した。
フレツロフ中佐は暫く2機で戦闘を継続し、ひたすらBETAの猛攻を受け止めた。
改造要撃級は触手の全てと4本の腕部を射出してフレツロフ中佐を襲うが彼は全て回避する。
手法を変え、残っていた最後の戦車級5体をほぼ同時に発射してMiG-29に直撃させようとする。
だが空中移動中のところをMiG-27のGSh-6-30が叩き落とし、戦車級は全滅した。
「せめて増援がくればなぁ!!」
120mm弾で飛んでくる腕部を弾き飛ばし、125mm対物砲に武装を切り替える。
まず3発ほど腕部に放って腕を折り、今度は装甲部を破った箇所に直撃させた。
内部からのダメージは相当応えたようだが、戦闘能力は全く衰えずに戦いは続いた。
ルヴィロヴァ上級中尉は触手の迎撃に忙しく、中々改造要撃級に接近出来ないでいる。
「せめて足の1本でも吹き飛ばせればなぁ!!」
せめてブリツェンスキー少佐がいれば話は別だが今は2機しかいない。
苦しい戦いが続くなと覚悟を決めると何処からか通信が入った。
『足を落とせばいいんだな!』
聞き覚えるのある声、デルーギン少佐だ。
更に別の誰かが通信に入ってきた。
『我々に任せろ』
今度はオルゼルスキー少佐の声、それと同時に二方向から大量の友軍機が出現した。
第306独立戦闘航空連隊の戦術機である。
『私と03は触手の迎撃を!残りは足を潰せ!』
『一気に行くぞ!』
デルーギン少佐とオルゼルスキー少佐のMiG-29が接近する触手を全て切り落とし、残りの腕部は別の編隊が引き付けた。
その間に152mm持ちが装甲部を打ち破り、残りが空対地ミサイルを放って足を潰した。
左右合わせて8本あるうちの4本の足が潰され、高速で動く術を叩き潰した。
フレツロフ中佐は増援が到着してから笑みを浮かべた。
やはり良い仲間だ、良いパイロットたちだ。
この間に体勢を立て直したルヴィロヴァ上級中尉もKh-25空対地ミサイルを叩き込んで足を1本破壊する。
『やれヴィクトル!』
フレツロフ中佐は4本の腕部を回避し、改造要撃級に急接近した。
そのまま顔のような尾節を長刀で切り落とし、そこに125mm対物砲を突きつけて1カートリッジ分を叩き込んだ。
そして最後に残り全てのKh-29を叩き込んで改造要撃級から離れた。
改造要撃級は爆散し、ハイヴ最後の守備戦力を叩き潰した。
吹き飛ぶ残骸を避けながら着地し、周囲を警戒する。
「目標を撃破っ…!攻撃機隊が来るまでここを死守するぞ!」
10月25日、ベオグラード・ハイヴは機能を停止し、ユーゴ=ソ連連合軍の作戦は勝利に終わった。
-ユーゴスラビア社会主義連邦共和国領 マケドニア社会主義共和国 首都スコピエ-
ベオグラードは帰ってきた、勿論無傷でというわけではない。
放射能やハイヴの残骸を片付ける必要があるし、首都として蘇るのは数十年先の出来事だろう。
それでもベオグラードは帰ってきたのだ。
ユーゴスラビア軍とソ連軍は前線を押し上げてハンガリー国境に防衛陣地を築きつつ、余剰戦力をボスニア方面へ回した。
残るはボスニア、クロアチア、スロベニア、全て揃ってのユーゴスラビアだ。
特にクロアチアの山岳地にはザクレブ・ハイヴがある為攻略は急がれた。
とは言ってもソ連軍もまだウィーン、ブダペストとハイヴが残っている為ザクレブは当分先になるだろう。
南欧戦線はまだ暫く続きそうだった。
だが勝った、ベオグラードはユーゴスラビアに戻ってきた、これは大きな前進だ。
10月下旬のある日、南欧前線と第2ウクライナ前線の視察に訪れていたグレチコ元帥はユーゴスラビア大統領のチトーに夕食に招待された。
予想外の動きにグレチコ元帥は裏の理由を考えつつも、晩餐会に出席した。
晩餐会といってもほぼグレチコ元帥とチトーの2人だけであり、中くらいのテーブルに70超えの老人達が満足出来る程度のクロアチア料理が置かれた。
2人のグラスにはワインが注がれ、勝利を祝う為の美酒として乾杯した。
「一度身体を壊してから酒は控えていたが、ベオグラードが帰ってきた日に飲まないというのは逆に体に障る」
チトーの冗談を受けてグレチコ元帥は苦笑を浮かべた。
「全くですな、私も同じように酒は止められていますが我が軍が勝利する度に実は少し飲んでいます」
「となるとほぼ毎日では?」
再びチトーの冗談に2人は苦笑を浮かべた。
それだけソ連軍は、というより人類全体がBETAに対して勝利を重ねているのだ。
今年に入って今の所10月までBETAの降下ユニットが宇宙軍の防衛圏内に入ってきたという報告はない。
月面のBETAもほぼ動いておらず、事実上の無力化状態にあった。
そしてソ連はプラハを、ベオグラードを奪還した。
来年の1月からは国連軍が全ての準備を整えてアフリカにおける最終攻勢を開始する。
いよいよBETAの領域が地球上から消えつつあるのだ。
2人は暫く料理を口につけ、食事を摂っていた。
食事中の雑談でふとチトーはあることを話した。
「……一昨年、私が身体を壊した時、私は死ぬはずだったのだろう。これは何か理由がある訳ではない、本能的に分かるのだ」
その時、チトーは食事に手をつける事をやめた。
フォークとナイフを一旦置き、話を続けることに集中した。
自然とグレチコ元帥も同じように手を止めてチトーの話に耳を傾けた。
「意識が朦朧とする中、私に迎えの者が来た。かの戦争で先に逝ったパルチザンの同志達だ。皆、何も言わず私を見下ろしていた」
「似たような経験があります、私にも6年ほど前に友人や先輩の将軍達が現れました」
「ああ、話は聞いているとも、だから呼んだのだ。彼らは我々を連れに来た、だから私は言ったのだ」
グレチコ元帥も6年前に倒れ、生死の境を彷徨った。
2人とも同じ経験をし、そして死の淵で同じ決断をしたのだ。
「私はこの国が、あの侵略者どもに打ち勝つまで導き続ける義務がある。この大地にユーゴスラビアという数多の民族が集う国が出来てから与えられた使命だ、私は死ぬならばせめてあの侵略者どもは道連れにしなければならない」
「全く同意見です、私にも率いるべき軍があり、守るべき祖国があり、支えるべき友人がいる。だから迎えには暫く暇をやりました。せめて二度目の大祖国戦争に勝つところを見届けてから逝くと」
「我ら前大戦を生き抜いた意地かな、共に死ぬべき時であってもまだ死ねない。そうだろうグレチコ元帥」
元帥は深く頷いた。
「せめて後3年、後3年はこの老耄を生き存えさせなければならない。我々の国が勝利を得るまで」
「はい、それが前の戦争を生き延びた我々の使命なのかも知れません」
老人達の矜持というべきか、将又過去の亡霊達が彼らを生き存えさせているというべきか。
どちらにせよチトーやグレチコ元帥が今生きていることでBETAと戦う国家や国軍の中枢が支えられている。
現役で戦う若い者達を最後まで支えて見届ける義務を果たしているのだ。
1982年、ユーゴスラビアのどこかで勝利を願う乾杯の音が響いた。
せめて勝利を見届けられるよう願いを込めて。
つづく