マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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世界中で囁かれている
労働者よ、聞こえないのか?
各国の軍部大臣の声だ!
労働者よ、聞こえないのか?
奴らは石炭・鉄鋼生産者に囁いている
奴らは化学戦争の生産も囁いている
それらは全ての大陸から囁かれている!
ソ連に対する動員だ!
-”秘密の配備”より抜粋-


ドイツの為の国家転覆会議

ウラジーミルというKGBの男が死んだ。

 

場所はドイツ民主共和国、東ドイツと俗的に呼ばれるドイツの片割れである。

 

そのウラジーミルは東ドイツで別の名前と国家保安省、シュタージの身分証を持っていた。

 

男は東ドイツに潜伏し、ある目的の為にある集団に対してスパイ活動を行っていた。

 

それが仇となった、男は表向きは病による思考能力の低下が原因の事故死とされた。

 

ある日男は窓から落ちてトラックに轢かれて即死した。

 

検死の結果、男の体内からは毒物が検知されたが敵対勢力の集団によって記録はもみ消された。

 

これはある2つの勢力に片方には大きな波紋を、片方には僅かな波紋を与えた。

 

1つはベルリン派と呼ばれるシュタージ内の政治派閥である。

 

ベルリン派の中にもこれはやり過ぎだと思う者達はいた、彼らは宗主国のソ連を恐れて焦り始めた。

 

もう1つは件のソ連のKGBである。

 

自国のスパイの死は当然悲しい出来事であるがスパイである以上死ぬのは覚悟の上であるし、他のも人員はいる。

 

ベルリン派排除の為の情報収集と計画立案を粛々と進め、任務を完遂することで仲間の死に報いようとした。

 

彼らベルリン派はいよいよ本格的に超えてはならない一線を超えてしまった。

 

もう彼らに容赦する必要はない。

 

KGBは先んじて進めていた計画を前倒しにして実行することにした。

 

ベルリン派指導者、ハンス・オスターとハインツ・アクスマンの暗殺計画である。

 

実行日は1983年1月、あの赤毛の野獣に弾丸を放つ。

 

その為に”ヴィンペル”は東ドイツに入り、訓練を重ねていた。

 

計画書にはアンドロポフとブレジネフのサインが書かれ、正式な作戦名もつけられた。

 

嵐333号作戦(операция «Шторм-333»)”。

 

KGBの矛はベルリン派が仕掛けた工作を防いだ、であれば祖国に向かう危機の元であるベルリン派をその剣を持って断ち切るのだ。

 

ようやく東ドイツにおける暗闘が1つ終わりを見せようとしていた。

 

 

 

-ドイツ民主共和国領 シュヴェリーン市 国家保安省管轄施設 会議室-

今やベルリン派の波は国家人民軍にまで広まっている。

 

無論表向き協力してどっちずかずの立場を取っている者もいるし、もっと上の存在に脅されて仕方なくベルリン派に与している存在もいた。

 

何にせよ表面上ベルリン派は非ベルリン派を除いたシュタージ内の最大勢力となったのは確かだ。

 

人脈を使えば何処かのハナフェのようにクーデターを成功させられるかもしれない、そう思えるほど規模は大きくなった。

 

故に指導層のオスター大佐とアクスマン中佐は本当に信頼出来るメンバーを集めて秘密裏に会議を行うことにした。

 

場所はツィーゲル湖の辺りにある新しいシュタージ持ちの施設で行われた事から非公式にツィーゲル会議と言われることがある。

 

ツィーゲル会議ではベルリン派が今後どうやって行動するかに関する方針が決定された。

 

「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。今回の会議に際しましては呼び出し人の私アクスマンが進行と質疑応答の回答をさせて頂きます」

 

まずアクスマン中佐が代表して挨拶する。

 

名目上会議の議長はオスター大佐であったが事実上のトップはアクスマン中佐だ。

 

基本的に皆そのことを承知していたし、オスター大佐も不満を述べなかった事から会議は進められた。

 

「今回は我々が目下の課題としている目標に対してどのように達成するか、この事を決めたい」

 

「その前に、昨今噂になっているシュタージ職員の不審死事件について伺いたい」

 

一番最初に声を上げたのはベルリン派の国家人民地上軍中佐、ヘルマン・フライツェだった。

 

彼は第3軍の参謀を務めており、軍隷下の部隊指揮官達との関係は良好だった。

 

そんなフライツェ中佐がベルリン派に与したのは政治思想というよりやはり出世の為である。

 

「全て話して頂きたい、“()()”ではないのだろう?」

 

「フライツェ中佐、心配には及びません。嗅ぎ回るのが下手なネズミが罠に掛かっただけです」

 

「我々の方で死も偽装しました。本国がどうこう出来る隙はありません」

 

ヘフテン少佐はアクスマン中佐の発言にそう付け加えた。

 

シュタージの人間にこう言われるとフライツェ中佐もそれ以上発言出来ない。

 

「では会議を続けます西側の共鳴者達は準備を整えましたが同時に現政府の攻撃対象にもなり始めています。危険思想を理由に鎮圧を行おうとしている」

 

「彼らが死滅する前に事を起こせと?」

 

「その通りですヴァイケン大佐、善は急げ、盟友が倒される前に敵を倒してしまおうという考えです」

 

その事について誰か文句を言う人はいなかった。

 

むしろ彼らはクーデターを起こせば政権を転覆はさせられると考えていた。

 

少なくともフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊は動く、首都に展開する戦力だけでも1個連隊はある。

 

それに合わせて国家人民軍側の参加者がサボタージュや決起を行えば短期間で現政権は打ち倒せるはずだ。

 

驕り高ぶっているかもしれないが成功の可能性は否定し切れない。

 

後はタイミングであった。

 

「で、決起はいつにする」

 

フライツェ中佐が尋ねた。

 

「米ソ双方でBETA攻勢作戦が開始される頃、つまり来年の中頃です」

 

「まあ妥当な時期か」

 

「その為にやっておかなければならない事があります」

 

アクスマン中佐のアイサインで2名の中尉が板書を持ってきた。

 

そこには既に何枚かの写真と資料が貼られていた。

 

「ご存知の通り我々の計画には幾つか障害になり得そうな人物がいる。例えば彼、アルフレート・シュトラハヴィッツ大将」

 

貼られている写真の1枚はシュトラハヴィッツ大将のものだった。

 

「シュトラハヴィッツ将軍は我がドイツの英雄、ですが我々に恭順してくれるとは限らない。むしろ現体制の”殉教者”となる可能性すらある」

 

「そうなれば我々は在独ソ連軍に介入の理由を与えてしまう。在独ソ連軍の介入を防ぐ為にも残念ではあるがシュトラハヴィッツ将軍にはここで退場して頂く」

 

長い沈黙が会議室に続いた。

 

BETA大戦以降の国家人民軍、延いては東ドイツにとってシュトラハヴィッツ大将の影響はかなり大きかった。

 

イヴァノフスキー元帥との連携や各所の防衛戦での勝利、東西双方における英雄である。

 

ここにいる何人かの将校達も彼の部下だったことがある者だ。

 

そんな大きすぎる将軍をベルリン派は扱い切れなかった、故に切り捨てる方向に舵を切った。

 

そんな死に方でさえ死んでしまえば永遠の英雄となる。

 

故人は生者より扱いやすいのだ。

 

「……1つ伺いたい、シュトラハヴィッツ大将亡き後の第5軍は誰が率いるのですか」

 

リヒャルト・ヘッセ少佐はアクスマン中佐に対して尋ねた。

 

彼は第28自動車化狙撃兵連隊隷下の大隊長であり、最上位の部隊はシュトラハヴィッツ大将率いる第5軍となる。

 

現状シュトラハヴィッツ大将が何かしらの理由で指揮不能状態に陥れば代理の指揮官は参謀長のゲーメルト少将となる。

 

「参謀長のゲーメルト少将は第9装甲師団長時代にシュトラハヴィッツ大将に命を救われ、忠義が篤い。上手く手を打たねば第5軍はそのまま敵となります」

 

「その点についてはご安心を、計画では直ちに第3軍司令のシュケーラ中将を第5軍司令に任命する予定です。シュケーラ中将ならゲーメルト少将ほどの動きはしないでしょう」

 

「それに上手く事故に見せかければゲーメルト少将とて動かんだろう」

 

オスター大佐は国家人民軍らの将校達を宥め、円滑に会議を進めた。

 

恐らくアクスマン中佐単体だとここまで潤滑な組織作りや進行は出来なかっただろう。

 

「そしてもう一点、皆さんにお伝えるすることがあります」

 

アクスマン中佐は話を進め、次の議題に移った。

 

「計画を実行するに当たり、事前に米ソの注意を引いておく必要があります」

 

「その為に攻勢作戦中に実行するのではないのかね?」

 

フライツェ中佐はそう尋ねたがアクスマン中佐は「それでは足りません」と返した。

 

恐らく攻勢地域はウィーンか南欧、そして西側はアフリカだ。

 

これだけでは不安が残った。

 

「ソ連とアメリカ、双方を陽動する手を我々の方で用意しています。その為に少しばかり物資の面で皆さんから力をお借りしたい。”()()()()()()()()”に力を与える為に」

 

 

 

 

 

-ドイツ民主共和国領 ロストク州 在独ソ連軍管轄地域 某訓練場-

KGBの”ヴィンペル”部隊はあくまでソ連軍の中の1個歩兵部隊として扱われ、表向きは在独ソ連軍の自動車化狙撃兵部隊の1つであった。

 

普段は在独ソ連軍が管轄する訓練場で技能を磨き、在独ソ連軍が管轄する兵舎で体を休めている。

 

モスクワとレニングラードの一件を反省し、その上で想定戦場の特徴も取り入れた訓練を”ヴィンペル”部隊には施している。

 

コズロフ大佐らも普段はKGBの特殊部隊員ではなく在独ソ連軍の将校として振舞った。

 

無論この情報を知る在独ソ連軍の将校は僅かである。

 

まず司令官のイヴァノフスキー元帥、参謀長ヤクーシン大将、政治部長メドニコフ大将、そして情報部長や参謀達である。

 

実はこの事、在独ソ連軍隷下の軍司令官達にも知らされていなかった。

 

”ヴィンペル”部隊は在独ソ連軍司令部直轄の部隊として表向きは扱われ、司令部警護に当たる部隊だとされた。

 

多くの軍司令官達も気にするべきはプラハ・ハイヴから増援を受けたベルリン・ハイヴであり、こちらの警戒に日夜意識を集中していた。

 

軍の上級将校である以上政治との関係は切っても切り離せないが自分の専門分野に関わることではないのなら彼らは首を突っ込まなかった。

 

その為”ヴィンペル”部隊の存在と目的を知る在独ソ連軍の人間はごく僅かであった。

 

一方のベルリン派も”ヴィンペル”部隊のことは全くと言っていいほど認知していなかった。

 

彼らも海上と陸上から入ってくる物資やソ連軍の増援には見張りを置いている。

 

だが”ヴィンペル”部隊はレニングラードからパトロール航海の為に出港したバルト海艦隊の一隻の中に潜んでドイツに侵入した為、通常のルートとは違う侵入方法を行った為ベルリン派の芽を巣に抜けられたのだ。

 

無論ロストクの在独ソ連軍もベルリン派の監視対象であるが、KGBドイツ支局が牽制している為その監視体制は万全ではなかった。

 

”ヴィンペル”は1982年11月から東ドイツに入り、それから1ヶ月は潜伏し続けていた。

 

その1ヶ月で”ヴィンペル”の隊員達は飛躍的に練度を上げている。

 

格闘戦、閉所での戦闘、室内制圧、長距離狙撃など隊員達の技量は6ヶ月前のモスクワやレニングラードの時より向上していた。

 

コズロフ大佐とベスコフ大佐は”ヴィンペル”の戦闘隊員達の訓練を監督しながら、隊員達には聞こえない声で彼らを評価していた。

 

「我が隊も結成当時より確実に練度が上がってる。これなら静かに赤毛の1人や2人、始末出来るだろう」

 

ベスコフ大佐は誇らしげに短時間で室内を抑えた”ヴィンペル3”の隊員達を眺めながらそう語った。

 

彼ら”ヴィンペル3”は前回のモスクワ戦で室内の戦闘を経験した部隊である。

 

あの時の反省を共有し、それを踏まえた訓練を行うことでKGB特殊部隊としての練度は高まっている。

 

「”ゼニート”らとの模擬戦もかなりいい経験になったな。これならジェルジンスキー連隊の兵を使われても対処出来る」

 

「ああ、相手で出てくると厄介なのは第9中隊だが……」

 

「あれは我々の手中にある、何があっても奴らが第9中隊を動員することは出来ない」

 

ベルリン派の影響力が強いのはフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊や一部の内務省が持つ警察戦力であり、シュタージの最精鋭特殊である第9中隊はドイツ支局の影響下にあった。

 

むしろ”ゼニート”や”ヴィンペル”が来るまで第9中隊はドイツ支局の切り札であった。

 

「ここまでやれば勝てる戦、かな」

 

「さあどうだろうな、アクシデントは常に起こる。油断は出来ん」

 

ベスコフ大佐がその発言に同意すると2人分の足音が聞こえた。

 

1人は見知った同じKGBの特殊部隊長グリゴリー・ボヤリノフ少将、1人は在独ソ連軍の将校であるニコライ・マカロフ大佐だ。

 

2人は彼らに敬礼し、早速ボヤリノフ少将から命令が下された。

 

「訓練中悪いが在独ソ連軍から依頼だ。暗殺ではなく、護衛を頼みたい」

 

「護衛?」

 

コズロフ大佐はボヤリノフ少将に「シュミット長官ですか?」と耳打ちした。

 

シュミット上級大将がKGB少将でドイツ支局長であるということを知っている者はKGB内でも上位の地位にある者だけだ。

 

先日”事故死”したウラジーミルという奴もシュミット上級大将の正体は知らない。

 

知っているのはシュミット上級大将に身近な者とモスクワのルビャンカに勤務するレベルの将校達、そしてボヤリノフ少将やコズロフ大佐ら実働部隊の指揮官だ。

 

「彼ではない、この件はマカロフ大佐から話してもらおう」

 

参謀将校マカロフ大佐は小さく頷き、2人に事情を説明した。

 

「実は司令官のイヴァノフスキー元帥のご要望でして」

 

「同志元帥の」

 

「はい、国家人民軍第5軍司令、シュトラハヴィッツ大将の護衛をお願いしたいのです」

 

コズロフ大佐もベスコフ大佐もその理由は薄々気づいていた。

 

アルフレート・シュトラハヴィッツ大将といえば厳格にして国家人民軍の良心、東西双方からの評判も高い。

 

彼の性格上クーデターが発生すれば絶対に参加しないどころか何が何でも鎮圧しようと全力を出すはずだ。

 

つまりベルリン派からすれば極めて邪魔な存在である。

 

そろそろ本格的に動き始めようとしているベルリン派に対する牽制であった。

 

「我々”ゼニート”は既にホフマン上級大将、国防相のケスラー上級大将らについている為人を回せない。だがもう暫くすれば追加要員が来る。それまでの間”ヴィンペル”に警護の任を託したいのだ、重役があるのは分かるが引き受けてくれるか?」

 

「イヴァノフスキー元帥の命令とあらば、断る訳にも行かんでしょう。”ヴィンペル1”から何人か出します。”ヴィンペル3”は引き続き訓練と休憩を取れ」

 

「了解」

 

「ありがとうございます」

 

マカロフ大佐は頭を下げて礼を述べた。

 

一宿一飯の恩、日本帝国ではそういうのだろう。

 

兵舎と訓練場を借り受けて匿ってもらっている以上多少いうことは聞かねばならない。

 

「もしかするとすぐにでも相手は動くかも知れない。直ちに第1分隊を派遣します」

 

「任せた、身辺の爆発物の確認などはドイツ支局がやってくれているから直接攻撃にだけ備えろ」

 

「はい、捕縛した場合は身柄はどちらに」

 

「追って知らせる」

 

ある程度やるべきことを命じられ、コズロフ大佐は了承したとして彼らに敬礼した。

 

これは”ヴィンペル1”にとっても東ドイツでのいい試運転になる。

 

ベルリン派と”ヴィンペル”部隊の前哨戦第二ラウンドが東ドイツで始まろうとしていた。

 

 

 

 

-日本帝国領 帝都京都 奥平邸-

武家と言っても旧幕藩体制の伝統がそのまま残っている訳ではない。

 

むしろ外様に関しては侍らしからぬ者も多く、そういった人々は成金侍と愚弄された。

 

流石に譜代ともなると状況は変わってくるが武家もより世俗に近い存在となっていた。

 

それに屋敷で武家同士が酒を酌み交わすというのは遠い昔からの伝統である。

 

そこに政治的な要素が絡むのもまた伝統に近いといえよう。

 

この日は奥平貞親邸で同好の士が集まっていた。

 

丁度12月の下旬頃、日本帝国でいう年末に差し迫った頃合いである。

 

「今年1年、武家にとっては災難な年になりましたな」

 

影哉はツマミを口にしつつ、過去を振振り返った。

 

「ああ全くだ、猊下の行動、あまりに身に余る」

 

信真に不満を述べながら貞親は日本酒を一気に飲み干した。

 

すぐに側に控えている斯衛軍大佐、若宮松尚は空になった盃に日本酒を入れ直した。

 

彼は外様であるが有力な武家であり、近々九條家から娘を娶ることが決まっていた。

 

これで晴れて若宮家は五摂家の姻戚、大手を振って武家として活動出来る。

 

松尚は外様から成り上がった影響か保守意識が強く、旧守派として貞親の頼れるブレーンとして活動していた。

 

「猊下の大動員によって武家の各所から不平不満が出ております」

 

「知っておる、情けない奴らよ……我らはそもそも武家、一度軍属に入った以上戦いが来ればこうもなろうに」

 

少なくとも旧守派は斯衛軍拡大という一点に関しては革新派と意見をすり合わせることが出来た。

 

どこの誰であろうと自分の属する組織が拡大するのは喜ばしいことだ。

 

「猊下は我ら斯衛軍を拡大して下さる、それは良い。問題は大陸派兵より先の将軍と斯衛軍が取り決めた国土守最の意を違えることじゃ」

 

「既にアフリカの地にて我が方の死傷者は3桁を超しております」

 

新守の発言も貞親は「知っておる」と一蹴し、再び盃を煽った。

 

「派遣軍の人事も今や猊下の言いなりだ。影哉殿も苦労しておる」

 

「はあいえいえ、毎日上鶴殿とは議論を重ねておりますよ」

 

「ご苦労なことで、北八朗の時は楽で良かった。果たして我らはどうしたらいいのかの」

 

政威大将軍というのは彼らにとっても絶対の存在である。

 

神聖にして不可侵、武家の者にとって政威大将軍の扱いとは皇帝と事実上ほぼ同格だ。

 

故に政威大将軍と政の目指す先が違うからと言って簡単にすげ替えろというのも無理な話であり、彼らはこうして不満を述べる他なかった。

 

そもそも信真のように政威大将軍がここまで政に関与するのが異例なのだ。

 

本来であれば武家の棟梁として政は下々の臣下に任せ、静かに君臨するのが暗黙の了解でありこれは異例の姿であった。

 

故に本来の政威大将軍に対する慣習も徐々に変わろうとしていた。

 

「……猊下に不満を持つ若い衆はかなり多いと感じます。それこそ名のある方が”お声をかけさえすえば事は成るかと”」

 

貞親の酒を煽る手が止まった。

 

「松尚殿、いくら何でも直された方がいいかと」

 

すぐに新守が彼を注意した。

 

「私も最初に若い衆からこの発言があった時は忠言しました。しかし、それだけ今の体制に反意が多いということ。実際たった1年で今の元枢府と将軍に対する不満は過去類を見ないほど高まっております」

 

「同時に一部は熱狂的に猊下を信じている。もし猊下に何かあったら武家は分裂する」

 

そう、信真にはカルト的な人気があった。

 

彼は自身にも他人にも厳しい、それも暴力を含んだ方法でなじってくる。

 

だが一度手柄を立てたり、優秀さを表してお気に入りとなると信真はひたすらに可愛がってくる。

 

あれだけ殴られ蹴られていた白山大佐も防衛に成功した時は年甲斐もなく頭を撫でられ、彼の口から発せられたものとは思えないほど褒め称えられた。

 

そのギャップというべきものに心が囚われてしまうものは少なくなかった。

 

それに彼は家の序列は気にしつつも一度取り立ててくれればそれ相応の地位を与えてくれる。

 

今や将軍の一存で家格替えとなり新進気鋭の譜代になった家も両手では数えきれないほどあった。

 

「そうだ、派手な行動は避けた方がいい。むしろ、やるのであれば時間をかけて」

 

「貞親殿…!」

 

「猊下とていつまで”()()()()()()()()()()()()”」

 

その言葉の裏を読めぬほどの愚か者はここにはいない。

 

この酒の席に置いて貞親は最年長者である為誰も咎めることは出来なかった。

 

むしろ内心では信真に消えて欲しいと思う者がこの場では多数派だ。

 

「松尚」

 

「ハッ」

 

「その若い衆とやら、宥めはしつつも交流を深めよ。いずれ私も会うやる故」

 

「おお、畏まりました」

 

「だが情報局長には悟られるな、あれは腹の読めぬ男、件の東ドイツと関わった者達にも注意せよと伝えろ」

 

松尚は頭を下げ、命令を受諾した。

 

ベルリン派の日本帝国に対する効力は想定より効いていなかった。

 

今すぐクーデターを起こせと言っても恐らくはより上の者に止められて無理だろう。

 

だが確実に武家内、そして武家とそうでない国民の関係に巨大な亀裂を入れているのは間違いなかった。

 

 

 

 

 

-ドイツ民主共和国領 ロストク市 在独ソ連軍司令部-

在独ソ連軍は定期的に国家人民軍との調整の為に会議を開いている。

 

この日は占領地域の分担に関する話をする為に国家人民軍の各軍司令官を招集した。

 

在独ソ連軍側からは第8親衛軍ヴォルホンスキー大将、第20親衛軍シヴェノーク大将らが参集し、国家人民軍はシュトラハヴィッツ大将とシュケーラ中将が呼ばれた。

 

なおシュトラハヴィッツ大将だけはイヴァノフスキー元帥が直接話したいことがある為、1時間ばかり早く呼び出された。

 

若干不安を覚えながらもシュトラハヴィッツ大将は言われた通り1時間早く司令部に向かい、案内に従って在独ソ連軍司令官の執務室に入った。

 

執務室にはイヴァノフスキー元帥だけでなく参謀長のヤクーシン大将や政治部長のメドニコフ大将がおり、彼らの背後にはKGBの中将1人と見慣れぬソ連海軍の大佐がいた。

 

「同志元帥、シュトラハヴィッツ大将をお連れしました」

 

「おお、よく来てくれました」

 

「1時間ばかり早くというのは何か内々の相談がおありで?」

 

「まあそうですな、取り敢えず座って」

 

シュトラハヴィッツ大将はひとまずソファーに座り、コートと制帽を一緒に来た副官に預けた。

 

荷物を預かると副官は空気を読んで退出しようとするが「副官殿もこちらへ」と執務室に残された。

 

副官は困惑しつつも荷物を控えていた在独ソ連軍の大尉に預け、シュトラハヴィッツ大将の隣に座った。

 

このような話、大抵の場合副官は外に出されるものなのだが今回は違った。

 

「同志大将、お体の具合はどうですか」

 

「ああ、至って健康です。それが何か?」

 

「何か身の周りに不審なことは起こっていませんか?」

 

「いえ、全く。えっと……今回は何用ですか……?」

 

あまりに今まで聞かれたことのないような話をされた為、シュトラハヴィッツ大将は思わず聞き返した。

 

逆にイヴァノフスキー元帥達は安堵していた。

 

余りによく分からない光景にシュトラハヴィッツ大将は副官と顔を見合わせて困惑するしかなかったが。

 

「我々の情報機関がキャッチした確実な情報です。近いうちに同志大将に刺客が放たれると」

 

「私に?誰が?」

 

「シュタージの一派、と言えばある程度お分かりになるでしょう」

 

メドニコフ大将からその話を聞き、シュトラハヴィッツ大将は全てを察した表情でいた。

 

ベルリン派の噂は国家人民軍にも広まっている。

 

その一部はシュトラハヴィッツ大将の部下まで波及し、最近では妙な行動をする部下も少しずつ増えていた。

 

「シュトラハヴィッツ大将、あなたはまだこの戦争に必要な人だ。ここで政争に巻き込まれて死ぬべき人ではない」

 

「……あなたにこうして命を救われるのは二度目ですな。でしたら1つお願い事が」

 

「何か?」

 

シュトラハヴィッツ大将は少し躊躇いながらもイヴァノフスキー元帥に伝えた。

 

「私の娘のことです、私の身が危ないということは同時に彼女の身も危ういということ。どうにかあの子の身を守っては頂けませんか」

 

シュトラハヴィッツ大将の娘ウルスラ、このロストクに住んでいる。

 

彼女は国家人民航空軍の短期衛士教育プログラムを終え、少尉として一応任官していた。

 

いざとなればベルリン派がいつでも手を出せる距離にある、親としてこれは心配であった。

 

「分かっているとも、ウルスラさんには一時我々の祖国に移ってもらう。良いですかな?」

 

「……致し方ありません、娘が無事なら私としてはいう事はありません。ですがせめてソ連の何処にいるかだけはお教え願いたい……」

 

「では私から」

 

名乗りを上げたのはKGBの中将、ドロズドフだ。

 

彼はラザレンコ中将らと共に秘密裏に東ドイツに入り、暗殺の為の最終準備を指揮していた。

 

「御息女にはレニングラードの防空軍高等軍事政学校に入ってもらいます。一応程としては短期留学という名目です」

 

レニングラード高等軍政防空軍学校、ソ連防空軍の政治将校を育成する為の教育機関である。*1

 

こちらであれば航空軍所属となっているウルスラが派遣されていてもおかしくないし、短期留学の辻褄も合う。

 

それにレニングラードであればソ連軍もKGBもそれなりに動かせる戦力がある為対処がし易かった。

 

「それとこれは我々からの提案なのですが御息女、一応お名前も変えた方がよろしいかと。ウルスラ・シュトラハヴィッツの名前を出すのは当分控えた方が宜しいかと存じます」

 

「娘の意も汲みたいのですが……」

 

「時間がありません、御息女の命を危険に晒さない為です」

 

「……()()()()……苗字は()()()()()()()などどうでしょうか」

 

その名を提案したのはイヴァノフスキー元帥であった。

 

彼はシュトラハヴィッツ大将を宥めるように「変えるのはいっときだけ、御息女はあなたの御息女です」と伝えた。

 

副官も「仕方ありません」とシュトラハヴィッツ大将を説得し、彼は折れた。

 

「……分かりました、帰ったら娘に伝えましょう。それとありがとうございます……」

 

シュトラハヴィッツ大将は副官共々イヴァノフスキー元帥らに頭を下げた。

 

元帥はシュトラハヴィッツ大将の手を取り、彼に明言した。

 

「いずれ父と娘、再会する日もあるでしょう。それまでの辛抱です」

 

イヴァノフスキー元帥は1人の戦友に向けて言葉を送り、シュトラハヴィッツ大将もその意を汲んだ。

 

1982年12月、ロストクからレニングラードに向けて一隻の船が向かった。

 

乗客の多くはレニングラードに戻る在独ソ連軍の将兵かソ連に用がある東ドイツの市民であり、その中に国家人民軍少尉カティア・ヴァルトハイムと名乗る少女も名を連ねているのだが、これは歴史の溢れ話である。

 

 

 

 

その日、会議が終わるとシュトラハヴィッツ大将は自宅の帰路についていた。

 

今日ばかりは司令部には戻らず娘に会わなければ、運転手も副官もその意を汲んでいた。

 

シュトラハヴィッツ大将を乗せた乗用車はロストクの大通りを抜け、脇に逸れた小道に曲がった。

 

もう外は真っ暗、今日は星が輝いて見える良い夜空が広がっていた。

 

「御息女に会われた後どうされますか」

 

副官はシュトラハヴィッツ大将に尋ねた。

 

「無論、彼女の支度を見守ってその後司令部に戻る。暗殺が怖くて指揮官がやってられるか」

 

「第5軍で信頼のおける部隊に司令官を警護させましょうか?」

 

「そこまでせんでも良い、私の為に兵力を割くなど愚行に」

 

ロストクに僅かながら閃光が灯され、爆音を周囲に響かせた。

 

1台の乗用車は左前輪を完全に吹き飛ばされ、爆発の衝撃で完全に横転していた。

 

すぐに銃声が響き、数人が横転した乗用車に近づく。

 

「大将!」

 

それは覆面をつけて完全戦闘装備いた”ヴィンペル”部隊であった。

 

乗用車に近づいたコズロフ大佐は仲間達と共に車を元に戻し、ドアをこじ開けて中に乗っていた3人を引き摺り出した。

 

幸いにもパッと見た感じシュトラハヴィッツ大将は軽傷だった。

 

車が横転する瞬間に副官が大将を庇い、可能な限り傷を減らしたのだ。

 

何人かの隊員は彼らを担いで後ろへ下がり、コズロフ大佐らが警戒としてAKS-74を構えて周囲を警戒する。

 

襲撃者達は全員覆面を被っており、暗闇であることも相待って顔はまるで分からない。

 

相手はハーフトラック2台を盾に短機関銃を撃ってきており、機関銃類は見受けられなかった。

 

第1分隊が後方へ下がる間に第2分隊のPKMを持つ隊員が弾丸をばら撒いて相手を牽制し、敵が頭を下げたところを後方で待機中の狙撃班が射殺する。

 

乗用車を盾にしつつ近くの物陰に隠れて衛生隊員が救出した3人の手当てを始めた。

 

「私はいい……それより副官と運転手を……」

 

最も深傷を負っていたのは運転手の中尉であった。

 

彼は爆発の衝撃で頭を打ち、窓ガラスをあちこちに食らっている。

 

副官もシュトラハヴィッツ大将を庇った分だけ傷を負っていたが、意識はありすぐに拳銃を引き抜いて戦闘に入ろうとした。

 

「じっとして、今から治療する」

 

コートと制服を脱がし、傷口を確認する。

 

幸いにも重傷を負った2人とも致命傷を負っている訳ではなく、ガラスを抜いて適切に治療すればすぐに治りそうだった。

 

「ShK、護衛対象を含めた3名の負傷者が発生、待機中の兵員輸送車を2両要請する。場所は特定出来るか」

 

『こっちでキャッチしてる、後3分以内に到着する。暫く待機されたし』

 

「了解…!」

 

コズロフ大佐は救援を要請し彼も戦闘に加わった。

 

その間にも銃撃は続いていた。

 

だが襲撃者達は警護に来た”ヴィンペル1”第2分隊に気を取られてシュトラハヴィッツ大将に人を出せなかった。

 

「君らが私の護衛か……」

 

「はい、後3分ほどお待ちください。増援のBTRに乗せて一旦近くの軍病院まで搬送します」

 

「すまんな…」

 

「これもお役目ですから」

 

そう言ってコズロフ大佐は無理に接近しようとする襲撃者の1人を射殺し、ハンドサインで味方に指示を送った。

 

第2分隊長は指示を認識し、合流した第3分隊と共に二方向から攻撃を叩き込んだ。

 

本当であれば手榴弾なども用いて戦いたいがここは一応同盟国の市街地、好き放題やる訳にも行かなかった。

 

それでも”ヴィンペル1”は襲撃者達に対して優勢に立ち回っていた。

 

火力負けしている相手は既に制圧されて動けなくなっており、その場の主導権は”ヴィンペル”部隊が握っていた。

 

『801から”ヴィンペル1”へ、そちらの状況を報告せよ』

 

「801、襲撃犯は20名ほど、武装は短機関銃のみ装備。対戦車火器、機関銃らは確認出来ず」

 

『”ヴィンペル1”了解、こちらも重機関銃は使用が禁じられている。後退までの援護を頼む』

 

「了解した」

 

BTR-70との通信を切り、安静にしているシュトラハヴィッツ大将に進言した。

 

「これからBTRが来ますので、まずシュトラハヴィッツ大将、副官の順で乗り込んでください」

 

「分かった、歩けるか?」

 

「ええ、なんとか……」

 

その背後で第1分隊の隊員達が気絶した運転手をコートの下に置いて運搬できる体勢を作った。

 

それから暫く待っているとすぐに後方からBTR-70の走行音が聞こえた。

 

ある程度の距離まで接近するとコズロフ大佐はBTR-70に手を振って合図を出し、BTR-70は彼らの前まで出た。

 

第2分隊と第3分隊は援護の為にさらに距離を詰めて、襲撃者達の接近を阻止する。

 

何人か気概のある奴は身を乗り出してBTR-70に攻撃を叩き込んだがすぐ様”ヴィンペル1”の隊員に射殺された。

 

その間にシュトラハヴィッツ大将と副官はBTR-70の狭い入り口から中に入り、後から第1分隊員たちが運転手も押し込んだ。

 

全員を乗せたことを確認するとBTR-70のハッチは閉まり、一旦バックして距離を引き剥がす。

 

相手の兵装の射程外まで抜けるとBTR-70は反転して直ちにその場を離れた。

 

”ヴィンペル1”はBTR離脱まで相手の牽制に集中していたがBTR-70が離脱を確認するとその命令が牽制から殲滅に変わった。

 

BTR-70の護衛は”ヴィンペル1”の他の分隊が行う為残りの隊は戦闘を続行した。

 

「このまま殲滅しろ!人民警察が到着する前に殲滅してしまえ!」

 

第3分隊がフラッシュグレネードを投擲して相手の目を潰し、攻撃が疎かになったタイミングで第2分隊が左から更に距離を詰めて回り込み、機関銃と自動小銃の集中射撃で1台目のハーフトラックに隠れていた襲撃者達を殲滅する。

 

火力が一気に薄まったことで第3分隊は第1分隊と狙撃班の援護を受けつつハーフトラックに近づく。

 

不利を悟った襲撃者達は逃げ出そうとするが既にハーフトラックのタイヤは穴だらけ、しかも運転席に入ろうとする襲撃者は優先して射殺された。

 

そのまま第2分隊と第3分隊の射撃を喰らって襲撃者達はたった1人を残して全滅した。

 

残り1人は武装を全て剥ぎ取られて拘束される。

 

「こいつは直接BTRで連れて行くぞ」

 

拘束した襲撃者を無理やり持ち上げ、戦闘終了から僅か30秒後に到着したBTR-70に放り込んだ。

 

「第2、第3は先に戻れ。第1分隊は人民警察が到着するまで現地で待機」

 

「了解…!」

 

第2分隊はBTR-70の車内に入り、第3分隊はBTR-70の車体の上に乗ってその場を離れた。

 

敵兵が疎に倒れる中、コズロフ大佐はうち1人の覆面を剥ぎ取った。

 

その襲撃者は男であり、目を開いたまま絶命している。

 

人種はドイツ系でもなければ白人や黒人、あるいは黄色人種とも少し違う。

 

「中南米系でしょうかね」

 

第1分隊副分隊長はコズロフ大佐に尋ねた。

 

「その線はありそうだ」

 

どちらにせよ敵は決まっている。

 

1982年12月、ベルリン派が裏で意図引くシュトラハヴィッツ大将暗殺計画は未遂に終わった。

 

 

 

つづく

*1
1984年よりY.V.アンドロポフ名称レニングラード高等軍政防空軍学校

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