マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
未来へ向かって
一つの祖国ドイツの
公共のため奉仕しようではないか
克服しなければならない古き苦境は
団結して克服にあたろう
私たちは成し遂げなければならない
太陽をかつてないほど美しく
ドイツの上に輝かせることを、ドイツの上に輝かせることを
-”廃墟からの復活”より抜粋-
東ドイツの午後6時、陽は落ち夜が訪れた。
ベルリン派の別荘にヘフテン少佐が訪れたのは6時半頃であった。
意図的に彼にはタイミングが合わぬように仕事を振り分け、到着を遅らせた。
結果的に本格的に会議が始まるのは午後6時50分以降であり、それから40分後には彼らの副官が夕食を作り、3人の前に出した。
3人と副官達は夕食を食べながら会談を行った為、話は更に長引いた。
あっという間に2時間、夕食もほぼ食べ終わり、白ワインも1本空になった。
彼らの警戒心は警備の兵共々薄れており、奇襲をかけるには絶好のタイミングであった。
”ヴィンペル”部隊には夕食が出始めた頃に出動要請が出された。
アクスマン中佐らが食事を摂っている頃にヴィスマルの大通りを数台の乗用車が通る。
一見すれば単なる仕事帰りの車、まさか中に入っているのが特殊部隊だとは夢にも思うまい。
だがここで1つアクシデントが発生した。
ヴィスマル市内で設置されているドイツ人民警察の検問に”ヴィンペル3”の第3分隊が引っかかってしまったのだ。
分隊長のリヴェーシュニク大尉は一応持っていた偽の身分証を提出し、密かに特別コードを司令部に送った。
嵐333号作戦はこうしたアクシデントにもある程度は対応している。
情報を受け取った司令部は直ちにドイツ支局に連絡を取り、ドイツ支局率いるシュタージから内務省へ、内務省から直接部隊に通行許可が通った。
こうして緊張がある程度張り巡らされた中、第3分隊は検問を突破した。
”ヴィンペル”部隊はそのまま別荘近くに車両を停車させ、装備を身につけてそこからは徒歩で別荘に近づいた。
周辺の監視網や人員はS局がある程度抑えており、”ヴィンペル”部隊は迷わず別荘に直進した。
庭から庭へ、部隊は正面の通りを避けて進む。
”ヴィンペル”部隊はそのままベルリン派別荘の裏口まで辿り着いた。
予定通り”ヴィンペル1”は回り込んで正面玄関へ向かい、”ヴィンペル3”は窓から身を隠して裏庭に潜み、二方向の入り口を確保した。
それに合わせて”ヴィンペル”部隊のサポート部隊が周辺に展開して封鎖線を展開、周辺警戒にいざという時の対応用に各所に2人1組の人員を配置する。
”ヴィンペル”部隊の隊員はAKS-74に全員が消音装置として6S1”カナレイカ”を装備し、覆面を被って顔を隠している。
装備は自動小銃だけでなく近接戦を意識してナイフにAPSも備えていた。
”ヴィンペル1”のボレニコフ工兵上級軍曹がピッキングで無理やりドアの鍵を解錠する。
解錠が出来た事を伝えると通信機を起動し、コズロフ大佐はベスコフ大佐に作戦開始を伝えた。
「”ヴィンペル1”作戦行動を開始する」
『”ヴィンペル3”了解』
状況を伝えると早速”ヴィンペル1”の隊員が軽く3回ほどドアをノックした。
その音を聞いた警備の兵が訝しみながら2人ほどドアに近づく。
彼らはアクスマン中佐が連れてきた護衛の兵だ。
所属はフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊でベルリン派のことは薄々勘付いていながらも直接的な関わりはない。
彼らの警備をしているのはそれが任務であるからだ。
尤も彼らとしても前線に送られるよりはここでアクスマン中佐らを守り、夕食のおこぼれに預かった方が何倍もマシだった。
少なくとも前線とは違い、明日死ぬかもしれないという恐怖はないからだ。
”
「あれ、ドアって開いてたっけ」
「誰か閉め忘れたんだろ」
そう言ってもう1人の兵がドアを開ける。
刹那、ドアから出てきた腕が彼の襟をしっかり掴み、外へ引き摺り出した。
それから喉をナイフで掻き切って音を出なくし、もう1人も同じように喉にナイフを突き刺して始末する。
2人とも一切声も音も出す事なく殺害された。
”ヴィンペル1”第1分隊が先頭に別荘に突入し、第2分隊は2階へ、第3分隊は周辺警戒と遺体の偽装に当たった。
真っ直ぐ行くと通路の右側にドアが1つ、正面にドアが1つあった。
前方のドアはリビングに繋がっており、そこには本命のターゲットがいる。
通路右のドアに耳を当てると何やら人の声が3人ばかり聞こえた。
コズロフ大佐は3本指を上げ、人数を示した。
コズロフ大佐は自分と隊員のフェドローヒン上級軍曹と共に内部への突入を決断した。
AKS-74を構え、大佐がドアノブに手をかける。
ゆっくりとドアノブを捻って静かにドアを引いた。
室内の光が暗い廊下に漏れ出し、話に夢中になっていた3人はそこでようやく気がついた。
自分達に銃口が向けられていることを。
タンッ、タンッという静かな音が小刻みに鳴り、頭や胸部といった致命傷になり得る人体の箇所に命中した。
室内にいた3人、ヘフテン少佐の部下である中尉とオスター大佐が連れてきた上級中尉は頭部と胸部に1発ずつ撃たれて即死した。
一方アクスマン中佐が連れてきたゾーネ上級中尉、運が良いのか悪いのか即死はしなかった。
放たれた弾を全て胸部に喰らい、椅子から滑り落ちた。
悶絶という言葉すら生ぬるいような痛みと圧迫感に襲われながらゾーネ上級中尉は必死に手を伸ばした。
「貴様っ……!何者だっ……!」
撃たれた箇所から空気が漏れ、彼の声は徐々に掠れていった。
トドメを刺すためにフェドローヒン上級軍曹は近づいて銃口を彼の頭に当てる。
「アクスマン……中佐っ……」
人1人の一生を終わらせるのは時によって簡単である。
5.45mmの弾丸を頭に1発叩き込めばそれで終いだ。
こうしてアクスマン中佐達の護衛は誰1人としていなくなった。
だがここではタイミングが悪い事態が発生した。
ゾーネ上級中尉が椅子から滑り落ちた物音を聞きつけたヘフテン少佐がトイレついでにリビングから出てきたのだ。
「どうせ酔ったゾーネがなんかしてるんでしょう」と冗談を言いながらリビングから出てくると当然あり得ない光景が広がっている。
完全装備のソ連兵が明らかに1個分隊、自動小銃を携え待ち構えていたのだから。
「は?」
ヘフテン少佐は第1分隊の隊員達の自己判断によってその場で射殺された。
AKS-74を持った3名による射撃によって少佐は即死した。
身体中から血を流し、ドアの前にばたんと倒れた。
「ヘフテン!!」
最初に叫んだのはオスター大佐だった。
すぐにアクスマン中佐は自衛用にリビングに備えていたマカロフ拳銃を手にして急いで伏せた。
「”ヴィンペル3”、仕掛けろ!」
アクスマン中佐が伏せた瞬間に銃撃が始まり、窓ガラスが割れてリビングに5.45mmの嵐が降り注いだ。
第1分隊は外に出たり室内に入って身を隠し、誤射の危険性をなくす。
凄まじい集中射撃に同じくオスター大佐は即死、その場で生き残っているのはアクスマン中佐だけとなった。
「クソッ!!クソッ!!」
真上を飛び交う銃弾から身を隠しながらひたすらに悪態をつく。
だが彼の手にはしっかりと弾丸が装填された拳銃があった。
10秒ほど射撃は続き、停止と共にアクスマン中佐は反撃に出た。
銃弾が来た方向へトカレフ拳銃を放つ。
当然だが彼の射撃は”ヴィンペル3”の隊員達に当たる訳がなかった。
全員が散開して周囲に身を隠し、タイミングを待った。
「チッ!」
すぐにもう1丁のマカロフを手に取り、2丁で牽制射撃を放ちながら弾痕で穴だらけとなった壁を伝いながらどうにかして離脱しようとする。
尤も正面玄関には”ヴィンペル1”が展開している為、逃げ道などどこにもなかったのだが。
ナイフを抜いたコズロフ大佐が静かに、その上で素早くリビングに接近する。
刃を裏返し、ドア近くまで来ていたアクスマン中佐の首根っこを掴んで引き摺り出し、喉元に刃を当てた。
「ッ!」
アクスマン中佐は声が出なかったし、コズロフ大佐は特に言いたいこともなかった。
彼はただ、仕事として中佐の喉をナイフで切り裂いた。
僅かな鮮血が壁に飛び散り、アクスマン中佐は喉を抑えながらその場に倒れて蹲った。
声帯も切断されている為もう声も出ない、空気も抜けるし出血も止まることはない。
後は緩やかに死を待つのみである。
そこで彼が見た光景は走馬灯と呼ぶべきものなのだろうか、とにかくアクスマン中佐は自分を振り返った。
生まれはドイツのソ連軍占領地域、ドイツ連邦共和国というものが誕生した余波を受けてドイツ民主共和国というものが出来て暫くしてからだった。
廃墟からの復活、といえば聞こえはいいがどれだけ言ってもドイツは前の戦争にまた敗北し、ソ連の軍門に降った。
アクスマンの父、母らもそうだ。
そもそもアクスマンの父は国防軍の将校だった。
1942年に西部戦線から移動し東部戦線の増派組として戦った。
尤も1944年のバグラチオン作戦によって当時所属していた部隊共々捕虜となったが。
捕虜となったアクスマンの父はソ連という厳しい大地で生き残る為に己の忠誠心も恥も外聞も全て捨てた。
ドイツ将校同盟、ソ連赤軍によって捕虜となった国防軍将校によって設立された反ナチ活動を行う政治組織である。
ここにはスターリングラードの第6軍司令官フリードリヒ・パウルス元帥や、七年戦争のザイドリッツ将軍を祖とするヴァルター・フォン・ザイドリッツ砲兵大将など、国防軍の将軍でありながらソ連に鞍替えした者達が集っていた。
アクスマンの父もこの組織に属し、ドイツ将校同盟でソ連にすり寄った。
お陰でアクスマンの父はまだいい扱いを受けた。
やがては自由ドイツ委員会にも参加し、旧ドイツ共産党の面々とも僅かだが知見を得る。
1945年5月9日、彼は無事に終戦を迎えた。
廃墟となった祖国に五体満足で帰ってきたのだ。
妻を持ち、子を作り、ドイツ民主共和国の国民として彼は生涯を終えた。
兵営人民警察が出来るとアクスマンの父は即座にこれに飛びつき、ドイツ将校同盟や自由ドイツ委員会の伝手も活かしてやがて誕生する国家人民軍の将校となった。
ヴィンツェンツ・ミュラー将軍やヴィルヘルム・アダム元国防軍大佐のように、国防軍人でありながら彼は国家人民軍の軍人となった。
そして旧国防軍出身の人間が冷遇され始めるとアクスマンの父は彼らを助けることはせず、党の方に擦り寄った。
お陰で早期退役は免れたが結局国家人民軍の一介の中佐で彼の経歴は終わった。
あれだけ多くの者に媚び諂い、国防軍人でありながらソ連やドイツ共産党の人間に擦り寄り、卑しくも地位を得ようとしたが結果は中佐止まりである。
アクスマンはずっとそんな父の背中を見ていた。
はっきり言って反吐が出た、ああはなりたくないと。
アクスマンは父を見下していたし父のようになりたいとは一切思わなかった。
母もそうだ、母が父と結婚したのは父を愛していたからではなく、父の地位に縋り付きたかったからだ。
そしてハイヴの落着で死ぬまで母は父と一緒だった、彼女は父の地位に甘んじてそれ以上、上を目指さなかった。
そこに愛はなく、当然だがアクスマンも愛されているとは言い難かった。
父は何かに媚び諂う誰かの道具だったし、母はそんな父に縋り付く道具以下の存在だった。
だから彼は子どもながらに誓った。
偉くなってやる、誰かに利用されるのではなく誰かを利用し、誰かに擦り寄るのではなく誰かを蹴落としてでも成り上がってやる、その為にはなんでも利用してやる。
彼は野望を持ち、やがて国家の権力というものに取り憑かれた。
シュタージに入り、将校として出世し、ベルリン・ハイヴの悲劇を生き延びた。
BETA大戦は多くの者にとって不幸を呼ぶ戦争だったがアクスマンはこれを好機と看做した。
戦功を上げれば昇進出来る、混乱を利用すれば事態を思うがままに操れる、そして弱体化した今の国家体制なら自身の手中に収められる。
その為にアクスマンは全てを利用した。
同僚、先輩、後輩、国家人民軍の将校達、西ドイツの軍にのさばる極右、地位や名誉全て。
政治思想など所詮は自身が成り上がる為の道具でしかない、右も左も一周回れば円になる、皆自分にとっての道具だ。
必要になれば女だって愛してやったし、使い潰した。
彼は愛されていなかったから愛というものは最後まで分からなかったが、シュタージの将校としての技能でカバーした。
なんでもやった、なんでも耐えた、なんでも使った。
シュタージに一大派閥を作り、号令一つであのフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊と人民機動警察、そして国家人民軍さえも動かせるようにした。
事が始まれば西ドイツの軍だって動く、ラインハルト・ギュンツェルは極右であるが故に単純な男だ。
彼には西側の理不尽と国家の自尊心とやらを説いてやれば簡単に手懐けられた。
アクスマンはドイツに対しても特になんの感情も抱いていなかった。
世界に冠たる偉大なドイツ、それがなんだというのだ、重要なのは世界に冠たる偉大なドイツに君臨する自分だ。
誰にも諂わない、軽蔑する父を超える、その夢まで後少し、後少しなのに。
ここで終わるのか、こんなところで、こんな奴らに。
もう暴れる力も、癇癪を起こす力も残っていない。
朦朧とする意識の中、最期に感じ取ったのは自身の頭に突き付けられる冷たい銃口の存在と、死の匂いだ。
「悪く思うなよ」
コズロフ大佐は引き金を引いてアクスマン中佐の頭部に弾丸を叩き込んだ。
彼はこの瞬間に絶命した。
辺りには第1分隊の隊員と”ヴィンペル3”のベスコフ大佐らがいた。
「9時18分、ハインツ・アクスマンの殺害を確認」
嵐333号作戦の最重要任務、ベルリン派首脳部の殺害はこうして成功した。
ハインツ・アクスマン中佐は一切の野望を成し遂げる事なく、自身の人生に幕を下ろした。
父を超えようと他人を利用し続けた青年は父と同じ中佐の階級で、人々の記憶に殆ど残ることもなく消えた。
アクスマン中佐らベルリン派の首魁は死んだ。
だがこれで終わりではない、少なくとも”ヴィンペル”部隊にはこの後の後始末が待っていた。
まず最優先で”ヴィンペル”部隊の戦闘部隊は撤収が始まった。
後のことはサポートの隊に任せれば万事オーケーである。
尤もこの時もアクシデントが発生した。
丁度外の警戒を行っていた”ヴィンペル1”第3分隊に、別荘の窓ガラスが割れた音を聞いて隣近所のご婦人が話しかけてきたのである。
ご婦人は本当に興味本位で来ただけで一切の悪気はなかった。
”ヴィンペル”部隊としてもここで無関係な東ドイツの民間人を殺害することは余りにもリスクである。
分隊長のスラトフ大尉は丁寧なドイツ語を用いて「これは夜間戦闘を目的とした演習ですから」と説明してご婦人を隣近所も家まで送った。
ご婦人も根は良い人らしく「お国のためにありがとうねえ」と何度も礼を言われた。
正直ここで話せば話すほど発覚のリスクが増大する為一刻も早く終わって欲しいというのが第3分隊の本音であったが。
何はともあれ隣近所のご婦人という強敵を退けた”ヴィンペル”部隊は直ちに撤収し、後のことをサポート部隊に任せた。
まず部隊は何事もなかったかのように窓ガラスを取り替えて掃除を行い、少なくとも外見上の痕跡を抹消した。
後は遺体の始末である。
今回出現した遺体は首魁3人に合わせて警備の6人、合計8体である。
8体分の遺体をとなると始末の方法も面倒になった。
「どうします、こいつら」
「2体分はここで始末したい。確かこの家ボートあったよな?取り敢えずアクスマンと……こいつの副官乗せて上手い事沈没するよう仕向けろ。最悪明日まで浮いて来なけりゃ良い」
「了解」
かくしてアクスマン中佐とゾーネ上級中尉の遺体は別荘に備えられていたボートに乗せられた。
2人の手にはアクスマン中佐が使っていたマカロフが無理やり持たされ、取り敢えず”シナリオ”は作りやすい状態にした。
それからエンジンに少し細工をし、ミューレン池に流して丁度真ん中辺りで転覆させた。
「よしっ!上手く行った!」
「残りは車に詰めて指定されてる海に捨てるから手伝え」
残り6体の遺体はオスター大佐とヘフテン少佐がそれぞれ乗ってきた車に詰められ、そのまま指定されているソ連海軍が管轄していた港へ向かった。
港の周りには既にドイツ支局のシュタージ職員とS局の人間、そしてソ連軍側の協力者が待機していた。
「こっちだ!」
ソ連海軍の少佐が手招きしながら2台の乗用車を誘導する。
中からは運転手を務めていた隊員が出てきた。
「こいつらは海に投げる。今から夜間哨戒に出る艦艇に乗せてついでに捨てるから、手伝ってくれ」
少佐に言われて隊員達は車から遺体を出し、哨戒艇に運び込んだ。
それから暫くして哨戒艇は出動し夜間の哨戒任務に出た。
その過程でバルト海に何かが投げ捨てられたとしても多くの人は特に気にしないだろう。
クラウス・メルツ・オスター大佐とファビアン・ヘフテン少佐ら6名の遺体は作戦終了から40年経った後も発見されていない。
一連の作業が終了して全部隊が撤収したのは丁度11時ごろであった。
ヴィスマルはもう完全に夜中、”ヴィンペル”部隊に話しかけてきたご婦人も眠りにつき、辺りには静けさが戻ってきた。
これから進展があるのは翌日の2月4日である。
2月4日の早朝、事件の痕跡を最初に発見したのは周辺に住む60代の男性であった。
彼は日々の日課としてミューレン池を散歩しており、この日も散歩の道中だったそうだ。
一艘のボートが転覆しているのを目撃し、暫くその辺りを見ていると明らかに人らしきものが浮いているのが発見された。
男性は驚き急いで警察に通報した。
それから人民警察が到着しボートと人と思わしき物体の引き上げが始まった。
いざボートを引き上げてみると水死体は2体あった。
2人とも上着を脱がされており、軍用ズボンに軍で支給されるシャツ、そして遺体には何故か弾痕や大きな切り傷があった。
そして2人とも手には拳銃があった。
「これは……軍人か?しかしなんで……」
人民警察の警察大尉は遺体を見ながら訝しんだ。
最初に到着した人民警察の隊はベルリン派やKGBの政争とは一切関係のない者達であった。
「これ、死因は溺死か銃撃かどっちなんですかね」
「さあな、なぁんか面倒ごとになりそうだ……」
そう警察大尉はぼやいたが予想外にも案外早く方がついた。
シュタージと内務省のお偉方が本格介入してきたのだ。
すぐに担当が別の部署に回され、暫く盥回しにされた挙句、結局出た死因は「2人がボートで遊泳中、誤ってお互いが同時に拳銃を発砲してしまいそのまま転落し死亡した。喉元の切り傷は転落時についたもの」として処理された。
全員が一度は妙だと思う結果だが誰も彼もがこの裏で起こっている事態の影響で気にする余裕がなく、ほぼ全員が忘れ去られた。
小さな秘密は大きな行動で塗り潰せば良い、その言葉通り表では大規模な”粛清”が執り行われていた。
2月4日の朝、ベルリン派に対する粛清が始まったのはその日であった。
その日アクスマン中佐の次席に当たるフェールマン少佐は普段通りに出勤した。
だが明らかに様子がおかしい、いつまで経ってもアクスマン中佐が出勤しないのだ。
本来ならアクスマン中佐はフェールマン少佐が出勤する数分前にはいるし遅くとも定時には来る。
出張や何かしらの特別任務があるならばその旨は少しは伝えてくれるはずだ。
それが全くの音信不通、電話で直接尋ねても一切の応答がなかった。
しかも副官格のゾーネ上級中尉も同じようにいつまで経っても出勤しなかった。
2人は大抵の場合一緒にいる、ゾーネある所にアクスマンありだ。
「これだけ連絡がないと何かあったとしか……」
同じベルリン派の大尉はフェールマン少佐にそう述べたが、まだフェールマン少佐は信じられずにいた。
アクスマン中佐は内心がどうであれ優秀なシュタージの将校である。
組織を作る力、引っ張る力、参謀としての力、どれも優れている。
そんな優秀な中佐がおめおめとやられるだろうか。
「……もう一度連絡をしてみろ。これで何かあれば今度はオスター大佐に……」
乱暴にドアが開けられ、中に同じシュタージの中佐と何人か武装したフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊の将兵が入ってきた。
彼は見たことがある、シュタージ第1局のリヒャーゲン中佐だ。
彼はベルリン派ではなく、むしろソ連側に近しいベルリン派の潜在的な敵であった。
「フェールマン少佐、貴方を横領及び武器弾薬流出の疑いで逮捕する。またこの中のリンデマン大尉、ブラウフィッツ上級中尉、ヘンク上級中尉、バルデナー中尉、シュティフ中尉も同様の容疑で逮捕する」
「は?おい待て、どういう冗談だ」
「冗談ではない、全員を拘束しろ!」
AK-74を持った連隊の兵士達が一斉に室内に入り名前を呼ばれた6名の身柄を拘束した。
関係のない将校達は巻き込まれたくないから拘束される6人から距離を取り、黙って様子を見ていた。
すぐに両手を縛られ起き上がらせられ、そのまま運ばれていく。
「これは何かの間違いだ!調べ直してくれ!」
「良いから、早くいけ!」
リヒャーゲン中佐、本名シェスコフKGB少佐はフェールマン少佐の肩を叩き、そのままフェールマン少佐は連れて行かれた。
少佐は自身を拘束するフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊の兵士2人をよく見た。
革のホルスターに入っている銃がマカロフやワルサーではなくソ連のAPSなのだ。
それでフェールマン少佐はなんとなく全てを察した。
何故今日、アクスマン中佐が出勤しなかったのかさえも。
「儚い夢だったな……」
「いいから歩けよ!」
兵士2人に引き摺られながらフェールマン少佐は外に待機していた護送車に無理やり押し込まれ、そのまま職場に戻ることはなかった。
同様の出来事は東ドイツ全体で発生していた。
シュタージではA総局からフェールマン少佐を始め、ヨアヒム・シュトラウフェン中佐、ヴァルター・クヴィンツ少佐、ユリウス・ボーネン少佐ら4人が一度に逮捕された。
そして第1局ではハンス・メルツ中佐、ヨーゼフ・メルニッヒ少佐が、第2局ではカール・フライマー少佐、テオドール・ヴェールマン大尉、クラウス・ヴァルトラウス大尉が、第3局ではクルト・ライヒェナー少佐、コルト・メーヴェン少佐、ヴェルナー・ポール大尉が一挙に逮捕された。
中佐2人、少佐7人、尉官は確実に20人以上拘束されている。
この粛清の余波は当然フェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊にも波及した。
カール・ハーゼ中佐らフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊のベルリン派将校は4日の9時半頃に連隊長であるエルスナー中将の執務室に呼び出された。
ベルリン派だけを選出したこの呼び出しに若干の不安を覚えながらもハーゼ中佐らは大人しく執務室に向かった。
「同志連隊長、ご要望の通りカール・ハーゼ中佐ら6名、到着しました」
ハーゼ中佐と6人のベルリン派将校は整列して眼前のエルスナー中将と参謀長のデーリング大佐に敬礼した。
「よく来てくれた、早速だが聞きたいことがある。君達は祖国ドイツ民主共和国に対して宣誓通り忠誠を誓っているか?」
何人かは若干声が籠ったがハーゼ中佐が真っ先に「妙なことを仰いますな」と切り出した。
「我々フェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊に属する将校は全員、祖国と社会主義に忠誠を誓い、祖国と社会主義同盟諸国に報いる為に日々戦ってきました。その事について同志中将とて疑いはないはずです」
「……そうだな、確かに君達は優秀な将校だった。だからだ、残念だよ」
その言葉と共にドアが開きフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊の兵士達が入り、彼らを拘束した。
腕を振るって抵抗しようとするが兵士達は全員武装しており、下手に逆らえば命はなかった。
「中将っ!これは一体っ!」
ハーゼ中佐の瞳には拳銃を構え、こちらに銃口を向けるエルスナー中将とデーリング大佐の姿が見えた。
「君達とはここまでということだ」
「っ…!!」
「さあ来い!急げ!」
両腕を抑えられハーゼ中佐らは乱暴に執務室から引き摺り出された。
だがその過程で少し隙が生じ、ハーゼ中佐は2人の兵士を壁に叩きつけて拘束を解き、その場を脱した。
「1人逃げたぞ!追え!」
AK-74を持った兵士数人が通路を走ってハーゼ中佐を追う。
「司令部に緊急警報を、全隊にカール・ハーゼ中佐を見つけ次第殺害せよと命令を出してください」
逮捕を指揮する1人の将校がそう進言しエルスナー中将は「分かった」と要望通りに警報を出した。
結局ハーゼ中佐は逃走に成功し、その日中には発見には至らなかった。
それでもシュタージ内に潜むベルリン派の摘発と逮捕は順調に進んでいた。
既にベルリン派は2月4日の時点で組織として崩壊しつつあった。
ベルリン派の逮捕は同時に国家人民軍、内務省にも及んでいた。
内務省でも職員数名を始め人民警察及び人民機動警察の佐官7名、尉官12名が逮捕され、その日のうちに連行された。
基本的には横領や装備の横流し、汚職の摘発であったが無論裏の理由は違う。
ベルリン派の粛清、誰しもがその理由を薄々理解していたし口には出さなかった。
触らぬ神に祟りなし、極東のある島国の言葉通りである。
国家人民軍の逮捕はシュタージ、内務省の逮捕同様にすんなり終わったケースもあれば、そうでない場合もあった。
例えばモスクワのドイツ大使館に勤務していた連絡将校のオットー=ラウト・シュトラウフェン大尉、彼はこの日丁度ソ連から帰国した。
連絡将校の任務を外れ少佐に昇進すると共に情報将校としての職が決まっていた。
無論これは彼を東ドイツに帰国させ、合法的に逮捕する罠である。
シュトラウフェン大尉はロストクの港に降りて入国管理を済ませ、そのまま祖国東ドイツの大地を踏み締めた。
そして待機していた部隊に逮捕され、そのまま連行された。
同じように地上軍中佐のヘルマン・フライツェ、大隊長のリヒャルト・ヘッセ少佐も簡単に逮捕された。
ただ1人、例外がいた。
国家人民航空軍に属するヴァイケン大佐である。
彼はあろうことか完全武装のMiG-21を持ち逃げして西側への亡命を図った。
元々衛士上がりの人間でそれなりに腕は良かった。
されどKGBもこういう時の為に対策はしっかり取っている。
逃げるヴァイケン大佐のMiG-21を追撃する3機の戦術機があった。
KGB特殊作戦局が有する戦術機部隊である。
追撃に来たのはMiG-23Kが3機、元々”ヴァリャーグ”から借り受けた機体である為海軍機の仕様である。
尤も武装は対人装備を主眼として身につけており、突撃砲2門にR-60空対空ミサイルを装備していた。
機体のカラーは前方を飛行する2機は青い色合いのままだったが、後方を飛行する1機だけは雪に紛れやすいように白く塗装し直されていた。
一方のヴァイケン大佐が乗り込むMiG-21は完全対BETA装備であり、圧倒的に分が悪い。
いくらヴァイケン大佐が初期の戦術機乗りの1人とはいえこの勝負は最初から決まっていた。
「クソッ!来るな!」
大佐は盾で攻撃を防ぎながら機体を翻し、突撃砲を放って牽制する。
うち2機は先行して接近し、攻撃を回避しながら反撃を始めた。
1機が突撃砲2門を応射してもう1機が距離を詰める。
片方のMiG-23Kが接近して長刀を振るうも回避されるが背中を見せたMiG-21に対してもう1機がすかさずR-60空対空ミサイルを放つ。
警報音が鳴り響く中、ヴァイケン大佐は機体に備わっているチャフとフレアを放ってなんとかR-60の攻撃を躱した。
『330211、指定したポイントまで追い込め。330212は狙撃準備』
『了解』
『了解』
隊長機が指示を出して今度は隊長機が積極的に前に出た。
ヴァイケン大佐は積極的に牽制攻撃を叩き込み、機体に備わっているロケットポッドのロケット弾も発射した。
無論即座に回避して再びR-60を放った。
ヴァイケン大佐はMiG-21のシールドに備わっている爆発反応装甲でこれを防ぎ、迫り来る斬撃は同じく長刀で受け止めた。
「このままではっ!」
ヴァイケン大佐は距離を取る為に意図的に爆発反応装甲を幾つかパージして起爆し、目眩しとして用いた。
そのまま距離を取るも今度はもう1機のMiG-21に右側面から強襲され、再び逃げる以外の選択肢がなくなった。
「こんなところでやられてたまるか!」
そう言ってヴァイケン大佐はMiG-21のシールドに備わっているロケットポッド2門を同時に放った。
それに合わせて担架についている突撃砲で火力を増強し、MiG-23Kの接近を防ぐ。
MiG-23Kは距離を取り、その隙にヴァイケン大佐は離脱しようと機体を浮き上がらせた。
それが問題であった。
遠方から1発の125mm対物砲弾が放たれ、MiG-21の跳躍ユニット2基を一度に撃破したのだ。
水力を失ったMiG-21はそのまま重力に引かれて地面に落下し機体は大きく損傷した。
「バカなぁ!?」
あちこちから火花が出て制御駆動等が損傷し、機体は一切動けなくなった。
中にいるヴァイケン大佐も当然負傷し、コックピット内では警報音がけたたましく鳴り響いていた。
すぐに2機のMiG-23Kが墜落したMiG-21を取り囲み、コックピットに突撃砲を向けた。
奥から白いMiG-23Kが125mm対物砲を構えたまま到着する。
『目標を確保、増援が到着するまで待機』
『了解、アサエフ上級中尉、相変わらずいい腕だ』
『ありがとうございます、ですがこれ、中身生きてます?』
ふとアサエフ上級中尉は冗談混じりに尋ねた。
『ああ、生きてるよ。たった今、パイロットとしての尊厳は死んだがな』
隊長はヴァイケン大佐を嘲るようにそう呟いた。
こうして国家人民軍に潜むベルリン派も無事に制圧された。
嵐333号作戦、ベルリン派排除を目的としたKGBの特殊作戦は僅かな波を立てながら終了した。
-ドイツ民主共和国領 ロストク市 ロストク軍港-
特殊作戦局と”ヴィンペル”部隊はこれ以上の発覚を防ぐ為に一足先にソ連へ帰国することとなった。
隊員達は皆あたかも在独ソ連軍の一般自動車化狙撃兵部隊ですという格好をして帰路についた。
”ヴィンペル”部隊の主力は一旦ベスコフ大佐が率いて帰国用の船に乗り込んだ。
部隊長のコズロフ大佐と局長のラザレンコ中将は別の便で帰国することになる。
先んじて出た船を見送りながらコズロフ大佐とラザレンコ中将は海辺でタバコを吸っていた。
アクスマン中佐らを殺害してから3日、未だにベルリン派の粛清は続いている。
主要人物の逮捕は終わったが関連人物の調査や逮捕、或いは左遷といった人事による粛清はこれからも続くだろう。
無論こうした粛清は一般には当然広まらない。
僅かな噂だけでシュタージ内で粛清が始まっているらしいということは流れるだろうが、その規模や範囲、理由は当面の間東ドイツの人々が知ることはないだろう。
無論西側もこの粛清には薄々勘付いている。
彼らの諜報網は相変わらずであり、西ドイツでもこれに呼応してラインハルト・ギュンツェル中佐ら一部の将校が実働部隊から移動になった。
国家人民軍将校の逮捕は流石にニュースになったが、やがて発動するソ連軍のオーストリア及びハンガリー攻勢と国連軍のアフリカ攻勢によって皆忘れるのだろう。
KGBの仕事とはそういうものだ。
誰にも覚えてもらう必要はないし、誰かに仕事が覚えられる時は恐らく国家が崩壊する時だ。
賞賛はいらないからこそ残酷なこともするし、不当に虐げられた人の数の方が圧倒的に多かった。
今回はたまたま相手がベルリン派だったから許されているだけで、本来彼らが相手にするのは自由を求めた者、ソ連で生きるには不器用すぎた人、民族を愛した人などである。
彼ら彼女らがKGBの魔の手に掛かるにはあまりにも理由が少なすぎたし、その過程で命を落とす程の罪を犯した者は本当に僅かであった。
それでもKGBは存在し続ける、ジェルジンスキーという僅かな天才が生んだチェキスト達はこれからもこの国にあり続けるのだ。
ソ連を守る為、社会主義とソヴィエトの人民を守り維持する為、彼らは剣と盾の役割を果たす。
ソ連に自由の風が吹く時もチェキスト達は姿形を変えてこの国に残り、剣と盾の役割を自分達なりの解釈で果たそうとするのだろう。
その剣は剣というには秘境で人の心理を突き、残酷に利用するものであるし、その盾は盾というには攻撃的で数多の闘争を含んだものである。
されどチェキストは残る、今回のような僅かな戦いの栄光をルビャンカに刻んで。
「終わりましたな、全てが」
コズロフ大佐はタバコを口から離し、ふと呟いた。
「ああ、終わった。我々の勝ちだ」
「静かな勝利です」
本来勝利というのは讃えられ、人々に祭り上げられるものである。
されどKGBの勝利とは静かであり、表での賞賛は必要とされていない。
無論KGBの職員にも勲章などの褒賞はある、だがそれは表で戦うヤゾフやイヴァノフスキー元帥らのように大々的に与えられるものではなかった。
「だがそれが我々の使命というものだ。我々の勝利は静かでいい、例え虚しいものだとしても街を歩いて讃えられるものではない」
「ですな、知らぬ者は知らなくていいのでしょう」
それがチェーカーの特殊部隊である。
栄光は自らの胸の内に秘める、それでいいのだ。
KGBとベルリン派の暗闘が世間に明るみに出るのは戦後35年後のことである。
それまでKGB特殊部隊”ヴィンペル”はただ名前のみ存在した。
嵐333号作戦もベルリン派も人々の記憶に残るのは当分先の出来事である。
つづくかも