マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
軍の主兵は此処に在り
最後の決は我が任務
騎兵砲兵協同せよ
-”歩兵の本領”より抜粋-
-ソ連領 ロシアSFSR ブリャンスク州 州都ブリャンスク-
ブリャンスク州の州都ブリャンスク。
クルスクやオリョール、スモレンスクといった州と隣接し、モスクワとは間のクルーガ州を挟んでいる。
各前線司令官はまずブリャンスク空港に降りた後、迎えの車に乗り込んで目的地に向かった。
空港からブリャンスク市までは大凡28分ほど掛かる。
ヤゾフもローシク大尉と共に、空港に向かいその後ブリャンスク市に向かった。
会場はブリャンスク市の市庁舎の一角を借りた場所であり、警備の為地上軍の一部歩兵部隊が市庁舎に展開した。
「まずは同志ヤゾフと第1ウクライナ前線の戦果を讃えよう。BETA4個軍をよく撃滅してくれた」
最高司令官代理であるグレチコ元帥はヤゾフの働きぶりを挙げてその戦果を褒めた。
ヤゾフも軽く頭を下げつつ「第98親衛空挺師団と同志アフロメーエフの支援のおかげです」と付け加えた。
会議に参加する前線司令官はグレチコ元帥を入れて4人、沿バルト前線、白ロシア前線、第1ウクライナ前線、第2ウクライナ前線の司令官である。
第1ウクライナ前線のヤゾフ、白ロシア前線のアフロメーエフ上級大将、沿バルト前線のウラジーミル・ゴヴォロフ上級大将、第2ウクライナ前線のヴァシリー・ペトロフ上級大将、この4人が円状のテーブルに座っていた。
「これで今後暫くはBETAも攻勢に出ないだろう。よって我々は当面の目標であるリヴォフ・ハイヴ攻略に専念出来る」
ヤゾフとペトロフ上級大将は重い表情のまま顔を見合わせ、頷いた。
リヴォフ・ハイヴ攻略はウクライナ前線2人が主な担当であり、特に主力攻勢を担当するヤゾフに大きな責任があった。
それにリヴォフ・ハイヴを攻略する為にはまずモルドヴァの奪還が必要不可欠である。
「その為まずはモルドヴァ攻略だ。同志ペトロフ、作戦の準備はどうだ」
「参謀本部との調整は完了し、後は兵員物資の運搬だけです。予定通り20日後には作戦が開始可能です」
第2ウクライナ前線は優先的に兵力と物資を供給され、既に戦闘態勢を整えている。
黒海艦隊もこの日の為に奪還したセヴァストポリの軍港とノヴォロシースクの軍港で準備を重ねていた。
「同志ブレジネフからは5月9日の戦勝記念日までにはと言われている」
5月9日、それは今から35年前、ナチスという巨悪を連合国が討った日。
大祖国戦争、第二次世界大戦における独ソ戦の戦勝記念日である。
ソ連の歴史において十月革命と並んで重大で人々に大きな影響を与えた出来事だ。
少なくともあの戦争でソ連国民は計り知れないほどの犠牲を出した。
1,000万とも2,000万とも後には3,000万人とも言われる莫大な犠牲者を出し、ソ連はナチスに勝利した。
ライヒスタークに掲げられた赤旗は今でも伝説であり、この場にいる全員が大祖国戦争の従軍経験者であった。
ソ連では毎年1917年の十月革命を記念してパレードを行なっているが、ブレジネフは士気高揚の為に今年は大祖国戦争35周年を記念してパレードを開くことになった。
パレードはモスクワやレニングラード、その他の軍管区司令部が位置する都市で開かれる予定であり、モスクワでは各国から東西問わず大勢の要人が招かれることになっている。
その為ブレジネフとしては戦勝を彩る花がもう少し欲しかったのだろう。
政治的な要望であるが、それ故に重要であった。
「……善処はします、とはいっても今回はモルドヴァに集中する為そこまでの心配は必要ないと思われますが」
ペトロフ上級大将の発言は驕りや慢心ではなく、確固たる自信と今まで見てきた弛まない努力を考慮してのことだった。
1979年から1980年にかけてのウクライナ大攻勢を成功させた後、第2ウクライナ前線はひたすらモルドヴァ攻略の為に力を貯めてきた。
攻勢で傷ついた軍を立て直し、錬成し、新たな増援の受け取りも完了した。
黒海艦隊も上陸の先発隊である各海軍歩兵旅団も準備は完了している。
後は全ての物資と兵員を受け入れ、実行するのみであった。
「それは承知している。モルドヴァを奪還すれば次はリヴォフ・ハイヴだ」
「第1ウクライナ前線の戦果によりGRU及びKGB情報分析では周辺地域からかなりBETAが減ったと聞きましたが」
モイセーエフ上級大将の発言通り、リヴォフ・ハイヴ周辺のBETAは数割という数字で減少した。
その余波を受けてかモルドヴァ方面のBETAも減少しつつあり、全体的に作戦の難易度が低下している。
無論それはいいことだ。
戦闘回数が減り、その分将兵の損耗も減少する。
ヤゾフと第1ウクライナ前線がジトーミル周辺で得た戦果はかなり大きかった。
「それは事実でしょうがハイヴから増産される可能性もありますし、何よりポーランドとチェコスロヴァキア方面から増援が来る可能性もあります」
「ああ、時間をかけて前線を再建するのも重要だがかけ過ぎるのもよくない。ハイヴ攻略戦は遅くても6月、実行されなければ」
「泥濘期は何がなんでも避けなければならないですからね」
ヤゾフの発言にグレチコ元帥は頷いた。
ウクライナやロシアでは泥濘期、つまり雪解けや秋雨によって泥沼が広がり、移動が困難になる季節である。
戦車や装甲車は元より、戦術機は飛ぶといっても特にこの泥沼に弱い。
無論BETAも泥沼に足を取られるが攻勢ということを考えれば明らかに攻撃側が不利であった。
だから泥濘期が来る前に攻勢をしたいというのがソ連軍の望みであった。
「沿バルト前線の部隊にはもう暫く防衛戦をやってもらうぞ」
「はい、我々とバルト海艦隊にお任せください。意地でもマリヤンボレから後ろには通しません」
ゴヴォロフ上級大将はそう断言した。
現状海軍の援護支援を受けられる上に戦線の短い沿バルト前線が一番安定していた。
流石にBETAも何度も艦隊の対地攻撃で吹き飛ばされれば学ばざるを得ない。
問題はこれが地球にいるBETA全体に伝わらないことだが。
世界はBETAに苦戦していた、されどBETA自身も上手く行っていないのもまた事実であった。
コリン・パウエル中将は疲れた頭を癒す為、出張先のドルトムントでコーヒーを片手にぼーっとしていた。
彼の眼前には美しい夕日が沈み掛かっている。
パウエル中将は異例の人物である。
アフリカ系アメリカ人でありながら差別の激しい時代でも米軍将校として出世し、気がつけばアメリカ欧州軍参謀長に就任していた。
だが彼の軍人としての道は苦難の連続であった。
ベトナムの次はBETA、彼の敵は常に強敵だ。
パウエル中将は今日まで直接部隊を率い、或いは軍の参謀として戦いに身を投じてきた。
アメリカ欧州軍参謀長という役割はBETAの主力が集まっている欧州戦線でNATO諸国と旧東側諸国を繋ぎ止める上で重要な職である。
基本的にアメリカ欧州軍とはNATO軍の隷下であり、欧州軍最高司令官はNATO欧州連合軍最高司令官を兼任する。
それの参謀長であるのだからパウエル中将の職務は単に作戦を考えるだけでなく、NATO全体の調整の一端を任されていた。
各国の参謀総長の連携を図り、それと同時に欧州軍隷下の陸海空軍及び海兵隊の調整も行う。
パウエル中将の頭は今までにないほど酷使されていた。
「そういえば……ソ連軍のモルドヴァ攻略はもうそろそろか」
独り言のようにパウエル中将はそう呟いた。
現状、欧州戦線は東のソ連軍が攻勢を担当し、西のNATOと東ドイツ、在独ソ連軍の残存戦力が守勢を維持している。
これにはアメリカ軍と国際連合の大まかな基本方針に基づくものだ。
欧州戦線の攻勢はソ連が担い、世界全体の攻勢はアメリカ軍主導の国連軍が担う。
無論インドの時のようにソ連が支援に入ることもあるし、ウクライナの時のように米英が支援に入ることもあった。
皆、まずは第一に生き残ることを前提に考えを進めた。
世界の利権、欧州の覇権、勝ってからではないと意味がない。
かつて世界が枢軸国の脅威に晒された時のように、彼らは思うところはありつつも昨日を忘れて引き攣った笑みで手を結んだ。
故にソ連が領土を取り戻していくのをアメリカは助けたし、アメリカが世界に影響力を及ぼすのをソ連は助けた。
互いに生きていなければ殴り合うことすら出来ない。
生真面目に死ぬより、間違った道理を通してでも生きることを選んだ。
「モルドヴァは上手くいくとして後はリヴォフのハイヴか……」
パウエル中将はコーヒーを啜った。
リヴォフ・ハイヴが堕ちれば、欧州戦線はまた一段と楽になる。
敵の本拠地は1つ失陥するのだ、その影響は大きい。
2月頃のBETA攻勢はいつも通り跳ね除けたがNATOも東独も在独ソ連軍も損耗した。
これは仕方ないことだ、戦闘が起これば必ず損耗は起きる。
しかも戦いの規模が大きければ大きいほど、勝ったとしても最低値は大きくなる。
「上手くやってくれるといいんだがなぁ……最近じゃ東西ドイツもなんかきな臭いし」
ふとパウエル中将はNATOのイスメイ英陸軍大将の発言を思い出した。
”NATOとはアメリカを引き込み、ソ連を締め出し、ドイツを抑え込む”
ソ連を締め出すことは今の状況では適切ではないが、ドイツを抑え込むのは重要だと感じていた。
西ドイツ軍ことドイツ連邦軍には未だに旧ユンカー閥がうっすら残っているし、東ドイツはシュタージが不穏な動きを見せている。
特に西ドイツではラインハルト・ギュンツェルという陸軍の少佐が目立ち始めていた。
一方の東ドイツも報告書ではベルリン派と呼ばれる一派が台頭し、中でもハインツ・アクスマンと呼ばれるシュタージの少佐が不必要に西ドイツの一部旧ユンカー将校と接触を行っていた。
今は有事なので寛大な目で見ているが、何かやらかさないか特にCIAのような連中は不安がっていた。
「よお、悩んでいそうだな」
右側からパウエル中将を呼ぶ声が聞こえた。
第5軍団司令官のシュワルツコフ中将であった。
ウッドランドの迷彩に、パトロールキャップを被っており、迷彩服の袖を捲っていた。
キャップには中将を示す3つ星が描かれており、副官のペトレイアス少佐は資料の挟まったバインダーを持っていた。
律儀にペトレイアス少佐は敬礼し、パウエル中将も敬礼を返した。
「相変わらず元気そうだなノーマン、インドで派手にやったと聞いたが」
「おかげでここに放り込まれた」
シュワルツコフ中将とパウエル中将の出会いはBETA大戦初期の中東だった。
当時同じ中央軍で部隊を率いていた2人は、互いにベトナム戦争従軍経験者というのもあって仲が良くなっていた。
パウエル中将は1979年に参謀長に就任し、シュワルツコフ中将はこないだ第5軍団司令官に就任した。
「先に戻っていましょうか?」
ペトレイアス少佐は気を利かせて2人に尋ねた。
「ああ、何かあったら飛んできてくれ」
「了解」
少佐は敬礼し司令部の官舎の方へ戻っていた。
ペトレイアス少佐が離れるとパウエル中将は立ち上がって雑談を交わした。
「問題は山積みか?」
「仕事は多いね、第5軍がBETAを100万体でも倒してくれたらいいんだけどな」
「ハッ、無茶言ってくれる」
2人は苦笑し、同じ夕日を見た。
「人類は有り得ないほど1つになった、だが歪みはまだ残ってる。なんとか勝つまで崩れなければ上出来、歪みを直せれば最上といったところだ」
「そうだな、世界には我々が何たるかを示して希望を見せなければ。そうすれば少しは内で争うより生きる為に戦うことを選んでくれるはずだ」
ドイツの問題、NATO軍内での僅かなズレ、世界にはまだ内なる問題が山積みだ。
それでも2人は軍人であるからまずは目の前の敵と戦う以外に道はなかった。
-日本領 帝都京都 斯衛軍京都衛士訓練学校-
予定通り丁度4月にオガルコフ元帥が来日した。
GRUのイヴァシュチン上級大将、軍事アカデミー校長のコズロフ上級大将を連れてまずは市ヶ谷の統合参謀会議と会談を行った。
結果は成功、オガルコフ元帥は高品大将と交渉し、日本の一部軍病院で負傷兵の治療とリハビリを委託することを決めた。
既に1ヶ月前に来日したグロムイコ外相によって日本とは経済支援の取り組みと一部ソ連が抱える難民の受け入れを担う協定を結ばせていた為、負傷兵の受け入れだけでも軍事外交としては成功していた。
それから予定通りオガルコフ元帥は東京の第1師団、富士の共同部隊などを視察し、連れてきた3人はそれぞれ日本軍の軍学校で特別講演を行なった。
イヴァシュチン上級大将は中野の陸軍学校で講演を行い、オガルコフ元帥とコズロフ上級大将は陸軍大学校と陸軍士官学校、そして松戸の工兵学校で講演を行なった。
特にオガルコフ元帥の講演は陸軍工兵学校で大ウケした。
彼の情報通信によるデータリンク接続の概念は若い技術者達の興味を大いに唆った。
大量の質問を受け、気分が良くなったオガルコフ元帥は時間を大幅に超えても質問に答えた。
何せオガルコフ元帥だって元は工兵だ、彼らとは波長が合ったのだろう。
ちなみにイヴァシュチン上級大将は中野学校で講演を行う前にある人の墓を訪れた。*1
それから一行は東京から帝都である京都に向かった。
この時オガルコフ元帥は初めて日本の新幹線なるものに乗った。
無論空路での移動も可能であったが、オガルコフ元帥は日本の鉄道にも興味があり、こちらを選んだ。
新幹線で京都に向かい、こちらで斯衛軍の視察を行なった。
斯衛軍の戦術機の練度はさほど悪くはなかった。
むしろ一部は一線級のエリートであり、前線に出ればかなりの戦力になるだろうとオガルコフ元帥は踏んでいた。
しかし同時にこのソ連邦元帥は斯衛軍に何処か違和感を覚えていた。
なんというか斯衛軍は軍隊らしくないというか、側から見ても気になる緩さと明らかに能力ではない上下の関係があった。
他国の軍隊なのでとやかく言えないが、やはりどこか気になっていた。
それの違和感が分かったのが斯衛軍将校の説明と衛士学校での姿であった。
3人は衛士学校に足を踏み入れた。
ちなみにソ連では戦術機を動かす衛士も普通に
どちらにせよ航空機を動かすのだから大した違いなんてないだろうというどんぶり勘定によるものだ。
「こちらが衛士学校です、現在我が斯衛軍の衛士はこの学校で専門教育を受け、各隊に配属されます」
案内の斯衛軍少佐は日本語訛りの強いロシア語で学校の説明を行った。
少なくとも理解出来ない範囲ではない、稀にアクセントや格変化が違っていたが気にはしなかった。
数年前まで冷戦状態だった上に外国語の主力は全員英語に行っているのだから無理もない。
むしろ短時間でここまでロシア語で説明出来るのだから凄い部類だ。
だからオガルコフ元帥もなるべく気を利かせてゆっくりと喋っていた。
「斯衛軍は皇帝とショウグンの親衛軍と聞きましたが」
「はい、その通りです。我が斯衛軍は武家から人員を集め、皇帝陛下と将軍をお守りする衛兵軍です」
「武家?徴兵はしていないのですか?」
「平民の徴兵は正規軍の分野ですよ。斯衛軍は武家、偶に元武家の奴らもいますが……大半は選ばれた武家の子が入ります」
オガルコフ元帥は首を傾げた。
彼は軍事における天才ではあったが流石に極東の島国の歴史を完全に知っているわけではなかった。
ただ昔、極東軍管区に務めていた頃に僅かに聞いたことがあった。
日本軍には貴族主義の極めて専制的な軍事部門があると。
疑問に思っていたところをイヴァシュチン上級大将がサポートを行った。
「要は日本の貴族だけを集めた貴族学校ですよ。我々の方じゃ革命で全部消えましたが」
オガルコフ元帥は全てを理解した。
なるほど、通りで違和感を感じるわけだ。
少なくともこの学校や斯衛軍の根本にあるものはオガルコフ元帥が物心つく前に革命と内戦によって破壊されたものだ。
かつてソ連が始まる前、臨時政府すら昔のロマノフ王家が統治を行っていた時代、つまり帝政ロシアの時代の貴族階級なのだ、ここにいる日本人は。
それもイギリスの貴族とはまた違う、それこそ帝政ロシアの貴族に近い存在であった。
この国は民主主義だなんだと言われてもやはり”
無論所詮は他国の事だ。
今更世界革命論を持ち出すつもりもなかったし、オガルコフ元帥は死んだトゥハチェフスキー元帥よりも理性的な人である。*2
この場でそれを指摘し非難するつもりはなかった。
されど社会主義国家を生きる人としては大きすぎる違和感であった。
一行は衛士学校の中も視察した。
基本的に衛士学校が教えていることは平均的なパイロットの軍学校と同じであった。
無論ソ連軍式と米軍式では若干教えていることに差はあるが、大体は一緒だ。
座学で軍事の諸概念を叩き込み、体力をつけさせつつ最低限の歩兵戦闘能力を身に付けさせ、練習機のT-3戦術機で戦術機の動かし方を教え、実機にも慣れさせる。
やっていることはソ連空軍及び防空軍の教育とほぼ同じだったし、恐らくアメリカ軍とも遜色ないだろう。
それでも学校内全体の雰囲気は軍学校というよりもソ連の
「これが軍学校ですか、随分と緩いもんですな」
「そういうな、練度が高ければ特段言うことはないよ」
コズロフ上級大将は皮肉を交えてそう評した。
少なくとも教育内容は問題なかったのでまだ許容出来た。
もしこれで教育内容がお遊戯以下のものだったら彼らは明らかに幻滅していただろう。
だがそんな一行を、特にオガルコフ元帥を不信に陥れる発言が生徒の側から飛び出してきた。
丁度一行が学校の中庭に辿り着いた頃だった。
講義の時間が終わり、生徒達が中庭に出ている。
日本では基本4月が学業の始まりであり、新入生も多かった。
前から数人の男女が談笑しながら歩いてくる。
彼ら彼女らは話に夢中でオガルコフ元帥一行には目もくれなかった。
「ほんと衛士学校に入れてよかったよぉ」
「うん、これから頑張ろうね」
「ええ、折角衛士学校に入れたんですもの」
オガルコフ元帥は当然だが日本語が分からない。
一方彼の側にいる何人かの将校は日本語教育を受けている為喋っている内容は大体わかる。
だからある1人の生徒が放った一言で日本語が分かる何人かの将校達が先にピリついた。
「戦車兵とか機械化歩兵”
ヘラヘラ笑いながら喋っているその言葉は将校達の逆鱗に触れた。
明らかに空気感が変わり、目の色が変わった。
無論それはオガルコフ元帥にも伝わっていた。
「どうしたんだ、君たち」
若干困惑しつつ、将校達に尋ねた。
丁度隣にいたザルツォフ中佐が事情を説明した。
ザルツォフ中佐はGRU所属の情報将校で、それ以前は自動車化狙撃兵出身の指揮官であった。
日本語、中国語、韓国語が堪能で非常に優れた言語習得能力を持っている。
普段は比較的温厚な中佐だが今回は違った。
「奴ら……こう言っていましたよ。『戦車兵とか機械化歩兵にならずに良かった、悲惨だから』と」
「我々や同志が前線でどんな思いで戦っているのかも知らずに、簡単に言ってくれますよ」
アルスコフ中佐も小声でそう吐き捨てた。
コズロフ上級大将も流石にその発言を聞いて顔を顰めていたし、イヴァシュチン上級大将は「やはりか」といった表情でいた。
無論オガルコフ元帥も表情を曇らせた。
オガルコフ元帥一行は基本的に戦車兵や機械化歩兵、ソ連軍でいうところの自動車化狙撃兵出身者が多い。
オガルコフ元帥自身工兵出身者であるし、コズロフ上級大将は大祖国戦争前に歩兵将校としての指揮課程を学んだ。
せいぜい違うのはイヴァシュチン上級大将であろう、彼は元チェキストでありNKVD出身だ。
それでも今の生徒達の発言には思うところがあった。
近代戦とは基本的に諸兵科連合、
そこに航空や宇宙、海上の概念も重なって統合運用となり、全ての力を結集して敵に対して優位に立ち回らなければならない。
それはアメリカ軍もソ連軍も一緒だ。
何か1つが特段秀でていればいいという訳ではない。
それに対し、機械化歩兵は悲惨だから衛士になって良かった、戦車兵は悲惨だから衛士で良かったなどという発言は他兵科に対する侮辱でしかない。
歩兵がいるから地べたに陣地を張って踏ん張り、占領地を完全に抑えたということを確認出来るし、戦車兵がいるから大規模な機甲突破が可能なのだ。
どちらもおらず、戦術機だけでBETAを抑えられるなど夢のまた夢の話である。
それに対してこの発言、要は他の兵科や軍種を傲慢にも見下しているのだ。
これがもし一般の学校であったのなら軍事を知らないだけで苦笑いで済ませてやれるかもしれない。
しかしここは軍学校、しかも武家は本来軍事を司る言うなれば軍事貴族なのだ。
単一兵科だけではダメだということを知っておかなければならないし、他職種に対する愚弄などもっての外である。
もしここがソ連軍内の軍学校であるならば、殴ってでも発言を訂正させただろう。
しかしここは他国、それに彼らは大人であるのでグッと堪えた。
それでも今の発言で不信感は増していたし、斯衛軍が何者なのかを良くも悪くも感じ取ってしまった。
無論その空気感を感じ取った上に発言も聞いていた少佐は急いで取り繕おうと必死になった。
「皆さん、本学校の資料館に案内しますよ!私について来てください!」
この少佐は比較的まともな部類らしく、発言の不味さも気まずさも分かっていた。
気を使わせては悪いので一行は黙って少佐について行った。
斯衛軍も十人十色、それはオガルコフ元帥とて承知している。
されどこの日、元帥は恐らく一生消えないであろう不信感を覚えた。
10月革命で打ち倒されたはずの中世的階級社会はまだ遠い島国で生き残っていたのだ。
ちなみにそのあと食べたヤツハシなる食べ物は美味しかったらしい。
-韓国領 ソウル特別市 鍾路区 国軍保安司令部-
1枚の写真がある。
韓国軍の軍服を着た男達が韓国軍保安司令部前で撮った写真だ。
チョン・ドファン、ノ・テウ、ファン・ヨンシ、ユ・ハクソン、ホ・サムス、ホ・ピョンファン、イ・ハクボン、チャン・セドン、パク・ヒドなど様々だ。
後に第五共和国、第六共和国の政官軍を独占した人々の姿である。
彼らは
その後脆弱なチェ・ギュハ政権にも手を回し、今やハナフェがこの国の支配者であった。
そして保安司令官兼KCIA臨時長官のチョン・ドファンは鍾路区の司令部から韓国を動かしている。
チョン中将の襟には中将を示す3つ星が光っていた。
本来なら2つ星の少将であることが適切なのだが、軍事動乱で実権を握り、無理やり自身を中将へ昇進させた。
こうした経歴からチョン・ドファンは米ソ双方から危険視されていた。
特にこの人類の国難において軍事クーデターを行うなど正気の沙汰ではない。
それでも彼が軍に残り続け、歪んだ支配体制が許されているのには理由があった。
まず第一にハナフェの軍事動乱の展開があまりにも早すぎて、米ソは愚か韓国軍としても対応出来なかった事である。
本来の歴史と違って首都警備司令部にはチャン・テワン少将のような辣腕を振るう人物はいなかったし、チェ大統領も折れるのが早かった。
チョン・スンファ大将は呆気なく逮捕され、呆気なく承認され、軍権の支配は呆気なく終わった。
12.12クーデターは一夜どころか数時間にも満たなかったのである。
その後ハナフェの操り人形としてイ・ヒソンを参謀総長に据え、ハナフェの支配体制は確立した。
あまりの早さに在韓米軍もCIAも対応すら出来ず、ハナフェが軍を支配していくのを黙って見守るしかなかった。
第二に、ハナフェはあくまで軍権を奪取しただけであり、故パク・チョンヒ政権の方針は一切変えなかったことにある。
滅異統一、BETAという異星人を殲滅して地球人類を守ろうというのが後年のパク大統領の指針であった。
その上で韓国は北にいる
チョン・ドファンも外地出征で名を挙げた軍人の1人だ。
少なくとも人類共通の敵であるBETAを打ち滅ぼすという根本をハナフェは変えなかった為、非常に不本意ではあったが国連はハナフェの支配を渋々受け入れることにした。
故に薄毛の保安司令官と軍内私立会であるハナフェは未だに権力を保ち、増長を続けている。
「そろそろ外征軍司令官も交代させなければ、それも我々の息のかかった人物がいい」
チョン中将は保安司令官のデスクで眼前の2人に向かって要望を出した。
そのうちの片方、保安司令部人事所長のホ・サムス大佐が1つ提案した。
「先輩のユ・ハクソン中将はどうですか。第3軍司令を決めなければなりませんが」
「ユの兄貴にはもう暫く第3軍に残ってもらいたい。ホ室長、君は何かあるか」
チョン中将は秘書室長のホ・ピョンファン大佐に尋ねた。
ホ大佐は少し考えた上で2名提案した。
「ファン・ヨンシ中将かチャ・ギュホン中将はどうでしょうか」
ユ・ハクソン中将、ファン・ヨンシ中将、チャ・ギュホン中将、3人ともチョン中将の先輩である。
されどチョン中将に付き従ってクーデターに参加し、今や国権という最大の権力を存分に味わっている。
「ファンの兄貴は参謀本部を抑える仕事がある。チャ兄貴は……暫くはKCIA長官をやってもらうつもりだったが、確かに司令官にするのはアリだ」
現在のチョン中将はKCIAと国軍保安司令部という韓国国内における情報機関のトップを一手に引き受けている。
流石に最近は負担が大きいと思い始めていたので先輩と権限を分け合うつもりでいたが、この際仕方ない。
「ホ室長、ヒソン総長にチャ・ギュホン陸軍中将を大将に昇進の上、韓国軍外征司令官に推薦すると提案しろ。無論私の名前を使え」
「分かりました!」
ホ大佐は敬礼し、執務室を後にした。
残ったホ・サムス大佐は暫く外征軍のことについてチョン中将と話した。
「司令官をチャ中将にするのは良いですが、隷下部隊にも手を回さなければ。特にチャン・テワン、イ・テシン辺りは厄介です」
「ああ……総合学校出の奴らか。確かに考えねばな」
「チャン准将などは閣下のご命令ならば喜んで戦地に戻ると言っていましたが」
チャン・セドン陸軍准将、元第30首都警備団長であり今は昇進して第3空挺旅団の旅団長を務めている。
ベトナム戦争、初期BETA大戦とチョン中将に恩があり、チョン中将に絶対の服従を決めている腹心中の腹心であった。
いい人材である為、外征軍の特戦司部隊に司令官としてつけるのもアリだが、同時にいざという時の切り札である為国内に留めておきたかった。
「チャン・セドンめ、奴にはもう少し国内にいて欲しい。送るとするならペク・ウンテクかチャン・ギオ辺りだろう。彼らならやってくれる」
「他のメンバーに頼んで何人か佐官の将校をリストアップしておきます」
「ああ頼んだぞホ大佐。国権に近づくというのは骨の折れる仕事だな」
チョン中将は冗談混じりにそう呟いた。
少なくとも彼と彼の第五共和国はまだスタートラインである。
BETA大戦と共に世界は大きく揺れ動き、その度に彼の統治に困難が訪れるのだがそれはまた別の話。
大量の戦車が鉄道で輸送されていく。
T-64BVにT-72の改造モデル、そして最新鋭のT-80が運ばれていく。
上空では移動中の戦術機の姿が見える。
続々と前線に部隊が運ばれ、攻勢の準備が整えられる。
第2ウクライナ前線には新たに第4親衛戦車軍が配備されることになった。
司令官はオレグ・ローシク装甲兵元帥、アレクサンドル・ローシク大尉の実父である。
ローシク元帥は副官と共に一足早くザポロージィエの前線司令部へ向かった。
ザポロージィエ司令部では参謀達が慌ただしく調整を行っていた。
「ローシク元帥!」
第2ウクライナ前線参謀長、ミハイル・チャグノフ大将がローシク元帥に敬礼する。
チャグノフ大将の隣には2人の参謀将校が控えていた。
「ペトロフ上級大将は?」
「司令部の作戦室におられます。私が案内します」
「ああ、頼むよ。大尉は待機室へ」
「了解!」
チャグノフ大将に連れられローシク元帥は司令部の中に入った。
司令部の中には前線隷下の各軍参謀がいた。
第2ウクライナ前線は1個戦車軍と2個親衛軍、4個軍と黒海艦隊及び海軍歩兵旅団で構成されている。
第4親衛戦車軍に第5親衛軍、第7親衛軍、そして第37軍、第52軍、第53軍、第57軍。
更に第5航空軍を備え、戦力としては第1ウクライナ前線よりも大きかった。
その為部隊間の調整の為に各軍から1人、人員を司令部に置いていた。
「ローシク元帥をお連れしました」
チャグノフ大将は敬礼し、地図を見ていたペトロフ上級大将は顔を上げて彼らの下へ駆け寄ってきた。
敬礼してローシク元帥の手をしっかり結んだ。
「よく来てくれました同志元帥」
「こちらこそ、初陣に恥じぬ戦いをやりますよ」
ローシク元帥は元帥であったが兵科元帥と呼ばれる上級大将と同列の階級であった。
年齢も近い為お互いに敬語を使っている。
「首尾はどうですか?」
「上々ですよ、こちらへどうぞ」
ペトロフ上級大将はローシク元帥を連れて作戦室の地図を見せた。
地図には偵察情報と作戦の概要が記されていた。
「ご存知かと思いますが、こちらが今回の作戦です」
ペトロフ上級大将は自ら作戦を説明した。
「まず各海軍歩兵旅団をパランカ及び以下の地点に上陸させ橋頭堡を確保します。橋頭堡の部隊と正面部隊はに方向から同時に攻勢を開始し、モルドヴァを制圧します。ローシク元帥には首都キシニョフまでの突破をお願いしたい」
「お任せください、第4親衛戦車軍は新設された戦車軍ですが練度に関しては問題ありません。無論装備も」
第4親衛戦車軍は第1ウクライナ前線隷下の第3親衛戦車軍同様にT-80を装備した最新鋭の戦車部隊である。
T-64もT-72も改良され、性能が上がっている。
練度もローシク元帥の下で鍛えられた戦車兵達だ。
「任せました、同志ブレジネフからは5月9日までには頼むとのことらしいです」
「なるほど、無理ではないですがプレッシャーにはなりますな。今更ですがジューコフ元帥やコーネフ元帥の気持ちが分かった気がしますよ」
ペトロフ上級大将は苦笑を浮かべた。
少なくともブレジネフはスターリンではないので、まだ気は楽だ。
それに決して無茶な話ではなかった。
十分な物資と士気の高い兵士、後は運用する指揮官さえ良ければ全て上手くいく。
「BETAも、ファシストがいる場所まで送ってやろうではないですか」
つづく