マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

60 / 73
1、2、3、我らの一番の党
4、5、6、ワルシャワ条約機構との
7、8、最も良い関係
9、我らの友よ
A、B、C、一番の軍
D、E、F、一番いい組み合わせ
G、H、とI、民主主義のための
J、我らのFDJ(ドイツ自由青年団)
-”FDJの歌”より抜粋-


1983 南欧戦役
白鳥の湖の第二幕


-EU領域 ドイツ連邦共和国領 イン川周辺 旧オーストリア国境-

1個中隊分の戦術機が旧オーストリアの国境へ向けて飛び去る。

 

後方数キロの地点には大量のBETAが彼らを追って追撃してくる。

 

山岳部には追撃するBETA部隊を確認するトーネードRECCEがBETAの数と規模をカウントしていた。

 

『シュペーヘン6より司令部、BETAの規模は1個師団と推定』

 

「シュペーヘン6了解、離脱し本隊と合流せよ」

 

「1個師団ね…」

 

前線警備を任されているドイツ連邦陸軍第4装甲擲弾兵師団の参謀がメモに規模を記載し、地図にも印をつけた。

 

BETAとの国境線はドイツ連邦陸軍第2軍団の担当であり、特にオーストリアの警備はこの第4装甲擲弾兵師団と第1山岳師団が担当している。

 

後方には第4装甲師団と緊急展開用の第1空挺師団が待機しており、いざとなればアメリカ軍もすぐに駆けつける。

 

何より近くには兼ねてより校正準備の為に配置されていたオーストリア陸軍の部隊があった。

 

「今までの情報を総合するとBETAの攻勢方向はイン川のノイブルクとエックルフィングの間か」

 

「予定通りうちの師団と第2砲兵団があればなんとか防げそうだな……地雷の散布はどうだ」

 

「上手く行っています、規模と範囲から言って前列1割を吹っ飛ばせればかなり楽になります」

 

参謀達はなんとなく上手く行きそうなことに安堵し、落ち着いた態度でこれからの戦闘に臨んだ。

 

そして連絡将校のアメリカ宇宙軍大尉から司令部の参謀達に向けて報告が入った。

 

「間も無く我が軍の軌道爆撃が開始されます。目標は後方の要塞級群、前衛の迎撃はそちらでと要請が入っています」

 

「承知した、師団長より感謝する旨を伝えてくれ」

 

「分かりました」

 

師団長ヴォルフガング・オデンダール少将はアメリカ宇宙軍に感謝を述べ、対BETA戦闘行動に移った。

 

第4装甲擲弾兵師団に与えられた任務はBETAの”()()()”である。

 

間も無くソ連軍によるウィーン・ハイヴ攻略作戦が始まる。

 

それに合わせる形で西側のNATO軍はソ連軍と共に旧オーストリアのBETAにちょっかいをかけては引き付けて、砲火力で叩き、野戦部隊を減らしていた。

 

今回戦術機部隊の揺動に引っかかったのはBETA1個師団、大体想像通りの規模だ。

 

揺動はドイツ連邦空軍のトーネードIDS部隊が行い、援護にはオーストリア空軍のJ35D部隊が加わっていた。

 

『各機、陸地に気をつけろ。間も無く地雷原だ。高度を下げつつ地に足をつけるなよ』

 

『隊長、援護砲撃来ます。砲撃地点を表示』

 

『まだ安全圏だ、砲撃に合わせて一気に距離を稼ぐぞ!』

 

後方からの榴弾砲による援護砲撃に合わせて戦術機部隊は一気に速度を上げて安全地帯まで後退した。

 

BETA梯団は多少砲撃を被って味方がやられても迷わず突っ込んできた。

 

イン川の手前には当然地雷原があり、守備隊がいる。

 

「来たか…」

 

守備隊を率いる中佐は双眼鏡で接近するBETAを確認し、部隊に命令を出した。

 

「各隊戦闘準備、目標前方のBETA群!地雷原を突破した敵を優先して排除!」

 

河川近くに展開する車両部隊がそれぞれ移動を開始し、BETAを待ち構える準備に入った。

 

その頃BETAは地雷原に衝突し、多数の損害を出していた。

 

近年のBETAは地雷原にいつも通り突っ込んでくるものの、少しはその行動にも変化が生じていた。

 

突破力に優れた突撃級は温存しつつ戦車級やまだ数がいる要撃級を先行させて損害を軽減する方法に移行していたのだ。

 

とは言っても対戦車級の地雷と突撃級レベルの大型種用の地雷は別物である為、後から突っ込んでくる突撃級も当然損害は出る。

 

しかも最悪なのが後続の要塞級はアメリカ宇宙軍の機動爆撃で損害を出し、甚大な被害を受けている。

 

慌てて内部の光線級を排出し始めたがその間にも爆撃を喰らって中身ごと吹っ飛んだ。

 

その頃最前線では地雷原を辛うじて越えた戦車級の群れがイン川を渡ろうと対戦車級用のチェコの針鼠を回避して走ってくる。

 

突撃級、要撃級クラスにはほぼ無意味なチェコの針鼠でも戦車級までなら十分効果があった。

 

チェコの針鼠を正面から越えようとした戦車級は河川前のマルダー歩兵戦闘車による機関砲射撃を受けて撃破され、迂回した戦車級は意図的に作られた迂回地点に誘い込まれる。

 

無論そこで待っているのは集中砲撃であり、戦車級は悉く尸を積み重ねていった。

 

ただ問題は要撃級さえいればこうした野戦築城の要害は取り除けるということである。

 

尤もそうならない為に事前に配備されたレオパルト1A5や旧名マルダーVTS-1が105mm砲で要撃級を粉砕していく。

 

それでも予定通りに上手くいかないのが戦場であり、一部ではチェコの針鼠が破壊されて戦車級が漏れ出していた。

 

一方の突撃球も後方に残った地雷を踏んで擱座する個体もあれば無事に突破した瞬間にレオパルト2A1らによる集中砲撃を喰らって撃破された。

 

そうでなくとも後方の第2砲兵団が足の止まったBETAに砲を振り掛けている為損害は増した。

 

司令部では偵察に出ているトーネードRECCEと偵察衛星、前線部隊からの報告を地図に纏めて分析を行なっていた。

 

「このペースだと第一派を撃滅して空中散布の地雷を巻き直せばまだ河川の手前でやれますな」

 

「だな」

 

2人の参謀が地図を見ながら余裕そうな笑みを浮かべていた。

 

参謀達はそうタカを括っていたが状況は徐々に変化しつつあった。

 

後方から1個軍団規模BETA群が増援として襲来、単純な物量では第4装甲擲弾兵師団では防衛が不可能になり始めた。

 

師団は全体で8キロほど後方に下がりながら戦闘を行い少しでもBETAを削った。

 

それでもBETAの勢いは止まらず、後方のヘルツエルマイアーまで下がらざるを得ない状況であった。

 

そこでアメリカ宇宙軍は第4装甲擲弾兵師団に対して戦術核の投入を提案してきた。

 

司令部の参謀達は他の案を考えはしたが明らかに戦術核を投入した方が楽に済む為、渋々米軍の提案も受け入れドイツ連邦空軍にもB61の投入を要請した。

 

直ちにアメリカ宇宙軍は戦術核を数発投入し、旧オーストリア領のBETAに致命的な打撃を与えた。

 

飛行基地から発進した増援のトーネードIDS部隊はうち何機かがB61を搭載している。

 

尤も西ドイツにおける核共有の使用範囲はあくまで自国内に限られており、旧オーストリア領域へは厳密的に投入出来なかった。

 

故にトーネードの戦術核は前線部隊のBETAに向けて使用され、相手の攻勢能力を叩き潰した。

 

各所の核攻撃を成功させた後に第4装甲擲弾兵師団は待機させていた第12装甲旅団に反撃を命じた。

 

レオパルト2A1らが主力となってBETAに対する反撃を開始し、後退していた戦線を再びイン川手前まで押し返した。

 

1個師団と1個軍団規模のBETA群、第4装甲擲弾兵師団とオーストリア陸軍の部隊はそれなりに損害を受けたが差し引きで考えればプラスであった。

 

何せこの日、同時期ソ連軍が行った間引き作戦ではBETA2個旅団のみを相手にして撃退した。

 

これを鑑みれば西側的には大戦果であった。

 

オーストリア攻略を順調に進めるべく、各軍で準備は進んでいた。

 

 

 

 

-チェコスロバキア共和国領 旧オーストリア国境地域 ソ連軍第1ウクライナ前線展開地点-

チェコスロバキア攻略作戦を実施してから早1年が経過し、各所に小規模であるが建物と舗装路が整備された。

 

では白ロシア前線と第1ウクライナ前線の野戦部隊はどうしているかというと旧国境線沿いに主力部隊を配備して防衛線を展開していた。

 

軍事的にはこの防衛線は事前準備をしっかりと行った周到防御による陣地であり、ソ連軍では1個前線につき大体200から350キロメートルほどの地点を担当範囲と定めていた。

 

大体チェコ側には白ロシア前線の部隊を、ハンガリー側には第1ウクライナ前線の部隊を展開して野戦築城で作り上げた防衛線を展開していた。

 

では配置はどうなっているのだろうか、ソ連軍では基本的に60から120キロほどの戦線を1個の諸兵科連合軍に任せる。

 

防衛を任された1個諸兵科連合軍は地雷原などから30キロほど距離を置き、横幅150から200キロの縦深を有した防御陣地を構築する。

 

その上で後方には第二梯団として予備の諸兵科連合軍が第二線を展開しており、更にその背後には防衛線の反撃部隊として戦車軍が待機し、いつでも地上支援に迎えるように航空軍も待機している。

 

人が数多の細胞と臓器などの体組織から構成されるように軍というのも数多の部隊と司令部機能から構成されている。

 

前線の防衛規定があるならば当然諸兵科連合軍にもある程度の防御におけるマニュアルは存在していた。

 

諸兵科連合軍は60から120キロメートルの縦幅を守備範囲とするのは前述した通りである。

 

ではその詳細はどうだろうか、諸兵科連合軍の防御態勢では基本的に3個自動車化狙撃兵師団を並べ、逆襲部隊として1個戦車師団か1個自動車化狙撃兵師団、或いはその両方と場合によっては更に予備戦車隊として連隊以上の戦車部隊を待機させている。

 

各自動車化狙撃兵師団は大体縦20から30キロメートル、横15から20キロメートルの持ち場を任され、更に師団隷下の自動車化狙撃兵連隊が縦2から5キロメートルの防御陣地を展開する。

 

そして連隊の次は大隊、大隊の次は中隊と最小化され1兵士個人に行き着くわけだ。

 

こうしてソ連軍の1個前線は縦200から350キロメートル、横400キロメートル以上の巨大な防衛線を展開し、BETAの侵入を阻んでいた。

 

本来はいざという時に西側相手にやるべきものであったが、まさか宇宙から降ってきた宇宙人相手にやるとは誰も思っていなかった。

 

実際今回も囮部隊がBETAを引き付け、大体2個旅団分のBETAを撃滅した。

 

ユーゴスラビアでの戦訓からBETAは凡そ1個師団くらいは釣れるかと思ったのだが、ウィーン・ハイヴの正面戦力はどうも慎重だ。

 

1982年9月までは度々連隊、旅団規模で攻勢を仕掛けていたが10月に入るとめっきり攻勢が停止し、10月の中旬には大隊、中隊規模の攻撃すらなくなった。

 

無論BETA側からも攻勢がなくなれば前線兵士の負担は減少し、予定が狂わされることもない為その点では有り難かった。

 

だが逆にハイヴ内に篭られても困るのだ。

 

ウィーン・ハイヴは戦線地域から凡そ68キロメートル先の地点に存在する。

 

このハイヴは恐らく抱え込んだ多数のBETAによって拡張され、更なる要塞化を進めている。

 

拡張を阻止する為にソ連軍は定期的に間引きと嫌がらせとして軌道上からの攻撃でハイヴを叩いているが、どうも効果は薄いようだ。

 

それでも構成準備の期間中に取り敢えずソ連軍は総合して2個軍団ほど、ドイツ連邦軍とアメリカ軍は1個軍ほど叩き潰せた。

 

現状ウィーン・ハイヴは外に6個、ハイヴ内に推定6個軍を有しておりこのうちの6個軍をどれだけ引き摺り出すかが肝心である。

 

その為に準備期間中、東西合同で間引き作戦を行い地上の損害分の補填を補わせようとしていたのだが、それほど上手くいかなかった。

 

どうもウィーン・ハイヴは完全な城塞戦に移行しつつあるようだ。

 

そして時は流れて1983年2月16日、いよいよオーストリア奪還作戦が1週間前に迫っていた。

 

ヤゾフは作戦開始1週間前に最終確認として第1親衛軍第25自動車化狙撃兵師団の第426親衛自動車化狙撃兵連隊担当地域に訪れ、前線視察を行なった。

 

前線は驚く程静かであり、BETAが襲来した形跡すらない。

 

「これでウィーン・ハイヴの周辺には同じようにガチガチに防備を固めたBETAがいるんだな?」

 

「はい、航空偵察と地上偵察、衛星偵察を掛け合わせてますのでまず間違い無いかと」

 

ローシク少佐はヤゾフと同じように煩わしそうに答えた。

 

報告にあったBETAが設置した塹壕に光線級や突撃級が籠って防備を固め、それが1個軍ほど広範囲に展開されている。

 

しかもどういう訳か通常の軍より光線級の数が多い。

 

「想定通り、西側が先に仕掛けた後、国連宇宙軍の名目で一挙に軌道爆撃を叩き込んで黙らせるしかあるまい」

 

「アメリカはまあまあ嫌がるでしょうねえ」

 

「アフリカ作戦も迫ってるしな、だがやってもらう他ない。むしろ我々がいるから欧州正面の戦力を他に回せているとも言える」

 

実際アメリカとしても宇宙軍戦力は来るべきアフリカ攻勢に備えておきたい気持ちがあり、ウィーン攻略の為に貴重なリソースを割きたくはなかった。

 

一方の西ドイツ、こちらはアメリカ第7軍団とドイツ第2軍団、そして再編されたオーストリア軍による攻勢を行う予定だ。

 

ただ若干問題が生じていた。

 

ドイツ連邦陸軍の第1空挺師団、一部の部隊で突如将校達が謎の移動辞令を出され、事実上の左遷を受けた。

 

例えばラインハルト・ギュンツェル中佐、最も有名な移動辞令を受けた人物である。

 

これに対し師団長のヴァルター・ホフマン少将は他の旅団長達と共に明確に不満を述べた。

 

何せ作戦前、突然部隊から経験豊富な将校が抜けるのは単純に困るのだ。

 

しかも今の政権がヘルムート・シュミットから変わったばかりのヘルムート・コール政権だったということにも不満の拍車を掛けた。

 

コール政権になってからの粛清人事ではないか、政府は軍を信頼していないのではないか、そういった不信感がまことしやかに語られ始めていた。

 

尤も粛清という点においては半分当たりである。

 

実際コールが行った人事異動は彼のベルリン派と関わりのあった将校を実働部隊から外す為の策であり、コール政権の前、シュミット政権からの決定事項であった。

 

だがタイミングが悪かった、コール政権という1つの政権を見た時にかなり幸先の悪いスタートである。

 

されど米軍がいる以上今回の作戦に関してはひとまずは真面目にやってくれるだろうというのが

 

「まあ、いざとなれば戦略核でも使って道を平すしかあるまい。厄介なものだよ全く」

 

ヤゾフは冷淡な面持ちで前線の向こう側にいる敵に対して不満を吐き捨てた。

 

今年で戦争が始まって10年、奴らは常に厄介な連中であった。

 

 

 

 

 

-ソ連領 ロシアSFSR モスクワ州 首都モスクワ ルビャンカKGBビル-

嵐333号作戦の途中経過の報告書は逐一モスクワのルビャンカに送り届けられた。

 

ルビャンカではこれらの内容を纏めてアメリカのCIA側にも一部成果を送り、「我々はちゃんとやったのだから後は頼みますよ」という意思表示にも用いた。

 

実際これで東ドイツはどうにか出来ても西ドイツだけ暴発したとなっては作戦は半分失敗だ。

 

東西ドイツ双方で事を起こさないのがベストであり、60点を旨とするソヴィエト人の彼らでさえ今回は可能な限り100点を目指した。

 

作戦がほぼほぼ完遂した今なら今回は問題なく100点が付けられる成果だと誇れたが。

 

現在東ドイツ国内では先んじて帰国した特殊作戦局の代わりにS局とドイツ支局が対応に当たっている。

 

事件の沈静化やベルリン派分開いたポストへの穴埋め、或いは組織自体の再編など。

 

人事というのは時に派閥や組織の力関係に多大な影響を及ぼす為、新人事には細心の注意が払われた。

 

ソ連側から混ぜ物を入れるにしてもその為には疑われぬよう経歴を作り上げる必要があるし、単に親ソ派の人間を昇進させればいい訳ではない。

 

また軽度の関わりなら旧ベルリン派の人間も使用した、無論監視付きでだが。

 

ただでさえ人手の少ない東ドイツでこれ以上人員を潰せばどうなるかは恐らくエジョフでもベリヤでも分かるだろう。

 

少なくとも東ドイツがこの戦争までは生き残れるようにそれ相応の調整が必要だった。

 

「シュタージ内の新人事は粗方纏まったそうですな。これなら来月には通常通りの業務を遂行出来るでしょう」

 

報告書を届け、雑談がてら今後の対応を協議しに来たクリュチコフ大将自信に満ちた笑みと共にそう述べた。

 

「支局長にはよくやったと伝えておいてくれ。近いうちに勲章も出るとな」

 

「分かりました」

 

まあ当人の反応からして欲しいのは勲章よりも帰国許可だろうがなとアンドロポフは悪い笑みを浮かべた。

 

もう暫くシュミット上級大将には無理をして貰う、少なくとも今外務省がアメリカの国務省と進めている戦後の復興プランにおけるドイツの処遇を決めないことにはシュタージを手放す事は出来ない。

 

極めて欲深く浅ましい考えだが東ドイツの復興には全面的に力を注がない、されど影響力だけは確保しておきたいというのがソ連共産党の共通認識である。

 

これはシュミット上級大将も薄々理解しているだろうし、いえば渋々役目を果たすだろう。

 

報告書を一旦机に置き別のことをクリュチコフ大将に尋ねた。

 

「捕らえたベルリン派の尋問、上手く行ってるかね」

 

「ドロズドフ曰く人による、そうです。取引を持ち掛ければ引っ付いてなんでも喋る奴もいればどれだけ施術を加えても口を閉ざす奴もいるそうで」

 

「厄介だな」

 

「全くです」

 

「各局に掛け合って本国から優秀な尋問官を派遣しよう。連中から聞きたい事は山程ある」

 

クリュチコフ大将は静かに頷いた。

 

その様子を確認したアンドロポフは本命の話題を彼に振った。

 

「…ところで、取り逃した最後の1人は見つかったか?」

 

アンドロポフからの質問にクリュチコフ大将はバツの悪そうな表情で首を振った。

 

最後の1人というのは逃走に成功してしまったベルリン派の幹部、カール・ハーゼ中佐のことである。

 

S局とドイツ支局が今もなお捜索を続けているが彼の行方は未だに分かっていない。

 

「申し訳ございません、未だ捕縛には至っておらず…」

 

「なるべく早く、対処したまえ。同志ブレジネフもこのことを懸念している。あの方にそれ程苦労をかけるな」

 

クリュチコフ大将は了承の意を込めて軽く頭を下げた。

 

実際アンドロポフもそれ程強く部下を叱るつもりはなかった為それ以上は言わなかった。

 

だがブレジネフの懸念も、彼に必要以上の苦労をかけてはならぬことも事実だ。

 

最近ではブレジネフ本人の口から自身の”残り時間”について話すことが多くなってきた。

 

「……1つ、未確認ですが逃亡者に関する情報が」

 

「この際なんでもいいから聞こう」

 

「一昨日、ヴィスマル内の日本大使館に国家人民軍の制服を着た者が大使館内に入ったきり出てきていないという情報がありました」

 

アンドロポフは思いつく質問をクリュチコフ対象にぶつけた。

 

「通常の国家人民軍関係者である可能性は」

 

「国家人民軍、シュタージ、内務省関係者が日本大使館に訪れた公式記録はありません。ドイツ支局からはシュタージ側の人間が秘密裏に接触した形跡もないと」

 

「脱走兵の可能性は」

 

「ありません、現状脱走兵が出た報告は受けていません」

 

「……では探りを入れてみなさい、もし日本に移られたら我々としても厄介なことになる。正確な情報が入手出来たら直ちに報告書を」

 

「はい…!」

 

クリュチコフ大将は敬礼し、KGB議長の執務室を離れた。

 

執務室のドアが閉じるとアンドロポフは大きくため息をついた。

 

彼が言葉にした通りベルリン派の問題が日本帝国にまで移られると厄介なのだ。

 

あの混沌とした複雑怪奇な政治世界に手を出したいと思うほど好奇心旺盛ではなかった。

 

 

 

 

 

-日本帝国領 東京都 新宿区 市ヶ谷 日本帝国国防省本庁舎-

日本帝国軍における制服を着た軍人のトップは統合参謀会議議長である。

 

統合参謀会議議長は原則として陸海空三軍の総長か三総軍司令官の誰かから選ばれる。

 

そして2月、日本軍の新たな統合参謀会議議長が三軍の中から決定された。

 

名は斉藤三弥、階級は陸軍大将で現在は陸軍参謀総長の地位にあった。

 

その前は統合参謀会議副議長であり、日本派遣軍としてインド戦線で戦ったこともある。

 

尤も当人としては陸軍参謀総長としてのキャリアで終わりと思っていた為、まさか統参会議議長に就任するとは思ってもいなかった。

 

斉藤大将は相変わらずの疲れた顔で市ヶ谷の庁舎を歩いている。

 

まもなく始まるアフリカでの最終攻勢、当然だがそこに日本軍も参加しその調整で斉藤大将は身体を酷使していた。

 

ただでさえ国連軍との調整があるのにも関わらず斯衛軍が大規模派兵に乗り出した時にはそれはもう大変なことになった。

 

まず陸軍内部からの不平不満や直接的な批判を上手く宥め、次に斯衛軍を派遣する為の船舶や派遣後の兵站の調整も参謀本部で行った。

 

まず輸送船の調達に関しては海軍や民間との連携も関わってくることで、これが中々面倒である。

 

調整の為にあっちへ行きこっちへ行き、書類と派遣部隊を一部変更して無理くり斯衛軍をねじ込み、なんとか彼らをアフリカへ送り込んだ。

 

ようやく落ち着いたと思ったら今度は統合参謀会議議長の指名が入った。

 

正直何が何だか、隣にいるのは副官の平野少佐だって同じように疲弊していた。

 

彼の目の下のクマは拡大若干痩せた感じもする。

 

彼もそのまま統合参謀会議議長付副官に就任することが内定していた。

 

「おお、統合参謀会議議長殿やないの、昇進おめでとさん」

 

「烏丸さん、気が早いですよ。それとも茶化しですか?」

 

丁度通路の反対側から歩いてきたのは烏丸次官、その側には秘書官の高森もいた。

 

烏丸は国防省の政務次官であり、副議長時代から斉藤大将とよく仕事を共にしていた。

 

何より元は陸軍少将であるから斉藤大将からすれば烏丸次官は軍の先輩でもあるのだ。

 

「そう怒らんといてや、ここだけの話君が内定して私としては結構喜んだんやで?」

 

「それはありがとうございます」

 

「せや、せっかくやし時間ある?話したいことがあるんやけど」

 

普段ない提案に斉藤大将は困惑しつつも「いいですよ」と了承した。

 

烏丸次官と高森は陸軍参謀長の執務室に案内され、烏丸次官と高森はデスクのソファーの前に座った。

 

平野少佐が3人分の紅茶を作って彼らの下に置いた。

 

「あいにくうちは紅茶しか置いてないもんですいませんね」

 

「かまへんよ、それで本題やけどね」

 

烏丸次官は紅茶の入ったティーカップを皿に置き、本題に入った。

 

目つきは鋭くなり、軍人の頃の様相に戻っている。

 

「東ドイツで大規模粛清が始まったっちゅう話は知っとるな?」

 

斉藤大将は軽く頷いた。

 

「まあ薄らとは、大体はあの親ソ派か統一派かの対立でしょう?」

 

「せやね、まあそこは重要やない。正直あちらさんが何と戦ってようがうちらからしたら至極どうでもええ話や。問題はその一派がうち(日本帝国)に入り込もうとしてる可能性があるんや」

 

平野少佐と斉藤大将は一瞬黙りこくり、お互いに顔を見合わせた。

 

それから3秒程経って大将は烏丸次官に聞き返した。

 

「そんな話、上から回ってきてませんが……」

 

「当たり前やね、お上が隠してた訳ちゃうもん。うちはうちでもお隣さん(武家)が勝手口から入れようとしてるっちゅう話や」

 

「……防諜不足ですね」

 

少なくとも陸軍参謀本部の調査部連中がその事実を掴んだという話は上がっていない。

 

今や調査部は対BETA戦争の諜報に注力しており、どうしても斯衛軍や武家関係に関しては防諜の手が完璧に足りているわけではなかった。

 

「しかし烏丸さんはどこでこの話を?」

 

平野少佐は尋ねた。

 

羅卒(おまわり)さんとは仲ようしといた方がええで?おもろい話が仰山聞けるで」

 

斉藤大将はまだ分からずにいる平野少佐に「恐らく警察官僚からの垂れ込みだろう」と伝えた。

 

烏丸次官は公家の末裔らしく言葉遊びをよく使う。

 

そのせいでパッと聞いただけでは分からないことも多々あるが、これは彼なりに日本帝国の政界を生きる術の1つでもあったのだ。

 

「話を戻すとどうもお隣さんの悪童が勝手に招き入れたらしくてねえ。うちも戸締りをしっかりせんとねっちゅうことを伝えておきたかったんや」

 

「なるほど……大方旧守派の連中だろうな……面倒なことになりそうだ」

 

「正直、ソ連の介入が心配です」

 

平野少佐は不安を述べた。

 

この状況下でベルリン派の逮捕を巡って侵攻理由にでもされたら溜まったものではない。

 

今更対ソ戦の戦争計画(関特演)を引っ張り出す訳にはいかないのだ。

 

「ソ連とて今更介入は出来んだろう」

 

ソ連軍は欧州方面に6個軍集団相当の戦力を展開しており、その上で国連軍として海軍戦力や地上部隊を外地に派遣している。

 

揚陸艦や空挺軍もそちらに引っ張られている為今の段階で対日戦争を開始しようとなるとソ連軍もかなり厳しい状況となるだろう。

 

何より日米同盟は未だ健在であり、事が起これば必ずアメリカを巻き込める。

 

これは日本帝国が冷戦期の安全保障環境を生きる上で大きなカードであった。

 

「最悪なのは武家が勝手に暴走することだが……」

 

「まあ羅卒さん達もうちのやらかしは避けたいはずやし、うちもよう見張っておくだけでよろしいはずや」

 

やらかし、少なくとも日本の警察は二・二六事件のことを今も引きずっている。

 

何せあの事件で決して少なくない警察官の命が奪われたのだ、彼らとしては軍であろうと武家であろうとあの時の屈辱は二度と起こしたくはなかった。

 

「それに起きたところで、です。日本警察と我が軍がある限り斯衛軍が事を成せるとは思えません」

 

高森はそう述べた。

 

実際斯衛軍の練度は政威大将軍の警護や戦術機部隊などを除けばそれほど高くない。

 

精鋭無比たる斯衛軍の顔を司るのは本当にごく僅かであり、特に大動員を行った今の斯衛軍では規模は大きくとも全体の練度で言えば日本軍の方が上だった。

 

「今の段階で重要なのはお隣さんに何もさせへん事やね」

 

斉藤大将は軽く頷き、小さくため息をついた。

 

「なんで人が昇進しようって時にこう面倒事が起こるかなぁ……」

 

彼の最もらしい不満は官僚と将校達の苦笑にかき消され、届くことはなかった。

 

 

 

 

-北欧 スウェーデン王国領 首都ストックホルム 在スウェーデン日本大使館-

世界の軍隊には駐在武官というものがいる。

 

各国の派遣軍や軍学校への留学生以外で長期に渡って他国に駐在する数少ない軍人の枠であり、国と国の安全保障上のカウンターパートとしての役割が任されている。

 

軍人と外交官双方の身分を有し、表向きは前述した通りの安全保障や軍としての窓口の機能を、時には諜報関係者として他国の情報収集を行なっていた。

 

日本帝国も日本軍の復活と共に駐在武官制度を復活させ、アメリカや西側などの主要な友好国、そして関係が危ぶまれるソ連など東側の国々に武官を派遣していた。

 

ただし日本帝国の場合戦前からの反省の為、この時点ではまだ一等書記官駐在武官ないし参事官駐在武官という呼称で呼ばれていた。

 

戦争が国際化し、多国間の連携が重要になった昨今、駐在武官の制約は緩和傾向にあるが完全な改訂はまだ当分先の話であった。

 

このスウェーデン王国にも陸軍から派遣された大佐が1人、駐在武官として活動している。

 

名は繁田智也、陸士65期(防大4期)卒で階級は陸軍大佐、スウェーデン語はまだ不得意だが英語は堪能であった。

 

在スウェーデン日本大使館には国防省と軍から派遣された人間は繁田大佐以外にも何人かいる。

 

例えば連絡将校、繁田大佐の場合は連絡将校が少佐1人、大尉2人がいた。

 

また背広組と呼ばれる文民の官僚や在外公館警備対策官も場合によっては軍から派遣された。

 

ただしスウェーデンの日本大使館の場合は警察官が対策官を務めていた為ここは軍からの派遣要員ではなかった。

 

スウェーデン王国と日本帝国は地理的に大きく離れた場所であり、アメリカやソ連に送られる駐在武官とはまた違った様相であった。

 

されどBETA大戦の勃発で航空戦力が戦術機主流になるとスウェーデンが開発した独自の戦術機、J35ドラケンが日本帝国の目を引いた。

 

購入したいということではなく戦術機を独自開発したという技術ノウハウに惹かれたのである。

 

その為昨今ではスウェーデンと日本帝国の技術交流もそれなりに活発化していた。

 

駐在武官として繁田大佐も色々な会合や視察に同席し、スウェーデン軍の軍需関係の見聞を広めている。

 

お陰で大使館員も数人ほど城内省からも派遣要員がきた。

 

武家と言っても十人十色、感覚が庶民に近い人もいる。

 

少なくとも繁田大佐が関わってきた派遣の人間はそういう類の人が多かった。

 

故に今回のようなことはあまり経験がなかった。

 

2月のある日、繁田大佐が大使館の通路を歩いていると件の城内省から派遣された大使館職員が忙しそうにしていた。

 

「藤尾さんどうしたんですか慌ただしくして」

 

コートを着て斯衛軍の制帽を被り、幾つかの荷物を持っている斯衛軍の中佐、藤尾紀次は軽く会釈をして理由を話した。

 

彼は斯衛軍の駐在武官である為斯衛軍の制服を着て帯刀の権利を与えられ、駐在武官を示す飾緒を身につけていた。

 

これは日本軍の駐在武官である繁田大佐も同様である。

 

ショルダーストラップの肩章からは駐在武官用の飾緒が垂れており、右胸にネームプレートがあって左胸には略綬章が付いていた。

 

「それが東ドイツの大使館から城内省の人間がきてまして」

 

「移動ですか?」

 

「なんかよく分からないんですよ、とにかく空港まで連れて行けと急に言われまして、時間がないのでこれで」

 

藤尾中佐は申し訳なさそうに頭を下げて大使館の廊下を駆けて行った。

 

藤尾中佐は実直な人間であり、武家とはかくあるべきをよく教育された品のある人物である。

 

同時に善良であり嘘が苦手、知らないことは本当に知らないという雰囲気をいつも出していた。

 

よって恐らく藤尾中佐は何も知らないのだろうと繁田大佐は判断し、それでも気になることがある為探りを入れた。

 

連絡将校達の待機室に足を踏み入れ部下の1人を呼び出した。

 

「新井大尉はいるか」

 

「はい、御用ですか?」

 

新井大尉は敬礼し用事を尋ねた。

 

「急いで空港に向かって日本行きの便を見張れ、城内省関係の人間がきたと思ったらその動向をよく調べるんだ。二葉大尉も協力を」

 

「直ちに向かいます」

 

2人は命令を承諾して急いで着替えて空港に向かった。

 

残っていた桑崎少佐は「何事ですか?」と尋ねた。

 

「こないだ本国から来た”ちょっとした懸念”についてな、杞憂だといいんだが……」

 

調査部から繁田大佐個人に当てて送られた一通の連絡事項、この事が彼の警戒心を高め、今回のことに繋がった。

 

2名の大尉が帰ってきたのは正午過ぎ、スウェーデン時間14時辺りであった。

 

丁度繁田大佐が大和田渉特命全権大使と昼食を済ませ、午後の業務に取り掛かった頃だった。

 

2人が室内に入り大佐に敬礼した。

 

「結構時間が掛かったと見えるな」

 

大佐は立ち上がって窓から外の様子を見つめた。

 

大使館前に停まっていた1台の車が通り過ぎたような気もするが正確な姿までは見えなかった。

 

「空港には藤尾中佐がいらっしゃいました、それと2、3人ほどの背広を着た恐らく城内省関係者が」

 

「ここの人間か?」

 

「いえ、見慣れぬ姿でしたので恐らく別のところかと。全員で取り囲むように1人の白人男性を連れていました」

 

新井大尉の報告に繁田大佐は引っかかった。

 

「どんな成人男性だ?」

 

「身長は180cm以上で何かに怯えているようでした。髪色は金髪で年齢は30後半から40代ですね」

 

「それで、彼らはそのまま日本に?」

 

新井大尉は頷き、「見送りまで付き添った藤尾中佐以外は」と付け加えた。

 

「……なるほどな、ご苦労だった。休んでくれ」

 

「はい」

 

2人は部屋を後にし、着替えに戻った。

 

繁田大佐は暫く俯き、黙っている。

 

「……本国に連絡を入れましょうか?」

 

静寂に耐えきれず桑崎少佐が尋ね、何も言わぬまま繁田大佐は頷いた。

 

「……出来れば統参会議か陸参本部に直でだ、なるべく秘匿したい」

 

「……はいっ…!」

 

少佐は立ち上がって速やかに連絡に向かった。

 

繁田大佐は座りながら自身のデスクに入れていた件の連絡事項に再び目を通した。

 

「厄介なもんが合流しちまったかもなぁ……」

 

ベルリン派最後の生き残り、カール・ハーゼ中佐は翌日、日本帝国に足を踏み入れた。

 

 

つづく

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