マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

61 / 73
プラガ地区からの帰り、私は
川岸に立つのが好きだ
ここで出会う愛しの街とは
とても別れがたい
立ち並ぶ新たな建物、
微笑みかけるマリーエンシュタット
-”右に橋、左に橋”より抜粋-


ウィーン攻略前夜

-ポーランド人民共和国領 首都ワルシャワ 国連軍会合会場-

1983年2月17日、ポーランドの首都ワルシャワで国連軍という名目で西側の将兵や安全保障関係者がワルシャワへ招待された。

 

無論多数の報道関係者も出席を許可され、解放からもう間も無くで2年が経とうとしているワルシャワの街並みを彼らは写真に残した。

 

彼らはBETAによって無惨に破壊され、懸命に復興を続けるワルシャワの姿を目にした。

 

ソ連やポーランド政府からすればBETAの残虐性と文明が破壊される悲惨さを訴え、その上で東側諸国が懸命に明日を生きようとしているその姿を世に知らしめる格好のプロパガンダであった。

 

ワルシャワは首都機能復帰の為に相当のリソースを費やして復興が進められており、まだ街と呼べる程を成していた。

 

これが地方都市や旧来の村々となるとそうもいかない。

 

特に奪還されて1年にも満たぬチェコスロバキアは未だ文明の息吹が根付き始めた程度であった。

 

報道関係者はソ連とポーランド政府の期待通り復活を続けるワルシャワの街並みを写真や記録に残し、翌日速やかに報じた。

 

今や鉄のカーテンの向こう側に住む人々は同じ人間であり、BETAと戦い懸命に生きようとする同胞なのだというイメージを西側にも広く植え付けた。

 

一方軍高官や安全保障関係者はワルシャワの新国防省ビルでBETA大戦に関する今後を語らい、その後別の会場で立席パーティーを開いた。

 

後1週間を切ったオーストリア奪還作戦の前祝いとして彼らは共に盃を交わした。

 

パーティーには東西多くの軍高官、安全保障関係の官僚が出席した。

 

例えばソ連からは国防相ウスチノフ元帥、グレチコ元帥、沿バルト、白ロシア、第1ウクライナ前線の司令官達が出席し、同じ東側諸国からもそれぞれの国防相や次官級の人間が出席した。

 

これは西側も同様である。

 

まずアメリカ欧州軍最高司令官ロジャース大将が出席し、ついで参謀長のパウエル中将、北部、中央軍集団司令官らに加えてドイツ連邦軍総監や英仏独蘭などの国防相もいた。

 

それだけではなく、アメリカからはフランク・カールリッチ国防副長官が多忙なワインバーガー長官に代わってパーティーに出席した。

 

皆ワインやシャンパンなどを片手にそれぞれの戦況や戦後のこと、或いは防衛協力に関する重要議題を話し合った。

 

パーティーとと言ってもそれほど楽しいものではない、むしろここからが仕事の本領である。

 

特にウスチノフ元帥なんかは国防相であると同時にソ連における軍需産業の第一人者である為、ひっきりなしに人が来て今後の軍産関係に関する話題を振った。

 

こうした東西の交流が広まることにより、ウスチノフ元帥の名前と顔は世界に広がることとなった。

 

彼は後にソ連がBETA大戦を戦い抜くに至った基礎を作った影の功労者であると評されるようになった。

 

天才オガルコフと軍産のウスチノフ、それにヤゾフやアフロメーエフら冷戦期から牙を研ぎ澄ませてきた将軍達が勝利へと導いたと。

 

実際それは間違いではない、今回の戦争はソ連軍の想定とは大きく違ったがソ連軍のシステムに上手く合致した。

 

特にウスチノフ元帥が生涯を捧げて作ったソ連の軍需は今次戦争で確かに役に立った。

 

故に彼の失敗、或いは汚点は後にそれほど議論されなくなる。

 

例えばソ連海軍の空母導入案、ウスチノフ元帥は意外にもこれに反対していた。

 

どういう理屈や理由かは彼の心情を直接覗かないと不明であるがとにかく反対していた、あのグレチコ元帥が本当の意味で現役だった頃からだ。*1

 

ソ連海軍がキエフ級四隻、アドミラル・クズネツォフ級二隻、そして新型原子力空母一隻を有するに至ったのは主にソ連海軍が外洋艦隊化を否が応でも迫られたからである。

 

世界各地に飛散したBETAと戦うにはアメリカ海軍だけでなくソ連にも空母を持ち、世界に出てもらう必要があった。

 

特にその重要性を認識していたのは戦争が始まって突然昔に戻ったかのように働き出したブレジネフであり、最後の最後まで保有に反対していたのは実はウスチノフ元帥であった。

 

戦車開発の優先度合いでも「とにかく前線で使えるものを送れ」と喝を入れたのはブレジネフであり、喝を入れられたのはウスチノフ元帥である。

 

こうした失敗は大きな成功に埋め尽くされ、ソ連における冷戦期の軍需はとにかく凄いものと認識され、欠点の指摘が始まるのは史実より大きく遅れることとなった。

 

これがソ連軍需史における批評に大きな栄養を齎すのだがそれはまた別の話。

 

それに今は戦争に打ち勝つことが第一であった。

 

「間も無くウィーン・ハイヴ攻略戦ですか、御武運お祈りします」

 

「それは是非パットン大将殿に、我々はあなた方が攻勢を開始した後に続くだけですから」

 

ヤゾフはロジャース大将にそう述べて微笑を浮かべた。

 

彼は第1ウクライナ前線司令官として欧州軍最高司令官と直近のオーストリア戦について話し合っていた。

 

「しかし、そちら側の情報だと新種のBETAが現れたとか」

 

「……正直、それが一番心配です。例の新種、今の所出てる情報を集めても明らかに”()()()()()()()()()()()()()()()”と思われる」

 

チェコスロバキアの際、各所で撃破が確認された新種のBETAは伝令(メッセンジャー)級と命名された。

 

理由は身体で特に発達した記憶容量と情報伝達機能である。

 

伝令級は戦車級と非常に似通った身体を持ちながら体内には恐らくある頭脳級が獲得した学習内容を丸々他のハイヴに伝達出来るほどの記憶容量を備えていた。

 

恐らくプラハ・ハイヴがコシツェに兵力供出地を作り、途中から戦術を変え始め、最終的にはハイヴないの戦力をベルリンへ移したのはこの伝令級のせいである。

 

伝令級が徒歩で大地を移動してハイヴ間を繋ぎ、相互連絡を可能にした。

 

原始的な方法だが少なくともベルリン・ハイヴとプラハ・ハイヴは確実に繋がっていたのだ。

 

そして恐らくはウィーン・ハイヴも。

 

「既にBETAはかなり我々に似た防衛線を構築している。突破にはそれなりに時間が掛かるでしょう」

 

「その為にまずは我々が囮と」

 

「囮なんてとんでもない、むしろ攻勢の主軸はそちらでしょう」

 

お互いに苦笑を浮かべ誤魔化し合った。

 

「そういえば、我々からもBETAの動きについて1つ、言っておかなければならない事が」

 

「何か?」

 

ヤゾフはロジャース大将の言葉に耳を傾けた。

 

彼は別に周りに聞かれても問題ないと判断し、通常の声でその内容を喋った。

 

「実はベルリン・ハイヴの封鎖部隊が妙なものを見たと言っていまして。ハイヴ内に戦術機らしき影があったとか」

 

「戦術機?」

 

「BETAが我々も戦術機を模して新種を開発している可能性が僅かですがあります」

 

BETAの戦術機、あり得ない話ではなかった。

 

何せ各ハイヴ内には頭脳級の防衛機構として新種のBETAがおり、その一部は地上にも広がっている。

 

その発展の末に戦術機型になる可能性もゼロではなかった。

 

「……この戦争も、早急に終わらせないといけませんな」

 

「はい、間も無く10年、この戦争は長すぎる」

 

敵を憎み続けるというのは疲れる行為である。

 

人類にはもうそろそろ戦争から解放された休息の時が必要であった。

 

 

 

 

同じようにパーティーに参加している者は大勢いた。

 

例えばソ連邦英雄に列せられた者、近頃戦果を上げて西側でも話題となった者。

 

当然この枠にはフレツロフ中佐も入っていた。

 

彼は連隊参謀長のメデツィーニン少佐と共にパーティーに出席し、東西双方の空軍関係者から声をかけられた。

 

初めて知ったのだがアメリカ人からはハイヴの最奥にほぼ必ず辿り着くことから”()()()()()()()()”と勝手にあだ名されているらしい。

 

酷い名前だとフレツロフ中佐は憤慨したが、冗談だと思って全員が本気で取り継がなかった。

 

結果、翌日フレツロフ中佐は若干不機嫌なままワルシャワからチェコスロバキア内の飛行基地への帰路についた。

 

飛行場には多くの東西双方の航空機がいたが無論多いのはソ連側の航空機だ。

 

大型輸送機と戦術機の兼用基地の為、戦術機と輸送機が共存する大型の航空基地であればよく見る光景が広がっていた。

 

今も1機のAn-72が滑走路に着陸し、ゆっくりと駐機場に向かってくる。

 

それから10分後には搭乗員待機所のすぐ側を1機のAn-22が滑走路を進んでゆっくりと横切る。

 

そのまま管制室の指示に従って滑走路を移動し、そのまま離陸態勢に入った。

 

4機のターボプロップのプロパラを回し、前へ進みながら機体は着々と陸地を離れていった。

 

それからAn-22は完全に空中へと移行し、飛行場を飛び立った。

 

フレツロフ中佐とメデツィーニン少佐が対貴女に辿り着いたのはちょうどその頃だった。

 

ちなみに彼らが乗る航空機はアエロフロートから空軍が徴発したIl-62、この機体でワルシャワからプルジェロフの飛行場まで向かう。

 

「ヴィクトル、いい加減機嫌直せよ、な?お前祖国の英雄がいつまでも不機嫌じゃしょうがないだろ」

 

見るからに不機嫌なフレツロフ中佐の後をメデツィーニン少佐は付いて行った。

 

「うるせぇ、お前あん時人が地中貫通弾とか言われてて笑ってたじゃないか!」

 

「まあそりゃあ言われるだろ、あんだけハイヴ落としてりゃ」

 

「何がバンカーバスターだ、バカバカしい。いい恥かいた」

 

フレツロフ中佐としてはパイロットとして空戦の腕を評価して欲しかったのに皆口にする事はハイヴ戦の話ばかり。

 

しかもついた二つ名もバンカーバスターという地中戦専門みたいな癪に触るものだった。

 

そもそもフレツロフ中佐はハイヴ戦が嫌いである。

 

なんで羽の生えた戦闘機の派生機で地下に潜って穴蔵で戦わなければならないのか。

 

せっかくの羽はなんの為にあるのか、とにかくその一点でハイヴ内での戦いを嫌っていた。

 

されど命令である以上フレツロフ中佐は今まで黙って従ってきた。

 

「いいじゃないか、ないよりあった方がマシだぜ?」

 

「なんで俺がハイヴ戦の異名を取らないといけないんだよ、それでお前さも喜んでるみたいなこと言ったじゃないか」

 

「だって憤慨してますだなんて言えないだろ」

 

「馬鹿野郎お前、その上でヘラヘラしやがってこの野郎」

 

2人はまるで高等学校時代のように苦笑を浮かべながら喧嘩し合っていた。

 

ここ数年はそういうことも一切なかったからむしろ懐かしく感じる。

 

やはり同期が側にいてくれるというのは嬉しいものだ。

 

2人は待機所の丁度外の様子が見える位置にある椅子に座り、2人ともタバコを吸って往来する航空機を眺めていた。

 

「そういえば、お前輸送機の方には興味なかったのか?」

 

ふとメデツィーニン少佐はフレツロフ中佐に尋ねた。

 

「ああ、まあ親父が乗ってたのが戦闘機でああいう類の機体じゃなかったってのがデカいな。二、三番手の候補には上がってたんだが、結局ジェット戦闘機の方を選んだ」

 

その結果今では戦術機乗りになっているが。

 

もしかすると輸送機パイロットの道を選んでいたら今でも本当の意味でのパイロットのままでいられたかもしれない。

 

悠々とその大きな羽と巨大なジェットエンジンで空を飛ぶ軍用機達が羨ましくなってきた。

 

「あれはAn-124か?あの奥のやつ」

 

フレツロフ中佐は窓の奥の方にいる大型輸送機を指差してメデツィーニン少佐に尋ねた。

 

「ああ、あれはAn-124だな。コンテナからして戦術機を積んできたんだろう」

 

「まあ戦術機を運べる機体が今の所An-22かAn-124だけだからな。後は再突入艇の運搬機か……」

 

フレツロフ中佐が言っているのはAn-124の発展型、An-225のことである。

 

そもそも宇宙技術が”本来”に比べて異常発達しているのがこの世界なのだ。

 

ソ連はブラン計画を完遂して宇宙軍を編成し、アメリカも同様にスペースシャトルを大量生産して宇宙と地球の輸送連絡網を構築している。

 

こうした宇宙循環機を製造しバイコヌールなどの宇宙軍基地から飛ばす為にはそこまで運搬する能力が必要だ。

 

そこで生まれたのがAn-225という世界最大級の大型輸送機であり、その前提となるのが既に誕生していたAn-124であった。

 

An-124はAn-22と並んで戦術機を運搬出来る数少ない大型輸送機であり、空軍や防空軍共に重宝していた。

 

フレツロフ中佐もAn-22の方には度々世話になったものだ。

 

「輸送連隊の連中、今からもう相当忙しいだろうな」

 

「仕方ないさ、兵站線を繋いでくれなきゃ戦えないもん。運ぶ奴がいて、直す奴がいて、残って指揮を取る奴がいて、作戦を考える奴がいて、飛ばす奴がいる。どれか1つ欠けたら成り立たん」

 

フレツロフ中佐の発言にメデツィーニン少佐は小さく頷いた。

 

戦術機を飛ばすという動作を行うだけでも数十人以上の人間が必要であり、人の力が結集して彼らは空へと飛び立つ。

 

どんな優れたエースだって誰かがいなければ成り立たない。

 

『Il-62、227456便に搭乗予定の方、まもなく搭乗開始の為6番駐機場までお越しください』

 

アナウンスが入り、待機所にいる周りの将校達がゾロゾロと立ち上がり移動を始めた。

 

「我々も行こうか、みんなが待ってる」

 

「またハイヴか……」

 

「期待してるぞ、”()()()()()()()()”」

 

「ふざけやがって」

 

2人を乗せたIl-62がチェコスロバキアに到着したのはそれから数時間後のことだった。

 

 

 

 

-日本帝国領 帝都京都 武家屋敷 小渕邸-

小渕家は新進気鋭の有力武家であり、特に現当主の小渕則実は旧守派の若手グループ内で有力な地位についていた。

 

そもそも小渕家が武家として取り立てられたのは丁度日中戦争の頃である。

 

元々は単なる地方の地主だったのがある武家との婚姻関係によって家格替えを果たし、地方の外様武家として家を始めた。

 

当時の小渕家は三男と四男を斯衛軍に送り、彼らは大陸に派遣された。

 

四男は斯衛支那派遣軍の司令部勤務となり、毛沢東率いる八路軍の強襲によってある五摂家の者と共に戦死した。

 

一方の三男の行方は未だにわかっていない。

 

斯衛軍の公式記録では戦死という扱いになっているが、戦友達によれば哨戒任務に行ったっきり帰ってこなかったとか八路軍の捕虜になったとか様々なことを言われた。

 

当時の武家の価値は今と変わらず家を守ることであり、三男、四男は葬式をさっと済ませて斯衛軍の大陸撤兵と同時に忘れ、武家としての存続に全力を尽くした。

 

結果的に太平洋戦争も生き残り、小渕家はその際の家格替えによって今の有力武家としての地位を確立した。

 

心臓発作で早逝した先代がそれでも斯衛軍大佐まで上り詰めたのも大きいだろう。

 

現当主の則実は28歳にして斯衛軍少佐、若宮家とは姻戚の関係にあり同じ旧守派ということもあって奥平家や浅尾家とも関係があった。

 

そんな則実はハーゼ中佐を日本帝国内に招き入れた旧守派の若い衆の1人であった。

 

元々最初に彼を亡命させようとしたのは今はヴィスマルの東ドイツ大使館に勤務する浅尾平吉少佐のせいだった。

 

彼が入り込んできたハーゼ中佐を保護し、偽の身分を与えて一先ずスウェーデンに自身の連絡将校と共に移動させた。

 

それからストックホルムの空港を経由して大阪国際空港からハーゼ中佐を招き入れた。

 

今ハーゼ中佐は西ドイツのハインツ・ラウベとして小渕邸に匿われている。

 

当初は旧守派の重鎮にすらこの亡命計画は黙っていた為、松尚経由で重鎮達に知れ渡った時はそれはもう大変なことになった。

 

まず同じ浅尾家ということで影哉、そして姻戚の松尚が叱責され、今晩会いに行くということで3人は小渕邸へと向かった。

 

小渕邸は典型的な武家屋敷の造りであり、二階建ての屋敷に松の木が植えられた庭、辺りは塀で囲まれている。

 

家の中には小渕家の家族だけでなく住み込みの一応雇用契約で結ばれた女中や奉公人がいる。

 

ハーゼ中佐は女中や奉公人の目には届かない一室を与えられ、暫くそこに匿われていた。

 

ハーゼ中佐にはなるべく祖国の味をとビールやソーセージが与えられ、ほぼ1日中家にいて飯を食らう存在に成り下がっていた。

 

そこへ武家旧守派の重鎮達が訪れた。

 

戸を3回叩き、まず則実が入った。

 

「おおノリサネサン、どうかしましたか?」

 

実はハーゼ中佐は翻訳機がなくても日本語が喋れる。

 

「ハーゼ中佐、貴方に客人だ。斯衛軍中将、奥平貞親殿だ」

 

「失礼する、ハーゼ中佐」

 

貞親が部屋に入り、ハーゼ中佐は立ち上がって敬礼をした。

 

「まあまあ座って、私が斯衛軍総監部副総監、奥平貞親です」

 

「自分はフェリックス・ジェルジンスキー衛兵連隊所属、カール・ハーゼであります。お会い出来て光栄です…!」

 

2人は握手を交わし、ハーゼ中佐は大層安堵したような表情で彼を見つめた。

 

斯衛軍のナンバー2が会いにきたということは身柄の安全は保証されたも同然、ハーゼ中佐はそう確信した。

 

「もう暫くはこちらでごゆるりとされよ。暫くしたらちゃんと自由な場所を与える故」

 

「お気遣い、ありがとうございます…!」

 

深々と頭を下げるハーゼ中佐に貞親は如何にもという笑みを浮かべた。

 

「では少し失礼、則実殿と話がありますので」

 

そう言って貞親と則実はハーゼ中佐の下から離れた。

 

屋敷内を少し移動し、座敷の間に移った。

 

座敷には既に松尚と影哉が用意されていた酒とつまみを食べていた。

 

「すまないが我らだけに、下がってくれ」

 

戸の近くにいた女中に部屋を離れるよう促し、座敷の周りから人が消えた。

 

「このバカもんが!!」

 

人が消えると貞親はいきなり則実を殴り倒した。

 

それから4回ほど蹴りを入れ、立ち上がった影哉と松尚に止められた。

 

「貞親殿!おやめ下さい!」

 

「離せ!則実!なんであんな奴を入れた?ソ連や東ドイツから何を言われるか分からんのだぞ!?」

 

則実は申し訳なさそうに頭を下げ、貞親の許しを乞うた。

 

「申し訳ございません…!!しかし…!しかしハーゼ中佐は必ず我々の理になり得ます……!」

 

「どこがだ!奴が日本帝国に入ってきたことをソ連に知られてみろ、すぐに手の者が回されるぞ…!最悪の場合、あらぬ疑をかけられ軍事侵攻もっ……!」

 

それ以上は口に出したくなかった。

 

貞親は旧守派の重鎮、事の重大さはよく理解していた。

 

故にハーゼ中佐が武家どころか日本帝国すら脅かすかもしれないということも承知している。

 

貞親は雑に座り、頭を抱えながら則実に命令を出した。

 

「……夕食に盛り、眠らせた後絶て。なるべく安らかに眠らせよ」

 

「貞親殿…!それは余りに酷であります…!」

 

「今のまま外に放り出す方が彼にとっては酷であろう。もはや祖国へは帰れん、我らとて飼いきれん」

 

バツの悪そうな表情で貞親は目を背けた。

 

助けてやりたい気持ちはあるが自分達にとって不利益になり得ることも重々承知していた。

 

誰しもが義によって動く訳ではないのだ。

 

だから利益の面を押し出さなければならない、その点でハーゼ中佐はいい手土産を持っていた。

 

「…中佐は戦術機に関するあらゆるデータを持ち込みました!その中にはEUの戦術機開発計画のものも入っています!」

 

「何?」

 

貞親や松尚らはその発言に興味を示した。

 

「ハーゼ中佐が亡命時に持ち込んだものです…!特にEUの新型戦術機開発計画の資料は我々の戦術機開発においても必ず役に立つ!いや、立たせて見せます!」

 

EUは現在、英仏独伊西でトーネードIDSに代わる新型の戦術機を開発しようと計画を立ち上げている。

 

各々の個性が強く、計画自体は難航しているが各国から提出された提案は戦術機開発の分野においては十分刺激的なものであった。

 

戦術機に関する戦闘データに関しては皮肉にも信真の時代になって全く困らなくなった。

 

要は外地派遣が本格化することによって次々と入ってくるのだ。

 

しかしEUの新型戦術機開発計画の資料というのはかなり彼らの意識を引いた。

 

「……ハーゼ中佐が持ってきたとやらの資料、我らにも見せよ。それによって処遇は考える」

 

貞親は利益に転んだ。

 

則実は表情を変えて何度も「ありがとうございます…!」と頭を下げた。

 

この後城内省主導の戦術機開発が若干活性化し、斯衛軍の諜報組織が発展したのはまた別の話。

 

旧守派はベルリン派の遺産を手に入れた。

 

 

 

 

 

-ポーランド人民共和国領 ルブリン市 第1ウクライナ前線司令部-

ワルシャワからルブリンというのは直線距離約154キロメートル、車を使えばざっと2時間ほどでルブリンには到着した。

 

ヤゾフはオーストリア戦準備の為と建前をつけ、国連軍側の見送りをウスチノフ元帥らに任せて司令部へ戻った。

 

道中街道で多くの軍用車両とすれ違った。

 

戦車をウラルのようなトラックからBTRやBMP、稀に復興の為にポーランドへ来た民間の工事車両もいた。

 

空を見上げればアントノフやイリューシンの輸送機に加えて戦術機がパトロールや訓練で飛行している。

 

その中にはフレツロフ中佐やメデツィーニン少佐を乗せたIl-62が混じっているかも知れない。

 

丁度ヤゾフが見たのはポーランド人民空軍に配備されたMiG-23MFとソ連空軍のMiG-29部隊が訓練の為飛行していた。

 

ルブリンの一部には司令部警備の為検問所を設置している。

 

基本的には前線司令部の警備部隊が検問所を管理しているが、稀に国内軍やポーランド人民軍の将兵が担当していることもあった。

 

ヤゾフらを乗せた車両が今回通った検問所はそのポーランド人民軍が担当する部門であった。

 

「止まってください、身分証の提示をお願いします」

 

車両が停められ今回運転手を担当するローシク少佐は自身の軍人手帳を兵士たちに渡した。

 

すぐに身分証を確認し、後部座席に座っている人物を見て敬礼し、車両を通した。

 

手帳を受け取ると同時に後部座席からヤゾフは顔を出してポーランド兵たちを労った。

 

「ご苦労、兵士諸君。頑張ってくれ」

 

ヤゾフは軽く敬礼をして車両はそのまま司令部に直行した。

 

司令部では参謀達が作戦に関わる兵站や軍の調整などの業務をこなしている。

 

基本的に作戦開始数週間前から何処の司令部も空気が殺伐とし始めるものだ。

 

参謀達から余裕という二文字が消え、灰皿に盛られるタバコの吸い殻が明らかに多くなる。

 

作戦が開始されると成功度合いによってその様相はだいぶ変わってくる。

 

一番いいのはほどほどに成功している時だろう、一先ず精神的な余裕は取り戻せるし大成功している時よりも不安は少ない。

 

2人を乗せた車両は司令部に併設された駐車場に停まり、2人とも司令部の作戦室に移った。

 

帰ってくるなり司令部付の将兵は「お帰りなさい」と声をかけてヤゾフに敬礼した。

 

作戦室では何人かの参謀達が打ち合わせをし、仕事をこなしていた。

 

「おお元帥、お戻りになられましたか」

 

一番最初に出迎えてくれたのはマリィツェフ中佐だった。

 

「どうでした?お偉い方とのパーティーは」

 

「まあBETAを相手してるよりは楽だな、西側の様子もなんとなく分かった。そういえば参謀長は?」

 

「モイセーエフ大将は現在チェコスロバキア人民軍第1軍司令と電話で調整中です。こちらへ」

 

中佐に案内されてヤゾフはオーストリア周辺の状況を記載した地図の下へ向かった。

 

周りには多くの作戦参謀や兵站参謀らが集まっている。

 

皆ヤゾフ気づいて敬礼し、ヤゾフ敬礼を返すと同時に「状況説明を」と参謀達に述べた。

 

説明を担当したのは情報部長のラディーギン少将である。

 

「同志元帥が離れていた2日半、BETAによる襲撃は小規模なものも含めてありません。衛星偵察で確認してもウィーン・ハイヴ周辺の動きは特にありません」

 

そう言ってラディーギン少将は詳細な報告書を渡した。

 

ヤゾフは報告書を読みながらどんどん表情を曇らせていく。

 

「これだけ前面の部隊が動かんとなるとNATO軍の強襲を喰らっても動かんだろう、厳しい突破戦になりそうだ」

 

「しかもハイヴ内は今までにも増して広く、制圧には時間が掛かるでしょう」

 

とはいえBETAに策があるようにソ連軍にだって策はある。

 

それにBETAの防御陣地と当たるのはこれが初めてではない、ソ連軍だって経験を積んでいた。

 

「ブダペストのBETAもまだ動いてないのか」

 

「はい、恐らく向こうも下手には動けないかと。ベオグラード・ハイヴの失陥で我が軍とユーゴスラビア軍がいよいよハンガリー国境近くまで進出してますし」

 

ルーマニアとセルビアの開放により南欧前線と第2ウクライナ前線は更に戦線を前へ押し出した。

 

無論補給戦や陸路の都合上、時間はかけているがそれでも欧州におけるBETAは分断され、包囲されつつあった。

 

残ったハイヴはウィーン、ブダペスト、ザグレブ、そしてベルリンの3つである。

 

「そういえばNATO側はどうでした?」

 

ふとラディーギン少将はヤゾフにパーティーで会ったNATO軍側の将軍達の様子を尋ねた。

 

彼は情報将校である為こうした情報の収集は仕事の一環である。

 

「2年前のザーパド作戦と同じくらいの動きはしてくれるだろう。指揮統合も上手く行ってるし準備も済んでいる。ただドイツに関しては人事の方でちょっと揉めてる様子だったが」

 

「人事……ああ、何人か飛ばされた」

 

「荒事はないに限るんだがな……こっちのドイツだって突然シュタージと国家人民軍の人間が何人か飛ばされたし」

 

丁度いいタイミングで作戦室に入ってきたステクリャル中将は表情をあまり変えずにいたが一瞬ギョッとした。

 

彼もKGBの将官としてKGBが東ドイツで行っていた作戦の一覧は大体知っている。

 

その為東ドイツのことを話されてると顔には出ずとも思うところはあった。

 

「ただ作戦は予定通り進みそうだ。私は一旦執務室に戻る、何かあったら呼んでくれ」

 

「はい」

 

ヤゾフとローシク少佐は作戦室を後にして2階の執務室に向かった。

 

作戦まで後数日、BETAに王手をかける為各軍は最後の奮闘に入った。

 

 

 

-EU領域 ドイツ連邦共和国領 イン川周辺 旧オーストリア国境-

1983年2月23日の明け方、イン川を数十機の偵察型戦術機が飛び越えて行った。

 

機体は様々である、アメリカ空軍所属のRF-15やRF-4C、ドイツ連邦空軍のトーネードRECCEなど。

 

各偵察機は編隊ごとに散開して偵察活動に入り、一部米空軍機はある程度の距離まで飛行すると着陸して別任務に入った。

 

「バーガー4、これより無人機部隊の観測を開始する」

 

RF-15が1機、後方から展開される独特なフォルムの無人航空機の到着を待った。

 

前線地域の飛行場からは数十機の無人偵察機、RQ-1プレデターが発進した。

 

本来は1995年、つまり10年は先に運用が開始される代物である。

 

これらは全てアメリカが開発した統合無人機操作システム、JUASとデータリンクで接続しており、数十機の無人機をJUASが操作していた。

 

プレデターの到着を確認するとRF-15は速度を調整しながらプレデター部隊の背後についた。

 

「プレデター、問題なく飛行中。機体トラブル、システムトラブル確認出来ず」

 

『バーガー4、了解した。これより命令を一部変更する、確認を行われたし』

 

「バーガー4了解」

 

先頭を突き進むプレデター部隊にJUASから新たな命令が送られた。

 

命令通りプレデターは編隊ごとに散開し広範囲に渡る偵察活動を開始した。

 

バーガー4が操るRF-15の前にいるのは僅か3機となったがそれ以外の機体も全て安定して飛行を続けていた。

 

「命令の受信、実行は問題なく出来てる。現在墜落した機体はなし」

 

『バーガー4、了解した。では試験第二フェーズに入る。事前の指定通り貴機と待機中のノーヘッド1、2、3のデータリンクを開始せよ』

 

「了解、JUASとのインターフェースを起動。接続対象をノーヘッド1ユニットに設定」

 

機体に取り付けられた端末を操作し、バーガー4は前方のプレデター部隊とのデータリンクの接続を行った。

 

システムは順調に起動し接続開始から僅か数秒後、モニターに『接続が完了しました』とメッセージが表示された。

 

それからコックピットのモニターに3つほどレーダーや映像付きの情報ウィンドウが表示される。

 

これら3つのウィンドウを合わせれば本来RF-15が持つ偵察能力よりも更に広範囲の偵察活動が可能であった。

 

「バーガー4、プレデターとの接続に成功した。状況をそちらに送る」

 

『こっちでも確認している、実証試験は終了する。通常任務に戻れ』

 

「了解、ったく無人機ってのはすげえもんだな」

 

通信を切ると同時にバーガー4はコックピットの中でボヤいた。

 

彼は衛士になってからずっと偵察機に乗り続けてきた。

 

以前はRF-4C、6ヶ月前に機種転換訓練を終えてRF-15の衛士となった。

 

RF-15が配備された時は大層嬉しかったことを覚えている、それが今ではプレデターという8.22メートル(27フィート)、翼幅14.8メートル(48.7フィート)のシャワーヘッドみたいな無人機に取って代わられようとしている。

 

既にプレデターは1982年から一部部隊が試験運用を開始しており、本運用は今年からであった。

 

現状プレデターはしっかり役に立っていた、いずれは空対地ミサイルやらを搭載して戦闘も出来るようになるのだろう。

 

「こりゃ俺の仕事もそろそろ廃業かな」

 

ふと自らの仕事の終わりをボヤいた瞬間に遠方から1発のレーザーが放たれ、左翼のプレデターが撃墜された。

 

バーガー4は急いで機体の高度を下げて射線から外れ、残り2機にも高度を下げるようJUASにコマンドを打った。

 

どうやらBETAの光線級が無人機を通常の航空機だと感知して攻撃を開始したらしい。

 

各所で散開した無人機に被害が出始めていた。

 

「まだ廃業には早いかもな!バーガー4からCPへ、急いでプレデターの高度を下げろ!全滅するぞ!」

 

先行して出撃したプレデターはその半数が光線級によって撃墜され未帰還機となった。

 

それでもプレデターが攻撃を吸ってくれた分偵察型戦術機は全機が無事に帰還し、情報を待機中のNATO中央軍集団に持ち帰った。

 

こうした情報は遠く離れた西ドイツのハイデルベルクに司令部を構えるNATO中央軍集団や隷下の各軍団に通達された。

 

今回の攻勢作戦はドイツ連邦軍第2軍団、アメリカ陸軍第7軍団、そして再編された9個旅団と33個連隊によるオーストリア軍が攻勢の主戦力となる。

 

更に空軍戦力では米独墺に加えてイギリス王立空軍とフランス空軍からも増援が展開される。

 

こうした多国籍軍の調整を行いつつ作戦指揮を取るのが今回のNATO中央軍集団司令部の役割であった。

 

「間も無くか……」

 

中央軍集団司令のパットン4世は腕時計を見て時間を確認した。

 

偵察機が帰還して既に30分が経過しており、作戦の開始まで後3分であった。

 

「しかし無人機のおかげで航空偵察部隊もかなり多くの情報を収集出来ましたね」

 

ふとパットン4世の副官が呟いた。

 

「このまま発展していけばやがては歩兵部隊にもああいう類の兵装が装備されるやも知れんのだろう?」

 

「そうなれば1つの歩兵小隊であっても得られる情報は格段に飛躍します」

 

「結果的に兵が死ぬ確率も激減すると、テクノロジーの進歩とは破壊の生産であると同時に救世の創造でもある。皮肉なものだ」

 

無人機、延いては戦術機もパットン4世がベトナムで戦っていた頃や、彼の父ジョージ・パットンがヨーロッパでドイツ軍を潰して回っていた頃にはなかった代物だ。

 

こうした技術はBETA大戦において相手に対する破壊と生命の救済という2つにおいて人類の役に立った。

 

その最たる事例として挙げられるのがインド戦線でのある日本軍だ。

 

派遣された日本軍の航空救助部隊が取り残された国連軍将兵を助ける為に光線属種の脅威すらかなぐり捨てて強行突入を図り、数多の負傷兵の命を救った。

 

その時の指揮官の名は確かカラスマだったか、彼自身がF-4に乗り込んでBETAを退け、退避までの時間を稼いだ。

 

インド戦線で確認された小さな伝説である。

 

「まあテクノロジーがどれほど進歩しようと我々がやっている事は親父の代から何も変わっていない。きっと親父が今も生きていたら変わらずBETAを戦車で轢き殺していただろう」

 

「それは是非見てみたいですな」

 

「私もだ」

 

2人とも苦笑を浮かべ、亡き父のことを思い出した。

 

既に作戦開始時間1分前に差し掛かっており、まもなくイン川周辺のドイツ第4装甲師団が川を渡る。

 

パットン4世はわざとらしく咳払いをし、司令部の将兵に告げた。

 

「さあNATO中央軍集団の戦友諸君、BETAのクソ野郎どもに向け人間とはなんたるかを叩き込んでやろうじゃないか!」

 

 

つづく

*1
代わりにエクラノプランとかいうトンチキは喜ぶ謎

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。