マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
彼らは、確固たる若さの力と勇気を示している
アルプスの美しい士官候補生たちは、たくましい若さで
彼らの力強く強い胸からは、不屈の誇りが漂っている
-”アルピーニ讃歌”より抜粋-
NATO中央軍集団は進撃を開始した。
工兵隊が事前に設置した橋をドイツ第10装甲師団、アメリカ第1機甲師団、そしてオーストリア陸軍の第3、第4、第9装甲擲弾兵旅団が渡っていく。
エイブラムスやレオパルトが先行してBETAの領域へと進んだ。
上空では援護の為にF-15、F-16とトーネードIDSが飛翔し、戦場へ向かった。
攻勢部隊の第一目標はトラウン川までの突破と解放であり、進撃距離は直線距離約55キロメートル。
米独2個の機甲師団が主力となり、各師団の側面援護はオーストリア陸軍が務めた。
また後方からは突破した領域の維持と戦果の拡張の為にアメリカ陸軍第1歩兵師団、第3歩兵師団、第38歩兵師団が続いた。
ドイツ連邦軍第4装甲擲弾兵師団は防衛線で待機し、残りのオーストリア軍も全て解放作戦に投入されている。
当然攻勢範囲はここだけではない。
旧オーストリアのアルプス山脈の地域もBETAから取り返す必要があった。
このアルプス山脈に対する攻勢は米独墺だけでなくイタリア軍も参加した。
イタリア陸軍の第1
アルピーニはボルツァーノからインスブルックに向けて進撃し、中央軍集団の山岳部隊と合流する予定であった。
米独からは第10山岳師団、第1山岳師団が投入され、オーストリア陸軍は6個猟兵旅団を投入して山岳地での攻勢に臨んだ。
山岳兵達の上空では支援の為にオーストリア空軍のJ35D”ドラケン”が飛んでいた。
対するBETAは正面に1個軍、アルプス山脈のインスブルック周辺には1個軍団を展開しており、いざとなればイタリアに張り付けてある3個軍団を投入出来る。
また予備戦力として1個軍を控えさせており、いざとなればハイヴの守備隊もある。
単なる中央軍集団の攻勢では少なくともハイヴが脅かされる危険性はなかった。
攻勢開始から一番最初の激戦地となったのは旧ザルツブルクの戦いであった。
まずアメリカ陸軍第1歩兵師団第2旅団とオーストリア陸軍第21連隊が制圧戦を開始し、それに気づいた1個旅団規模BETA群がザルツブルクに展開してきた。
無論移動する前に旅団規模BETA群はアメリカ宇宙軍とNATO空軍部隊によって熾烈な攻撃を受けている。
Mk.84やMk.82爆弾を搭載したF-15、F-16部隊によって移動中の縦隊に爆弾が降り注がれ、MLRSから発射されたクラスター弾によって更に損害を出した。
もしBETAが少しでも”偽装”ということを覚えたらここまで一方的に攻撃を加えられることはなかっただろう。
野戦防空として配備されている光線級が各所で奮戦しているのだがやはり12秒のインターバルががネックになっている。
事前に揺動弾などで光線級の火点が割り出されて12秒の間に次弾が叩き込まれる上に、生き残っても放熱が原因で位置を特定されてSEAD任務のF-16に狩り尽くされる。
或いは105mm対物砲と長距離熱源探知センサーを搭載した戦術機によって狙撃されるケースも多々あった。
山脈のような起伏の激しい地域では光線級の射線を遮る事が出来る為、割と有効な戦法であった。
ザルツブルクからBETAを一掃し迎撃に入る頃には旅団規模は全部合わせても連隊規模まで縮小し、その連隊も隊列が乱されて組織的攻撃能力は大隊レベルまで落ちている。
各軍は安定した防衛戦闘に入り、その間に攻勢部隊は前進を続けた。
M1エイブラムスとレオパルト2A4を主力とする攻勢部隊は順調に突破に成功していた。
少なくとも第一目標達成までNATO中央軍集団は順調に進んでいた、なんだかんだ事前の”間引き”が効いていたのである。
正面の守備隊は1個師団、増援を含めても2個師団程度である。
しかも事前にアメリカ宇宙軍が偵察情報を基に軌道爆撃を叩き込み、守備隊は更に弱体化していた。
少なくとも事前攻撃で師団直轄の重光線級群は壊滅、残るは通常の光線級だけであった。
宇宙軍は攻撃主目標を敵野戦軍に変更し、突撃級や要塞級の群れに攻撃を集中した。
その間前線では守備隊が必死の抵抗を見せていたがNATO中央軍集団の前に捻り潰された。
砲火力、機甲突破力、航空戦力全てにおいて中央軍集団は余裕があり、BETAの陣地を突破するのに足りる戦力であった。
米独最新鋭の戦車隊は主砲塔の120mm滑腔砲で並大抵の敵を砕き、後続のマルダーやブラッドレーが数で押し潰そうとする戦車級を押さえ付けた。
M242ブッシュマスターの25mm機関砲が太鼓を叩くような砲声と共に戦車級の身体を容易く砕く。
戦車隊が取りこぼした要撃級にはTOW対戦車ミサイルを叩き込んで黙らせる。
戦闘を行くM1エイブラムス隊は眼前の戦車級の死骸を履帯で踏み潰し、接近する要撃級に120mm滑腔砲を叩き込んだ。
要撃級は弾け飛び、何事もなかったかのようにエイブラムスが死骸を乗り越える。
これはドイツ連邦軍も同じだ。
彼らは1941年以来初めて本格的に他国へ足を踏み入れた。
第10装甲師団の担当地域では正面から迫る要撃級をレオパルト2の戦車隊が撃破し、小型種の戦車級やマルダー歩兵戦闘車とゲパルト自走対空砲が対応に当たった。
それぞれの機関砲の前にBETAはなす術もなく屍を重ねた。
軍隊とは陸海空に問わず相互援護の世界である。
例えば戦車の滑腔砲は要撃級を、数が揃えば突撃級すらも正面から打ち破れる。
しかし連続して叩き込めるかと言われれば話は別であり、こうした発射レートの間を埋めるのがIFVや自走対空砲の機関砲だ。
突撃級や要塞級の貫通は難しくとも、大地を埋め尽くす戦車級には効果がある。
お互いが弱点をカバーし、的確に連携を取ることで軍隊とは完成するのだ。
歩兵も、戦車兵も、砲兵も、工兵も、航空兵も、もしかしたら何かに代替されることはあるかも知れないがその兵科が持つ役割が戦場から消える訳ではない。
戦術機の到来もこの大きな諸兵科連合の輪に1つ加わるだけなのだ。
少なくともこれが分かる人間がいる内は大勝は出来なくとも負けることはないはずだ。
事実、NATO中央軍集団は着々と成功を収めつつあった。
上空からは定期的に戦術機の援護が訪れる。
アメリカ空軍機は戦術核を用いた阻止攻撃の為に前線の更に奥へ向かい、CAS任務には英仏独伊の空軍部隊がよく現れた。
特にフランス空軍のミラージュF1とミラージュ2000が積極的に前線に現れてはBETAの小規模部隊を粉砕し、直ちに次の戦場へ向かった。
ミラージュF1には大抵の場合AS30空対地ミサイルが搭載されており、場合によっては対要塞級を意識してAM39エグゾセ空対艦ミサイルを装備している機体もあった。
上空からミラージュ2000が装備したMk.82が叩き込まれ、突撃級にはミラージュF1がAS30空対地ミサイルを発射した。
手厚い航空支援によってNATO中央軍集団は更なる前進を続けた。
そして2月25日、ついに第一目標は達成された。
BETAの守備隊はグリースキルヘン周辺で分断され、片方は包囲殲滅された。
生き残った凡そ6,000体ほどのBETAは執拗な追撃を受けながらも光線級を殿にしながらリンツまで撤退し、辛うじてドナウ川を渡河した。
その後第1機甲師団の第37機甲連隊第1大隊がトラウン川まで到着したことで、作戦の第一目標は完全に達成されたのである。
同じ頃、米独墺伊によるアルプス地域の攻略が進んでいた。
NATO中央軍集団は2個山岳師団とアルピーニの3個旅団、オーストリアの6個猟兵旅団をこの地域に展開した。
ボルツァーノから進軍した第3山岳旅団”トリデンティーナ”は部隊をパチまで進め、他のNATO軍の合流を待った。
各旅団には増強としてチェンタウロ戦闘偵察車を装備した部隊を有しており、これて最低限正面からBETAと戦える。
何より頼もしかったのが戦術機だ、航空機でありながら地べたに立って戦えるこの機体は機動力や火力の面で山岳兵達の頼りになった。
何せ場合によっては155mmの砲ですら易々と前線に提供出来るのだ、チェンタウロと並んで戦術機は頼もしい存在だった。
現在も6機の戦術機がインスブルック方面でBETAにちょっかいを掛け、兵力を引き摺り出した。
『各機相手と距離をとりつつ攻撃は叩き込め!転げるなよ!』
隊長機のトーネード A-200から指示が入り、何機かが反転して迫るBETAに突撃砲とロケット弾を放った。
BETAは我先にと追撃をする為適当に撃つだけでも攻撃が当たる。
撃破された味方を踏み越えて次のBETAが前へ進み、前進を続けた。
ある程度まで敵を引きつけると隊長は部隊に命令を出した。
『各機二手に分かれろ、後でグラインスで落ち合おう』
『了解』
3機ごと二手に別れて飛行し、BETAの集団もそれに続いて二手に別れた。
片方はウンターベルクに、もう片方はジルヴェルクに別れて敵を引き付けた。
ある程度まで行くとトーネード A-200は山岳部の起伏を利用して姿を眩まし、BETAは探知能力を用いて敵を探そうとした。
だが時すでに遅し、周辺には2個のアルピーニ旅団がBETAを待ち構えていた。
「撃て!!」
山岳砲兵群”ヴィチェンツァ”の指揮官が隷下の砲兵隊に砲撃を命じた。
”トリデンティーナ”旅団の山岳砲兵群が引き付けたBETAに向けてオート・メラーラのMod.56 105mm榴弾砲を発射する。
それに合わせて偽装した陣地から飛び出したチェンタウロ戦闘偵察車が姿を現し、BETA部隊に向かって105mmライフル砲を叩き込んだ。
最後のダメ押しで待機していたイタリア空軍の戦術機部隊とオーストリア空軍の戦術機部隊も加わって攻撃を仕掛けた。
これで前列の突撃級を含めた部隊は壊滅し、装甲の薄い戦車級は迎撃された。
更に各所に潜んでいた対戦車兵が持つミラン対戦車ミサイルで残敵が掃討される。
引き付けられたBETA部隊がズタボロになった瞬間、チェンタウロ部隊が反撃に出てBETAにトドメを刺した。
「よし、いいぞ」
旅団長のエンリコ・ボルジェンニ准将は双眼鏡で戦果を確認し、近くの指揮所に戻った。
旅団の指揮所はかつてミーダースの街があった場所に設置され、BETAの動きを確実に見下ろせた。
ボルジェンニ准将が戻ってくる前に副官が走ってきた。
「閣下!”タウリネンセ”がキーフェルスフェルデンを確保!」
「何!?」
「”カドーレ”旅団がアルペンドルフを確保しました!」
「本当か!」
「はい!更にオーストリア第6猟兵旅団もゼーフェルト付近まで接近!」
ボルジェンニ准将は勝利を確信し急いで指揮所に向かった。
指揮所に入ると旅団参謀達が敬礼し准将を出迎えたが、准将は敬礼だけ返して即座に命令を出した。
「全隊に通達、インスブルックに前進し市街地を確保せよ。直ちに部隊を前へ!」
「了解…!」
参謀や通信士官達は隷下の連隊に命令を出し、”トリデンティーナ”旅団は本格的にインスブルック攻略に乗り出した。
カミリーノに乗り込んだアルピーニ達がチェンタウロと共に前へ進む。
支援砲撃で光線級から1発吸い出し、その間に先行した何機かのアエルマッキ MB-339Aがクラスター爆弾をBETAの集団に叩き込む。
反対側からはアメリカ空軍の戦術機も到来してBETAに攻撃を加える。
その間に移動を開始した”トリデンティーナ”旅団はまず第6山岳大隊”バッサーノ”が先鋒として旧インスブルックに突入を開始した。
インスブルックの市街地はBETAによって占領されたがまだ街の形を呈している。
”バッサーノ”大隊は支援の車両と共に市街地に展開して市街地の奪還を開始した。
「突撃!」
前進してくる2、3体の闘士級に対してアルピーニのBM59 Ital-TA1個小銃分隊の火力で掃討された。
別箇所から突っ込んでくる戦車級には冷静にM18 57mm無反動砲を数発叩き込んで黙らせる。
すぐ近くにトーネード A-200やF-16が降り立って周囲の戦車級を掃討した。
「前進!」
小隊長の命令でアルピーニの小隊は各分隊ごとに警戒を置きながら小隊は前進した。
すると反対側の小道から同じような歩兵小隊が姿を現した。
だが明らかに姿格好がアルピーニのものではない。
隣の建物の陰に小隊を移動させ、小隊長は移動を停止させた。
頼れる何人かの部下と共に前に出て「どこの隊だ!」と叫んだ。
すると反対側からも数人が小銃を下ろしながら近づいてくる。
「我々はオーストリア陸軍第6猟兵旅団だ、そちらは?」
「我々は第3山岳旅団第6山岳大隊”バッサーノ”、オーストリア軍か!」
「そうだ!」
お互いの小隊長が所属を話し合っていると路地の反対側の建物をぶち破って戦車級と闘士級が数体姿を現した。
2人は直ちに小銃を構えてBETAに攻撃を叩き込み、オーストリア猟兵の対戦車ミサイルで戦車級は撃破される。
残る数体の闘士級も2個歩兵小隊の小銃掃射によって全滅した。
オーストリア猟兵とアルピーニの共同戦闘という歴史上の数奇な戦闘がインスブルックの街にて繰り広げられた。
市街地内のBETAは第6猟兵旅団と第3山岳旅団”トリデンティーナ”によって掃討され、インスブルックにイタリア軍とオーストリア軍の軍旗が靡いた。
これによりインスブルック、アルペンドルフ、キーフェルスフェルデンの間でBETAは孤立した。
後続のアメリカ第10山岳師団、ドイツ第1山岳師団が孤立したBETAを掃討し、残りの猟兵旅団は更に奥地へ前進した。
オーストリアにとって長きに渡る雪辱を果たす機会であり、イタリアにとってはアルピーニの栄光を再び刻む戦いとなった。
2月26日、53年前の日本帝国では丁度この日に軍事クーデターが起こったらしいが流石に53年後も繰り返すことはなかった。
代わりにオーストリアでのNATO軍の攻勢はまだ続いていた。
少なくともNATO中央軍集団はトラウン川の手前まで突入し、師団隷下の工兵隊が架橋機材を前線に輸送していた。
この間に中央軍集団司令部は隷下の各師団司令部と協議してここで前へ進むか、防勢に移るかの二択を迫られていた。
攻勢とは言ってもNATO中央軍集団に与えられたのはソ連軍がウィーン・ハイヴに突入するまでの実質的な囮である。
ここでBETAが反撃の為に部隊を展開してくれればその任務は果たされるのだ。
司令官のパットン4世とアメリカ陸軍第1機甲師団長トーマス・ヒーリー少将は更に前進することを訴えた。
これに対して中央軍集団の幕僚達は「トラウン川周辺に防御陣地を構築して待ち構えたほうがいいのではないか」と言う意見が強かった。
問題はBETAが動くかである。
何せウィーン・ハイヴのBETAは戦線を55キロほど下げたにも関わらず全くと言っていいほど反撃の戦力を送り込んでこなかった。
NATO宇宙軍司令部の偵察網にもBETAの戦力が移動していることは確認されなかった為次第にこちらから出向かなければと言う意見が強まった。
各師団に架橋機材が揃う中、中央軍集団司令部が下した決断は架橋作業終了の後ドナウ川支流まで突入であった。
NATO軍は攻勢を選んだのだ。
トラウン川はそれでも100メートルを超える川幅を有し、並の重戦力では橋がないと渡るのは困難である。
そこでアメリカ軍では各所に工兵隊のA型フレームクレーンを装着したM728戦闘工兵車が展開し、トラックで運ばれたリボン式の舟橋やMFAB-F*1らが川中に送られる。
周辺にはM1エイブラムスやM2ブラッドレーらが待機し、誓うにはいつでも救援に向かえるようA-10などの戦術機も控えていた。
これはドイツ連邦軍の地域も同様である、師団隷下の旅団が持つ装甲工兵大隊が他部隊に守られながら架橋作業を行なっている。
円柱状の機材が川に入った瞬間に開き、それを周囲のゴムボートにいる工兵達が接続させる。
既に一部の歩兵部隊はゴムボートで向こう岸に移動して偵察と警備に入っていた。
そんな工兵達の上空を数機のプレデターが飛んでいく。
何人かの工兵達は空を見上げて周りの軍曹や先輩兵士に尋ねた。
「あれはなんです?」
「無人の偵察機だよ、まあラジコンみたいなもんだ」
「へえラジコン」
プレデターは暫く低空で飛行してBETAの接近の有無を確認した。
こうした無人機であれば例え光線級に撃墜されようとも衛士の損害が確実にない上に戦術機1気を失うより圧倒的に安く済む。
戦場では命の価値が違う、時によって変動するが。
後方の無人機統制指揮所ではプレデターのカメラから送られる周辺の様子を確認し、前線地域の味方部隊に状況を通達した。
『バイエルバッハ空軍基地UAV-C3、プレデター3-22の状況通達。ああ、架橋地点から13.66キロメートル前方にBETAの移動部隊確認。規模は推定1個大隊、正面に突撃級を確認。後方及び隊列に光線級は確認出来ず、オーバー』
『UAV-C3、後続の敵部隊は確認出来るか』
『ああ、少し待って。6キロメートル先に中隊規模確認、こちらにも光線属種は確認出来ず』
『了解、リトルホッグが前線地域に展開中、偵察活動は続けられたし』
通信の最中に3機のA-10と3機のF-16がトラウン川を越えて接近中のBETAの迎撃に向かう。
F-16は先行して後方の1個中隊の撃滅に向かい、大隊の相手はA-103機となった。
まずGAU-8 30mmガトリング砲で突撃級の足元に攻撃を叩き込み、その後集団の中にCBU-71クラスター爆弾を叩き込んだ。
さらに反転して前方の突撃級にAGM-65マーヴェリックを放って足を止め、残りにガトリングと突撃砲を浴びせた。
これらの攻撃に加えて後続の部隊がナパーム弾を叩き込んで残りを焼き殺した。
後続の中隊規模BETA群にも戦術機による阻止攻撃を続け、接近を阻止した。
こうした接近阻止戦闘は度々行われた。
BETAは小中規模であるが度々攻撃が加えられ、砲撃と戦術機部隊によって移動を止めた。
「よし…!設置完了しました!」
「大隊本部、架橋作業が終了しました。直ちに部隊の展開許可を願います」
工兵大隊からの許可が降りて各部隊の車両は移動を開始した。
M1エイブラムスがゆっくり慎重に橋を渡り、機甲部隊を向こう岸へと渡す。
エイブラムスの次はブラッドレー、M113と各隊の車両を展開して師団は戦闘を開始した。
「第4大隊へ通達、全隊前進!」
指揮車両型のM1エイブラムスを筆頭に第1機甲師団が攻勢を開始する。
これに合わせて渡河に成功した第10装甲師団、オーストリア第3装甲擲弾兵旅団も前進を始める。
部隊はザンクト・マリーエン、ザンクト・フロリアン、バート・ハルまで前進した。
空軍による航空阻止作戦も本格化する中、いよいよBETAも重い腰を上げた。
2月27日、BETAの大規模集団の移動が各地で確認されたのだ。
ウィーン・ハイヴは2月27日に予備戦力として残しておいたBETA1個軍を正面に展開するNATO軍にぶつけた。
守備戦力として1個軍団だけを残し、残る1個軍団と前線地域から撤兵させた残存戦力6,000体前後もこれに混ぜ合わせた。
既にNATO中央軍集団はこれを警戒してアメリカ第7軍団を本格的に投入し、宇宙軍も核兵器使用を前提とした阻止攻撃に入る。
ウィーン・ハイヴのBETAは1個軍を複数に分けて小部隊で移動させ、前線地域に突入させた。
特にここで大きく成長していたのが”
ウィーン・ハイヴは虎の子の改造突撃級1個大隊をしっかりカラーリングを変え、可能な限り視界不良の地域を用いて部隊を送った。
その為移動は2月26日から始まっていたというのが後の分析であった。
BETAは敢えて山岳部から回り込み、ライトナーベルクから改造突撃級含む強襲部隊を叩き込んだ。
無論これも宇宙軍、UAV、各所に潜む偵察兵の索敵によって辛うじて事前に判明した。
アメリカ第1歩兵師団と幾つかのオーストリア陸軍の連隊が中心となって事前に防御線を構築した。
これを起点に各部隊はハグライテン=フェル川の辺りでBETAを待ち構えつつ、カウンターの手配を進めた。
無論これより前に宇宙軍の攻撃は始まっている。
アメリカ宇宙軍を主軸とするNATO宇宙軍は旅団規模のBETA集団を検知すれば無条件で戦術核を投入した。
その為師団、旅団規模で行動すれば無傷では済まず、大隊や連隊規模では結集に時間が掛かり空軍の戦術攻撃の餌食となった。
それに大隊、連隊規模での攻勢では容易く蹴散らされてしまう。
当然改造突撃級を主軸とした戦闘団も被害を受けた。
これでも後続の要塞級がいくらか潰され、戦車級が数百体ばかし倒されただけなのでまだ軽微と言える。
この攻勢戦闘団が比較的小規模の攻撃で済んだのには理由があった。
第一に主戦力の改造突撃級は可能な限りBETA出来うる範囲で偽装されていること、第二に重光線級や要塞級のような大型種は少なかったことにある。
しかも投入されて移動中の戦車級、要撃級の数も少なかった。
ただし第1歩兵師団が展開する地域に現れたBETAの数はゆうに旅団規模を超えていた。
明らかに戦車級、闘士級が移動時点より増えているのだ。
元々第1歩兵師団は想定の倍来るかもと備えていた為衝撃は少なかったが、確かな違和感があった。
その理由は戦闘後に発見された新種のBETAの死骸から理由が分かる。
名は
これが光線級となると要撃級より複雑化する為6体が限度となるが、それでも要塞級よりも小型かつ機動力のある兵員輸送種であった。
大きさは大体要撃級と同等、若干小さいかというほどであり、6本の足で芋虫のような巨体を動かし、前2本の腕でいざという時の自衛戦闘に用いた。
運搬級は基本的に12.7mm、14.5mmまでなら自前の装甲で防げる、これが20mm以上となると限界を迎える。
攻撃方法は突進と要撃級と同じく前腕による打撃である。
要塞級、母艦級と並ぶ第三のBETAを輸送するBETAであった。
ただし要塞級、母艦級と明確に違うのは運搬級だけは明らかに”
運搬級はBETAがコマンドとして与えられた本来の目的を鑑みればいらない存在である。
それを態々作るということは徐々にBETAが本来の目的から外れつつある証拠だ。
BETAが戦闘へ特化すればするほど本来の目的を忘れ、この地球という星に来た意味が消えつつある
既に仲間に向けた物資輸送も途切れて久しく、戦略という概念から見た場合BETAの戦略的目標は一切達成出来ていない。
それどころか存在意義すら失い、破滅の道を歩んでいることを彼らはまだ知らなかった。
前線から少し離れた地域で搭載していた戦車級12体を排出しながら自身も戦闘へ参加した。
BETA戦闘団は改造突撃級の性能と戦車級の物量によって比較的優位を確保していた。
防衛線の一部ではシュタイア川から2.6キロほど後退しながら戦闘を続け、反撃の機会を待った。
師団長ニール・クレイトン少将は現状の戦力では最低7キロ以上は後ろに下げることになると状況を伝え、増援を要求した。
「閣下、クレイトン少将からの増援要求ですが……」
副官から要求書類を受け取り、パットン4世は顔を顰めた。
「ドイツ第1空挺を送り込みたいところなんだが…生憎側面攻撃で忙しい。他を当たろう」
ドイツ連邦軍第1空挺師団はほぼBETAを追う形でリンツ方面からオーバーエスターライヒに殴り込み、グセンから敵を挟撃していた。
更に第10装甲師団が第4装甲擲弾兵師団から増援を受けて敵の突破に成功し、凡そ3個師団分の戦力を包囲殲滅していた。
ここでドイツ連邦軍から兵力を割く訳にはいかない。
かと言って正面の抑えからも人は送り込めない。
現在正面に展開する第3歩兵師団、第38歩兵師団、オーストリア陸軍3個装甲擲弾兵旅団はまず先鋒の増強され実質半個軍と化した1個軍団の相手をしている。
「カナダ軍の第1師団は」
「殆どが正面に持ってかれてますが……いや、第5機械化旅団がいます」
「では第5旅団と我が方の第2騎兵連隊を第1師団へ、可能な限りの戦術機部隊も送れ」
「はいっ!」
「後は第12機甲師団の到着を待つばかりだな……」
パットン4世は戦況を見ながら改めて自身が軍集団の総大将であるという自覚を持たせた。
幸いにも3月1日からソ連軍が2個前線を用いて総攻撃を開始した、これで幾分かは楽になるだろう。
後は手持ちの戦力で如何に削れるかであった。
第1歩兵師団とBETA戦闘団の戦いが始まったのは3月1日、カナダ第5機械化旅団集団とアメリカ第2騎兵連隊が到着したのは3月3日の朝である。
昼頃には各地の防衛線に増援部隊が到着し、反撃部隊として第2機甲騎兵連隊をベースに機甲戦闘団が編成された。
3月4日、BETAの戦闘団と第1歩兵師団機甲戦闘団との本格的な対決が始まった。
場所は旧ヴァイダーン市街地周辺の防衛陣地周辺、現地に展開する部隊の救援ということでこの戦いは始まった。
まず最初に攻撃を仕掛けたのは機甲戦闘団と共に編成された戦術機による多国籍航空飛行隊だった。
アメリカ、イギリス、フランス、西ドイツ、イタリア、オーストリア、カナダ、そして人が足りないからということで国連軍命令で日本帝国とソ連海軍の海軍航空隊に人民解放空軍の衛士まで引き抜かれた。
日ソは地中海にそれぞれ空母機動部隊を派遣していたし、人民解放軍に関しては激戦区ヨーロッパで技術を学ぶ為に何人か衛士を戦術機付きで派遣していた。
その為アメリカのF-15、イギリス王立空軍のトーネードADV、フランス空軍のミラージュ2000、西ドイツのトーネードIDS、イタリア空軍のトーネード A-200、オーストリア空軍のJ35D”ドラケン”、カナダ空軍の
地上部隊か戦術機部隊のどちらかが改造突撃級の気を引き、その間に別の機体が攻撃を叩き込む。
或いは増援として到着した機甲戦闘団の集中砲火によって改造突撃級を沈黙せしめた。
この改造突撃級は以前サラエヴォに現れたものより装甲が薄く、どちらかといえばオリジナルのヴロツワフ・ハイヴのものに近かった。
どちらにしても数輌のM1エイブラムスによる120mm滑腔砲の射撃とM2ブラッドレーらのTOW対戦車ミサイルを喰らえばダメージも入るし、撃破だってされる。
それに各戦術機部隊だって空対地ミサイルや場合によっては空対艦ミサイルを備えており、150mm以上の砲火力で無理やりダメージを通した。
あるJ-9が触手を長刀で叩き切り、そこへ日本海軍のF-4EJ改とソ連海軍のMiG-23Kがそれぞれ空対地ミサイルを叩き込む。
数発の空対地ミサイルで致命傷を喰らった1体の改造突撃級は撃破されて爆散し、その爆炎の中をF-15とトーネードIDV、CF-116が通り過ぎた。
トーネードIDVとCF-116が相手の触手を引き付けている間にF-15がAGM-65マーヴェリックを叩き込み、ダメ押しで突撃砲の120mm弾も3発投入した。
別の箇所ではトーネード A-200とトーネードIDS、そしてJ35D”ドラケン”が2体の改造突撃級と戦っていた。
トーネードIDSが2発のマーヴェリックを放って改造突撃級の足を吹き飛ばす。
動けなくなった改造突撃級の触手を叩っ斬ってトーネード A-200が進路を作り、ミラージュ2000が改造突撃級に接近して120mm対物砲のゼロ距離射撃を叩き込んだ。
内側から弾け飛んで改造突撃級は撃破され、ミラージュ2000はそのまま突撃級の装甲を盾として対物砲を構えた。
J35D”ドラケン”に2機のトーネードが援護に入り、その感にミラージュ2000が対物砲で触手の付け根を3箇所破壊した。
相手の攻撃が弱まると”ドラケン”が相手の間合いに入って搭載していた爆弾を展開し、改造突撃級の前面部分を全て吹き飛ばした。
これで4体、他の箇所でも諸兵科連合戦術の発揮によって確実に主力の改造突撃級は撃破されていった。
後方からはMLRSによるクラスター弾が叩き込まれ、戦車級、運搬級、要撃級らが被害を受けた。
ホーアー・ノックから回り込んだF-16部隊が後方の梯団に戦術核を投入して後方部隊を叩き潰し、その間に反撃部隊が前線を押し上げる。
戦闘団同士の戦いは3日間続き、最終的に勝利を手にしたのは第1歩兵師団であった。
側面挟撃の攻勢戦闘団は善戦したが壊滅した。
それから第1歩兵師団は各連隊と共に攻勢軸を反転し、友軍の援護に入った。
戦場では第1歩兵師団の反対側、ドイツ第10装甲師団、第1空挺師団、加えてアメリカ第12機甲師団と中央左翼の第1機甲師団が防衛線の左翼から機甲戦力を用いた押し上げを行なっている。
NATO中央軍集団の航空支援を担当する第4連合戦術空軍は戦線の左翼と中央に航空戦力を集中し、第1歩兵師団ら右翼の面々はより近場の南欧連合空軍に支援を要請した。
結果、各戦線にそれぞれ手厚い航空支援が振り分けられ、安定した作戦行動が行えた。
高々光線属種ごときで航空作戦が全て塞がれるほど人類の空軍は柔ではない。
そもそもソ連軍と対峙した時には陸も空も1週間で殆どの欧州戦力が消し飛ぶかも知れなかったのだからまだ安い方だ。
陸空共に左フックの形でBETAを殴り、右側からも若干の圧力をかける。
戦線が狭まり密集すればそこはNATO宇宙軍の出番である、容赦なく戦術核や場合によっては戦略核も叩き込んだ。
BETAがドナウ川の支流を渡って残存兵力をイップス川より後ろに後退させるのは3月9日から3月12日にかけてのこと、NATO中央軍集団が一連の会戦に勝利したと発表したのは3月14日の朝であった。
後にオーバーエスターライヒの戦いと呼ばれるBETAとNATO軍の戦いはNATOの勝利に終わった。
しかしまだ戦いの序章である。
傷を負ったとはいえBETAはまだ全戦力を合わせて1個軍ほどが健在であり、NATO中央軍集団の戦いは続いた。
オーストリアを舞台とした戦闘はまだ続く。
-日本帝国領 東京 新宿区 市ヶ谷 国防省本庁舎-
1983年3月15日、日本帝国軍統合参謀会議議長であった矢田次夫海軍大将は定年の為勇退、後任として内定していた斉藤三弥陸軍大将にその席を譲った。
退任式では統合参謀会議及び陸軍参謀本部、海軍軍令部、空軍参謀本部に加えて国防省の面々から敬礼を受けて見送られた。
職員から白百合と赤百合がそれぞれ入った花束を渡され、長きに渡り軍務についた日本帝国軍を後にした。
この時後任の斉藤大将には現海軍軍令部総長の前田優海軍大将、後任の軍令部次長吉田學海軍中将らと同じくらい時間を割いて言葉をかけた。
有事の時代において国軍のトップになるということは彼らにしか分からない苦労がある。
そのことをせめて労おうと矢田大将は斉藤大将としばし言葉を交わした。
「長年に渡り、お疲れ様でした」
敬礼したまま斉藤大将は激励を送った。
「なぁに、これから大変なのは君だよ。頑張ってくれよ」
丁度花束を受け取る前だったからか矢田大将は斉藤大将の腕を軽く叩き、握手を求めた。
斉藤大将は敬礼を解除して矢田大将と握手を交わし、深く頷く。
「戦争は勝ちに近づいてる、いいかね斉藤くん、君の代で戦争を終わらせるんだ」
有事の軍人としてこれ以上にない激励であった。
斉藤大将は大きく頷き「肝に銘じます」と言葉をしっかり胸に刻んだ。
そして同じく市ヶ谷で斉藤大将の着任式が執り行われ、陸海空軍及び統合参謀会議、国防省の面々から出迎えられた。
これに合わせて空席となった陸軍参謀総長の席には渡辺敬太郎陸軍中将が大将に昇進の上着任した。
こうして新たに斉藤大将を統参会議議長とした日本帝国軍の新体制の足掛かりが出来た。
何せこの後海軍軍令部総長、空軍参謀総長の交代が行われる為本格的な新しい顔ぶれでの始まりは4月からであった。
尤も新体制と言ってもやることはそれほど大きく変わるわけではない。
第一にアフリカ作戦の完遂、これを達成する為に日本帝国軍が出来ることをこなすまでだ。
丁度着任から1週間経った3月23日、斉藤大将は首相官邸に呼び出された。
斉藤大将は若干不安を覚えながら首相官邸に足を踏み入れた。
副官の平野少佐と共に官邸へ訪れ、中に入った。
「陸軍大将斉藤三弥です、総理の命により参上しました」
斉藤大将と平野少佐は制帽を脱いで官邸で待っていた秘書官に敬礼した。
「ようこそおいで下さいました、案内致しますのでついてきてください」
斉藤大将は軽く頷き、言われた通り秘書官の後に続き、秘書官は斉藤大将を総理大臣の執務室へと案内した。
「こちらです、副官殿は別室で待機をお願いします。御用が済み次第呼びますので」
平野少佐は斉藤大将に一応の確認を取り、大将からの了承を得て中に入った。
彼を見送りながら斉藤大将は3回ほど執務室の戸をノックする。
「陸軍大将斉藤三弥です」
戸の奥から「入ってくれ」という声が響き、斉藤大将は執務室のドアを開けた。
官邸の中は総理のデスクと資料類の棚、客人を待たせるソファーなどで構成され、デスクの後ろには日本帝国国旗が静かに置かれている。
斉藤大将は改めて総理に敬礼した。
眼前にいる総理は斉藤大将にとっては上官であり、軍歴で言えば”
群馬県高崎市出身にして帝大の法学部卒、前の大戦では海軍主計少佐が最終軍歴である。
かつては風見鶏とあだ名された眉の太い男も今では総理大臣、日本帝国にとっては事実上のトップであった。
「敬礼は下ろして、座ってくれ。それと昇進おめでとう」
「ありがとうございます、では失礼します」
敬礼を下ろして一礼し、斉藤大将はソファーに座った。
首相も一旦手を止めて立ち上がり、反対側のソファーに座る。
「して、私に何用ですか?現状ご報告出来る事は直近の報告書に全て記載しましたが」
「その件については大丈夫だよ、君達は本当によくやってる。話したい事はそれじゃない」
「はあ、と言いますと?」
斉藤大将はこの時点で内心嫌な予感がしていた。
首相が直々に話したいこと、直近だと”
「国内についてだ、そろそろ腰に軍刀をぶら下げる権利を持つ人は1人でいいとは思わんかね?」
斉藤大将の嫌な予感が的中した。
首相が言っているのは十中八九斯衛軍のことだ、首相は武家からまず斯衛軍という武力の特権を取り上げる気なのだ。
ある意味ではこれもクーデターだろう、一応政威大将軍の下に首相は存在する、革命といった方が正しいのかも知れないが。
「閣下、まず申し上げますと我々は一切の政治活動に参与しないという宣誓の下、この軍服に袖を通しました。我々にそのようなご相談は……」
「それは分かっている、政治的なやり口は我々の方に任せてくれ。君らにやって欲しいのは解体した末に一旦引き取る枠組みの設置だ。欧米風に言うなら指揮統合の枠組みを設けたいのだよ」
日本帝国軍と斯衛軍は人事における回転ドアは存在していても軍としての指揮統合は冷戦期において安全保障の課題であった。
少なくとも日本帝国軍は斯衛軍をないものとして考え、アメリカ軍との連携を重視していた。
しかし法律上は日本帝国軍と斯衛軍の協働は不可欠であり、その矛盾は冷戦期において度々指摘されている。
「彼らが易々と我々の指揮下に入るでしょうか?」
「入るようにするのだよ、少なくとも君たちが”
そういって首相は斉藤大将の手をしっかり握った。
「斉藤くん、我々の代で戦後から続く問題は精算しなければならない。武家は我々の代で終わらせるんだ」
つづく