マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
栄光が普く知れ渡る
世界で唯一我らの
偉大なるソヴィエトの国
-”ソヴィエトの市民”より抜粋-
-日本帝国領 帝都京都 斯衛軍総監部-
斯衛軍は定例会として名目上総司令官である政威大将軍を含めた総監部会議を開いている。
今月は半ば頃に行われ、総監の九條輝光大将、副総監の奥平貞親中将、人事局長上鶴君伊少将、情報局長真田幸房少将、兵務局長的部新守少将、兵站局長中条季弘少将ら総監部のトップが席を共にしている。
このうち旧守派は貞親、新守、季弘の3人であり、輝光と幸房は思想的に言えば中立に位置する。
明確な革新派は政威大将軍の信真と彼が選んだ君伊だけであり、それまでは総監部は完全に旧守派の独占市場であった。
むしろ政威大将軍が信真になったことでこのパワーバランスが完全に崩れた。
組織のトップは革新派だが総監部は未だ旧守派が強いという派閥の捩れが生じてしまった。
そして捩れの中では確固たる意志で誰も彼もの顔色を一切伺うことのない信真が強かった。
彼はまず傀儡となっていた人事局長を自身の息のかかった人物に挿げ替えて掌握し、新しいプロジェクトを打ち出すことで組織の主導権を握った。
未だ地位を維持したままの旧主派であるがいつ革新派にとって変わられるか気が気でなかった。
それ故に総監部会議は常にヒリヒリとした空気感が流れている。
「アフリカ戦線では今月だけで87人が死傷、先月は124人が死傷しました」
新守はアフリカにおける一連の戦いで発生した損害について述べた。
「戦に人死はつきもんだぎゃ、まんだ1,000人死んでにゃーだけマシだわ」
アフリカ戦線に投入された斯衛軍は日本帝国軍の隣に陣地を構え、日々BETAの侵攻を防いでいた。
基本的に戦術機と機械化歩兵中心の斯衛軍であるがBETAの襲撃を受ければ跳ね除けられても当然損害は出る。
戦車級に喰われる、闘士級に貫かれる、突撃急に陣地ごと踏み荒らされる、死因は色々あるが戦場ではそれほど珍しくなかった。
むしろ月100人程度なら死人はまだ少ない方だ。
これはそもそも斯衛軍の担当陣地に襲来するBETAの数が少ないのもあるし、現場指揮官の山城興正大将や成瀬道永中将の指揮がそれなりにいいのもある。
本格的なBETAの攻勢を受ければ1日で1,000人以上が死傷することだって当たり前なのだ。
それでも斯衛軍は日中戦争以降の外地戦争において大規模戦闘を経験していないし、彼らは自ら外地に出る軍隊から内地を守る軍隊へと変貌した。
故にこのような外地派遣と不慣れな土地での戦闘には正規軍以上に疲労が蓄積した。
「しかし将兵は馴れぬアフリカの地で疲弊しており、その上日々の戦いで疲れ切っております」
季弘は将兵を気遣う形で信真に対し派兵の批判を唱えたがすぐに一蹴される。
「たかだか1,000体のBETAでひーこら言ってるもんにゃ最初から軍として、兵としての価値はにゃーぞ、それともおみゃーはあれか?斯衛軍が弱兵ばかりの寄せ集めとでも言いたいんか?」
逆に押し切られ季弘は「そのようなことは…」と吃りながら黙った。
こう言われると下手に返せば自身が斯衛軍に対する信頼を侮辱したと捉えられかねない。
しかも相手は五摂家かつ政威大将軍かつ上官である、下手な反論は不敬に値する。
日本帝国にとっての政威大将軍は準君主、準最高指導者といった存在でどこにも属さない曖昧な存在である。
何せ君主としては皇帝がおり、政治の事実上の最高指導者は首相、内閣総理大臣が務めている。
つまり今の時代において政威大将軍とは存在している”
僅かな東洋のユンカーの中から指導者を選び、それが国を統治するという体系は民主主義ではないことくらい硫黄島の戦いで疲れ果てたマッカーサーも分かっていた。
結果放置され存在だけは残った、本当に存在だけだが。
されど世の中には存在するだけで価値が生まれるものがある、価値とは付加的なものであるから存在そのものにそれが付く場合が多々あるのだ。
政威大将軍とは存在しているだけで誰かしらにとっては価値がある、その価値を最大限活用出来る人間は後にも先にも信真しかいなかった。
本来お飾りであるはずの政威大将軍を持ち前の派閥と行動力で最低限城内省と斯衛軍の実務を取り仕切り、我が物とした。
斯衛軍に総動員をかけて2個師団を復活させ、それに必要な予算ももぎ取らせた、国防省と大蔵省にも介入出来る力、今の政威大将軍には”
人を動かし、船を動かし、兵器を動かす、戦場に少なくない国民を送りそれらの給料を当てがう、政威大将軍斉御司信真の名によってそれらは為される。
今の政威大将軍には権威ではなく権力があるのだ、存在価値だけが全てだった政威大将軍に権力という新たな価値が生まれた。
故に彼は武家復権の希望であり、旧守派にとっては恐ろしい存在であった。
本当に、今の信真なら一声でここにいる3人を明日から無職へ追いやれる。
旧守派は伝統的な密室会議で自らの生殺与奪の権を一番恐ろしい相手に与えてしまったのだ。
それでも彼らが辛うじて今の地位を保てているのが今全員潰せば信真にも不利益になると知っている為、将官1人の育成はそう安いものではない。
自らの意に背き奉らぬのであれば多めに見て、そうでなければ処断する。
棟梁とはこれで良いのだ。
「そんなに兵隊が可愛いなら中条少将ご自身が部隊指揮官を為されればよろしい」
君伊は明確に季弘を挑発した、彼は革新派であるが実態は信真のお別科使いである。
「中条少将の意見は確かに一理あります、しかし今は忍耐の時です。BETA撃滅という人類にとっての大願成就を成す為、ここは無理をさせなければ」
輝光は信真と旧守派の間を取り持った。
今の彼の仕事は斯衛軍を率いるというより信真と斯衛軍の間を取り持つ方が近い。
尤も本来最高司令官付の参謀長とはそうあるべきだし、これが総監として正しい振る舞いであった。
「それに中条少将らの働きで補給に関して問題はありません。アフリカ攻勢も問題なく参加出来るかと」
「それはええ報せだ、その点に関しては褒めてやる」
これで信真の逆鱗に触れることは暫くないだろう。
輝光は安堵しつつも注意を切らさないように心がけた。
「アフリカ攻勢は来月の6月に行われます、現状の損害であればこちらも問題ないでしょう」
「この攻勢が終わればBETAとの戦争は終結に近づく、今こそ我らが一丸となって戦う時です」
珍しく貞親が輝光に同調して話を進めた。
そんな中会議参加者の1人、幸房が手を挙げて発言を行った。
「では私から1つよろしいですか?」
「ゆうてみよ」
信真からの了承を得て幸房は内容を話した。
「内部の話です、斯衛軍の中で一部の幕僚連中が増長し、外国勢力とよからぬ契りを交わしている恐れがあります」
幸房の発言を聞いた局長、総監達は若干何人かが顔を顰め黙った。
輝光や君伊らは初めて聞いたと衝撃を受けるような面持ちだったがそうではない者達が何人かいる。
「その外国っちゅうのはどこじゃ?」
「恐らくは東西ドイツのどちらか、可能性としては東ドイツの方が高いかと」
「東ドイツと言えば数ヶ月前、粛清人事が発せられたとの噂があります、もし本当だとしたらこちらにも余波が」
輝光は不安を危惧した、発言の傍で他の者達を見ると何やら思うところがある表情だった。
「真田少将、それは本当ですか?少なくとも総監部の幕僚にそのような兆候はない」
「それは尤もなこと、ですが軍の幕僚とは総監部だけではありませぬ」
「どちらにせよ、じゃ。幸房」
幸房は軽く頭を下げて信真の下知を待った。
「内の不始末、広まったらいけん、早う調べてこい」
「畏まりました」
この決定が実は旧守派を苦境に陥れることになるのだが信真はまだ知らない。
今言えることは1年後、彼らは同じように会議の席を共にしているとは限らないということだ。
-チェコスロバキア人明共和国領 トルナヴァ市 ソ連空軍仮設飛行場-
第306独立戦闘航空連隊はウィーン・ハイヴでの戦果を考慮して新たに親衛の称号とボグダン・フメリニツキー勲章が授与され、更に称号として”ウィーン”の名前が与えられた。
これにより連隊名は正式に第306独立親衛戦闘航空”ウィーン”赤旗ボグダン・フメリニツキー勲章連隊となる。
メデツィーニン少佐、デルーギン少佐、ブリツェンスキー少佐、ルヴィロヴァ上級中尉ら連隊の衛士も同様に勲章を授与され、表彰を受けた。
ルヴィロヴァ上級中尉も大尉へ昇進し、後数日しないうちに彼女専用のMiG-29が受領される手筈になっている。
フレツロフ中佐も功績を讃えられレーニン勲章と二等ボグダン・フメリニツキー勲章が新たに授与された。
レーニン勲章はこれで2枚目、この時点で父フセヴォロドが持つレーニン勲章の数を上回っている。
大祖国戦争を生き延びた父より大きい功績を挙げたとソ連政府には判断されたのだ。
これには珍しく父フセヴォロドから手紙が届いた。
身体を気遣う内容と戦果を褒め称える内容、それと自慢の息子だとも書かれていた。
父フセヴォロドが手紙を送ってくることは実は珍しい。
大祖国戦争の最中、よく母レナータに手紙を書いて送っていたそうだが実の息子にはそれをやってくれない。
理由はなんとなく分かる、フセヴォロドはフレツロフ中佐が確実にこの戦争を生きて帰ってくることが分かっているからこそ、生きて帰ってきた時に沢山話をしようと息子を信じて書いていないのだ。
息子は自分と同じパイロット、自分も大祖国戦争を生き延びたのだからこの戦争もきっと生き残るはずだと信じている。
不器用な愛情だが同じパイロット故かフレツロフ中佐は理由を理解していた。
「……ウィーンは大分堪えたな」
誰もいない飛行場に設置された仮の執務室でフレツロフ中佐はそう呟いた。
流石に1ヶ月半以上ハイヴの中にいるとメンタルにくるものがある、恐らく他の衛士もそうだろう。
部下の指揮を下げまいとフレツロフ中佐とブリツェンスキー少佐でなんとか盛り上げたがその分の疲労が来ている。
他の衛士達も疲れ果てて今は心ゆくまで休んでいた。
今度ハイヴを落としたら休暇を取ろう、絶対に取ろうとフレツロフ中佐は確固たる意思を持って決断した。
去年の末頃に帰ったっきりであり、今年は攻勢作戦もあってまだ帰れてない。
せめて10月頃には一度休みを取って帰りたいものだ、妻の出産くらい立ち会いたいという親の心もある。
しかしこうした事情を一切考慮してくれないのがBETAだ、本当に最悪の存在である。
「早く終わらせたいよなぁ…ん?」
軽くドアを3回ノックする音が聞こえた。
「入ってくれ」と入室を許可すると見慣れた親友が執務室に入ってきた。
「パニィキン将軍からお届け物だ、ストリチナヤだぞ」
メデツィーニン少佐は1リットルはあるウォッカの瓶と2つのグラスを手に持っていた。
「おお!帰ってきた上にこれは嬉しいな!後で将軍に礼の手紙を書いておかないと」
フレツロフ中佐は喜んで立ち上がり、デスクの手前に置いてある椅子に座った。
「デルーギンとオルゼルスキーは?」
「デルーギンは今ぶっ倒れたように寝てる、オルゼルスキーはパトロールに出た」
「じゃあ奴がいないうちに飲んじまおう」
互いに苦笑を浮かべショットグラスのウォッカで乾杯した。
酒は人類の友、この液体がなければ人類はやっていけないと言えるほどだ、少なくとも彼らはそう思っている。
「当分我々にパトロールとかの任務は回ってこない。ハイヴを堕とした僅かばかりの報酬だそうだ」
「お前が掛け合ってくれたんだろ?あの核弾頭から何まで苦労をかけたな」
「まあ飛ばない分後ろの仕事はしっかりやってるだけだ」
フレツロフ中佐は複雑な気持ちになった、彼の実務能力は優れているが本当なら同じパイロットして空の上で共に戦いたかった。
フレツロフ中佐とメデツィーニン少佐はハリコフ高等軍事航空学校からの同期、長い付き合いである。
かつては僚機だった事もあるし本来ならパイロットとしての腕はフレツロフ中佐、メデツィーニン少佐、デルーギン少佐がトントンと言ったところである。
唯一の例外がオルゼルスキー少佐で彼はかなりその日の調子に左右される。
やたら酒臭い日でも演習でこの3人に圧勝する事もあるし、逆に素面の時で普通に負ける事もあった。
浮き沈みが激しく勤務態度も良好とは言えない為本来なら勤続10年そこらで少佐は無理だ、これも戦争の歪みである。
それが今では最精鋭呼ばわりの連隊の隊長格だ、みんな遠いところまで来てしまった。
「後技術関係の将校連中に大分褒められたよ、モースク1の使い方が上手い上にいい教育元になってるってな」
「はぁ……俺はモルモットか?」
ため息をつき再びショットグラスのウォッカを一気飲みする。
確かにモースク1は便利だがそれ以上に鬱陶しいしやかましい奴だ。
しかもお前が喋っていることを密告しても何も問題がないように装うから余計タチが悪い。
「何かコツでもあるのか?あれの使い方」
ふとメデツィーニン少佐は尋ねた。
彼としてもフレツロフ中佐とモースク1のコンビネーションの良さは気になるところがあった。
「話しかければ答えてくれるよ」
「どういうことだ?」
「使ってりゃ分かる」
フレツロフ中佐はどこか諦めた様子で答えた。
メデツィーニン少佐がこの諦めの理由を知るのはそう遠くない未来のことであったがそれはまた別の話である。
-チェコスロバキア人民共和国領 オロモウツ州 プルジェロフ市 第1ウクライナ前線司令部-
今までルブリンに配置していた第1ウクライナ前線の司令部をチェコスロバキア内に移した。
オストラヴァに配置したかったがあそこには1発だが戦略核を投入した為まだ放射能除去作業が残っており、司令部には適していなかった。
軍事施設大隊の面々がプレハブ式だがプルジェロフに最低限必要な建物を設置し、強力な通信網などを用意した。
今のプルジェロフには輸送機が着陸出来る程度の飛行場も設置されており、司令部の機能としては問題なかった。
ウィーン・ハイヴの失陥により安全になった空域をヤゾフら第1ウクライナ前線の司令部要員を乗せたIl-86が着陸した。
Il-86の隣には同じく機材と人員を運んできたTu-154とAn-12が駐機しており、周りには整備士達が機体の整備を行っている。
このIl-86やTu-154は全て民間との輸送契約でアエロフロートから借りたものであり、この後はハリコフ空港に向かう予定だった。
輸送機から降りたヤゾフらは先んじてプルジェロフにいた兵士らに敬礼で出迎えられた。
昇降機を降りるとそこには何人かの佐官以上の将校が待機していた。
「お待ちしておりました」
「うん、同志ゾロトフ、司令部の準備は」
「問題ありません」
ゾロトフ少将は司令部準備の現地指揮を執る為に先んじてプルジェロフに入っていた。
少し歩いた所に司令部へ移動用の乗用車が置かれており、司令部将校団用のバスなども用意されていた。
「詳細は後でいい、前線の状況は」
「直近1時間以内で戦闘の報告はありません。静かなものです」
「逆に不気味だな」
ゾロトフ少将は静かに頷き、ヤゾフらと同じ乗用車に乗り込んだ。
全員を乗せると将校団の車両は全てプルジェロフの新しい司令部へ向かった。
道中もヤゾフは休む間もなくゾロトフ少将が携えた報告書を読んでいる。
「現在BETAの残敵はグラーツに集結し、ザグレブ・ハイヴへ後退中です。宇宙軍と合同の空軍部隊が追撃中ですが戦果は想定の2割下回ってます」
「何故だね?ハイヴに回した以外の戦術機は投入しているはずだが、宇宙軍の火力が足りていないとは思えん」
ゾロトフ少将は口を籠らせながらその理由を話した。
「それが……奴ら撤退戦が随分上手くなったようで、日中は森林部に隠れて休眠することでエネルギーロスを減らし、夜間移動を多用しています」
「BETAの夜逃げか、確かに今までそんなことはなかった。まあ追い回されてるのはこないだまで我々だったしな」
悪い冗談だが事実その通りである。
攻守が逆転したのは4年前の12月から、それまでは一方的にBETAが人類を追いかけ続けていた。
そのせいか追撃戦が上手くいかないケースはそれなりにあった。
「後アフリカ攻勢にもう衛星を回している為これらの影響も出てはいるかと」
「そういえば1ヶ月後だったか」
国連軍によるアフリカ攻勢、アフリカに残る幾つかのハイヴをアメリカ主導の国連軍部隊で全て破壊する最後の攻勢であった。
ソ連軍もソ連海軍の派遣艦隊と宇宙軍の”ポーリュス”を含めた攻撃衛星、偵察衛星を動員することが決まっており、何基かはもうアフリカの方に攻撃軸を向けている。
そのせいもあってか白ロシア前線、第1ウクライナ前線に回される攻撃衛星、偵察衛星の数は以前より若干少なくなっていた。
これらの複合的要因によりアルプス山脈に残っていたBETA群はまだ全滅せずにいた。
それでもこのうち何体かはザグレブ・ハイヴに到達する前に戦闘の消耗が災いしてエネルギー切れで野垂れ死んでいる。
「このペースだとどれだけ削れる」
ヤゾフはゾロトフ少将に尋ねた。
「直接攻撃で削れるのが3割、爆撃で4割、エネルギー切れが2割で多く見積もってもザグレブ・ハイヴに残るのは1割程度かと」
「1割も取り逃すことになるか……仕方あるまい」
ブダペスト・ハイヴ攻略を考えても無理な追撃で戦術機を失う訳にはいかない。
「今回の地上戦の損害はそれほど大きくありません。戦術機部隊の回復を待ってやれば10月中にでも再度攻勢は可能でしょう」
「ブダペスト、ザグレブ、現有戦力なら同時にいけるだろう。そしたらいよいよベルリンか」
「この戦争も終わりが近づいてきましたな」
「油断は出来んがそうだな、少なくとも5年、6年前よりは格段にマシだ」
ハンガリー、クロアチア、これらが人類の手に戻れば中欧、東欧は10年前のBETA大戦の地図に戻る。
失われたものは多すぎるがそれでもスタート地点には戻れるのだ。
そう聞くとやる気が満ち溢れてくる。
人類の反撃はいよいよクライマックスに向かおうとしていた。
司令部に入ると早速先んじて準備を行なっていた参謀達が敬礼し、ヤゾフを出迎えた。
「お待ちしておりました同志元帥」
早速出迎えたのはブラート・リトヴィネンコ中佐、5月10日付で中佐に昇進した。
ヤゾフは敬礼を返し、早速各所戦線の状況報告を尋ねた。
「ハンガリー方面の状況は」
「ゾロトフ少将からお聞きになったとは思いますが直近1時間での戦闘は小規模なものを含めてありません。最後の戦闘記録は4時間前の偵察小隊と小規模BETA群の不意遭遇戦です。しかし第2ウクライナ前線では30分前に1回、大隊規模BETA群の襲撃を確認しました」
「連中の注意は大体ユーゴスラビア、ルーマニア方面にある訳か。連中の防衛線は」
「以前変わらずです、敵野戦軍はウィーン・ハイヴに近しい野戦陣地を各所で構築しています」
ソ連宇宙軍の偵察衛星から渡された画像資料を手に取り、ヤゾフは中身を確認した。
ハンガリー方面のBETAはコシツェ・ハイヴのBETAを除いた数とほぼ同じであり、ルーマニア、ベオグラード・ハイヴからの残存戦力を回収して更に増強されている。
ハンガリー奪還の為にはそれ相応の作戦と準備が必要であり、現在の状態では突破も難しかった。
「前線の一部はハンガリー人民軍と交代しています」
「うむ、ブダペスト攻略は早くても10月頃に行う、準備を急がせろ」
「はい!」
ウィーン・ハイヴは陥落した、だがハイヴはまだ欧州に3箇所残っている。
これらを全て破壊するまで戦争は終わらないのだ。
-日本帝国領 東京 千代田区 国会議事堂 第34委員会室 貴族院外交国防委員会-
こうした外交国防委員会に似た委員会が設立されるのは2000年代の始まりのことである。
しかしBETA大戦により外交安全保障環境が一変した上、日本帝国も当事国の1つとなったことからこの委員会は本来より早期に設立された。
外地に派遣された国軍の状況や戦果、或いは予算や法案などを審議し、時として何か問題があった時はそれらの調査を行なった。
今回の外交国防委員会は朝10時に開催であり、現在9時半時点では会場の準備が終わり続々と委員会所属の議員達が入室してきた。
議題は斯衛軍を城内省の武力装置として設置するのではなく、国防省管轄の郷土防衛部隊の1つとして再編成を行うという法案に関してである。
斯衛軍は現状国防省の傘下にない城内省の軍事勢力である。
故に独立した指揮系統、装備、兵員を持ち有事の際に指揮権を巡る問題がどうしても発生する。
これは先の中東攻勢で発覚した問題であり、これらの問題を解決しつつ武家勢力の力を削ぎたいという本流の目的も相待ってある議員らがこの法案を提出した。
斯衛軍の所管を城内省から国防省に移し、国防省内の郷土防衛部隊として指揮統制を行うのが提出された法案の概要である。
当然だが城内省に斯衛軍、武家出身の貴族委員議員は断固反対した。
これに関しては旧守、革新問わず武家のほぼ全員が反対した、当然の結果である。
組織の所管が移るということはそれが組織の根幹を形成する場合相応の反発があるのは誰もが承知の上であった。
それでも今やらなければ二度とチャンスはない、今の首相と議員団は革新してこの法案を提出した。
皆、いつまでも武家にいられると困るのだ、これは左右両翼関係ない。
この法案を巡る政争は左と右の争いではなく、戦後日本と武家の争いであった。
現状この法案可決を巡る戦いは貴族院が一番白熱している、衆議院だと白票を入れる議員はいても反対する議員はゼロであった。
その代わり武家出身議員がそれなりにいる貴族院では大荒れに荒れ、恐らく可決は出来ないであろうという見通しであった。
だが近年生まれた衆議院の優越があれば辛うじて突破し、国民投票にかけられる。
全員が長い戦いになると予測していた。
そんな中、烏丸議員は国防政務次官である為委員会に所属し、質疑応答の回答者として出席していた。
準備が終わり、烏丸議員は既にいた何人かの背広組の国防官僚と共に雑談を行っていた。
「海上展開するBETAの掃討は粗方片付いたようです、後は地上戦だけですな」
いくつかの資料を持った高森は席につき、烏丸議員にそう述べた。
「後は村井くんにお任せするだけやね、あっちのお隣さんはどんな感じ?」
「まだ山城大将は話が通じる方らしいですよ、ただ指揮権に関しては譲ってくれないので斯衛軍はほぼ外国軍として扱うほかないそうですが」
「お家の決まりが厳しいとこは大変やね、まああの人らもそうか」
烏丸議員は態とらしく反対側にいる武家出身の貴族院議員らにニコッと笑みを浮かべ、軽く頭を下げて挨拶をした。
相手は動揺しながらも困惑した様相で頭を下げて挨拶を返してくる。
あれではあかん、仇敵から笑顔を向けられて意味も分からへん奴では終いや。
まあ徳川はんとか足利はんらと比べたら可哀想なのは承知やけどね。
精神の面では烏丸議員が圧倒している、それは隣にいる高森が一番分かっていた。
「しかし斯衛を郷土防衛に、ですか。とんでもないこと言い出してきましたね」
高森は時代の変革に対して嬉しさ半分、仕事が増えることに対しての不満半分でそう漏らした。
所管を変えるということは受け入れ先にもそれ相応の準備が必要である、変えると言われたからはいそうですかで済むほど人の世界は単純ではない。
その分の調整、手続きは彼ら官僚の仕事である。
「私としてはもうちょい見物でも良かったんやけどね。子どもも遊び疲れた方が寝かし易いやろ」
「ただこのままでは戦争は最悪1年以内に終わります、むしろ遅すぎた可能性もあります」
「高森くんはほんまに鋭いな、君がうちの子で良かったわ」
「私が武家に生まれてたら、多分ここまで出世出来てませんよ」
互いにブラックジョークで苦笑を滲ませ、数十分後に迫る委員会に臨んだ。
武家という存在に王手がかけられようとしている。
-ソ連領 ロシアSFSR モスクワ州 首都モスクワ ソ連国防省-
国防相執務室のドアを3回ノックする音が僅かにだが周りに響いた。
イルラリオノフ中将とトゥルーノフ中将は顔を見合わせ、ドアノブを捻った。
執務室の中に入るとウスチノフ元帥がデスクの椅子で腕を組んで寝ている、普段ならノックをしたら返答があるが今回ない理由はこれだった。
2人はウスチノフ元帥に近づき、肩を揺さぶりながら話しかけた。
「同志元帥、元帥起きてください。間も無く会議です」
2人に呼ばれるとウスチノフ元帥はすぐに目を覚まし、執務室のデスクに置いていたメガネをかけて首を回した。
イルラリオノフ中将もトゥルーノフ中将もこの状況を特に気にすることなく平然と受け入れていた。
これは大祖国戦争の影響である、ウスチノフ元帥は夜遅くまで仕事をする代わりに日中に数時間ほど寝る癖があった。
今回はたまたま睡眠中に当たってしまったのだ。
「何か飲みますか?」
「いやいいよ、ありがとう。全員揃っているかね?」
「空軍総司令官のクゥタホフ総元帥は前線視察の為代理でスコリコフ元帥とバテーヒン航空大将が出席しています。同様に宇宙軍総司令官のカラシィ元帥もベレズニャーク大将が代理で出席しています」
ウスチノフ元帥は状況を認識し立ち上がって制帽と資料を手に取り、会議室へ向かった。
会議室には参謀総長オガルコフ元帥とソ連国家技術委員会議長シャバノフ応急大将、陸海空及び防空軍、空挺軍、戦略ロケット軍、宇宙軍と国防省が管轄する国軍の総司令官達が集まっていた。
また今回は議題に関係する為特別にソ連海軍航空隊司令官のゲオルギー・クズネツォフ航空大将を召還し、アドバイザーとして意見を求める予定であった。
「今回は時期海軍機の剪定か……面倒だね」
ウスチノフ元帥は愚痴を溢し、トゥルーノフ中将は「まあそう言わずに、私の顔を立てると思って」と宥めた。
会議室のドアが開いてウスチノフ元帥が入室し「遅くなった」と一言入れた。
楕円状のテーブルの奥にウスチノフ元帥は座り、イルラリオノフ中将とトゥルーノフ中将はその側の席に座った。
「それでは定例会を始める、今回の主たる議題は戦術機の更新についてだ。その前に地上軍総司令官より一連の作戦に関する戦果報告を」
名前を呼ばれた地上軍総司令官、イヴァン・パヴロフスキーソ連邦元帥は報告書を読み上げた。
「はい、我が軍はNATO軍と共同でウィーン・ハイヴ攻略に着手、数十個軍規模のBETA群と共にこれを撃破、オーストリアを奪還しました。また、第2ウクライナ前線、南欧前線展開地域ではハンガリー方面からのBETAとの小規模な戦闘が多発しています」
「続けて空軍及び防空軍、空挺軍からの三軍共同戦果を、第8、第17、第26航空軍、第2、第11防空軍、第98、第103親衛空挺師団はウィーン・ハイヴに突入し最奥の頭脳級を撃破。現在も宇宙軍と共同で逃走中のBETAを追撃し殲滅しています」
「聞いての通り、オーストリア方面の攻勢は成功に終わった。これらも戦術機によるところが大きい、今回の議題は戦術機の配備状況、そして海軍機の新型戦術機導入についてだ。まずは防空軍から、MiG-31の配備状況について教えてくれ」
ウスチノフ元帥に言われて防空軍総司令官のコルドゥノフ総元帥は報告を始めた。
「現在MiG-31は極東、シベリア方面の防空軍部隊に優先配備を行っています。東アジア方面のBETAは掃討が完了したとはいえ油断は出来ません。現状Su-27は各前線部隊に優先配備していますから極東方面にMiG-31を配備することで防空軍全体の能力強化を図りたい所存です」
MiG-31、MiG-25から発展した戦術機であり、1982年より運用が始まっている。
地上レーダーからの管制がなくとも単独でBETAの迎撃を行える戦術機であり、このMiG-31自体がデータリンクで機体のデータ情報をMiG-25などに共有し支援が出来る特性があった。
つまりMiG-31のサポートによってMiG-25であっても通常よりもより鮮明なデータを元に戦闘が行えるのだ。
コルドゥノフ総元帥の発言通りMiG-31はSu-27の優先配備が行われているヨーロッパ戦線の反対側、極東方面にまずは配備を進めていた。
「今後もMiG-31は生産を続け防空軍の各隊に配備する。ではSu-27とMiG-29の配備はどうなっているかね」
今度は空軍側にも尋ねた。
「2年の間にだいぶ進みました、少なくとも次の攻勢、空軍に関していえば精鋭連隊には全てMiG-29を配備し、完熟訓練を終えた状態で出撃させられます」
スコリコフ航空元帥はそう豪語し、コルドゥノフ総元帥も頷きながら「防空軍も状況としては同様です」と回答した。
Su-27とMiG-29、配備の状況としては順調であり間も無くフレツロフ中佐の戦術機部隊も全てMiG-29に変わるだろう。
一部の空軍部隊はSu-27の調達を申し出ているがそれを除けば殆どの腕利きに最新戦術機を配備出来る状態であった。
ウスチノフ元帥は満足し「素晴らしい」と感想を述べた。
「ではいよいよ本題に移ろう、まもなくウリヤノフスク級が進水しテスト航行が開始される。それに合わせて海軍用の新型戦術機のテストも行いたい」
会議参加者達の前に数枚の資料が配られる。
それぞれの資料には戦術機の図面、カタログスペックなどが記載されていた。
「これらがテスト用の海軍機だ。この中から海軍が3機、機体を選んでテストに持ち込む。ではゴルシコフ元帥説明を」
ウスチノフ元帥に促され海軍総司令官のゴルシコフ元帥が説明を始めた。
「現状我が艦隊の戦術機はMiG-23Kであります、これも悪い機体ではありませんが近代化が差し迫っています。そこで今配布された資料から新型機を選出しテストを行います」
各人は手元の資料を見た。
一口に海軍機と言っても様々な種類がある。
例えばヤコヴレフ設計局からはYak-36、Yak-38、Yak-41の三種類が選出されている。
「このYak-38とかいうやつ、前にも見た気がするのだが…」
「海軍機剪定でまた出てきたらしいです。とは言ってもヤコヴレフの本命はYak-41ですから」
オガルコフ元帥は軽く頷きそれ以上は何も聞かなかった。
他にもそれなりに色々な戦術機が出てきているが基本的には現有の戦術機を海軍用にマイナーチェンジしたものが多い。
MiG-23KにMiG-27系列の技術と武装を盛り込んだ発展機、最新鋭のSu-27とMiG-29の海軍機バージョンなど。
「1つよろしいですか、Su-27、MiG-29の海軍機用の生産ラインは確保されているのですね?」
コルドゥノフ総元帥は疑問を投げかけた、せっかく配備が軌道に乗っている最新鋭機、海軍分として空軍や防空軍分を取られたくはない。
「その点に関しては問題ありません、各機海軍機用は確保されています」
シャパノフ上級大将の発言によりコルドゥノフ総元帥は安堵し、それ以上は何も聞かなかった。
「恐らくはこの戦術機剪定が今次戦争で最後の戦術機のテストになるでしょう」
ゴルシコフ元帥は最後にそう述べた。
少しづつだが戦争は終わりに近づいている。
だが彼らはまだ知らない、BETAもただくたばるだけではなく最後に巨大な花火を打ち上げようとしていることを。
つづくかも