マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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ある夏の朝の夜明けに
隣の庭を少し覗いた
そこには小麦色に焼けたモルドヴァ娘が
葡萄を摘んでいた
私は頬を赤らめ、青くなり
突然こう言いたくなった
「川辺に立って朝焼けを迎えませんか?」
-”スムグリャンカ”より抜粋-


モルドヴァ攻勢

黒海の海原に砲声が鳴り響く。

 

黒海艦隊の全戦力がモルドヴァ、ウクライナ西部、そしてルーマニアとの国境沿いに砲撃を叩き込んでいた。

 

スヴェルドロフ級”ジェルジンスキー”、”アドミラル・ナヒーモフ”、”ミハイル・クトゥーゾフ”の三隻がモルドヴァ近くの沿岸に向かって砲を放つ。

 

僚艦として61型大型対潜艦や1134B型大型対潜艦も、BETA襲来によって急遽開発された専用対地ミサイルを発射していた。

 

大型対潜艦といっても今や本来の職業である潜水艦狩りをすることは殆どない。

 

専ら友軍艦艇と共に対地攻撃支援を行うのが主任務であり、時折泳ぐBETAを対潜ロケット発射機で粉砕していた。

 

「光線級掃討率、65%まで到達」

 

「沿岸部のBETAはほぼ一掃されました」

 

黒海艦隊旗艦、スラヴァ級ミサイル巡洋艦”スラヴァ”のブリッジで水兵達が艦隊司令官のニコライ・ホヴリン大将、参謀長ニコライ・クリトニィイ中将らに報告する。

 

本来はニコラエフの造船所で造られる予定の”スラヴァ”であったが機材を疎開し、ノヴォロシースク船舶修理造船所で建造された。

 

故郷を取り戻す為に生まれた最新鋭のミサイル巡洋艦であり、ノヴォロシースクでは続々と後継艦が建造中である。

 

ホヴリン大将はブリッジから外を見ながら静かに命令を出した。

 

「艦長、”スラヴァ”の火力で残ったBETAを殲滅しろ」

 

「ハッ!」

 

ヴァディム・モスカレンコ大佐は無線を手に取り”スラヴァ”に命令を出した。

 

「対地ミサイル発射管、1番から16番にミサイル装填。目標、残存する光線級。”ジェルジンスキー”の陽動弾に合わせて一斉射!」

 

”スラヴァ”のミサイル発射管に艦対地ミサイルが装填される。

 

モスカレンコ大佐は”ジェルジンスキー”の艦長と連絡を取り、双方の息を合わせた。

 

ジェルジンスキー”から揺動弾が発射され、それに合わせてモスカレンコ大佐も命令を出す。

 

「撃て!」

 

スラヴァ級の左右両方に備わったミサイル発射管から対地ミサイルが一斉に放たれる。

 

いつも通り光線級は初弾の艦砲を迎撃し、12秒の間に到着したミサイルを迎撃し切れずに爆散した。

 

16本も対地ミサイルを喰らい、光線級は周辺のBETA共々吹き飛んだ。

 

これで全線防空の任についていた光線級は掃討され、道が開けた。

 

「海軍歩兵旅団の揚陸始め!サブリン少将の”ノヴォロシースク”海軍航空師団にも護衛機を出すよう伝えろ」

 

「了解!」

 

待機していた数十隻の揚陸艇が動き出す。

 

アメリカ軍に海兵隊があるように、ソ連軍にも海軍歩兵と呼ばれる者達がいた。

 

黒海艦隊は第810海軍歩兵旅団とカスピ小艦隊の第177海軍歩兵旅団を動員し、初動の揚陸部隊とした。

 

1205スカート型(グス型)揚陸艇と12321ジェイラン型(アイスト型)揚陸艇、そして最新鋭の12322ズーブル型(ポモルニク型)揚陸艇が目的地を目指して航行する。

 

その間にも艦隊の援護射撃は続いており、BETAの阻止攻撃を抑止していた。

 

無論援護は艦隊による対地攻撃だけには留まらない。

 

「司令官、”スラヴァ”より入電。航空隊の発艦要請です」

 

「航空隊は全機発艦、先行して橋頭堡の確保及び、BETAの残敵相当を実行せよ」

 

「了解、”ノヴォロシースク”航空隊、全機発艦せよ」

 

ノヴォロシースク”海軍航空師団、ついこないだまで国連軍所属のソ連海軍において数少ない航空機動部隊であり、指揮官はヴァレリー・サブリン少将が務めていた。

 

艦長、ボリス・チェルニィフ大佐の命令で待機していた残り12機のMiG-23Kも発艦する。

 

本来、”ノヴォロシースク”は戦術機を運用出来るほどのスペースはなかった。

 

しかしBETA大戦の勃発でそもそもの設計が大幅に変わり、より航空運用能力に特化した艦艇になった。

 

これは同型艦のキエフ級航空巡洋艦、全てがそうだ。

 

基本的に”キエフ”、”ミンスク”、”ノヴォロシースク”、”バクー”の四隻は国連軍の派遣部隊として戦術機展開能力を世界に向けている。

 

カタパルトから次々と戦術機が発艦し、黒海の上空を飛んだ。

 

MiG-23の編隊は瞬く間に先行する揚陸艦隊を追い越し、陸地へと辿り着いた。

 

まだ辛うじて生きている戦車級や要撃級、突撃級を蹴散らす。

 

『クリア』

 

『ジョールティイ3、4、前進して地域を広げろ。高度には気をつけろ、まだ生きてる奴がいるかも知れん』

 

指揮官の中佐が指示を出し、MiG-23Kの部隊は前進する。

 

その頃、海軍歩兵部隊はまず先発隊がザトカの街に上陸した。

 

街といってもBETAの襲来と砲撃で殆ど街の程をなしていなかったが、確保したことには変わりない。

 

周辺の安全が確認出来たことにより主力部隊がザトカの間にある200メートル程度の隙間を通って更に奥へ突入する。

 

先行したのはジェイラン型揚陸艇であり、主力部隊はモルドヴァを目指して暫く航行した。

 

『上陸30秒前!』

 

ジェイラン型の船内にアナウンスが入り、中にいる海軍歩兵達の緊張が高まる。

 

周辺は艦砲射撃と対地ミサイルで更地にしたとはいえ、それでもBETAがまだいるんじゃないかと言う不安があった。

 

そして海軍歩兵達はついにその時を迎えた。

 

ジェイラン型が陸上に上がり、暫く大地を移動した。

 

土煙を上げながら陸上を走るその姿は圧巻で、凄まじい光景である。

 

何せ船が陸を走っているのだ。

 

ある程度までジェイラン型が陸に食い込むと移動を停止し、ハッチを開いた。

 

ついに海軍歩兵達の出撃である。

 

「進め海軍歩兵の同志よ!前進!」

 

政治将校の合図で中からPT-76やBTR-60が飛び出す。

 

先行して移動するPT-76には黒制服を着た海軍歩兵達がタンクデサントを行っていた。

 

意地でもより多くの歩兵を市街地に流し込む為の策である。

 

待機中のBTR-60には後から到着したスカート型揚陸艇から出てきた海軍歩兵部隊が乗り込んだ。

 

そうでない海軍歩兵は周辺警戒に入り、持ち込んだ機材を用いて簡易指揮所と物資集積所を立て始めた。

 

何隻かが陸から海に戻り、その穴を埋めるように最新鋭のズーブル型が陸上に乗り上げた。

 

ハッチが開き、中からは近代化改修されたT-55AMが姿を表す。

 

第810海軍歩兵旅団の主力部隊だ。

 

主力は先発隊に続いてパランカへ向かった。

 

生き残りのBETAは殆どおらず、いてもPT-76の76.2mm戦車砲で破壊されるか、BTR-60の機関銃掃射で一蹴された。

 

それに30体以上の部隊であれば”ノヴォロシースク”の艦載機部隊が察知して速やかに迎撃に向かう。

 

手慣れた動きで上陸作戦を成功させ、先発隊はパランカへと辿り着いた。

 

「全員降りろ!各分隊ごと掃討戦、絶対に分隊単位で行動しろ!」

 

小隊長の命令でタンクデサントの海軍歩兵達が降車し、分隊ごと掃討戦を開始した。

 

上空をMiG-23Kが飛び回って市街地の状況を確認し、海軍歩兵部隊に指示を出す。

 

上空からの監視と海軍歩兵による地道な探索によって主力部隊が到着する頃には市街地の安全を確保した。

 

第80海軍歩兵旅団は早速橋頭堡を確保した。

 

モルドヴァ攻勢における最初の狼煙であった。

 

 

 

 

 

黒海艦隊から海軍歩兵旅団が上陸に成功したと言う報告を受けて、第2ウクライナ前線司令部は攻勢作戦の発動を決定した。

 

ペトロフ上級大将の命令で最前線の第4親衛戦車軍、第5親衛軍、第7親衛軍に攻勢命令が下った。

 

まず各軍、担当区域に向けて一斉に準備砲撃を開始した。

 

砲弾やロケット砲、そして戦術核に今回は一部地域に戦略核の投下も許可された。

 

砲撃には後方の4個軍の砲兵隊も参加している為、ほぼ回避も防御も不可能であった。

 

それに加えてソ連宇宙軍が出力を抑えた”ポーリュス”と2号機”ポーリュス2”、そして新しく打ち上げられた”ポーリュス3”を軌道上からの援護として回した。

 

ルディヤーナー・ハイヴとは違い、出力を抑えて飛ばしている為地表に対する影響は少ない。

 

されど低軌道からも地表に届く威力である為地上に撃てば当然そこにいる物体は消し飛ぶ。

 

こうした準備砲撃を済ませ、ある程度の時間が経ったら部隊は一斉に攻撃を開始した。

 

第4親衛戦車軍はべリョゾフカ周辺から攻勢をスタートした。

 

戦車軍には第2親衛自動車化狙撃兵師団から分離・発展した第1親衛戦車師団、第78戦車師団から分離・発展した第156戦車師団、そして新設された第342自動車化狙撃兵師団、第439自動車化狙撃兵師団、そして第232砲兵旅団ら支援部隊から構成されている。

 

ローシク元帥によって手塩によって育てられた第4親衛戦車軍はBETAのいる占領地を装甲の力によって取り返した。

 

戦車の梯団の背後には戦術機や歩兵戦闘車にBTR、自走式高射機関砲のZSU-23-4”シルカ”が続いた。

 

BETAに飛行出来る個体がいない以上”シルカ”の仕事はなくなったように思われたが、23mm4連装機関砲は戦車級や闘士級、運が良ければ要撃級の足も止められる。

 

小型のBETAを殲滅しやすいことから前線では人気が高く、国内軍からも調達の要望が出ていた。

 

戦車砲、シルカの23mm、そして戦術機のMiG-21とMiG-23による機動戦によって接近するBETAは容易く撃破された。

 

左右を任せる第5、第7親衛軍も突破に成功している。

 

数十時間の攻勢で既に戦果は大であった。

 

「第78戦車師団、コノプリャナエに到達。主力部隊は迂回して第1親衛戦車師団と共にモルドヴァへ向け進軍中です」

 

「第439師団がオデッサの海軍歩兵部隊と合流しました。掃討作戦に同師団も参戦中です」

 

2人の参謀が直近1時間の間に送られてきた報告を司令官の前で読み上げた。

 

ローシク元帥はこの時、食事を取るために用意させた黒パンの上に肉やら何やらを乗せて、挟んで食べていた。

 

齧った分を飲み込むとローシク元帥は「もうそこまで行ったのか」と驚いた。

 

隣で飲み物を飲んでいる参謀長のレオンティー・クズネツォフ少将も同様の表情である。

 

2人ともこんなに早くオデッサまで到達出来るとは思っていなかった。

 

「報告では想定よりもBETAの抵抗が薄かったと……」

 

「そんなことあり得るのか?コルマリィツェフ大佐!」

 

元帥は参謀を1人呼んだ。

 

ニコライ・コルマリィツェフ地上軍大佐、フルンぜ名称軍事アカデミーを卒業したエリートである。

 

コルマリィツェフ大佐は過去の事例を参照しながら意見を述べた。

 

「考えられるのはBETAが撤退したかそもそも戦力がそこまでなかったか」

 

「BETAが撤退するか?」

 

クズネツォフ少将は首を傾げた。

 

今までのBETAといえば圧倒的な物量に任せて戦線を押し上げ、領土を蝕んでいくやり方であった。

 

エネルギー切れの状態はともかくBETAが戦略的に撤退するケースは見たことがなかった。

 

「まあ我々が攻勢に出れたのってここ数年ですからねぇ」

 

「ともかく我々は予定通り前進を続ける。各戦車師団はキシニョフ周辺を確保するよう伝えろ。我々の任務は変わらん」

 

「ハッ!」

 

ローシク元帥は予定通り前進命令を出した。

 

同時にあることも伝えた。

 

「だが敵が少ないこと、撤退した恐れがあることは司令部に伝えろ。何かあるかもしれん」

 

「了解」

 

すぐに若い参謀の少佐が受話器を手に取り、前線司令部へ連絡を取った。

 

ローシク元帥は地図を睨む。

 

彼自身BETAとの直接戦闘は初めてだ。

 

若干の不安がないわけではないが、彼は育てた教え子達と装甲の力を信じていた。

 

 

 

-ソ連領 ウクライナSSR ザポロージィエ州 ザポロージィエ市 第2ウクライナ前線司令部-

各軍の善戦は当然司令部で把握していた。

 

第4親衛戦車軍はオデッサに上陸した海軍歩兵部隊と合流し、キシニョフまでもう少し、第5親衛軍も第7親衛軍も予定通り進撃している。

 

作戦は上手く行っていた、“()()()()()()()()()”。

 

最初は各軍から送られる報告を素直に喜んでいたペトロフ上級大将と参謀達であったが、次第に表情は疑いに変わっていった。

 

疑いに拍車をかけたのは第4親衛戦車軍の“BETA撤退の恐れあり”という報告だった。

 

BETAが戦略的に撤退し、何かしようとしているのではないか、疑いは次第に強まっていった。

 

そこで司令部は宇宙軍に1つ要請を出した。

 

頼んだ報告が来たのは第4親衛戦車軍の一部が橋頭堡を確保した第810海軍歩兵旅団と合流したという報告を受けてからだ。

 

「衛星情報届きました!」

 

参謀のヴァレンスキー中佐が報告書を纏めたバインダーを持って作戦室に入ってきた。

 

すぐにペトロフ上級大将はそれを受け取ると中身に目を通した。

 

ソ連宇宙軍は他の宇宙軍同様に偵察衛星による画像情報と熱源探知を用いて情報を分析する。

 

その為完璧ではないがある程度正確な情報を入手出来るというわけだ。

 

「…まずいな……BETAが確かに撤退を始めている」

 

「本当ですか?」

 

ペトロフ上級大将は無言でチャグノフ大将に報告書を渡した。

 

参謀長が中身を読むと同様の反応を示した。

 

驚きべきことにBETAの主力は黒海艦隊と第2ウクライナ前線の砲撃が始まった時点で後退を始めていた。

 

残って抵抗を続けているのは逃げ遅れたか逃げる体力のないBETAだけだ。

 

異星人どもはモルドヴァを放棄した。

 

「行き先はリヴォフ……防御を固めるつもりか」

 

「モルドヴァに展開された分のBETAがハイヴに戻られれば厄介なことになります」

 

「ああ、可能な限り狩尽くさねばならん」

 

ペトロフ上級大将はすぐに地図に目をやった。

 

今すぐ追撃出来る部隊と火力を探した。

 

「第一梯団はモルドヴァ占領に専念。航空軍と予備の第57軍は徹底的にBETAを追撃しろ。第二梯団の各軍は可能な限り戦力を抽出してBETAの追撃に当たれ。奴らをハイヴに戻させるな」

 

「了解」

 

「戦術機の何機かには核を搭載して撤退中のBETAに落とせ。退路を断つんだ」

 

「直ちに第5航空軍へ連絡を取ります」

 

ペトロフ上級大将はある程度命令を出し終えると再び地図を眺めた。

 

何かあった際、重要なことを見落としている気がする、そう思ったのだ。

 

「…参謀長」

 

「はい」

 

「第1ウクライナ前線のヤゾフ上級大将にも伝えろ。BETAがリヴォフ方面へ撤退中、我追撃するが貴官らも注意されたし…と」

 

「直ちに伝えます」

 

敵はリヴォフ・ハイヴではなく第1ウクライナ前線の方面へ向かって突撃してくる可能性もある。

 

事前に伝えておけばヤゾフならある程度対処するだろうという判断であった。

 

少なくとも第2ウクライナ前線の任務であるモルドヴァ奪還は確実に成功しつつあった。

 

されどこの勝利がリヴォフ・ハイヴへの攻略の勝機となるかはこれからの努力次第であった。

 

第2ウクライナ前線は可能な限りの力を持って敵を追撃する。

 

ソ連軍による盛大な追撃戦が始まった。

 

 

 

モルドヴァとリヴォフ周辺の旧国境沿いに巨大なきのこ雲と熱が周囲に飛び散り、辺りの動植物を巻き込んでBETAを吹き飛ばした。

 

モルドヴァとウクライナの土壌を含んだその煙は周囲に放射能を撒き散らした。

 

これで辺り一帯の動植物は焼かれるだけでなく、細胞や生殖機能に対して著しいダメージを受ける。

 

歪んだ形に変化し、二度と戻らないことだってある。

 

それでも、これを引き起こした人類はそれでも構わないと命じた。

 

住処が傷ついてもそこにいた異星人達に食い殺されるよりはマシだったからだ。

 

例えその土地が二度と人の入ることの出来ない場所になろうと今すぐに死ぬよりはマシであったから。

 

少なくとも前線を見ている司令官達はそう判断した。

 

故に核は落ち、BETAは焼き尽くされた。

 

数十発の戦術核の使用で撤退中のBETAは数千体近い同胞を失った。

 

更に側面から第5航空軍が追撃を開始した。

 

ペトロフ上級大将は防空軍にも掛け合い、可能な限りの戦術機を緊急展開させた。

 

追撃戦の戦場ではMiG-21からMiG-27、セヴァストポリの海軍基地から発進したソ連海軍航空隊も加勢した。

 

特にヴィクトル・ベレンコなるパイロットのMiG-25の戦果は凄まじく、僚機と合わせて1個大隊と2個中隊分のBETAを撃滅した。

 

更に後方からは第4親衛戦車軍の第1親衛戦車師団から出動した戦闘団がBETAを追い上げた。

 

最新鋭のT-80はガスタービンエンジン故に補給の都合上戦闘団にはいなかったが、T-64BVとT-72で十分敵を撃滅出来た。

 

その間にT-80ら第4親衛戦車軍の主力部隊はキシニョフに到達した。

 

キシニョフに残るBETAは逃げ遅れた僅かな戦車級や闘士級ばかりで徹底的に狩りつくされた。

 

第一梯団を担当する3つの親衛軍は当初作戦通りモルドヴァ全土の奪還を目指した。

 

その間に第57軍と一部の第二梯団の戦力は臨時の戦闘団を編成し、モルドヴァから撤退するBETAの追撃に参戦した。

 

BETAは追撃部隊を蹴散らす為に光線級を要塞級の上部に無理やり括り付け、移動砲台として活用していた。

 

度々突撃級が殿の為に突撃し追撃部隊と交戦になっていた。

 

今回のBETAはいつもよりも戦術的、戦略的な工夫が成された戦法を取っていることに前線の指揮官たちは驚いていた。

 

されど所詮はBETA、頭脳を失った猿真似に過ぎない。

 

移動母体となった要塞級を挫いてやると上の光線級は誤射を恐れて発砲しなくなるか発砲停止が間に合わず、辺りのBETAを巻き込んで自爆した。

 

突撃級も後退中にロケット砲兵隊のクラスター弾を受けて動けなくなった。

 

そこへ後方に回り込んだ戦術機やBMP-1の集中砲火で完全に息の根を止められる。

 

こうした攻防は暫く続いた。

 

両軍とも損耗し、消耗していく。

 

BETAとの戦闘が減少し始めたのは追撃が始まってから凡そ6日目の事であった。

 

第1ウクライナ前線からも援護の砲撃が飛んできたのだ。

 

側面から偽装工作を多用し、砲兵とロケット砲兵部隊が接近し、後退するBETAに砲撃を叩き込んだ。

 

空気を割るような砲撃の音と、白煙を上げるロケット砲弾がBETAの肉体を引き裂く。

 

第57軍は第1ウクライナ前線の砲撃に合わせて攻撃を叩き込み、殿のBETAを殲滅した。

 

第2ウクライナ前線第一梯団がモルドヴァ全土を解放し、ルーマニアとの国境線沿いに辿り着くころには追撃戦も集結していた。

 

モルドヴァとウクライナの国境線沿いには無数のBETAの亡骸と破壊されたソ連軍の車両、そして砲弾の跡が戦場跡地を形成していた。

 

航空機でその地点を肉眼で見た場合、目撃者は地面に黒いシミが出来ていると思うだろう。

 

それが全て戦争で破壊されたものとは思わないはずだ。

 

4月27日、ソ連政府によってモルドヴァの全領土開放が宣言された。

 

世界にBETAによって蹂躙されたキシニョフを奪還し、意気揚々と行進を行う第4親衛戦車軍の姿が映し出され、戦勝記念日前にまた一凛の勝利の花が供えられた。

 

それでも第2ウクライナ前線はモルドヴァにいたBETAの凡そ5割を取り逃がした。

 

生き残った5割は全てリヴォフ・ハイヴ周辺まで後退し、防備を固めている。

 

勝利は勝利であったがペトロフ上級大将からすれば物足りぬ勝利であった。

 

せめて後2割は行けたはずだ、そう思えてならなかった。

 

 

 

ーソ連領 ウクライナSSR ポルタヴァ州 ポルタヴァ市 第1ウクライナ前線司令部ー

この日もヤゾフは朝、プラウダとクラースナヤ・ズヴェズダーを読んでいた。

 

久方ぶりに余裕のある朝食で既に黒パンを1枚食べ切っていた。

 

同じテーブルには参謀長のモイセーエフ中将とステクリャル中将、そして第1親衛軍のゲラシモフ上級大将が座っている。

 

3人ともヤゾフと同じ黒パン2枚にスープ、そしてソーセージとサラダといった様相だ。

 

今のソ連はギリギリ飢えずに済んでいる状態である。

 

大規模穀倉地帯のウクライナはようやく奪還されたばかりで食糧生産が今年から復活するかはまだ分からない。

 

今のところ食糧はソ連国内の時給生産とアメリカからの援助、そして国連の枠組みによって何とか賄われている。

 

その為誰しもがヤゾフ達の様に毎日ソーセージを食べ、昼も夜も明日も余裕がある訳ではなかった。

 

エカテリンブルグやヤゾフの故郷であるオムスクでは僅かばかり肉の供給が途絶えて品薄になっていると聞く。

 

モスクワやレニングラードでは購入に制限が掛かり、黒パンの値段も上がったらしい。

 

一般的なソ連市民は何とか家計をやりくりしながら、ダーチャのような場所で自家製の野菜を作り、逞しく生きていた。

 

ヤゾフと同じ、それより上の世代やあの聖戦で子どもだったソ連市民、特にレニングラード在住民は皆口を合わせてこう言った。

 

「大祖国戦争の時よりはまだ食えてる」と。

 

少なくとも肉や魚、卵類のタンパク質の供給が完全に途絶えたわけではないし、カロリー計算上は問題ない段階にある。

 

誰も彼もが飢えに苦しんだレニングラードの時やそれ以前のホロドモールに比べれば確かにまだマシであった。

 

それにウクライナで再び食糧生産が始まれば食糧事情も少しはマシになるだろうとヤゾフは踏んでいた。

 

ゴルバチョフ率いるウクライナ復興委員会の報告書では殆どの地域で食糧の再生産が可能ということだ。

 

早ければ今年中に、最低でも来年中には成果が出るだろう。

 

「ペトロフ上級大将の様子はどうだった?」

 

ゲラシモフ上級大将はパンを飲み込むとヤゾフに尋ねた。

 

ヤゾフは一旦新聞を下げ、上級大将の問いに答えた。

 

「少し悔やんでいるようだった、もう2割は行けたと」

 

「あの状態で敵戦力の半分はもっていけたんです、十分だとは思うのですがね」

 

モイセーエフ中将はここにいないペトロフ上級大将を慰めるような発言をし、スプーンですくったスープを飲んだ。

 

実際モイセーエフ中将の評価は正しかった。

 

それに同調するようにステクリャル中将も「偵察衛星の情報だけじゃ限界がありますからねぇ」と呟いた。

 

かつて、人類同士の戦いなら少数の歩兵部隊を浸透させ、強硬偵察を行うことだって出来た。

 

しかしBETA相手だとそれは難しい。

 

現状こうした強硬偵察は最低でも歩兵戦闘車や戦車レベルでないと不可能である。

 

BETAの物量と脅威は偵察の難易度をかなり上げた。

 

その為指揮官たちはどうしても人類同士の戦いよりも少ない情報で決断を行わなければならない。

 

それがどんなに困難なことか、分かるのは同じ指揮官のみだ。

 

「ああ、殲滅するのがリヴォフ・ハイヴ攻略の時に変わっただけだと前向きに捉えよう」

 

ヤゾフは黒パンをちぎり、口に入れた。

 

ちなみに今日は朝から黒パンであったが昨日は伝統的なカーシャであった。

 

「なんにせよ再びモルドヴァは我が家に帰った。後はリヴォフだけだ」

 

「ですな、東ドイツ支部の報告によれば今回のモルドヴァ奪還で東ドイツも沸いているようですし、リヴォフ・ハイヴが消えれば更に人々は湧くでしょう」

 

「後はどう成功させるかですね……」

 

「だな」

 

こればかりはモイセーエフ中将ら参謀達、ヤゾフら指揮官達の肩に掛かっている。

 

既に大まかな作戦は参謀本部、大本営と協議を終えており、後は今回の攻勢で第2ウクライナ前線が失った戦力を回復すれば実行可能だ。

 

「なんとか泥濘期までは終わらせたいものだ」

 

ヤゾフはそう言い切り、最後の黒パンの欠片を食べると代用コーヒーを飲み干した。

 

ウクライナの泥濘期、それは泥によって全てを止めてしまう厄介な季節である。

 

この戦争まで泥に引きずり込まれたくはない。

 

長引けば長引くほど人類は苦しくなる。

 

ヤゾフはそう確信していた。

 

1980年5月、もう間もなく35回目の戦勝記念を迎えるこの年。

 

人類は新たなファシストに対する反撃を打ち始めていた。

 

 

 

つづくかも

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