マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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大ピョートルが決意した
その時より、300年が過ぎた
確実な勝利のためには
確かな後方が欠かせぬと
-”後方の歌”より抜粋-


変革期

何機かのSu-24MRがかつてザグレブという街があった場所を飛行している。

 

機体の跳躍ユニットには空対地ミサイルや爆弾の代わりにシュメリィ-1の射出機が取り付けられていた。

 

周辺に光線級の脅威はない、ハンガリー内に移動してしまった。

 

Su-24は悠々自適に飛行することが可能で、衛士達も特に不安を覚えることなく飛行を続けていた。

 

『ザグレブに到着した、これより偵察機を射出する』

 

『了解、データを司令部へ転送せよ』

 

後部座席の衛士がシステムを操作し、Su-24MRから1機につき4機のシュメリィ-1が射出された。

 

シュメリィはそのままザグレブの大穴に突入し、内部調査を始める。

 

ザグレブ・ハイヴは今までのハイヴとは大きく違う、城塞級の移動後その地域がどんな状態にあるか調査しなければならない。

 

BETAによる土壌汚染、地上陥没の危険性、或いはBETAがまだ残っているのではないか。

 

人間をそのまま突入させるのは危険である為、偵察戦術機からUAVを射出する必要があった。

 

飛行していたSu-24MRは地上に着陸し、シュメリィからの情報を確認する。

 

『ハイヴ内に残存BETAは確認できず、しかし土壌汚染は確認されている。ハイヴの規模はクラス3以上』

 

『了解、引き続き調査を続行せよ』

 

司令部からの命令を受けて偵察部隊はザグレブ内の調査を続けた。

 

衛士達は可能な限り無感情で任務に臨んでいたがやはり思うことがある。

 

かつて人の街であった土地が今はただの大穴と化している。

 

それは気持ちのいい光景ではなかった。

 

自分たちの生活が脅かされているような漠然とした不安感が彼らの心の中に残った。

 

同じようにSu-24MRの偵察部隊はソ連軍が確保した一部ハンガリー領にも展開していた。

 

撃破した装甲母艦級の調査を行い、その間に各BETAの残骸を回収に向かった。

 

上空を飛行するSu-24MRとは別に地上に接近する戦術機とヘリコプターの姿があった。

 

Mi-6から垂れ下がるアンカーを地上にいる兵士達が運搬目標である改造された要撃級に括り付け、浮上させようとする。

 

『アンカーの固定、完了しました』

 

『了解、直ちに周辺から離れろ』

 

周りの兵士達は周辺から離れ、Mi-6はそのまま要撃級の残骸を持ち上げた。

 

運搬には戦術機も駆り出され、巨大なネットに要撃級の残骸を入れてそのまま運んでいった。

 

かつてこういった任務に駆り出されるのはMiG-21だったがMiG-23の配備がある程度済んだ為、今ではすっかりMiG-23の仕事となっていた。

 

地上では現場指揮に訪れていた国連のBETA研究機関に属するソ連軍将校達が運送部隊に指示を出していた。

 

「輸送隊、一先ずトルナヴァの飛行場に運んでくれ。後の対応は停留中の輸送機がやる」

 

『了解した、トルナヴァ飛行場へ向かう』

 

残骸を運ぶヘリコプターと戦術機の飛行群はチェコスロバキアの方面に向けて飛び去った。

 

地上では作業を終えた兵士達がウラル-375Dに乗って撤収を開始した。

 

「少佐、トルナヴァに送った後はどこへ運ばれるのですか?」

 

白衣を着たソ連軍大尉が同じく白衣を着た少佐に尋ねた。

 

彼らは白衣の上から国連の紋章と研究機関名が入った腕章をつけており、基本的には化学防護部隊、軍医の兵科襟章を制服につけている。

 

こうした将校達は前線や軍集団といった単位の部隊であれば対策研究課として派遣されている。

 

第1ウクライナ前線の場合はナヒーキン少将がチームを率い、新種のBETAが現れた場合BETAの行動パターンや能力を分析し時に予測した。

 

基本的にこうしたチームに属する将校は国連が官民共同で運営するBETA研究機関に1年以上属した者か研修を受けた人間が派遣されていた。

 

新種のBETAに関する研究も彼らの管轄であり、撃破したサンプルは調査の為に近場の研究機関に送られていた。

 

「出来ればパルドゥビツェの方に送りたいが……設備が貧弱だ、レーゲンスブルクの方へ輸送される」

 

「西側の管轄ですか……」

 

「とはいっても我々も解剖や調査には立ち会う。我々もレーゲンスブルクに急ぐぞ」

 

大尉は頷いて停車しているUAZ-469に乗り込んだ。

 

各所で戦闘後の事後処理が進んでいる。

 

損害の確認、使用した弾薬類を新たに調達する為に作成される要請書、放射能汚染地域の指定と各所のBETA被害。

 

大規模戦闘において誰も死なないなどということはあり得ない、必ず何処かに死傷者と破損した兵器がある。

 

これらはまずその戦闘地域を管轄する連隊、或いは師団によって調査が進められ、更に上級部隊の軍司令部に届けられる。

 

各師団から集まった報告を軍司令部で纏められたものがヤゾフが指揮を取る前線司令部に集まり、それらがモスクワの国防省に送られる。

 

戦いで生まれた犠牲は書類の上に移され、簡潔な官僚チックな文章に纏められる。

 

人の一生を簡単に纏めてしまうのが戦争である、それも戦死ならまだ良くて時には行方不明者として扱われることもあった。

 

本来なら必要ではなかった冷徹な国家による破壊活動がBETAによって無理やり引き起こされてしまった。

 

書類に記載された損害、被害は全てBETAがいなければ起こらなかったはずの犠牲である。

 

理屈の上であってもBETAという存在は許容出来ない巨悪だった。

 

「空軍及び防空軍、宇宙軍のリソースを頭脳級撃破に回してしまったので通常のBETAはかなり取りこぼしました」

 

報告書の要約をローシク少佐は重々しく述べた。

 

地上を移動するBETAとは大多数が囮であり、特に城塞級、装甲母艦級辺りは完全に高い囮であった。

 

本命は母艦級に押し込んで地中移動し戦力をハンガリー内に届けた。

 

地上部隊も5割は削り切ったが途中で装甲母艦級の妨害を受けて一部はかなり取りこぼした。

 

もし宇宙軍の戦力がアフリカ攻勢に投入されていなかったら撃滅はもっと容易かったろう、やはりタイミングが悪かった。

 

「ブダペスト・ハイヴの動きは」

 

「ありません、未だ各所で静かな睨み合いが続いています。向こうも増強戦力の再編成が必要なのだろうとナヒーキン少将は述べていましたが……」

 

戦力の再編といっても地下から移動したBETAは殆ど無傷のまま、すぐに動き始めるだろう。

 

最低でも今年中にはBETAによる反攻作戦が始まる、ヤゾフはそう踏んでいた。

 

「この沈黙は持って1ヶ月かも知れん、国防省と参謀本部には早期の攻勢を提言しなければ」

 

ヤゾフは冷静であった、彼はもう3年も前線司令官をやっている。

 

忍耐と即決力に磨きが掛かり、指揮官としての能力はかなり上位に来ていた。

 

「アフリカ攻勢の方はどうなっている?」

 

「山場は超えましたね。攻勢に投入されたBETAの地上戦力は壊滅、勢いに乗った国連軍が第三のハイヴ攻略に取り掛かっています」

 

これで少しは宇宙軍の攻撃衛星を欧州戦線に戻せる。

 

軌道爆撃に頼らずともBETAの攻勢を受け止めるくらいは出来るが、あればあるだけ戦闘は楽になる。

 

人の命が掛かっているのだから楽である方が圧倒的にいい。

 

「宇宙軍戦力の移転が終わったら我々から打って出るぞ。こちらは4個前線、確実に勝つ方法はある。焦る必要はないが急いだ方がいい」

 

「ついにBETA大戦にチェックメイトですね、長い戦いでした」

 

「最後のハイヴが地上から消え去るまで、油断は出来んよ。焦らず、されど急ごう」

 

ローシク少佐は頷き、敬礼して職務に戻った。

 

欧州に残るハイヴは2箇所、少しづつだが明るい未来へと近づきつつあった。

 

 

 

 

 

-チェコスロバキア領 トルナヴァ市 ソ連軍飛行場-

作戦が終了し、アイゼンシュタットのいた第306独立親衛戦闘航空連隊はトルナヴァ飛行場に戻った。

 

戦術機を格納庫にしまい、衛士達は一息ついている。

 

皆、大激戦を生き延びたことを大いに喜び、マリロフ大尉やブリツェンスキー少佐といった英雄達を称えた。

 

当然フレツロフ中佐も流石ソ連邦英雄だと持て囃されたがそれ以上に1つ、気になることがあった。

 

最後に頭脳級を仕留めた核砲弾を発射した人間だ。

 

運搬部隊はそのまま警備についていたらしく、引き金を引いた人間はどうやら別にいるらしい。

 

フレツロフ中佐は殆ど感のようなものだが1人心当たりがあった。

 

確認の為に彼は作戦室に向かうとその途中で壁に寄り掛かりながら息を切らしているメデツィーニン少佐を見かけた。

 

「おいメデツィーニン大丈夫か、休もう」

 

「ああ……大丈夫、いつものことだよ」

 

休ませようとするフレツロフ中佐を尻目にメデツィーニン少佐は職務に戻ろうとした。

 

中佐は頭をかきながら「いいから」と無理やりメデツィーニン少佐を近場の食堂スペースへ連れて行く。

 

この時間帯は給仕の兵も休みに入っており、1人は1人もいなかった。

 

メデツィーニン少佐の息は荒く、冷や汗も流れており、時折身体が痛むのか顔を顰めていた。

 

「痛み止めは飲んだか?」

 

「飲んだ……が、今日は調子が悪い日みたいだ」

 

「取り敢えず水でも飲むか?」

 

「頼む」

 

フレツロフ中佐は微笑んでコップに2つ水を汲み、メデツィーニン少佐に差し出した。

 

少佐は額の汗を拭い、水を飲むと少しは落ち着いた様子に戻った。

 

それを見計らったフレツロフ中佐はあることを尋ねる。

 

「なあメデツィーニン、最後に核砲弾を撃ったやつ、あれはお前じゃないか?」

 

メデツィーニン少佐は驚いた、何せこの話は運搬部隊の衛士とパニィキン大将らにしか話していないからだ。

 

静かにコップを置き、逆にメデツィーニン少佐が尋ねた。

 

「どうして分かったんだ?モースクが教えてくれたのか」

 

「モースク?いや、ただの感だよ。まあ近場にパイロットが殆どいなかったって理由もあるけどな」

 

「感でそこまで当てられるか普通?まあいい、確かにあれを動かしてたのは私とサポートのモースクだ」

 

メデツィーニン少佐は事情を話し始めた。

 

「モースクのシステム、フレツロフや他のパイロット達の戦闘データで日々進化し続けている。故に単体での機体操縦能力も向上し、私のような怪我人兼ブランク持ちでもここまで戦術機を動かせる」

 

少佐は僅かな悲哀の念を込めて「私の場合利き目もやられてるから射撃統制としても役立った」と付け加えた。

 

フレツロフ中佐もモースク1の性能が日々上がっていることには薄々だが気づいていた。

 

「上としてもいい実験になっただろう、これで負傷者であっても再び戦術機を動かせる可能性が出てきたんだからな。まあ、その反動が今来てるっぽいんだが」

 

メデツィーニン少佐は苦笑し、未だ傷跡がある右頬を撫でた。

 

調子が良かったとはいえ神経系や皮膚にまだダメージの残ってるメデツィーニン少佐が衛士強化装備を身につけるのは相当苦労しただろう。

 

フレツロフ中佐は親友の苦労と痛みを感じ取り、軽く肩を叩いた。

 

「…あんまり無茶しないでくれよ、俺もルヴィロヴァ大尉も心配する。お前は参謀長として連隊の要なんだから」

 

「分かってるつもりだよ、試験局の方で働いてた時も一度テストで戦術機に乗ってみたがルヴィロヴァ大尉に叱られた。あれをもう一度は御免だ」

 

今度はお互いに苦笑を浮かべ、その様子を想像して思い出した。

 

それで思い出したようにメデツィーニン少佐は「だから頼むから大尉には絶対に言わないでくれよ…?」と念を押した。

 

「お前の今後の態度と働き次第かな」

 

フレツロフ中佐の曖昧な態度にメデツィーニン少佐は苦笑混じりで頭を抱えた。

 

「…ったく、だが例え叱られても私には後悔はないよ。フレツロフ、私はどんな姿になってもお前達と同じパイロットだ。本当にやばくなったら私とて無理を押してでも戦う」

 

そこにはメデツィーニン少佐の確かな覚悟があり、同じパイロットとしてフレツロフ中佐は受け入れざるを得なかった。

 

「そうならないように努力するよ」

 

「信頼してるよ、お前ほど引き運と悪運の強いパイロットはいないからな」

 

快活に笑うメデツィーニン少佐にフレツロフ中佐は軽く肘打ちを入れ、苦笑した。

 

6回もハイヴに突入してその上でハイヴの変異種とも戦わされているんだ、そこには確かな引きの強さと生き残る実力と運があった。

 

最後にフレツロフ中佐は一言だけ本音を漏らした。

 

無論今までのも全て本音だが、彼の身を考えれば言わない方がいい本音であった。

 

「……同じ場所にいなかったとはいえ、またお前と飛べて俺は嬉しかったよ」

 

その時のフレツロフ中佐は至極真面目な表情だった。

 

罪悪感と心からの喜びが混じったようなそんな雰囲気、メデツィーニン少佐は一瞬硬直するもすぐに微笑を浮かべた。

 

それは自分も同じだったからだ。

 

参謀職を呪ったことも蔑んだことも一度だってない、自分に出来る事をしているという喜びはあった。

 

だがそれと同時にパイロットとしての空を飛びたいという欲求、戦いたいという闘争本能が何処かにまだ残っている。

 

今回は僅かだがそれを発揮出来た、行き場を失っていた熱が解き放たれたような感じだった。

 

「私もだよ、フレツロフ」

 

それは親友としての、パイロットとしての、男としての友情の現れであった。

 

 

 

 

-アメリカ合衆国 メリーランド州 パタクセント・リバー海軍航空基地-

篁祐唯はこの日、ハイネマン博士に連れられてパタクセント・リバー海軍航空基地に視察に訪れた。

 

本来には予定になかったものであり、ハイネマン博士に尋ねても「面白いものが見れる」とだけでそれ以上のことは言われなかった。

 

彼は同僚の巌谷中尉と共に視察に参加した。

 

早速件の海軍基地に訪れてみるとそこには世界各国様々な航空技術者と軍関係者が揃っており、出席者は祐唯だけではなかった。

 

「すごい数の人だな……」

 

「ああ、見ろよ、ソ連軍の人間までいる」

 

巌谷中尉が指差した方向にはソ連空軍の将官が数名、随行員の佐官と各設計局の技術者達の一団があった。

 

彼らは丁度隣にいた人民解放軍の武官や技術者達と会話を続けていた。

 

新型の戦術機J-9の調子はどうだとか、送ったキエフ級の設計図はうまく活用出来ているかなどそんな話だ。

 

数十年前まで中ソ国境紛争で関係が悪化していたとは思えない様相だが当然お互いに腹の中には一物抱えている。

 

そもそもアメリカ軍が基地に中ソの武官をこうも大々的に呼び出すこと自体が冷戦期ではあまり見なかった光景だ。

 

「タカムラ設計技官とイワヤ中尉の席はあちらです」

 

案内役の海軍中尉に導かれ、2人は用意された座席に座った。

 

周りには他で研修を受けている主に日本軍、稀に斯衛軍の武官や文民技術者達が座っていた。

 

一部の者は詳細を若干知っているようで同僚と議論を行なっていた。

 

「新型と聞いたが……」

 

「こないだF/A-18がロールアウトしたばかりですよ…?」

 

「ああ、だから恐らくは新戦術機というより技術の方だ。一体何が出てくるのやら……」

 

会場にいる武官達は皆期待半分不安半分といった様相で待っていた。

 

「新戦術機ってことは」

 

「お披露目だろうね、博士は最後まで詳しく言ってくれなかったが……」

 

武官達が言っていた通り新技術ならばハイネマン博士であっても外部に言えないようなことがあるのだろう。

 

そう聞くと俄然期待が湧いてくる。

 

祐唯はこれでも技術者だ、新技術と聞けばそちらに目が奪われる。

 

各武官、技術者がある程度席につくと米海軍大佐がマイク越しに全員に伝えた。

 

「皆様、本日はお集まり頂きありがとうございます。5分後より新技術搭載実験機のテスト飛行を開始します、是非お手元の双眼鏡などで機体をご確認下さい」

 

大佐が話した言葉は各員が耳につけている自動翻訳機によってそれぞれの母国語に直される。

 

祐唯であればある程度は英語も分かる為大佐の喋ったことを完全に理解出来た。

 

それ故に一体何がくるのかという期待が高まっていた。

 

期待の中で待ち続けた5分はとても長かった。

 

まだかまだかと子どものように始まる時間を待ち、ついに大佐の号令で飛行テストは始まった。

 

「皆様より右手の方向をご覧下さい。我が軍の新技術を搭載した戦術機1個飛行隊が航空基地に進入いたします」

 

大佐の報告と共に各員は双眼鏡を用いて右の方向に目を向けた。

 

そこには確かに機体はあった、されど戦術機はいなかった。

 

どちらかといえば一昔前のジェット戦闘機、それも艦上戦闘機としてのF-14に若干似ている機体がいた。

 

「オイオイ、どこが新型戦術機だよ。あれじゃあただの戦闘機じゃないか」

 

「ああ……」

 

疑問を覚えつつ祐唯は目を離してふとソ連軍の武官達がいる方向へ目を向けた。

 

そこだけ反応が違う、確実に祐唯達と見えてるものがまるで違うかのように全く別の反応を見せていた。

 

彼らは皆悔しがっていたのだ、上空を飛ぶ戦闘機に。

 

その異質さに気づいた祐唯が直ちに上空の戦闘機を見直す。

 

どこからどう見ても何の変哲もないただの戦闘機であるが、次の瞬間大佐の号令と共にそれは過ちだったということが判明した。

 

「エヴァリューション・レッド及びホワイト、ファイターモードからサーフェイスモードへ移行」

 

『了解、各機形態変更を開始する』

 

その報告と共に飛行する戦闘機集団は大きな変貌を遂げた。

 

飛行速度が見るからに遅くなり、機体から戦術機らしいパーツが姿を現した。

 

エンジン部分は跳躍ユニットになり、手足が生え、そして武装パーツを掴み、30秒のうちに人型へ変形した。

 

「バカな!?戦闘機が戦術機に!?」

 

今の今まで戦闘機だったものが戦術機に変貌した。

 

それもF-14、その姿にだ。

 

変形した戦術機群はそのまま前方の滑走路に静かに着陸した。

 

滑走路にそのまま降り立てばいいという能力は戦術機固有のものであり、戦闘機にはない能力だった。

 

「これは戦術機を航空機へ変形させる新技術を搭載したF-14トムキャット、現在我が軍がテスト中の試験機であります」

 

大佐は自慢げに機体の説明を行った。

 

「基本的な戦闘能力は戦術機のF-14と変わらず、ファイターモードでは通常のジェット戦闘機と同じ戦闘が可能であり、搭載する武装も変化ありません」

 

実際にこれらのF-14は標準的な突撃砲を装備しており、兵装担架にも予備の突撃砲がセットされていた。

 

視察の席では動揺が各所で広がっていた。

 

頭を抱える者、或いはシンプルにその技術に惹かれる者、今後の空軍の戦闘環境を考え始める者。

 

祐唯はその中でも二番目の人間に近かった。

 

無論彼は斯衛軍でも比較的頭の回る方の人間であるから新技術がもたらす影響も考慮している。

 

その上で技術屋として純粋な羨望の眼差しが勝った。

 

「各機ファイターモードのまま飛行」

 

『了解』

 

大佐の命令を聞いてF-14が再び空を飛び、空中で戦闘機体型に変形した。

 

編隊のフォーメーションを組んだままF-14は飛行を続けた。

 

「このように本技術は戦術機の能力を一変させる力を持っています。これにより人類の空軍戦力はBETA戦争以前の広域戦闘が可能であり、従来よりも早く支援任務に展開出来ます」

 

元々ハーディマンと既存の戦闘機を融合させる取り組みは各国にあった、ただし双方の技術不足で夢は夢のままであった。

 

それが今では戦術機として技術は急速に発展し既存の航空技術との融合が可能な段階にまで達した、これらのF-14はその先駆けなのだ。

 

そう遠くない未来にソ連軍にも同様の戦術機が試験として現れ始める。

 

戦術機という兵器の歴史が大きく変わろうとしている瞬間であった。

 

 

 

 

 

-日本帝国領 帝都京都 斯衛軍総監部 総監執務室-

信真の大粛清から2ヶ月以上が経ち、総監部兵站局の再編も一先ずの区切りがついた。

 

あの後正式に斯衛軍は日本軍より弾薬類を譲渡され、その分の資金は城内省の予算が割り当てられることになった。

 

その上で斯衛軍の要請に対してどれほど弾薬を割譲するかの決定権は日本軍にあり、生殺与奪の権を事実上握られる形となった。

 

この決定に対し斯衛軍は反発したが結局は自活出来ていない斯衛軍の兵站に全ての責任があるという正論で握り潰された。

 

何をどう言い繕っても斯衛軍の責任が大きく、それが嫌なら日本軍の傘下に入れという正論が返ってくる。

 

今の斯衛軍は八方塞がりであり、貴族院でも斯衛軍郷土防衛部隊化法案の反対派は弱体化しつつあった。

 

結局のところ人は正論に勝てない、勝つ方法は正を捻じ曲げる力で変えてしまうことだ。

 

少なくともそれをやろうとしている面々がいた、旧守派である。

 

彼らは信真と革新派を圧倒する為にまずノンポリの武家を囲い始めた。

 

やり口としてはシュタージ直伝、彼らが今感じている不安を煽り、旧守派に対する疑問を投げかけられると答えるのではなく「では革新派はどうなんだ」という攻撃対象のすり替えで如何にもまともに見えるようにした。

 

こうした影響によって少しは旧守派の勢いも戻り、規模の上では依然として革新派を上回っていた。

 

特に信真のやり方では信者は作りやすいが同時に敵も生み出しやすい。

 

彼のせいで失業した、或いは失脚させられたと感じている者達にシュタージのやり方はかなり深く刺さった。

 

ある程度の規模を確立すると旧守派は次のフェイズに移った。

 

旧守派はどうしても家格では革新派の頭目たる信真に勝つことが出来ない。

 

五摂家に名を連ねる斉御司の名を持ち、政威大将軍である彼に対抗することが出来るのは同じ五摂家で実績もある人間だ。

 

そうなると5つある家の中でも適応する家は絞られてくる。

 

まず斉御司家は論外、今や信真のワンマンであり繁栄の恩恵を受けている以上旧守派とは完全に敵であった。

 

一方の煌武院家は五摂家会議の折九條家に与して信真の将軍就任を止めようとしたと聞くが当主も家の者もパッとしない。

 

信真に足る器量、実績、能力がどれも足りていないのだ。

 

これは崇宰にも言えることだ、少なくとも次期当主として期待されている崇宰恭子も有能ではあるが信真とぶつけるとまだ足りない。

 

今の旧守派にとって必要なのはお飾りの王ではなく、自分達に賛同してくれる王なのだ。

 

何より崇宰家は斑鳩家共々五摂家会議で斉御司家に与した話を聞いている。

 

そしてその斑鳩家、斑鳩崇継は技量や家柄的にも信真に負けない人間だが、本人に絶対的な個があり旧守派にそもそも付いてくれないだろうという予想があった。

 

崇継を将軍にすれば彼の思考と性格上むしろ現代日本帝国との統合に舵を切りかねない、そうなれば武家そのものが滅びる可能性がある。

 

残るは九條家、ここには経歴的にも能力的にも今の役職的にも信真に対抗出来る人間がいた。

 

輝光、現在の斯衛軍総監だ。

 

前回の五摂家会議では明確に信真の就任に反対した家であり、本人は政治的な要素は少ないが身内や同期を囲めば堕とせると判断された。

 

よって総監部兵務局でのクーデター立案に合わせて頭目として担ぎ上げる準備が始まった。

 

まずは輝光の同期や後輩、九條家の人間に狙いを定め、勧誘を進めた。

 

実際彼の同期は何人かが信真の被害に遭っており、旧守派の甘言は簡単に思考を奪った。

 

人の不安に漬け込むのは妖魔だけではない、悪意を持った人間の言葉もまた然り。

 

既に輝光攻略の為の布石は置かれ、土壌は整えられた。

 

無論こうした動きを察知されている勢力はある、総監部の情報局だ。

 

総監部情報局は比較的旧守派の影響が強かったが局長の幸房とその周辺の面々は中立派であった。

 

その為革新派であろうと旧守派であろうと幸房は内部防諜を行い、不穏な動きを逐次監視していた。

 

その一端が信真と輝光の元にも送られる。

 

「軍内での政治闘争……か、全く嫌になる」

 

報告書を受け取った輝光はため息をつき、一瞥した後デスクに置いて目を背けた。

 

今の斯衛軍に属していれば政治的闘争の雰囲気くらいはすぐに分かる。

 

何せ総監部の会議ですら信真らと貞親らの対立の雰囲気を感じる、胃が痛くなるほどにだ。

 

「今の所、旧守派の若い衆が活発なようですな。無論重鎮らの差金でしょうが」

 

「度が過ぎるようなら対処しなくては、ですが……制服を脱いだ上でやっているのなら目を瞑りましょう」

 

輝光の対応は良く言えば穏健、悪く言えば事なかれ主義であった。

 

実際アフリカ攻勢も続いており政府や国民感情も悪い中で身内の派閥争いにまで手は回せない。

 

今の輝光のメンタル的にもそこまで対処する余裕がなかった。

 

「しかし一部は申し上げました通り、外国との繋がりが…」

 

「その件に関しては厳しく対処して下さい。ですが先ほども申した通り度が過ぎていなければ目は瞑りましょう」

 

輝光の判断は幸房からすれば甘過ぎる、そう判断せざるを得なかった。

 

それに幸房は旧守派が輝光を取り込もうとしていることも不確定情報だが知っていた。

 

「……こう言いたくはありませぬが次狙われるのは貴方かもしれないのですよ」

 

狙われるという言葉には様々な意味が含まれていた。

 

単純に命を狙われるかも知れないし派閥に取り込まれ、いいように使われるかも知れない。

 

無論こうした政治的な理由が分からない輝光ではない。

 

「相手の言い分が正しいと思えるのなら私は受け入れましょう。無論政治と軍務は別です、その事は再び斯衛軍に服する全将兵に訓示すべきです」

 

「であれば小官から言うことは何もありませんな」

 

そう言って報告書を提出した幸房は敬礼して執務室を去ろうとした。

 

最後に一言だけ輝光に忠告して。

 

「身の回りにはお気をつけ下さい、最後に身を守れるのは自分自身だけです」

 

1人きりになった総監の執務室は静かであった。

 

喧騒は聞こえない、だが目を瞑ると視覚以外の感覚が今斯衛軍に張り巡らされる政争の風を運んでくる。

 

こんなことをしている場合ではないのにまるで過去の負債が全て一度に流れてきたように斯衛軍へ押し寄せた。

 

「……分かっていますとも幸房殿、ですが……」

 

信真が悪人かどうかは議論が分かれるが少なくとも輝光は人間性で言えば善人であった。

 

不条理に晒されている者があれば守りたくなるし、一族郎党にはなるべくいい暮らしをさせたい。

 

部下の兵達もなるべく死なせたくはなかった、それが裏目に出ることもあったが。

 

故に彼は同期や後輩にも慕われ、家柄も相まって斯衛軍総監をやっている。

 

最後の最後で彼を分けるのは自分自身ではなく、自身を頼ってくる他人であった。

 

この僅かな見当違いが斯衛軍の、曳いては武家の命運を分けることになる。

 

 

 

 

―日本帝国領 東京 市ヶ谷 国防政務次官執務室―

8月というのは日本軍にっとって異動の季節である。

 

その為海外に勤務する駐在武官らも日本国内に何人かが帰還した。

 

それはスウェーデンに駐在していた繁田大佐も同様である。

 

彼は駐在武官を示す飾緒を外しており、よりシンプルな形になっていた。

 

在スウェーデン日本大使館付駐在武官の次の職は統合参謀会議情報部の情報官である。

 

今回は挨拶も含めて市ヶ谷の本庁舎に顔を出していた、というのが表向きの体である。

 

実態は駐在武官の職務をこなす傍らある調査を行っており、その調査報告を烏丸議員に伝えにきたのだ。

 

繁田大佐は執務室のソファーに座り、彼の前には高森が用意した緑茶と和菓子が置かれていた。

 

日本の茶と菓子を味わってほしいという海外勤務から久々に帰ってきた大佐へのささやかな気遣いだ。

 

「美味しいお茶ですね、烏丸さんが買ったものですか?」

 

繁田大佐は緑茶を味わいふと感想を述べた。

 

「私やないよ、静岡にいる友達の贈り物」

 

「はあ、ご馳走様です」

 

大佐は内心絶対高いものだろうなと思い、若干だが手が震えた。

 

デスクから立ち上がって烏丸議員は繁田大佐の反対側に座った。

 

彼の隣には秘書官の高森が控えており、彼が手に持っているバインダーには繁田大佐が書いた報告書が纏められていた。

 

「それで本題ですが……」

 

大佐は話を切り出した。

 

烏丸議員と高森は真剣な表情で彼の方を見つめ、話を聞いた。

 

「斯衛軍の一部がスウェーデン経由で1名我が国に外国人を密入国させたのは間違いないです」

 

繁田大佐は予測ではなく完全に断言した。

 

既に覚悟を決めていた2人は表情を変えず、やはりかといった面持ちだった。

 

「亡命者がどこから来たかは分かる?」

 

「斯衛軍の駐在武官曰く東ドイツから来たと言っていたので恐らく東ドイツ人かと」

 

2人はこれまた厄介なという表情であった。

 

東ドイツの大粛清、それは遠く離れた島国の日本帝国ですら伝わってきている。

 

東ドイツの状態、そもそもの国家形態を考えれば誰の手によって主導されたかは言わなくても分かる。

 

であれば亡命してきた人間がどのような立場かも見えてくる。

 

「実際東独駐在の武官からも数日間斯衛軍の武官たちが妙な動きをしていたと報告を受けています。恐らくは東ドイツの斯衛軍武官が手引きし、スウェーデンを経由して国内に入れたものかと」

 

「で、あれば亡命者は熊さんから逃げてきたって線が濃厚な訳ね」

 

繁田大佐は頷いた。

 

「スウェーデンの武官が動いたタイミングと東ドイツの内部騒乱が起こった時期の前後関係が一致します。言ってしまえば彼らの一部は喜んで爆弾を国内に招き入れてしまったと言ってもいいでしょう」

 

「ほんま元気が良くてよろしいなあ」

 

高森は飄々とした態度だが内心怒りに満ち溢れている烏丸議員を見て顔が引きつっていた。

 

そしてまた仕事が増えそうだと頭を抱える。

 

それに1つ不安もあった、亡命者がソ連の敵ということはソ連がこの亡命に対してどう動くかであった。

 

「大佐、ソ連の方はどうなっていますか」

 

高森は不安を解消する為に繁田大佐に尋ねた。

 

「ソ連の駐在武官の話だと公式的には関係がないようですが東ドイツ内の敵対勢力の弾圧は依然進んでいるとか。恐らく亡命者に気付くのも時間の問題でしょう、いやもう気付いているかも」

 

「まあソ連とて下手に手は出せないんやろね。我々とおんなじでその爆弾がどこに埋められてるか分からんわけやし」

 

海外で人間を1人、祖国へ密入国させるという能力は1人は不可能であり、組織の力が必要であった。

 

その為日本国内に入った後も同じところには滞在せず、仲間内の家々やアジトを転々としているだろうと読んでいた。

 

実際それは正しい、亡命したハーゼ中佐は武家旧守派の家を転々としていた。

 

「軍事侵攻の可能性はありますか」

 

「いや、それもないでしょう。今やソ連軍の戦力は冷戦期以上に欧州に傾けられている。極東アジアでの有事に介入出来る戦力はあると思いますが国1つをどうにかするだけの戦力はないというのが駐ソ武官の報告です」

 

冷戦期からソ連軍の想定戦場地域とはやはり欧州であり、大規模野戦軍を有する極東軍管区も幾つかの師団、軍団は欧州戦線へ引き抜かれた。

 

特に日本帝国を相手にするとなると島嶼部に兵力を展開する以上揚陸艇や空挺軍の戦力が必須となり、ソ連としても厳しい戦いになるだろう。

 

少なくともブレジネフという男は今のところ理知的である、よほどのことがない以上日本帝国には侵略しないというのが国防省の結論であった。

 

「ですが軍事侵攻はなくともGRUやKGBの違法介入の可能性はあります、今回の事件の発端だって元を辿れば恐らくソ連の違法介入が原因でしょうし」

 

「ですよね……全く面倒なことになりましたな」

 

情報機関とはある程度イリーガルな任務が求められる存在である、その影響が日本帝国を蝕む可能性は高いしスパイ活動などで既に受けているだろう。

 

流石に琵琶湖から外国人の、弾痕だらけの変死体が上がってきたなんて事は避けたい。

 

「以上が我々の調査結果です、今後は引き続き同行に目を光らせながら私自身は国内の斯衛軍監視にシフトしていくことになりますが」

 

「うん、ご苦労やったね。後で国防相と話しつけとくわ、繁田くんは今日はこれで帰り?用事ある?」

 

「いえ、前任者との引き継ぎ作業を少ししてから、用事も……ないですね」

 

繁田大佐はスケジュール帳を確認してそう断言した。

 

「ならよかったわ、仕事終わったら1杯付き合ってくれへん?行きつけの美味しい日本料理屋さんがあってな、君の土産話ももう少し聞きたいわ」

 

「もちろん、構いませんよ」

 

「ありがとね、勿論先輩の奢りや、遠慮せんで食べてってな」

 

大佐は軽く敬礼して「ありがとうございます」と礼を述べ、執務室を後にした。

 

土産話と言ったが実態は斯衛軍の動向調査に対する打ち合わせや情報交換が主になるだろう。

 

その為に必要な人間も当然呼ぶ。

 

「真田くん、確か今は東京の第2師団にいるんやっけ?」

 

「はい、第2師団の視察という名目で訪れています。呼びますか?」

 

「お願い、彼の話も聞いておきたいわ」

 

高森は静かに頷いて、電話を入れに行った。

 

武家旧守派が暗躍する中でその兆候を掴もうと武家以外の者もまた動き始めていた。

 

1983年も半年が過ぎ、終わりに近づこうとしている。

 

BETA大戦が転換点を迎える中、日本帝国の体制そのものにもようやく40年弱ぶりにメスが入れられようとしていた。

 

 

 

つづくかも

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