マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
越えた行軍は幾千里
だがソヴィエトの我らが祖国は
どこに行けども忘れ得ぬ
-”バルカンの星の下に”より抜粋-
-旧ハンガリー人民共和国領 ラーバ川周辺 白ロシア前線守備地域-
「来るぞ!総員戦闘準備!」
塹壕の中を1人1人の様子を見ながら政治将校が戦意を上げる。
何人かには頷いたり肩を叩いて頑張れと不安を和らげた。
そしてもしメンタルに異常がありそうなら即座に予備兵員と交代させ、部隊全体の危険を下げるつもりだ。
それが政治将校の役目、政治将校とは部隊の父でありある種の超人である。
この守備地域を担当しているのは第28軍隷下の第50親衛自動車化狙撃兵”スターリン”二重赤旗・スヴォーロフ及びクトゥーゾフ勲章師団の部隊である。
各所の塹壕にはBTRやBMPと共に自動車化狙撃兵部隊が展開しており、川向こうには数キロ単位の地雷原が展開されており、前進するBETAの足を止めた。
この周辺の塹壕にも吹き飛ぶ対戦車地雷の音が響いていた。
そして後方からは砲声が響き、ロケット弾を含めた様々な砲撃がBETAに叩き込まれた。
通常の戦闘通り、BETAは地雷と砲撃に阻まれて先鋒の突撃級の足が止まっていた。
これにより移動経路が制限され、攻勢で最も重要な衝撃が薄れる。
しかも前進に手こずっている間に砲撃が叩き込まれ、更に多くの損害を出した。
だがBETAも学習する、足が止まっている原因も分かっていたし残酷だが対処法も編み出した。
輸送級から降りた光線級数体が機能停止したと判断された突撃級をレーザーで吹き飛ばした。
後方の装甲が全くない部分から撃たれた為、簡単にレーザーは飛び抜け、突撃級の残骸は周囲に弾け飛んだ。
しかもレーザーは火力が減衰するまで飛び続け、少なくとも塹壕の頭上を通過した。
「伏せろ!」
兵士達は塹壕の中に伏せて、レーザーの熱から身を守る。
当初、彼らはレーザーがどこに向けて発射されているか全く分からなかった。
「何を撃ったんだ…?」
「BETA接近!小型種です!」
各所でBETA接近の報告がなされ、AKやPPKを担いだ兵士達が塹壕に張り付く。
小型種と聞けば彼らは闘士級や戦車級を想像した、基本的にはそうした兵力が重だからだ。
しかし彼らが目にしたのは今までの小型種に属さない新種であった。
全身は白く、細長い両手がついており、嫌悪感を示す見た目をしていた。
その新種は次々と地雷を踏んで吹き飛び跡形もなくなっている、恐らく戦車級よりも脆い。
そして速力は闘士級より遅いと兵士達は感じた、実際それは正しくこの新種は対歩兵戦闘だと確実に闘士級より弱い。
何せ特筆すべき点と存在価値が従来品とは違うからだ。
後にこの小型種BETAは兵士級、もしくは後々の役割を取って挺身級と呼称された。
基本的にこの兵士級の役割は弾除け、或いは前線に到達するまでの地雷原の除去である。
そもそも撃破される前提で設計された捨て身の使い捨てBETAであった。
実際最初に展開された兵士級は地雷原の突破で全滅した、自動小銃の弾丸も有効なのだから当然の帰結である。
「なんだ?こっちの小銃が通じるぞ」
「重機関銃手は発砲停止!機関銃班と小銃分隊だけで残りを仕留めろ!」
小隊長の命令で兵士級に投入される火力が統制され、弾薬の温存に繋がった。
それでも今までと比較して要撃級や戦車級の損害は軽減出来た。
砲撃でやられている個体もいるが今までよりも幸先のいい攻勢が切れた。
各所で直接戦闘が始まり、一進一退の攻防が繰り広げられた。
BETAが塹壕内に突入すれば戦車部隊と共に反撃が始まり、奪還したと思ったら再びBETAがやってくる。
しかも今回、BETAが投入してきた戦力は今までを軽く凌駕する規模であった。
ソ連軍は事前にBETAの展開規模は15個軍だと予想していた。
だがそれは間違いだったことが分かる。
第1ウクライナ前線の守備地域でも大量のBETAが迫っていたが実は白ロシア前線ほどの規模ではなかった。
その為まだ余裕を持って敵を分析することが出来た。
「BETAの攻勢戦力割り出せました、こちらを」
報告書を携えてラディーギン少将が作戦室に戻ってきた。
彼は報告書をまずヤゾフに渡すとテーブルに置かれた地図に規模と展開範囲を模型などを用いて設置していく。
「敵の攻勢主力はご存知の通り白ロシア前線の守備地域に集中しています。とはいっても我々の方面にも6個軍以上のBETAが攻勢をかけています」
「では全体での戦力はどのくらいだ?」
モイセーエフ大将がラディーギン少将に尋ねた。
彼は僅かな間も置かずに参謀長の問いに答える。
「全軍合わせて20個軍……ブルジェツラフを超える規模のBETAが攻勢をかけています…!」
「20個軍……」
「だがブルジェツラフと違うのは白ロシア前線もいることだ。恐るな」
ヤゾフは豪胆にもそう言い返し、参謀達の不安を和らげた。
ヤゾフ自身20個軍という凄まじい数字に流石に厳しいと懸念を感じていたがここで参謀達の指揮を下げるわけにはいかない。
彼らは前線の頭脳、戦って勝ちに行ける作戦を立てて貰わねば困る。
「ですな、敵が白ロシア前線に集中しているのなら我々はドナウ川で防衛線を維持しつつ側面から殴りつけましょう。上手くいけば何割かを包囲殲滅出来ます」
モイセーエフ大将がBETAの展開地域を分析し打開策を編み出した。
「核戦略ロケット軍にも待機を命じます」
「まずは空軍戦力で側面攻撃を実施しましょう、宇宙軍と砲兵部隊には光線属種掃討戦を」
参謀達は地道にやるべきことを提案してきた。
ヤゾフは深く頷き、参謀達の提案を各軍に伝えた。
この間にも参謀達はそれぞれで仕事を続けている。
「第2ウクライナ前線と南欧前線は即座に救援に迎えそうでしょうか?」
「いや、向こうも守備戦力として13個軍ほどが展開している、即座に突破するのは難しいだろう」
リトヴィネンコ中佐の問いにラディーギン少将は即座に答えた。
「当面は我々で持ち堪えるしかあるまい。予備戦力として国内軍、チェコスロバキア人民軍にも待機を命じよう」
「了解」
恐らく両前線がBETAの防衛線を突破するのは最低でも3週間以上掛かるだろう。
それまでは耐えなくてはならない。
無論その為の兵力も覚悟もある。
中欧最後の決戦が今始まろうとしていた。
BETAの攻勢が始まったのは10月30日の昼頃、それから11月1日になるまでBETA群は白ロシア前線の防衛線を最大で15キロメートルほど押し出した。
各所で一時的に白ロシア前線がBETAを押し返すこともあったが戦略規模で見た場合、それは微々たる戦果であった。
これ以降もBETAの攻勢は続く。
一時的に弱まったのは11月1日のことであり、白ロシア前線司令官アフロメーエフ元帥の命令でカプヴァール周辺に接近する攻勢主力部隊に対してOTR-21”トーチカ”とOTR-23”オカー”による集中核攻撃が投入された為である。
これによりBETA第一梯団主力が壊滅し、11月1日だけは各所で攻勢が鈍化した。
しかし11月2日になると即座にほぼ同数のBETAが地中から出現し、再び白ロシア前線の防衛部隊に攻勢を加えた。
純粋な物量に加えて一部では改造突撃級のような変異種も投入されており、こうした重戦力で突破しそこから戦車級などで陣地の制圧を行う。
戦術機部隊も総動員して何度もCAS任務に投入しているがBETAの攻勢が鈍化する様子はなかった。
ソ連宇宙軍も対地支援を続けているが如何せん数が多い上に大半の予備戦力が地中に隠れており、前線部隊が壊滅した時のみ地中から姿を現す為中々迎撃出来なかった。
とはいってもBETAもかなりの犠牲を出しながら前進している。
特にトーチカとオカーの核攻撃が効いていた、あの一撃で数多くの突撃球が葬られ、攻勢の突破能力が短期間だが消失した。
この際に行われた機動防御と固定防御によるBETAへの攻撃が多くて1個軍、少なくとも2個軍団以上のBETAを撃滅した。
核攻撃で身体が焼けているから光線級も迎撃が出来ない。
装甲と対空を失ったBETAに航空攻撃と地上軍の戦車部隊主力による反撃が始まり、かなりの数が潰された。
されど第二梯団の増援を受け取ったBETAは再び攻勢を開始し、それから暫く経った11月4日にはラーバ川から直線距離30キロメートル地点のヘチケー前面にまで到達していた。
数ヶ月前のウィーン・ハイヴ攻略戦の為、一時的にブダペスト・ハイヴから削り取ったハンガリー人民共和国領の一部が再び失われようとしている。
とはいっても現状の兵力ではBETAの攻勢を一度に押し返すだけの力はない。
20個軍という大戦力を一気に押し返すには土壌を整えてBETAの主力に核弾頭を集中投入するしかない。
その為の状況作りも状況も何も条件が揃っていない為まだ当分先の話であるのだが。
一方の第1ウクライナ前線担当地域、こちらも相当の圧力を受けていたがやはり白ロシア前線に比べると助攻勢であることは否めない。
広大なドナウ川の渡河に流石のBETAも苦戦しているようで対岸に渡れていないのが現状であった。
その為第1ウクライナ前線は航空戦力を優先して白ロシア前線の支援に回しており、BETAの攻勢部隊にはほぼ2個前線分の航空支援が叩き込まれた。
これだけやってもBETAの攻勢は鈍化しないどころか予備戦力も投入して勢いを強めた。
このままではノイジードル湖より後ろに引き下がるのも時間の問題だと各師団、各軍司令部は前線司令部に報告した。
11月5日、依然としてBETAの攻勢は続きつつあった。
『大佐!前方に突撃級20!』
「側面から叩くぞ、空対地ミサイルで潰す!」
『了解…!』
ベレンコ大佐は部下から報告を受け取ると戦闘態勢に入り、同じ連隊の衛士達と共に攻撃に移った。
MiG-25やSu-27から一斉に空対地ミサイルが発射され、側面を晒している突撃級群を殲滅する。
接近して随伴の戦車級や要撃級群を突撃砲で殲滅し、前進中の中隊規模BETA群を撃滅した。
殲滅の後、上空にはSu-24が3機飛翔し、前線より後方に戦術核を叩き込んで前線への接近を阻止した。
尤も術核投下後も即座にBETAが襲来し、最前線は戦闘状態となる。
何度かBETAの攻勢を経験しているベレンコ大佐もこれにはしつこいと苛立ちを覚えるほどだった。
11月6日、BETAはノイジードル湖より5キロ弱の地点まで迫った。
ウィーンまで直線距離67キロの地点である。
だがこの頃になると白ロシア前線はBETAの攻勢主軸を掴み、ほぼ輪郭だけに等しいが相手の攻勢目的が理解出来るようになっていた。
「攻勢主軸、方向性から言って恐らくBETAが向かっているのはかつてのウィーン・ハイヴ跡地です。恐らくウィーン・ハイヴを奪還して頭脳級を再構築、或いは防衛線を再建しようとしているのではないかと」
クヴァシュニン中佐は戦闘地域からウィーンまで線を引き、可能性を示した。
周りの参謀達もそれを見て対策を考えている。
「確かにあのハイヴは上部構造を丸ごと吹き飛ばしたとはいえ奪還すれば最前線の要塞としてまだ使える。あの規模の地下構造を使われれば我々とて制圧には時間が掛かる」
かといってウィーン・ハイヴを埋め立てることはまだ難しい。
単純に規模の問題でもあり、ここにはハイヴ調査の為に多数の研究員や将兵が展開していた。
「であれば我々も防衛に拘る必要はないな、連中をハイヴに誘い出して事前設置した爆薬で生き埋め、或いは焼き尽くす。そこで攻勢能力が鈍ったタイミングでヤゾフ元帥の第1ウクライナ前線と共に反撃を叩き込んで最低4個軍は持っていくぞ」
アフロメーエフ元帥は瞬時に作戦を考え、参謀達に提案した。
何人かは既にアフロメーエフ元帥の提案を元に詳細を考え、時間と必要な弾薬類の計算を始めた。
「参謀長、研究職員と警備兵の退避、爆薬類の設置にはどれほどの時間が掛かる?」
アフロメーエフ元帥は隣に控えていたガシュコフ大将に尋ねた。
「機材の運搬までを含めますと恐らく2週間以上は掛かるかと。爆薬は待機中の戦術弾道弾を転用すればすぐに出来ると思われますが」
「2週間は長い、最低12日で済ませろと伝えろ」
「はいっ…!」
アフロメーエフ元帥の命令は直ちに白ロシア前線全体に伝わった。
待機中の戦術弾道ミサイル部隊がドナウ川を渡って核弾頭を運搬し、その反対側には研究員や警備の将兵を乗せたトラックが後方へ避難する。
無論12日の設置と撤兵作業では一部機材は放置するしかなく、何より研究員の避難が最優先とされた。
「各前線部隊には後12日は持たせろ、67キロの縦深を無駄に使わせるなと伝えろ」
「はい!」
「しかし同志元帥、オーストリア政府への説明はどうしましょうか」
クヴァシュニン中佐がアフロメーエフ元帥に尋ねた。
現状オーストリア政府は亡命先から本国に帰還し、臨時首都をリンツとして運用していた。
ウィーンはオーストリアの首都だが現在はソ連軍が軍政統治下に置いている。
「オーストリア政府にはやむを得ず後退し、ウィーンでBETAを撃滅したと伝えろ。そうでなければ軍政統治の権限でなんとか言い包める」
「了解」
今は有事、多少の無理も通さねばならない。
少なくともアフロメーエフ元帥はその覚悟で戦いを主導した。
もし仮に戦場がキエフであってもモスクワであってもアフロメーエフ元帥は同じ判断をしただろう。
尤もそれがウィーンを再びBETAによって汚される免罪符になる訳ではないが。
何はともあれ、迎撃の方針は決まった。
この決定は直ちに第1ウクライナ前線にも通達された。
「ウィーン・ハイヴを陽動に、白ロシア前線考えましたな」
「ああ、第3親衛戦車軍に伝達、BETAがハイヴ内で消耗したタイミングで一気に戦車攻勢をかける。部隊をブラチスラヴァに結集させろ」
「はい!」
白ロシア前線と合わせて3個戦車軍による反撃、上手くいけば一気に相手の攻勢能力を奪える。
だから両元帥ともこの12日間が勝負どころだと感じていた。
BETAの攻勢作戦頓挫の為の長い12日間が始まろうとしていた。
11月7日、事実上この日から本格的に防衛戦から遅滞戦闘に戦闘指揮の思考が切り替わった。
各師団は陣地の維持には固執せず、規模によっては反撃せずに砲撃を叩き込んで殲滅した。
それでも白ロシア前線司令部からは12日は持たせろと言われている為それほど簡単に後退する訳にはいかなかった。
損耗を抑えつつかと言って後ろにも下がり過ぎず、BETAの足止めをしなくてはならない。
各師団、各連隊長のセンスが求められる。
特に遅滞戦闘の要となったのが第28軍の部隊であった。
通常の諸兵科連合軍が守備部隊を展開している間に第28軍隷下の3個戦車師団が機動防御に入って味方を救援する。
第28軍は第6親衛戦車レーニン・赤旗・スヴォーロフ及びボグダン・フメリニツキー勲章師団、第28戦車”アレクサンドリヤ”赤旗・クトゥーゾフ勲章師団がこうした援護に戦闘団として参入した。
なお第28軍の担当戦区は第50親衛自動車化狙撃兵師団と第76戦車師団がしっかりBETAの攻勢を防いでいる。
特に第28軍が支援を回していたのは隣の戦区を担当する第3軍であった。
第3軍には正面戦力では4、5倍近いBETAが展開しており、今の今まで壊滅しないのが奇跡だったと言われるほどだ。
BETAの突撃隊形に第3軍の正面火力と側面から殴り込んできた2個戦車師団の砲火力で叩き潰す。
師団は本国から増援として送られてきたT-72B1と元々有していたT-72Aの改造品、T-72AVの混成であり、主砲の2A46 125mm滑腔砲が数輌の集中砲撃で突撃級を砕いた。
一部の突撃級は側面援護の為に小回りの効く戦車級や要撃級と共に反転して応戦に出たが援護のBMP-1とZSU-23-4”シルカ”らが小、中型種を殲滅する。
『ザーリッツァ1、10時の方向に新手の突撃級!』
『全隊撃て!撃て!』
T-72BKの命令により数十輌のT-72B1が125mm滑腔砲を突撃級に叩き込んだ。
突撃級は傾斜角度によっては砲撃が弾かれる恐れがある為基本的に2、3輌で確実に仕留めることが推奨された。
発射された砲弾が突撃級を砕き、二、三度の砲撃によって殲滅した。
そこから若干方向を変えて、接近する要撃級や戦車級の群れに攻撃を叩き込んだ。
T-72B1の車体に設置されたNSV重機関銃が戦車級を蹴散らし、125mm滑腔砲で要撃級を減らしていった。
戦車隊の戦闘団がある程度BETAを減らすとT-72BKの指揮の下、一旦後退した。
この戦車部隊も流石に連戦が続いた、ここで補給しなければ全滅する恐れがある。
その間にBRM-1Kの偵察部隊が浸透して強行偵察に出ていた。
一偵察部隊はBRM-1Kの他に後方から無人機射出用のカタパルトを搭載したBTR-Dがシュメリィ-1を射出して偵察を行なっていた。
『ラズ-12より本部、地点S-1Dから大隊規模BETA群接近中。後方10キロ地点にも同規模のBETA群を確認』
『了解、偵察機収容後後退せよ』
本部との通信の後、シュメリィ-1は撃墜され偵察部隊は友軍陣地の背後に下がった。
それから第737砲兵連隊と第490ロケット砲兵部隊の砲撃が接近中のBETAに砲撃を叩き込んだ。
破砕性弾頭と榴弾が接近中のBETA群を粉砕し、一時的にだが攻勢の波を止めた。
この間に前線の自動車化狙撃兵部隊は後方からの増援も含めて陣地を立て直し、迎え撃つ態勢を少しでも整えた。
一方の戦域を担う師団司令部もこの間に防御態勢を強化しようと隷下のロケット砲兵部隊に地雷撒布の命令を出した。
待機中のBM-21が対戦車地雷撒布弾頭の9M28Kを装填し、部隊長の指示に合わせて前線の手前に展開した。
次にBETAが到来する時にはまずこの地雷に足を取られて爆散し、進撃の足が止まった。
そこへ砲撃を叩き込んで事前に数を減らす、いつものソ連軍のセオリーだ。
だがBETAもほぼ前衛を切り捨てる形で一旦後退し、地雷撤去用の兵士級を大量に突撃させて無理やり地雷原を突破した。
その後本格的なBETAの構成が始まり、再び前線で戦闘が開始された。
11月11日、BETAの猛攻により白ロシア前線は旧ニーダーエスターライヒ州より後方に下がった。
これによりブルゲンラント州は放棄され、ウィーンまでの距離は後30キロ弱程となった。
後残り8日、白ロシア前線の苦しい戦いは続いた。
こうした攻勢を食い止める為には兵力と火力の増強以外にない。
白ロシア前線司令部は待機中のチェコスロバキア人民軍から砲兵部隊を貸与し、前線へ振り分けた。
ソ連宇宙軍の軌道爆撃もヤゾフの後押しもあって白ロシア前線に迫るBETAに優先して投入するよう命じられた。
BETAの攻勢目標はまず第一にウィーン・ハイヴの奪還、そこから一挙にドナウ川を渡って周辺戦力を叩き潰す予定だった為第1ウクライナ前線に対しては今は抑えられていればいいという様子だった。
そして戦術機のCAS支援、これらを全て叩き込んでBETAの攻勢能力を削いだ。
各所の前線でBMP-1やT-72B1とMiG-29やMiG-27が肩を並べて戦っている。
戦術機が空対地ミサイルで突撃球を粉砕すれば接近する戦車級などの小型種をBTR-60やBMP-1が叩き潰す。
T-72B1らMBTが戦車砲で要撃級や突撃級を撃破すれば、その周りのBETAを戦術機が投下した爆弾が粉砕した。
こうした相互援護によってBETAの攻勢を防ぎ、持続的な防衛線を可能としていた。
戦術機も地上部隊も長く生き残る為にはお互いの力が必要なのだ。
トータルで見た場合の地上部隊と戦術機の損耗率はかなり高かったが相手が20個軍規模のBETAだと鑑みればまだマシな方だ。
11月12日よりBETAの攻勢は若干勢いが減少し、前線に展開する各軍の負担も低下した。
これには単純な火力だけでなく、白ロシア前線が持つ地中観測部隊も多大な影響を及ぼしていた。
各所の前線に展開する地中観測部隊が地底に潜む母艦級の状態を観測し、移動し地上に展開すると分かった瞬間に宇宙軍に出現地点を伝えた。
これによりBETAが出現するタイミングで核攻撃を叩き込んで迎撃に成功することが増え、BETAの物量を若干だが引き下げることに成功した。
また攻勢の前方に展開する山岳地帯がBETAの勢いを削ぐことにも役立っていた。
中央突破を図ろうと旧マンナースドルファー通りを通ったBETAは集中砲撃を受けて壊滅し、一気に足が止まった。
その間にライタ川後方に引き下がった白ロシア前線は防御態勢を整え、BETAを待ち構えた。
こうした要因により少なくとも12日から15日の3日間は前線の負担が若干和らいだ。
特にBETA側の戦線右翼ではブラチスラヴァに展開する第1ウクライナ前線によって集中攻撃を受け、ほぼほぼ突破が不可能となった。
無論左翼側なら回り込んで攻撃が可能であったが当然側面援護の軍は配置している。
こうしてなんとか白ロシア前線は残り5日間、BETAの全力攻勢を受け止めるだけとなった。
残り30キロメートルの縦深と5日という時間、これを駆使してBETAを防ぎ続けなければならない。
未だ厳しい戦いは続いていたが少しづつ希望は見えてきた。
一方南側に展開する南欧前線、第2ウクライナ前線は背後からBETAの攻勢作戦を頓挫させようとハンガリー攻勢計画、通称ブダペスト作戦を発動した。
これはかつて大祖国戦争の際、第2ウクライナ前線がブダペストへの攻勢を行った時と同じ名称である。
あの時マリノフスキー元帥によって率いられた第2ウクライナ前線は数十年の月日を経て甦り、再びブダペストを解放せんと攻勢に臨んだ。
無論いきなり攻勢を行えと言われてもそれなりに計画というものがあるからすぐには難しい。
実際に両前線が本格的に攻勢に乗り出したのは11月2日のことであり、その間は作戦の最終調整と部隊移動、補給物資の備蓄に費やした。
特に南欧前線司令官のソコロフ元帥がユーゴスラビアや他のワルシャワ条約機構の国々に便宜を図った。
彼はもう2、3年は南欧前線司令官としてユーゴやブルガリアの将兵達と交流を重ねており、ソ連邦元帥の階級もあってあちこちに融通が利いた。
まず待機中だったルーマニア人民軍、ブルガリア人民軍、ユーゴスラビア人民軍、そして攻勢の為に前線に展開していたハンガリー人民軍を動員して攻勢部隊の代わりに前線近くへ配置し、予備戦力とした。
これに合わせて物資や弾薬も優先して南欧、第2ウクライナ前線に回すよう要請し早期に攻勢の持続を可能にし、部隊を動かせるようにした。
一方のペトロフ元帥は後方に待機させていた第4親衛戦車軍、第8戦車軍、第14親衛軍を展開して第一鼎談を形成、現在の防衛線から地点によっては200キロメートル以上離れているブダペストへの攻勢作戦を開始した。
事前にペトロフ元帥とソコロフ元帥は打ち合わせをしており、それぞれの役割を決めていた。
まず第2ウクライナ前線はBETAが存在する根源たるブダペスト・ハイヴの攻略を担うこととなった。
最悪こちらが早く終わればBETAの攻勢能力は鈍化するどころか一気に消失する。
一撃で状況を一変出来る攻撃だが無論そう易々とBETAも道を開けてくれないだろう。
南欧前線は第2ウクライナ前線と共に戦線を押し上げ、白ロシア、第1ウクライナ前線に集中している攻勢戦力を背後から強襲することが目的であった。
200キロ以上先で戦っているソ連軍の同志達を助ける為、南欧のソ連軍が動き出した。
まずその先鋒を務める第4親衛戦車軍がBETAの防衛線を突破する。
第4親衛戦車軍は元々本国で練りに練られた最新鋭の戦車軍、T-80BやBVを有し練度も高い。
BETAは13個軍ほどを南欧前線と第2ウクライナ前線の正面に防御部隊として展開しており、突破も容易なものではなかった。
しかしそこは戦車兵の練度と軍全体を指揮するローシク元帥のセンスによって賄われた。
ヴァリアシュ・ミクを攻勢発起地点とした第4親衛戦車軍は11月4日の時点で20キロ先まで前進した。
それを後方の自動車化狙撃兵師団と第13軍ら第二梯団の諸兵科連合軍が戦果を拡張した。
BETA側も砲撃の度に突撃級が簡易的な塹壕を形成して砲撃から身を守り、それから機動防御に入っていたが犠牲を覚悟した戦車軍を止めるには力不足であった。
T-80BがT-80BVと共に後方にいる要撃級に向けて9K112”コブラ”対戦車ミサイルを発射した。
何発かは外れたが数体の要撃級を撃破し、残りを125mm滑腔砲で叩き潰す。
後方から支援に来たツングースカが戦車級と闘士級の群れを殲滅し、戦車部隊の道を切り開く。
『突撃!突撃だ!1メートルでも多く進むぞ!』
T-80BKから指揮が飛び、可能な限りBETAを打ち破って突破する。
上空からは定期的にSu-24やSu-25のCASが飛んできて前線に接近するBETAを大火力で打ち破り、障害を取り除く。
各所では定期的にキノコ雲が上がり、降り注ぐ死の灰を気にすることもなく防護服を身に纏った戦車兵達が戦車を前へと進めた。
11月7日、快進撃を続ける第4親衛戦車軍を食い止めようとBETAは可能な限りの戦力をぶつけた。
戦線を下げて浮いた余剰戦力をかき集め、オロシュハーザに迫る第4親衛戦車軍にぶつける。
ここには改造突撃級や装甲母艦級から発射された改修タイプの要撃級もいた。
基本的には戦車部隊が単独で戦うと機動力や攻撃範囲の面で厳しい相手である。
しかし迂回する時間の余裕もないしBETAも展開範囲から鑑みて迂回させぬつもりでいた。
故にローシク元帥は正面突破を選んだ。
彼は第5航空軍と第8防空軍に要請を出してMiG-29、Su-27を装備する優良部隊に救援を要請した。
地上の戦車部隊と戦術機の精鋭部隊なら安定して倒せる、少なくともローシク元帥はそう踏んでいた。
第4親衛戦車軍司令部は会敵の可能性が高い第78親衛戦車師団を後方に下げて補給を開始し、第342親衛自動車化狙撃兵師団を前面に出して防御態勢を取らせた。
第342親衛自動車化狙撃兵師団のT-64BVやT-64BがBETAの塹壕陣地などを利用しながら展開し、受け止められる態勢を構築する。
この間に第439親衛自動車化狙撃兵師団はトートコムローシュのBETA群を掃討し、第342親衛自動車化狙撃兵師団へ合流しようと移動を開始した。
会敵したのは翌日の11月8日のことであり、439親衛自動車化狙撃兵師団隷下の偵察部隊がBETAの一群を発見した。
通常の突撃級を先頭に据えつつ、すぐ後方には改造種のBETAを配置して対決に臨んだ。
まず先んじて動き出したT-64BVの戦闘団が後方からの砲撃に合わせて先手を取り、正面の突撃級を幾つか撃破した。
無論前列の部隊がやられるとすぐに主力である後列の改造種が姿を現した。
改造突撃級が先頭に立って触手で大地を刻みながら前進し、戦車部隊の接近を許さない。
T-64BV部隊は数度の射撃の後煙幕弾を展開して後方の防御陣地へ後退した。
BETA部隊と第342親衛自動車化狙撃兵師団の防御部隊と戦闘中の合間に、ローシク元帥の命令で精鋭の戦術機部隊が投入された。
事前のロケット砲と通常砲撃で足が止まったところに戦術機部隊とT-64の反撃部隊が投入される。
どちらか単体なら改造種のBETAはかなり優位性を発揮出来る、しかし地上部隊と戦術機部隊に連携されるとその効力に圧倒されてしまう。
T-64BVの125mm滑腔砲の集中射撃によって装甲が破られ、ダメージを負った改造突撃級にSu-27の空対地ミサイルと120mm弾が発射された。
この二連撃で改造突撃級は致命傷を負って爆散、その分の火力が他の改造突撃級に回された。
戦術機が陽動を務め、確実な砲火力を持つ戦車部隊が致命打を与える。
そして必要であれば戦闘地域ごとウラガーンの
こうした戦闘が2日続き、11月10日には補給と再編を終えたT-80B装備部隊が再度攻勢を開始した。
第78、第156、第408親衛戦車師団がBETAを撃破せんと前進していく。
この時点で投入した改造種のストックを切らしていた前線のBETA部隊は本調子の第4親衛戦車軍に勝てず、押し出されていった。
更に第156親衛戦車師団の戦車連隊がカルドスクートから回り込んで退路を立ち、最後の阻止部隊を包囲殲滅した。
この調子のまま11月11日にはオロシュハーザに辿り着き、11月12日頃にはオロシュハーザを完全に奪還した。
かつて街だった場所に悲しく靡く赤旗を背に、第4親衛戦車軍の戦車部隊は更なる前進を続けた。
では他の戦車軍はどうなっているのだろうか。
まず同じ第2ウクライナ前線に属す第8戦車軍はルーマニアのオラデアから前進し、正面のBETA群の抵抗を完全に粉砕した。
これらの戦闘に数日かけた為第4親衛戦車軍よりは若干前進速度が遅く、現在は小川を渡河して旧フォルデシュと旧シャープ村周辺に橋頭堡を確保した。
少なくともこの2個戦車軍が開けた突破口を第二梯団が拡張したことによりBETAの損害は広がり、戦線は後方へ下がっている。
隣接する南欧前線でも第10戦車軍がスボティッツァから前進し、48キロ離れたドナウ川の支流に橋をかけていた。
少なくとも南欧前線に対するBETAの抵抗は第2ウクライナ前線に対してのそれより遥かに小規模である。
南欧前線の方は最悪攻勢部隊を引き抜けばいいが第2ウクライナ前線の守備はそうもいかない。
ハイヴの存亡がかかっている以上どうしてもそこは保守的な思考にならざるを得なかった。
それでもBETAがたった1つのハイヴで4個前線プラス六カ国軍を相手取っていることがまず驚きである。
腐っても頭脳級の指揮統制能力は桁違いということだ。
ただそれでもソ連軍全体の作戦能力を挫くにはまだ足りない。
この不足がブダペスト・ハイヴにとっての破滅になることを、まだ中の頭脳級は知らなかった。
11月16日、BETAはライタ川周辺の防衛線、特にBETA側右翼の戦線崩壊を行うために一部精鋭部隊を投入した。
一部主力はブラチスラヴァ方面のソ連軍撃滅の為に回されたが、後方からのウラガーンやグラートのロケット砲撃によって直掩が壊滅した為失敗。
残るは山岳部の平野部を通って強襲をかける方法であった。
これに最も適していたBETAの改造種がいる、かつてウィーン・ハイヴの中にいた重要塞級の戦闘集団である。
護衛の改造要撃級を引き連れ、全身を周囲の色に偽装しながら分裂状態のまま移動を続けた。
その結果発見が若干遅れ、宇宙軍が攻撃を叩き込む頃には後方部隊しか削り切れなかった。
やがて要撃級は合体して6体ほどの重要塞級に変化した。
移動中のSu-24を何機か撃墜し、その間に運搬級が戦車級や光線級を吐き出す。
ヴィルフラインスドルフ周辺で想定外の大規模戦闘が発生していた。
だが既に増援要請は出され、1個戦闘航空連隊と1個飛行中隊が向かってきている。
1つは空挺軍イヴァーノフ中佐が率いるMiG-27部隊、もう1つはフレツロフ中佐が率いる第306独立親衛戦闘航空連隊だった。
フレツロフ中佐の隊は特別にマリロフ大尉とデルーギン少佐が戦術核弾頭付きの152mm砲を装備しており、事前に何体かを吹き飛ばすつもりでいた。
「各機、砲兵隊の光線級掃討が終わったら一気に強襲するぞ。まずデルーギンとマリロフが核を撃って敵を減らす、その後で叩き潰すぞ。イヴァーノフ中佐もそれでいいですね」
『勿論、各機空挺軍の意地を見せろ!ヴァーシャおじさん部隊は最強だとな!』
空挺軍のMiG-27が先行し、核攻撃部隊の援護に入る。
その間に後方では師団直下のロケット砲兵部隊がBM-21”グラート”がロケット砲を発射し、2S1 グヴォズジーカ 122mm自走榴弾砲も砲撃のタイミングを合わせる。
周辺に展開した光線級はこれらの攻撃を脅威と認識してレーザーを放って迎撃する、だがこれはソ連軍の高級な囮だ。
その間に軍直下のロケット砲兵部隊がクラスター弾や破砕性弾頭を発射してBETAの展開地域に火力を投射した。
重要塞級などはまだ耐えられるが戦車級、それこそ光線級は耐えられない。
破片が直撃して次々と撃破された。
これによりBETAの対空攻撃能力は無力化され、各所に撃破されたBETAの残骸が転がっている。
『各機攻撃開始!光線級が生きていたら優先排除!』
イヴァーノフ中佐の命令で空挺軍のMiG-27が生き残っている改造要撃級や戦車級、運搬級を蹴散らした。
ライタ川を渡ろうとするBETAを押し出し、地雷が起動し尽くした地点進むBETAに爆弾を落としていく。
その間にフレツロフ中佐率いる第306独立親衛戦闘航空連隊が現れて山の谷間に展開する重要塞級に向かって同時に2発の核砲弾を撃ち込んだ。
「伏せろ!」
周囲に熱と衝撃波が齎され、生き残りの戦車級などはこれで撃破された。
戦術機部隊や周辺の守備隊は事前に攻撃を行うという報告を受けていた為、直ちに伏せて衝撃から身を守った。
2.5キロトンの熱核兵器の直撃、その威力は重要塞級2体を即死させ、残る4体を中破か小破まだ持ち込んだ。
周りの改造要撃級は殆ど全滅状態であり、投入された攻勢部隊は川に突入する前に壊滅的な被害を受けていた。
「各機このまま畳み掛けるぞ!俺に続け!」
『空軍に遅れを取るな!我々も行くぞ!』
フレツロフ中佐とイヴァーノフ中佐の先導により、残り4体の重要塞級に攻撃が加えられる。
後方の白ロシア前線の守備隊はその間に戦線を立て直し、再度地雷原を設置した。
砲兵部隊は砲撃を叩き込んで戦術機部隊の援護を行う、やはりハイヴ外での戦いはいい、どこでも砲兵や地上部隊の支援を受けられる。
やはり軍隊の本質は諸兵科連合、統合運用だ、個の力を組み合わせて集団としての力に変える。
この時変換された力は単純な対し算ではなく、何乗もの力に膨れ上がった。
個を如何に全体に活かすかが組織として重要なのだ。
砲撃によって更なるダメージを受けた重要塞級に何機かのMiG-29が152mm砲を叩き込む。
装甲を打ち破って内部で炸裂し、爆発が周囲に広がった。
接近する触手は全てフレツロフ中佐が突撃砲や長刀で斬り落とした。
その間にイヴァーノフ中佐ら空挺軍のMiG-27が間接部に空対地ミサイルを叩き込む。
こうして1体の重要塞級がバランスを崩してそのまま撃破された。
『1体撃破!』
「よしっ!砲撃の第二陣が来る!各機合わせろ!」
そう言ってフレツロフ中佐は自身が操作するMiG-29から2発のKh-29と120mm弾を発射し、他の戦術機もそれぞれ有効打になり得そうな火力を叩き込んだ。
ほぼ同タイミングで砲兵隊の火力が重要塞級に降り注ぎ、そのままなす術もなく撃破された。
ハイヴ内では無敵を誇っていたこの個体も平野での純粋な火力勝負となれば哀れなものだ。
人類には例え航空戦力がなくなったとしても砲火力がある、砲兵というものは常に戦場を支えてきた。
大抵の問題は火力を適切に叩き込めば解決するのだ、力を行使するとはこういうことである。
残り2体となった重要塞級だが片割れは既に損傷が激しく、39機の戦術機の火力をモロに喰らって撃破された。
残り1体はこれ以上の砲撃を防ぐ為に分裂して近接戦を仕掛けたが全てフレツロフ中佐とルヴィロヴァ大尉、ブリツェンスキー少佐によって袈裟斬りにされた。
こうして強襲をかけてきたBETAの戦闘団は潤沢な砲火力と精鋭の戦術機部隊によって殲滅された。
だがこれでBETAの攻勢が終わる訳ではない。
『フレツロフ、ランデック周辺の部隊が救援要請を出している。中間地点のモースブルンに補給を手配したから補給後すぐに頼む』
「了解」
『同志フレツロフ、我々もローラウ守備隊の支援に向かう。ここでお別れだ』
そう言ってイヴァーノフ中佐の部隊はフレツロフ中佐の連隊とは反対方向へ飛び去った。
「各機、指定された地点の友軍の救援に向かう。道中モースブルンでは弾薬のみ補給しろ、急ぐぞ!」
『了解!』
27機のMiG-27は一斉に飛び立ち、次の戦場へ向かった。
1983年11月17日、防衛の必要時間は遂に3日を切った。
積み重なるBETAの死骸と増える将兵の死傷者、そして撃破され消費される兵器と弾薬。
戦場の陰惨とした地獄はウィーン、オーストリア、チェコスロバキア、そしてルーマニアとユーゴスラビアとハンガリーに漂っている。
中欧に残る最後のBETAとの大決戦がその地獄を作り上げたのだ。
そしてBETAの支配は間も無く終わりを見せようとしていた。
つづく