マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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まさに、まさにいつの時代も
戦いの末に勝利は訪れる。
愛する祖国、愛する国よ、
我らは汝の再生を称える!
愛する国よ!
-”故国”より抜粋-


ウィーンの花火 中欧戦役②

11月18日、BETAはようやくライタ川周辺の防御陣地を一部突破した。

 

無論突破したBETAは即座に反撃されて押し返されたが、防衛線が限界なことを示していた。

 

なおBETAは未だ戦力が有り余っており、後1ヶ月は同じ勢いで攻勢が出来るほどだ。

 

1ヶ月間同じ勢いでの攻勢、キルレートの上では圧倒的に優位に立っていても将兵は大いに疲弊していた。

 

だが弾薬はあり、兵器も兵士も残っている、背後には多くのソ連国民が帰りを待っている、ならば戦わなくてはならない。

 

ソ連軍は寸前のところで踏み止まって戦い続けていた。

 

前線の1箇所、第10軍に属す第324自動車化狙撃兵師団も同様にライタ川周辺の防御陣地を維持し続けていた。

 

この第324自動車化狙撃兵師団はBETAが襲来する戦前には存在しない師団であり、戦中になってBETAと戦う為に創設された。

 

正確に言えば大祖国戦争中に第324狙撃兵師団という歩兵師団は存在した、つまり終戦から数十年の月日を経て復活したのだ。

 

第324自動車化狙撃兵師団は他の師団と同様に3個自動車化狙撃兵連隊とT-72Aを装備した1個戦車連隊、1個砲兵連隊、1個ロケット砲兵大隊、予備の1個戦車大隊、偵察や車両整備の大隊などを有している。

 

そして現在は周到防御の状態でBETAの攻勢を防いでおり、戦車連隊は各所で機動防御に入り、突撃級などのBETAを撃滅している。

 

師団長ヴィタリー・メドヴェーニン少将は顔を顰めながら危機的状況下の戦況図を見ていた。

 

メドヴェーニン少将はオルジョニキーゼフスキー高等諸兵科連合指揮二重赤旗勲章学校を卒業し、1973年までに少佐に昇進していた。

 

この頃のメドヴェーニン少将は上手くやっても大佐以上にいけないと悟り、中佐に昇進したら数年務めて退役しようと考えていた。

 

何せこの頃のメドヴェーニン少将は結婚して第一子が生まれた頃であり、軍に務めるより勤続中に知り合った人脈を利用して民間で働くつもりでいた。

 

そちらの方が稼げるし子どもの為にもなる。

 

だがそんな人生設計はBETAの襲来によって一気に破壊された。

 

退役という言葉は夢のまた夢となり、気がつけば大佐どころか少将にまで昇進して師団長をやっている。

 

師団司令部は前線から数十キロ離れた後方に配置されている塹壕に併設されており、中には通信機材が一式とテーブルや師団用の地図が貼られていた。

 

「師団長、第506自動車化狙撃兵連隊の防御陣地に3個大隊規模BETA群が接近、応戦の為に連隊本部から増援要請が出ています」

 

師団参謀長のアナトリー・ストリコフ大佐は師団長に判断を仰いだ。

 

彼はメドヴェーニン少将と同じオルジョニキーゼフスキー高等諸兵科連合指揮学校を卒業した将校であり、4個下の後輩であった。

 

尤も成績で言えばメドヴェーニン少将よりもストリコフ大佐の方が上であり、当人も参謀長の方が優秀だと認めていた。

 

「各所のBETAは……問題ないか、戦車連隊から1個戦車大隊を割いて支援に回せ。第507連隊には各所に予備の対戦車部隊を展開、これで防ぐぞ」

 

「左翼のBETAにはどう対処しますか?」

 

「軍直轄の航空兵力を要請する」

 

「了解…!」

 

参謀長は敬礼して各所に命令を伝えた。

 

メドヴェーニン少将はため息をついて、ほぼ全戦線に展開するBETAを睨みつけた。

 

全面のBETAは右翼に3個大隊、正面に2個大隊、左翼には4個大隊が展開している。

 

そして後方、第324自動車化狙撃兵師団が担当する後方の縦深には大体2、3個旅団のBETAが展開しているのだ。

 

次にBETAが襲来する可能性が高いのは中央、であれば防御陣地を確固たるものにして右翼から火力と戦力を回して叩き潰す。

 

左翼戦線は戦術機部隊でどうにかなるだろう、もしダメでも4個大隊なら耐えられる。

 

戦車も予備の独立戦車大隊を含めれば後2個大隊は残っている、こちらの手札はまだ数があった。

 

「さっさと後退命令、出ないかなぁ……」

 

誰も聞こえないような声音で漏らし、それでも職務を続けた。

 

メドヴェーニン少将によって移動を開始した1個戦車大隊は主要道路を用いて移動を開始し、数十分後に前線へ到着した。

 

各戦車中隊長が戦闘隊形に映るよう指示を出し、なるべく道路を詰まらせないようにして各所で応戦を開始した。

 

地雷原を突破してライタ川をほぼ渡り切った突撃級に3、4輌のT-72AVが同時に砲撃を浴びせかける。

 

各所でドン、ドンッドンと125mm滑腔砲の砲撃が響き、突撃級の装甲を破って内側から弾け飛ばした。

 

ほぼ同時にBMP-1から9M14マリュートカ対戦車ミサイルが発射されて後続の要撃級を打ち倒す。

 

機関銃陣地の水平射撃が弾幕を形成して戦車級や闘士級を水際で阻止し、側面に回り込んだ戦車大隊が火力の穴を埋める。

 

水際にいたBETAを粗方始末するとT-72AVは河岸にギリギリまで近づいてBETAの接近を食い止めた。

 

前線は砲火の匂いが満ち溢れ、あちこちにBETAの死骸と体液が飛び散り、地獄の様相を呈している。

 

ただしそんな前線から数十キロ離れた司令部では匂いも体液も飛散していない。

 

それでも想像は出来たし、戦争に勝つ為には司令部なりにやることがある。

 

「右翼の安定化には成功しました、このまま残りの全戦車大隊を投入して中央のBETA部隊を殲滅しましょう」

 

「全戦車大隊?予備戦力はどうする」

 

メドヴェーニン少将はストリコフ大佐に尋ねた。

 

現在残っている戦車大隊は2つ、これを全て投入すれば第324自動車化狙撃兵師団は手持ちの戦車大隊の空きがなくなる。

 

そのことに保守的な思想の持ち主であるメドヴェーニン少将は若干の不安を覚えた。

 

「同志師団長が軍直轄の戦車師団から意地でも救援戦力をもぎ取ってください」

 

「……なるほど、分かった。君の提案を受け入れよう、ついでに各所の偵察部隊にも警戒監視を厳にと伝えろ」

 

「了解」

 

ストリコフ大佐はある意味で責任と仕事をメドヴェーニン少将に押し付けたが彼としては大佐の方が正しい判断だろうと考えていた為その重荷を甘んじて受け入れた。

 

実際これで押し切れれば戦線は安定する。

 

既に左翼戦線は戦術機の投入で安定しており、幾つか部隊を戻せる状態だった。

 

メドヴェーニン少将は左翼に展開していた2個戦車大隊のうち、1個戦車大隊を後方に下げて補給に当たらせた。

 

左翼に展開する第508自動車化狙撃兵連隊にも今のうちに輸送部隊に弾薬類を乗せて前線へ送り出した。

 

「BETAの主力到来と同時に師団砲兵の火力を中央に投入せよ。我が師団総力を持ってBETAを押し切る」

 

各連隊の砲兵部隊に合わせて師団が直轄で持っている第438自走砲兵連隊が陣地転換をして再展開し、BETAを待ち構える。

 

BETAが大凡3個旅団を師団中央の防衛線に投入したのはそれから10分後のことだ。

 

砲兵連隊は陣地転換とほぼ同時に砲撃命令が出され、接近される前にかなりの数が脱落した。

 

接近すれば水際防衛の為に展開された戦車大隊のT-72AVとBMP-1、ZSU-23-4”シルカ”の集中射撃が開始され、また損害を出す。

 

中央で食い止めている間にほぼ1個連隊規模BETA群が右翼戦線に襲来、再び激戦が始まった。

 

それでもメドヴェーニン少将はそこまで焦っていなかった、何せ軍からの砲撃支援は未だ続いているし戦術核弾頭を有したSu-24らの地上支援も展開している。

 

BETAに対する砲撃や射撃の音は18日の夕方まで続いた。

 

午後5時を回るとBETAは攻勢方向を改め、第324自動車化狙撃兵師団に対しては抑えの部隊のみを配置するようになった。

 

結局BETAはこの日の攻勢で第324自動車化狙撃兵師団に対して全て合わせて大凡3個師団分の部隊を投入した。

 

辛うじて防げたが司令部から末端の兵卒に至るまで将兵及び兵器の疲労は溜まり続けていた。

 

砲身も連続砲撃で状態が悪化し、余裕のある部隊から各所で交換作業が始まっている。

 

輸送部隊は度重なる運搬でタイヤがパンクし、前線の自動車化狙撃兵部隊は連戦でメンタルに限界が来ており、かなりの兵士が参っていた。

 

迫る悍ましい見た目をした敵、硝煙とBETAの死骸と体液から発せられる匂いが混じった戦場の異臭、そしてオーストリアの11月夜間の気温が前線将兵の心身を蝕んだ。

 

戦闘でかいた汗が夜になると酷く冷えて体温を奪う、じっとりとした冷たさは体力を、やがては心持ちにまで響いた。

 

無論前線の各所では分隊、小隊規模で暖をとっているが警備についている兵士はそうではない。

 

ストレスを和らげるものもせいぜい酒くらいしかなく、この戦いはいつ終わるのかという不安が各所に漂っていた。

 

無論メドヴェーニン少将もそうした状態は認知している。

 

彼は戦線が安定し始める午後4時ごろから前線近くに訪れて状態を確認し、視察を行なった。

 

その結果彼は師団に装備やメンタルの面で限界が来ていることを承知しており、後数日で前線は破られるかもしれないと悟った。

 

車両から降りたメドヴェーニン少将は警備兵に敬礼し、司令部に戻った。

 

司令部の中はヒーターが効いており暖かい、少将はすぐに手袋を脱いで軍用コートを壁にかけると火に当たりながら様子を参謀達に伝えた。

 

「このままでは後数日で後退戦闘をしない限り我が師団は崩壊する……最悪後3日持たないかも知れん」

 

参謀達は後ろ向きなメドヴェーニン少将を見てお互いに顔を見合わせた。

 

「……少将、そんな中で悪いのですが……」

 

躊躇っている様子を見せていたストリコフ大佐は彼にソ連宇宙軍から送られた情報を耳打ちして伝えた。

 

「……BETA2個師団が新たに接近中、方角から言って我が師団の防衛線に激突します」

 

「2個師団か……」

 

「悪いことに新たに出現した1個軍団規模BETA群も担当戦区に現れる可能性が高いと」

 

「宇宙軍は……対処してくれているのか」

 

「していますが規模の面で…」とストリコフ大佐は言葉を濁らせた。

 

少将は頭を抱えた。

 

「……軍司令部に後退の進言を入れた方がいいな……2個師団はともかく、1個軍団は持たないぞ……」

 

それはストリコフ大佐も認知していることだ。

 

彼は時間の都合もあって前線視察を実施出来ていなかったが各連隊から上がってくる報告書から状況はなんとなく把握している。

 

丁度背後では電話がなり、参謀の1人が受け答えに行ったが2人はそんなことを気にしていられなかった。

 

「後退するとしてどれくらいまで下がりますか?」

 

「各所に地雷を展開しつつ遅滞戦闘をして……7キロが限度だろう。確か旧エーンハウゼン周辺に予備の司令部があったな?」

 

「はい、機材と人員輸送なら1時間で終わります。ただ後退しても状況が改善されるかは……」

 

「分かっているがどの道水際防衛には限界がある。放置すれば全滅する可能性だって……」

 

「少将!軍司令部からです!」

 

報告を受け取った参謀が受話器を叩きつけるように戻すと急いで2人の下に駆け寄ってきた。

 

少なくとも参謀の様相から悪い報告ではないことだけ分かる。

 

「ウィーンの撤兵作業が終わりました…!白ロシア前線全軍に後退指令が出されたと…!」

 

メドヴェーニン少将とストリコフ大佐は顔を見合わせすぐに指揮所のテーブルに向かった。

 

「参謀集まれ、只今を持って事前準備の下後退作戦を開始する。戦車連隊の補給はどうなっているか」

 

「3個大隊のうち2個大隊は終了しました。独立戦車大隊を含めた2個戦車大隊は現在も整備、補給中です」

 

「では翌日18日8時を持って予定通り本師団は全部隊後退を開始する。まず各部隊の負傷兵から優先して後送」

 

「はい!」

 

「全砲兵部隊はいつでも砲撃出来るよう配置、各偵察部隊は前線警戒に回せ」

 

メドヴェーニン少将は素早い指揮の下、事前に言い渡された退却作戦の手順を各連隊に実行させた。

 

ようやく耐え抜く時は終わった、ソ連軍の反撃の時が始まる。

 

そのことを理解した少将は最後の力を振り絞った壮大な撤退戦を開始した。

 

 

 

11月19日、この日から白ロシア前線による30キロ弱の撤退戦が始まった。

 

ハイヴ内の撤収及び火力設置作業は12日想定であったところを11日で終え、1日早く次のフェーズへ移行した。

 

各所で事前計画に基づいた撤退活動が開始され、白ロシア前線の各軍はドナウ川の後ろへ撤退を開始する。

 

この撤退戦も地域によって難易度の大きな差があった。

 

例えば白ロシア前線の左翼方面、BETAからの視点では戦線右翼に位置する地域は比較的ドナウ川後方が近く、第1ウクライナ前線の支援も受けやすい。

 

一方白ロシア前線の右翼はほぼ倍以上の距離の差があり、撤退の優先順位は右翼部隊の方にあった。

 

右翼の守備隊である第10軍、そして中央守備を務める第3軍からゆっくりと組織的に後ろへ下がり、各航空軍を前線に展開して撤退を支援する。

 

殿の部隊は後ろに下がりながらも各所で立ち止まって迫るBETAと戦いながら時間を稼いだ。

 

今も各所の予備陣地に籠ったソ連軍部隊が接近するBETAに火砲を展開して接近を阻止している。

 

後退戦闘を行う大隊があるBETAの集団を殲滅した後、偵察部隊のBRM-1Kから偵察情報が送られてきた。

 

連隊規模BETA群がほぼ同時に3個、防衛陣地に接近中とのことだった。

 

いくらBETAが数に頼った強襲戦法しか取らないとはいえ流石に3倍を軽く超える敵を応戦するのは無理だ。

 

その為大隊支援の為に数機のSu-24が前線支援に訪れた。

 

RN-28を装備したSu-24が低空侵入して戦術核を投入し、その威力と衝撃によって連隊規模BETA群に打撃を与えた。

 

合わせ技で前線支援にSu-25とMiG-27が襲来し、殿の大隊の代わりに前線を受け持った。

 

この隙に大隊本部は次の予備陣地への後退を命じ、部隊は後ろへ下がった。

 

BETAは接近しようとするが即座に右翼側からの砲撃を喰らって一時的に部隊を後ろに下げざるを得なくなった。

 

これは第3軍側からの撤退支援であり、場合によっては一部戦車隊が第3軍から派遣されてBETAを打ち破った。

 

こうした撤退戦を続け、第10軍は1日にほぼ10キロずつ、第3軍は場所によっては7キロずつ後ろに下がり続けた。

 

無論この間にもBETAは損耗を続けている。

 

前線に展開した大量の地雷と撤退支援の砲爆撃によって撤退戦においても大隊、連隊レベルでは壊滅したBETAも少なくない。

 

ただし全軍合わせて20個軍のBETAからすればまだ許容範囲内である。

 

3日に渡る撤退戦の末、白ロシア前線の守備隊はドナウ川の後ろまで下がった。

 

特に最後の1日、11月22日は正に激戦であった。

 

この頃になると左翼の第28軍も撤退を開始し、3個諸兵科連合軍全体でドナウ川への後退が始まった。

 

撤退の余裕を生み出す為に第1ウクライナ前線は白ロシア前線とほぼ同時に左翼に展開するBETA群に対して戦術核の集中投入を実施。

 

これにより攻勢予定だったBETA3個軍の前衛が崩壊し、突撃級の補充など部隊の再編の影響で数時間ほど戦闘不能になった。

 

その間にドナウ川にかけられた幾つもの橋を渡ってドナウ川の後方へ下がった。

 

しっかりとした火力に組織的な統制の取れた動きにより、最小限の犠牲でBETAからの撤退を成功させた。

 

最終的に戦術機部隊と砲兵火力でBETAの接近を阻止し、各軍最後の1輌が橋を渡った。

 

「あれが最後の1輌です!」

 

「向こう側は本当に誰もいないんだな!?」

 

「はい!戦術機は飛べますので後はBETAだけです!」

 

それを確認した各工兵部隊の指揮官が命令を出す。

 

「爆破しろ!橋を落とせ!」

 

ドナウ川に掛かった橋が一斉に落とされる。

 

これでBETAは渡河以外に川を渡る能力を失い、迅速な河川の移動が困難になった。

 

それにBETAの主目標はウィーン・ハイヴの跡地、一部部隊を警戒で残し、他全ての部隊はウィーンへと向かった。

 

無論その様子は軌道上から、ドナウ川の岸辺から確認出来た。

 

後退した部隊の状況を確認している白ロシア前線司令部にBETAの移動を伝える報告が舞い込んできた。

 

最初に受け取ったのは参謀のチュマコフ大佐、その後参謀長と前線司令官に伝達された。

 

「そうか!奴らウィーンに向かっているか!」

 

最初に報告を聞いたアフロメーエフ元帥はこの上なく喜んで深い笑みを浮かべた。

 

厳しい戦いの末に殆ど作戦通り上手くいっている。

 

奴らはまんまとたんまり罠を張った場所に喜び勇んで入ろうとしているのだ、こんなに愉快なことはない。

 

「では予定通りBETAはウィーンと共に沈ませるということで」

 

「ああ、一部部隊に砲撃のみ命じろ」

 

こちらがまだウィーンを守る気でいる、最低限そう思わせるには十分な攻撃だ。

 

尤もBETAの思考回路はどうなっているか分からないがやるだけはやりたい。

 

ウィーン全面に展開する第48軍は軍直下及び師団隷下の砲兵隊と共にウィーンに接近するBETAに砲撃を浴びせかけた。

 

無論ここまできてBETAが止まるはずがない、前線に展開する光線級の数を増やして対処した。

 

そのまま無停止進撃を続け11月22日の午後4時にはBETAの第一波が旧ウィーン・ハイヴ内の地下施設に突入した。

 

これが破滅の一歩だとも知らずに、彼らは彼らの定めた戦略目標を1つ達成したのだ。

 

 

 

 

ブダペスト・ハイヴの頭脳級はウィーン・ハイヴの跡地を完全制圧したことによりようやく安堵した。

 

敵対勢力の抵抗は殆どなく、ハイヴ突入も順調に行えている。

 

時折敵対勢力からの攻撃が展開されるがまだ許容範囲内だ、既に突入部隊に随伴させたBETAがいればウィーン・ハイヴは再起動出来る。

 

ザグレブ・ハイヴの頭脳級が撃破され、戦力がブダペスト・ハイヴに譲渡されてから頭脳級は準備を重ねた。

 

まず敵対勢力に対する対応策を考え、今回の作戦を編み出した。

 

その為の準備もした、ウィーン・ハイヴ、ザグレブ・ハイヴが遺した発展型のデータを基に生産出来るタイプを可能な限り生産した。

 

通常種も可能な限り生産した、打ち上げられない資材や新たに捻出された物資も全て戦力の増強につぎ込んだ。

 

まさにBETAの総力戦、これは地上に取り残された彼らの存亡が掛かった戦いなのだ。

 

その一環として生まれたのがブダペスト・ハイヴの頭脳級を基に生産した即席頭脳級生成素体、現在ハイヴに突入した運搬級らに運ばせている物資だ。

 

これは事前に生産したプレハブ方式のパーツを現地で組み立てて即席の頭脳級を誕生させる素体だ。

 

これがあれば今は死んでいるウィーン・ハイヴも再稼働出来る、敵対勢力は再びウィーン・ハイヴからやり直さなくてはならない。

 

ウィーン・ハイヴで時間を稼いでいる間に再び戦力を増強し、次なる反撃に出る。

 

まだ勝機はある、与えられた大使命を果たす為の勝機は残っている。

 

1体でも多く、1体でも早くブダペスト・ハイヴはハイヴの奥へ奥へとBETAを進めた。

 

ブダペスト・ハイヴは成功を確信していた、そもそもハイヴの残骸自体が罠とは思わなかった。

 

それが全ての失敗の始まりであった。

 

ウィーン・ハイヴはソ連軍との戦いに備えて要塞化したハイヴである、ソ連軍も2個前線を投入して1ヶ月半以上の時間を費やして攻略した。

 

無人のハイヴを移動させるだけでもかなりの時間が掛かるのだ、しかも情報が不完全だった為かウィーン・ハイヴの頭脳級が持ってきたハイヴの構造をブダペスト・ハイヴは正確に認識出来ていなかった。

 

それにソ連軍が仕掛けた通常兵器の罠がこの時点で作動し始めたのだ。

 

通常爆弾や地雷が作動して一部BETAが撃破され、損害を被っていた。

 

各所で被害は広がっていたがブダペスト・ハイヴは損害よりも時間を優先した為ハイヴ内の罠の除去ではなく全体の占領に急いだ。

 

BETAはハイヴ内に4個軍を投入した、これれらの部隊が最奥まで到達するのには2日の月日が経った。

 

11月24日、それは発動した。

 

遠隔操作で起爆されたハイヴ内の核弾頭がハイヴの中にいた4個軍以上のBETAを巻き込んで大爆発を起こした。

 

ハイヴにはまだBETAが逐次投入されており、損害はそれ以上となった。

 

核爆発の炎と衝撃が中にいる全てのBETAを包み込み、跡形も残さない。

 

当然だが内部に突入していた生成素体持ちの運搬級も破壊され、中にいた大凡3個軍のBETAは全滅した。

 

熱と衝撃は外にいるBETAにまで広がり、幾つもの損傷体がハイヴ周辺に散らばった。

 

最初ブダペスト・ハイヴは何が起こっているか全く分からなかった。

 

次々とウィーン・ハイヴに突入したBETAとの接続が切れていくのだ、まるで撃破されたように。

 

認めたくなかった、ここまできて撃破されたなんて認めたら作戦が失敗したことになる。

 

だが頭脳級の思考回路は現実から目を背けられるようには設計されていない。

 

正確かつ冷静に状況を現実のものとして受け入れざるを得なかった。

 

ウィーン・ハイヴに仕掛けた罠の起動は当然白ロシア前線でも確認されていた。

 

あの普段滅多に笑わないアフロメーエフ元帥ですら笑顔を見せ、心の底から喜んだ。

 

「よし!よしっ!いいぞ!!上手く行った!」

 

「同志元帥、命令を!」

 

「白ロシア前線はこれより反撃に移る。第5親衛戦車軍、第7戦車軍、第16打撃軍を反撃部隊として投入する!ここで奴らを叩き潰すぞ!」

 

同じく第1ウクライナ前線でも同様にウィーン・ハイヴの衝撃を検知していた。

 

尤もヤゾフが受けた感想はアフロメーエフ元帥のそれよりもドラスティックであった。

 

「そうか、では反撃部隊の渡河作戦を開始。前線には予定通り前線の砲火力を可能な限り差し向けろ」

 

「はい!」

 

ローシク少佐の敬礼と共にヤゾフの命令は第1ウクライナ前線に通達された。

 

前線の命令は軍から、軍は師団に、師団から連隊それ以下と移り、各所で最終準備が始まる。

 

偽装した工兵隊が各所で車両とボートを並べて待機し、その近くにT-80Bなどの戦車隊が待機していた。

 

「架橋作業開始!箸を付け直すぞ!」

 

部隊長の命令でトラックからポンツーン架橋機材が投下され、それをボートに乗った工兵達が接続していく。

 

各工兵隊の架橋作業から数十分経ったタイミングでドナウ川の全域周辺から砲声が響いた。

 

榴弾、ロケット砲の一斉射、将又ドナウ川よりさらに奥から発射される短距離弾道弾の飛翔音。

 

それらが2個前線、ほぼ全ての地域から飛んできたのだ。

 

放たれたそれは前線、後方問わず数多くのBETAを撃破した。

 

破砕性弾頭は戦車級や要撃級を砕き、榴弾はBETAの集団を容易く殲滅する、核兵器ともなればもっとだ。

 

消し炭になったBETAや核攻撃で装甲がほぼ剥がされ、絶え絶えになって動く突撃級。

 

前線の一斉砲撃は3分間続き、やがては徐々に静けさが戻ってきた。

 

今やドナウ川の近くにBETAはおらず、死体があちこちに並んでいる。

 

上空を何機かの戦術機が飛び去り、低空にはシュメリィ-1が偵察の為に飛行している。

 

静かな川の辺りで交通管制の兵が旗を振る音だけが辺りに木霊した。

 

前進開始の合図、架橋作業は無事の終わったらしい。

 

「前進!」

 

T-80BKの戦車指揮官が部隊全体に命令を出した。

 

エンジン音と共にT-80Bの走行音が響き、一斉に掛け直された橋を渡った。

 

第1ウクライナ、白ロシア前線の反撃が始まる。

 

砲撃支援と戦術機の爆撃がBETAを襲う中、再びソ連軍の戦車隊がドナウ川を越えた。

 

11月24日、まず第3親衛戦車軍がジェールを奪還、続いて正面から突撃を敢行した第5親衛戦車軍及び第7戦車軍がウィーンにいるBETAを押し返し始めた。

 

これに合わせて白ロシア前線右翼の第16打撃軍もポンツーン式の橋からドナウ川を渡って攻撃を開始した。

 

第1ウクライナ前線ではブラチスラヴァから第1親衛軍が押し上げ、右翼側面は第4軍が援護した。

 

砲を並べたT-80Bが手当たり次第にBETAを抹殺していく。

 

右にもBETA、左にもBETA、選り取り見取り、どこに撃っても砲は当たる。

 

後方のツングースカが機関砲で中、小型種のBETAを殲滅して対戦車ミサイルを要撃級らに放つ。

 

その間にT-80Bは突撃級を優先して撃破し、目下の脅威を排除した。

 

ウィーンに展開するBETAはまず4個軍を一度に消失した上、地上部隊にも核攻撃による衝撃が出ている為防御能力に乱れが生じていた。

 

その上で3分間に渡る事前準備砲撃、核弾頭も盛り込まれておりBETA側の犠牲も大きかった。

 

そんな核で焼けたウィーンの大地を第5親衛戦車軍のT-80BがBETAを打ち倒す。

 

その上空を支援の為に戦術機が襲来してBETAに火力を投射し、戦車部隊の道を作ってやった。

 

第5親衛戦車軍に気を取られていれば第7戦車軍と第16打撃軍による強襲を受けて、各所で戦線が崩壊してしまう。

 

そして後方からは手厚い砲撃支援が叩き込まれ、渡河した第48軍や第50軍は第二梯団として戦果の拡張に従事した。

 

反撃が始まった11月24日から11月30日の間にBETAは再びウィーンから追放され、戦線は11月18日以前のものに戻りつつあった。

 

ウィーン周辺に展開していたBETA3個軍は壊滅的な被害を受け、ゆっくりと後ろに下がった。

 

代わりに別のBETAが出現するがこれらを宇宙軍が迎撃し、少しでも多く前線へ展開されることを防ぐ。

 

何よりBETAはウィーン・ハイヴ内で失った4個軍の戦力を回復出来ぬまま2個前線の反撃をもろに受けてしまった。

 

一方の第1ウクライナ前線も6日間のうちにスロバキア方面から反撃をかけてドナウ川全面からBETAを押し出した。

 

第3親衛戦車軍はジェールからコーニ、チョルナとハンガリーの旧市街を取り戻し、突破口を側面援護の第4軍と第1親衛軍が広げた。

 

後方では後から橋を渡った第24軍が後方警備に入り、ブダペスト・ハイヴの方面を警戒する。

 

この時点でBETAは20個軍戦力のうち今までの攻勢全て合わせて6個軍を失っている状態で戦線の再編が間に合っていなかった。

 

その隙を見逃す前線司令官達ではない、アフロメーエフ元帥はこの勢いのままBETAをブルゲンラントへ叩き出すことを決意、ヤゾフもそれに合わせてヴァーシャーロシュファルまで占領して白ロシア前線と共にBETAをすり潰すことを決意した。

 

ついに1983年は12月に入った、12月1日に両前線の司令部に喜ばしい報告が入ってくる。

 

ソコロフ元帥率いる南欧前線がザラ県を越えてベスプレーム県に到達、後10日以内に第1ウクライナ前線合流可能という報告であった。

 

 

一方同じ頃、第2ウクライナ前線はほぼ単独でブダペスト・ハイヴまで近づきつつあった。

 

オロシュハーザから進軍を続けた第4親衛戦車軍は11月18日頃にコロシュ川付近まで到達した。

 

架橋作業の後、第4親衛戦車軍はコロシュ川を渡河し、2日かけてティサ川の近くまで戦線を押し上げた。

 

度々BETAが改造突撃級などを含めた装甲集団で進撃を阻もうとしてきたが、こうした対突撃級戦闘には第4親衛戦車軍はかなり慣れている。

 

指揮戦車による正確な火力統制と各部隊間の連携で確実に主力たる改造突撃級の数を減らし、後方からの支援砲撃と合わせて残りのBETAも撃破した。

 

特に最終日の11月20日にこうした戦闘が増えたが、ローシク元帥の不退転の決意と将兵の能力がBETAを打ち砕き、ティサ川にBETAを叩き落とした。

 

「工兵隊急げ!BMP、BTRは先行して陣地を確保しろ!」

 

前線で大隊長が命令を出し、次々とBMP-1やBTR-70がティサ川を渡る。

 

上空をRN-28戦術核爆弾を積んだSu-24が数機飛翔し、橋頭堡の維持の為にソ連空軍及び防空軍のSu-25やMiG-23、MiG-25が現れた。

 

遠方で核爆発が起こり、Su-24が帰還する中工兵達は懸命に橋をかけた。

 

各地で行われているのと同じように、今までと同じように工兵隊が部隊の道を作り、部隊を支えているのだ。

 

彼らを守る為に戦術機部隊や自動車化狙撃兵部隊は先行して敵陣地へ足を踏み入れ、BETAの侵攻を防ぐ。

 

大多数の戦車兵達はこの間に補給などを済ませ、次なる進撃を待った。

 

T-80Bはガスタービンが故に通常のMBTよりも補給を必要とする、彼らの為に輸送部隊は日夜物資を運び続けた。

 

そしてこうした輸送部隊のトラックを整備する整備兵もいる、彼らは前線から離れた地点にいるが部隊を支える大切な兵である。

 

軍隊とは相互援助、諸兵科連合の世界だ。

 

攻めるも守るも何か1つ欠ければ成り立つことはない。

 

そして相互援助を成り立たせる為には日頃からの訓練が必要であり、一朝一夕に出来るものではないのだ。

 

こうした大規模攻勢が行えるのもBETAが1970年代という冷戦の真っ只中に襲来したからであり、2000年代であればもう少し違ったかもしれない。

 

どの道もう運命を巻き戻すことは出来ない、BETAは冷戦を選んだ、その結果滅びるのならその責任はBETAにある。

 

「架橋作業終了しました!今なら渡れます!」

 

現場を指揮する技術大尉の報告を受けてT-80BKに乗り込む少佐は待機中の各車両に合図を出す。

 

「大隊全体へ、只今より前進を開始する。皆俺に続け!前進!」

 

ガスタービンエンジンの轟音が鳴り響き、T-80BKを先頭にT-80Bの群れが一斉に橋を渡る。

 

橋を渡る戦車隊を工兵隊が声援と共に見送り、彼らは前線へと向かった。

 

後方からやってくるT-80Bの戦車大隊は接近する突撃級を見るなり戦闘隊形を取り、125mm滑腔砲の一斉射撃で敵を撃破した。

 

そのまま突撃隊形に変わって戦車隊は前進を続け、再び攻勢を開始する。

 

11月21日、第4親衛戦車軍は再び動き出した。

 

動き出した第4親衛戦車軍はけチュケメートからBETAを殲滅し、ブダペストに向けて真っ直ぐ進撃を開始した。

 

同じく第8戦車軍もティサ川を越えてBETAの領域へ足を踏み入れ、さらなる前進を続けた。

 

第2ウクライナ前線は11月22日から12月1日の間に61キロほど前進した。

 

無論この間にBETAの守備軍の殆どを野戦決戦で打ち破ってである。

 

ペトロフ元帥は様々な情報を総合した上で本人の指揮のセンスを合わせてある決断を下した。

 

11月28日、第2ウクライナ前線はBETAの主力に対してソ連宇宙軍による戦略核攻撃を要請した。

 

まだ主力は別にいるかもしれないという段階だったがペトロフ元帥は念を押して攻撃するように要請した。

 

前線司令官肝入りの命令である為宇宙軍も了承し、結果軌道上からの戦略核攻撃が始まった。

 

ペトロフ元帥と第2ウクライナ前線の勘は辺り、この段階でBETAの守備軍4個軍相当が消し飛んだ。

 

主力が消えたことによる防衛線の空洞化をローシク元帥が見逃すはずもない。

 

ローシク元帥は各戦車師団を用いて防衛線を突破し、BETAの守備隊を大きく2つに分断した。

 

別れた守備隊を後方の第13軍、第32軍らが潰していき、完全に勝負をつけた。

 

こうして12月に入る前に第2ウクライナ前線とBETAの勝敗はつき、後はジリジリと戦線が押し込まれるだけとなった。

 

第2ウクライナ前線は12月中、南欧前線や第1ウクライナ前線らの支援を行いながら、ブダペスト・ハイヴの包囲網形成に力を注いだ。

 

後は残るBETAの攻勢部隊を撃滅するだけである。

 

 

 

南欧前線は11月頃から第10戦車軍を第一梯団の要として投入し、BETAの攻勢頓挫の為に前進を続けていた。

 

南欧前線の進撃経路も中々に厳しい経路を辿っていた。

 

第10戦車軍はバイモクから攻勢を開始し、第17打撃軍、第33打撃軍と共に突破を続けた。

 

しかし即座にドナウ川に衝突し前線全体の攻勢が一時的にストップした。

 

河川とは防御には使えても攻勢には極めて不都合な存在である、川幅400メートルを簡単に超えるドナウ川に工兵隊が橋を架けた。

 

ただしBETAの能力上砲撃などの妨害が飛んでくる可能性は極めて低い為、軍は橋を架けることに集中できた。

 

BETAの進撃は先行した自動車化狙撃兵部隊と戦術機部隊が阻止し、時間を稼ぐ。

 

こうした全将兵の働きによって無事に架橋が成功し、各軍はドナウ川を渡ってハンガリーへと進撃し続けた。

 

それから第10戦車軍は12月までにセーケシュフェヘールハ―ルに到達した。

 

守備のBETAを攻撃精神に勝るソヴィエトの戦車兵が打ち砕き、突破口を形成する。

 

その後に第12軍が突破口を拡張し、他の諸兵科連合軍と共にBETAを殲滅していく。

 

11月末から12月初頭にかけて南欧前線はバラトン湖からBETAを完全に駆逐した。

 

ここで南欧前線はBETAを殲滅し、白ロシア前線及び第1ウクライナ前線を救出する為に部隊を大きく2つに分けた。

 

まず第17打撃軍及び第29軍ら左翼方面から攻勢を続けていた部隊をナジカニジャからケルメンドに向けて兵力を投入した。

 

一方の第10戦車軍と第33打撃軍はセーケシュフェヘールハ―ルからモール、キシュベールから進軍し、第1ウクライナ前線と合流する方向に戦力を向けた。

 

第12軍及び第27軍はブダペスト・ハイヴ方面の包囲に回り、援護に徹した。

 

12月4日、南欧前線は破竹の勢いで前進を続け、遂には第17打撃軍の前線部隊がケルメンドに到達した。

 

第10戦車軍もこの頃からキシュベールの先にあるメゼーエルシュに到達し以降第1ウクライナ前線の偵察部隊との接触が増えた。

 

各所でBETAの攻勢部隊は分断され、全体としての組織的抵抗力を損ないつつあった。

 

そこで各前線司令官はお互いに確認を取り、各所に分断されたBETAに対して戦略核攻撃を投入することを決定した。

 

第1ウクライナ前線が管轄する第43ロケット軍、白ロシア前線の第50ロケット軍などにBETAに対する攻撃地点が設定された。

 

戦略核攻撃の為に砲兵隊及び宇宙軍は光線属種の排除が優先され、熱源探知で光線級や生き残りの重光線級が狙い撃たれた。

 

下準備が完了すると各前線司令部から攻撃命令が発せられた。

 

各ロケット軍には中距離弾道ミサイルのRSD-10"ピオネール"を有する部隊のみに核攻撃が命じられた。

 

前線より遠く離れた地点に展開するRSD-10"ピオネール"を装備した部隊が発射体勢を整え、司令部の命令を待った。

 

攻撃準備を整えていた第33親衛ロケット"スヴィルスク"赤旗・スヴォーロフ・クトゥーゾフ及びアレクサンドル・ネフスキー勲章師団と第32ロケット"ヘルソン"赤旗師団*1に攻撃命令が出た。

 

RSD-10"ピオネール"を有する各ロケット連隊の隊員達が攻撃地点を入力し安全装置を解除する。

 

そして師団長の命令で同時に数発の戦略核ミサイルが各師団が展開するマズィル、ポスタヴィから同時に発射された。

 

弾道ミサイルはやがて目標地点でMIRV弾を地上に投射し、攻撃地点にいたBETAがどうなったかは言うまでもない。

 

2個ロケット師団による戦略核攻撃により、BETAは合計6個軍が壊滅、残った軍にも致命的な被害が出た。

 

「戦略核攻撃は成功、現在戦果は確認中ですが推定5個軍は下らないかと」

 

ローシク少佐の報告を受けて、ヤゾフは即座に命令を出した。

 

これ以上待つ必要はない、負ける要素は見当たらない。

 

それは一連のBETAとの会戦を終わらせる最後の決断となった。

 

「全軍に通達、残存するBETAに対して総攻撃をかける。奴らを1匹残らず打ち倒せ」

 

「はい!」

 

アメリカ人風に言えばタッチダウン、日本人風に言えば王手といったところだろう。

 

第3親衛戦車軍が残存するBETAの展開地域に対して突撃を敢行した。

 

それに続いて合流に成功した南欧前線の第10戦車軍、第33打撃軍が続き、別の方面から陣地に対する突破が相次いだ。

 

オーストリア方面からは勢いづいた第5親衛戦車軍、第7戦車軍、第16打撃軍が押し上げ、次々とBETAを分断していく。

 

分断されたBETAは後続の諸兵科連合軍が核を含めた全戦力を投入して殲滅し、BETAから人類の領域を奪い返した。

 

12月12日、ソ連軍3個前線による残存BETAの包囲殲滅戦が始まった。

 

戦術機は空を行き交い、砲弾は雨のように降り注ぎ、核兵器がBETAを焼いた。

 

戦車は10年前の意趣返しと言わんばかりにBETAを蹂躙し、IFVや対空戦車の機関砲が小、中型種を引き裂き、歩兵がBETAの屍の山に赤旗を突き立てる。

 

1983年、彼らが蹂躙した人類の大地を逆に人類が彼らを蹂躙した。

 

戦況の流れはソ連軍へと完全に傾き、後はもう時間の問題だった。

 

幸いにも時間は稼げた、この時のBETAはまだ数の上では多く見積もっても8個軍以上の戦力があった。

 

されどその殆どは分断され、火力で薙ぎ払われ、反撃しようにもどこを主軸とすればいいか分からない状態である。

 

分断と殲滅、突破と戦果の拡張が続き、徐々に数を減らしていく。

 

1週間の包囲殲滅戦の後、20個軍の戦力を誇ったBETAは全滅した。

 

各前線の将兵は合流し戦いに勝利した喜びを分かち合い、勝利の歓声を上げた。

 

破壊と殲滅の末の勝利、話の通じない人ならざる侵略者に対する圧倒的な暴力がBETAを打ち砕いたのである。

 

赤軍のブダペスト入城までそう長くはなかった。

 

 

つづく

*1
後にD.F.ウスチノフソ連邦元帥名称第32ロケット"ヘルソン"赤旗師団

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