マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
平和の軍勢が固められ
一つの希望で強く在る
我らが子たちがこの世に育つは
戦争のために非ず、
世界人民に戦争は無用だ
-”自由と平和の為に”より抜粋-
―ソ連領 ロシアSFSR モスクワ州 首都モスクワ クレムリン―
ハンガリーにおける大勝利は直ちにモスクワのクレムリンにも齎された。
この時クレムリンではソ連軍大本営会議が開かれており、ブレジネフを始め数多くの軍、外務省高官らが集まっていた。
丁度休憩中であり、何人かはタバコを吸いに行き室内に残っている官僚も皆リラックスしていた。
たまたまオガルコフ元帥とウスチノフ元帥、WTO総司令官ヴィクトル・クリコフソ連邦元帥にブレジネフが室内に残って談笑を続けていた。
最近のブレジネフはかなり調子がいい。
去年、1982年はブレジネフにとって生命の観点から非常に重要な年であった。
本来ブレジネフは1982年に死んでいるはずの人物なのだ。
しかし彼は戦火の祖国を置いてあの世へは行けないと土壇場で踏ん張った。
燃え尽きるはずの生命は今もなお永遠の炎のように燃え滾っており、彼は人前ではその年齢以上に元気に見えた。
死ぬ時は地球上に存在する全てのBETAを道ずれにして死んでやろう、今の政治将校時代と同じエネルギーを持つブレジネフはそう決意していた。
彼らが話していると会議室にオガルコフ元帥が連れてきた連絡要員の大佐が駆け足でやってきた。
扉の手前で話し合っている官僚達を押しのけ大佐がオガルコフ元帥らの前に現れ、彼らに敬礼した。
「各前線司令部から緊急入電です…!本日12月19日、ブダペスト・ハイヴ隷下のBETA群の撃滅に成功…!現在、各軍を移動させ包囲網の形成に移行しつつあるとのこと…!」
「……勝ったか」
オガルコフ元帥は大きく息を吐き、椅子に深々と座った。
クリコフ元帥やウスチノフ元帥も大いに安堵し、ブレジネフはその勝利の意味を嚙み締めた。
「それでハイヴ攻略はどうなっている、宇宙軍は」
直ちにオガルコフ元帥は大佐に状況を尋ねた。
野戦軍を撃滅したところで肝心のハイヴを制圧しなければ戦いに勝利したとは言えない。
むしろハイヴさえ墜とせば野戦軍の相手をする必要はないのだが、連中とてハイヴを守る為に全力を出してくる。
結果、ハイヴを打ち倒す為には野戦軍を多少なりとも打ち倒さなければならないし、その逆も然りだ。
「カラシィ元帥はクラスノズナメンスクの司令部に向かわれました。"ポーリュス"は後1時間後に発射可能になると」
射角の調整やエネルギーチャージの時間によってどうしても1時間は準備に費やす。
「まあ、もう急ぐ必要もないだろうね。応戦可能なBETAはもう殆どいない、セオリー通り火力を投入し、順当にハイヴを攻め落とそう」
ウスチノフ元帥の提案に反対する者は誰もいなかった。
もはやブダペスト・ハイヴを助けられる者は誰もいない。
ベルリン・ハイヴは未だ包囲網の中にあり、そもそも大部隊を動かしたところで直線距離689キロメートル先のハイヴを今すぐ助けるのは困難だ。
ハイヴが持っていた地上戦力も壊滅状態であり、自力で状況を変えることは到底出来ない。
そもそも現状を打破しようとして動いた末の結末がこれだ、もはや座して死を待つ以外にないだろう。
「ようやくハンガリーが解放されるわけだな」
ブレジネフは感慨深そうに呟いた。
かつてこのソ連軍大本営を再度設立し、この席に座った時の議題は如何にハンガリーから住民を避難させるかが焦点だった。
それが今ではハンガリーを解放した後の話が出来るようになった、我々はようやく戦後を見通せるようになったのだ。
「ハンガリーが解放されれば後はベルリンですな」
クリコフ元帥の発言に他3人のソ連邦元帥は頷いた。
「しかし1日前の報告を聞く限り我々が再度ハイヴ攻略に乗り出す為には半年は待たなければ……」
オガルコフ元帥は懸念を露わにした。
ソ連宇宙軍がアフリカ攻勢と今回の戦いで消費した弾薬、何よりウィーンから今回の戦いで失われた犠牲の補填を考えれば最低半年の月日を有する。
それと同時にソ連は解放したハンガリーらの復興支援も同時に遂行する必要があり、やはりベルリン・ハイヴの制圧には準備も含めて時間が必要であった。
「国連からの支援はどうなっていますか?」
「国連が出せるのはあくまで復興支援の面だ、故に経済に関してはまだブレーキがある。部隊の再建は君らに全て託す」
実際アメリカも世界も少なくとも後30年はソ連に崩壊して貰っては困るという認識でソ連が倒れない程度に支援の窓口を設立した。
悪の帝国とて帝国である以上他者の面倒は見れる、戦争に勝つだけ勝って事後処理を西側に丸投げされては困るのだ。
少なくともソ連国内とワルシャワ条約機構の加盟国くらいは自力で立て直して貰いたい、それが西側の選んだ決断だった。
ある意味では残酷な話である、生き残る為に彼らから見た悪党を見過ごすのだ。
結果的にこの世界の東欧、中欧、南欧が民主化するのは30年以上先の話になるだろう。
特にバルト三国は永久に独立の機会を失うかもしれない、それでも皆で共倒れするよりはマシというドライな決断だ。
「それはまた忙しくなりそうですな」
ウスチノフ元帥は不敵な笑みを浮かべ、今後暫く現れるであろう大量の書類の山を覚悟した。
「そうだ参謀総長、GRUの報告だが……君はかつて日本帝国に視察に行ったことがあるね?その上でどう思う、一波乱あると思うか?」
ふとブレジネフはオガルコフ元帥に尋ねた。
GRUの報告とは生き残りのベルリン派、カール・ハーゼ中佐の行方のことだった。
ソ連における二大諜報機関、KGBとGRUは双方ハーゼ中佐が日本帝国に亡命した可能性が極めて高いと結論づけていた。
事実、ソ連側のスパイが接触した情報によると武家、斯衛軍の一部が招き入れたという不確定情報が入っており、日本警察や軍情報機関の動きを鑑みればシロと見て間違いない。
その上でブレジネフは日本帝国へ視察に向かったオガルコフ元帥に所感を尋ねたのだ。
オガルコフ元帥は少し考えた上で自身の意見を述べた。
「正直武家がそこまでやる胆力があるとは思えません。一部兵の練度は高いとは素直に思いますが、アフリカ攻勢でも兵站で正規軍におんぶに抱っこでしたし、何より大半の将兵は一波乱あっても動かないでしょう」
「なるほど」
「もし日本帝国でBETA以外の有事があるとすればそれは日本とアメリカの責任です。我々はウラジオストクやサハリン、カムチャッカの守備を固めて太平洋艦隊を幾つか展開すれば十分です」
余計なことには巻き込まれたくない、オガルコフ元帥はかなり保守的な意見を打ち出した。
今更日本に対してどうこうやるだけの力は残念ながらない、あそこは”アメリカの領域”だ。
であれば責任はアメリカが取るべきであり、我々が手出しすることはない。
「君の意見は参考になる、では極東方面総司令部には秘密裏に君の意見に基づいた対策案を設立するように命じなさい。もしかしたら、何かあるかもしれん」
「分かりました……しかし実際に事が起こる可能性は限りなく低いと思われます。無論警戒は重要ですが」
「分かっている、だが私の勘が何か告げているのだ。折角後少しで戦争が終わるのだ、何か起きても涼しい顔で対応出来るようにしたい」
オガルコフ元帥は頷いて、自身のメモ帳に命令を記載した。
1983年12月、年の瀬も近づく中、世界は少しづつ戦争の終わりへと近づき、最後の波乱を引き起こそうとしていた。
11983年12月19日、BETA野戦軍の撃滅を確認したソ連軍はハイヴ攻略作戦に移行した。
既にハイヴの包囲体制を確立している第2ウクライナ前線に合流する形で第1ウクライナ前線及び南欧前線の部隊が動き始めた。
第1ウクライナ前線は第9親衛軍、第34軍、第60軍らを展開、南欧前線は第45軍を展開してBETAを取り囲んだ。
より正確な包囲網の形成には部隊の展開による時間の経過も合わさって3日ほど掛かったが既にハイヴ周辺のBETAは機動力を失っている。
対地攻撃実行する為の戦力としては十分な配置であった。
現状先行して展開している第2ウクライナ前線は軍砲兵、師団砲兵部隊に前線直轄の砲兵部隊を合わせて光線属種狩りを行なっていた。
とはいっても周辺展開しているBETAなどごく僅かであり、殆どがハイヴ内に逃げ込んでいた。
1時間後、ソ連宇宙軍の”ポーリュス”の発射準備が完了し、ソ連宇宙軍の対地攻撃が始まった。
まず”ポーリュス1”の出力20%レーザーがハイヴの上部構造を丸ごと吹き飛ばし、ハイヴの対空防御能力を消失させる。
その上で”ポーリュス2”と”ポーリュス3”が15%の出力でレーザーを発射し、ハイヴを構成する上階の広間を物理的に削った。
今回はハイヴ周辺に展開するBETAが皆無であり、これらの掃討に”ポーリュス”を回す必要がない。
その為ハイヴに対する直接攻撃にリソースを注ぐことが出来た。
当然上階にいたBETAは漏れなく跡形もなく消し飛び、上部構造跡地には大きく抉れた跡が残った。
無論これだけで準備攻撃が終わるはずがない。
ハイヴ攻撃の為に待機していた第43ロケット軍隷下の第37親衛ロケット”セヴァストポリ”レーニン及びクトゥーゾフ勲章師団がRSD-10”ピオネール”が狙っている。
”ポーリュス”による対地攻撃が終了した後、師団長のパーヴェル・パスムゥロフ少将指揮の下、攻撃を開始した。
5個ロケット連隊から発射される”ピオネール”の戦略核が無理やりこじ開けられたハイヴに向けてその威力を発揮する。
熱と衝撃、大地を抉り、BETAを消し飛ばし、破滅のきのこ雲が噴き上がる。
G兵器と核兵器、この2つの戦略兵器がハイヴに対して深刻なダメージを与えた。
それから数時間後、ある程度周辺が収まった段階で対放射能コーティングを施された戦術機部隊がハイヴ内に突入した。
三度のG兵器攻撃と一度の戦略核攻撃を受けたブダペスト・ハイヴは戦術機部隊に突入されても当面の間は部隊を展開出来なかった。
現状ハイヴ内に残っているBETA部隊は多く見積もっても2個軍、再生産しようにも今や資源が足りない。
であれば生き延びる為にはある程度防衛地点を放棄して戦力を立て直さなければならない。
それに戦力を立て直したところで勝ち切れるかは不明というのがブダペスト・ハイヴの頭脳級の見立てであった。
それでも戦わないという選択肢はないらしい、生き延びたいという本能はBETAにもあるようだ。
どちらにせよソ連軍の猛攻が止まることはない。
まず第2ウクライナ前線の第5航空軍及び第8防空軍の戦術機部隊がハイヴ内に突入する。
慎重に各部隊ごと警戒しながら1つずつ広間を制圧し、シュメリィ-1などを放ってより詳細な偵察を行なった。
少なくとも突入してから直近1時間では全く戦闘が発生しなかった。
状況としてはチェコスロバキアのプラハ・ハイヴと同じだがこちらは野戦軍を撃滅した上での戦いの為そこまで不安はなかった。
とはいえ本隊と逸れたBETAがまだ残存しているかもしれない、その危険性を考慮すると慎重に行動する必要があった。
セオリー通り、ハイヴの広間を制圧し、中間地点にはそれぞれ補給デポを設置する。
結局のところこうした補給デポを設置して軍が管理した方が部隊は回る。
前線の展開地域に補給物資をばら撒いてそれを戦闘部隊が必要になったら回収するという方式では混乱を生むだけだ。
突入からほぼ丸1日経った12月20日、この時点でもハイヴ内の戦闘は不意遭遇戦も含めて一度も発生していなかった。
ただし20日になると最先頭を突き進む戦術機部隊がある”壁”に激突した。
「何?BETAと同レベルの熱源を有した外壁?」
報告を受けたペトロフ元帥は思わず聞き返した。
報告を持ってきた空軍の参謀将校は小さく頷き、報告書と前線部隊が撮影した画像を基に説明した。
「このように岩壁とは形状の違う物質がハイヴ内に張り付いています。恐らく我々の侵攻を物理的に阻止する為のバリケードのようなものだと思われますが」
「突破出来そうか?」
「展開中のSu-27部隊が152mm砲を投入したそうですが傷ひとつ付いていないとのことです。それに物質周辺は帯電しているようで無闇に接近すれば感電する恐れがあると」
参謀将校は冷静に事実を報告し、それを基にペトロフ元帥は考えを巡らせた。
後に門級と呼称される存在は本来オリジナルの重頭脳級が住まうハイヴに存在する個体だが、今回はこれ以上の接近を阻止し籠城する為に頭脳級が無理やり設計した。
基本的に門級はその場から自主的に動くことはない、BETAの一種とは言ってもハイヴの一機構といった方が正しいだろう。
これを突破しないことにはソ連軍はこれ以上先へ進めない。
「ピルクーニン大佐!152mm用の核砲弾、後9M21Bはあるか」
「はい、最も最奥到達点に近い場所ですと150番補給地点になります」
兵站参謀の参謀将校は呼び出されて核砲弾が保管されている箇所を前線司令官に報告した。
ペトロフ元帥は少し考えた上で幾つか命令を出した。
「前線部隊に近距離弾道弾の核弾頭を用いて吹き飛ばせ。内部からBETAが出てきた場合は核攻撃を実行しつつ占領下まで後退して構わん。これを突入部隊に伝達しろ」
「了解!」
空軍の参謀将校は敬礼し、司令部を離れた。
ペトロフ元帥はこれで四度目となるハイヴ攻略戦に慎重な面持ちで臨んだ。
ここで損害を喰うわけにはいかない、なるべく最小の犠牲で抑えたい。
その為にはどれだけの戦略兵器を投入しても構わないという感情だった。
直ちに前線にいる戦術機に9M21B核弾頭を改造した設置型の核爆弾が供給され、配備が始まった。
感電死する危険性ががある為ギリギリまで接近しながらも十分に距離を取り、核弾頭を設置する。
準備を終えると戦術機部隊は急いで安全地帯まで後退し、周辺に僅かな偵察機のみを残して安全を確保した。
時限爆弾式の核弾頭は離脱と同時にカウントを始めてほぼ3分後に起爆した。
爆発のエネルギーと衝撃が門級の隔壁を無理やりこじ開け、熱によって溶解させた。
爆発に最も近かった門級の下部は完全に弾け飛び、その上は溶けている。
生命としての活動を終えた門級はこれ以上帯電することはなく、BETAとしての機能を停止した。
門級周辺にいた他のBETAも被害を受け、何体かは核の衝撃で撃破され、損傷していた。
そこへソ連軍の戦術機部隊が攻撃にやってくる。
内部にまず数発の核砲弾を叩き込んで火力を展開し、起爆後にフォーメーションを維持したまま戦術機が突入する。
突撃砲を構えたSu-27が互いの背中を警戒しながら内部に着陸し、その後に火炎放射器持ちのMiG-25や152mm砲を持った機体がやってきた。
周辺のBETAは最初に投入した核砲弾によって全滅したようで突入した段階では戦闘は巻き起こらなかった。
後続の部隊に合図を出し、続々と戦術機が広間に乗り込んでくる。
こうした状況は各地の門級を撃破した後も度々発生していた。
各小隊、或いは飛行中隊ごとに行動し次々と制圧地域を広げていく。
最先頭の部隊は南欧前線が抱える戦術機部隊の中でも特にハイヴ戦に手慣れた部隊であり、手際は鮮やかという他ない。
セオリーと連携が確立されており、想定外なことが起こっても冷静に手持ちの装備で対処している。
BETAによる迎撃戦闘が本格化し始めたのは12月21日のことであり、それ以降は激化の一途を辿った。
しかしソ連軍の突入部隊も時間を追うごとに増えていく。
12月21日にはある程度突入部隊の選定と再編を終えた南欧前線、第1ウクライナ前線の戦術機部隊がブダペスト・ハイヴに投入された。
増援を受けた第2ウクライナ前線は積極的な攻めの姿勢で占領地域を押し上げた。
白ロシア前線は当面の間地上に残るBETA掃討に戦術機を回すとしながらも予備戦力として突入部隊は残し、待機させていた。
つまりブダペスト・ハイヴはよしんば現状の突入部隊を撃滅したとしても更にもう後1個前線分の戦術機部隊を相手にしなければならない。
やろうと思えばソ連空軍及びソ連防空軍延べ9個航空軍分の戦力を一度に投入出来る状態にあるのだ、ブダペスト・ハイヴからしてみればこれほど絶望的な戦いは他にない。
それにソ連軍はBETAに対して降伏勧告を促すことはない、彼らに既存の戦時国際法は通用しないし通用させる気も毛頭ない。
BETAに与えられた運命は2つ、座して死を待つか自ら殺されにくるか。
死は避けられない、万物にはいつか終わりが来る、ブダペスト・ハイヴにとってそれは今だったということだ。
広間内にS-8Oロケット弾が戦術機2機分投入され、内部にいた戦車級や要撃級は四散した。
その上で火炎放射器を持ったMiG-27が火で残りの個体を炙り、致命傷を負わせていく。
『突入!』
突撃砲を構えたMiG-27が広間の中に入り、周辺の入り口を警戒した。
火は徐々に収まり、後続の重武装機も広間に入って制圧を確認する。
『540067より本部へ、地点K-908Mを確保した。更なる地点確保の為に専門の偵察部隊の派遣を要請する』
『本部了解、そちらに偵察隊が急行中、暫く待たれよ』
要請から凡そ1分後に護衛機を引き連れたMiG-25RBFが数機現れ、各入り口から更に奥へ浸透した。
こうした偵察機はデータリンクで繋がっている無人機を遠隔操作可能で、危険地帯であっても本体だけは離脱出来るようなシステムであった。
それらを支えているのがモースク1であり、かつてはBETAの独占場だった超大規模部隊の単一指揮統制能力がこれを成し遂げた。
より安全かつ安定した偵察情報の取得は戦闘部隊に対しても多大な影響を齎す。
相手が分かっていればやりようはいくらでもあるのだ。
なんのカードを切ればいいか、或いは何のカードを切ってはいけないのか、相手の情報が分かっているだけで必要な場所に必要なものを当てはめるだけのパズルになる。
それだけ情報とは物事を左右するのだ。
各所で偵察と攻撃、そして偵察というサイクルが上手く機能しソ連軍は優位にハイヴ内での戦闘を進めていた。
もはやブダペスト・ハイヴにそれほど戦力がないというのも大きいのであろう。
各所で応戦する力を失っていたブダペスト・ハイヴは追い込まれ、次々と広間をBETAの部隊ごと失っていった。
しかしブダペスト・ハイヴも持てるカードを全て失った訳ではない。
まだ虎の子のものと”
12月23日、ブダペスト・ハイヴ攻略戦はもう暫く続くこととなる。
「各機、当面の間は中隊長の指示を優先して従え。合流地点は座標で示した通りだ。全機、抜かるなよ…!」
フレツロフ中佐のMiG-29に部下の衛士達から返答が届く。
多種多様な装備を有した27機のMiG-29はそれぞれの中隊、編隊長ごとの指示に従ってハイヴ内を移動した。
実は第306独立親衛戦闘航空連隊がハイヴに突入したのは初日の12月19日からではない。
この時の第306独立親衛戦闘航空連隊は野外でCAS任務についていた為突入する以前の話であった。
彼らが飛行場に戻り、補給などを終えて突入の為に移動したのは12月20日のこと、実際に突入して戦闘に参加したのは12月21日のことであった。
彼らからすると一番槍を渡してしまったように思えるが別に誰もそんなことは気にしていなかった。
むしろフレツロフ中佐からすればハイヴに突入することはこの上なく嫌な仕事であり、出来れば関わらずに終わらせたかった。
尤も上層部からすればフレツロフ中佐と第306独立親衛戦闘航空連隊はハイヴ戦における最精鋭と見做されていた為突入することは最初から確定している。
”前方5キロメートル地点から中隊規模BETA群を確認”
「お出ましか……下がりながら応戦する。各機準備はいいな?」
『もちろん』
『お任せください…!』
ブリツェンスキー少佐とルヴィロヴァ大尉は頷き、3機は武装を構えた。
それから予測された通りBETAの一団がやってくる、先頭は突撃級の随分豪勢な部隊だ。
通路の幅から鑑みて突撃級は3体が横並びに突撃するのがやっとであり、正面から見たその姿はまるで壁が迫ってきているようだった。
”増援の編隊が接近中”
モースク1の報告を頭に入れつつフレツロフ中佐は戦闘を開始した。
3機のMiG-29が突撃砲を構え、120mm弾を敵の足元に向けて発射する。
放たれた120mm弾は突撃級の足元で炸裂し、非装甲部の脚部を完全に破壊した。
これで最先頭の突撃級が一切移動出来なくなり、後続の突撃級が行動不能となった最先頭の突撃急に思いっきり衝突した。
要は狭い通路でBETAの中隊が思いっきり詰まってしまったのだ、闘士級や戦車級のような小型種は最低限通り抜けられるが要撃級以上の個体は前に進めなかった。
しかも前列の突撃級が衝突して態勢を崩した影響でその後ろを進んでいた戦車級が何体か突撃級の巨体に押し潰されてしまった。
圧死した個体を避けながら他の戦車級は隙間を縫って接近してくるが即座に突撃砲の単発射撃で確実に始末される。
狭いハイヴの中で急ぎすぎるからこうなる、フレツロフ中佐は動けないBETAに対して心の中でそう吐き捨てた。
その間にモースク1が言っていた増援部隊が到着した。
MiG-23MLが6機、うち1機は火炎放射器を装備している。
「早速で頼むが奴らを焼いてくれ、当面の間は詰まってて動けん」
フレツロフ中佐はMiG-23ML部隊に要請を出し、受諾したMiG-23MLは突撃級の死骸、正確に言えばその奥で動けなくなっているBETAに向けて火炎放射を開始した。
行動不能の突撃級、横転した突撃級や動けずにいる後列の要撃級や戦車級が次々と焼かれていく。
火炎の飛距離にも限界はあるが密集しているBETAには瞬く間に火がつき、着々と引火していった。
辺りはBETAの焼死体でいっぱいになり、前進の為にうち1機のMiG-23MLが152mm砲で死骸の壁を吹き飛ばした。
残存するBETAを9機の戦術機で叩き潰し、進路を切り開いた。
『では中佐、我々は先行します』
「ああ、道中部下にあったら助けてやってくれ」
『了解…!助けられるのは我々でしょうがな!』
そう言って6機のMiG-23MLはハイヴの通路を飛び去っていった。
その後に続く形でフレツロフ中佐らのMiG-29もハイヴの奥底へと突き進む。
道中、散発的なBETAとの遭遇戦を繰り返し、フレツロフ中佐らは1つの広間を制圧し、弾薬類などを確認した後再び移動を開始した。
BETA側も野戦決戦で疲弊した上に三度も”ポーリュス”のレーザーを食らった上で核攻撃まで受けたのが堪えたのだろう。
組織的な抵抗は続いているが現状を抑え込むのが精一杯で反撃は全くやってこない。
迎撃にくるBETAも各戦術機部隊が無理をせず、後続の部隊と代わる代わる戦って負担を減らすことでBETAを圧倒していた。
それにソ連軍側の衛士達も二、三度ハイヴに潜って戦いを経験した者が多くなり、軍としても対策と訓練がしっかり行えている為全体的に手慣れてきている。
どういう状況なら踏ん張って戦った方がいいのか、或いは離脱して遅滞戦闘で敵の出血を強要すべきなのか、それが基礎訓練と共に身についているからこそハイヴ戦をここまで進められている。
ソ連軍はリヴォフ・ハイヴから数えて六度のハイヴ戦を経験し、全てに勝利してきた。
その経験が軍という組織にフィードバックされ、末端たる衛士に還元されている。
経験と分析に基づく訓練による統率の取れた動き、その上でBETAに対する情け容赦のない攻撃がハイヴというBETAの領域でもソ連軍が優位に立つ方法を確立した。
その成功例ともいうべきソ連邦英雄を携えた衛士がMiG-29と共に前線に行く。
『フレツロフ、近くの部隊から救援が出てる。中間地点の大広間に突入した部隊が要塞級群と交戦中、連隊の各飛行中隊は他広間で交戦中の為当分合流に時間が掛かる』
「了解、先行して我々で行く。各機、先んじて中間地点に突入するぞ。向こうには要塞級が何十体かいる為大火力を持って押し切るぞ」
メデツィーニン少佐の要請を聞いたフレツロフ中佐は2機を率いて増援に向かった。
その間に中佐は自機の武装を突撃砲から125mm対物砲に切り替え、最低限要塞級に通じる武装を装備した。
「間も無く中間地点だ、加速して一気に突入する!」
『了解!』
ペダルを踏み込んで一気に加速し、3機は迎撃と言わんばかりに発射された触手の攻撃を全て回避した。
それと同時にまず入口の手前に展開していた要塞級の関節部に対して125mm対物砲を発射する。
放たれた砲弾は要塞級の関節を簡単に砕き、バランスを崩したところにルヴィロヴァ大尉がGSh-6-30機関砲を叩き込んだ。
そのまま許容範囲外のダメージを喰らって体液を更に吹き出し、他の関節部にもブリツェンスキー少佐が120mm弾を投入して黙らせた。
これで1体、残る要塞級は8体であった。
報告だと12体確認された要塞級であったがどうやら先行していたMiG-23MLの飛行中隊が3体は撃破したらしく今ので合わせて残り8体となっていた。
その代わり本来12機いるはずの飛行中隊も確認された機影は7機であり、周囲には撃破されたと思われるMiG-23MLの残骸が転がっていた。
「こちらは第306連隊、救援要請を受けて参上した。そちらはまだ戦えるか?」
『306……フレツロフ中佐か!残存機は戦える、要請の受諾に感謝する!』
味方のMiG-23MLに迫る触手数本をフレツロフ中佐が突撃砲で撃ち落とし、要塞級2体を引き付けながら飛行した。
その間に2機のMiG-29が背後から回り込み、関節部をよく狙ってKh-29空対地ミサイルを発射する。
放たれた計4発のミサイルは全て直撃し、要塞級の右足を前後2つほど落した。
バランスが崩れたところにフレツロフ中佐が125mm弾を要塞級の左前脚に発射して叩き落とし、完全にバランスを崩させる。
ゆっくりとその要塞級は倒れていき、トドメとしてフレツロフ中佐のMiG-29が125mm弾を要塞級の首に至近距離で2発撃ち込んだ。
肉体が爆発四散する中、フレツロフ中佐らは直ちに次の要塞級の攻撃に向かった。
平地では野戦砲か軌道爆撃の餌食である要塞級も、火力投射の難しいハイヴの中ではその力を遺憾なく発揮する。
今までハイヴの中に出てきた変種がそうであったように。
「これで残りは7体か……!」
フレツロフ中佐は撃破した要塞級の屍を見つめながらそう呟いた。
このままではMiG-23ML部隊が先に潰れるかもしれない、彼らは既に連戦中であり疲労も出ている。
残り7体を撃破する前に中隊所属機が半数以下になっている可能性もざらに有るのだ。
フレツロフ中佐は少し焦った、それでも今やるべきことをやらなければならない。
「モースク!敵触手の攻撃予測のみ添付しろ!1体くらいは食っておく!」
“予測地点を表示”
「そんだけあれば十分だ…!」
中佐は最も近くにいる要塞級に狙いを定め、攻撃を開始した。
触手をモースク1が先んじて予測した通りに回避し、必要があれば突撃砲を単発化して触手を撃ち落とすのに使っていた。
左右両方の前足を125mm砲で吹き飛ばし、そのまま要塞級の頭部と非装甲部分に同じく125mm弾を発射した。
装甲は容易く貫通し、また1体の要塞級が機能停止に陥った。
これで残りは6体、まだ希望が見えてくる数字だ。
「1体潰した!このまま広間を押し切るぞ!」
『了解!』
今度はブリツェンスキー少佐とルヴィロヴァ大尉が仕掛けた。
まず大尉のMiG-29がGSh-6-30を発射してうち1体の要塞級を引き付ける。
当然打ち倒さんと触手が飛んでくるが彼女は回避しつつ戦いを続けた。
特にシールドに設置されている爆発反応装甲をパージして放つことによりそれを迎撃した触手を爆発の衝撃で拭き飛ばした。
これにより要塞級の意識は更にルヴィロヴァ大尉の方向へ向いた、今がチャンスである。
背後から回り込んだブリツェンスキー少佐のMiG-29が120mm弾とKh-29の同時発射でそのまま要撃級に致命傷を与えた。
代わりに倒れた瞬間にルヴィロヴァ大尉が120mm弾を発射して要塞級にトドメを刺した。
これで残りは5体、決して倒せない数字ではない。
フレツロフ中佐ら3人の活躍によってMiG-23MLの衛士達も戦意を取り戻し、積極的に攻めに入った。
実際この後、MiG-23MLは部隊単位で2体の要塞級を撃破した、彼らもまた戦いを諦めてなどいなかったのだ。
だが残り3体のタイミングで要塞級が厳重に守りに入っている反対側の出口から3体の大型BETAが姿を現した。
「重要塞級か……!クソッこんな厄介なタイミングで!!」
フレツロフ中佐は苛立っていたがそんなことお構いなしに重要塞級の素体は合体を始め、見る見るうちに通常の要塞級と殆ど同じ姿になった。
本来なら合体前に叩けば脅威度は減るのだが他の要塞級が盾となっているせいで攻撃が通らなかった。
武器弾薬を消耗した8機の戦術機と4体の要塞級、しかもうち1体は重要塞級ときた。
これでは流石に勝てないと悟ったフレツロフ中佐だったがすぐに杞憂だったことが分かる。
2箇所の突入入口から数発のロケット弾が放たれ、一斉にMiG-29らが姿を表す。
遅れていたデルーギン少佐やオルゼルスキー少佐の飛行中隊である。
『各機友軍を救出しろ、BETA共を殲滅だ!』
デルーギン少佐が指示を出してそれに合わせて各編隊ごとにBETAに対する攻撃を開始した。
それと同時にオルゼルスキー少佐の中隊も突入し中隊全機の火力で1体の要塞級を撃破した。
重要塞級は後続合わせて4体ほどに膨れ上がり、比率で言えば通常の要塞級を超えてしまった。
「そちらの隊は離脱しろ、補給を受けて部隊を立て直しすんだ」
『了解…!増援感謝します!』
先んじてMiG-23ML部隊を下がらせ、第306独立親衛戦闘航空連隊で残る要塞級の相手を始めた。
「オルゼルスキー隊が陽動、デルーギン隊が息の根を止めろ。俺らは適宜援護する」
『了解、各機無茶せず相手の触手を引き付けろ』
オルゼルスキー少佐はスキットルに入れた液体を飲み、ペダルを踏んで政治将校のMiG-29と共に要塞級群に突撃した。
触手を回避しながら何本か長刀で切り落とし、他のMiG-29と連携してBETAの攻撃を引き付けた。
その間にデルーギン少佐率いる飛行中隊が後ろに回り込み、攻撃を叩き込んでいく。
『まず軟い通常種から潰すぞ!』
背後を取ったMiG-29が152mm砲やKh-29で要塞級の関節部を集中攻撃し、残り2体の通常種を撃破した。
後は4体の重要塞級のみ、部隊は移動しながら攻撃地点を見定めた。
『最左翼に展開してる要塞級を先にやる!関節の連結部に152mm砲を集中投入しろ!』
『了解!』
何機かのMiG-29が先行し、それを追うように重要塞級の触手が接近してくる。
護衛についていたフレツロフ機が触手を突撃砲で撃ち落とし、迫る大型の脚部は125mm砲で方向をずらした。
接近した4機のMiG-29と地上にいる1機のMiG-29が152mm砲を一斉に同じ箇所へ発射し、接続部にダメージを与えた。
一時的に結合が解除され、重要塞級は大きく2つに分裂してしまった。
『今だ!やれっ!』
デルーギン少佐の指示と共にバラバラになった重要祭級のパーツに火力が集中され、3体とも撃破される。
これで残りは3体、着々と勝ちが見えてきた。
第306独立親衛戦闘航空連隊は攻撃目標を常に左に位置する重要塞級に定め、攻撃を続けた。
数は圧倒的に減っているがそれでも繰り出される触手と攻撃は厄介だ。
どれも直撃すれば致命打になりうるし、純粋に数が多い。
それでも衛士達は攻撃を回避しつつ徒党を組んで重要塞級に攻撃を加えた。
今もデルーギン少佐の部隊とオルゼルスキー少佐の部隊が同時に結合部を叩いて重要塞級の結合を強制解除した。
分裂した各パーツに再び攻撃を集中し、もう1体撃破する。
「よしっ!残り2体!」
『こちらモルジェーロフ中佐、増援要請を受けて馳せ参じた!』
通信からはSu-25からの通信が入り、大広間に凡そ12機のSu-25が突入した。
ソ連空軍の攻撃航空連隊のSu-25だ。
「救援感謝する!可能な限りの火力を要塞級の連結部分に向けてくれ!陽動は我々の連隊がやる!」
『了解、各機203mm砲を要塞級結合部に向けて集中発射』
Su-25のうち、203mm砲を装備した機体が次々と重要塞級の結合部分に火力を集中し、12機のSu-25で2体の重要塞級を一気に崩した。
バラバラになった各パーツに向けてSu-25がGSh-2-30やロケット弾、空対地ミサイルなどありとあらゆる火力を叩き込んでそのまま黙らせる。
攻撃機の襲来でようやく内部にいた要塞級を殲滅出来、形成は完全に逆転した。
広間に再び入ろうとする要撃級や戦車級もMiG-29やSu-25によって阻止され、ようやく中間地点を確保した。
『セディンスキー隊が増援としてそちらに急行中、フレツロフ、到着と同時に交代して補給を行え。これ以上の連戦は厳しいぞ』
「分かった、補給地点の確保を頼む。各機、増援が到着したら我々は一旦補給の為後ろに下がるぞ」
『もう十分戦った、休んで再びBETA共を殲滅するぞ!』
ブリツェンスキー少佐が仲間を鼓舞し、その間にメデツィーニン少佐から補給地点の場所が送られてくる。
中間地点を確保し、虎の子の重要塞級を含めた守備隊を撃破したことでソ連軍は更に前進した。
12月24日、ハイヴの最奥到達まで後2日を切っていた。
12月25日、ソ連軍はブダペスト・ハイヴの凡そ8割を制圧した。
BETAは火力、兵力で劣勢であり彼らの戦略思考はハイヴを守るというより如何に時間稼ぎをするかということにシフトチェンジしていた。
元よりブダペスト・ハイヴの規模はフェイズ3.5といった様相であり、ウィーン・ハイヴよりは要塞化されていない。
何より守備兵力もそこまで多くない上に連続戦略攻撃を受けて上層と守備隊の一部が消し飛んだのが一番響いている。
ブダペスト・ハイヴが考案し、実行に移した戦略は全て失敗した。
ソ連軍の戦術機はすぐそこまで迫っている、もう戦略的、なんなら戦術的に巻き返すことは出来ない。
後は残存するBETAが消耗し、防衛線が突破されてハイヴの最奥に辿り着かれるのを待つだけとなった。
であれば最後くらい一花咲かせたい、ブダペスト・ハイヴの頭脳級にもそういう矜持はあった。
その為にもしもを考えて事前に改修作業も行なっている。
12月25日、ハイヴ内最後の中間地点が制圧され、内部にいた旅団規模BETA群が壊滅し、大規模なBETAの部隊はこれで完全に消失した。
後は残存するBETAが各所で抵抗するだけであり、ハイヴの最奥に到達するのは本当に時間の問題であった。
そして12月26日、ついにその時が訪れた。
早朝からハイヴに突入した第306独立親衛戦闘航空連隊がまたもやハイヴの最奥に突入したのである。
しかもメデツィーニン少佐が「もしかしたら」という理由で核砲弾まで手配したので後に退けない。
最奥が近づいてきた瞬間モースク1ですら”君の引力は面白い”とか抜かすんだから頭を抱えるしかなかった。
「チッ、またハイヴの最奥か……各機何が出てくるか分からんから気をつけろ!」
ブダペスト・ハイヴの最奥は今までのハイヴと比較しても圧倒的に広い、頭脳級がとても小さく見える。
安堵すべきか警戒すべきか、最奥の広間にはBETAは検知出来ず頭脳級のみがいた。
本来ならこの広間に重頭脳級などが点在していたはずなのだが前線に送った結果、ここにはいなかった。
だがそうなってもいいように最低限の備えはある。
地響きのような揺れが周囲に渡り、僅かに頭脳級が隆起し始めた。
『気をつけろ…!ハイヴが何かしてくるぞ…!』
「各機その場に止まるな、移動しながら頭脳級をっ!」
全てを言い切る前にフレツロフ中佐の目の前で頭脳級が形状を変化させ始めた。
僅かに浮き上がった地点から要塞級の脚部に酷似したものが何本か出現し、それに合わせて頭脳級の上部構造が変形し始めた。
僅かに触手のようなものも出現し、早速攻撃を展開した。
それも指向性の高出力エネルギーレーザーと共に。
岩壁を瞬く間に消し飛ばし、その衝撃で周辺の岩が周囲に吹き飛ぶ。
それも頭脳級は分離した胴体を回転させながら発射している為全方位にレーザーを振り撒いた。
「クソッ!クソッ!」
最低限モースク1の攻撃予測のお陰で連隊はなんとか回避に成功しているがモースク1の予測も追いついていない。
予測で示されるレーザーの凡そ75%は当たっているのだが予測外のレーザー攻撃がかなりくる。
これらのレーザーはほぼ勘で避けるしかなく、生き残っているのが奇跡なほどだ。
高出力レーザー攻撃は凡そ1分間に渡って続き、発射口のオーバーヒートなのか1分過ぎると照射を終了して別の攻撃フェーズに移った。
移動しながら触手で執拗に戦術機を攻撃し、撃破しようとしてくる。
各機は回避しながら突撃砲や長刀で迎撃し、本体にも攻撃を加えた。
当然頑丈度合いは頭脳級と同じである為、生半可な攻撃ではそれほどのダメージは与えられない。
『チッ!銃が効かねえんだよ!』
『こっちが持ってる核砲弾を叩き込むしかない。デルーギン少佐!』
『今は厳しい!敵の防御を引き剥がさんと!』
デルーギン少佐がそう述べた瞬間、再び頭脳級が高出力レーザーをほぼ全方位に放った。
しかも段階を分けてレーザーを放つことにより、より長期的に照射を維持し続けられる。
だがお陰でレーザーの発射にも僅かな合間が出来ている。
「チッ!一か八か…!」
フレツロフ中佐はペダルを踏み込んで機体を加速させ、レーザーの合間を掻い潜って頭脳級に接近した。
レーザーの発射により大地は焼け、衝撃波が機体を襲い、警報音が鳴り続けているがまだ動けるなら問題ない。
125mm対物砲を構え、レーザーの照射が終わった発射口に対して砲弾を叩き込む。
モースク1による射撃補正がかかり、より正確な狙いとなった。
なんとか三箇所に砲弾を叩き込むことが出来、誘爆して一部分の発射口を完全に無力化した。
「っよし!どうだ!」
フレツロフ中佐は後ろを振り返りながらガッツポーズを浮かべ、今も誘爆し続ける頭脳級の様子を確認した。
ただこのことが頭脳級の執着を引いたのか積極的にフレツロフ機に触手による攻撃を叩き込んでくる。
当然即座に持ち替えた長刀で一気に切断し接近を阻止するが、それでも数が多い。
幸いにも救援に来たルヴィロヴァ大尉のGSh-6-30が残りを全て撃ち切った為それ以上フレツロフ中佐のMiG-29を脅威に晒すことはなかった。
「助かった大尉!」
『貸しですよ、少佐にはよく活躍していたと言って下さいね』
「分かってる」
ルヴィロヴァ大尉に礼を述べていると再びBETAの行動パターンに変化が現れた。
頭脳級の脚部が4本ほど地面に突き刺さり、その後残りの脚部が45°ほど上を向いて一斉に射出された。
無論この間も接近は散発的なレーザー照射によって妨害されており、迂闊に近づくことが出来ない。
地面に突き刺した脚部を仕舞うと頭脳級はそのまま岩壁に突き刺した脚部を繋ぐ触手を収納する形で上空に飛び上がった。
何門かの発射口は仰角を取って地表に向けて直接発射出来る体勢に以降し、軌道爆撃のようにレーザーを発射した。
『一旦退避だ!各所の入り口に退避!』
各飛行中隊長の命令でMiG-29は最奥の各所に空いている入り口に入って攻撃をやり過ごした。
これで戦術機からの妨害はなくなり、頭脳級は再び脚部の一部を上空に向けて射出した。
無論その様子は入り口の合間から覗けば少しは見える。
”このままでは頭脳級に逃げられる”
「分かってる、デルーギン!持ってる核砲弾の信管を弄って空中で炸裂出来るようになるか?」
『微調整は出来るがどうするつもりだ』
「空中で炸裂させて衝撃であれを叩き落とす!」
『任せてくれ』
フレツロフ中佐の命令に応じたデルーギン少佐は152mm砲を構え、信管に微調整を加えた。
その上で頭脳級より少し上、丁度フレツロフ中佐が作った損傷部をなぞるような発射ルートを狙って引き金を引く。
放たれた核砲弾は頭脳級が展開した触手によって若干迎撃され目標地点では起爆されなかったが、熱と衝撃によって頭脳級を地表に叩きつける事は出来た。
脚部が突き刺さった足場が丸ごと崩れ、熱は頭脳級を若干焼いて衝撃波が頭脳級を地面に叩き落とした。
周囲に粉塵が舞い、眼前には地表に落ちた頭脳級の姿が見えた、しかも頭脳級は暫く動けずにいる。
「脳震盪でも起こしたか?今のうちに足を切り落とすぞ!このまま長期的に動けないなら核砲弾で潰す!」
『了解!』
『頭脳級に赤旗を突き立ててやれ!』
何十機かのMiG-29が通路の入り口から姿を現し、Kh-29や152mm、120mm弾で脚部に攻撃を加えた。
これにより連結部が何基か破壊され、脚部が5、6本ほど落とされた。
それも1箇所に集中していた為当面の間は安定して立つことが出来ない。
なおこれだけの攻撃を叩き込んでも頭脳級は健在であり、戦闘能力は先ほどと変わらない状態であった。
しかも残りの足で器用に立ち上がり、予備の足と共に再び何かの移動体勢に移った。
”頭脳級、各発射口にエネルギーの集中を確認”
「まさか何か射撃でもするつもりか…?チッ」
悠長なことをしている暇はない、後何箇所か発射口を潰して安全圏を確保して核砲弾を叩き込まねば。
多少無茶だが今ならさっきよりは無理をしなくて済むだろう。
「俺とオルゼルスキーで指定した発射口を潰す。ルヴィロヴァ大尉とブリツェンスキー少佐は俺らの突入援護、残りは最悪に備えて離脱の準備!デルーギンは核攻撃準備に入れ」
『了解!』
『お任せを』
『無茶言う』
『頼んだぞ…!』
フレツロフ中佐の命令を聞いて各機はそれぞれの行動に移った。
デルーギン少佐は攻撃地点までの移動を開始し、ブリツェンスキー少佐とルヴィロヴァ大尉は先んじて突撃し、接近する触手を引き付けた。
これで安全圏が稼げ、フレツロフ中佐とオルゼルスキー少佐の突入口が切り開けた。
2機が引き付けられなかった分の触手を避け、2人は発射口に狙いを定めた。
MiG-29から放たれたKh-29空対地ミサイル合計8発が目標のレーザー発射口に叩き込まれる。
直撃の後、貯めていたエネルギーに誘爆して小爆発を起こし、そこへダメ押しで1カートリッジ分の125mm弾をフレツロフ中佐が全て叩き込んだ。
これにより頭脳級は遠目でも見えるほどの爆発を引き起こし、その衝撃で少し傾いた。
だが即座に体勢を立て直してチャージの最終段階に入った、はずだった。
「デルーギン!!」
『待ってたぜ!この瞬間を!!』
離脱するフレツロフ中佐とオルゼルスキー少佐に代わる形でデルーギン少佐のMiG-29が152mm砲を構えて立っていた。
そして一度に3発、3発分の核砲弾を発射しそのまま152mm砲を投げ捨てて離脱する。
「全機退避!!」
フレツロフ中佐の命令で退避準備に入っていた全ての戦術機が一斉に頭脳級から距離を取った。
この頃放たれた核砲弾は全て命中し、やがて起爆して頭脳級を丸ごと巻き込んだ。
通路の入り口からフレツロフ中佐らのMiG-29も全速力で最奥から離脱し、可能な限り核爆発からの距離を稼いだ。
最奥では爆発する核砲弾とそもそも頭脳級が有するエネルギーが引火し、更なる大爆発を引き起こしていた。
無論MiG-29の全速力での移動なら回避は可能だ。
それにブダペスト・ハイヴの頭脳級が最奥の広間を広く設計していたお陰で爆発の熱と衝撃はなんとか広間だけに留まった。
ある程度距離を取ると各機は一旦停止し、コックピットから自機のレーダーの様子を見つめた。
そこにはかつてレーダーに映っていた1つの巨大な熱源反応が完全に消失していた。
これで東欧、中欧、南欧に残る全ての頭脳級が駆逐されたのだ。
1983年12月26日、ブダペスト・ハイヴは頭脳級の撃破を以て陥落した。
1956年以来、実に28年ぶりにソ連軍はブダペストへ入城を果たしたのであった。
今回ばかりはハンガリー市民に銃を向けることなく、変わらず誰からの歓迎を受けることもないまま。
ソ連は10年越しにBETAに借りを返した。
―日本帝国領 帝都京都 武家屋敷 奥平邸―
12月26日、クリスマスも前の日に終わり日本帝国では人々が大掃除や年末年始の準備に勤しんでいる頃、ソ連軍によるブダペスト・ハイヴ攻略の報告が国際ニュース速報によって齎された。
ヨーロッパにあるハイヴはこれで残り1つ、アフリカ攻勢も無事に終わりBETAに対する勝利のビジョンが見えてきた。
アフリカからは数多くの旅団が凱旋し、戦いを生き延びた将兵達が戦勲を示す勲章や戦闘参加記章をぶら下げて軍服姿のままそれぞれの家に帰った。
帰還が決まり、実際に第一陣が帰還した10月、11月頃の鉄道には数多くの軍服を着た帰還兵達が列車に乗り込んでいた。
兵達は皆他愛もない話で盛り上がりながら1分、1秒でも早く家に帰りたいと願っていた。
その表情は皆明るく、希望に満ち溢れていた、何せ彼らは勝ったのだから。
前の大戦ではついぞ見られなかった光景だ、帰還兵達を出迎える人々の姿はまるで日露戦争の頃に戻ったかの様相で勝利と無事の帰還を称えた。
そんな彼らも久方ぶりに祖国日本でクリスマスと年末年始を過ごせる訳である。
無論人類の勝利を喜びつつ内心穏やかではない者達もいる、武家の旧守派である。
無論彼らとて人類の勝利は素直に喜ばしいことだ、陰謀を企てるにしても人類そのものの文明圏が崩壊しては元も子もない。
その上で自分達が企てている陰謀が上手くいくかという心配があった。
無論着々と準備は進んでいる、動員計画や弾薬類の確保、攻撃目標の選定など。
今のところ警察や日本軍に不審な動きがみられないことから、恐らくは疑われていることはないのだろう。
実際は着々と公安警察と統合参謀会議の情報機関による調査が進められているのだが彼らはまだ知らない。
どちらにせよこうなった以上は一発逆転にかけて事を進める他なかった。
「ソ連軍が、ブダペスト・ハイヴを墜としたようですな」
貞親は屋敷の縁側で腕を組みながら冷たい空気が張り詰める中、夜空を眺めていた。
日中の職務が終わり、彼は斯衛軍の制服から着替え、和服姿でいた。
内側の和室では晩酌の膳を前に同じく和服姿のハーゼ中佐がビール瓶から手酌でグラスに注ぎ、1杯飲んだ。
やはり本国のビールと日本のビールは味わいが違う、それでも数十カ月も住めばこの味わいにも慣れた。
「それでも彼らが再び攻勢に出るには最低でも4カ月以上の時間が必要でしょう。失われた人員、兵器、使用した弾薬を補給するのにはそれほどの時間が掛かる」
「それはアメリカとて同じ、ベルリン・ハイヴの攻略は翌年になりそうですな」
ハーゼ中佐は小さく頷き、貞親のグラスにビールを注いだ。
お互いに乾杯し、ビールを口にした。
貞親にとってこのビールは飲みなれた安心するビールの味だ。
「兵の動員解除は日本軍が優先して実施される、我々も動員解除はするが日本軍に比べればゆるやかにという決議になりました」
「ほう、貞親殿のご助力のお陰ですかな」
以前に比べてハーゼ中佐の日本語は上達している、日中秘密裏に情報局の旧守派を教育する以外には特段やることがないので学習に力を注いだ結果だろう。
今の中佐は貞親らと問題なく会話が出来るほど日本語が上手くなっていた。
「というより猊下の命です、優先すべきは下々の民と仰られた。お陰で我々はまだ兵力を保ったままでいられる」
丁度2人が話していると奥から女中が「失礼します」と声を掛けた。
静かに戸を開け、彼らの前に鶏肉と大根の煮物やお浸しなどが乗った善が置かれた。
「ありがとう」
女中は軽く頭を下げ、その場を後にした。
「2個動員師団と第1師団、そして第4師団の高級参謀、師団長らには話をつけています。事を起す時には輝光殿の一声があれば一斉に立つと」
「なるほど、では輝光殿に対するアプローチを強めた方がよさそうだ」
このクーデター計画にはハーゼ中佐にも十分な役割が与えられている。
諜報、調略を担う工作員の育成を担い、実質的には指揮を執っているのがハーゼ中佐だ。
軍事的な動員、作戦計画の立案は定親と新守らが主に担当し、着々と準備を進めていた。
その為クーデターの鍵を握る九條輝光の調略を担っているのはハーゼ中佐であった。
「しかし心配なのはあなた方の地方軍です。近年では革新派が地方軍の司令になることも多い。一体どの程度が動いてくれるか」
貞親は懸念を口にした。
斯衛軍には通常の2個師団に加えて地方の武家を動員し、展開する為の守護軍司令部が設置されていた。
斯衛第3、第4師団の主力兵力もこうした守護軍から抽出しており、帰還したこれらの師団が有する連隊は現在守護軍の管理下にあった。
その為第3、第4師団が実質的に有している兵力は1個連隊と幾つかの工兵、支援大隊が限度であった。
つまり地方の部隊をクーデターの中心地に展開するにしても、地方で攪乱に投入するにしても守護軍司令官達を味方につける必要があった。
「彼らの一部は中々頑固な革新派が多い、それに日和見主義者も多く実際に動かすまでは何とも言えないでしょう。むしろ制度的に動員すれば付いてくる者が多いと思います」
「なるほど……計画に入れましょう。斯衛軍全軍で立ち上がれば必ず我らの下に天下は帰って来るのですから」
貞親の発言にハーゼ中佐は上辺だけでも同調するように頷いた。
ベルリン派だった頃の彼は本気で祖国ドイツをどうにかしたいと思っていたが今となってはその夢も潰え、自分が生き残り、身の安全に必要な権力を手に入れる為に彼らを利用しているに過ぎなかった。
その姿は死んだアクスマン中佐によく似ていた。
年末の静かな夜に彼らの陰謀は進んでいた。
もはやかつての想像されるような高潔さを持った武士はここには存在しない、存在するのは生き延びる為に古い思想に取り付かれた者と機械主義者に成り下がった余所者だ。
かつて清盛公が権力の道を開き、頼朝公が鎌倉に幕府を開くことで始まった武士の世の末裔がこれである。
彼らがこの光景を見てどう思うかは分からないが、決してこんな世になるとは思っていなかっただろう。*1
歴史の歪みの結晶、物体には使用年数があるように組織や制度、階級にだってそれは適応されるのだ。
無論、使用年数が過ぎても修理したり別のものを継ぎ足せば使えるものもある。
だがそうした形態で残したものというものは決して以前の状態ではない、若干の変化が加わっている。
武家が武家として残るにはやはり変革が必要なのだ。
それを拒み、剰え反乱を企てるようであるなら例え成功したとしても彼らの天下が長く続くはずがない。
いずれにせよ彼らがやろうとしているのは武家という社会制度の自殺であった。
尤もそのことを旧守派が認識しているはずもなく、彼らは自らがやろうとしていることが確実に成功し武家社会を存続させる唯一の方策だと考えていた。
愚かしいといえばそれまでだが、明日自分の立場がなくなるかもしれないとなればこうもなる。
一発逆転する方法があればそれに賭けてしまうは人間の性だ。
「して、実行日はいつにする予定ですか?」
ハーゼ中佐は食事に箸をつけ、口に入れる前に定親に尋ねた。
彼は一呼吸おいてから中佐に告げた。
「来年、1984年の早くとも春ごろには始めましょう。日本帝国の天下を再び武家の下に取り戻すのです」
彼らの決意は誓いの乾杯と共に冬の夜空に鳴り響いた。
1983年は終わる、長い長いBETAとの戦いで大きなターニングポイントとなった年だ。
そして1984年が始まる、人類にとってこの年は混乱の年であった。
その混乱の一端を担うのが彼ら武家の旧守派であることをせかいはまだ、誰も知らなかった。
つづく