マブラヴ グレートパトリオティックウォー   作:Eitoku Inobe

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艦尾に波が泡立ち
遥かカモメが白い
船乗りは陸から陸へ
歌を引き連れてゆく
-”海の心”より抜粋-


1984 将軍のいた四月
ウリヤノフスクの夜明け


―ソ連領 ロシアSFSR ウラジオストク市 ソ連海軍 太平洋艦隊司令部―

1984年が訪れた。

 

人々は新年を盛大に祝い、やがて訪れるであろうBETAに対する人類の勝利に期待を膨らませた。

 

家庭によってはようやく息子達が帰ってきた人もいれば、息子を亡くして初めての年始となる家庭もあった。

 

それはソ連、特に太平洋に位置するソ連軍の将兵も同様であった。

 

兵舎や官舎で家族や仲間と慎ましく新年を祝い、束の間の休息を楽しんだ。

 

それから数日程時間が開き、1月7日となった。

 

まだソ連地域における旧正月は訪れていないがそれらを前倒す形で一隻、母港から出港しようとする艦艇があった。

 

ウリヤノフスク級原子力空母"ウリヤノフスク"である。

 

"ウリヤノフスク"は艤装の調整が成され、その後太平洋へと向かった。

 

これから"ウリヤノフスク"の離着艦試験も含めてソ連海軍の新型戦術機の選定試験が実施されるのだ。

 

既に乗艦予定の衛士達も戦地から戻り、"ウリヤノフスク"の乗組員は着々と出港準備を整えていた。

 

それらの調整作業の為に"ウリヤノフスク"の副長、アレクセイ・ヴィセーニン海軍中佐はウラジオストクに位置する太平洋艦隊司令部の会議室に向かっていた。

 

如何にもコーカソイド系のソ連人であり、金髪に青い瞳、ソ連海軍冬服を着て肩章には中佐の階級章がつけられている。

 

生まれはカリーニングラード、大祖国戦争で占領したケーニヒスベルクに入植した家庭の生まれだった。

 

彼はカリーニングラードですくすく育ち、行事毎で度々バルティスクに駐留するソ連海軍の艦艇を見て育った。

 

その影響かヴィセーニン中佐はカリーニングラード高等海軍学校を卒業し、"ミンスク"や"アドミラル・クズネツォフ"など航空母艦を渡り歩いてきた新興の空母閥の人間である。

 

"ミンスク"では当時艦長だったゴキナエフ少将の教えを受け、その後はレニングラードに位置する海軍高等レーニン勲章特別将校クラスの課程を卒業し、晴れて海軍の上級将校となった。

 

"ウリヤノフスク"が就役され、実働任務に就くころには大佐に昇進し、彼がこの艦の指揮を執っている。

 

"アドミラル・クズネツォフ"の復調を務めていた彼には十分な素質と経験がある。

 

彼は先ほどまで"ウリヤノフスク"の将校達と出港の為の打ち合わせを行っていたところだ。

 

打ち合わせを終えて会議室に向かっていると丁度艦載機部隊の指揮官、ベルグロフ大佐と出くわした。

 

「同志大佐」

 

ヴィセーニン中佐は先に敬礼を送り、ベルグロフ大佐は敬礼を返した。

 

ヴィセーニン中佐とベルグロフ大佐は同じ空母乗りということもあってか以前より交流があった。

 

最初に彼と会ったのは”ミンスク”に乗艦している頃だ、あの頃ヴィセーニン中佐は大尉でベルグロフ大佐もソ連邦英雄となる前のことである。

 

彼らは何度も艦の上で死線を潜り、気がつけばあっという間に佐官となっていた。

 

「同じタイミングでしたな、では行きましょう。多分艦長殿と司令官がお待ちだ」

 

「はい」

 

2人は共に会議室に向かい、道中仕事の話をした。

 

「大佐は先ほどまで訓練ですか?」

 

「ええ、MiG-29、Su-27、Yak-41、どれも満遍なく動かして特徴を掴んでおかないと。そちらも出港準備で大変でしょう?」

 

「まあ我々は出てからが仕事なのでそこまでは」

 

「そうですか、ところでチャパコフ中佐はどちらに?」

 

ふとベルグロフ大佐は尋ねた。

 

ヴィタリー・チャパコフ中佐は"ウリヤノフスク"の政治将校であり、艦内の政治将校を取りまとめる立場にある。

 

キエフ高等海軍政治学校を卒業し、空母だけでなく様々な艦艇を渡り歩いてきた政治将校だ。

 

眼前に水上移動型の要塞級が出現しても逃げずに負傷した水兵を助けたという伝説もあり、ゴキナエフ少将初め多くの将兵からの信頼が篤かった。

 

「各水兵らのレクリエーション中ですよ。出港前に景気をつけてやりたいって。恐らくもう戻って来ると思います」

 

「なるほど、実はうちのミハールキンもチャパコフ中佐のところにって訓練後行ってしまいましてね」

 

アレクセイ・ミハールキン中佐、ベルグロフ大佐率いる独立海軍試験航空連隊の政治将校である。

 

ヴィセーニン中佐と同じアレクセイだがソ連じゃこうした名前の被りはよくある。

 

チャパコフ中佐が艦内の面倒を見るのならミハールキン中佐は飛行中の衛士達の面倒を見る、同じ中佐の政治将校で意見が衝突すると思われたが以外にもすぐ打ち解けた。

 

そうこうしていると丁度2人は会議室の前まできていた。

 

軽くドアをノックし、室内に入る。

 

「失礼します」

 

「よく来てくれた、ほら座って」

 

"ウリヤノフスク"艦長、ゴキナエフ少将は手招きをして2人を呼び寄せた。

 

円状のテーブルに少将は座っており、彼の隣には太平洋艦隊司令官のシドロフ大将が座っていた。

 

「こないだ人民解放軍の武官が訪れてね、土産にと茶葉を送ってくれた」

 

彼らの前には海軍の大尉が用意した黒茶が置かれた。

 

「訓練の状態はどうだね?」

 

「良好です、明日最終訓練をやって明後日積み込み、そのまま出港という予定なので後1日分はあります」

 

ゴキナエフ少将の問いにベルグロフ大佐は軽く答えた。

 

その間に後ろのドアからレクリエーションを終えたチャパコフ中佐が現れ、彼らに敬礼をして会議室に入った。

 

中佐も座るように促され、チャパコフ中佐は制帽をラックにかけて開いている席に座った。

 

制帽を取ると分かるがチャパコフ中佐はスキンヘッドで整えられた口髭を生やしており、肩と袖章にはヴィセーニン中佐と同じ階級章がつけられていた。

 

「遅れましたか」

 

「時間通りだ、それでは会議を始めよう。我々は今月9日よりウラジオストク軍港を出立し、オホーツク海へ航海を開始する。その後本艦は艦載機、MiG-29K、Su-27K、Yak-41の試験運用を開始する予定である」

 

ゴキナエフ少将は前提状況を共有し、ある程度口頭で説明した。

 

ウリヤノフスク”搭乗用の衛士達は全員ウラジオストクに移動が完了し、ある程度搭乗予定の戦術機にも度重なる訓練によって慣れた。

 

「哨戒ヘリ、弾薬、整備部品、食料などの消耗品積み込みは明日完了する予定である、その上で各員に担当について報告してもらう。まずベルグロフ大佐、戦術機部隊の状況を方向せよ」

 

「はい、我が航空連隊ですが先ほど同志少将が申し上げた通りヘリコプター部隊の搭載は完了しています。戦術機に関しては明日は最終訓練を行い、明後日8日に各機の積み込み作業を開始します」

 

「了解した、ではヴィセーニン中佐、各設計局搭乗員及び試験監督官の状況はどうなっている?」

 

今度はヴィセーニン中佐に方向の順番が回ってきた。

 

中佐は軽く頷き、報告を開始した。

 

「試験観察の為ミコヤン・グレーヴィチ、スホーイ、ヤコヴレフ設計局から各局6名、監督官として海軍司令部より12名、合計30名が乗艦予定です。これら試験グループは既にウラジオストクに到着しており出港日の9日間に全員乗艦予定です」

 

「グループは司令部管轄の官舎で宿泊しているが間違いないな?」

 

シドロフ大将は確認の為ヴィセーニン中佐に尋ねた。

 

「はい、”ウリヤノフスク”艦内にも試験グループ用の部屋を確保しています」

 

「分かった。ではチャパコフ中佐、乗組員の様子はどうだ?」

 

今度はチャパコフ中佐に報告の順番が回ってきた。

 

「乗組員は先ほど出港前最後の陸地でのレクリエーションを終えました。明日は通常勤務の後明後日は艦載機積み込みの為に乗艦し積み込み作業に従事させます」

 

「水兵達の様子はどうだ、健康状態とメンタルは」

 

「どちらも問題ないかと、身体の健康については以前報告が上がった通り全員健康体です。メンタルに関しても明確な異常が見受けられる下士官水兵、将校は確認されていません」

 

そのことにゴキナエフ少将は安堵した。

 

今回はあくまで試験航行、直接戦闘に参加する訳ではない為水兵達もかなり心の余裕があった。

 

やはり死ぬかもしれない場所に行くのはどんなに戦意に満ちていても心身に何かしらの負担がくるものだ。

 

「では各員、1月9日の出港には問題なく対応出来るということで良いな?」

 

各員は皆頷き、シドロフ大将もこれらの報告を聞いて満足そうにしていた。

 

「では予定通り1月9日に」

 

「了解した、恐らく日本海を通過する際に日本海軍部隊から撮影を受けるだろうが堂々と航行せよ。またこれは確定ではないがゴルシコフ元帥が視察に訪れる可能性がある。確定ではないが一応頭に入れておいてくれ」

 

将校達は軽く頷き合い、それから戦術機のテスト日程についての話に移った。

 

それから30分ほどの報告会の後、仕事が終わり各員はそれぞれ疎に退出を始めた。

 

最後まで残っていたのはヴィセーニン中佐、ゴキナエフ少将、シドロフ大将の3人だった。

 

「いよいよ海軍機の選定試験か……長いとは思っていたがあっという間だったな」

 

「はい、これで”ウリヤノフスク”の能力も分かります。恐らく実用化される頃には戦争は終わっているでしょうが……」

 

「どの道”ウリヤノフスク”は重要な祖国の抑止力となる。例え彼女が最後の原子力空母となろうとな」

 

シドロフ大将の発言は未来を見ていたが決して全てが明るいものではなかった。

 

彼のいう通り、当面の間”ウリヤノフスク”に続くソ連の原子力空母は誕生しない。

 

だが彼女自身はこの数ヶ月間で複雑怪奇な状況に巻き込まれることになる。

 

1984年はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

-日本帝国領 東京 市ヶ谷 日本帝国国防省本庁舎-

間も変わらず市ヶ谷というのは忙しい場所である。

 

アフリカ攻勢はもう数ヶ月も前に終わっているが将兵の旗艦や動員解除、或いはアフリカ、中東、インドでの復興支援計画などで統合参謀会議は今日も忙しくしていた。

 

一応派兵した各旅団は現地の国連軍司令部の方針に基づき、それぞれ復興支援に従事している。

 

インフラの引き直しや破壊された建物の復元、BETAや放射能によって汚染された大地の洗浄などやることは多い。

 

こうした作業は主に陸軍の工兵、化学科の指揮指導の下執り行われ、一部憲兵隊は現地警察部隊として治安維持業務を担っていた。

 

報告書は各旅団を束ねる派遣地域の軍司令部ないし軍団司令部によって齎される、流石に各旅団ごと個別に統合参謀会議に送られては業務がパンクしてしまう。

 

統合参謀会議はこうした報告を受けて状況を分析、整理して国防省や政府に対して説明責任を果たし、或いは現地で得られた知見を新たな装備開発や軍の概念にフィードバックした。

 

無論これは派遣軍の話であり、当然だが日本軍の主任務は日本帝国国土の防衛である、その為国内からの報告に目を通すことも彼らの仕事なのだ。

 

その中には宗谷海峡を通り抜けるソ連海軍の空母”ウリヤノフスク”の話も上がっていた。

 

バルト海からウラジオストクに越してきた”ウリヤノフスク”が移動を開始した報せは日本海をパトロール中の日本海軍所属の哨戒艦艇であった。

 

その後日本海を航行中の”ウリヤノフスク”は宗谷海峡を通り抜け、オホーツク海に向かった。

 

ちなみに宗谷海峡を移動しようとする”ウリヤノフスク”に対して日本の民間放送がヘリから空撮した写真が国内に出回ったのはまた別の話。

 

日本軍も”ウリヤノフスク”に対して目はつけつつも、オホーツク海まで素通しした。

 

統合参謀会議には海軍軍令部から画像資料付きの報告書が上がってきていた。

 

斎藤大将は報告書を読みつつ、同時に添付された”ウリヤノフスク”の写真画像を目にした。

 

「”ウリヤノフスク”、これが半年前くらいに出てきたソ連の原子力空母か」

 

「はい、アメリカはウリヤノフスク級と呼称しており、ソ連側もほぼその呼び名を追従しているとか。大きな変化としてはウラジオストクに入港した時とは違い、甲板に戦術機を搭載しています」

 

新津大佐は画像を指し示しながら陸軍出身の統参会議議長に説明を行った。

 

無論このような内容は報告書により正確に記載されており、”ウリヤノフスク”の動きを巡る考察も記載されていた。

 

「しかし見慣れぬ戦術機だな、うちの海軍は向こうの新型ないし試作機だと見ているようだが」

 

「でしょうね、個人的には試作機の線が高いと思います」

 

丁度甲板に搭載されていたのはMiG-29KでもSu-27Kでもなく、Yak-41であった。

 

その為新津大佐や斎藤大将からすればYa-41とは今までソ連軍が主力として使っているどの戦術機とも当てはまらない機体に見えたのだ。

 

何せVTOL機としてのYak-38はその名がつけられた瞬間にハイヴが落ちて開発が頓挫し、戦術機としてのYak-38は度々現れては書類上で消え、開発されても精々試作機が1、2機程度だった。

 

故に西側諸国はまだこうした戦術機を目にしたことがなかった。

 

「となれば戦術機或いは空母含めた能力のテスト、と見るべきかな」

 

「アメリカからの情報によるとリィバチイからもソ連海軍の潜水艦が小規模ですが何隻か動いているそうですし、その線は高いですね」

 

平野少佐は斎藤大将の発言の同調した。

 

新津大佐も「でしょうな」と肯定し、彼自身が思うところの理由も話した。

 

「恐らく離着艦のテストをしたいのでしょう、オホーツクですと我々も下手に見れませんし無論邪魔することも出来ませんし」

 

「まあ今更止める必要もあるまい。10年ちょっと前ならともかく、今じゃ彼らのアセットも東アジアからBETAの脅威を守り、維持していく上で不可欠だ」

 

本当に10年で世界は変わった、10年前にソ連海軍の空母がこうやって宗谷岬を通過し、何か動きがあったら日本の世論は大騒ぎしていただろう。

 

当然国防省も対ソ戦争を考えて国防計画を練り、人々は生活の中で頭の片隅に”()()()”を考えてその日が訪れないように祈った。

 

それが今ではソ連の空母が宗谷岬を通過した程度じゃニュースにはなるが冷戦期と比較すればその注目度は低い。

 

たった10年で日本帝国にとってのソ連は強大な仮想敵から少なくとも敵ではない何かに変わった。

 

恐らく日本国民に今のソ連を尋ねてみると大多数は敵じゃないと答えるし、恐らく完璧な味方でもないと答えるだろう。

 

日本帝国にとってそういう曖昧な存在が今のソ連だった。

 

「そういえばこの空母は原子力空母だが他のスペックは公開されているのか?」

 

ふと気になって斎藤大将は新津大佐に尋ねた。

 

「いえ、ソ連海軍公式の発表だと”ウリヤノフスク”は原子力空母というだけで他のスペックは一切公表されていません。一応今までのアドミラル・クズネツォフ級と偵察データから若干の予測は出来ますが」

 

無論まだ分からないことが多いのでスペックの予測もそこまで精度が良いものではない。

 

相手が相手な以上わからないことの方が多いのだ。

 

「分かった、まあそれなりに注目しておこう。いざ脅威になった時に対応する為にも」

 

平野少佐と新津大佐は小さく頷いた。

 

敵じゃなくなった訳ではないとはいえソ連は決して味方ではない。

 

いずれ時が昔に進む時もあるだろう、そうなった時に情報のカードは1枚でも多い方が良かった。

 

だが当面の厄介ごとを齎してくるのはソ連軍ではなかった。

 

執務室のドアを軽くノックする音が聞こえ、1人の陸軍大佐が入ってくる。

 

「失礼します、定期報告書をお届けに参りました」

 

統参会議情報部の繁田大佐だ、今は内部の防諜活動の任務についている。

 

大佐は直接斎藤大将に報告書を渡し、斎藤大将も「ありがとう」と一言礼を述べて報告書を受け取って一瞥した。

 

基本的に彼から送られる報告書は今一番国内で懸念されている場所の情報だ。

 

故に斎藤大将はいつにもなく険しい顔で報告書を見つめた。

 

「依然、クーデターは計画進行中の可能性が高い、か」

 

「公安は本格的な捜査に乗り出しています。向こうがどの程度進んでいるかにもよりますが場合によっては今月中に逮捕者が出る可能性もあります」

 

当然だが軍が有する警察能力は憲兵など身内に対する僅かなもので、基本的には警察、特に公安が今回の事案を主に担当している。

 

基本的に警察は二・二六のことを絶対に忘れないし、斯衛軍という存在も監視対象であった。

 

ついこないだまで学生運動などの対処をしていた公安は次に武家集団に対しての対処を始めようとしていた。

 

「当面は警察に任せておけばいい、我々が動く時は奴らが直接行動を起こした時だけだ」

 

「そんなこと、起こらないといいんですがね……」

 

平野少佐の発言に斎藤大将は頷いた。

 

彼は執務室の窓から斎藤大将は東京の街並みを眺めた。

 

我々が動く時、ここは戦場になる。

 

今更人間同士の内戦など真っ平御免だ、戦国の世は一体何百年前だと思っている。

 

しかし斎藤大将のそんな願いが報われぬことを彼はまだ知らない。

 

 

 

 

 

ウリヤノフスク”の戦術機運用テストは1月13日からオホーツク海洋上で始まった。

 

乗組員達は朝の体操、朝食を済ませ午前9時ごろからテストを開始した。

 

適度な運動と栄養補給を済ませた水兵達、将校達がそれぞれ持ち場につき、職務を開始する。

 

甲板ではエレベーターから戦術機が上げられ、カタパルトまで移動する。

 

ある意味では前級とも言える”アドミラル・クズネツォフ”、”ヴァリャーグ”には搭載されていない蒸気式カタパルト、何度か運用して試されてはいたが最新鋭の戦術機ではどうか。

 

乗組員達は若干だが緊張に包まれていた。

 

まず最初にベルグロフ大佐が率いる3機のMiG-29Kが発艦のテストを行う予定であった。

 

このテストは海軍の主力戦術機がそもそも無事に空母から飛び立てるかどうかのテストであった。

 

まずはカタパルトからの発艦、続いてカタパルトを用いずSTOBAR方式で飛べるか、STOVL方式での発艦などをテストして海軍が要求する性能に達しているか確認する。

 

その後は暫く飛行し、着艦のテストを行う。

 

戦術機は通常の戦闘機と同じように着艦も可能であるし、一方でVTOL機のような着陸も可能であった。

 

こうした着艦方法がこの新型でも問題なくこなせるのか、その点を試すのだ。

 

格納庫からエレベーターで甲板に上げたMiG-29K3機が徒歩でカタパルトまで移動して発艦の最終準備に入った。

 

このMiG-29Kは両手、両兵装担架に突撃砲を装備し、脚部や両肩にはS-8Oロケット弾、跳躍ユニットには訓練用の空対艦ミサイルが数本装備されていた。

 

甲板上の水兵が戦術機を誘導して移動方向を知らせている。

 

コックピットの中でベルグロフ大佐は機体の状態を確認し、問題がないかをよく調べた。

 

陸地ではこのMiG-29Kを度々動かして体に慣らしていたが空母の上だと果たしてどうなるか、若干の不安もあり期待もあった。

 

MiG-29Kはカタパルトに両足を搭載し、しっかり固定されたことをベルグロフ大佐はコックピットの中で確認した。

 

既にMiG-29Kは温まっている、カタパルトが飛ばしてくれればこの機体はいつでも大空へ飛び立てるのだ。

 

丁度そのタイミングでブリッジからの通信が降りてきた。

 

『TuKPより950001、発艦を許可する』

 

ブリッジから発艦許可が降り、ベルグロフ大佐は言葉を返した。

 

「了解、950001ベルグロフ、発艦する」

 

ウリヤノフスク”側の命令でカタパルトからMiG-29Kが射出され、そのまま脚部固定の解除と共にMIg-29Kは無事に大空へ飛び立った。

 

コックピットの中にいるベルグロフ大佐は発艦時の加速で発生する衝撃に耐え、微笑を浮かべてその衝撃を味わった。

 

やはり空を飛ぶとはこうでなくては、凄まじい負荷、物理的な苦しみを超えた先に人が手に入れた空という世界がある。

 

ベルグロフ大佐はフレツロフ中佐ほどの空狂いではなかったが、それでも空を飛んでいるという快感はよく知っていた。

 

海軍迷彩の青いMiG-29Kがそのまま円を描くように”ウリヤノフスク”の周りを飛んでいる。

 

「TuKP、本機は問題なく飛行中、各駆動系統に問題なし」

 

『950001了解、後続の発艦作業を続ける』

 

ベルグロフ大佐が無事に空を飛んだことを確認すると後続のMiG-29Kもカタパルトで母艦から射出された。

 

やがて3機は編隊を組んで飛行し、その後着艦テストに入った。

 

”ウリヤノフスク”の後ろ側から回り込んでゆっくりと速度を落とし、甲板上に着艦した。

 

着艦に成功しベルグロフ大佐は満足げに頷いた。

 

「いい機体だ、27KもそうだがMiG-23とは比べ物にならん」

 

他の2機も無事着艦には成功し、続いて跳躍ユニットによるSTOVL発艦のテスト、そしてSTOBARのテストに移った。

 

MiG-29Kは両方とも成功し、無事に”ウリヤノフスク”からの発艦テスト全てに合格した。

 

これで艦載機として最低限の性能面は申し分ないことが判明した、後は機体の実力がどうかだ。

 

丁度同じ頃、ヴィクトル・プガチョフ中佐が指揮するSu-27Kが発艦テストを行っていた。

 

こちらも3機、カタパルト、STOBAR、STOVL方式での発艦テストが行われ、Su-27Kも無事にテストに合格した。

 

後はYak-41だ、こちらの飛行テストと並行して先行して飛び立ったSu-27KとMiG-29Kはシミュレーターを起動した模擬戦に移行することとなった。

 

「プガチョフ中佐、そちらは大丈夫ですか?」

 

接近するSu-27Kの編隊に接近し、ベルグロフ大佐が尋ねた。

 

『問題ありませんよ、空母からの発艦ってのもすごいもんですな。こいつもよく耐えてる』

 

「流石27ですよ、模擬戦に移行しましょう。想定海域まで本機に続いてください」

 

『助かります』

 

ベルグロフ大佐のMiG-29Kが他の機体を誘導し、”ウリヤノフスク”が指定する海域へ移動した。

 

一方”ウリヤノフスク”ではYak-41のテストも終わり、各機体の分析を行なっていた。

 

監督チームはブリッジに6名、甲板上に6名と二手に分かれて試験監督の業務を遂行している。

 

また、甲板上には各設計局の出向者が待機しており、機体の状況を逐次確認していた。

 

「950001、9501001、950201隊、問題なく飛行中。間も無く模擬戦海域です」

 

「蒸気式カタパルト、問題なく稼働中。システムの異常見られません」

 

水兵達の報告を聞いて一先ずゴキナエフ少将とヴィセーニン中佐は安堵した。

 

「飛行中の艦載機部隊に通達、10:00より対洋上BETA掃討演習を開始せよ」

 

「了解」

 

離着艦能力はある程度把握出来た、後は個々の戦闘能力を測る時だ。

 

模擬戦のデータ収集の為にカメラ機材などを装備したKa-27がローターを回して”ウリヤノフスク”から何機か発艦した。

 

Ka-27は戦術機部隊からかなり距離を取った状態で撮影を開始し、後で回収するフライトレコーダーと共に性能を分析する材料とした。

 

その間に飛行中の各戦術機9機は編隊ごとに戦闘態勢に入り、機体に搭載されている対BETA戦闘用のシミュレーターを起動した。

 

モニターにはかなりポリゴンの粗い海上航行型の要塞級が出現し、静止した状態のままだった。

 

「各機演習システムの状態を確認せよ」

 

『950002問題なし』

 

『950003同じく問題なし』

 

「了解、950101、950201、状態を報告せよ」

 

僚機のシステムを確認しベルグロフ大佐は他の編隊の状況を尋ねた。

 

『こちらは問題なし』

 

『システム正常に稼働中』

 

他の編隊も問題なく演習システムが作動していることを確認するとベルグロフ大佐は腕時計で時間を確認した。

 

後1分ほどで演習システムが作動し、模擬戦が始まる。

 

戦闘が始まる前に各戦術機が有する装備の話をしよう。

 

まずベルグロフ大佐が操縦するMiG-29K、前述した通りS-8Oロケット弾と突撃砲が4丁、Kh-59空対地ミサイルが4発搭載されている。

 

一方のプガチョフ中佐が搭乗するSu-27K、こちらもMiG-29Kと殆ど変わらない。

 

S-8Oロケット弾を肩部、脚部合わせて4つ、突撃砲4丁にKh-59空対艦ミサイルが4発。

 

一番特殊な兵装をしていたのはYak-41だ、この機体は前述の2機よりかなり小型な機体である為搭載しやすいのだがその分武装の選択にも限界がある。

 

今回のYak-41は152mm無反動砲2門にサブ兵装の突撃砲2丁を兵装担架に装備し、S-5ロケット弾にKh-25空対地ミサイル4発を搭載していた。

 

火力面ではどうしてもMiG-29KとSu-27Kに負けているが機動力の面では上回っている。

 

なおYak-41の編隊長は副連隊長のロマン・オスマノフ中佐が指揮を取っていた。

 

1分が経ち、模擬戦のシステムが始まった。

 

戦闘開始と共に海面に展開している洋上要塞級から迎撃の為に触手が発射され、対空防御に出た。

 

各戦術機は攻撃を回避し、触手の合間を縫って要塞級への攻撃を始めた。

 

突撃砲で牽制射撃を放ちつつ、狙いを定めてKh-59空対艦ミサイルを発射した。

 

これらの空対艦ミサイルは要塞級の装甲を一撃で破り、撃破まで持っていける力がある。

 

今もベルグロフ大佐のMiG-29Kが放ったKh-59が要塞級を一撃で撃破した。

 

プガチョフ中佐のSu-27K部隊も殆ど同じ戦法で次々と要塞級を葬っていく。

 

この点Yak-41の編隊だけは違う動きをしていた。

 

まず2機のYak-41が要塞級の注意を引きつつ編隊長のオスマノフ中佐が152mm弾の近距離射撃で撃破した。

 

場合によってはKh-29を要塞級の関節部に叩き込んで撃破し、火力で勝るMiG-29KとSu-27Kに食い下がった。

 

「各機、空対艦ミサイルが切れたら接近して120mm弾をぶち込む。恐れず私についてこい!」

 

『了解!』

 

『直ちに向かいます』

 

ベルグロフ大佐のMiG-29Kを先頭に僚機が続き、残る要塞級に最後のスパートをかける。

 

「やはり、火力の面ではYak-41は少し厳しいですな」

 

戦闘の様相を見ながらヴィセーニン中佐はふと呟いた。

 

「まあ仕方ない、あの機体は性能面でも2機に比べると若干劣っている。だがYak-41の評価すべき点はまた別にある、そうだろう?ヤゾフ少佐」

 

ブリッジでリアルタイムで流される戦術機の模擬戦を見ながらゴキナエフ少将は後ろに控えているイーゴリ・ヤゾフ少佐に尋ねた。

 

彼は微笑を浮かべ「少なくともヤコヴレフ設計局の同志はそう言っています」と態とらしく設計元の名前を出して返答した。

 

「実際ここまで小型かつ軽量であり、VTOL能力も備わっているなら様々な用途があるでしょう。ただ私見としては”ウリヤノフスク”のような空母に搭載する主力にふさわしいかは別と思いますが」

 

ヤゾフの息子、イーゴリ・ヤゾフ少佐は1981年に少佐へ昇進の上、暫くはアフリカ攻勢に参加する潜水艦の副長を務めていた。

 

その後攻勢の終了と共に北方艦隊の本拠地に帰還し、一旦副長の任を解かれた。

 

ヤゾフ少佐は短期間の特別将校クラス教育を受け、課程の満了と共に海軍司令部から新型戦術機選定テストの監督官に任命された。

 

レニングラードからウラジオストクへ、他の監督官達と共に向かった。

 

「確かに、現用機の23の後継となると若干意味合いも変わってくる」

 

「悪い機体ではないでしょう、実際一部内務省や国境軍からは目をつけられてるそうですし」

 

ゴキナエフ少将は内心、そちらの方が適任かもしれないなと思った。

 

国境軍直属の上司はソ連国家保安委員会、KGBである。

 

その為Yak-41が持つ特殊能力とはそういった方面で活躍が期待出来るものなのだ。

 

「演習海域の要塞級掃討を確認、システム終了します」

 

「よし、艦載機の収容を開始する。まずYak-41、Ka-27、MiG-29、Su-27の順で収容しろ。」

 

「了解」

 

ゴキナエフ少将は即座に指示を出し、各員が艦長の指示を受けて作業に入った。

 

艦長の指示通りに艦載機の収容を始めた。

 

甲板に着艦したYak-41を甲板上の水兵が誘導し、他の艦載機が着艦出来るスペースを作った。

 

その後Ka-27が甲板に着陸し、続いて29と27が着艦した。

 

『950001、950101はエレベーターまで移動せよ』

 

「了解、各機エレベーターまで歩くぞ」

 

”ウリヤノフスク”の格納庫にMiG-29KとSu-27Kが戻り、指定の位置まで移動して補給を受けた。

 

コックピットが開き中からベルグロフ大佐が出てくる。

 

「お疲れ様です、どうでした?29Kは」

 

これから整備に入る水兵がコクピットから出てきたばかりのベルグロフ大佐に尋ねた。

 

「前から陸地で乗ってるがやっぱりいいね、これは27や41で模擬戦をやるのが楽しみだ」

 

「期待してますよ」

 

2人は微笑を浮かべたまま敬礼し、ベルグロフ大佐は僚機の衛士達と合流した。

 

1984年1月13日、この日から本格的な海軍新型戦術機の試験が開始された。

 

 

 

 

-日本帝国領 帝都京都 元枢府御所-

斯衛軍の戦争は終わった、これからは再び軍縮の時代が訪れる。

 

まだベルリンにはハイヴが残っているがあれを管轄するのはNATO軍であり、ソ連軍である、遠く離れた島国の侍衆がどうにかするものではない。

 

今や外地に展開していた斯衛軍は全て本土に帰国し、総監部が計画した動員解除計画に基づいて復員作業が始まる。

 

斯衛軍が公式として派兵を決定したのは1981年、10年以上続いたBETA大戦で斯衛軍が本格的に戦ったのは勝ちが見えてきたたった2年と少しである。

 

無論戦場で功名を挙げた斯衛の武士(もののふ)もいる、だが大多数は武家の義務と矜持を忘れ、命は戦で捨てるものだと忘れてしまったものばかりだった。

 

そうした烏合ばかりだったせいか正規の日本軍と比較しても斯衛軍の戦果はさほど大きくはなく、斯衛軍の存在価値を示すには足りなかった。

 

むしろ弾薬不足問題という斯衛軍側の汚点が明るみに出たことで世間はより一層斯衛軍の存在に疑問符を浮かべるようになった。

 

国会ではほぼ斯衛軍の国防省移管が半ば確定しており、貴族院の武家議員達も政治的には劣勢であった。

 

こうした世論の結果に不満げであったのは武家の旧守派だけではない、信真も不満を持っていた。

 

玉座の間に座り、肘掛けに肘を置いて気だるげにしている彼は暫し斯衛軍、曳いては武家の将来について考えた。

 

このままでは武家の弱体化、最悪の場合解体は止められない。

 

しかし一時の合間、信真なら時を稼ぐことは出来る。

 

彼が皇帝陛下より賜った事実上失われた権限を持ち上げ、政威大将軍の名目で決議に異を唱えることは出来る。

 

かつては決定事項を丸々ひっくり返す能力があったが今では信真の実力を持ってしても一時的に決議を止めることが出来る程度だ。

 

その稼いだ時間を使って信真自身が政威大将軍の名の下、挙兵し武を以て政を治めれば武家が消える運命は回避出来る。

 

正規の日本軍や国内に駐留する米軍は挙兵に反旗を翻すであろうが、その時はその時、皇軍と世界最強の一角を占める米軍と相対して討死するなら武士の功名名利に尽きる。

 

成功確率は圧倒的に低いが最も信真が望んだ形で終わりを迎えられる一つの方策であった。

 

だがそれをやるには武家の統率が取れていない、戦をするとしても雑兵が壊乱して1日2日で事が決してしまうようではこれも望んだ結末にならない。

 

信真が望むのは熾烈な合戦の果て、山は燃え村々は破壊つし尽くされ、屍が山を成す戦場で勝利の栄光を掴むか、或いは討ち果てるかの二択であった。

 

別に死にたい訳ではない、熾烈な戦の果てに訪れる結末が死であるなら甘んじて受け入れるだけの話だ。

 

彼にとっての武家の価値とはその一点に詰まっており、だから武家が唯一存続出来る道としてBETAとの積極的な戦いの道を示したのだ。

 

だが今ではそのどちらも果たすことは出来ない、恐らくは中東での攻勢が最後の機会であった。

 

もはや武家は萎んで消えていくだけなのなら、最後に一花咲かせるのも一興、信真の狂気的な思考は加速していった。

 

どうしてこのような思考回路の人間が出来上がったか、それは信真の生い立ちに原因があった。

 

信真が生まれたのは1935年の時、まだ当時は大日本帝国と名乗り本格的な日中戦争が始まる前の時代であった。

 

彼が物心着く頃には日中戦争が始まり、同じ五摂家の者が大陸で戦死し、日本は戦争の時代へと本格的に足を踏み入れていた。

 

信真は幼い頃から当時の愛国的な日本の軍国主義教育を施され、その反面大陸から逃げるように撤退して国内に籠るようになる武家の姿を間近で見てきた。

 

勇ましい軍国教育による理想と、その反面戦いを捨てて本土に籠る斯衛軍という現実、矛盾した姿を幼い頃からずっと見せ続けられた。

 

その矛盾を加速させたのが信真の父、信清の影響だった。

 

斉御司信清斯衛大佐は日本軍の硫黄島決戦で戦死した数少ない斯衛軍側の人間である。

 

斯衛軍は斯衛軍として硫黄島決戦には参加していない、ただし十数人ではあるが自主的に日本軍に移動する形で硫黄島決戦で米軍と戦った武家の軍人はいた。

 

そのうちの1人が信清であり彼は大陸でも戦った斯衛軍屈指の武闘派将校であった。

 

彼の持論は正に一億総玉砕、敢闘精神溢れる大日本帝国臣民の奮闘が必ず連合軍の戦意と交戦能力を粉砕し、勝利へ導けると信じて疑わない類の人間だった。*1

 

そんな信清に育てられた信真も幼いながらこうした偏った思考となった。

 

そこに武家という矜持も交わって彼が10歳となる頃には完全に武士は戦場で勝利か将又討死するべきという死生観が確立した。

 

少なくとも父はそうして死んだのだ、これがあるべき人間の生き様なのだろうと確信に至った。

 

しかし他の斯衛軍、武家はどうだろうか。

 

硫黄島決戦にはついぞ参加せず、予定されていた沖縄決戦でも動く素振りを見せず、仕切りに口だけは本土決戦、本土決戦と叫び続けていた。

 

結果、多くの武家衆は1945年を生き延びた、誰も討死することなく、殆どの者が腹を切ることもなく、裁判で裁かれることもなかった。

 

それを同じ武家として間近で見てきたのが信真である、武士道とは死ぬことと見つけたりと達観した信真にとってはある意味劇薬であった。

 

何故武家を名乗っているのにおめおめと生き延びていられるのか、何故戦場に出向こうとしなかったのか、何故父は死んで彼らは生きているのか。

 

やがて信真は信清の兄、秀信に引き取られ殆ど実子として育てられた。

 

秀信には子がいなかった訳ではない、彼の子も前の大戦で戦死した。

 

秀信が意地でも信真を政威大将軍に押し上げようとしたのにはこういう理由もある、彼は本来実子に期待したはずの夢を信真に重ねていたのだ。

 

どの道環境と信真自身の考えが彼を今の信真へと至らしめた。

 

1950年代に再び斯衛軍が復活すると信真は即座に入隊し、家柄と能力を活かして出世を重ねた。

 

60年代には日本軍のベトナム派兵に混じってベトナムにも行った、ベトコンとの戦いは苛烈を極めたが得られたものも大きかった。

 

そしてBETAが現れるとこれとも戦った、義勇兵の側で斯衛軍内でも順当に出世を重ね中将、大将、そして政威大将軍へ上り詰めた。

 

夢であった斯衛軍の全面派兵を成し遂げた、だが結局は不完全燃焼に終わった。

 

まだ足りない、まだ戦が我らには必要なはずだ、地獄の業火の中で勝利の勝鬨を挙げるか或いは首を取られるか、まだ足りていないはずだ。

 

されどもはや戦える場所は何処にもない、自ら起こさぬ限りは。

 

「……猊下……?よろしいですか?」

 

隣に控えていた城内大臣崇宰吉次に声をかけられ、信真の意識は現実に戻ってきた。

 

「なんじゃ」

 

ぶっきらぼうな態度で信真は要件を問うた。

 

この程度の機嫌の悪さなら慣れている為特に怖気付くことなく吉次は話を続けた。

 

「ハッ、昨今噂となっております、旧守勢の乱の疑いについてです。調べによりますと何やら重鎮らも関わっている恐れがあるとか……」

 

吉次は明確に懸念を露わにし、不安そうな表情を浮かべた。

 

以前から旧守派が勢力を拡大し、内乱を企てているのではないかという話は薄らだが流れ始めていた。

 

特に総監部情報局長の幸房がその危険性を説いてきたが泳がせておけと信真は命じていた。

 

しかし今となってはこの内乱の疑いに興味が湧いてきた。

 

もし奴らの熱意が本物なら、嘘偽りではない反乱が起きるのなら、日の本は再び戦乱が訪れる。

 

例えそれが自身に向くものだったとしても、政府に向くものだったとしてもどちらにせよ戦が出来る。

 

勝つにせよ負けるにせよ信真の欲は満たされるのだ。

 

「はっ、んなもん放ったればええ。たわけどもが乱を起こすも俺を殺ろうたれと宣うもその時次第!さぱあっと死ねる時だぎゃ」

 

「それでは我らとて猊下の御命をお守り出来るかどうか……」

 

吉次は懸念を露わにしたが信真は全くにしていない様子だった。

 

「俺の首が欲しい奴は、みぃんな俺が血祭りに上げてやるでよ。吉次、おみゃーこそ俺と討たれる覚悟はあるんか?」

 

「妙なことを言われますな、猊下に拾って頂いた御恩、私の命尽き果てるまで奉公で報いる所存です。ご心配なさらず」

 

信真は一瞬不敵な笑みを浮かべ、すぐにいつもの表情に戻った。

 

そう遠くないうちに日の本は戦火に包まれる、その業火に焼かれて死ぬかそれとも屍の上で勝鬨を上げられるのか。

 

信真はあえて旧守派を見逃した。

 

自らの歪んだ欲望を満たす為に。

 

 

 

 

-ソ連領 ロシアSFSR モスクワ州 首都モスクワ チカロフスキー航空基地-

戦術機は実際に機体を動かさなくともシミュレーションシステムを起動し、殆ど実戦と同じ感覚で訓練を行うことが出来る。

 

その為戦術機の訓練はシミュレーションと実際に機体を動かして行われる。

 

こうした訓練を数十ヶ月以上積み重ね、ようやく役に立つ衛士を戦場へ送り出せるのだ。

 

実戦で経験を得た衛士も機種転換訓練を行う際にはこうしたシミュレーションシステムを多用する。

 

それはGRU出身の衛士であるロディオン・モノガノフ大佐も同じであった。

 

彼はある任務の為にMiG-27からMiG-31への機種転換を行なっていた。

 

シミュレーターの上ではモノガノフ大佐のMiG-31が部下のMiG-25を率いてアグレッサー部隊との戦闘を行っていた。

 

相手はMiG-23MLが6機、逆にモノガノフ大佐の方はMiG-25が3機とMiG-31が1機という編成であった。

 

基本的にMiG-31を主力として運用する部隊は3機編隊ではなく、3機と1機の4機編隊で動くように教育されている。

 

これはMiG-31に設置されたデジタルデータリンクシステムの影響であり、対BETA、対人双方で役に立つ。

 

例えば対人戦では横並びになったMiG-31の後半位哨戒によって得られた情報同じ編隊のMiG-31、或いはMiG-25に共有され、素早い対処に移れる。

 

BETA戦においては地上で探知された熱源と空中で各戦術機のレーダーが探知したBETAの熱源をデータリンクで共有し、1機が探知していなくとも友軍機が探知していることによって部隊全体が同じ情報を知ることが出来る。

 

そうすればBETA集団の素早い探知、撃破が可能であるし光線属種による被害も大幅に軽減される。

 

事実、前線で運用されている一部のMiG-31はこうしたデータリンクによる情報共有戦法で多大な戦果を上げ、従来に比べて光線級による被害を大幅に軽減させた。

 

このデータリンクの枠組みには防空軍内でSu-27、地上戦ではシュメリィなどの無人機も枠組みに入れる研究を進めており、ネットワーク中心の戦いはここにも花開こうとしていた。

 

その為6対4でも十分うまく立ち回れる可能性を秘めている。

 

横並びで飛行中のMiG-31と25の部隊は先んじてアグレッサー部隊のMiG-23ML部隊を発見した。

 

「各機、まず右翼の23を潰す。火力を集中させて2機を撃墜し撹乱しながら確実に制圧する」

 

モノガノフ大佐の命令を受けてMiG-25部隊が戦闘隊形に移行し、少し加速して敵部隊に迫る。

 

無論アグレッサー部隊も戦闘隊形を取っており、警戒態勢を怠っていない。

 

されど彼らはまだ敵部隊に発見されていることを知らなかった。

 

3機のMiG-25が搭載しているR-40空対空ミサイルを1機のMiG-23MLに向けて発射した。

 

ミサイルが発射されると当然MiG-23MLのコックピット内ではけたたましい警告音が鳴り響き、直ちに衛士は回避機動に移った。

 

チャフを展開し、回避軌道に移るが機動を読んでいた1機のMiG-25が相手の移動地点にR-40を発射してMiG-23MLを撃破した。

 

その間にモノガノフ大佐のMiG-31が別のMiG-23MLに向けてR-33空対空ミサイルとR-60空対空ミサイルを発射した。

 

チャフ、フレアの展開と共にMiG-23MLは一気に機体の高度を落として振り切ろうとしたが刹那、急接近したモノガノフ大佐のMiG-31に近接用短刀でコックピットを破壊され、爆散した。

 

2機失ったアグレッサー部隊は2機1編隊の態勢に移行し、3機のMiG-25に対して2対1.5の戦いを始めた。

 

各機、各編隊で連携してMiG-25を攻撃し、負担を強いる。

 

うち1機のMiG-25はMiG-23MLの攻撃を受けて被弾し、腕を捥がれ、別のMiG-25は手に持っていた突撃砲を破壊された。

 

無論直ちにモノガノフ大佐のMiG-31が合流して状況は変わった。

 

MiG-31の突撃砲4丁一斉射がMiG-23MLの接近を阻止し、弾幕射撃から逃れようと距離を取った。

 

二手に分かれたMiG-23MLに対してモノガノフ大佐らは右に逃げたMiG-23MLに攻撃を集中した。

 

3機のMiG-25が突撃砲を放って機動を制限しつつ、うち1機がR-40空対地ミサイルを発射する。

 

1機が回避しようとした瞬間に突撃砲を喰らって体勢が崩れ、そのままミサイルが直撃した。

 

残り1機はミサイルと突撃砲の集中砲火によって爆散し、右側の編隊は全滅した。

 

一方左側の編隊はMiG-31とほぼ互角の戦いを繰り広げていた。

 

1機が接近して注意を引きつつ、もう1機がミサイルを発射してモノガノフ大佐に攻撃の隙を奪う。

 

それでもモノガノフ大佐は冷静に対処し、MiG-31の戦闘能力を活かして反撃に出た。

 

S-8Oロケット弾で相手を牽制しつつ再びR-60とR-33を同時に発射した。

 

狙われているMiG-23MLはチャフとフレアを放って回避機動に移ったが突撃砲やロケット弾による集中攻撃で跳躍ユニットが破損、そのままミサイルが直撃して爆散した。

 

最後の1機はせめて1機は持っていくという気概で突撃砲を連射しつつ、MiG-31に接近した。

 

寸前でMiG-31は突進を回避し、MiG-23MLもそれを見越したように反転してR-60空対空ミサイルを2発放った。

 

モノガノフ大佐は突撃砲で弾幕射撃を発射しつつフレアで回避し、地形を利用してミサイルを振り切った。

 

間髪入れずにMiG-23MLは120mm弾をMiG-31に放ち、積極的な攻めの姿勢に入る。

 

だがそれを見越したモノガノフ大佐は撃ち切った突撃砲のカートリッジを投げつけて相手の視界を一時的に奪い、加速して一気に接近する。

 

投げつけられたカートリッジでコックピットが真っ暗になったのも束の間、次の瞬間には目の前にMiG-31がおり、コックピットに120mm弾を撃ち込まれて爆散した。

 

6対4の戦いだったが勝利したのはモノガノフ大佐のようだった。

 

『演習シミュレーターのシステムを終了します、お疲れ様でした』

 

模擬戦の管制官が各機に報告し、今まで陸地の戦闘地域だったコックピットは真っ暗になり、すぐにハッチが開いて本当の外の景色が視界に映った。

 

モノガノフ大佐は首を捻り息を吐くとコックピットの中を出た。

 

「お疲れ様でした」

 

整備担当の技術大尉が敬礼し、「大分慣れてきたよ」と言葉を返した。

 

「モノガノフ大佐!MiG-31には慣れたか」

 

格納庫の通路から2人の将校が歩いてくる、1人は大将をつけた将軍とその副官の少佐がいた。

 

「同志ミハイロフ、何かありましたか」

 

モノガノフ大佐は上官である情報部長ミハイロフ大将に敬礼し、状況を尋ねた。

 

「少し話そう」

 

大将はモノガノフ大佐の肩を軽く叩き、人気のないところへモノガノフ大佐を連れて行った。

 

モノガノフ大佐もミハイロフ大将も同じGRUの将校であり、ソ連軍の情報将校であった。

 

その為今ソ連にとって若干の憂慮を覚えていることに対しては一応対処の部隊を送らなければならない。

 

人気のないところまで移動した3人は副官が人払の為に少し離れ、モノガノフ大佐とミハイロフ大将の2人だけとなった。

 

「君の隊に移動命令が出た。君と何人かのパイロットには極東軍管区の第14独立特殊任務旅団の戦術機部隊に移動だ。表向きは情報参謀という名目だが」

 

「極東……なるほど、分かりました。機種転換訓練もそういうことですか」

 

モノガノフ大佐は全てを察してそれ以上何も言わなかった。

 

現状ウラル軍管区以東の戦力強化ということでMiG-31はシベリア、極東方面に優先して配備されており機種転換もその布石だったのだろうとすぐに納得した。

 

「話が早くて助かるよ、オナツキー大佐は事前に事情を知っている。もし極東有事があれば我々も介入部隊くらいは置いておきたいからね」

 

「お任せください、多少ですが対人戦も慣れてます」

 

その発言を頼もしく思ったミハイロフ大将は微笑を浮かべ、軽く肩を叩いた。

 

旧守派が着々と準備をし、それを追う公安警察がいて、戦を望む信真がいる。

 

こうした日本国内の深い内情までは分からなかったがソ連もその兆候くらいは察知していた。

 

念には念を、GRUとKGBからそれぞれ精鋭特殊が送られてくる。

 

ベルリン派が世界に引き起こした大きな余波もこれが最後であった。

 

陰謀詐術は暗闇でゆっくりと進んでいる。

 

 

 

つづく

*1
大体旧版の日本のいちばん長い日とかでよく出てくるタイプ

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