マブラヴ グレートパトリオティックウォー 作:Eitoku Inobe
戦いの道が眼前に広がる
大地も、空も咆哮に震える
祖国の歴史を守るのだ
-”ロケット母機”より抜粋-
1月のオホーツク海はマイナス5.8度ないしマイナス5.1度を誇る、最低気温に至ってはマイナス10度を下回ることもあるのだ。
当然”ウリヤノフスク”の周辺も相応に寒く、四方の海は死神の住まう場所である。
そんな海原に水兵の軍服を着た男達は分厚い海軍のコートを着て今日も軍務に就く、艦隊の道とは辛く険しいが相応に仲間はいるのだ。
”ウリヤノフスク”の下士官、水兵達も朝の体操を終えて食堂へ向かい、朝食を摂っていた。
朝食の内容は黒パンに人参と玉ねぎ、サバの水煮缶を入れて黒胡椒と風味付けにグローブの葉を入れたスープ、酢漬けのサラダとデザートとして桃の缶詰、紅茶が出た。
水兵や下士官達は艦内の兵用食堂に集まってみんなで食事を摂り、将校達も各自に将校用食堂で食事を摂った。
唯一の例外が艦長のゴキナエフ少将で彼は艦長室で水兵が運んできた朝食を1人で摂っていた。
水兵達は黒パンにジャムやバターを塗って食べるのが好きで、紅茶にはジャムを入れて溶かして飲んでいた。
基本的に”ウリヤノフスク”の食事は最新鋭艦ということもあって軍の中ではかなりいい方だ。
しっかりエネルギーやビタミンなどの栄養素が補給出来るように料理を作られているし、太平洋艦隊の補給艦がすぐに新鮮な生鮮食品を届けてくれる。
強いて言えば黒パンではなく白パンが食べたかったが贅沢ばかりは言ってられない。
水兵達は朝食でしっかりエネルギーを摂り、昼間の作業に臨んだ。
それに将校達にとって食事の時間は水兵達の前で気張る必要のない穏やかな時間だ。
彼らはいつもとはまた少し違った様子で若干気を抜いた状態で食事を摂っていた。
それは艦艇の上級将校達も同様だった。
将校食堂の一角を”ウリヤノフスク”の副長、政治部長、航空連隊長、連隊政治部長、副連隊長が詰め寄って朝食をみんなで摂っていた。
「すいません大佐、ジャム取ってくれませんか?」
「ベリー?リンゴ?」
「ラズベリーで」
「ほい」
ベルグロフ大佐はラズベリーのジャムが入った瓶を手に取り、蓋を開けてヴィセーニン中佐に渡してやった。
中佐は礼を述べてスプーンを手に取り、紅茶にラズベリーのジャムを何杯か入れてかき混ぜた。
その隣ではチャパコフ中佐がスープを啜っており、いつもより穏やかな表情をしていた。
チャパコフ中佐はスキンヘッドに口髭を生やした眼光の鋭い政治将校で、若干強面の顔だが話してみると気さくで水兵達をしっかり見ている良き政治将校だった。
立ち振る舞いも紳士そのものであり、海軍将校として必要な気品が備わった人物だ。
「同志ヴィセーニン、確かあなたはカリーニングラード出身だったな」
「ああ、はい。生まれと出身校はカリーニングラードです、まあ戦争で昔住んでた家はなくなっちゃったんですけどね」
「このスープ、昔バルティスクで勤務していた時に飲んだ覚えがあるが、カリーニングラードが始まりだったりするのかな?」
ふとチャパコフ中佐はたわいもない話を振って穏やかな場の空気を作った。
このような気遣いは政治将校としての重要な資質の1つであり、その点でチャパコフ中佐は十分優秀だった。
「確かに、我が家でも出てきた記憶があります。バルト海艦隊で勤務してる時はよく出てきた覚えがありますね、以外とバルト海艦隊全体のものかも」
「言われてみればトゥクムスに勤務してた時も似たようなもの出てきた気がしますな、懐かしい」
話に乗ってきたのはベルグロフ大佐、彼が今手をつけているのは酢漬けのサラダだった。
「そういえば昔バルト海艦隊勤務だったと仰ってましたな、お二人もそうですか?」
ヴィセーニン中佐はふとミハールキン中佐とオスマノフ中佐に尋ねた。
ベルグロフ大佐とは”ミンスク”時代からの付き合いなので色々知っていたがミハールキン中佐やオスマノフ中佐となるとまだ知らないことも多い。
よく話して素性を知っておくのも艦で共に生きる将校として重要なことだ。
「いえ、私は黒海方面の勤務が最初でした。衛士の転換訓練と同時に空母へって感じですよ」
最後の黒パンを手に取ったミハールキン中佐は懐かしそうに話した。
「ミハールキン中佐は完全にクリミアっ子ですよ、オスマノフは最初私と同じトゥクムスでしたが途中で”キエフ”の方に移りました」
「今では空母暮らしの方が長いです。それにクリミアで勤務してたのだってBETAが来る数年前だけですから」
地上軍、空軍、防空軍のパイロット同様にソ連海軍航空隊の多くのパイロットが戦術機パイロットに転換し、その為に訓練を受けていた。
ベルグロフ大佐とミハールキン中佐、オスマノフ中佐は軍学校を卒業して勤務し始めた年は違うが海軍の衛士としてはほぼ同じ第一世代の存在である。
恐らく彼らもこの戦争がなければ空母には乗ることなく、軍歴を終えていたであろう。
BETAという存在が彼らを同じ場所、同じ艦に引き寄せたのだ。
「では戦争が終わったら再びクリミアに?」
ふとチャパコフ中佐は尋ねた。
「軍の命令次第ですが戻るとしたらあそこがいいですね、穏やかで過ごし易い」
「なるほど、いつか旅行くらいはしてみたいものだ。勤務は御免ですが」
ヴィセーニン中佐の発言に彼らは苦笑を浮かべ、ミハールキン中佐は小さく頷いていた。
「なるほど、同志ヴィセーニンは仕事と私生活は分けたい人ですか」
「気合いが入らなくなっちゃうのでね、襟はしっかり閉めて仕事をしたいものですよ」
尤もこのまま”ウリヤノフスク”の艦長となるなら勤務先は北方艦隊かここ、太平洋艦隊となるだろうからクリミアは当分未来の話だろう。
それも戦争が終わった後の話だ。
彼らは少なくとも”ウリヤノフスク”がBETAと戦うことはないだろうと思っていた。
故にこの空母が本格的に活動するのは戦後の世界の秩序維持であろうと。
戦争が終わってもし世界が冷戦期に戻るにしても”ウリヤノフスク”は太平洋、或いはバレンツ海においてソ連海軍を守る盾となるだろう。
少なくとも太平洋においては空母を持ったアメリカ海軍が常駐し、日本海軍も今では四隻ほど空母を所有している。
彼らに対抗するには少なくともアドミラル・クズネツォフ級と”ウリヤノフスク”の力が必要だ。
来るべき戦後に備えて、彼らは新たな艦艇の力を我がものにしようと艦隊勤務に就いていた。
朝食の時間が終わり将校、水兵達はそれぞれの持ち場についた。
衛士達はロッカールームで衛士強化装備に着替え、寒くなるのでしっかりフライトジャケットを着て格納庫に集まった。
今日の試験は戦術機同士の対抗演習戦である。
12対12の飛行中隊同士による対決、今日はSu-27KとMiG-29Kの対決であった。
戦術機同士の対決は少なくとも衛士が戦術機が持つ武装やその性格を理解する為には必要な行動であり、純粋なスペックを測る上でも必要なことであった。
機体を知り、己の腕を知り、そして部隊の仲間のことを知り、そこに同じ思考を有したライバルと戦うことで得た柔軟な思考力は必ずBETAと戦う上で役に立つ。
故にこうした戦術機同士による対抗演習は最低でも2対2による編隊単位のチーム戦となっている。
1対1は己と自機の能力を研鑽することは出来てもチームとしての技能を磨くことは出来ないからだ。
軍隊とは何度も言うように諸兵科連合の場所であり、チーム戦なのだから己の腕と同時にチームとしての技量を磨くことはこの上なく重要であった。
今回はベルグロフ大佐とプガチョフ中佐、ミハールキン中佐とオスマノフ中佐がそれぞれ分かれて模擬戦を行う。
その為今回ベルグロフ大佐が搭乗する機体はSu-27Kとなっていた。
「しかし光栄ですよ、あのプガチョフ中佐と肩を並べて戦えるなんて」
「いえいえ、こちらこそ海軍航空隊の英雄が飛行中隊の指揮官で心強い。よろしく頼みますよ」
握手を交わし、互いの信頼を確認した。
ベテランの場を踏んだ衛士であれば例え今まで共に戦ったことがない相手でも即興でそれなりのコンビネーションを打ち出すのはよくある事例だ。
少なくともベルグロフ大佐とプガチョフ中佐はそれが出来る。
「ミハールキン、オスマノフ!そっちも追い回されて海に機体を落とすなよ!」
ベルグロフ大佐は今回仮想敵であるミハールキン中佐とオスマノフ中佐にわざとらしく声をかけた。
場を和ませる為でもあり、今回は敵なので敢えて彼らを煽っていた。
「そっちこそ、負けても要塞級と全然動きが違ったとか言わないでくださいよ」
「誰が負けるか、それじゃあな」
彼らはお互いに敬礼を送り合い、自身の搭乗機に乗った。
整備士から事前チェックの内容を聞き、装備された武装類を確認して一言礼を述べた後ハッチを閉めて完全な出撃態勢に入る。
模擬戦のスタートだ。
発艦予定の戦術機が全てエレベーターを使って甲板上に上げられ、各機は3つの方法で空母から発艦した。
カタパルト発射、STOVL、STOBAR方式の同時運用は艦載機を管制する側に負担が掛かったがその分短時間で24機の戦術機を発艦させられた。
最後に記録用のKa-27が数機発艦し、模擬戦も準備は整った。
「出撃飛行中隊、模擬戦地域に到達。観測機の到着まで後1分」
「本艦の発艦各機能に異常見られません」
「各戦術機、安定して飛行中」
ブリッジの乗組員からの報告が次々と入り、演習を観測し監督するブリッジも慌ただしくなり始めた。
ブリッジ側に残っていたソ連海軍技術大佐のポポロフ大佐がゴキナエフ少将に進言した。
「各機が指定の場所に到達するのにもう少しかかります、スタートは1020がよろしいかと」
「そうだな、TuKPより各飛行部隊へ、演習開始は1020とする。繰り返す演習開始時間は1020」
無線機を用いてブリッジから飛行中の戦術機に指示を出し、各編隊長から応答が聞こえてきた。
参加機体はMiG-29KとSu-27K、各機はチームごとにそれぞれ距離を取って編隊を維持したまま戦闘が始まるのを待っていた。
搭載している武装は前回と違って対艦ミサイルではなくより防空戦闘を意識した装備だ。
それぞれR-60空対空ミサイルとS-8Oロケット弾、弾幕を展開する為に突撃砲4丁装備が基本で、一部の衛士は長距離の撃ち合いに備えてGSh-30-2機関砲とシールドを装備している機体もいた。
基本的なスペックはほぼ互角、衛士の腕も大体トントンといったところだろう。
そして模擬戦の勝利条件は簡単で制限時間内にどちらの飛行中隊が多く生き残っているか、損傷状況はどうなのかということであった。
つまり可能な限り敵を倒し続ければ自ずと勝利が見えてくる。
「しかし案外上手く行きましたな、戦術機の同時発艦」
演習が始まるまでの間、ヴィセーニン中佐はゴキナエフ少将にそう呟いた。
「君の提案した通り、事前に各隊個別に発艦方法を割り振ったのが良かった。管制も混乱せずに済んだよ」
「模擬戦闘、開始します!」
Ka-27の撮影カメラからリアルタイムで中継された映像がブリッジに搬入されたモニターに映し出された。
Su-27KもMiG-29Kも12機1個飛行中隊がそれぞれ3機ずつ編隊を組んで、戦闘隊形で移動している。
最初の数分間は戦闘が起こらなかったが双方R-60の射程範囲内に入った途端、まず牽制として攻撃が繰り出された。
双方数発のR-60空対空ミサイルが発射され、攻撃を回避する為に双方部隊が分かれて戦闘が始まった。
少なくとも戦術機のコックピットの中からは突撃砲やロケット弾、空対空ミサイルが飛び交い、苛烈な空戦が始まっていた。
だがKa-27の撮影カメラ越しに模擬戦を眺めているゴキナエフ少将らから見えるのは精々突撃砲や機関砲から発射されるペイント弾くらいであり、実際にミサイルは発射されていなかった。
但し模擬戦のシステム上は衛士が敵機をロックオンしてミサイルを発射した場合、それは実際に発射されたことになっており、直撃すれば勿論撃墜判定を喰らう。
当然ミサイル接近を告げる警報も鳴り響くし、回避に成功すれば当たらない。
こうした戦術機同士の戦いがオホーツク海の洋上で始まった。
「950005、06、あの編隊を左から崩すぞ。私が中央機を襲うから最左翼は2機でやれ」
『了解…!』
『了解!』
ベルグロフ大佐からの命令を受けた2機のSu-27Kが先行し、友軍機を追撃中のMiG-29Kに狙いを定める。
即座に2機は2発ずつR-60を発射し、ミサイル接近に気づいたMiG-29Kはフレアの発射と同時に回避機動に入った。
一時的に編隊が分断されそうになるがそれをカバーする為に僚機のMiG-29Kが突撃砲を放ってSu-27Kの接近を阻止しようとする。
そこへ反対方向から逆に突撃砲4門による一斉射が展開され、MiG-29Kの機体をペイント弾が掠った。
分断を維持する為にちょうど良いタイミングでベルグロフ大佐のSu-27Kが割り込んできた。
1機のMiG-29Kは依然として2機のSu-27Kに襲われたままであり、救援に向かおうとするがベルグロフ大佐に押さえ込まれて中々上手くいかない。
その間に手隙のSu-27Kが950005と950006に合流し、1機のMiG-29Kに集中砲火を浴びせかけて撃破した。
これが連隊の初戦果だ。
「ベルグロフ大佐の飛行中隊が先んじて1機撃墜」
”ウリヤノフスク”のブリッジから歓声の声が響いた。
「撃破判定を受けた機体は回収する、離脱路は事前に設定された通りだ」
撃破判定を受け、機体の全身が赤色で染まっているMiG-29Kがトボトボと”ウリヤノフスク”への帰路についた。
彼もかなり長く耐えた方だが流石に3対1では状況を打開するのは難しかった。
先んじて1機失ったミハールキン、オスマノフチームであるがそれでもまだ11機残っており、戦闘箇所によっては優勢を保っていた。
「やっと1機か……っ!」
警報音が鳴り響き、即座にその場を離れると突撃砲の弾幕がもといた場所に飛び交い、そのままベルグロフ機は1機のMiG-29Kに追撃された。
増援として展開したミハールキン中佐の編隊だ。
『1機やられたか、パヴロフをそっちの隊に編入する。君らはそのまま大佐の僚機をやれ、我々は大佐を抑える』
『了解!』
4機のMiG-29Kは二手に分かれ、うち3機がベルグロフ大佐の僚機に対して攻撃を仕掛けた。
ミハールキン中佐のMiG-29Kは戦闘中の友軍機と合流し、2対1の状況に持ち込んだ。
戦闘状況は最初ベルグロフ大佐が追われる側だったがミハールキン中佐の介入前に立場が逆転し、逆に追撃していたMiG-29Kに幾つかの被弾箇所が存在していた。
『相手はソ連邦英雄だ、私が前に出るから援護は頼むぞ』
『ハッ!』
MiG-29Kは2機がある一定の距離を保ちながら後方のMiG-29Kが定期的に突撃砲やロケット弾を放ってベルグロフ大佐のSu-27Kの行動を抑制した。
そこへミハールキン中佐のMiG-29KがR-60空対空ミサイルを2発発射し、その上で突撃砲の120mm弾も放った。
「殺しに来てるようだな!」
ベルグロフ大佐はフレアを放った後に急降下し、急いで跳躍ユニットを吹かして離脱する。
無論まだ2機の追撃は続いているが牽制射撃とほぼ同じだ。
「だが易々とやられるつもりはない!」
そういうとベルグロフ大佐のSu-27Kは思いっきり跳躍ユニットのエンジンを逆噴射して、敵の射線から外れた。
その後救出に駆けつけたプガチョフ中佐の編隊がミハールキン中佐の編隊に攻撃を仕掛けた。
「あとは任せました!」
『了解!』
交代したプガチョフ中佐はSu-27Kの特性を活かしてミハールキン中佐達に数と練度で優位を取った。
その間にベルグロフ大佐のSu-27Kは僚機の救出に向かい、再びMiG-29Kとの戦いに名乗りをあげた。
ロケット弾で牽制し、その後突撃砲で編隊の接近を阻止した。
『あの動きは大佐だ!仕切り直すぞ!』
3機のうち1機がGSh-30-2機関砲を発射して離脱し、代わりに別の編隊と交戦になった。
各所では激戦が繰り広げられ、両飛行隊共に撃墜される機体も多くなっていた。
撃墜される機体もかなり腕がいい為、かなり粘った末での被撃墜であり、仕方ない面もあった。
今も2機のMiG-29Kに挟み撃ちにされたSu-27Kが突撃砲と遠方からの機関砲を喰らい、撃墜判定を受けた。
これでベルグロフ大佐の部隊は3機、機体を失った。
「まずいな……」
ベルグロフ大佐はコックピットから残存する友軍機を確認し、若干焦った。
被撃墜数でいえばこちらの方が上、弾薬消費量を考えてもそろそろ巻き返しを図らねばこのまま押し込まれる。
今ミハールキン中佐の方はプガチョフ中佐が抑えている為、その点は気にしなくていい。
ただし代わりにオスマノフ中佐が場を荒らしており、このままではまずい。
かと言ってここでベルグロフ大佐がオスマノフ中佐の抑えに入っても結局ジリ貧、ならばやることは決まっている。
「950004、そっちの編隊でオスマノフ中佐を抑えろ。一番暴れてる奴が中佐だ、少なくとも3分抑えてくれ」
『了解…!撃墜されても文句は言わんで下さいよ…!』
3機のSu-27Kが先行してオスマノフ中佐との戦いに向かった。
これで言った通り3分は持つだろう、その間になるべく数を減らしたい。
「多少の無茶は止むを得んか……05、06、畳みかけるぞ、フォーメーションミンスクだ」
『了解…!』
『我々で援護します』
2機は先行して指示された敵機に狙いを定め、突撃砲合計8丁で強襲した。
攻撃を受けたMiG-29Kは回避機動に入り、反転して応戦してきたがそれがまずかった。
回り込んで背後を取ったベルグロフ大佐のSu-27Kが単発の突撃砲を跳躍ユニットとバイタルパートを単発で撃ち抜いて撃墜した。
そのまま本隊の編隊に狙いを定め、2機の弾幕射撃を搔い潜りながら急接近してうち1機にロケット弾を直撃させた。
元々ロケット弾を喰らった段階ではまだ致命打ではなかったが即座に追撃に入った2機のSu-27Kが同じくロケット弾を放って撃墜した。
残りは1機、3対1、しかもベルグロフ大佐が相手では勝ち目はなく突撃砲の通常弾に交じって発射された120mm弾の直撃を受けて撃墜された。
この合間、僅か2分10秒である。
流石に1個編隊が丸々壊滅するのはだれも予測しておらず、ミハールキン中佐とオスマノフ中佐の隊は一時的に混乱した。
『チッ!ミハールキンは動けんか!』
『副連隊長殿も動けませんよ!』
発射されたR-60を回避し、その後接近して突撃砲を放つSu-27Kを軽くいなし、オスマノフ中佐は僚機を集めた。
950004の編隊は突撃砲を破壊され、何箇所かに被弾しながらもまだ戦闘を続行していた。
しかもこの間にベルグロフ大佐の編隊がまた1機友軍機を撃墜し、これでMiG-29Kは残り6機となった。
完全に撃墜数で負けている、余裕の出てきたSu-27Kが更にオスマノフ中佐を撃墜しようとやって来る。
『やはりベルグロフ大佐を墜とさねば!』
『させるか!』
凄まじい機動で近接用短刀を振るい、直後突撃砲で牽制するプガチョフ中佐のSu-27Kに精一杯で救援に向かいたくとも動けない。
なんとかプガチョフ中佐の僚機は1機持って行ったがこれでも6:4で負けている。
『やっぱりエース2人は中々厳しいな…!』
『中佐!来ます!』
突撃砲のカートリッジを交換したプガチョフ中佐のSu-27Kが牽制射撃と共に接近し、急速に近づいてくる。
『僚機は頼んだぞ、私は中佐をっ!?』
接近したプガチョフ中佐のSu-27Kが突如視界から消えた、厳密にいえば消えたのではなく目の前で機体を反転させ、跳躍ユニットの逆噴射で背後を取ったのである。
当然ミハールキン中佐もこれを認識している、彼は即座に機体を翻らせ、突撃砲を構えた。
だが発射が早いのはプガチョフ中佐の方である。
間に合わないと悟ったミハールキン中佐は突撃砲のカートリッジを投げつけて防御に使い、最大速度で横移動し、何とか攻撃を肩に掠める程度に留めた。
だが移動の際に凄まじい負荷が掛かり、機体にも相当無理が生じた。
これで追う者と追われる者の立場が逆転し、ミハールキン中佐は暫く反撃出来なかった。
「演習終了時間まで後5分」
"ウリヤノフスク"のブリッジで時間の経過を測っている水兵が報告した。
「これは勝負ありましたな、後5分で巻き返すには手が足りない」
ヴィセーニン中佐は隣で演習を見守っているゴキナエフ少将にそう呟いた。
「プガチョフ中佐とベルグロフ大佐を組ませたのは間違いだったかな、ちょっと強すぎる」
「いや、序盤はヴィセーニン中佐とオスマノフ中佐が押していましたしさほど間違いではないでしょう。少なくともスペックを測る上ではいい戦いです」
ゴキナエフ少将の反省に対してヤゾフ少佐がそう擁護した。
実際双方いい勝負ではあった、少なくともベルグロフ大佐がオスマノフ中佐の抑えに回っていれば2:4のまま勝負は動かず、ベルグロフ大佐が負けていただろう。
彼が積極的な攻めに出たからこそ一気に流れが変わった。
この結果も現場の指揮官がどう判断したかによるところが大きく、少なくとも機体のスペックでいえばやはり互角であった。
残り5分でミハールキン中佐とオスマノフ中佐はなるべく敵機を1機でも多く撃墜しようとあがいたが抑えに入ったプガチョフ中佐とベルグロフ大佐によって全く動けずにいた。
このまま戦いは最後まで苛烈を極めたが結局双方の撃墜記録は変わらず、Su-27Kの飛行中隊が6機、MiG-29Kの飛行中隊が4機撃墜した記録のまま演習が終了した。
『演習活動終了、残存する戦術機は直ちに戦闘を中止し、本艦に帰還せよ。繰り返す、演習活動終了、残存戦術機は戦闘中止の後本艦へ帰還せよ』
"ウリヤノフスク"側から演習終了を告げる通信が入り、今まで撃ち合っていた各戦術機はその場でピタリと戦闘を中止した。
「なんとか押し切ったか……」
ベルグロフ大佐は安堵の表情のまま息を吐き、"ウリヤノフスク"に返答した。
「了解、直ちに帰投する。各機、みんなよく戦った。戻って休もう」
『了解、一本取られっぱなしは悔しいが出来ることは精一杯やった。さあ戻ろう!』
ミハールキン中佐が操るMiG-29Kが残った戦術機を先導し、残存する14機のMiG-29KとSu-27Kは"ウリヤノフスク"に戻った。
戦いは終わり、衛士達はようやく安堵したような声音で"ウリヤノフスク"に着艦した。
少なくともベルグロフ大佐は満足していた。
敵も味方も皆各編隊ごとの戦いが出来ているし練度の上でも問題ない、機体に至ってはMiG-23Kとは比べ物にならないほど優れている。
今後のソ連海軍航空隊、少なくとも"ウリヤノフスク"の航空隊は問題なく全ての敵と対決できるだろうとベルグロフ大佐は確信した。
―日本帝国領 帝都京都 九條邸―
九條家は五摂家の一角を占める一族であり、その分彼らが有する土地も広大である。
屋敷に仕える奉公人の数も桁違いであり、家の警備を担当する者も関わりのあった中級、下級武家の人間から個人的に雇っていた。
こうした状況は他の五摂家も同じ形態を取っており、当然消費額も段違いであるが五摂家は武家の中でも比較的まだ裕福な生活をしていた。
少なくとも五摂家に生まれれば分家であろうと斯衛軍では佐官は堅く、城内省でもそれなりの地位が望めた。
尤も、その分五摂家の教育は厳しく武家の棟梁たる自覚を幼少の頃から叩き込まれる。
稀に信真や崇継のような奇人も出現するが基本的には輝光のような実直で真面目な人間が排出される。
面白味がないと言われればそれまでだが、最早武家の象徴にして本来お飾りである将軍に信真のような人間を求めるのが現代では間違いなのだ。
実際彼によって不必要に虐げられた武家の人間もいる。
仙波北八朗は煌武院家と婚姻を結んだ有力武家の分家の当主であった男で、今は息子に家督を譲って隠居していた。
輝光と共に戦後斯衛軍に入隊し、1982年頃まで斯衛少将として軍務に就いていた。
しかし、82年に信真によって当時北八朗が務めていた総監部人事局長を解任された上、退役にまで追い込まれた。
彼は失意のうちに軍を去り、そのまま息子に家督を譲って隠居生活を送るようになった。
そんな北八朗が突然活発的に動き出すのは1983年のこと、同期の旧守派の人間が接触を図った辺りである。
北八朗がこのタイミングで同期の輝光に声を掛けてきたのは偶然ではないだろう。
少なくともこれは旧守派が望んだことであった。
されどそういった思惑は一切なく、輝光はかつての戦友を喜んでもてなし、家に招き入れた。
2人だけで思い出話をしたいという北八朗の要望を受け入れて輝光は屋敷の一角を手配し、2人で月を背に晩酌を行った。
「覚えておいでか仙波殿、まだ我らが少尉に任官仕立ての頃の話だ。集まれる同期で集まってこのような月夜で京を練り歩いたな」
輝光は過去を懐かしみ、何処か嬉しそうに語った。
北八朗も同じように微笑を浮かべ、盃に日本酒を入れて思い出と共に口にした。
あの頃は確かに北八朗にとっても楽しい時代であった、まだ戦争もなく自身の能力の限界を感じる前の話。
「ああ、稲葉殿に丹羽殿、田沼殿、皆がいたあの頃が懐かしい」
このうち何人かは先に少将で退役し、北八朗と同じく余生を送っていた。
「あの頃はまだ皆に並べると思っていた……だが皆の中で一番最後に将官へ上がったのは私……輝光殿には大きく追い抜かされてしまった」
苦い思い出を笑って誤魔化し、アルコールで忘れるよう努めた。
「何を仰る、総監部の局長にまでなったではないですか」
実際斯衛軍総監部の局長クラスの席は中々手に入らない。
先に少将に昇進した者達もついぞ総監部に務めることはなかった。
北八朗は確かに輝光らの中で一番最後に将官へ上がった者だが実力は確かにあった、例え後背の操り人形になっていたとしても。
そしてこの輝光の発言は北八朗のトラウマを刺激した。
「だがその末路はご存知であろう。我が人生の殆どを斯衛軍に捧げた……その結果が解任の上退役……輝光殿、やはり私はあれにはついていけん…!」
普段は温厚な北八朗がこの時ばかりは堪忍袋の緒が切れ、明確に不満を露わにした。
それに対して輝光は己の力不足を詫びるしかなかった。
少なくとも輝光には彼を解任から守ってやれなかった責任がある。
「仙波殿、すまぬ、その一旦には私の責任も…」
「何を言うか輝光殿!悪いのは全て奴であろう!むしろ輝光殿こそが武家の希望、あるべき将軍の姿そのものです!」
北八朗は声を荒げながら彼を称えた。
彼は膳をどけて輝光の側に近寄り、とても近い距離で先ほどとは打って変わって小さな声で話した。
「今や武家社会は風前の灯火、このまま信真公に武家を任せておけば我らは皆路頭に迷う…!実際、既に私を含めた多くの者が職を奪われ、恥辱を受けたまま道に迷っている者も多い。我らには新たなあるべき将軍が必要なのだ…!」
北八朗の発言を聞いて輝光は情報局からのある報告を思い出した。
旧守派の拡大、それによる乱の疑い。
「仙波殿、あなたまさか……!」
「輝光殿、私はあなたが立ってくれるというのなら例え負け戦だろうと喜んで馳せ参じる。猊下をやってしまいましょう……!少なくとも師団と総監部は殆どが味方です」
「しかし……それは武家の忠義に反します」
輝光は冷静に義を重んじて北八朗の提案を断った。
彼は野心家ではない、むしろ最初から全てが与えられているからこれ以上の高望みはしない類の人間である。
輝光が立ち上がる時は放っておけない、見捨てられない者達が助けを求めに来た時である。
つまりどちらにせよ輝光を取り込める準備はしてあるのだ。
「忠義……ですが我らの忠義を最初に破ったのは猊下です…!暴君に対し、何を殉ぜよというのか!むしろ暗君ならば世の為に斬るべきです!」
「仙波殿……」
「頼みます輝光殿……!我らを……道に迷う全ての武家を……奴に虐げられた全ての武家を救って下さい……!我らが頼れるはもう、あなたしかいません……!!どうか!」
北八朗は輝光の手をしっかり握り、頭を深く下げて頼み込んだ。
一方の輝光はただ困惑するばかりでなんと言葉を返していいかさえ当分は出てこなかった。
こう言われてしまっては輝光も断ることは出来ない。
しかし輝光は分かっている、信真に手向かうということは反乱を意味し、それは単に信真1人を討つという話ではなくなってくることを。
最悪の場合、武家という存在を根こそぎ破壊する為の理由にされるかもしれない。
本来ならここで北八朗の手を振り払うべきなのだろうがそんな冷酷さは持ち合わせていなかった。
「……分かりました、少なくとも猊下に仙波殿を含めた武家の処遇改善は訴えましょう。これでダメならその時は考えます」
「輝光殿…!」
「穏便に済ませられるよう努力します、ですからそちらも妙な気など起こさぬようお伝えください」
輝光は優しく諭して平穏無事に済む道に進もうとした。
だが北八朗がぶつけた不満は輝光の中でしこりとなって残り、やがて大きな時代の変革を促す起爆剤となる。
「950001、出るぞ」
”ウリヤノフスク”からYak-41がSTOVL方式で発艦し、戦闘隊形に移行する。
同時に甲板の後部からKa-27PLと撮影用のKa-27が発艦し、対潜演習作戦を開始した。
今回はYak-41が1個飛行中隊分が出撃し、作戦指揮はベルグロフ大佐が指揮を取り、ミハールキン中佐が補佐についた。
また今回の演習作戦はアグレッサー役として
671型RTMは全て太平洋艦隊の所属であるがこの705K型は北方艦隊より遥々やってきた原子力潜水艦である。
各潜水艦の艦内では既に戦闘態勢に移行し、緊張した空気感が閉ざされた潜水艦の中に充満していた。
一方の”ウリヤノフスク”も対潜作戦の為、乗組員の水兵達が戦闘配置につき、対潜作戦の準備を行った。
三隻の潜水艦に対し、”ウリヤノフスク”側もそれなりの対応を行なっている。
太平洋艦隊より
今回は”ウリヤノフスク”を旗艦とした臨時の打撃群を編成し、艦隊による対潜作戦をテストすることとなった。
その為艦長であるゴキナエフ少将は艦隊指揮を担当し、副長たるヴィセーニン中佐が艦自体の指揮を取る予定だ。
「各艦陣形を維持したまま航行、航空隊は先行し指定の海域にて対潜行動を実行せよ」
ゴキナエフ少将は冷静に各艦に指示を出しつつ、周囲に気を配った。
その間にYak-41とKa-27は先行し、潜水艦隊がいると思わしき海域の上空を飛行した。
「対潜哨戒部隊は指定ポイントに到達次第ソノブイを投下せよ、索敵中も戦術機は編隊を維持」
『了解』
ベルグロフ大佐はYak-41から航行中の全艦載機に命令を出した。
ここまでYak-41を飛ばしてきたがやはり悪くない戦術機だ、操作しやすく小型故に小回りも効く。
小型な分、搭載出来る武装は限られているがそれでも出来る範囲は広い。
何ならヘリコプターとの共闘はYak-41の方がやりやすいとさえ思った。
海域に到達したKa-27PLは搭載しているソノブイのRGB-NM-1を水中に向けて投下した。
投下されたソノブイは海中に到達したと同時に筒から音響ソナーの部分が放出され、周辺海域に巨大な音響探知の網を張り巡らせた。
Ka-27PKが1機につき搭載出来るソノブイは36基、これら全てが目には見えない潜水艦を見えるようにする巨大な網となった。
RGB-NM-1は所謂パッシブソナーに該当し、潜水艦側が発する音を拾ってその姿を露わにするものだ。
暫くKa-27PLの搭乗員はモニターと睨み合う時間が続いたが暫くすると一部から反応が出た。
『ソノブイに反応を検知、地点を送信します』
Ka-27PLから発せられた情報を下に大体の位置を割り出したベルグロフ大佐は潜水艦狩りに移行した。
「950002、編隊を率いて周辺海域に対し対潜爆弾を投下」
『了解、各機潜水艦狩りだ』
ミハールキン中佐のYak-41を先頭に3機のYak-41が対潜攻撃に向かった。
Yak-41が装備している対潜爆雷はPLAB 250-120であり、ソ連海軍では対潜攻撃に用いられる最も標準的な対潜兵器であった。
目標地点に対してYak-41はPLAB 250-120を落下させ、対潜攻撃を開始した。
無論訓練爆弾である為アグレッサー部隊の潜水艦にはダメージは入らない、遠慮なく投下される爆弾はそこに潜水艦がいれば十分なダメージを与えられたはずだった。
だがこれらはブラフであり、”K-432”が意図的に注意を引いた結果であった。
同じようなソノブイに再び各所で引っかかり、それに合わせてYak-41が潰しに向かった。
Yak-41は対潜爆雷の他に魚雷も装備しており、敵潜水艦に向けて魚雷を発射した。
尤も、陽動を行なった末に”K-432”は絶妙なタイミングで急停止し、発射された魚雷を躱した。
『効果確認出来ません!』
『落ち着け、まだ艦隊に到達するには早い』
ミハールキン中佐は部下を宥めていたがベルグロフ大佐はその間に違和感を感じていた。
網にかかったというより意図的にかかった振りをされているような感触、少なくともベルグロフ大佐の直感は当たっている。
”K-432”、そして671型RTMから発射された水中デコイが彼ら航空隊を引き付けていた。
その間に671RTM型”K-305”、”K-507”が艦隊に接近しつつあった。
これらの接近に気づいたのは後続のKa-27PLが投下したソノブイにある音波がキャッチされた為だ。
対潜作戦で最も聞きたくない音、潜水艦から魚雷が発射された音であった。
「アグレッサー艦隊の魚雷発射を確認!」
「全艦急速停止、50秒後に全艦による対潜攻撃を展開」
「両舷停止!」
ゴキナエフ少将は即座に発射された魚雷が何かを認識し、艦隊に適切な命令を出した。
三隻の1143A型と1143B型と一隻のウリヤノフスク級、四隻の1135型は急いで移動を停止し、その場に留まった。
”K-305”及び”K-507”が発射したのは航跡波を探知して辿るウェーキホーミング式の対艦魚雷であり、このまま航行を続けていれば必ず沈む。
一旦移動を停止して波を出現させなければ追跡は不可能であり、ここでのゴキナエフ少将の判断は正しかった。
そして対潜攻撃が開始され、1143B型から533mm対潜魚雷が1143A型と1135型から対潜ミサイルが発射され、海中に投下された。
無論アグレッサーの潜水艦艦隊もこうなることは予想している、その為に仕掛けも用意していた。
「魚雷、依然として接近中」
水兵の報告を聞いてヴィセーニン中佐は即座に通常魚雷かと見抜いた。
”K-305”と”K-507”は艦隊が移動を停止して魚雷の追跡を撒くことも考慮して通常の対艦魚雷も発射した。
「対潜ロケット弾による防御を開始、魚雷を近づけるな」
ゴキナエフ少将は1143B型に搭載されているRBU-6000対潜ロケット発射機とRBU-1000対潜ロケット発射機による近距離対潜防御を開始した。
発射される212mmと300mmのロケット弾が水中に飛び込み、炸裂して魚雷の接近を防ごうとした。
艦隊のロケット弾による同時攻撃で可能な限り防いだが残念ながら1発、”ペトロパヴロフスク”に直撃した。
「”ペトロパヴロフスク”に被弾!損害状況を確認中!」
ゴキナエフ少将は左舷から見える”ペトロパヴロフスク”を心配そうに見つめた。
無論演習であるので一切被弾していないがもし実戦であれば沈みはしなくとも戦闘能力は完全に消失していると言っていいだろう。
ゴキナエフ少将は損害の確認を急がせると同時に即座に次の手に移った。
「”ペトロパヴロフスク”は戦線を離脱し艦隊は陣形を再編。航空隊の展開海域を変更し総力戦で叩き潰す」
「どちらに展開させますか?」
チャパコフ中佐の問いに少将は僅かに考えを巡らせつつ即座に指示を出した。
「一隻戦闘不能となった我々に対し敵潜水艦隊は次でトドメを刺しに来るだろう。艦隊を再編成し、前衛の対潜艦を”ペトロパヴロフスク”の代替とする、”ストロジェヴォイ”と”ドルジーヌイ”を回せ」
「了解」
「我々はこのまま捜索網を維持しつつYak-41部隊及び艦隊で潰す」
即座に放たれたにより艦隊の陣形転換が始まった。
ここが潜水艦艦隊の狙いどころだ、”K-305”と”K-507”は即座に二方面からの攻撃に打って出た。
まず最初に動き始めたのは回り込んで”ウリヤノフスク”の右舷に現れた”K-507”である。
650mm対艦魚雷を発射し、最初の撹乱に移った。
「右舷より魚雷接近!」
「”タシュケント”、”ヴァレリー・チャパエフ”が対応中!」
「何としても二隻で接近を阻止しろ、”ラーズヤシチイ”は近距離防御に移行しろ」
艦隊の再編成中で右舷側も下手には動けない、何とか二隻の対潜艦で阻止するしかなかった。
この攻撃で注意力が右舷に取られている間に左舷側では”K-305”も動き始めた。
こちらも650mm対艦魚雷を発射した、しかも狙って”ペトロパヴロフスク”の穴をついた。
「左舷より魚雷接近中!現状の艦隊対潜能力では防御間に合いません!」
「航空隊を投入しろ、残った爆雷で防げ」
指示を聞いたベルグロフ大佐は僚機と共にYak-41の最大速度で艦隊に戻り移動中の魚雷を追いかけた。
この時は流石のベルグロフ大佐も顔を顰め、かなり追い詰められている。
「チッ!間に合えよッ!」
残っていた対潜爆雷を投下し、必死の抵抗を見せている”レチーヴイ”と共に何とか対艦魚雷を全て落とした。
殆ど奇跡であった、ただし奇跡とはそう何度も起こらない。
「何とか間に合ったか……」
息を切らし、ベルグロフ大佐は再び対潜攻撃に戻ろうとした。
だがその直後に通信で演習の終了を告げる音声が鳴り響く。
『”ウリヤノフスク”に対艦魚雷が直撃。復旧能力を失ったと判断し総員対艦命令が発令されました。旗艦撃沈により演習状況を終了します』
「えっ?うそん」
嘘ではない、今回の演習に参加した原子力潜水艦は三隻、671RTM型の”K-305”と”K-507”、そして705K型の”K-432”であった。
今まで彼らが相手をしていたのは671型RTMであり、705K型は手漉きとなっていた。
671型RTMが仕掛けている間に”K-432”が高速で回り込み、陣形転換によって対戦能力が薄くなった”ウリヤノフスク”に533mm対艦魚雷を6発を一気に発射しその火力を叩き込んだ。
これにより”ウリヤノフスク”は対艦魚雷の直撃によって撃沈したという判定が展開され、演習は水上艦隊側の敗北に終わった。
トップエリートを募った”K-432”こと705K型の意地を見せた形となった。
演習終了に合わせて三隻の原子力潜水艦は水中から姿を現し、”ウリヤノフスク”と参加艦艇に激励を送った。
”ウリヤノフスク”の乗組員、パイロット達はやられたと頭を抱えていたが少なくとも今後の対戦活動を考える上で良い教訓になった。
得たものが例え敗北でも彼らにとっては良い栄養であった。
-ソ連領 ウクライナSSR ハリコフ州 ハリコフ市-
フレツロフ中佐はこの日、久方ぶりに故郷ハリコフに帰ってきた。
列車から降りて駅のホームを抜け、荷物を持ったまま急足で外に向かった。
1月のハリコフは尋常ではないほど寒い、そもそも最高気温マイナス2度という有様であり、しかもこの日は雪が降っていた。
防寒対策としてフレツロフ中佐は軍から支給されたロングコートと妻からプレゼントに貰ったマフラーを身につけ、慌ただしくハリコフ駅の階段を駆け降りた。
ソ連邦英雄、ハイヴ殺しのプロフェッショナルフレツロフと言ってもハリコフ駅の人の多さと制帽で目元を隠してしまえば意外と誰だか分からないものだ。
それに今、フレツロフ中佐は空軍の英雄としてではなく1人の父親として自宅の帰路に着こうとしていた。
「おーいヴィーチャ!」
「パパー!」
階段を降りてきたフレツロフ中佐に声をかける少将の軍用コートを着た老人と可愛らしいコートに帽子を被った女の子の声が聞こえた。
その女の子はフレツロフ中佐に駆け寄り、中佐も彼女を抱き締めて頭を撫でながら名前を呼んだ。
「エミリヤ!おおエミリヤ!」
実の娘であるエミリヤ・ヴィクトロヴナ・フレツロヴァを抱っこしながら何回転かしながら頬擦りをした。
彼の帰りを待つ為に寒い中待っていてくれたのだろう、頬の冷たさでそれがよく分かる。
彼女は今年5歳になる、あんなに小さかった彼女も後数年すれば学校に通う年齢だ。
「よく生きて帰ってきた我が息子、自慢の子ども」
「父さん、父さんこそ元気そうで何よりだよ。手紙も読んだ、ありがとう」
フレツロフ中佐は抱っこしていたエミリヤを一旦降ろし、父であるフセヴォロドと握手を重ねてその後ハグを交わした。
父フセヴォロド・フレツロフ少将は今年で63歳、63歳にしてはまだ若く見える方だが以前より若干老けたという雰囲気があった。
彼は今もなおハリコフ高等軍事航空学校の校長を務めている、度々退役を打診しているのに却下されているのが現状だ。
一応当人としてはこの戦争が終わったらすぐに辞めるつもりでいた、本来なら10年前に退役してとっくに余生を謳歌するはずだったからだ。
「私を超える英雄になったな」
「それでも俺の中でのトップエースは常に父さんだよ」
フセヴォロドは嬉しそうに鼻の下を撫で、彼の肩を叩きながら車に案内した。
3人は車に乗り、そのまま自宅まで向かった。
当然彼らの自宅はフルシチョフカであり、ぱっと見何処が自分の家だったかイマイチ思い出せないところだ。
それでも体は覚えている。
フルシチョフカの住宅群に到着し、フセヴォロドが駐車場に車を停めると3人は我が家へ向かった。
「エミリヤはちゃんとお姉さんしてるか?」
「うん!毎日ママとばあばのお手伝いしてるよ」
「そうかそうか、偉いぞ」
頭をポンポンと軽く撫で、階段を登るとそこには数十ヶ月ぶりの我が家のドアが見えた。
「英雄の凱旋だな」
そう言ってフセヴォロドはドアを開き「ただいま」と中に入った。
フレツロフ中佐とエミリヤも我が家へと帰宅した。
「ただいま」
家に入って最初に出迎えてくれたのは母であるレナータだった。
「ヴィーチャ、元気そうで良かった。よく帰ってきたね、早く上がって。ほらコートと帽子も貸して」
レナータは我が子の帰還を嬉しそうに出迎え、まるで10代の子どもを相手にするかのように世話を焼いた。
中佐は仕方なく制帽とコートを母に預け、家の中に入って行った。
基本的にフルシチョフカの各部屋はセントラルヒーティングが完備されており、とても暖かい。
何よりいいのは部屋の中には何十ヶ月ぶりかに会える妻と初めて会う新しい子どもがいることだ。
「ただいま、マリヤ」
「あなた…!」
子どもを抱っこしてあやしている妻、マリヤはフレツロフ中佐の声を聞くなり振り返ってお互いに駆け寄った。
丁度マリヤの腕の中にいる赤ちゃんは熟睡中であり、とても静かだった。
マリヤとフレツロフ中佐はキスを交わし、その後彼女に赤ちゃんのことを尋ねた。
「この子が?」
「ええ、あなたの息子、パーヴェルよ」
事前に名前は決めていた、再び女の子ならアナスタシアで男の子であるならパーヴェル。
フレツロフ中佐とマリヤの下に授かった第二子は男の子であった為なは事前に決められていたパーヴェルとなった。
パーヴェル・ヴィクトロヴィチ・フレツロフ、フレツロフ中佐の息子である。
フレツロフ中佐は嬉しそうにパーヴェルの頬を撫でた、パーヴェルの方も眠ってはいるが何処か嬉しそうにしている。
「良かった……手紙だけだったから、どんな感じかちゃんとは分からなくて……本当に元気そうで良かった」
フレツロフ中佐は安堵したように心情を吐露し、嬉し涙を流した。
パーヴェルが生まれたのは1983年10月ごろのこと、本来は出産に立ち会う予定だったが城塞級、装甲母艦級の出現によって戦線が滅茶苦茶にされた挙句、攻勢準備ということで帰国が許されなかったのだ。
その結果、パーヴェルと顔を合わせるのは1984年の1月までずれ込んでしまった。
「仕方のないことよ、あなただって頑張っていたんでしょう?ハリコフ中のみんなが知ってくるくらい」
「穴ぐらいにこもって戦うのは疲れたよ、それでもみんなを見たらやるしかないって思えてしまう。俺も立派な父親ってことでいいのかな」
「ええ、もちろん」
マリヤはパーヴェルを揺籠に戻し、頬を撫でながらフレツロフ中佐と共に赤ちゃんを見つめた。
「戦争は……もう時期終わる、終わらせてやりたい。エミリヤやパーヴェルの未来の為に、少なくともこの子達が安心して夢や将来を語れるようになるその日の為に」
新たな我が子を見てフレツロフ中佐の決意は固まった、少なくともその願いは果たされるだろう。
エミリヤやパーヴェルが大人になる頃、地球上におけるBETAとの戦いはもう歴史となっている。
そしてこのパーヴェルがフセヴォロドやフレツロフ中佐の後を継ぎ、同じく空の上を駆ける戦士となることをこの場にいる全員がまだ知らなかった。
フレツロフという名はソ連空軍に、ソ連宇宙軍に連なり歴史となっていくのだがそれはまた別の話である。
つづく